2009年02月05日

2009年02月05日

マーガレット・ミチェル原作、阿部知二『物語 風に散りぬ』(昭和13年6月初版)

bd6ba658.jpg 珍しい本を入手した。サイズはほぼ文庫版で、函入りのごく薄い本だ。函のデザインもとくに目を惹くものではなかったが、手にして驚いた。『物語 風に散りぬ』とあり、マーガレット・ミチェル、阿部知二と二人の名前が書かれているのだ。奥付によれば昭和13年の初版で、発行所は河出書房。「訳述 阿部知二」と書かれているが、それ以外にはこの本のどこにも「阿部知二訳」とは書かれていない。間違いなく、マーガレット・ミッチェルの名作『風と共に去りぬ』を日本語にしたものである。

 これは160ページ足らずの薄い本なので、もちろん全訳ではない。本文の途中に、阿部知二が注釈をつけている箇所がある。ミッチェルのこの小説は、『風と共に去りぬ』という日本語の書名が印象的で、それ以外ではもはや考えられなくなっている。しかし、初めて日本に紹介されたときは、『風と共に去りぬ』という書名ではなかったと何かで読んだ記憶があった。それがこの阿部知二が訳述した『物語 風に散りぬ』なのではないか……。

 早速調べてみると、やはりそうだった。同じく昭和13年から翌年にかけて、深沢正策が第一書房から『風と共に去る』と題して第一巻・第二巻を訳している。昭和14年には、藤原邦夫訳で明窓社から『風と共に去れり』が出ている。昭和15年には、三笠書房から『風と共に去りぬ』のタイトルで第三巻・第四巻が出ているが、この訳者は大久保康雄だった。なぜ三・四巻になっているのかは、確認していないのでわからない。第一書房から出た深沢正策訳の一・二巻の続きなのだろうか。

 この大久保康雄の訳書の前に、『風と共に去りぬ』のタイトルは存在しないようなので、昭和15年以降はこれで定着したのだろう。ただし、前述した深沢正策は、戦後の昭和28年に三笠書房から『風と共に散りぬ』のタイトルで、二巻本を刊行している。「去る」ではなく「散る」の系統のタイトルを採用したのは、最初の阿部知二とこの深沢正策の二人のみで、それ以外の訳者は「去る」を用いている。しかも、深沢正策の『風と共に散りぬ』を除けば、昭和15年の大久保康雄訳『風と共に去りぬ』以降、タイトルは全部『風と共に去りぬ』で、「去る」の系統が圧勝している。

 とはいえ、大久保康雄が『風と共に去る』ではなく『風と共に去りぬ』、「去りぬ」と訳したのは、多少、阿部知二の『風に散りぬ』の「散りぬ」の影響があったのかもしれない。『風と共に去る』ではちょっと語呂が悪いし、ここまでの人気を得たかどうか。その意味でも、阿部知二の『風に散りぬ』には興味を惹かれた。

 ざっと読んでみたところ、原作のストーリーがうまく短縮されている。あいにく全訳した本が手元にないので、厳密に比較はできないが、だいたいこういう話だったという気がするし、山場はきちんと押えてある。巻末には阿部自身による「解題」があり、なぜこの本を紹介したかが述べられていて、なかなか面白かった。「大衆小説」だが、と言いながら、作者の手腕を評価し、この作品の優れている点を指摘しているのだ。主要人物の家系図や、地図も付けているのでわかりやすい。気になるのは、阿部がタイトルをなぜ『風に散りぬ』と訳したか、ということだが、題名については書き出しの部分に以下のように述べられている。

〈この、「風に散りぬ。」―Gone with the wind―は、一九三七年の夏のはじめ、マーガレット・ミチェル(Margaret Mitchell)といふ、全然いままでしられなかつた一女性の手によつて、忽然と世に出て、たちまちに、風のごとく、アメリカは勿論、英吉利にも、驚くべき勢ひで読まれて行つた大衆小説である。題名は、二十四章の中頃に、戦の跡の故郷タラの館について、主人公スカーレットが、「タラも、ジョージアを吹き払つた風に散り去つてしまつたのか。」といふ言葉から来てゐるものとおもはれるが、この異常な熱と力との漲る物語については、果して見事にその性格をあらはし得た名であるかどうかは疑はしい。〉


hisako9618 at 13:35|PermalinkComments(4)clip!1.愛しの古本たち