マスクとアルコール消毒

まことしやかなウソ、ええ?嘘なの?というトリビア的なウソ。結構ありますね。その一つ二つを。「マスクは風邪の予防には何の効果もない」。聞いたことありませんか。その根拠はマスクの繊維の目(格子)の大きさとウイルスの径の差。いわゆるザル法の謂いです。篩の目に引っ掛かるか否か。ウイルスから見るとスカスカの網目なんです。これは事実です。ただし単純な比較での話です。咳エチケットと言いますね最近。咳してる人はマスクしなさい、他人にうつさないために。それをエチケットと言い換えてるんです。守りなさいね、と。ちなみに咳にも二種類です、空咳と痰がらみの咳。乾性咳、湿性咳と言います。空咳は感染症以外のものも多いです、喘息とか蓄膿症(副鼻腔炎)とか。一方湿性咳は感染症の症状です。咳の最後にごろっと痰が出る、と言うか痰が出るまで咳を続けるんですね。黄色い痰、緑がかった痰。風邪の原因の多くはウイルス性です、だからウイルスに効かない抗生物質を飲んでも効果がない、のに医者はこれでもかと薬を出す、けしからん。この理屈も耳タコでよく聞きます。でも、湿性咳になって来ると細菌感染も混じっていることが多いから、あながち抗生剤内服は無駄でもないのだという反論も同じようによく聞きます。だから、風邪の引き始めから抗生剤飲むは間違いで、痰が出始めたら考慮せよが中庸説です。で、マスクの話です。咳はしわぶきと呼ぶが如く、唾液を含んで吐き出されますね。言うところの飛沫。ウイルスだけが単体で飛んで出るわけではないです。ですから吐き出されるしぶきはマスクに止められます。しぶきの中に含まれるウイルスもそこにとどまります。しぶきの中からウイルスだけが突き破って出て行くわけではないです(仮にそんなことが起こるにしてもごくわずかな数でしょう)。だからマスクしているといないじゃ大違いなわけです。他人にうつさないとの目的には大きく寄与します。も一つちなみに、感染様式には空気感染、飛沫感染、接触感染の区別があります。他の分類では経口感染、血液感染の区別。インフルエンザや普通の風邪は飛沫感染です、咳したりくしゃみしたりして飛び散ったしぶき(飛沫)が飛ぶ範囲、約2~3m半径円が危ない。しぶきと一緒に床に落ちたウイルスは感染力がそれほど強くないのでまた舞い上がって他人にうつるってことはまずない。一方で麻疹(はしか)水痘(水ぼうそう)結核は感染力が強いので飛沫から離れてふわふわ浮いても他人にうつります、例えば同じ教室内で感染者が咳して撒き散らすとそこにいるみんなに感染させます(発症するか否かは別問題ですが)、これが空気感染。接触感染は例えばノロウイルスによる嘔吐下痢症が典型です。人が運ぶのです。トイレで食器で手についたビールスを自分の口に入れて感染する。あるいは病院や介護施設で医者、看護婦や介護者が感染者から他の人にせっせと運ぶわけです。ちなみにその三、ウイルスもビールスも同じ意味です。virus をどう読むかの違いだけです。では予防目的には?罹らないようにできるのか?ウイルスがふわふわ浮いてる状態ならマスクの網目は素通りできますから効果ないですね。風邪引きのしわぶきを間近に受けるような状況では効果あるでしょうね、しぶきはマスクを通りませんから。ということは外歩く時にも大きなマスクしてるのは単に意思表示くらいの意味しかないのでしょうね、風邪引かないように注意してますとのアピール。冷たい空気を直截吸わないように、という効果はありましょうが。空間が狭くなって人が多く集まる場所ではそれなりに意味はあるのでしょう、今のような風邪の季節には。風邪引きの隣に座っていなければならないような時にはマスクは予防の意味がありましょう。
 もう一つのへぇ~は、注射する時のアルコール消毒、これ全く意味がないんだそうです。注射の前にシュシュっと拭かれてスウっとしてさぁ刺されるぞと覚悟して、の一連の行為です、私達も何の疑問もなく手順として行なっているのですが、迷信の類だと。あの意味は、針を刺入する部位の消毒です、つまりそこにいる細菌を血管内にわざわざ押し込まないために、です。そんな薬で消毒しても細菌やウイルスをゼロにすることはできぬにせよ、減らすことはできるます、日本人の清潔気質にはピタリと来る考え方です。だから殺菌、除菌、静菌と冠した商品があれだけ売れるというわけです。でも、そもそも皮膚にいる菌、常在菌と呼びます、が病気を起こすのかという検討すると、答えはおのずと出て来るのでした。腸内細菌の宣伝が最近多いですからご存知でしょうが、腸の中は細菌だらけです。皮膚にもどれだけ細菌やウイルスがくっついているか。それらがバリアを作っていて、皮脂と相俟って皮膚の定常性を保っているというのが実情なのに、皮脂を汚れと称してとにかく除け、その上で薬剤でもって保湿せよと本末転倒を宣伝してる。のですよ、皆様。老人性乾燥肌なんて勝手に病名つけてますが、あれは一週間石鹸で体を擦るのをやめると見違えるようによくなることがあるのですよ。皮脂の除き過ぎ。石鹸の使い過ぎ。その皮膚常在菌が悪さをするのか。答えはNOなのです。常在菌は体内では繁殖しないという見解がすでに出ているのだそうです。出羽の守になるつもりはないですが、アメリカでは今や注射する時にアルコール消毒してないそうです。へぇ~、でしょう?でも、だからといって明日から当院でも・・とはいきませんねぇ。無駄なのは理解するけど、今までずっとやってきたことをやめるのは別のエネルギーが要りますね。自分にやるのはいいけれど、他人に強要するは面倒なことですし。あと何年かかるんでしょうか、注射の前のアルコール消毒がなくなるまでに。アメリカではこうだから、と言い続ければ結構早くに普及することではありましょうか。清潔指向よりも従米従欧指向の方が強いですからね日本人は。

SOGI?

SOGI。ご存知ですか。sexual orientation, gender identity 頭文字を並べたのものだそうです。性的指向と性自認と日本語がついてます。日本人(学者とマスコミ)は相も変わらぬ舶来礼賛、横文字信仰の出羽の守です、どこかから新たな略語見つけて来ては鼻膨らませて紹介するだけ。外人の思考回路が正しいのか?という話ですが、それを仕事に思ってるんですから仕方ないのです。で、この意味です。LGBTは先に広まってますね、レズ、ゲイ、両刀使い、性不一致を並べてます。Tは他の三つと全然色が違うのでひと括りにするなという意見もあるやに聞きます。それは措いて。SOGIを使えば前三者が性的指向(SO)、Tが性自認(GI)だそうです。新聞記事によるとこの四つの分類(LGBT)に当てはまらない性的少数者もいるという批判もあるのだそうです。オナベとかニューハーフってやつですか、詳しくないのでここまでですが。で、このSOGIとは特定の性的少数者ではなくて全ての人に当てはまる概念、なんだそうです。俺は男で、性交相手は女で男は要らぬというごく普通の性的多数者も含む概念と言うわけです、なぁんだ、です。学者の好きな分類合戦です。小さく小さく分けて行ったり、大きくまとめたり。勝手にやってろ。さも新しい大発見のように吹聴するなよ。です。何でも阪大が性的指向・性自認の多様性と権利を認識し、偏見と差別をなくすよう啓発していく、と謳うSOGI基本方針なるものを策定したのだそうです。出た出た。多様性を認めろ、権利を擁護しろ、偏見と差別をなくせ。デジャブですね、何度も見、読まされ、聞いてきたセリフです。具体例も載ってます、トイレの男女別表示をなくして、人工肛門を設置している人達の為に ALL GENDER と表示したんだそうです。日本語で「みんなのトイレ」としなかったのは性別を問わずに使えることを明示し、ジェンダーの多様性を啓発するためだとご丁寧に説明されてます。男女別の今までのトイレでどうしてならぬの?単純な疑問です。性の不一致の人、ここでいうGIです、が自分な女なのに男の体しているからといって男便所に入るのは辛いという不具合は理解しますが、人工肛門付けていようがいまいが、性が一致している人にとれば特に女の人が男と同じ便所使うの嫌でしょう?男女共用の便所ってのは今時珍しいですよ、流行ってる飲み屋は男女別にあつらえてますよね。これで十分でしょうにね。そしても一つ、日本語でみんなのトイレとしなくて横文字をそのまま使う点、その説明にさえジェンダーの多様性と生硬なカタカナ使う点です。つまりまだ日本語として咀嚼されてないんですよジェンダーという言葉が。セックスとどう違うか。生物学的性と社会的性なんていう区別があるですね、わかったようでわからないですよね。ジェンダーフリーなんて語呂だけでごまかして。男女差別反対運動の別顔でしかないのですが。平等公平、富の分配を金科玉条に掲げる自称リベラルノ親玉朝日とすればこういう発信するのが仕事なのでしょうが、男女別のトイレだけでほとんどは「用足せる」わけです。みんなのトイレなんて必要ないのですわ。それでいいじゃないですか。髭面の女装オヤジが女便所に入ってきたら「ギャー!}ものでしょうが、女便所がいっぱいの時にばあちゃんがつかつかと男便所に平気で入って来るのをこの前見ました、男どもはふ~んとみているだけでした。これが世間の常識ですわね。既に十分に多様性を許容している。色んなのがいるからなぁ、と。男女別に加えてもう一つの性を。連中の言い訳なんでしょうが、そんなのが本当に必要なのですかね。差別はいけないと言い募るから、根っこの部分が地下に潜る。ヒトの心根はそうですよね。

診断書

相撲に興味があろうが無かろうがあれだけ報道されると皆さまご存知でしょう、横綱日馬富士の暴力事件。ビール瓶で殴ったのかどうか、それほど重症なのかどうか、被害力士の師匠の貴乃花親方の対応はどうよ、とマスコミ総掛りの検証です、あれこれ出てきます。混乱の原因になっているあの診断書について思う所を書きます。書いた医者が、重症扱いされているのに驚いている、仕事に支障ないと判断したから退院させたのに、と言うているとも報道されてます。貴乃花が大仰に大袈裟にし過ぎたという方向に流れて行きそうですが、それは措いて。診断書です。私たちが診断書作ります。病名が確定してから書くことが殆どです、そういう場合は問題ないのですが、今回のように「疑い」とつける時ですややこしいのが。厳たる証拠がない場合に、今後現れて来る虞がある場合に使う表現です、私は診断書には極力使わない言葉ですが、確かに外傷(怪我)の場合、特に受傷早期に書く場合は迷うこともありましょう。治療期間はあくまで推測です、「大体これくらい」の目安です。よく、全治二週間の重症、なんてTVで言いますが、あの重症軽傷の境は骨折があるかないかとか局の定義に沿っていると聞いたことがあります。診断書にはそんなことは書きませんから。この事件の場合、髄液漏(疑い)が混乱の原因になっているようです。髄液漏なんて初めてお聞きになりましょう、脳外科医にはなじみがあります。どういう症状かと言えば読んで字の如く髄液が漏れて出て来る現象です。簡単に解剖的説明すると、脳と脊髄は硬膜という硬い膜に包まれて、その中に脳脊髄液(髄液)に浮かんでいる状態で存在します。頭の場合は、頭蓋骨、硬膜に守られてますから少々の怪我では漏れてきません。どこに漏れて来るかと言えば多くは鼻水としてです。さらさらのまさしく水のような鼻水です。アレルギー性鼻炎の時の鼻水も似てますが、くしゃみなどは出ません。ぽたぽたと落ちてきます。くしゃみなど腹圧を掛ける動作するとどんどん出てきます。顔面、前頭を強打して、頭蓋底を骨折して同時に硬膜も損傷してそこから髄液が漏れ出てきて、副鼻腔を通って鼻水として出てきます。ですから少々の怪我ではそんなことにはなりません。診断書の書きぶり見ると、骨折線が見えたのでしょう、さらに鼻水が出ますか?と聞いた時に出ると彼が答えたのでしょう、病名見落としの方が咎が大きいことがあるので(特に第三者行為の場合)考えられる病名を並べた、というのは考えられます。でも、ダラダラ漏れ出るような場合ならもちろん巡業など続けられませんし、どこかの脳外科医がTVで解説してましたが、外傷後に仕事続けたために初めはそうでもなかったけれど、傷が開いてしまって漏れるようになったというケースは無きにしも非ずです。でもそうであれば今の状態を公表すればいいことで、入院後の診断書を求めればいいことです。それもしないということは、軽傷なんでしょうよ。髄液漏なんてないのでしょう。いえ、これは私の想像です。見慣れぬ、重症感のある髄液漏という病名が一人歩きしている感もあるのですが、マスコミは素人ですからね、「ずいえきもれ」なんて読んでたアナウンサーもいました。本人がマイクの前に出てくればいいことなのですがねぇ。そこかの政治家と同じ逃げですか、入院加療という隠れ蓑です。隠れる必要もないことですけれどね。診断書の曖昧さを知っていただければ幸いでした。

livedoor プロフィール

昭和32年 1月6日生まれ
昭和50年 山口県立柳井高校卒業
昭和58年 大阪医科大学卒業
昭和60年 梶川脳神経外科病院 勤務
平成04年 6月1日開業 現在に至る

・医学博士
・日本脳神経外科学会認定専門医 No,2746
・柳井医師会副会長

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