直接民主主義の愚

イギリスがEUから脱退(離脱ですね、leave)します。実際には2年先だそうですが。国民投票の威力を思い知らされるわけですが、もう修正などもできぬのですかね。この決定に議会の力が及ばないのはわかりますが、彼の国は女王陛下がおられますよ、朕は好まぬ、とかなんとかでひっくり返らぬのでしょうか。かの昭和天皇が英国を立憲君主国の手本をとされて、君臨すれども統治せずとの言葉は社会の教科書でよく見ました、政治事には女王陛下は関与されぬのでしょう。細部がどう固まっていくのかはそれこそ今後の政治事ですが、この結果はやはりツッコミどころ満載でしょう。専らに経済、軍事、政治関連で評論家達が持論を開陳します、ここぞの場面ですからね。現に、英国の離脱派の人達以外の世界中の人がまさか出ないだろと、そんな圧倒的な予想バイアスの中のあれですから、さすがに素人でもびっくりしましたね。で、あれこれ理由の解説あり、今後のこと考えないのか?との誹り調あり、それこそ百論噴出でしょうが、結果は結果です。で、どうしてあれだけ離脱派に傾いたのか。大英帝国の誇り。孤高の大英帝国。酔ってますね。空気です。いてまえ!やってまえ!出てから考えたらええねん。いや、もちろん英語でですよ。関西弁じゃない筈ですが、こういう気持ちです。俺たちは優れているんだ。七つの海を支配していたんだ。もう我慢できない。EUの中でも存在感のないこと、昔からの移民問題に元々腹が立っていたところに今次の難民問題。それこそ大英帝国の威光のかけらもなくなっているのに、欧州の責任とか出資とかの話になると代表のように引き回される、難民問題でもイギリスはどうした?と必ず来ますし、そういう扱いにホトホト腹が据えかねてるんでしょう、分かる気がします。諸国からのイギリスへの敬意なりがあれば違ったんでしょうが、それもなくて。トランプさんの言動がどこまで影響したかは誰にもわかりませんが、同じ方向ですからね、イケイケ!の煽りにはなったでしょう。先のスコットランドの離脱選挙で一旦揺れた屋台骨です、こちらが本震でしたという顛末で。キャメロンさんのメンツがどうこうじゃなくなりました。が、誇り高き大英帝国民は立つ!EUなどに頼らずとも我々は立つのだ!日本人の気質に似ているじゃありませんか。神風信仰です、強烈な選民優民意識です、差別意識です。さすがに私たちは大日本帝国とは言いません、そこのところはアメリカ様のお陰で跡形なく骨抜きにされてます。が、隣国に対しての優民意識は強いでしょう。誰が見ても世界一の大帝国だった輝かしい過去との格差、ギャップは、勢い目の前のうっとうしい存在、移民達難民達に原因を負わせます。自分達の意向通りにならぬ足枷に怒りが向きます。EUの一員である足枷です。日本が国際連盟を脱退した時の環境と似てませんか。移民難民のお陰で自分達の暮らしが脅かされそうになっているのに、EUとしての行動を強いられることへの反抗です。移民を大量に受け入れてきた今までの政策への非難でもありましょう。昔なら植民地先の支配民ですからね、この〇〇が!そういう不満がたまりに溜る。こんなところへキャメロンさんが国民投票するなんて言い出した。当の総理は政策的なバーターとして出した案だったそうです、まさかこんなになるとは思ってないわけです。今後の英国の行く末とか世界経済とかはなるようにしかならぬわけです、誰かが大儲けして誰かが泣く。そういうことじゃなくて私はこうなったいきさつにとても興味があるわけです。大英帝国の幻影。英国人の選民意識、排他意識。抗えない空気。行くとこまで行ってまえ!そのあとで考えよ。この根拠のない高揚感。多数に迎合する安心感。大衆の愚かさ。それはやはりこういう最重要案件を国民投票に掛けたという政治家の大失策大怠慢に起因するのだと思うのです。何のために政治家が居る?要る?こういう時に正しい判断をするためだろう?幻想や高揚感、その場その時の空気にわけなく左右される大衆にどうして委ねるのか。究極の民主主義だ?冗談じゃない。政治家の職務放棄です。民主主義が最上の統治装置ではありません。中でも直接民主主義ってのは愚です。賢者が完全に埋もれます。正しい意見が消えます。賢者賢帝に全てを任す。賢帝による独裁。最上の政治形態統治体制はこれです。次善が賢者を「混ぜた」間接民主主義です。世界の民主主義、議会政治を展いてきたと、おそらく自負自任していましょう英国がこの為体です。こういう結果になったから、ではあるのですが、国民投票にこそ敗因があったと言うべきでしょうね。民意、民の声が正しいとの前提からして幻想なのです。そうじゃないから天皇主権だったのです、そうじゃないから現行の議会民主主義なのですから。他山の石にせねばなりません。前者の轍は踏んではなりませぬ。

田舎に医者がいないだけです

医療崩壊、医師不足、そして今度は医師余剰だそうです。厚労省が、今の医学部定員が今後も維持されると2040年には医師が余ると試算したんだそうです。ったく、何考えてるんだ。医者が少ないと勝手に危機感露わにして医学部定員の増員や新規開校を促しておきながら、今度は余るだと?とても憤ります。何故か。医師不足(の様相になった)は具体的に医師が足りぬからではないからです、ひとえに偏在が因なのです。何故そうなったか。小泉です、あいつが悪い。本当にあいつは碌なことしませんでしたね。ポピュリズムに煽られた私たちが悪いのですがそれにしても・・。解説しましょう。彼が政権握ってた時に、医局制度を旧弊悪制の槍玉に挙げて、医局の解体を叫んで新研修医制度なるものを作ったのでした。そんなに教授連中が甘い汁を吸ってたわけじゃないのですよ。関連病院との癒着として叩かれたことでしたが、実はそのお陰で医者が地域の隅々にまで配置されていたという事実には全く触れません。新研修医制度とは、卒業生(新米医者)の就職先を自由に決めてもいいというものでした。こうやって文章にすると、当たり前じゃないか、以前はその自由がなかったのか?!と驚かれましょうが、いえ、あったのです、どこで研修しようと自由だったのですよ、でも多くはそうしなかった、自分の出身大学の医局に入って研修したのです。教授(医局長)の言うがままにあちこちに派遣されたわけです。それが順番ですから厳しいも嫌も応もありません、皆がやってきたことです、自分もやるまでです。それが修行でした。が、それを徒弟制度と呼び、悪弊旧制度の象徴みたいに言挙げして、官から民への一環の様に設えて(全然違いますが)研修医をいわば売り手市場に解き放ったわけです。条件のいい所へ流れるは必定です。勢い都会の大病院指向になります。都会の病院も、より一層の好条件で導きますし。そちらでは需給のバランスが取れるのでしょうが、日本全体でみると一気に偏在しますね。誰が考えてもそうなるべくしてなった結果です。もう一つ偏在に拍車をかけた因があります。医学部進学者、つまり受験エリート達(私がそうだったとは決して言えぬのですが)はやはり都会に多いのです。で、都会の国立大学や他の有名校に合格できぬ、都会出身の第二グループが地方の国立大学に零れてきます。旧帝大以外、昔で言う一期校以外の地方大学は過半が都会出身者です。山口大学には山口県の高校出身者が3割もいないでしょう、どこの地方大学も同じようなことです。そんな者が、山口(地方)に縁もゆかりもない者が卒後残りますか?地元へ帰りますよね当然。東京大阪はいいでしょうよ、どんどん戻ってきますから。元々大学も多く卒業生も多い所に指してどんどん帰って来るんですから、この制度に反対する理由などありません。だから、現実にこの制度が地方の医療崩壊を惹起していると知りつつ、都会の医師会はそれに賛同しないのです。だから変わりません。厚労省はこの現象を医師不足という違うものにすり替えて数を増やす方針を立て、今後の人口減を計算したら今度は医者が余ると言いだしたわけです。怒らずにおれましょうか、です。わかっていただけるでしょう?日本医師会も医師会なのです、粗製乱造すると医療自体の質が担保されぬなんて、向こうの土俵にヌケヌケと上がっていくわけです。どっちもバカです。医学部進学が受験戦争の勝ち組の象徴と目されるようになってからもう何十年も医者の質は悪化しっ放しです。そんなことは現場の私たちが一番分かってます。データしか見ない、コンピュウタのディスプレイしか見ずに、患者に触るどころか顔も見ないバカ医者がどれほど多いことか。もう質は十分に落ちてますから。ならばせめて昔の様に、バカでもいいから医者を田舎に配置しましょうよ。解決方法は簡単なのです、これは私のアイデアではありません、それこそこの悪制が敷かれた時から言われてることです、卒業生は5年間出身大学に残るべし、その後は自由に就職先を探せとすればいいのです。こういうことが以前は不文律として通用していたのですから、必ずできます。が、そこのところ、人権屋達が大騒ぎして、例えば医者も一労働者なのだから、時間外労働は制限されるべきだ、生活は守られるべきだなんて判決が出たり(どこかの研修医が働き過ぎかで自殺したのが契機でした。ったく、迷惑な話と舌打ちしたものです)した背景でもって、就職先も自分で決められぬとはなんたること?!と来るわけです。医者以外の仕事させるわけでもなく、どころか先生先生とペーペーのくせに持ち上げられて下にも置かぬ扱いを受けるのですよ。十分な給料で(ちなみに私たちの時代の大学に残る研修医の月給は額面3万円、そこから医局費などを天引きされるんです。他のところで働かざるを得ないわけです、おまけにその時すでに息子がいましたので、個人的事情ながら)。何を横着言うか!なのですが、ま、その辺りは時代も違うのですけれども。医者が不足なんてしてません。毎年毎年一万人弱の医者が生まれているのです。足りぬわけないでしょうに。都会に偏在しているだけなのです。地方の医者が足りぬ理由はそれだけです。あと5人、あと10人いたら充足するような地域ばかりですよ。本当に悪法の極みです。小泉改革ってのはまさしく改悪でした。規制緩和して壊れた文化伝統の多いこと、それは少なくとも日本人の社会における民主主義には規制が必要だ、新自由主義は悪魔の制度だということです。と、大きく出ても、この問題は何も解決しませんのです。東京大阪はこの制度で潤っているのですから。とほほ。

禁煙原理主義

週刊新潮の6月9日号に禁煙運動に係る記事を読みました。そこで三次喫煙という区別を知りました。大体想像はつくことでしたがこうです、喫煙者の衣服などに付着した煙草の煙が、喫煙者とともに移動して家庭内に持ち込まれる、そこで煙に含まれる有害物質が揮発し、それを吸った人に害を及ぼすこと。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはこのことですな。誰かが禁煙運動を指して禁煙ファッショと呼んでましたが、問答無用の押し付けです。原理主義です、他論は認めない。ばかりか次から次へ自説(虚論ですが)を拡大解釈していく。ちなみに一次喫煙は煙草吸うている本人のこと、二次喫煙は吸うてる人の隣で煙を吸わされること、いうところの副流煙の害です。好きで吸ってるんですから本人がどうなろうがそれは知ったことじゃないです。これは禁煙ファッショさんでも愛煙家でも共通認識でしょう。その覚悟で吸ってましょうしね本人は(いえ、肺癌の喉頭癌のと宣告されたら皆顔色なくして立ち竦んで果てしない後悔の淵に沈むのですが)、自業自得の典型です。が、副流煙という言いがかり作られてから、愛煙家は室外に追いやられホタル族になり下がってます。公共交通機関から締め出され、公共施設から追い出され、学校や病院では敷地内からも追放されます。断っておきますが私は25年前から煙草は吸いません。一応、他人様には禁煙を勧める立場だからです、開業する直前にやめました。ですから愛煙家を擁護する理由もないのですが、さりとて脳卒中や癌の予防のために禁煙を勧めるなんてこともしません(このブログを読んでいただいている方々にはわかっていただけましょうか)。健康のためにとか何とかの大嘘を振り回しはしません、そういう向きには書店に平積みされてる凡百医学博士先生様の健康本をお買い求めください。単純にこの禁煙原理主義の無体に反論するだけです。大体にして、さも市民権を得た、認知されたように既成事実化している副流煙の害ですが、実証できていないのですよ。実証できないですからそもそも。自宅でオヤジが煙草吸ってる家で何年何十年も一緒に暮らしていた奥さんが癌になったからと言って、そんなに簡単に因果を結べません。煙まみれの仕事場に居たからと言って、すぐに肺癌に結べません。例えば石綿の吸い込みと肺の中皮腫、何とかいう印刷用のインクと胆嚢がん、有機水銀と水俣病のような明確な因果関係の証明など無理なことなのです。が、そこのところはいい加減に流して、とにかく言い立てる、煙草が一番の悪!吸わない人にまで悪影響及ぼしてどうしてくれるのよ?!これは責め易い理屈です。それでも足らずに今次の三次喫煙。衣服についた煙が揮発して、と来ます。どんなに濃い煙が沁み込んでるのよ。確かに煙草吸いがいる部屋の壁は黒ずみ、カーテンは黄ばみます、そして鼻近づければ臭います、これは経験があります、25年前までは煙草吸いでしたから。でも、付着した物質が揮発してそれを吸い込んで、なんてのは絵に描いたような屁理屈で、副流煙の濃度でさえ発癌性の証明ができてないのに、きっとその何十倍何百倍の薄さの濃度で何が起こるというのでしょうね。まさに言いがかり。とにかく煙草を吸うな。他人に迷惑かけるな。うむ、後者は私もよく言いますから字義は認めますが、だから煙草吸い達は可哀想にホタル族やってるのです、寒空に追い出されてるのです。こっちは十分に対応してます。しかし、煙草を吸うな、なんて言われる筋合いはないのです。放っとけ、です。とかく禁煙運動は健康問題と採り上げられますがそれは大きな間違い、恣意的なすり替えです、誰もあなたの健康など心配してません、自分に降りかかる迷惑を嫌っているわけです。否、嫌っているだけなら可愛いいことですが、排除しようと強制しているのです。煙が嫌なもんだから、そう言っとけばいいものを、健康を害するとくるわけです。ここでは煙草遠慮してくれよと言われればこちらもはいすみませんと言えますが、健康被害をどうしてくれる?なんて喧嘩腰じゃぁねぇ。列車や映画館などの閉鎖空間であれば、そして食事の場であれば、こちら(くどいですが私は煙草吸いじゃありません)も遠慮しますよ、でも、敷地内ダメとか、とにかく吸うな!という原理主義はそれこそ害毒です。連中が二言目に言い立てるところの人権侵害です。自由の侵害です。全体主義です、ファシズムです(ここまで言わずともいいことですが)。ま、禁煙原理主義者ではない私達はそんな咎め立てはしません、人は色々なのだから少々の(少々です!!)不都合不利益はお互いに認め含み合って生きていかねばならぬことを知っています。何でもかんでも危険はゼロじゃないと気の済まぬ潔癖主義者、つまりは排他主義者ですが、の屁理屈は御免蒙るというわけです。無理を押せば道理が引っ込むものですが、どっこいそうはいきませぬ。しかし三次喫煙とはおそれいりました。次は何でしょうね。煙草に触るだけで病気になるとでも?それとも見ただけでも?どうぞご勝手に。

livedoor プロフィール

昭和32年 1月6日生まれ
昭和50年 山口県立柳井高校卒業
昭和58年 大阪医科大学卒業
昭和60年 梶川脳神経外科病院 勤務
平成04年 6月1日開業 現在に至る

・医学博士
・日本脳神経外科学会認定専門医 No,2746
・柳井医師会副会長

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