医者は労働者か

働き方改革とやらの網をお節介にも医者にも賭けようとしてくれてますが、まことに要らん世話です。新聞に特集される弁護士や専門家達の講釈は医者も労働者だとの裁判所のお墨付きと応召義務との絡みです。医者も一労働者なんだから労働時間で守られるは当然という理屈です。応召義務もほどほどにせにゃならんと。応召義務とは医師法に定められている条文内容で、相当の理由がない時には患者の診察要請を断ってはならぬというものです。これに縛られていると。ふむ。条文は知ってますがこれは何か問題になった時の物差しであって、こんなこと考えながら働いたことなどありません。これがあるから医者が働き過ぎになるってのは嘘です。こんなモノに縛られてるんじゃないです。揉め事になって初めて持ち出されるものです。あなたのかかりつけ医さんに尋ねてごらんなさい、知ってるけれどそれがどうした?きっとそう言うでしょう。況や大病院の重症例を診ている連中をや。だから部外者がそんなモノ振り回して勝手にこっち(医者)を慮って分かったようなこと言うんじゃない!が本音です。でも、医者も労働者なんです。あの定義はまだ覚えてますよ大阪のどこかの耳鼻科医が自殺したんです、それが過労死だと遺族が裁判起こして勝った、そしてあの判決文でした。耳鼻科~?脳外科できつい毎日まだやってた頃でしたから、耳鼻科が過労だ?と嗤う気分でしたね。思い出は作り話です、自分の都合のように作り変えてますから美しいのです(こんな唄があったですね八神純子の)、ですから以下は相当のバイアスがかかっていると思って読んで下さい、私の修行時代の事です。労働時間の長短だけで判断しようとするマスコミの安直さを依然ここで非難しました、私達は手術の度に何日もICU(集中治療室)から帰れない「勤務」の繰り返しでした。時間外労働一カ月あたり100時間が過労死ラインなんでしょう?それって一日帰れなかったら24-8=16で、そんな日が7日あればすぐ越えます。9 to 5の仕事じゃないですからねそもそも。ICUでの対応もきついことでしたがいいえ私たち脳外科はまだまだ緩いことでした。消化器外科の連中はずっとベッド脇から離れませんでしたし、胸部外科の術後の管理はまさに壮絶です、一晩中ずっと駆けずり回ってました。そして朝に上司がやって来て何かのデータが悪かったらこの世の終わりのように怒鳴られるんです。ヒエェ~。脳外科でよかったとあの時は本当に思いました。あくまで比較論ですよ、こっちも一晩中診てるんですけれど。耳鼻科?(眼科でも婦人科でもICUで同室だった記憶がないです)過労死?何~に言うてる?ICUでの術後患者だけではありません、病棟での受け持ち患者でも何日も重篤な状態が続けばそのままです。勤務時間とか考えたこともないし(おまけに私が新米医師時代は大学から給料が1カ月3万円しかなく大学病院の保険にも入れてくれないのですよ。世の中がそうなんだから仕方ないです。医者になっても親の保険に入ってるという情けなさでした)、オーショーギムなんて言葉も知りません。でも、こうやって生きてる、死んでないです。自殺しようなんて思ったこともありません。この違いは?答えは極めて単純明快なのです。過労死なんてのは本当はないのです。過労で死ぬなんて因果はない。ましてや過労で自殺する因果はない。自殺するはうつ病が昂じての事です。うつ病は当人の病気です。過労が(そんな過ぎた労働なんかしてないのに)うつ病をもたらすはありましょうが、働き過ぎて死ぬなんて因果はないのです。現に私は生きてます、あれだけハードに修行してきた外科医は誰も死にません。医者も労働者だ、なんて決めてもらわずとも結構。一般労働者と同じに見てもらわなくて結構。それは高ピーな態度でも上から目線でも傲慢でも横柄でもなく、医者としての矜持です、職業意識です、ノブレスオブリッジです。医者も労働者なんだから労働時間の上限があって当然なんて言い方そのものが気に入りません。そんなこと思って医者になってませんから。そんなこと考えて外科医になろうとしてませんから。もっとも医者も色々います、労働組合もあるし(何とかユニオンとか)左巻きはいっぱいいます、だからこういう向きを歓迎して調子に乗ってる輩もいますが、大勢は違いましょう。こう書いてるうちにもハードに働いてる医者が大勢います、勤務時間など考えてませんから。医者は労働者だとのフレーズに共感するはえてしてハードな修業時代を経てない者達でしょう、あるいはそこで嫌な思いをした者、つまりはぐれ者。体育会系思考や運動部体質を非難するのが多くは無経験者であったり途中落伍者であったりするのと同じ図柄です。あんた達に言われんでもええ。あんた達が要らぬお節介してくれずともいい。労務関係専門の弁護士ってのが一番厄介です。連中こそが味噌もクソも一緒くたにしたがるからです。が、です。この働き方改革ってのは我々開業医には全く関係のないことなのです。私達は今まで通りやりたいようにやってればいいのです。でも、どの開業医も昔は皆勤務医で、きつい修業時代を懐かしく思う年齢になっている私の様な者は、思い出は脚色済みで、事実は真実の敵だとの箴言を飲み込みつつ、そうじゃないだろうとTVのこちらからツッコミ入れてるというわけです。昔とは違うんだ。簡単にこれでひっくり返されることなのでしょうが。

診断とは

今回が初めての事例ではないですが、千葉大病院でCT画像の病巣見落としがあり、結果治療が遅れてそれが死につながったと大学が謝罪しています。担当医が専門外の領域の画像診断結果を十分に確認しなかったが要因で、このうち一人は4年余り治療が遅れたのだそうです。どういうことか。例えばお腹のCT撮りますね。検査した医者が調べたかったのは肝臓だったとします。当然肝臓をしっかり観ますね、専門ですから。よかった、大事がなかった。が、腹部CTに写るのは肝臓だけではありません。胆嚢、膵臓、胃、脾臓、大腸小腸と消化器専門医が守備範囲とする臓器だけでなく、腎臓、膀胱、女性なら卵巣子宮が写り込みます、これも当然です。専門外の臓器は見慣れていませんからどうしても診断力は落ちます。第一、関心が払われません、見たいのは肝臓ですから。が、果たして何年も前のそのCT画像に明らかに腎臓癌が写っていた。肝臓担当医が腎臓の癌を見落としてた、それが治療の遅れになってしまった、と謝ってるのです。もちろん誰かから(身内からの告発かもしれません、今流行りの自前の医療倫理委員会とやらがマスコミに嗅ぎ付かれる前に早く公表しろと判断したのかもしれません、あるいは既に当の患者に強請られていたか)指摘があってあれこれ相談協議した結果でしょう、危機管理能力という奴です。世の中はポリコレ棒全盛です、こうやってどんどん幼稚になっていきます、何でもかんでも不都合は謝っておけという風潮です。この安直さには今まで何度も噛みついてきましたが、それとは別に私はこういう謝罪は医療の根幹の揺るがす流れだと危惧しています。病変の見落としを許さぬ。これは医者の診断力の問題であり、ひいては医療の質の問題です、要求のレベルを高めるはきっと患者の利益を高めます。医療技術は間違いなくこの方向に進んできたのですから。胸のレントゲン、腹部のレントゲンとは比較にならぬほどの情報をCTから得られます。だからCTを撮る。特に癌の診断です。CT以前には5cmを越えるものしか見つけることができなかったのがCTでは1~2cmのものが見つかる。明らかに利益ですね。でもそれで医者に捕まって手術の抗癌剤の放射線のとさんざんにやられて挙げ句死んでいく人の多いことはここでも何度もとり上げました、近藤誠医師のがんもどき理論も、それに対する反論もこの検査機器検査能力の向上に沿って現れてきたものです、功罪どちらも相半ばします。医学医療の進歩とはすなわち技術の進歩です、診断能力の向上を指します。医療人の進歩ではありません、医療思想の向上確立でもありません。身も蓋もなく言えば、医者の診断能力とは画像の読影能力、データの判断能力の高低です、目の前の患者さんへの対応能力ではないです。そして段々に受診者側もそれを求めなくなって来る。電子カルテの時代になって、患者を見ずにディスプレイばかり眺めて、画像や数字だけを説明する。言う所の脈もとらぬ、聴診器も当てぬ診察です。それに不平を言うても直らない。聴診器を当て聴くのと胸のレントゲンを撮るのとでは情報量は格段の差です、だから昔ながらの診察風景が消えて行く。そして上記した如く今はCTです、MRIです。となるとそういう機械のあるなしが医者個人のの質の上下をはるかに凌駕することになりますね。機械のある所へ行く、検査できる所へ行く。ない所へは行かない。そういう棲み分けはできているのです、昔から。町の開業医へはそれ相当の理由と覚悟で通う。平たく言えば多くは望まない。新たな病気を見つけてくれなんては言わない。でも、それでもありますね、かかりつけで何十年も通うているのに他所の病院で癌が見つかって死んだと。あそこは癌をよう見つけなかった・・と陰口です。ううむ。こちらにはこちらの言い訳言い分もあるのですが、それも事実の一面です。が、大学病院で象徴される大病院、検査機器治療機器の揃っている病院では陰口では済まない。そういうことです。読影したのが専門医じゃなかったから、では言い訳にならぬわけです、同じ病院にその専門医がいるのですから。チクられる前に、マスコミにやられる前に先に公表しろ、となります。これが今の風潮です、ポリコレ遵守です、そのポーズです、危機管理です。となるとその病院側はどう対処しているか。当地田舎の基幹病院の診療部長が言います、半年に一度は必ずⅩ線検査含めて精査している。症状のあるなしに関わらずだ。見逃して、どころか検査しないで(それが不作為というわけです)おいて後で見つかった日には訴えられて負けるから、と。つまりとことん見つけにかかるわけです。症状の有無に関わらず、自分の専門分野に係る範囲、消化器専門なら上記のごとく専門外の腎臓や婦人科臓器も含めて、循環器専門なら肺や胃、肝臓(胸部X線検査で写る範囲)も含めて目を凝らすわけです。患者さんの利益ですね確かに。でも、これが診断なのでしょうか。それは見つかるべくして見つかっているのでしょうか、見つけずともいいものを無理矢理に探し出してるのではないのでしょうか。今回の千葉大の告白事例、明らかな見落とし(普通ならおかしいと思うぞ、のレベル)だったのか、専門医間でも意見の分かれるほどのものだったのか、その差は大きいとは思うのですが、画像を示されて結果から遡られると咎めは免れません。自らに敢えて高いハードルを設定することを自浄と呼ぶのか、自らを律するというのか、あるいは実はそういう対応が医療行為に対する世間の免責閾値をどんどん下げていくことに気づいているのか、知ってか知らずか。二言目には医療に絶対はないのだと言い放ちつつ、こんな謝罪を世間に向けて繰り返していては更に検査漬けで患者を診ようとしない医者ばかりができていこうにと溜息が出ます。街の開業医の一人としてその役目と使命を考えることですが、病に対応するのではなくまだ姿を現さない病変を見つけるのが大病院の役目(国の推進する予防医学とはこの向きです)となると、この風潮は止められぬことではあります。今次の千葉大の症例はそれができずに悪い結果に陥った例でしたが、その逆、見つかったばかりに悪い結果になった例の多いのも確かです。早期発見早期治療のドグマが後ろにデンと控えているわけですが、物事の一面だけでは判断できぬということです。

働き方

先月末に柳井医師会長を拝命しました。今までと違う仕事が増えるわけですが、私が変わるわけではなく、真正面から逃げることなく役目を全うする所存です。固より偏屈医者です、本流思考には常に眉に唾し、異論対案に耳傾けるを旨として参ります。今後ともよろしくお付き合い下さい。
 働き方改革法案が国会を通りました。朝日や毎日は煽情報道が過ぎる、同じ報道でも読売や産経はちゃんと利点も挙げているとジャーナリストの門田さんが新聞に寄せてます(産経6/3)。確かに朝日毎日勢力の報道は過労死した者の遺族の活動ばかりを採り上げて情に訴えます(煽情です)。国会の場で反対する野党達もパフォーマンス色満載です、TVカメラにどう映るかばかりの芝居。目に余るのが国民民主党の柚木某です、月刊誌Hanada今月号で「特集」されてましたが、強行採決の場面で自分は何もせずに(議長席に女議員が多く駆け寄ってるのに)、カメラの前で手を振ってるだけです、バカです。それは措いて、この法律、当然医者にも適応されるわけです。固より8時間労働で済む仕事じゃないのです、時間外労働と一般業種と同じに括れない仕事です。受け持ち患者の容体によって「労働時間」は左右されます。そういう仕事です。それは開業医になっても同じことですが、もちろん研修医時代に多くの入院患者、重症例を見ている時とは質量とも違います。私のように入院のある開業医とそうでない者との間にも差は大きいのですがでも、我々開業医は皆そんな修行を越えてベテランになって責任を持たされて、その後に現在に至ってます。だから研修医があれこれ横着を並べるのを聴くとお前らなぁ・・となるわけです、どの業界にもある今時の若いモンは・・です。残業は何時間まで、そんな上限決める仕事じゃないんですがね。残業100時間が過労死ラインでしたかね。確かに医者はずっと病院から離れられぬのですが、その間ずっと働いてるのではありません。看護婦や三交代勤務の機械相手の仕事のようにずっとやるべき業務が続くのではありません。例えば飲食業の様に「客がいなければ仕事もない」のです。当直明けにそのまま仕事に出るんです、他の職種のように夜勤の後に休み、明け(あけ)はないのです。でも、客がなければ仕事もないのです。忙しい病院とそうでない病院がもちろんあって、同じ当直手当でもずっと寝てられる夜もあれば患者が立て込んで一睡もできぬ夜もあるのです。だから36時間勤務とか48時間勤務とか額面上にとやかく言うほど医者は酷使されてません。ただ、週に二日も三日も当直するような勤務はハードです。もっとも、それだけ報酬は加算されるのですよ、やればやるほどに、です。他人の当直のスペアをいくつも引き受けて月に当直料だけで100万円以上稼いでた奴がいましたよ、日雇い稼業ですわ。きっといつの時代にもいる筈です。私も足りぬ時には当直を増やして補ってました。そういう業種です。高尚でも何でもありません。でも、前日がアタリの当直の場合はそれこそ徹夜の末に翌日の業務です。若いうちですからさすがに手術の執刀はしませんが、手術日にはその準備や仕事はワンサカあるわけです、そして受け持ち患者さんへの対応。額面通りの36時間勤務の日もないことはないです、でも大概は夜は寝てます。当直医ってのはそういう仕事です。その辺は医者は手を抜けるんです。だから放っといてくれ、です。お上から決めてもらわずとも凌ぎ方を覚えて行くんです。重症な患者さんを診てる時はそれなりに、そうでない時はそうでないように、医者はそういう仕事なんです。が、今までに自殺した医者が何人かいる。理由は過労だと。その度に遺族が訴えて裁判所から医者も労働者だと定義をもらったのですが、私に言わせれば要らぬお世話。私達はそこをくぐってきたのです、どうしてできない?どっちがおかしい?単純な事です。医者に向いてなかったね。私達は、特に外科系の修行してきた者は、少々の時間外労働時間の多さを聞いても上記したような理由でへぇ~でしょう。時間外労働の定義も意味合いも違うんですから。電通の女職員もどこかの局の女記者も、直前の出勤状況が判断基準で、本人の能力は全く問われない。弱い者、普通じゃない者に基準を合わせられるとそうではない多数がとても迷惑します。低い所に合わせろは左巻きさん達の合言葉です。後のフォローをしないので世の中は秩序がなくなります。できる連中が腐っていきます。それが左巻きさん達の狙いなのですが、声のデカイのは彼らの方ですから処置の悪いこと。多数は黙ってます、まさにsilent majorityです、が必ず嗤ってます。安倍さん肝入りの法律が通りましたが、どうか医者の方は放っといてもらいたいことです。もっともこの法律、私達開業医には関係ないことです、自分がどれだけ働こうが要らん世話ですから。面倒なのは医者を雇うている病院です。法律に沿うてしか働かぬと言い出すバカ医者も一定数います、これも確かな事です。世の中、どんどん幼稚になっていきます。ちゃんと働けよ。それだけですけれどね。
プロフィール

hirotanougeka

昭和32年 1月6日生まれ
昭和50年 山口県立柳井高校卒業
昭和58年 大阪医科大学卒業
昭和60年 梶川脳神経外科病院 勤務
平成04年 6月1日開業 現在に至る

・医学博士
・日本脳神経外科学会認定専門医 No,2746
・柳井医師会副会長

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