風呂事情

朝日新聞の週一コーナー 8/4 の「耕論」のテーマが「風呂から見る日本」で、興味深く読みました。学者さんが色々教えてくれてます。日本人の風呂好きってのは明治時代半ばからの事で、その象徴が銭湯だと。そして国策として、この習慣を称して国民性としての潔白性が掲げられきれい好きな日本人というイメージを世界に向けて定着させてきたのだと。ふむ、左翼学者らしくなってきたぞと読み進めると果たして、清潔規範は排除の論理を伴うと来ます。出たぁ~。清潔であることが当たり前になると常に不潔な異物を捜し続けそれを取り除くことが求められるようになっていくのだと。左巻きさん達のこれぞ正義、弱者少数者こそ強者の論理です。多数派はいつも悪者だという決めつけ。朝日毎日思考は必ずこう来ます、もちろんそれを楽しみに読んでいるのですけれど。で、そっちは措いて、いつもここで言うているように私の世代(今年70歳になる世代)は貧しい日本を知っている最後の組です、風呂の歴史はそのまま貧しさから豊かさへの移りの象徴になるかと思い出し出し書いて見ます。この学者さんの記事にもありますが現代は毎日風呂に入るが当たり前ですね。でも、私たちが幼少期はそうじゃなかったですよ。夏は措いても、冬は二日に一度三日に一度の入浴だったように覚えてます。そして洗髪はもっと間を空けて。これはよく覚えてますが、母親が髪を嗅いで、今日はまだ洗わなくてもいい、なんて指示してました。リンスなんてない時代、シャンプーがやっと出回る頃だったのでしょう。石鹸(もちろん液体や泡なんかじゃないですよ、固形の牛乳石鹸あるいはミツワ石鹸です)に髪の毛がついてる絵を使ってお父さんまだ石鹸で髪洗ってる~と少女に言わせるシャンプーのTVコマーシャル覚えてます、そんな時代です。固形石鹸で髪を洗ってたんですから。内風呂(家の風呂です)のあるのは裕福な家庭、あるいは昔ながらの家、借家には風呂がないのが多くて必然的に銭湯通いです。私も小学生時分は内風呂なく銭湯通いでした。時にはもらい湯ってのもしてました。他人様の家の内風呂に入りに行くんです。回数は多くなかったですけれど、これは子どもながらに気を使いましたねぇ。父親の付き合いでそうなったんでしょうが、母親は嫌だったんじゃないでしょうか。今時よりも濃い近所づきあいと括ってしまわれそうですが、いやいやもっと他の要因があるもんです。隣にもらいに行くんじゃないですからね、わざわざ車で一家で行ってましたから。銭湯の方がうんと気が楽です。小学生時分と、高校出て京都で学生しているときにも銭湯通いしてました。この時は「しまい湯」ってのを何度も経験して。夜11時で銭湯は閉まるのですがギリギリに駆け込む、すみません入れてください!顔なじみになるとどうぞとなる。で急いで洗うのですが、周りをモップで掃除し始めるわけです。銭湯のおばちゃんと何やかやの世間話になるわけです。こっちは気が急いてますが、向こうは平気。あの雰囲気も今となれば懐かしいことです。中学高校時分は内風呂がありましたがこれが昔ながらの五右衛門風呂。風呂は焚くのです、沸かす。竈口から薪をくべるのです。私ら子どもの仕事でした。小学生時分には暖房器具が火鉢だけでした。石油ストーブもまだそれほど普及してない時代です。ましてや電気こたつ、をや。掘り炬燵切り炬燵のあるのは裕福な家、うちは残念ながらない、火鉢を皆で囲んで手をかざしてました。寝る時は足元にあんかでした、豆炭を熾すのも子供の役目でした、冬の夕方の仕事でした。炭を熾すことは慣れてましたし、風呂焚くのも平気でした。昔は今のように着火道具なんてないですからね、新聞紙をうまく使って点けるわけです。湯が冷めてきたらまたくべねばなりません。だから一人遅く帰って来ると冷めた風呂に入れません。五右衛門風呂は鉄釜ですから、当たると熱いのです。から踏板の上に乗って、釜に当らないように身を縮めて浸かるんです。薪をくべて沸かしているうちはもちろん、その後もしばらくは釜自体が熱いですから触れません。今の陶器などの湯舟やどこかの檜の湯舟と違って体を伸ばせません。そもそも五右衛門風呂はそういう造りじゃないですから。その後にガスで温める機械が出てきて、今のように蛇口から熱い湯が出てくるタイプに変わってきたのです。そうそう台所にガス湯沸かし器(瞬間湯沸かし器と呼んでましたね)が備えられるようになったのは高校生時分頃じゃなかったですか。カチカチと種火をつけて、その後しばらく経ってボッと燃え出すあれです。そうでしたねぇ、思い出します。我が家は便所も風呂も「外付け」(いったん外に出なければ行けない)だったので冬は寒いわ、夏は蚊やハエや臭いが大変だわでこれも懐かしい思い出です。いえ、そうじゃない家の方が多かったのです、もうあの時代は日本は右肩上がりだったのです、我が家がプアだっただけです。でも、銭湯やもらい湯や五右衛門風呂やでいい経験してきました。今のようにサッシで密封度の高い家じゃないです、隙間風がピューピュー入る家で、寒い中火鉢を抱えて(手をかざすだけで)皆で白黒TV観ていたあの頃です。あれで凌げてたのです、年寄りも皆がです。いや、凌げてたではなくて、あれしかなかったのですから他にやりようがないのでした。昔話は作り話なのですが、今回は盛ってはいません(いつもは盛ってるんかい!?)。できるだけ。

優生思想

やまゆり園事件(障害者施設入所者をそこの職員が複数人殺害した事件)から10年というキリの年で、朝日と毎日が特集を組んでいます(どちらも同じタイトルです、やまゆり園事件10年)。朝日新聞は「内なる優生思想を前に」と見出しをつけて4回の連載、毎日は「私の思い」とのサブタイトルで3人に語らせます。この見出しだけでどういう内容かは察しがつきますが、まさにその通りのものです。どの記事も犯人を植松聖死刑囚と明記し批判します。記事にはないことですが、一方で記念碑が建てられているそうですが、被害者の名をそこに刻すのを好まぬ家族もいるそうで、最近一人の名が新たに刻されたとかでニュースになってましたね。この辺りの感情です。この事件の本質は一に障害者に対する差別意識です、朝日の示した内なる優生思想です。ある論者はそれを「ちいさな植松」と表現してます、皆表には出さぬけれど誰もが心に持っている感情だと。小さな植松は残念ながらそこかしこに存在すると。その物差しは生産性だとも。生産性と聞くと杉田水脈を思い出す人もいるでしょうが(彼女のお陰で新潮45が廃刊に追い込まれたのはご存知の通り)、こちらは措いて。生産性の有る無し。その昔石原慎太郎が閉経した女性に対してこういう物言いをして大叩かれしてましたね、昔からこの物差しは歴として存在するのです。そんなことを基準にヒトを差別してはなりませんと来ます。誰もが頭ではわかっていますし、そう言いますし、そう行動します。でも内なる思いです。こういう非難をする人たちこそが色んな場面で内心の自由という旗を振り回す人たちなのですが、例えば先の国旗損壊罪法案の際も表現の自由はもちろんのこと、内心の自由までも侵害されるなんて論調がありました。障害者を疎ましく思う、自分と同一視できない、忌避排除する感情は内心に違いないですね。(記事に倣って表記します)植松死刑囚のように実際に行動に移すかどうかは全くの別問題、彼以外はあんな行動はしないわけです。それを朝日は「誤った障害者観生む社会 問い直すことから」と副見出しつけて正そうとします。誰もわかってますって。あなただけが正義の味方じゃないですから。と、ツッコみます、上から目線過ぎます。でも内心の自由ってのはどうなってますか?もう一つ、匿名問題と採り上げていて、この事件の報道の際に被害者が匿名にされたことを批判するものがありました(毎日 8/1)。日本社会には根深い差別があるからと被害者を匿名にした(おそらくメディアの姿勢を指すのでしょうが)ことこそが、差別感情の強さを物語ることだと愕然としたとあります。被害者名を出さない。個人情報であり被害者感情への忖度であり弱者への配慮であり(弱者強者理論の裏返しです)これは左巻きさんたち常套ですけれど、上記の如く被害者家族が名の刻印を拒んでいることも事実ですから。あの事件とは関わりたくない、ここで亡くなったとは公表しないでくれ、そういう意思表示でしょう。差別ですか、我が家族に対する差別。世間体、風評を怖れる気持ち。我が一族に障害者がいたことをわざわざ表沙汰にしたくない気持ち。ここに論を寄せる人たちの意図はわかります、だから家族にさえそういう気持ちにさせるような社会が世間がいけないのだ、そういう世間感情を正せといいたいのでしょう。いえ、無駄とは言いません。事実私の世代の者は経験してきたことと思いますが、私たちの親の世代の差別意識はもっともっとあからさまでしたよ、ここでは書けませんが差別侮蔑言葉は平気で飛び交ってましたし、それが普通の会話でした。から、現代の新聞メディアの繰り広げてきた悪く言えば言葉狩りの効果はきっと一定の効果を挙げてます。今時人前でチビデブハゲの類の謂いも許されませんし、聞くとドキっとしますものね。言葉狩りってえらいもんですよ。でも、それが内心なのです。腹が立つ時には悪し様に汚い言葉を口に出さずに相手に投げつけてませんか?口に出さねば、ぐっと飲みこんでにっこり笑って過ぎれば、あなたは立派な人格者なのです。バーカ!と心で舌出していてもです。障害者への対応と一括りにしますが、接する機会の多い少ないの差や、事前の知識や経験の差は大きく影響します。いきなりたじろぐなんてことは十分にあり得ます。施設入所者を見舞う時と街でいきなり対峙する時とではこれまた大きく違いましょうし。そういう違いを十把一絡げにして、万人を対象にして世間の認識が足らぬとやら健常者中心主義(ableism エイブリズム)はならぬとやら国家の責任でもあるとやら結論しても、とても届かぬことでしょうねぇとの読後感でした。

高市嫌い

高市嫌いはたくさんいて。特に左巻きさんたちは阿部さんにあれだけ手を焼いて、特に朝日は安倍潰しは社是とまで言うて憚らぬことでしたが、安倍さん以上に右で強引な高市さんに戸惑いながらも一斉放火してます。朝日の高橋さん浜田さん、毎日の佐藤さん元村さん、サンモニによく出てくる藪中さん寺島さん、ABCの大越さん、NHK、TBS、ジャーナリストの後藤さん等々。挙げればきりがない感じです、味方のはずの自民党御用達の田崎さんも高市嫌いの一人の様相。国論を二分する問題を解決していくととりかかってる高市さんですが、皇室典範改正と国旗損壊罪制定をセットにしてごり押ししていることが何とも連中には気に入らぬことなのです、やれ戦争の軍国のと騒いでます。でもそもそもはこれを公約にして自民党総裁選に勝ち、さらに解散衆院選で大勝ちした高市さんです、こう運ぶのは当然の経緯と思いますが、それを今更のように血相変えて反対する。衆院はともかく、少数与党たる参院ではそうは行かじとメディアも煽ってましたが国旗損壊罪については結局123‐121なんて僅差でどちらにも花持たせる形ですか。参院自民党がよく票を固めた、野党もよく結束して意地見せたとか。皇室典範改正の方はそんな抵抗も見せずにあっさり土俵を割ってますし。中道も国民も口ほどではないわけです。参院立憲も同じことで。で、今朝の朝日に「左翼学者の三悪人」(悪人かどうかは・・ですが黒沢映画をもじって)長谷部恭男、杉田敦、加藤陽子の三方の鼎談です(朝日 7/24、オピニオン&フォーラム 国会軽視内閣を憂う)。この三人は高市内閣成立当初にも鼎談していて、その時もボロクソ叩いてましたね。今回も言いたい放題の態です。余程に嫌いなのでしょう。中でも加藤さんは高橋さん佐藤さんと同じく同性の怖さを感じさせます。高市さんが国会に出ないことを指して、人柄の問題なのか、人と誠実に言葉のやりとりをする意思と能力をそもそも欠いているのか(長谷部)と人格否定までする。国旗損壊罪は治安維持法を想起させる(加藤)。国旗損壊はどんな国においてもなんら問題ではない(長谷部)。国旗損壊罪のもたらす萎縮効果は大きい、迷惑をかけるなの傾向がますます強まるだろう(杉田)。(男系男子による承継でなければならぬというのは)ある種の信仰で、「男系男子は神武天皇以来2600年以上続く伝統」などと歴史的には全く通用しない神話を国会の場に持ち出し、それを国民全体に押し付けようとしているのは大問題だ(杉田)。うむ、言いたい放題でしょう?是非全文を一読願いたいことですが、同じ思考回路の者達が寄ると話が弾むわけです。歴史的には全く通用しない神話を国会に持ち出し‥のくだり、どこかで最近聴いたなぁと思い出すに、そうそう先週だかのサンモニで大阪のおばちゃん谷口さんが言うてましたよそのままを。彼らには共通認識なんですねぇそれが。国生みの神話とか黄泉の国とか、誰も真実なんて思ってないでしょう。天照大御神がスサノオノミコトが因幡の白兎が、きっと真実じゃないでしょうよ。でもそうだということにして文化が積み上がってきたんでしょうに。そういうことだと皆わかってるんでしょうに。神武天皇や八咫の烏もきっと嘘でしょうよ、そうわかってますよ。でもそういうことにする。こういう書(記紀)を編纂する意図や意味、必要とした時代背景、そこから続く日本文化と文明なのです。実証できないから存在しないと決めつけて全否定してかかる要などないこと、そういうことにしているわけです。彼らの立脚地は materialism ですね、物質主義唯物論。不可知論や神秘論観念論に固執するのではないですが、日本文化の根っこ、日本人気質はここに発しているのでしょうにと思います。森鴎外の「かのように」を読んでほしいと思いますが、彼らの感想を聞きたいですね。皇室典範も、あれだけ2600年皇紀論や万世一系論を馬鹿にし嘘呼ばわりし、福島瑞穂に「どうして女性女系天皇ではいけないんですかぁ?」と底浅い安易安直な伝統破壊行為を叫ばせておきながら、中道も国民も賛成してチョンでした。そうか、高市さんのやり方が嫌いなのかぁ。反対はして見せるけれど、そんなに無茶苦茶する気もない、というのが政治家たち。一方、学者やジャーナリストたちは高市さんが嫌い、あの考え方が嫌い。特に女性は同性として嫌い。彼女たちの批判はオッサンに対するものとは明らかに違いますからね。だからこちらの切っ先は容赦ないものでバッサリ来る。高市さんもこれだけ叩かれたら本望でしょうねぇ、安倍さん以上ですもの。だからやるんですよ、どんどん決めていく。維新でも国民でもどんどん巻き込んで、公明斬れたのは勿怪の幸いで。如何に公明党がブレーキだったか、素人目にも明らかです。ちなみにその公明党の前代表斉藤さんが先日の小泉防衛相の核三原則の見直し論に対して猛反発してます、不適格だとも。斬ってよかったでしょう?左翼さんもこれだけ噛みつき甲斐のある相手(高市さんですよ)の方がいいんでしょうねぇ。
月別アーカイブ
プロフィール

hirotanougeka

昭和32年 1月6日生まれ
昭和50年 山口県立柳井高校卒業
昭和58年 大阪医科大学卒業
昭和60年 梶川脳神経外科病院 勤務
平成04年 6月1日開業 現在に至る

・医学博士
・日本脳神経外科学会認定専門医 No,2746
・柳井医師会会長

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ