2010年03月

2010年03月31日

仕事と治療とどちらが大事?

 病院とクリニック通いに加えて、いよいよ原稿が締切に間に合うかどうか切羽詰まってきたので、あちこちからいただくメールや手紙や会へのお誘いなどに、ほとんど返信できていない状態で、本当に申し訳なく思っている。どうかお許しを。

 昨日から抗がん剤治療の5クール目に入った。4クール目が終了して、先週はCT検査で抗がん剤はお休み。抗がん剤の点滴がない週は本当にうれしい。これまでに抗がん剤治療をすでに12回やったが、やはり楽しい気分のものではない。

 CT検査は2クール終了ごとに行うことになっていて、2カ月前に撮ったCT画像と先週撮った画像を主治医が見せてくれた。それを比較すると、前回の画像に比べて、今回はがんが顕著に縮小しているのがわかった。とくに、肝臓の転移がんのほうは、半分くらいになっているものもあった。昨年11月に撮ったCT画像では、肝臓がまだらに見えるほど“がんだらけ”で、絶望しても無理はないような状態だったのだ。それが、4クールでここまで縮小したのは、抗がん剤の効果が早く出ているといっていいらしい。

 さすがにほっとした。まだ先は長くて、この先何クールやるのかわからないが、この調子でいけば、少なくとも、転移がんはかなり消えるのではないか、という希望がもてた。親玉である膵臓がんのほうは、元がかなり大きいので、そう簡単にはいかないだろうが……。

 抗がん剤治療が終わると、時間がないので午後は国会図書館へ。いま執筆中の原稿で確認すべきことが山ほどあるのだが、昨年秋以来ずっと、国会図書館へ行くどころではなかったのだ。書籍と雑誌と新聞とそれぞれ別のフロアを駆けめぐり、4時間半ほどこもって集中的に資料を閲覧する。

 久しぶりだったが、幸い勘はにぶっていなかったので、4時間をすぎてこれなら大丈夫と思ったころ、突然ひどい吐き気に見舞われて、あわててトイレに駆け込む。やはり、副作用で吐き気が出やすい抗がん剤治療と、マイクロ資料閲覧を同じ日にするというのは、いくらなんでも無謀だったか……。

 その日、夕方から参加する予定だった会も急きょ欠席することにして、よろよろと帰宅した。情けないことに、しばらくは何もできずにボーッとすごすしかなかった。現状はこのありさまだが、原稿の追い込みになると物に憑かれたような、一種異様な状態になっていて、いまもそれが続いている。物書きとしてここまで没頭できる機会は、そう滅多にあるわけではないので、至福のひとときだともいえる。全身全霊を捧げて、なんとか納得できるものに仕上げなければ、と心の底から思う。

 その一方では、仕事と治療とどちらが大事で、どちらを優先すべきか、という声も聴こえてくる。もちろん、命あってこその仕事であるわけで、理屈ではわかっているが、気持ちの上では、執筆のほうをどうしても優先したいと思ってしてしまう。そう思いながら、きちんと治療も続けているが、睡眠時間は短縮傾向にある……。1日は24時間しかない、ということをしみじみ感じる春だ。


hisako9618 at 10:01|PermalinkComments(4)clip!闘病記 

2010年03月26日

4カ月ぶりの東京古書会館

 またしばらく、ブログを書くことができずにいた。書こうという気持ちになれなかったこともあるが、体調が悪かったわけではなく、がんの治療の合間に1冊の本の初校ゲラのチェックをし、もう1冊の本の原稿執筆の追い込みにかかり、読売新聞の書評の執筆をし、さらに打ち合わせなどが重なって、物理的にもまったく時間がなかった。こうなると、いくら無理をするなといわれても、それが無理というもので、睡眠時間だけは十分とりながら、1日も休まずひたすら仕事に没頭していた。

 今日から明日まで東京古書会館で「趣味展」が開催されている。先日、その古書目録で、国会図書館に所蔵されていない明治期の本(5000円)と、堺利彦自筆ハガキ(1万円)を注文していた。注文品が当たればすぐに受け取りたいので、今日は東京古書会館へ。11月中旬にがんだと宣告されて以来、じつに4カ月ぶりである。ようやく古書を買おう、という気持ちになれたことがうれしかった。なにしろ、本を買って増やすどころではなく、身辺整理をするために本を処分しよう、ということしか考えられなかったのだから……。

 注文品は2点とも無事に入手。結局、そのほかにも何冊も買ってしまい、約1万8000円の出費。こんなことにお金を使っていていいのか、という声も聴こえてくるが、やはり古書を買うのは楽しい。見たことのない雑書・雑誌に出会うと胸がわくわくする。そう頻繁には行けないと思うが、これからもきっと足を運んでしまうだろう。

 私が知らないところで、いろいろな方々が私の病気のことを知って、心配してくださっているらしい。昨日も、元勤めていた会社の同期の友人からそうした話を聞いた。あまり更新できずにいるこのブログだが、読んでくださっている方々もかなりいらっしゃるようだ。本当に、感謝の気持ちでいっぱいだ。いろいろな方々に支えられて、こうして生きていられることを実感している。

 落ち込むこともあるが、朝起きると「今日も生きていてうれしい」と思い、「明日も生きよう」と思うようにしている。そうやって1日ずつ生きていけば、10年くらいすぐに経ってしまうのではないか。いつ死ぬかわからない、という恐怖から落ち込むこともあったが、考えてみれば、それは誰もが同じ。人間はみな、いつかは死ぬ。多少、長いか短いかの違いにすぎない。私はここまで半世紀も生きたが、もっと早くがんで亡くなった友人もいる。そう開き直って、1日1日を精一杯生きられればいいと思う。

 当面の目標は、9月までに本を2冊完成させること。さらに、それぞれの本の発売に合わせて、あれこれイベントの計画も進んでいる。著者は何もしていないが、周囲の人たちが私の病気を知って、どんどん仕掛けてくださっている。話が広がって、東京以外でも展開することになった。なんとか体調を整えて、その計画を実現させなければ……。イベントの日程などが確定したら、このブログで改めてお知らせします。

hisako9618 at 14:42|PermalinkComments(2)clip!3.身辺雑記 

2010年03月17日

それでも古書を

 昨日も東大病院で抗がん剤の投与。これで4クールが終了した。1クールが3回なので、これまでに12回、抗がん剤を体内に入れたことになる。まだこれから先も延々と続くわけだが……。

 朝早く病院で採血をし、その結果が出た1時間余りのちに主治医と面談をする。血液検査の結果、抗がん剤治療にさしつかえない状態なら、面談後に別の部屋で抗がん剤投与を行うことになる。抗がん剤の投与は腕からの点滴で、吐き気止めの薬と抗がん剤を、約1時間かけて入れる。

 その間はずっと管につながれた状態だ。しかも、私は血管が細いと言われ、点滴の針が一度でうまく入らず、二度、三度とくり返してようやく針が入る……という痛い目にときどきあう。昨日も、最初に刺したときはうまくいかず、二度目でやっと入った。これは本当につらい。針を刺されるとき、今度は大丈夫なのかとどきどきしてしまう。二回続けて失敗されると、かなりトラウマになる。ひどい場合は、腕がアザだらけになる。

 毎週この点滴をしている時間に、書評する本を読んでいる。チューブにつながれている片腕は動かせないので、ページをめくるのも不自由だが、1時間はじっとしているので、集中して読むことができる。自宅では読書ノートをつけながら読むが、片手ではさすがにそこまで器用なことはできないので、付箋を貼るだけに留めている。まさか病院で抗がん剤の点滴中を受けながら、こうして読んでいるとは、本の著者は夢にも思っていないだろう。

 お金のことを書き始めると、完全に憂鬱になってしまうので忘れたふりをしているが、毎月医療費だけで、最低でも10万円が消えて行く。もちろん、他にも生活費はかかるわけで、ほとんど無駄な出費はできない状態だ。なにしろ、昨年11月の時点で、しばらく仕事をしないようにと医師に言われて、新規の仕事を全部キャンセルしてしまったのだから……。フリーランスは、仕事をしなければ収入はゼロだ。

 そんな状態なので、この3カ月余りは古書展にも一度も行かず、古書もわずか数冊しか買っていない。古書目録が届くたびに、ため息が出るので見ないようにしていた。だが、昨日は「趣味展」の目録が届いたので、つい眺めていると、いま書いている原稿の関係で、どうしても欲しいものが何点か載っていた。一晩考えて、結局、計1万5000円も注文してしまった……。我ながら、大馬鹿者と呼びたい。


hisako9618 at 13:25|PermalinkComments(4)clip!闘病記 

2010年03月13日

東大生協書籍売り場

3c1e94ce.jpg 悪いこともあれば、いいこともある。先日、ある人が、本郷の東大生協の書店に拙著『音のない記憶』(角川ソフィア文庫)が平積みされている、と知らせてくださった。知人がいるわけでもないので、意外だったが、先週、編集者のTさんと一緒に御礼にうかがった。東大生協の書籍売り場は、風格のある旧い建物の一角にあり、とても雰囲気がよかった。

 拙著を読んで平積みしてくださった店員のかたと、店長さんにお会いして、いろいろお話しさせていただいた。あのような地味な本に目をとめてもらうと、著者としては本当にうれしい。しかも、『音のない記憶』は昨年5月に、10年ぶりに文庫になったのだが、私にとってはデビュー作で、もっとも思い出深い本だ。

 他の作家のかたが手書きPOPを本に添えていたので、私も言われるままに、手書きのメッセージを書いてきた。もちろん、生まれて初めてである。著者が顔をさらすようで、ちょっと気恥ずかしい気もしたが……。そのPOPがきっかけで、拙著を手に取ってくれる学生さんが一人でもいれば、それくらいのことは何でもない。

 数日後、編集者のTさんから、メールでこの写真が送られてきた。驚いたことに、『音のない記憶』だけでなく、文春新書も一緒に並べた私の本のコーナーができていた! 井上孝治さんの写真集『想い出の街』も並んでいる。もちろん、全国の書店で唯一だと思う。ベストセラーでもない拙著を、こうして売ってくださっているなんて……。東大生協書籍売り場の皆さまに、心から御礼申し上げます。

hisako9618 at 12:31|PermalinkComments(11)clip!3.身辺雑記 

2010年03月11日

最悪な日々

 ブログを書く気になれないまま、いつのまにか3月になってしまった。毎日、死というものと向き合いながら生きるのは、楽なものではない。そのなかで、ブログに何を書けばいいのか、と思うと、手が止まってしまうのだった。

 意外に思う人もいるようだが、私はいま「膵臓がん」というものについて、情報を集めることはしていない。それでも、最初のころは少しネットで検索してみたが、どれを読んでも落ち込むようなことしか書かれていないので、すぐにやめてしまった。

 自分の病状がステージ4で、さらにaとbがあるうちのbという最悪の段階だと気づいたのも、しばらく経ってからだった。本当に死ぬ一歩手前だったのだと思い知らされた。さらに、膵臓がんのステージ4bの患者の5年後生存率は10%、と書かれている記事をつい読んでしまった。これは、言い換えると、5年以内に9割が死ぬ、ということではないか……。

 突然、そんな死刑宣告のようなものを突きつけられて、ニコニコ笑って暮らすことはできない。どうしてそんなことにならなければいけないのか。まだ、やりたいことがたくさんあるのに……。先月はかなり落ち込んだ。知らなければよかったと思い、人と会っていても、食事をしていても、夜寝ようとしても、死のことばかり考えてしまう。そんな日がずっと続いた。

 結局、悪いことを忘れていられるのは、仕事に没頭しているときだけだった。原稿を書いている間は、それに集中することができる。そのため、できる限りの時間を書くことに使おうと決めた。ただし、夢中になって長時間書き続けると、とたんに体調が悪くなって痛みが出て、愕然とした日もあった。

 そうはいっても、外見上はやつれてもいないし、元気に見えるので、ご心配なく。人と会えば、余計な心配をかけたくないので、笑顔で普通に話している。抗がん剤投与を続けているが、髪も抜けていないし、それだけでもありがたいと感謝している。

 とにかく、2冊の本を完成させることを最優先に、これからの日々を1日1日大切に過ごしていく。そして、なんとかして生き抜くつもりでいる。絶望はしていない。このブログを読んでくださっている皆様のご支援を力にして、これからもがんばっていきたいと思っている。

※昨日と今日の「朝日新聞」夕刊に、コラム「私の収穫」を書きました。来週の17日と18日まで4回連載しますので、もしご興味があればご覧ください。

hisako9618 at 21:12|PermalinkComments(2)clip!闘病記