2007年05月

2007年05月26日

古書展めぐり/茅原華山『銀杏の葉蔭』(大正4年)

e49daeeb.jpg 昨日はかなり雨が降っている中、東京古書会館へ行った。昨日は「趣味展」で、1時間ほど前から行列ができていたらしい! そのため、雨の中で長く待たせるわけにもいかないということで、急きょ開場の時刻を早めたという話だった。自分のことは棚に上げて、世の中には古本中毒の人がそんなにいるとは……。

 人が多いせいか何となく集中できず、会場に入ってからも、しばらくは本を選ぶことができずにいた。時々こういうときがある。すぐ隣の人が、雑誌の山を大量に手元に確保して、ぶつぶつ呟きながら1冊ずつ目次をチェックしていたりすると、ますます集中できなくなる。そういう人は当分そこから動かないので、そこにある本も見ることができないし、時間だけが過ぎていく。

 写真は、そのなかで見つけた1冊。この写真では大きさがわからないと思うが、一見新書のように見えて、実はそれよりひと回り小さくて、本当に可愛い本である。表紙が赤で、書名の「銀杏」がデザインされている。三方の小口も赤く染められている。こういう本を時々見かけるが、正式には何というのだろうか?「三方金」というように、「三方赤」とでもいうのだろうか? 少々乙女チックな装幀だが、見た瞬間にどうしても欲しくなってしまった。

 しかも、著者名を見ると茅原華山となっている。この人の本は読んだことがなかったが、偶然にもその日、神保町まで乗った地下鉄のなかで読んでいた本に、ちょうど茅原華山の名前が出てきて、気になっていたところだった。こういうことが古書展では結構よく起こる。頭に記憶が鮮明に残っていると、古書展でその著者の本に“呼ばれる”らしい。函なしで500円は安いと思い、購入した。

 この『銀杏の葉蔭』はお買い得だった。エッセイで文字数も少ないので、最初の方だけのつもりで読み始めたところ、結局最後まで読んでしまった。読後感がいい文章だった。一篇ごとのエッセイも短く、言葉をそぎ落として余分なことを書いていないのがいい。たとえば、次の「昼寝」という一篇。私もこの夏は、これをモットーにしようかしらん。

    昼 寝
 私はこの頃毎日昼寝許(ばか)りしてゐる。私は静坐よりも坐禅よりも、深呼吸よりも、この頃では睡眠が一番好きだ。
 五月雨の音を聴きながら眠る、眠る、眠る。新らしい蝉の声を聴きながら眠る、眠る。白い団雲の走り去るのを眺めながら、燕(つばめ)のつういつういと飛ぶのを眺めながら眠る、眠る。
 私はこの夏は寝て暮さうと思ふ。
 世界には大問題が幾つも幾つも提供されてゐながら少しも進行しない。日本もさうである。私は欧州の戦争がしどろもどろの過程にあり、大隈内閣がお目出度く存立を続けて行く間は、成る可くゆつくりと寝て置きたい。


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2007年05月24日

『都鳥』(大正2年10月20日発行)・その4

55914206.jpg 右は手拭、左は店の商標デザインの見本。


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『都鳥』(大正2年10月20日発行)・その3

dcb1e320.jpg こちらは細長い形で、手拭のカタログ。デザインが面白い。手拭の図案のパターンは多数掲載されている。


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『都鳥』(大正2年10月20日発行)・その2

ee5f530e.jpg これは正方形なのでおわかりだと思うが、風呂敷の商品カタログだ。こうしたパターンの中から選んで、自社のマークを染めてもらえば、オリジナルを作るより安上がりだったのだろう。


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『都鳥』(大正2年10月20日発行)

43069e33.jpg 古書展では、何だかわからないが面白そう、というものに出会う。特に雑誌スタイルのものは、迷って買わずに帰ると二度と出てこないことが多いので、値段が安ければ取りあえず買うことにしている。これもパッと手に取った瞬間、何の雑誌なのかわからなかった。表紙には『都鳥』という題号と「第拾壹巻第四号」という号数があるのみ。裏表紙にも「大正二年十月十七日印刷、二十日発行(毎月二回五日廿日発行)」とあるだけ。肝心の発行所の名前がない。

 意外にも、中を開くと鮮やかな色刷りページが続いている。商品カタログのような感じだ。『みつこしタイムス』のようなものか、と思って後半を見ると、文芸誌のような体裁で随筆や俳句が掲載されている。ただし、巻末はやはり商品カタログだ。随筆や俳句は投稿されたものから選んで載せているらしい。奥付を見ると、「発行兼編集人 熊井由次郎」と個人名が載っているだけだった。この名前で検索しても何も出てこない。奥付の上に「本誌ハ有益ナル投書ヲ歓迎ス」と書かれていて、投稿規定の最初に「『みやことり』には商業に関したる商況及び実業上の意見其他文芸に属する作品は何人にても投稿をなす事を得就中織物に関する事項は特に歓迎す」とある。

 発行所として名前は出していないものの、商品カタログや広告を見ると、東京日本橋区田所町の「薩摩治兵衛本店」と各地の「薩摩治兵衛支店」のものが多い。発行の資金を出しているのは、薩摩治兵衛商店グループだと考えていいだろう。薩摩治兵衛という名前からすぐに連想されるのが薩摩治郎八だが、薩摩治郎八は薩摩治兵衛の孫だそうだ。パリの社交界の花形となり、「バロン薩摩」と呼ばれた薩摩治郎八は、途方もない贅沢をしたことで有名だが、その膨大な財産は、祖父の薩摩治兵衛が日本橋に開いた和洋木綿商店が成功して築かれたものだった。その薩摩治兵衛本支店のPR誌が、この『都鳥』だったというわけだ。

 これが発行された大正2年といえば、治郎八はまだ12歳くらいの少年である。彼は大正8年にヨーロッパに遊学して、藤田嗣治やジャン・コクトーやレーモン・ラディゲやモーリス・ラヴェルと知り合い、湯水のようにお金を使う。それを思うと、この『都鳥』のような風流なPR誌を発行するくらいのことは、当時の薩摩家にとっては何でもなかったのだろう。とはいえ、薩摩治郎八の背景がこうした木綿・織物商店だったというのは面白い。


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2007年05月22日

装幀家・鈴木成一さん

 ここ数日、ブログを書く元気が出ずにいた。
 今日も書き出せずにいたのだが、NHKの夜10時からの番組「プロフェッショナル」を見ながら、しっかりしなければ、という気持ちになった。番組に登場したのは、装幀家の鈴木成一さん。本好きのかたなら、きっと名前を聞いたことがあるだろう。
 テレビを見て、改めてすごいかただと再認識した。年に600冊! しかも、数々のベストセラーを手がけられていて、しかも、どれ一つとして同じようなデザインのものがない。
 実は、1999年に出た私の初めての本『音のない記憶』(文藝春秋)の装幀は、この鈴木さんが手がけてくださったものだ。代官山のオフィスにうかがって、お会いしたときのことを思い出した。
 そして、出来上がりの装幀を見たときの感動。こんなに素晴らしい本になるなんて、想像をはるかに超えていた。友人たちもみな、本の中身はさておき(!)、「いい装幀だね」とほめてくれた……。いまでも忘れられない思い出だ。


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2007年05月19日

古書展めぐり/北原白秋『白秋小唄集』(大正8年初版、10年18版)

88ed19c3.jpg 昨日は、朝一番に五反田の南部古書会館、午後から神保町の東京古書会館とハシゴ。最近の自分の生活をふり返ってみると、誰かにバッタリ会う確率が高いのは、古書会館か国会図書館かどちらかである。我ながら呆れる。お洒落なブティックや高級レストランで目撃されることは、おそらく死ぬまでないだろう。

 だが、衣服やバッグや宝石を買っても、値段と反比例して重量は軽い。一方、五反田の古書展(昨日は「遊古会」)で3000円ほど古書を買うと、これが結構な重さになる。午前中だけで、もうこれ以上は持てないというほど買って、それでも神保町まで行くのだから、ますます呆れてしまう。今回の「愛書会」では、それほど買える本はなかったのだが、最後に1冊、ずっしりと重い本を買った。いったい古書展2カ所で、買った本の総重量は何キログラムになっているのだろうか。

 そんなわけで、自宅にたどりつくと、何もする元気が出ないほど疲れてしまう。今月はハードな日々を過ごして来たが、そのツケがそろそろ出てきたのか。体力の衰えを感じるのはこんな時だ。先日の『俚諺辞典』で「年寄りの冷水」を引いてみると、「不似合な事をする喩。老人の冷水を飲むが如きは甚不相応の事なる故に喩ふ。老人の吉原通ともいふ」。「老人の冷水」は「老人の吉原通」と同じ意味ということ! 古書展通いも「吉原通い」のようなものか……と勝手に結びつけて、笑ってしまった。

 疲れ果てたなかで、昨日500円で買い求めたこの『白秋小唄集』を手にしては、心をなぐさめている。写真ではわからないと思うが、本体は手触りのよい光沢のある布張り。天金で、本文はオール2色刷。なによりも、この“小ささ”がいい。文庫本より小さくて、てのひらにすっぽりと収まる。持ち歩いて口ずさむにはちょうどいいサイズだ。それだけに人気があったのだろう。初版から1年半で18刷になっている。函入りのこうした可愛い本は、見ているだけでうれしくなってしまう。500円で手に入れた幸せだ。


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2007年05月17日

幸田露伴閲、熊代彦太郎編『俚諺辞典』(明治39年)

f59d1c27.jpg 先週の東京古書会館での「城北展」で買った1冊。相変わらず、明治期発行の辞典類に興味を惹かれていて、見るとつい購入してしまう。この『俚諺辞典』は、幸田露伴閲となっていたのと、造本が凝っていて1000円なら、と買った。あとで調べてみると、大空社から丸ごと複製が出版されていた。価格は14000円。ということは、かなり有名な辞書だったのか? そのあたりの知識はないものの、パラパラとページをめくって、偶然目にとまった項目を読むだけでも面白い。

 こうした俗っぽいことわざは、使う人が少なくなればいつの間にか忘れられ、同時に、本来の意味もわからなくなってしまうのだろう。そう思いながら読むと、百年前の俚諺でも、知っているものは結構多い。少なくとも、一度はどこかで聞いたようなものが並んでいる。たとえば、「命あつての物種、畠あつての芋種」というのが出ている。これは、前半の「命あつての物種」は知っていたが、そのあとに「畠あつての芋種」と続くのは初めて知った。説明文には「人間万事の基は生命に在り、生命絶ゆれば万事休するなり生命を重んずべしとの義。芋種も畠なければ役にたゝず故に喩ふ」とある。芋種とは、たねいものことだ。

 以下は、幸田露伴の序文。いかにも露伴らしい。

賢人とは賢き日多くして賢からぬ日少き人なり。
愚人とは賢き日少くして賢からぬ日多き人なり。
凡人とは賢くもあらず賢からぬにもあらざる日多くして、時に或は賢く、時に或は賢からぬことある人なり。
賢人も実は愚人若くは凡人たる日あり。
愚人凡人も実は賢人たる時あり。
愚人凡人の其の実賢人たる時に於てたまたま道破し叫出せる短き教訓は俚諺として世に伝へらる。
魚は魚の挙動を解し、鳥は鳥の言語を解す。
愚人は愚人を解し、凡人は凡人を解す。
一切の人は皆愚人なり、皆凡人なり。若し人ありて我は愚人にあらずといはゞ其の人は既に真の愚人にして、又人ありて我は凡人にあらずといはゞ其の人は既に真の凡人たればなり。(以下略)

 愚人で凡人の私は、これを読んでちょっとホッとした。


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2007年05月15日

『日本及日本人 臨時増刊 吉田松陰号』(明治41年10月18日発行)

665a4800.jpg 今日は終日外出していたが、帰宅後、具合が悪くなって思うように動けなかった。風邪の症状だ。というわけで、いつもより短めに……。

 前回の『太陽』の表紙画は中村不折が描いたものだったが、その表紙に書かれている文字と、この『日本及日本人 臨時増刊吉田松陰号』の表紙の文字は、似ているような気がしないでもない。『日本及日本人』の方は、表紙のデザインが誰なのか書かれていないので確認できないが、もしかすると、これも中村不折? 発行年は13年も違っているが……。そういえば、これまで『日本及日本人』は買ったことがなく、手に入れたのはこれが初めてである。

―追記―
 そういえば、今年2月14日のこのブログに書いた雑誌の表紙画も中村不折だった。


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2007年05月13日

『太陽 不老長生之研究』(大正10年6月15日発行)

dd888712.jpg 前回に続いて、これも表紙のインパクトで思わず買ってしまった雑誌。大正10年6月15日発行の『太陽』の「不老長生之研究」号だ。表紙には「博文館創業第卅四年紀念」と書かれている。創業34年というのは、少々中途半端な気もするが……。

 明治末期から大正時代にかけては、有名な岡田式静坐法をはじめとして、様々な健康法、断食法、呼吸法、強健法などが流行っていた。もちろん、不老長寿術や健康法は、いつの時代でも人間にとって、興味の尽きないテーマではあるのだろうが……。そのなかで、『太陽』でもこうした特集号を出していたのである。表紙に描かれている老人は、頭に2本の角があり、草をかじっているが、これは仙人を表しているのだろうか。

 目次を見ると、さすがに『太陽』だけあって、怪しげな人物は寄稿していないようだ。大部分は肩書きが「医学博士」だった。「少食菜食と無病長寿」「健康長生と栄養の関係」「高齢者の統計的観察」「近時流行 各種薬物の効力」「歯は歯なり」「老年学」「老衰予防としての栄養学」「性欲と長寿との関係」「平凡なる健康長寿の諸条件」「余は如何にして長寿を保てるや」……と目次の見出しを挙げていくと、このまま21世紀の現在でも雑誌の特集として通用しそうだ。

 40人余りの名士に「余の実験せる健康法」をアンケートで質問して、回答をまとめたページも面白い。いろいろな人が、安眠第一とか、禁煙節酒節食とか、静坐法とか、冷水摩擦とか自分の健康法を回答しているのだが、そのなかで、南方熊楠は「小生は随分健康な男なれど健康法と申す様な事に懸念致さず」というそっけない回答。編集部がつけた見出しは「無関心」で、これが一番目立っていた。


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2007年05月11日

古書展めぐり/『季刊藝術』(1970年春号)

8ed5c7bb.jpg 先月はほとんど仕事部屋に引き蘢っていたが、連休明けのこの一週間はあちこちに電話をかけ、連日のように外出し、いろいろな人に会った。そのため、金曜日の今日は早くも疲れきっていたが、それでも東京古書会館には行った。そのあとで国会図書館へ行き、さらに某社で打合せ。帰宅してからもあちこちに電話。まだ手紙を3通ほど書かなければならない……。でも、もう眠くてたまらないので、残りは明日にしよう……。

 写真は、今日の古書展(城北展)で買った『季刊藝術』の1970年春号。この表紙のインパクトに降参した。表紙画とデザインは粟津潔。今日は『季刊藝術』が1冊わずか157円で10冊ほど出ていたが、この号ほど強烈な表紙のものは他になかった。同誌は「編集同人」として、江藤淳・高階秀爾・遠山一行・古山高麗雄の4人が名前を連ねている。

 特集は「万博とは何か?……」である。1970年の大阪万博なんて言っても、何のことか知らない世代もすでに多いだろう。私は小学生のときに、実際に見ている(年齢がバレるが……)。会場を取材して、巻頭のルポルタージュを書いたのは江藤淳。また、春山行夫が万国博の歴史を書いているページは図版も多く、資料として使えそうだ。パラパラとめくった限りでは、万博を批判する立場で寄稿されたものが多い。当時、そんな批判があるなどとは夢にも思わずに、子供の私は大阪万博をお祭のように楽しんだが……。


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2007年05月09日

小島政二郎『嘘の店』(昭和22年)

5f63e278.jpg 今日は朝9時半ごろには近くの図書館へ。12冊の本を返却して4冊借りて帰ろうとすると、すぐ横に立っているのは、どこかでお見かけしたような……。先月の一箱古本市でお会いした南陀楼さんだった。この図書館には週一回は通っているのだが、ここでお会いするのは初めて。ほとんどノーメイクで、ちょっと恥ずかしかったが……。

 写真は、少し前の古書展で迷った末、400円で購入した小島政二郎の『嘘の店』。戦後間もない昭和22年に、月曜書房から出版されたものだ。そのため、紙質などは悪いが、これも装幀に惹かれてしまったのである。表紙の文字も絵も、クレヨンで線書きしただけのような素朴さ。著者名など、まっすぐではなく、わざと右上がりに書かれている(訂正。文字を右から左に書いているので、左下がり)。誰でも真似できそうに見えるが、このさりげないタッチが、どういうわけか気になる。ずっと眺めていたいと思ってしまう。装幀は宮田重雄だ。昭和の戦後の本で、どうしようかと思ったのだが、結局買ってしまった。こんなふうに“装幀買い”をしていると、どうにもならなくなるのはわかっているのだが……。

 小島政二郎は、「食」に関するエッセイを多く書いているので、何冊か手元にある。この『嘘の店』という書名は、アナトール・フランスの「私は嘘の店を開く。私は人を宥めたり慰めたりする。嘘なしに、人を宥めたり慰めたり出来るだろうか」という言葉から取ったものらしい。目次を見ると、なかなか興味をそそられる見出しが並んでいる。
 或紹介/神に翼を授けられた人々/永井荷風先生/賢人の座談/二十年後/無味談/「ベッドに横はる」論/白い扇を持つた淑女/若葉の森の恋人/官能描写の才/夫婦の寝室/童話について/サラ・ベルナールとヂューゼ/スコット/面白い評論・評伝出でよ/遊ぶといふこと/アヴィニヨンの娘/陽気なブッファルマッコ/徳田秋声の文章/令嬢達/スタンダールのふくらツ脛/味のある文章/静御前/抜粋帳

 ……というわけで、どこからでも拾い読みできるのがありがたい。いくつか目を通してみたが、思った以上にこの本はお買い得だった気がする。こんなふうに、まったく知らなかった本と出会えるのが、古書展の愉しみだろう。


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2007年05月07日

菊池寛訳『小学生全集 第56編 小公子』・その2

9f622098.jpg 田中良による口絵。セドリックと母親。立っているのは、セドリックを迎えにきたドリンコート伯爵家の顧問弁護士ハビシャム氏。

―追記―
 若松賤子が翻訳した『小公子』(博文館、明治30年初版)については、このブログの2004年10月5日に書いたことがあった。そこに、書き出しの部分を少し引用してあるが、かなり笑える……。


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菊池寛訳『小学生全集 第56編 小公子』(昭和2年)

2e803a83.jpg 前回の佐佐木信綱の『天地人』もそうだったのだが、古書展で200円という値札のついている本を見ると、装幀が気に入ったとか、面白いとか、もしかすると役に立つかもしれないとか、あの人にあげたら喜ぶかもしれないとか、何か理由をつけてつい買ってしまう。いまどき、わずか200円で何が買えるというのだ? もちろん、ブックオフへ行けば、1冊105円で本を買えるが、ブックオフにはそれほど古い本は置いていない。

 この『小公子』は、文藝春秋から発行されていた「小学生全集」の1冊。巻末にシリーズ一覧が載っていて、初級用として30冊、上級用として50冊、さらに別巻として8冊あり、全部で88冊のシリーズだったらしい。ちなみに『小公子』は上級用だ。古書展ではよく見かけるシリーズだが、子供が愛読するために状態はボロボロのことが多い。いつもは全く手を出さないのだが、たまたま『小公子』の表紙が目に入り、子供のころ、これと『小公女』をくり返し読んでいたことを思い出して、ふらふらと買ってしまった。

 このシリーズの編集者が菊池寛と芥川龍之介だというのもすごいが、改めて表紙をよく見ると、デザインもなかなかいい。それもそのはずで、表紙と見返しのデザインは杉浦非水である(5月3日に書いた『みつこしタイムス』の装幀者)。この『小公子』の表紙画と口絵は田中良が描いている。菊池寛の翻訳は読みやすく、何十年ぶりかでざっと全部読んでしまった。子供を夢中にさせるツボを心得ている小説だ。現実にはまずありえないからこそ、楽しめるのだが。


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2007年05月05日

佐佐木信綱『自選歌集 天地人』・その2

b2972f7e.jpg 扉の木版画。茄子とコウロギの図が、見返しの紫紺の色に映えて印象的だ。


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佐佐木信綱『自選歌集 天地人』(昭和11年)

6224e86d.jpg 毎年、5月の連休は仕事をしていることが多い。気候はいいし、車が少なくて静かだし、電話や訪問セールスもほとんど来ない。集中して原稿を書くには最高の環境だ。丸2カ月間、1行も書けずに放置していた原稿にようやく戻ることができた。決してさぼっていたつもりはないのだが、締切が早いものを優先して書いていくうちに、こうなってしまった。それにしても、2カ月なんてあっという間である。気がつくと、今年もいつのまにか終わっていた――ということになりかねない。

 呆れるような話だが、2カ月も読まずにいると、自分で書いたことにもかかわらず、内容をすっかり忘れている。先を書き進めるには、思い出すための時間が必要だ。おかしな表現だが、なんとなく、しばらく家出をしていて、やっと自宅に戻ってきた、という感じ。最初はぎこちなくて落ち着かないが、2、3日書き続けていると、記憶が蘇ってくる。なんとか頑張って仕上げたい。

 この佐佐木信綱の歌集『天地人』は、装幀が気に入って買ったもの。改造社から昭和11年に出版されていて、装幀は中川一政である。天金。函のスズメのような鳥もかわいいが、表紙と裏表紙の版画もいい味わいだ。表紙の動物は、ヒゲがないのでネコには見えないのだが、いったい何だろう。やはりネコ?


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2007年05月03日

『みつこしタイムス』(明治42年11月発行)

d4a8c911.jpg 今日は午後から取材。ある方にお話をうかがう。初対面でもあり、2時間程度で切り上げるつもりだったが、つい話が面白くて4時間近く話してしまった。

 考えてみると、私が最近、連絡を取って取材をお願いしている方々は、ほとんどが60代、70代、80代だ。たまに40代の人に会うと、ものすごく若い人、という印象を受けてしまうほどである。対照的に、昔――PR誌などのライターをしていたときは、これでも結構有名人にインタビューをしていた。俳優、画家、写真家、デザイナー、作家、エッセイスト、TVプロデューサー、映画監督、大学教授、政治家、タレント……等々。誰もが名前を知っている人たちだ。とはいえ、一部を除けば、それほど強い印象を受けた人はいなかった。もちろん、それは、私の話の引き出し方が下手だったせいもあるだろう。でも、マネージャーがついているような人の場合、ホンネなどはなかなか聞くことはできない。忙しい人が多いため、30分から1時間のインタビューがやっと、というのが実状だった。なによりも、政治家の人というのは、話はたしかに上手だ。だが、その言葉が空虚に響くのもたしかである。

 そういう有名人へのインタビューは、原稿をまとめれば、それなりのギャラをいただける。ただし、あくまでもPR誌なので、スポンサーの意向に沿わない内容は書けない。
 だが、いまの私はそうした“いいギャラをもらえる”仕事をしていない。その代わり、自分が本を書くために、関係者を探して連絡をとって、ある意味で歴史の証言として話を聞いている。たとえば、2000年に出した文春新書『伝書鳩――もうひとつのIT』も何人もの方々に取材をしたが、平均年齢はおそらく70歳以上で、最高齢の方はたしか90歳を超えていたと思う。そして、鳩の世界では著名人でも、一般的に見れば無名の人ばかりだといっていい。もちろん、スポンサーなどいないので、インタビューをしても一切ギャラは支払われないし、逆に、私が個人的に相手の方々にお礼を差し上げていた。にもかかわらず、インタビューの内容をほとんど使わずに終わってしまうこともある。

 それでも、そういう無名の人のお話は面白い。今日お会いした方は80代だったが、戦争中のことなど、私がいくら想像してもわからないことを、自分の体験として話してくださった。つくづく、今のうちにできるだけお話を聞いておかなければ……と思ってしまう。
 しかし、こうした取材は基本的にすべて持ち出しである(笑)。しかも、それが何かの形になるかどうかさえわからずに、とりあえず話だけは聞いておこう、と思って突っ走ってしまうのが、いつもの悪い癖だ。村井弦斎の評伝を書いていたとき、I書店の担当のベテラン編集者の方から「あなたは無謀な人だ」と呆れられたのを、昨日のことのように思い出す。

 今日は、こんな話を長々と書くつもりではなかったのだが……。
 写真が1点もないと寂しいので、とりあえず、『みつこしタイムス』の明治42年11月号の表紙を載せておこう。右下のマークでわかるように、表紙画は杉浦非水。これが発行されたのが、いまから98年前だと思うと、やはり驚いてしまう。


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2007年05月01日

メーデー

 今日、また一つ年をとってしまった。とはいえ、今日も図書館にこもって、大量に本のコピーを取り、その資料を読み……という具合で、普段と何も変わらない一日だった。


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