2017年12月29日 12:48

金融危機から20年ー社会が変化する中で、福澤諭吉翁の言葉

今年は、戦後日本を大きく揺さぶった金融危機の端緒である北海道拓殖銀行、山一証券の破綻から20年という年でした。私が愛読している日経新聞をはじめ新聞各紙や雑誌などで特集が組まれていました。各記事を読みながら当時の状況を思い出し懐かしくも思い、様々考えさせられることも多々ありました。
 当時私は、新進党の鈴木淑夫衆議院議員(元日銀理事、元野村総研理事長、エコノミスト)の秘書をしていました。鈴木淑夫先生は、当時の野党第1党新進党の経済政策の責任者としてこの問題をはじめ、日経平均株価の続落、金融機関の不良債権問題、アジア通貨危機に対して、政府の対策への追及や対案のとりまとめに奔走をしておりました。私も門前の小僧のように経済を学び、使い走りをしていたことが懐かしく思い出されます。
 当時は、都市銀行や大手証券会社は倒産しないだろうというのが世間の常識でしたので、この出来事は我々にとって大きな衝撃でした。確か赤坂にあった山一證券のお店に破綻の報告の張り紙がしてあり、通りかかった時それが剥がれかけていたので、寂寥感を感じたのか、無関係の私がきちんと張り直した記憶があります。我々が就職活動をしていた頃は、年功序列の賃金体系、終身雇用という企業システムが当たり前で、大学を卒業したら大企業に就職するというのが一般的でした。私は、当時新設されたばかりの国会議員の政策担当秘書という非常に不安定な職業を選び、周囲から驚きの目で見られていました。
 話は戻りますが、この倒産劇があった時、友人たちと飲んでいた時、私は次のようなことを言った記憶があります。「会社がなくなったことは大変残念だが、大事なのは会社よりも人である。そこで育った人が様々な分野に行って活躍して成功すればいい。昔、鈴木商店(戦前に三菱、三井をも凌駕した総合商社)という会社が倒産したが、そこにいた人達がいろいろな分野に行き、様々な事業を起こし、会社を作り、国家、社会に貢献してきた。」
 今日では、転職も珍しいことではなくなり、大学を出てすぐ起業する人も当時と比べて多くなっています。終身雇用、年功序列という企業システムが壊れ、社会状況も職場を取り巻く状況も大きく変わっています。さらに戦後のモノづくりを代表した企業ですらも不祥事や業績不振から立ち行かなくなっている姿も見受けられます。
 このような時代に、我々はどのようなことが大事なのかと自問自答させられます。先日、福澤諭吉翁の「学問のすすめ」第3編に次のような一節があることを知りました。
 「独立の気力無き者は人に依頼し人を恐れ諛(へつら)う。ついには、面の皮鉄のごとくなり、恥ずべきことを恥じず、論ずべきことを論ぜず、人を見れば唯腰を屈するのみ」と。
 非常に含蓄があり考えさせられる言葉です。この精神を持てるよう今後とも精進をしていきたいと思います。
1年間大変お世話になりました。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。


楽天市場