TAPESTRY ~ タペストリー ~

青年海外協力隊の技術補完研修(これから派遣される隊員候補生を対象に
実施する研修)で、フィールドワークとファシリテーションについて研修。

要所要所で受講者からの質問に答えたりしているのですが、昨日の研修中の
質問で
「すごく声が通って、よく聞こえるのですが、そういう発声の練習なども
 ファシリテーターとしてされていますか?」
という意外な質問をもらいました。

そういう質問は初めてで意外。ちょっとびっくりしました。
「ん〜、特に発声の練習とか声の出し方を意識したことはないんだけど・・・」
と言いつつも、高校生の頃になんちゃってコーラス部だったことなどは
補足したけど、別に発声とか意識はしてないし・・・地のもの?

個人的には、男性の中では声は高めで細めで、もうちょっと重みがある声
だと良いんだろうなぁ、と普段思っているので、ちょっと嬉しくもありました。
静かな場(まぁ普通は聞いてくれる環境だから静かなんだけども・・・)だと
良いけど、子ども相手だったり、がやがやとしている場では、自分の声って
弱くてかき消されて全然聞こえなくなってしまうので、そんな時は
「もうちょっと重み(声量?)あったらいいのになぁ〜」と思うこともあり。


取り立ててトレーニングとかしたことはないけども、小さな意識の積み重ねの
結果かなぁ?小学校からの学級委員とかの仕事の中で、人前で話す機会は
多かったし、そういうことのちょっとちょっとの意識の中で話し方とか
声の大きさとか鍛えてきたのかも・・・????

声を褒められたのは、はじめて

ここ最近で多分一番、「うおっ!」と驚いたこと。

まちづくりの事業に参加している大学生(19歳)。
たまたま作業をするために、港に来ていたので、一緒にお昼ご飯を
食べることになり・・・

「出身はどこなの?」
「大阪です」
「えっ、大阪のどこなの?」
「八尾です」
「えっ、俺も八尾!八尾のどこ?」
「曙川中学校ってところで」
「えっ、俺も曙中(あけちゅー)」
「えっ!」
「えっ?高西(たかにし:高安西小学校)?南小(なんしょー:南山本小学校)?」
「南小(なんしょー)です。」
「えっ、俺も。」

とまぁ、こんなところに同郷がいて、お互いびっくりでした。
八尾までは「知り合いが、親せきが、」と通じることはあるのですが、
まさかの小学校一緒って。初めてかも。

住所まで書けませんが、子ども会「ひまわり」の地区の子でした。
自分は「あおば」です(笑

いや、しかし、年齢差20歳。。。先輩どころの話じゃないね。。。
もはや親とか言われてもな年齢差???
えっ、もしかして親と同世代?そこまでは聞いてないな。でも可能性あるな。
親と知り合いだったら、なおすごい。。。

12月になりました。
やっとアッセンブリッジ・ナゴヤ2018が終わりました。
「やっと」とか言ったら怒られるでしょうか?当事者としては充実も
しますが、いろんな負荷はかなりあるので、「やっと」とも言いたくなる(笑。
終わった途端、「もう年末!」という驚きに凹んでもしまいますが。。。

で、今日は自宅で作業をしたりオンラインミーティングをしたりしつつ、片側で
年賀状印刷をしていました。宛名印刷は実は初めてで、これまでは宛名は手書き
していたのですが、「楽になるかも?」「自分の下手な字よりはよいだろう」と
思って、やってみましたが・・・

  若干イライラしました

使い方が下手ってのもあるかもしれませんが、ちょっとした修正ができなかったり、
ホントイライラする。だったら手書きしたほうが早いんじゃないか?と何度も
くじけそうになりながら、とりあえず印刷しました。来年は検討します。
手書きに戻すかも?とりあえず、今年はレイアウトとか見栄えが良くないものも
あるのですが、ご了承下さい。

これから裏面を書きながら、少しずつ投函します。
今年はちゃんと元旦に届くかと。
去年はギリギリすぎたからなぁ・・・

そろそろ年末の帰省の予定を立てます。
クリスマス終わったら、すぐに帰りたい。名古屋におったら仕事に追われる・・・
大阪のみなさん、遊びましょう!

ナラティブ・セラピーのセミナーを受講。
知り合いの方から紹介して頂き、参加しましたが、面白かったです。
カウンセリングとかセラピーとか、コーチングとか、似たようなことは
やっているかもしれないけども、ちゃんと勉強したことはあまりなく、
セミナーの中で、参加者の方と講師の方とで、実際にナラティブ・セラピー
のセッションを実践する、それをみんなで観察し、あとで分析するという内容
でしたが、「なるほど〜」と、良い勉強になりました。
概念だけ学んでも、その対話術って、やってるのをみないと分からないことも
多いし。

社会構成主義というものを根底に置いていて、ディスコース(言説)に対して
クライアントの言葉から出てくるものを外在化(その本人から切り離して
客観的にとらえる:というような理解を自分はしていますが)することで、
解放する、乗り越えられるものにする、ようなもの、というのが今の自分の
理解です。ディスコース(言説)も難しい概念かもしれませんが、ざっくりとは
「こうあるべき」という思い込み、社会や文化の中で「そういうもんだ」として
意識的・無意識的に自分の中に取り込まれたもの、という説明で伝わるでしょうか?
「母親はこうあるべき(例えば家庭を守り、子育てを担う)」というのも、今や
「こうあるべき」ものではないかもしれませんが、そういう考えに縛られることで
それができないことに苦しんだりすることもある。それが何か?をクライアント
と探求し、検証し、新しい自分の発見を支援するようなもの、そんなものかな
と自分は思いました。

で、この思い込みはまちづくりなどのワークショップでもちらほら出てくること
はよくあって、自分はファシリテーターとして、それを鵜呑みにしないよう
していますが、「こういう形で本人に確認したり、問いかけたりもできる」
またそこから「本人を解放することもできるんだ」なんてことで、学びは多かった
です。勉強になった。

その講師の方の本を事前に読んだときから、「あぁそうね」と思うところが
多かったのですが、実際にセミナーに参加し、見させてもらい、お話もして
より理解が深まったように思います。

いい勉強になった。


ちょっとの気配りができると、もっと社会はよくなると思う・・・

と思うことがあったので、つぶやいておきます。

なんだろうなぁ。ほんと「ちょっと」でよいのだけども、自分だけじゃなくて
相手の人、周りの人のことを考えて行動できるとよいのに。
「自分のことしか見えていない、見ていない、考えていない」んだろうなぁ。

「それの何が悪いの?」と言われるかもしれないけども、自分が逆の立場なら
きっと怒るんだろうなぁ、と思うので、そこは「お互い様」で考えるってことが
出来ないのかなぁ、と思う。


ということも、気づく人は気づき、気づかない人は気づかないんだから
どうしようもないのかもしれないけども。

久しぶりのお休み(出勤がないだけで自宅での仕事はありますが)。
久しぶりにスーパーに買い物に行ったらBGMはクリスマス。もうそんな季節。
今年も1か月と10日ほどということで、年賀状用意しなきゃ・・・と
思い始めています。

アッセンブリッジもあと2週間で終わります。やっと・・・
という安堵感。今年はまちに滞在するレジデンス・アンサンブルのおかげで
これまで以上に音楽はまちに溶け込んでいるなぁという気がします。
町の方が差し入れをしてくれたり、足しげくレジデンスの人たちの公演に
何度も顔を出してくれたり。ご飯に誘ってくれたり。こうやって町でアーティスト
を迎える、もてなすというのが、少しずつでも定着し、楽しみにしてもらえるよう
になってくるとよいなぁと思います。

まちを歩いていても「今日は、どこで何やるの?」と聞いてくれる人も増えました。
良い感じです。

元々、たくさんの人を迎え、もてなし、送り出してきた港まち。
それが船員さんだった時代は、すでに過去のものになっていますが、まちの人の
気質(それも少しずつ高齢者の方に限定されてきているのかもしれませんが)には
今も残っています。そんなまちの風土に、若いアーティストの人が迎えられ、
関わっていくというのは、やってきた方にとっても、すごくありがたいことです。
それは自分がセネガルで村の人たちに、同じように迎えられてきたからよくわかる。
帰っていくアーティストの人たちが「また来ます。また来たいです」と言ってくれる
のは、満足と感謝の気持ちの表れなんだろうなぁ、とも思います。
自分もいまだに、セネガルには「行く」じゃなく「帰る」って気がするし。

残り2週間で、イベントとしてのアッセンブリッジは終わりますが、この雰囲気が
次年度も続いていけばいいなぁと願います。

アッセンブリッジ・ナゴヤも1か月を切りました。
概ね山は越えてきた感じがします。

先週からレジデンス・アンサンブルというプロジェクトの第2ターンが始まり
東京藝術大学から5人組のグループが港まちに滞在しています。
今週日曜日までの10日間、港まちに滞在し、さまざまな場所でコンサートをしたり
公開練習をしたりして、まちの中に音楽ある風景をつくり、音楽を届けることを
行っています。
昨日は、朝から市場の中でコンサート、午後は幼稚園の子育てサロンでコンサート、
夜は地区団体のイベントでのコンサートと1日3公演をしてもらいました。かなりタフ。
本番は30分ほどですが、そこに向けた調整と曲選び、そして練習と休みなく繰り返し。
先月にも弦楽四重奏の4人組が滞在していましたが、少しずつ町の方にも認知され
お食事に誘って頂いたり、差し入れがあったりと、町との接点が増え、交流が起きて
いるのをうれしく思います。どちらもまだ学生ですが、町や人、観客とのかかわり方
において学びが多いのではないか、と思います。

音楽家も、コンサートホールで来場するお客さんに演奏を披露するだけではなく、
自らが出て行って、音楽と届けるというアウトリーチの活動も増えているようですし
これからの音楽家は、そういうことに積極的であることが求められるのかな、とも
思います。「そりゃコンサートホールで聴くのが一番」とは音楽ディレクターも
言いますが、それだけが音楽じゃない、とも言います。もっと身近に音楽あることで
日常が豊かになるし、芸術に触れることは大切なことだから、いろんなことに
チャレンジしていってほしい、そういう思いからも行われています。

既に折り返しをしていますが、残りの数日も、たっぷりと港まちに浸り、
色んな人に音楽を届けてほしいと思います。

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