2007年03月

2007年03月31日

国木田独歩『運命』(明治39年初版)

24b74f09.jpg 今月中に、昨日買った独歩本をもう1冊アップしておこう。こちらは、蔵書印と前の持ち主の名前が書き込まれているため、『愛弟通信』よりずっと安くて5000円。それでも5000円……。この本には「運命論者」「巡査」「酒中日記」「馬上の友」「悪魔」「画の悲しみ」「空知川の岸辺」「非凡なる凡人」「日の出」の9篇が収録されている。この小説自体は、他に7種類くらいの単行本が手元にあるので、どうしてもこれを買わねばならない、ということではないのだが……。

 表紙画は小杉未醒、口絵は満谷国四郎だ。表紙に使われている藍色のクロスの目が粗いため、デジカメで撮ってパソコン上で見ると少々見にくい。小杉未醒の表紙画は、よく見ると左下に髑髏が描かれている。この髑髏のモチーフは、日露戦争に従軍して帰国後に、未醒が描いた反戦的なコマ絵に共通して見られるものだ。昨日の『愛弟通信』と同じく、この本も左久良書房から刊行されている。巻末に2枚、細長い3ツ折りの自社広告ページが貼り込まれているのが、ちょっと珍しい。

 この『運命』は、独歩が自分の名前を出して、しかも共著ではなく単独で発行した3冊目の単行本に当たる。自著がまだ3冊目ということは、おそらく本が刷り上がって届いたときは、本当にうれしくてたまらなかったことだろう。余談ながら、私が単独で出した3冊目の本は村井弦斎の評伝だった。あの本がすべての運命を変えた、といってもいいほどだったなあ……。


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2007年03月30日

古書展めぐり/国木田独歩『愛弟通信』(明治41年初版)

07e7d437.jpg この10日間ほど、限界に近いほどよく書いた。ずっと長時間キーボードを叩きつづけていたせいで、酷使した手首がついに痛み始めたほど。これほど働いたのだから、今日は休日にしてもいいだろう、と自分に言い聞かせて、朝から五反田の南部古書会館へ。雨が降っていたこともあって少し出遅れたが、余りの安さに今日もたくさん買い込んでしまった。

 五反田だけでかなりの重量になったが、さらに神保町へ移動して東京古書会館の「和洋会」へ。なんと、会場に入って最初に見た棚に、国木田独歩の『愛弟通信』(明治41年初版)と『運命』(明治39年初版)が、8000円と5000円で出ているのが目に入った。2冊で1万3000円か……と最初は見送りかけたのだが、いま自分が書いている本の主人公の“代表作”ともいえるこの2冊を買わずに立ち去るのは、どうも縁起が悪いのではないか、という気がして来た。結局、思い切って2冊とも購入。久々に、後先のことも考えずに、2万円以上という大散財をしてしまった。

 写真が、今日買った25冊(!)の本と雑誌のなかで、一番値段が高かった8000円の『愛弟通信』である。左久良書房刊で、表紙画と口絵は小杉未醒。この『愛弟通信』は、日清戦争に従軍した国木田独歩が『国民新聞』に連載したもので、読者にはとても好評だった。しかし、1冊の単行本の形になったのは、独歩が亡くなってからで、奥付の著者名には「故 国木田独歩」と書かれている。

 東京古書会館にいたとき、誰かに名前を呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは、ブログ「書物蔵」を書かれている“書物奉行”さんだった。お茶に誘っていただいたので、実はビックリした。自分より若い男性からお茶に誘われるなんてことは、最近ほとんどなかったので……(笑)。古書展を見終えるのを待っていただいて、喫茶店で古書談義。ブログには時々コメントを書いたりしていたものの、きちんと会話をしたのは初めてだったことになる。“書物奉行”さんは、ブログの書きぶりから受けるイメージとは全くちがう、真面目な好青年だった。


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2007年03月28日

『室町源氏 胡蝶の巻 十八篇、十九篇』・その4

1272446c.jpg 本文はこのように、全ページに大きく画が入り、その周りに細かい文字が彫られている。印刷用語でいえば「かみこまし」だが、斜めに描かれた畳の一枚ごとに文字を入れたり、なんともすごいデザイン力だ。彫師の技量の高さに感心させられる。この時期の出版文化についてはくわしくないので、もっといろいろ知りたくなってきた。


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『室町源氏 胡蝶の巻 十八篇、十九篇』・その3

037781a3.jpg 2冊が一緒に綴じられているので、これが十八篇下と十九篇下の表紙に当たる。


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『室町源氏 胡蝶の巻 十八篇、十九篇』・その2

1e7285c0.jpg これが、袋らしい薄い紙をめくったところ。これが、本来の表紙に当たる。十八篇上と十九篇上。色刷りの木版の鮮やかさもさることながら、作品名に合わせて、細かい蝶々の文様が紙の全面に型押ししてあるところが凝っている。


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『室町源氏 胡蝶の巻 十八篇、十九篇』(明治3年)

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 人とも会わず、電話もせず、外出もせず、修行僧のように禁欲的に仕事に集中しているなかで、唯一の“欲”だけは断つことができない……。もちろん、古本欲である。先週の「趣味展」に、草双紙の合巻がたくさん出ていた。いつもは、ちらっと見る程度なのだが、つい立ち止まって1冊を手に取ると、思いがけない安値。しかも、たいてい虫食いがひどいのだが、ほとんど虫食いもない。値段は、どういう規準なのかわからなかったが、4段階に分かれていて、そのなかで最低価格だった1000円のものを2つ購入した。2つといっても、それぞれ2冊が一緒に綴じられているので、実際には4冊分である。

 『室町源氏 胡蝶の巻』の十八篇の上・下と十九篇の上・下の4冊だ。作者は二世柳亭種彦(1806-1868)。初代の柳亭種彦(1783-1842)は『偐紫田舎源氏』で知られているが、その初代に弟子入りして、二世柳亭種彦を名乗った人で、こうした草双紙の合巻の作者として活躍していたようだ。画は歌川国貞。木版画が実に美しい。この十八篇上・下と十九篇上・下は明治3(1870)年に出ている。137年前のものが、これほどきれいな状態で残っていることだけでも感激してしまった。

 グーグルなどで検索してみると、刊行は江戸末期の文久4(1864)年に始まり、完結したのは明治14年だという。だが、全部で26篇104巻と書かれているものや、もっと多い巻数が書かれているものもあってはっきりしない。こうしたものは、大衆に読まれて消えていったものが多いのだろうが、全部を揃いで所蔵しているところはあるのだろうか。ちなみに、「日本の古本屋」で検索すると1件のみ該当した。1〜23篇の24冊の虫食いありで、16万8000円の値段がついていた。

 紅葉と藤の花を描き、上下に斜めで区切って紋章のようなものをあしらっている部分は、この写真では表紙のように見えると思う。ところが、興味深いことに、これを開いた次が本来の表紙だと考えられるのである。というのは、この最初の1枚と裏表紙の外側にある最後の1枚は、薄い和紙に刷られている。しかも、最後の1枚は、中央で2枚の紙が縦に貼り合わされている。これが裏表紙なら、わざわざこんなことをする必要はない。

 このことから考えて、これは、各篇の上下巻2冊を入れていた袋にちがいない。明治期の本で、袋がついているものを見ることがあるが、たいていは捨てられてしまうため、残っていることは少ないようだ。こうした草双紙に、これほど美しい木版画で飾られた袋がついていたとは知らなかった。だが、そうなると、その袋を2枚に切って、このように綴じたのは誰なのだろう。本を買った持ち主なのか、それとも、袋が美しいため、カバーとして最初からこういう形で製本していたのだろうか。その点がわからない。手元にあと2冊だけ草双紙を持っているが、どちらもこうした形にはなっていない。


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2007年03月26日

『図書――岩波文庫創刊80年記念 私の三冊』(2007年 臨時増刊)

2b2ef66a.jpg 本好きの方々にお知らせを。岩波文庫創刊80年を記念して、岩波書店から『図書』の臨時増刊号が出ます。大きな書店では無料でもらえる(と思うのだが、違っていたらごめんなさい)PR誌で、4月2日ごろには書店に並ぶのでは……。写真は、昨日届いた見本誌2冊(表紙ととびらで、2冊とも同じもの)。

 内容は、232人が「私の好きな岩波文庫3冊」のアンケートに答えたもの。私も回答したのだが、巻末索引を見ると、どの本に人気が集中しているかがわかって面白い。この人がこの本を挙げているのか、と驚いたり、納得したり、面白くてつい読んでしまう。どの本が一番人気だったかは、実物を見てのお楽しみに。

 余計なことながら、このアンケートは1冊につき90字でコメントするという字数制限があって、苦心して90字ぴったりにして送った。ところが、1ページ当たり3〜4人の回答が載るべきところ、1人で1ページ近く占めている人もいる。規定字数の3倍以上というのはさすがに珍しいが、少し字数オーバーという人は結構いらっしゃる。そんな妙なところに感心してしまった。私のように、しがないフリーライターを20年もやっていると、決められた字数を守って書く、というのが身体にしみついてしまっているからだ。

 それにしても、編集部から送られてきたアンケート用紙は、わざわざ書名や作者名を書き込む欄もついていて、コメント部分は90字きっかりの原稿用紙の升目つきだったのである! あの用紙を無視して、自分の好きな分量を書いて編集部に送るなんて芸当は、小心者の私には絶対にできそうにない……。


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2007年03月24日

古書展めぐり/棟方志功『板極道』(昭和51年改訂6版)

8ecd848b.jpg お尻に火がついた状態で、先週の古書展以来、1週間ほぼ缶詰状態で、ひたすら仕事に没頭していた。月末までにはまだ大量の枚数を書かなければならない。しかし、肩凝りはひどく、腕は痛み、目はかすみ、ストレスはたまり、つい甘いものに手が出て体重が増加し……というヒサンなことになってきた。息抜きも必要だ、と言い訳をして、昨日も東京古書会館に足を運んでしまった。本当は、そんな余裕はないところまで追い込まれているのだが……。編集者のかたには、お詫びを申し上げなければならない。

 昨日は「趣味展」の初日ということで、大勢の人がつめかけていた。最初はざっと流していたが、驚くほど安い! 古典籍も多く出ていたが、明治期の雑誌も目に飛び込んでくる。久々に古書展で燃えて、隣の人とぶつかるのもなんのその、すぐに持ちきれなくなってカゴを使ったが、あっという間にいっぱいになってしまった。古書展で、せいぜい1万円以内のお金を使ってストレスを解消できるとは、なんと安上がりなことか。シャネルを買わないとストレス解消はできない、という女性も世の中にはいるだろうに。

 そうとうな重量になったが、持ち帰ったので、いまだに腕が痛い。しかも、古書展の後でもう一カ所、調べものをするために立ち寄ったので、帰宅は夕方になった。そのとき、全身に悪寒が走り、熱が出ているのがわかった。1週間休みなくパソコンの前に貼り付いて書き続けたツケが、ついに出たらしい。

 昨日の古書展では、明治初めのものから昭和の戦後のものまでいろいろ購入した。そのなかでうれしかったのがこの本。棟方志功の版画が好きで、彼の装幀本を見つけるとよく買うが、これは棟方自身の自叙伝である。すでに中公文庫の『板極道』(ばんごくどう、とルビがふられている)は手元にある。しかし、単行本は、文庫には収録されていない写真類が豊富で、なにより函も含めて装幀がいい。序文は、谷崎潤一郎が書いている。

 初版は昭和39年10月だが、この本は改訂版で昭和51年3月に出てから6刷になっている。そのため、なかもきれいだった。この存在感のある函の版画を眺めていると、なんとなく、エネルギーをもらえるような気がしてくるのだが……。


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2007年03月22日

中央公論社『少年少女』・その2

43b79aac.jpg 本文もこのように色刷りの挿絵入りで、文字もグリーンで印刷されている。


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中央公論社『少年少女』(昭和23年2月発行、第1号)

c07e14a6.jpg サイズはA5、ページ数も68ページという小さな雑誌だが、なんとなく惹かれるものがあって手に取った。中央公論社から発行された『少年少女』という雑誌である。発行は昭和23年2月で、これが第1号。敗戦後、百花斉放という感じで、さまざまな雑誌が創刊されたが、多くは短期間で消えていっている。中央公論社から、こうした子供向け雑誌が出ていたということを初めて知った。

 表紙画はスキー場で遊ぶ子供たち。ちょっとブリューゲルを思わせる。描いたのは脇田和である。それ以外の挿絵は、伊藤廉、向井潤吉、大沢昌助、河野国夫、関口俊吾、片山寛二、佐藤八郎。この佐藤八郎というのは、詩人のサトウハチロー? それとも別人か?

 執筆陣には、神西清、佐藤義美、中野好夫、片山敏彦などの名前が並ぶ。子供向けの雑誌で豪華なこの顔ぶれ。戦火で荒廃した国土に生きる子供たちに夢を与えたい、という思いが伝わってくるようだ……。


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2007年03月20日

『世界実観 第二巻 仏蘭西』・その4

826ac4ca.jpg 劇場ムーラン・ルージュ。ムーラン・ルージュは赤い風車の意味。それぞれの写真の説明文が、日英併記されている。


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『世界実観 第二巻 仏蘭西』・その3

589854f0.jpg なかのページの一例。エッフェル塔などの観光名所の写真はもちろんだが、それだけでなく、フランスの著名人の写真、あるいは絵画や彫刻作品なども紹介されている。これは、ナポレオンの肖像と筆蹟。


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『世界実観 第二巻 仏蘭西』・その2

4cf327e3.jpg これが、見返しのイラスト。バラとユリの花を単純なラインで描いている。


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『世界実観 第二巻 仏蘭西』(大正4年)

ec61b0b1.jpg 古い写真集を見ると、つい買ってしまう。この『世界実観』は全12巻で、世界各国を写真で紹介するシリーズだ。これは第二巻のフランスだった。英文で「THE WORLD THROUGH A CAMERA」と書かれていて、発行所は日本風俗図会刊行会。まだテレビもなく、海外旅行など、一般人にとっては夢のまた夢だった時代である。きっと、読者はこうした本を手に取って眺めては、実際にその国へ行ったような気分を味わっていたのだろう。

 パッと見て、表紙の鮮やかな花のイラストに目を惹きつけられた。見開きページにも、花をモチーフにしたイラストが描かれている。92年前の本とは思えないほど、デザイン的には洗練されていると思う。誰が描いたのかと思うと、見返しページに、丸のなかに非という文字のサインがある。杉浦非水だ! 非水の装幀本なら、それだけで買ってしまう。


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2007年03月18日

森田草平『縮刷 煤煙』(大正3年9刷)

deeecc47.jpg 今日は午後から取材。いろいろ収穫もあってうれしかった。調べるにつれて、これまでわからなかったことが、少しずつ見えてくるのは楽しい。その楽しさを味わいたいがために、ノンフィクションというなかなかお金には結びつかないものを、こうして書いているのだろう。

 その帰りに新宿駅で乗り換えたので、増床したジュンク堂に初めて行ってみた。予想以上に混んでいたので、多分、私と同じように、どんな様子なのか、観察に来た人が多かったのだろう。レジにも行列ができていた。人が多い場所は苦手なので、早々に退散する。それに、長くいると、本をいくらでも買ってしまいそうだったので……。とりあえず1冊だけ買って帰った。

 この本は、一昨日の「愛書会」で見つけて買ったもの。大正3年に植竹書院から出版された森田草平の『縮刷 煤煙』である。説明するまでもないと思うが、森田が平塚明(のち、平塚らいてう)との情死未遂事件をモデルにして書いて、スキャンダラスな話題をふりまいた小説だ。『煤煙』は明治42年に『東京朝日新聞』に連載され、世間を驚かせた。森田は、これがきっかけで有名作家の仲間入りしたといわれるが、「情死未遂」ということへの先入観もあって、これまで読もうと思ったことはなかった。

 明治43年に単行本が出ていて、この本はその縮刷版である。ページを開くと、序文は夏目漱石、その次には森鴎外の「影と影」(煤煙の序に代ふる対話)という一幕二場の戯曲、さらに小宮豊隆の序文が並んでいる。漱石・鴎外のそろい踏みというところに興味を惹かれて、この小説を読んでみたくなった。表紙画は沢枝重雄である。

 この情死未遂事件の後、森田草平が作家として活躍しなかったとは言わないが、やはり、平塚らいてうのその後の“変貌”と比べてみると、かなり見劣りしてしまう。うーん、女は強い……。


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2007年03月16日

『文壇出世作全集 中央公論社五十周年記念』・その2

5d67f1e6.jpg これはとびら。カットは「S.T.」のイニシャルが入っているので、文字と共に、津田青楓が描いたのだろう。


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『文壇出世作全集 中央公論社五十周年記念』(昭和10年)

cf602338.jpg 今日も朝から東京古書会館へ。時間がないと言いながら、相変わらず古書展には出かけている。実際のところ、そんなことをしている場合ではないのだが……。でも、行くと何か面白い本に出会う。だから、古書展めぐりはやめられない。今日は「愛書会」。資料に使うわけでもなく、とくに買う必要のなかったものまで、つい衝動買いしてしまった。計7200円。使いすぎだ……。

 神保町から都営地下鉄で御成門へ向かう。東京美術倶楽部で開催中の「2007東美アートフェア春」を見るためだ。会場に着くと、3階と4階がそれぞれブースに区切られていて、絵画から陶芸、工芸などさまざまな作品が展示されている。その4階のブースが、林哲夫さんの「開窓近作展」だった。昨年の東京古書会館でのアンダーグラウンド・ブックカフェ以来、久しぶりに、林さんとお話することができた。とはいえ、私の方は古書展帰りで、リュックを背負い、手にはずっしり重い紙袋(笑)。絵を観に行ったにもかかわらず、当然のように話題は古書のことに……。まったく、我ながら呆れてしまう。

 写真は、以前の古書展で買った『文壇出世作全集 中央公論社五十周年記念』。この『文壇出世作全集』というのは、うまい命名だと思う。どんな大作家も最初は無名だったわけで、大作家になっていく過程に“出世作”と呼ばれる作品がある。この本は600ページ近くあり、サイズは週刊誌大、天金、装幀は津田青楓だ。序文は島崎藤村が書いている。前にこの本を見て欲しいと思ったのだが、そこそこの値段がついていたので買うのをあきらめた。ところが、先日の古書展で何気なくこの本を手に取ってみると、350円という値段が書かれている! 急いで抱え込んだ、という次第。

 目次には、幸田露伴の『一刹那』から平林たい子の『施療室にて』まで、75人の作家と“出世作”が並んでいる。もちろん、どれも短篇だが……。そのタイトルを見ると、数篇を除いて、読んだことがない作品ばかりなのに気づいて愕然とする。菊池寛の『身投げ救助業』とか、尾崎士郎の『みかんの皮』とか、徳永直の『ブロマイドをすてる』とか、中野重治の『砂糖の話』など、タイトルを読んだだけで、どんなストーリーなのかが気になる。それなのに、買ってから一カ月近く経っても一篇も読めていない。なさけない……。


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2007年03月14日

大畑一太郎『西洋料理書 上巻』(明治45年)

45e205dc.jpg また寒くなったせいで、調子が悪い。あと数日で、桜が咲くはずではなかったのか……。
 写真は、先日の古書展で見つけて、嬉々として持ち帰った1冊。人が見たら、いったいこんな本を買ってどうするのか、と言われるだろうが……。この『西洋料理書 上巻』は本文が千ページ以上、索引だけで68ページというボリュームである。天金で、背と角は革張り、文字とカットは金と銀の箔押し。発行は明治45年で、その当時としては、かなりの高級書だったに違いない。驚いたことに、わずか520円の値段がついていたので、即決で購入。ゼロがもう1つついていてもおかしくない。

 「上巻」とあるので「下巻」を探したが、それは出ていなかった。帰宅して国会図書館で所蔵を調べたが、あるのは「上巻」だけ。どうも、「下巻」は出版されなかった可能性が高い。奥付を見ると、著者の大畑一太郎の住所は、日本の和歌山県と、アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコの住所が併記されている。発行者は宮田乙吉という人で、三重県の住所と、著者と同じアメリカの住所が併記されている。発行は日の本商会で、やはり著者と同じサンフランシスコの住所である。印刷者は村岡平吉で、横浜の住所。印刷所は福音印刷合資会社だ。発売所は日米2カ所の記載があって、アメリカはシアトルにある古屋商店、日本は博文館である。

 定価は3ドル50セント。当時の3ドル50セントは相当な金額ではないか。著者の大畑は、数年間アメリカで働いているらしい。こうした本を出すくらいなので、料理法を学んでいたのだろう。版元の日の本商会は、サンフランシスコ市グラント通り541番地に所在した書店のようだ。日の本商会という名称から見て、アメリカに渡ってきた日本人向けに日本語の本を販売し、こうした日本語の書籍の出版も手がけていたのではないか。著者も同じこの住所になっているが、これは問い合わせ先を日の本商会にしたのだろう。

 この分厚い本を全部読むのは大変だが、ありがたいことに索引がついている。項目を見ると、料理人が西洋料理のメニューを学ぶために必要なことが、ほぼ網羅されている。スープ、サラダ、パン、魚料理、肉料理、野菜料理、スパイス、飲み物など、明治期の日本人がどう耳で聞いて、カタカナで表記したかがわかってありがたい。しかも、カッコ内には英語、あるいはフランス語のスペルも添えられている。もちろん、それぞれの料理の製法もきちんと説明されている。ページをめくっていて飽きない。残念ながら、デザートは「下巻」に入れる予定だったようで、載っていなかった。

 こんな驚嘆すべき本を書いた大畑一太郎という人物だが、国会図書館にあるのはこの本1冊だし、グーグルでも1件もヒットしない。この本の巻頭には、本人の肖像写真や揮毫まで載っているのだが……。いったいどんな人物だったのだろう。ホテルの料理人か何かになったのだろうか。帝国ホテルの料理長だった故・村上信さんの大先輩のような人だったのかもしれない……。


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2007年03月12日

『婦人世界』(「大震災写真画報」大正12年10月特別号)

b633ddde.jpg 先日、このブログで関東大震災関係のものをいくつか取り上げたところ、連鎖反応的にまた震災ものを発見! なんとなく、これはおそらく出てこないだろうと思っていたので、ビックリした。実業之日本社刊行の『婦人世界』の大正12年10月特別号である。「大震災写真画報」と銘打っているのに恥じない内容で、中は震災の被害を伝える生々しい写真が多数掲載されている。9月1日の地震から約1カ月後の10月7日に172ページの雑誌を発行したのは、快挙と呼んでもいいのではないか。

 『報知新聞』を辞めた村井弦斎が、『婦人世界』の編集顧問を務めていた関係で、この雑誌については、創刊号から弦斎が亡くなった昭和2年までのすべての号にざっと目を通している。関東大震災は、弦斎の生涯にも大きな影響を与えたため、もちろんこの号も閲覧した。国会図書館所蔵の『婦人画報』はマイクロ化されたものだが、この号はたしか神奈川県立図書館に実物があったので、それを見ている。もう4、5年も前のことだ。ちなみに、震災が起こった日、弦斎は娘2人を伴って信州にいた。地震で通信網も交通機関も分断されてしまったため、妻とも連絡がとれない状態だった。この「大震災写真画報」の編集にも携わっていない。

 神奈川県立図書館でこの号を閲覧したとき、竹久夢二が寄稿していて、寺のドバトは地震後どうしただろう、と心配して書いていたのが記憶に残っていた。『伝書鳩』の著者としては、著名人と鳩の組み合わせに無関心ではいられない。入手したこの号を開いてみると、確かに載っていた。「新方丈記」というタイトルで竹久夢二が3ページ書いている。女性を描いた挿絵は見当たらず、影絵のように描かれた枯木が5本立つ風景のカットが1点のみ。サインはないので、竹久夢二が描いたのかどうかはわからない。この「新方丈記」は次のように書き出されている。

〈東京は私の住む郊外でさへ、日のうちは蝉も鳴かず、鳥さへ飛ばなくなつてしまつた。初秋の夜のたゞさへ寂しいに、さすがに蟲も、音を忍んで鳴いてゐる。震災以来蚊もあまりでなくなつた。
 浅草観音堂の鳩は、どうしてゐるだらう。火事と聞いて私はすぐさう思つた。往つて見ると、施米のこぼれを拾つて僅かに生きてゐた。それでも騒ぎのあつた最中には、餌がなくて疲れてひよろひよろになつてゐたのを、境内へ避難して飢えた人に、大部分は殺されたさうだ。〉

 日本人はなぜ鳩を捕えて食べないのか、と聞いたのは、たしかアグネス・チャンだったが……。このときはさすがに、ドバトも人の胃袋に入っていたらしい。さらに、夢二はネコのこと、そして人の死について書いていた。

〈猫は魔物だと世俗にいふ、こん度の火事に猫は何処かへ逃げたものか、姿も見せなければ、屍骸も見ない、馬や犬のやうな人なつこい動物は、飼主と共に殉死した死骸を到る所で見かける。人間の死はあまりに直接で、哀れんだり嘆いたりする以上の強い感動のためかまだ私にははつきり心に来ない。被服廠跡の死骸の波を見た時にさへ私は、たゞ悄然として考へる事を知らなかつたが、焦土と化した東京の街跡を歩いてゐて、小動物とか、小さい草や木の生存に、何かしら心が引かれるのを覚える。京橋の大根河岸に一本残つた柳の木、車坂に残つた小さい芋畑、築地河岸で見た一茎の草花をいぢらしく眺めた。〉

 関東大震災がいかに大きな災害であったかということが、この1冊の雑誌からだけでも充分に伝わってくる。地震国日本に生きている以上、地震が起こらないことをただ祈っているだけではすまされない、とつくづく思う。


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2007年03月10日

古書展めぐり/『近事画報』(第104号、明治40年1月1日発行)

ba5474cf.jpg 「彩の国古本まつり」から1日おいて、昨日も東京古書会館で開催されている古書展「城南展」へ。先月は古書展に2回しか行けなかったのだが、今月はすでに3回も行ってしまった。関西から上京していたNさんと古書展会場で待ち合わせて、久しぶりにいろいろお話しする。最後は、「こんなに古本ばかり買い込んで、いったいどうするつもりなのかね……」(ため息)という、愚痴とも嘆きともいえない話題で終わったのだが。家は狭くなる、古書にお金をつぎこんで他のものが買えなくなってしまう、家族に白い目で見られる……等々。おそらく、このブログをお読みになっていらっしゃる方々の半分以上は、思い当たるところがあるのでは……。

 残念ながら、昨日の「城南展」では、あまり買いたい本に出会わなかった。それでも、何も買わないのも悔しいので、安いものだけ選んで5冊買ったが……。『文藝春秋七十年史 本篇』(平成3年、非売品)が500円で出ていたのには驚いた。これは、グラビアページの同社刊行の単行本や雑誌の表紙写真を見ているだけでも楽しい本で、芥川賞・直木賞・菊池寛賞・大宅壮一ノンフィクション賞の受賞者リストなどもついていて、資料としての価値はかなり高い。

 さて、この写真は、最近「日本の古本屋」で購入した『近事画報』の第104号。表紙に「発売所 独歩社」、「近事画報社発行」と書かれていて、一応、発行は近事画報社になっているのだが、これは名目上で、この時期の『近事画報』は、国木田独歩が主宰する独歩社が制作・発行していた。矢野龍溪との関係などもあり、それまでの発行所だった近事画報社の名前だけは残したらしい。
 『近事画報』は第108号で終刊している。第108号には、「この号で終わる」というような挨拶は、ひとことも書かれていないのだが、国会図書館にもそこまでしかバックナンバーが残っていないし、独歩社の社員による回想を読んでも、第109号以降は出ていないと考えていいだろう。

 そのため、いまずっと独歩社のことを追いかけている私としては、先駆的なグラフ誌として一時代を築いたこの雑誌の記念すべき最終号は、ぜひ入手したいと思っていた。だが、90番台以降の号はなかなか見つからず、手元にあるのは第94号が最後だった。数えてみると、全部で『近事画報』と『戦時画報』を計39冊所有しているのだが……(いつ、こんなに買ったのだろう?)。それで、この第104号が「日本の古本屋」に出ているのを見て、早速購入したというわけだ。3500円という値段は、他の号を買ったときの4倍以上もする値段だったが、この際仕方がない。

 元旦発行ということもあって、この第104号では、表紙の刷色に金インクを使って、華やかさを出している。この表紙画は、ほぼ間違いなく小杉未醒が描いたものだ。女神が鏡のようなもので光を当てている先にあるのは、極東の小さな日本列島。その右に描かれているのは、1907年の干支である「ひつじ」。左側に去っていこうとしているのが、その前年の干支の「うま」だ。本文記事のなかには、坂本紅蓮洞の「未年(ひつじどし)の僕」という随筆があって、とぼけた味で笑わせてくれる。それにしても、このわずか4号後に終刊してしまう、と予想した読者がいただろうか。

 会社がついに倒産して、雑誌が終刊に至るまでの国木田独歩と独歩社の歩みは、なかなかドラマチックである。それについては、今年中になんとか執筆中の原稿をまとめて、単行本の形にする予定なので、どうかお楽しみに! できれば、こうした『近事画報』などの表紙写真も、たくさん入れたいと思っている。


hisako9618 at 13:00|PermalinkComments(2)clip!1.愛しの古本たち