2007年03月19日

冬木弘道さん 3

今日は冬木弘道さんの命日。早いものであれから4年も経ったことになる。冬木さんが入院して、かなり具合が悪いことを知りながら、当時、事実上の編集長を務めていたデラックス・プロレスの制作追い込みのため、どうにもこうにも身動きができず、ようやくお見舞いに行けたのはが、4年前の今日だった。

そもそも冬木さんとは「サル顔記者事件」という、トラブルから本格的に付き合いが始まった。FMWがエンタメ路線に入る少し前あたりから、気がつけば冬木番になっていたアタシは、ずいぶんインタビューもさせて頂いた。冬木さんは感性ではく論でプロレスを語ることが出来る、数少ないプロレスラーの1人だった。

これは故人に対するお世辞でも何でもなく、プロレスに関わるものとして最も影響を受け、多くのものを学ばせてくれたのは冬木さんだったと思う。冬木さんと関わることがなければ、今頃はプロレスでは食えなくなっていたかもしれない。今でもアンケートなどで影響を受けた人物と問われれば、迷うことなく冬木弘道と書き込むことだろう。

病院に着いた時には、すでに冬木さんはこん睡状態で意識もなかった。つい1ヶ月半前に、アタシの結婚披露宴に出席していただいた時には、まだ元気で料理も普通に食べていたのに・・・。それでも枕元に耳を近づけて、始まったばかりの結婚生活について報告した。

冬木さんに婚姻届の証人の1人(もう1人は菊池孝さん)になっていただいたのは、尊敬する方だったことはもちろん、何とか少しでも長く自分たちを見守って欲しいという思いもあったからだ。結局、その思いは叶えられることはなかった。

個室だった病室には奥さん、娘さんたち、そして当時のWEWの選手たちが泊まり込みで看病していた。最後の数日、選手たちは病室から会場に通っていたという。しばらく病室で選手たちと話をして、帰宅した直後にサムライの関係者から電話がかかってきた。「冬木さんが亡くなったと聞いたんですが・・・」

大急ぎで病院に引き返すと、すでに複数のマスコミが取材に来ていた。すでに冬木さんのなきがらは霊安室に移され、1人づつ部屋に入って冬木さん、奥さん、娘さんにご挨拶させていただいた。程なくしてみんなで冬木さんをご自宅に運んだ。一緒にご自宅に行った選手たちと、葬儀やお通夜の打ち合わせをしながら、深夜まで冬木さんの話をした。

葬儀の後、奥さんのご好意で納骨にも参加させて頂いた。あまりにも早い無念なお別れではあったが、冬木弘道という凄いプロレスラーの骨を拾うことができたことは、プロレスに関わってきた中でも最も名誉なことの一つだと思っている。

hirotsugu1069 at 20:58コメント(22)トラックバック(0) 
プロレス 

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コメント一欄

1. Posted by KING   2007年03月19日 21:16
初めてコメントさせて頂きます。
冬木選手(あえて選手と書かせてもらいます)は、プロレスを解っていた数少ないレスラーの一人だったと思います。

亡くなって数日たって、ふと、仕事中に冬木選手の事を思い、号泣したのが、思い出されます。

冬木選手の「限界の一人つ前の技でフォールされなきゃダメ」(このようなニュアンスだったと思います)
と言う言葉が、僕自身のプロレス観を変えました。


亡くなって四年かあ!
早いなあ!
2. Posted by くりす・ちぇりこ   2007年03月19日 21:22
昔俺がピュアな(笑)プロレスファンだった頃、冬木さんは正直嫌いなレスラーでした。

色々プロレスの奥深さを知って行けば行くほど、冬木さんの【プロレスラー】としての生き様と言うか、美学?哲学?ちょっと表現し辛いのですが、そんなものを感じて、何時しか好きなレスラーになっていた事を思い出します。
3. Posted by ぐらし   2007年03月19日 22:29
4年も経つのですか、本当に早いですね。
多分FMW(もしかしたら冬木軍興行だったかも知れません)の試合会場で、冬木さんにサインをお願いしたことがあるんです。
その時に差し出したのは、WARのファンクラブ会員しか持っていない小型のバインダー式ノート。
しかも選手の写真とプロフィール付きです。
それを見た冬木さんはちょっと苦笑いを交えたような表情をされながらも、サインを書いて下さいました。
「これにサインをお願いしたのは、不味かったですかね?」と私が聞くと
「もう誰も覚えちゃいねぇよ」と、あの独特の口調で返して下さったのが今でも忘れられません。

亡くなられた病院が自宅から近く、当日は相方が帰宅途中に多くのマスコミや選手の姿を見たと言っていたのを思い出します。
本当に数少ない「クレバー」なレスラーでしたね。
4. Posted by エイミ   2007年03月19日 22:55
5 ちょうど4年前、少し遅い夕飯をとっていた時に観ていたTVのニュース速報で冬木選手の死を知りました

5月の川崎での橋本選手との対戦を信じていただけに大変ショックでした
今ではその橋本選手も鬼籍に入られ、待ち望んでいたカードの実現は夢となってしまいました

4年も経ったのが不思議な感じがします
5. Posted by ぼあ男爵   2007年03月19日 23:13
冬木選手といえば、まず新日とWARの対抗戦を思い出します。
たった一人のほんのちょっとした仕草でアリーナクラスの大会場全ての観客からヒートを買うことが出来た最後のヒールレスラーだったと思います。
6. Posted by ケンドー・キクチ   2007年03月20日 00:35
自分がプロレスファンになった頃、冬木さんは東京ドームで安生選手と戦ってました。
その頃バリバリの新日信者だった自分は冬木選手が嫌いでした。
でも、その後に見たFMW仙台大会でヘッドハンターズと大矢選手が持ってた6人タッグのベルトに冬木軍が挑戦した試合を見て、冬木さんのファンになりました。
あの時の地団太ラリアット、本当に最高でした。

で、あのサル顔記者事件の時、自分は週プロをドキドキしながら読んでました。
しかし、その時はもっぱら『冬木さんが暴れるんじゃないか』とか、そういう野次馬視点で見てたので、記者さんの名前もチェックしてませんでした。
で、サムライ加入後に須山さんの姿を見かけた時に『あ〜!!!!』ってなりました(笑)
7. Posted by かつ   2007年03月20日 01:23
冬木さんはインタビューで「プロレスはショーだ。真剣勝負だと思ってみてるヤツはおかしい」的な発言をされていましたが、最後に真剣勝負以上にガチンコな、すばらしいプロレスを見せていただきました。
あらためて故人に合掌。

話はずれますが、こういう選手の声をひろうことこそ紙媒体の使命だと思うのですが、ゴングとファイトがなくなったのは本当に痛い…
8. Posted by dai   2007年03月20日 02:52
あれからもう4年ですか。
他界した後の、5月5日の川崎大会は、本当に感動しました。その数日後、横浜で友人の飲んでいたら、たまたま橋本さんがいて、「先日の川崎大会感動しました!」と言った事があります。その際、橋本さんは、「どうか冬木さんの事、忘れないであげてください」とおっしゃっていた事を、よく覚えています。
「理不尽大王vs破壊王」、本当に見たかったなぁ・・・。
9. Posted by S.Murakami   2007年03月20日 04:33
そういえば私が須山さんのことをはじめて知ったのは、このサル顔記者事件でした。

ラジプロに須山さんが出て話していたときのことです。

時の流れははやいです。
10. Posted by 宮下   2007年03月20日 09:25
死とまでも、プロレスした冬木選手。そして、死してなお橋本選手とプロレスをした冬木選手。その一連の壮大なプロレスを全てのマスコミをサーチして追っかけてました。当時、広島にいましたが、5/5川崎球場におりました。

(えびちゅお披露目の一週後の全女横アリにも居ましたが)
11. Posted by 天龍同盟@マサ   2007年03月20日 10:06
もう五回忌ですか。フットルースくらいから冬木さんの試合を見ていますが、最期の最期まで理不尽大王として『プロ』に徹していましたね。三沢さんが彼の花道を演出した時には感動しました。
12. Posted by 27   2007年03月20日 10:07
この日を迎えると、
なぜか空を見上げずにいられなくなります。
きっと、これからもずっと、
その存在が人々の心の中にあり続けるのは、
それが冬木さんだったから、なのでしょう。
お墓の前で直接手を合わせることが
できないからこそ、この場を借りて。
13. Posted by kajio   2007年03月20日 12:11
先日の新木場大会で、冬木選手の名前を出したマンモス選手には、是が非でも真壁選手からベルトを取り返してほしいところですが…時期的には難しいんかなぁ。
14. Posted by 晃   2007年03月20日 17:04
全日→FMWと見てきて冬木さんの素晴らしさや幅のひろい感性にいつも驚かせられたもんです。佐山サトルさんじゃないですが冬木さんのすばらしいプロレス頭に時代が追い付かなかったんですかね。合掌
15. Posted by ねずみおとこ   2007年03月20日 20:34
5 モバゴンで連載されていた『真説・プロレススターウォーズ』で、橋本選手と冬木選手がコンビ結成して、大谷・金村組と対戦するシーンがあるんですよね。軽い気持ちで読み始めたのに、途中から泣けて泣けて。最近選手や関係者が相次いで亡くなってますが、いかに二人が短すぎる人生だったかと改めて思い知らされます。しかしモバゴンも週ゴンも休止は寂しいです・・
16. Posted by 須山   2007年03月20日 21:13
>KING様

たぶん、冬木さんの言葉を通じてプロレス観が変わった人は、立場を超えて本当に多いと思います。

>くりす・ちぇりこ様

思想や生き方でファンを屈服させた数少ない選手の1人ですよね。

>ぐらし様

冬木さんにとってはWAR時代は、いろんな意味で特別な時代だったようです。
17. Posted by 須山   2007年03月20日 21:16
>エイミ様

すぐに家を出たので知りませんでしたが、ニュース速報で流れたんですね。

>ぼあ男爵様

たしかに新日との対抗戦を通じて、レスラーとしての評価を一変させましたよね。

>ケンドー・キクチ様

あの事件の数週間というもの、いつも殴られることを覚悟して会場に行ってました。今から思えばいい思い出ですが・・。
18. Posted by 須山   2007年03月20日 21:19
>かつ様

週プロがいくら頑張っても、総量は限られてますからねえ・・・。

>dai 様

あの川のメインは本当に凄い試合でした。でも本気で試合を受けようとしていた橋本さんも、本当に凄い人でした。

> S.Murakami 様

アタシ的には非常に不本意な名前の売れ方でしたが・・・。
19. Posted by 須山   2007年03月20日 21:22
>宮下様

そういえばお通夜の時はさくら選手が隣の席でした。

> 天龍同盟@マサ 様

冬木さんのガン告知の後の三沢選手の行動には、本当に男としての器の大きさを感じました。

>27様

とはいえ月日と共に記憶は薄れていきます。我々にできることは、こういう場で故人を思い出す機会を作ることなんですね。
20. Posted by 須山   2007年03月20日 21:26
> kajio 様

アタシ的には今度が真壁選手からベルトを取り戻す最後のチャンスだと思っています。

>晃様

客観的に振り返れば、冬木さんのエンタメ路線はまだまだ未完成なものでした。それゆえに余計にあのタイミングで亡くなったのは残念です。

>ねずみおとこ 様

あの小説って評判いいですよね。何らかの形で続編が発表できる場所ができればいいのですが。
21. Posted by QPコーワ   2007年03月21日 15:59
僕は今まだ小学生なんですが、幼稚園の頃からFMWを見始めて、冬木選手とハヤブサ選手の試合をたくさん見て僕もプロレスラーになろうと思い、今レスリングやプロレスを習っています!!
冬木選手がもし今も現役でプロレスをしていたら今のプロレス界は少し変わっていたのかな〜と思います!!
22. Posted by 須山   2007年03月21日 21:55
> QPコーワ 様

小学生でブログもやってプロレス修行中とは凄いですね。しかも入り口がアタシ的には嬉しい限りです。頑張ってください。

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