「イチョウの樹の根が、ひかりをイジめ

ていたんだな」


 享介は走りだすと、イチョウの硬い

樹皮めがけて左右のパンチを効かせて、

くるりと後ろから腰をねじって回し蹴り。

けっして伝承のイチョウまでは届かない、

遠めの位置からの敵討ちって、やっぱり

ピントのズレた享介だった。

「なんて卑劣な! 森のイチョウ伝説」

「でもねワタシ、ずっと享ちゃんのそば

にいたんだよ」

 ふり返るとたんぽぽを思わせる笑顔。

ひかりは手を後ろに組んで、芝の広がっ

たゆるい傾斜を踏みしめてくる。

太陽の強い光を浴びながら、芝と土の

織りまざる蒸気の臭いに包まれていく。


「たまには思いだしてほしかったなぁ」


「やめろ! 空を飛ぶのはやめろ!」

 ひかりが落ちた穴の開口部は輝きだ

した。

巨石をのせただけの穴塞ぎから、まば

ゆい光があふれて輝度が満たされる。

「享ちゃん、さよならぁ!」

 ひかりが両腕をしなやかに広げ、享介

に思い切って溶けこんでくる。

胸を突かれる空気の震えを残して、

享介を通過して消えてしまった。

「どういうことなんだ?」

「どうもこうもないわ、これが川嶋

ひかりのすべてさ」

 ケンジがイチョウの木陰(こかげ)

から立ち上がった。