2012年11月12日 00:07

10日は、各校区で文化祭があり何箇所か訪れました。私の親しい方が相撲甚句を披露していたり、90歳を超えた後援者が作品を出品していたりと出会いもあり、驚きもありと楽しいひと時を過ごしました。
 ところで、ある校区で昼食にカレーを食べました。なかなか味が美味しくさすがだなぁと思っていました。テーブルでお盆(おぼん)にカレーを載せて食べていたのですが、お盆が足りなくなったらしく御婦人がお盆(おぼん)を回収に来ました。御婦人が「お盆(おぼん)よろしいですか?」と私に尋ねたので、私が、「あっ、どうぞ。」といい、少し間をおいて「こぼんはいいですか?」というとちょっと間をおいて御婦人が吹き出して「ちょっと気付かなかった!」と笑われました。往年の漫才師、「おぼんこぼん」に掛けてギャグを言ったわけですが見事に通じました。受けを取ったので小さな幸せを感じました。家に帰って妻に自慢をしたのはいうまでもありません。


2012年11月05日 01:18

 火曜日、夜9時、フジテレビで放送の「遅咲きのひまわり」を妻と楽しく見ています。たまたま妻が録画していたのを見てそれから見るようになりました。高知県の四万十市を舞台に物語が展開されます。物語的には、東京から自分探しを求めてきた主人公、研究者から地方の臨床医に左遷された女医さん、地元をこよなく愛し地域振興を図る商店の跡取り、少し妖艶な看護士さん等こういった人達が今後どのように絡んでくるのか楽しみな内容です。
 物語の内容以上に私が心を動かされるのはこの四万十市という場所そのものです。何を隠そう四万十市は私の母の実家であり、母方の祖父母が住んでいました。私も幼い頃から何度か里帰りで行っていましたので、懐かしさが込み上げています。(昔は高知県中村市でしたが、平成17年の市町村合併で四万十市となりました。戦国時代は、京都から公家の名門一条氏が応仁の乱の戦乱を避けこの地に移りその後土着し武士となり勢力を誇っていました。その後、長曽我部元親が勢力を伸ばしこの地を治めるようになりました。関ヶ原の戦いの後、功名が辻で有名な山内一豊が入国し明治に入るまで土佐藩山内家の統治に服することになります。)
 テレビドラマに出てくる商店街を見て、昔、祖父母と通ったような記憶が甦ります。日本一の清流といわれる四万十川の風景を見て「家族で車で通ったなぁ」とか、あるいは四万十駅(当時は中村駅でしたが)の風景を見て、2000年の参議院選挙の時、私の大学の先輩である参議院議員広田一さんが初出馬した際に応援に行った時、この駅で待ち合わせをした事など思い出が尽きません。たまさか母からもらった昔のアルバムを見ていると私がとても好きであった祖父と中村城(ここは一条氏の居城でした。)で一緒に写った写真がありました。祖父は私が高校2年の時に他界しましたが、亡くなる少し前に電話で話したのが最後でした。その時の言葉が「宏行、勉強せんといかんで。」という言葉でした。何回か繰り返していたので、「酔ってるのかな?」と思っていました。思い出したその言葉を噛み締め、また一旗挙げようと思っています。

 ホームページを見ると四万十市では四万十ふるさと応援団というのを募集しているので、応募してみようと思っています。是非ドラマを見て興味をもたれた方はこの地に行ってみてください。大変素晴らしいところです。私も落ち着いたら祖父母の墓参りを兼ねて妻と訪れたいと思っています。


2012年10月25日 23:24

今日、昼、ネットのニュースを見ていたら、午後3時から石原都知事の緊急会見があるとのニュースに「いよいよか」と思いました。会見で、「都知事を辞職し国政に復帰する。新党を立ち上げ代表になる」とのことでした。大変驚いたと共にいよいよ石原慎太郎が立ち上がるのかと今後の活動に大いに期待を抱きました。御年80歳にして政府批判、尖閣問題をはじめとした安全保障、憲法問題と怪気炎を挙げていました。「若いやつしっかりしろよ。」という言葉も見事だと感じ入りました。閉塞観ただよう日本の状況、政治に大きな風穴を開けてほしいと思います。
 ところで、石原都知事と行動を共にする平沼赳夫たちあがれ日本代表が会談し、二人が一緒に出てきた場面をみてふとある政治家の事が思い出されました。昭和58年に鬼籍に入られた中川一郎さんです。石原都知事は中川一郎さんの盟友であり、平沼赳夫さんは中川一郎さんの最も信頼していた門下生です。中川一郎さんは保守のタカ派の代表であり、自民党の中にあって体制内改革を唱えていました。志半ばにして倒れたわけですが長い時間を経てお二人が保守政治の再編と結集を目指して活動している姿を見て「志」はこういう風にして受け継がれていくのかなぁと少し感慨深くなりました。
 いずれにしても今後の動きを注視していきたいと思いますし私も益々研鑽を積んでいきたいと思います。


2012年10月03日 21:01

今日は、朝刊をみて本当にびっくりしました。流通ジャーナリストの金子哲雄さんがお亡くなりになっていました。享年41歳でした。私は、密かにこの方のファンでした。独特のしゃべり口で特に流通問題を論評していました。私の好きなテレビ番組の「ほんまでっか」に出演し、色々なことをしゃべり、明石家さんまさんから、「あんた ほんまか?」「あんたのいうこと 全然あたらん。」など言われながら、負けずにおなじみの口調で自説を展開していました。これから、どういうふうに「大物になるのかなぁ」など密かに期待をしていました。とにかくお茶の間を楽しませてくれました。彼の言っていたことで、今でも鮮明に覚えているのは、ipadがはじめて発売されだしたころ、[ipadは本当にすばらしいですよ。これをもっているだけで、女性から『これipadですか?』と聞かれてもてるんです。わずか2万6000円くらいで、キャバクラにいくより安いですよ。]というなるほどと思い、思わず「僕も買おうかな?」と思いました。(これは冗談ですが…)
 今日の「ほんまでっか」を少し見ながら、お亡くなりになった奇才を惜しみたいと思います。合掌


2012年09月20日 22:28

 政府の尖閣諸島国有化宣言以来、不安定であった日中関係がますます悪化しています。しかし、この尖閣諸島の問題では妥協も後退もしてはいけないと思います。かつてナチスドイツがヨーロッパを席巻していた時代、イギリスをはじめ欧州諸国は融和外交を行っていました。その結果、図に乗ったナチスドイツは、まず、オーストリアを併合し、次にチェコスロバキアのズデーデン地方を併合し、ついにはポーランドに侵攻し第2次世界大戦が勃発しました。妥協して相手を付け上がらせた結果がこの惨劇となったわけです。今、中国が尖閣諸島に執拗に触手を伸ばし始めたのは、2010年の9月に尖閣諸島周辺の日本領海に不法侵入した中国漁船の船長を不起訴処分にしたからだと思っています。その結果、日本はこの程度なら大丈夫だ。どこまで揺さぶれば弱音を吐くか。どこまでなら自分達が侵略(進入)しても大丈夫かと計算高く行動を行っているのだろうと思います。こちらも肝を据えて、侵略、進入に対して海上保安庁を中心に徹底的に対応していかなければならないと思います。
 ところで、ご承知のとおり尖閣諸島は、今年の4月に石原都知事がアメリカで著名なシンクタンク、ヘリテージ財団で、購入を打ち上げて地権者とも交渉し準備を進めてきました。石原都知事の構想では、尖閣諸島の魚釣島に漁船の係留施設を作る。そして、周辺で操業を行う漁船のために無線基地を作るというものでした。(石垣島からこの地域までは片道6時間もかかり、天候が荒れれば周囲に避難する場所がないのです。)こういったことを通じて日本の実効支配を形あるものにしていくことが非常に大事なことだと思います。
 しかし、一方、政府は国有化はしたが、従来どおり「平穏かつ安定的」に管理するということですが、これは従来と全く同じ状態を保つことです。ただ、尖閣諸島を借りていた状態が国の所有になったというだけにしか過ぎません。日本の実行支配を高めるものにはなりません。竹島の事例をみてもわかるとおり、実効支配をしているほうが圧倒的に有利なのです。(韓国が日本の領土を不法占拠していても、こちらが実行手段を用いて取り返せば別ですが、国際司法裁判所は国内の裁判と違って、相手の同意がないと裁判が始まりませんし、国内の裁判のように強制的に立ち退かせる手段を持たないのです。)だからこそ、尖閣諸島の場合、実効支配している日本がそれを確実なものにしていく必要があるのです。
 これは推測ですが、私は、中国サイドから、石原都知事が所有して実行支配を高められたら困るから、政府が所有して国有化しても従来どおりの扱いなら大丈夫だというふうなシグナルが送られていたかあるいは中国の意図をそのように誤って読み取ってこのような処置をとったのではないかと思います。
 今日のNHKのニュースで、尖閣諸島の国有化の前、APECの外相会議で玄葉外務大臣が中国の楊外務大臣に「石原さんが所有するのを防ぐ手段は国有化しかないから理解してください。」などと発言していたということが報道されていました。全くわが国の国益を代表する外務大臣の発言かと耳を疑いました。むしろ、石原都知事にすべてを任せて、政府は、中国に対して、「わが国の国内の島を所有者が東京都に売却しただけですよ。通常の土地取引ですね。」というくらいに中国の外交攻勢をいなしたほうがよっぽどよかったのではないかと思います。


2012年09月06日 10:02

 新聞、テレビの報道では、民主党、自民党の代表選挙、総裁選挙のニュースが盛んに流れています。今国会の会期末は8日までですが事実上「開店休業状態」です。平成24年度予算の執行に重要な「赤字国債発行法案」をはじめとした重要法案がたな晒しの中でこんなことをやっていていいのかと憤りを感じるのは私だけではないでしょう。
 今日の新聞報道などで、民主党代表選挙に関して、野田首相では選挙に勝てないから「イケメン」といわれる若手閣僚を担ぎ出そうと言う動きが加速しているそうです、このニュースを見て、かつて平成元年、私がちょうど大学に入ったばかりの時でしたが、竹下内閣が消費税導入とリクルート事件で倒れた時の話を思い出しました。当時の内閣支持率は一部報道では消費税と同じ3%になったと言われるくらいの最悪の状況でした。数ヵ月後には都議会議員選挙と参議院選挙が控えていました。竹下首相の後継として清廉で一徹な伊東正義元外相が党内から大きな期待で推された時に、伊東元外相が発した言葉が「表紙を変えても中身を替えないとだめだ。」という言葉でした。
 伊東元外相は、農林省(当時)の役人時代、実力者の河野一郎大臣に逆らい左遷されたり、鈴木内閣の外務大臣のとき「日米同盟の中に軍事的意味合いが含まれるか否か」で鈴木首相と対立して外務大臣を辞任したりとまさに骨のある政治家でした。(ちなみに鈴木首相は日米同盟に軍事的意味合いが含まれないと答弁し、伊東外務大臣は当然含まれると答弁しています。どちらが正しいかは、いわずもがなですが…)
 当時、妙にこの老政治家に興味を持ち「素晴らしい方がいらっしゃるものだな」と感じ入りました。その後、伊東正義さんは政治改革と党改革にまい進されました。しかし、政治改革と党改革は党内の大反対に会い頓挫しました。無念であったろうと思います。平成6年には鬼籍に入られました。
 以前もこのグログで書きましたが、2年前に鳩山首相では選挙を闘えないからといって菅直人に首相を替え、菅直人でだめだから(確かに首相としてだめだったと思いますが…)野田首相に替え、野田首相で選挙に落選しそうだからまた替える?政治と政党の劣化だけが進んでいます。何のために政治家をやっているのか。志を己の胸に問うたらどうでしょうか?


2012年08月29日 00:22

猛暑とゲリラ豪雨、雷雨と天候の変化が激しかった8月がいよいよ終わります。
8月はなかなかいろいろな出来事がありました。プライベートでは、私の義理の叔父の初盆にいき、いとこや叔母と懐かしい話をしました。また、恒例の高校の同窓会があり、ふだんからよく会っている友人や久しぶりの友人に会え、懐かしい話や近況など様々な話をして鋭気を養い決意を新たにしました。また、翌日には高校の部活、弓道部の同窓会を私の学年と一つしたの学年で行い、楽しく過ごすことができました。当時の思い出話などに熱が入り、みんな本当にいい仲間だと思いました。ちなみに、私の母校、修猷館高校の弓道部は、10年近く前に、全国大会で2位になるなど後輩達が大活躍をしてくれました。私は、あまりうまくありませんでしたが、私の友人や後輩の優秀な選手が着々と指導をしてこのような成果になったのだろうと思います。
 とにかく懐かしさと温かさを感じ、さらに頑張ろうと思いました。


2012年07月12日 17:19

朝山笠
 昨日(7月11日)今年も山笠に参加しました。平成13年に初めて参加させていただいてもう11年目になります。多くに方にご縁を頂きいつも充実して楽しませていただいています。11日は朝山笠といって早朝5時にスタートいたします。私も朝2時30分に起床して私を預かってくれ出さしていただいている方の家に行き準備をして参加しました。
 朝山笠に参加するのは数年ぶりだったのですが、夜明け前にスタートし徐々に夜明けになってくる場面がなんとも言えずすがすがしい気分になります。年のせいか(?)例年膝が痛くなるのですが、昨日はまだ痛くなりませんでした。あとは体調を整え(?)気持ちを盛り上げ15日の追い山に参加しようと思います。


2012年07月06日 23:22

昨日、東京電力福島第一発電所事故を検証していた国会の事故調査委員会から641ページに及ぶ最終報告書が提出されました。報道で知りえている範囲で言えば、概ね妥当な判断を下しているのではないかと思います。1 事故はまだ終わっていない 2 人災と認めたこと 3 規制官庁が専門性が薄いため事業者と逆転し、事情者の虜になった 4 官邸の過剰介入が対応を遅らせた 以上を認定したことは大変評価すべき内容であると思います。
 事故後、当時の政府関係者(官邸の主要メンバー)は責任を東電に転化する発言に終始したりあるいは原発の安全神話があったので対応できなかったなど政権交代前の政権に問題があり自分達は関係ないかのような発言を繰り返したり、見苦しい限りでした。また、東電も「想定外」という言葉を多用しすべてを自然災害に起因するかのように報告書を出すなど、責任の所在が全く不明で無責任な状態でした。
 昨年の12月24日のブログに、アメリカの国防総省には歴史局がありそこで第二次世界大戦中から過去の軍事行動の失敗例や米国が関与した国々の事例を徹底的に検証して同じ過ちを繰り返さないように国防長官や軍司令官の判断に役立てているということ知り、このことをこの原発事故でも検証して行わなければならないと書きました。
 この報告書よりも前にでた民間事故調査委員会の報告書、そして今回の報告書を基にしてさらに検証を重ねて二度と同じような事故を起こさないそして仮に不幸にして事故が起こってもすぐに解決できるこういった体制をとっていかなくてはならないと思います。


2012年06月13日 01:03

丹羽中国大使が、石原都知事が表明した東京都が尖閣諸島を購入する構想に対してイギリスのメディアに「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらす」と発言していたことが大きな問題になっています。結論から言えばこの大使の発言は内容が極めて不適切であるしまた方法も極めて問題があるとしかいいようがありません。
 まず内容から言えば、そもそも尖閣諸島は歴史的に日本の固有の領土であることは間違いないわけです。現に日本人が所有をしていて政府が借り上げていること。また昔、ここを拠点に漁を行っていたこと。日本は領有権を明治以降主張していたが他国は主張していなかったことなどです。1968年に国連がこの海域に石油をはじめとした天然資源が埋蔵されている可能性があると報告してから、中国(中華人民共和国)が自国の領土と言い出したわけです。ちなみに領土問題で日本が他国と争っているのはこの尖閣諸島の他は、ロシアとの間で北方領土、韓国との間で竹島とあります。残念ながら他の2地域の領土は日本が実効支配をしていません。この尖閣諸島は幸い日本が実行支配をしているわけです。
 それなら、相手国に付け入らせることなくわが国の実効支配を確たるものとして領土と国益を守ることが国の務めだと思います。これを放棄して相手国の顔色を伺い日中友好を唱えても俗な言葉で言えば相手から軽く見られ、日本は強く押せばなんでも譲ってくれるお人好しの国だと思われ日本の国際的な地位はどんどんと低下していくはずです。
 第二次世界大戦の前、ナチスドイツに対して宥和政策をイギリスを始めとした欧州各国がとっていました。その時、ナチスドイツはオーストリアを併合したらそれでいいといい。次は、チェコスロバキアのズデーデン地方をよこせといい。どんどん要求がエスカレートしてついにはポーランドに侵攻しました。その結果これはまずいとなりついに第2次世界大戦が始まったわけです。安易な妥協は悲劇を生むという教訓であると思います。
 次に、方法論ですが、政府は大使の発言を「個人的な見解であり政府の考えととられては間違いだ」と言っていますが、そもそも国を代表して外国に赴任している大使が政府の考えと違う個人的な考えを外に向けてしゃべることが間違いであります。(家族や友達に内輪で話すなら思想信条の自由が憲法で保障されているからそれはそれでいいのでしょうが…もっとも政府の考えと違う考えで職務を遂行するのは耐えられないと本人は思うかもしれませんが…また、そういう政府の考えと違う人を大使に任命する政府の方にも問題がありますが…)大使という肩書きでメディアにしゃべれば多くの人が大使の考えということでこれは日本政府の考えなのかと思い間違ったメッセージを送る結果になります。
 昔、私が在籍していた福岡青年会議所で理事会に出たときに(私は、理事をやってませんがたまたま議案の審査で陪席していただけですが…)当時の理事長が「理事会では『個人的にはこう思います。』という発言はやめてください。みなさんは理事なのだから発言はすべて理事としての発言だから個人的にはということはないんです。」といっていました。なるほどなと聞いていて思ったものです。公的な立場というのはそれだけ発言は重いのです。丹羽大使は自ら辞任するか政府は解任するかしなければならないのではないでしょか。


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