山田耕筰作品集校訂日誌

2015年は山田耕筰の没後50年にあたります!! 総合音楽制作会社クラフトーンの文化事業の一環として2005年から開始された、山田耕筰の作品の校訂、普及事業にまつわるこぼれ話や演奏会情報などを紹介。

祝!山田耕筰先生、生誕135年!

本日6月9日は山田耕筰先生の135歳のお誕生日です。
おめでとうございます!

生誕135年を狙ったわけではなく、出せるものならもっと早くに出版する予定だったのですが、計画が延びに延び、とうとう足掛け4年のプロジェクトとなってしまった、山田先生の1915年の作品、
「御大典奉祝前奏曲〜君が代を主題とせる〜」
本日6月9日より東京ハッスルコピーオンラインストアよりご購入可能となりました。

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結果として私ができる最大のバースデープレゼント。
山田先生に喜んで頂けると良いのですが。
山田耕筰作品のスコア刊行は2017年以来。
B5の大きめの判型ですが混声合唱も加わるので五線はかなり細くなってしまいました。
2017年の段階でおおかたの浄書は終えていましたが、確認中の度重なる中断の後、いつの間にか老眼まで進行して、初校当初は見えていた譜面が拡大鏡を使わないとわからなくなってしまう悲劇にも見舞われました。

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ほんとうは2020年の東京オリンピックに合わせて、刊行して、記念行事などで演奏してもらえればという希望を抱いていたのですが、オリンピックも延期となり、実は2020年3月にはできあがっていたスコアもコロナの影響もあって刊行延期となり、そして現状、いまだオリンピックはやるのかやらないのか・・・。
できれば国歌「君が代」が荘厳に鳴り響くこの作品をオリンピックのイベントで演奏して、世界に発信してもらいたかった・・・。

オリンピックでの演奏は潰えましたが、こうして楽譜が刊行されたことでいつでも演奏可能になりました。近々個々で紹介しますが、本作の君が代の合唱部分は山田耕筰がオリジナルの和声づけを施していて、それがまたとても素晴らしいのです。
ぜひ一度手にとって見てください。

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解説もしっかり書きました。

明治大学史紀要27号

昨年の夏に依頼を頂いて校訂・浄書を手がけた明治大学校歌にまつわる小論文が掲載された、明治大学史紀要27号が無事に手元に届きました。
先月後半に大学史資料センターから発送先の問い合わせなどを頂いていたのに、年度末のバタバタで見過ごしてしまい、最近ようやく送って頂いた次第でした。

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立派な肩書の素晴らしい執筆陣の中にあって私だけがいかがわしい会社員であることに、正直違和感しかないのですが、校歌をこよなく愛していらっしゃる明治大学の学生さん、OBの皆様への心からの敬意を盛り込ませて頂いたつもりです。
もしどこかで手に取る機会がある方がいらっしゃいましたら、チラ見してみてください。
巻末には新たに制作された校歌の完全な楽譜が掲載されています。


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「南天の花」誤植の報告

いままでたくさんお買い上げいただいておりました山田耕筰の晩年の傑作歌曲「南天の花」、
ピアノ伴奏譜にまたしても誤植が発覚いたしました。

13小節目のピアノ、左手、

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3拍目の下声部、EではなくEsです。
このあたりの扱いは第一法規版でもフラットがなく、見解が別れるとことではありますが(オーケストラ版はEからEsに移動する)、初版譜には明確にフラットが付いており、これで解決していたはずなのに、弊社版の譜面にその見解を反映させておりませんでした。

03南天の花_2(3)正


ご購入済みのお客様のうちご希望の方には無償で正しい譜面を再送致しますので、ピース購入時にこちらからお送りしたメールアドレス宛にご連絡ください。
山田先生からお預かりしている大切な大切な作品に2度までも誤植があったまま拡散させてしまったこと本当に申し訳なく思います。
誤った譜面を手にしてしまった方々、本当にすみません。

天羽明恵歌曲CD

昨年11月でしたが、キングインターナショナルからソプラノ歌手、天羽明恵さんのCDが発売になりました。
とても面白いアルバムで、ベルリンゆかりの作曲家として
シェーンベルク→ ヴィクトール・ウルマン→山田耕筰→リヒャルト・シュトラウス
というとても面白いラインナップで進行していきます。
経路が違う作曲家が並んでいますが、続けて聞いていると様々な共通点なども見出すことができて、とても面白いアプローチだなと思いました。

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山田耕筰作品は、深尾須磨子詩の「紫」(1924)と寺崎悦子詩の「澄月集」(1917)が歌われています。
実は不勉強ながら、この「紫」という歌は初めて聴きましたが、シンプルな単音の連続ながら、ものすごい緊張感を作り出すのはヴェーベルンさながらという冒頭から、叙情と緊張を交錯させて大きなダイナミズムを作り出す、すごい歌曲であることに度肝を抜かれました。
こんな名曲を知らなかったのかと恥ずかしくなりました。
一方、「澄月集」については私の校訂版も存在しますし、関定子さんのCD でも聴くことができます。2014年に行われた日本楽劇協会主催公演『「幽韻」1910年から1920年』では松本美和子さんが「幽韻」とともに歌われたものを生でも拝聴しました。
関定子さんの「澄月集」はかなり情熱的な歌唱で、続く「幽韻」みたいにしっとりとした歌い方の方が和歌でもある詩の風情と合うのではないかと思ったものでしたが、天羽明恵さんの「澄月集」はまさにそのしっとりとした憂いのある歌唱になっていて、まさにビビッとはまりました。ピアノも素朴な響きで淡い陰影がゆらゆら揺れているような、譜面から想像していたような「澄月集」でした。
シェーンベルクもウルマンもシュトラウスも素晴らしいです。
でも山田耕筰の作品にインパクトに全部持って行かれました。
しかも言語が違うはずなのに、みんな同列の歌曲に聞こえてくるのがびっくりです。
ぜひ一度聴いてみていただきたいCDです。

ところでCDってほとんど買わなくなってしまいました。
昨年はポリーニのベートーヴェンの「Late Piano Sonatas」1枚買っただけでした。

明治大学校歌を校訂しました。

なかなか更新できないまま年の瀬まできてしまい、ようやく仕事収めとなっての更新です。
かなり遅い更新なので今更感が否めませんが、2020年は明治大学の校歌制定100周年ということで、大学に保存されている手稿譜を校訂し、新たな譜面を作成する依頼を頂きました。
校訂の内容についてが後に詳述しますが、その譜面を使って100年前の校歌を再現するというイベントが、コロナの合間を縫いながら行われ、映像作品として公開されました。
明治大学の校歌は学生たちが自分たちの校歌を作ろうと奔走し、いろいろな大人がそこに感化されてできあがったものです。そして感化された一人が山田耕筰で、当初は多忙を理由に断ったそうですが、結局学生たちの熱意に押されて作曲し、さらには練習にも立ち会ったそうです。

こちらの動画で見られますのでご興味ある方はぜひ御覧ください。
実は私も少しだけ登場してます。相変わらず滑舌が悪く何を言ってるのかよくわからないと思いますが・・。



ドキュメンタリー「明治大学校歌の原型を聞く」

さて、校訂の依頼とともに私が拝見したものは近代音楽館所蔵の自筆譜。そして明治大学所蔵のペン書きによる手稿譜で、山田耕筰作品資料目録によれば「自筆?」と保留が付けられておりました。さらに譜面の上部が一部欠損していて、ヴォーカルパートの音符が一部欠けていました。
譜面を精査したところ、明治大学所蔵の手稿譜「A」は山田耕筰の自筆譜であり、近代音楽館所蔵の譜面「B」を自らペンで清書したものであることが判明。鉛筆書きの「B」は強弱などもピアノパートの一部にしか書き込まれてなく、歌詞も1番しかありません。さらにこの譜面をよく見ると、小節の割付をするためのスラッシュが小さく書き込まれており、清書する際にどこで段を変えるのかなどをメモされている形跡もありました(実物を見せられずすみません)。あの、山田耕筰が書いた自筆譜にそんなメモを安易に書き込む第三者はいませんよね。本人だからできたことでしょう。
そして清書時に山田は部分的にしか書き込まれていなかった強弱、アーティキュレーションを記入し、歌詞も3番まで入れつつ、字余りの部分に小音符も加筆しています。これができるのも山田耕筰本人のみです。
ところが、この譜面はずっと明治大学に所蔵されたままになり、ピアノ伴奏付きのこの譜面自体は出版されませんでした。
春秋社の山田耕筰作品全集第7巻「国民歌謡曲集」(1931年刊)に、たくさんの団体歌が収録されており、明治大学校歌も掲載されています。

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しかしこちらは、近代音楽館所蔵の「B」から版が作られており、中途半端な強弱などもそのままです。
その後「歌おう大正時代」(フクイン1988年刊:高橋整二編)にも掲載されていますが、こちらも「B」を基にした譜面です。

明治大学校歌(歌おう大正時代)


当たり前ですね。
オリジナルは明治大学にあるのですから。

今回、山田先生の最終意思でもある自筆の清書稿が現れ、それを基にした譜面が100年経ってようやくきちんとした形で刊行されることになります。

明治大学_校歌_ブログ用


山田先生のご意思をこんなところで見出すことができたのはとても嬉しいです。
なお、この校歌は通常の歌の部分の後に、山田耕筰が自ら詞も書いた「フレーフレー明治!」というようなカデンツァ風のリフレンが付いているのですが、長い間この部分は歌われておらず、幻の部分となっていたようです。動画ではこの部分を復活させたことを大きく取り上げられていますが、私としてはそもそも譜面がちゃんとしていなかった、という部分をクリアにできたことがとにかく良かったと思っています。
関係者の皆様大変お世話になりありがとうございました。

セントラル愛知交響楽団の山田耕筰「かちどきと平和」公開されました!

以前に角田鋼亮氏との対談についてご紹介しましたが、角田先生が指揮されたセントラル愛知交響楽団の演奏に山田耕筰の交響曲「かちどきと平和」の演奏動画がついに公開されました。
湯浅卓雄先生と都響さんや、広上純一先生と東フィルさんなどの生演奏にもこれまで触れてきましたが、角田先生&セントラル愛知交響楽団の演奏は春の新緑みたいな若々しさにあふれた演奏です。
上記の皆さん以外にも京都フィロムジカ管弦楽団さんや中央大学管弦楽団さんもそれぞれのアプローチでとても素晴らしい演奏を繰り広げて下さり、私はどの演奏も本当に好きです。京都フィロムジカさんはクラフトーン・エディションの交響曲を最初にレンタルしてくださった団体でした。
セントラル愛知交響楽団が取り上げてくださった時はちょうど交響曲のミニチュアスコアの刊行の頃と重なり、頭のなかはこの曲でいっぱいだった頃でもあり、終演後に記録音源を拝聴しながら、涙が出た記憶があります。そういった意味でも私の中でとても特別な演奏になっています。



コラボ企画ではないですが、近々私もこちらのブログで交響曲を譜例を使ったりして細かく紹介しようと思っています。

なお、角田先生との対談も当初10分ぐらいとのことでしたが、ほぼフルで使った対談動画になりました。使うのは一部だろうと高をくくって、ドヴォジャークの交響曲第1番「ズロニツェの鐘」をディスってみたり、けっこうめちゃくちゃなことばかり喋ってしまっていて、仮編集を拝見した際にはかなり冷や汗モノでありました。その上私は滑舌も良くない上に、ものごとを整理して喋れないので、人前やカメラの前などで話をすることはほとんどありません(先頭に立って何かをするタイプでもないので、未だ平社員だし・・・)。かなりお見苦しくお聞き苦しいものになっている気がしますが、ご興味がある方は御覧ください。譜例を使って分析している部分もあります。
醜態を晒すのは今回だけにしておきます。深い海の底で楽譜を作っている方が性に合ってます。
なお、ドヴォジャークの交響曲第1番「ズロニツェの鐘」、動画では「聞けたもんじゃない」みたいな感じでディスってはいますが、そのくせCDを2種所有していて、年に何回かは聞いてしまう、不思議な曲でもあります(^_^;)
本当は大好きなんです。


指揮者角田鋼亮氏と「かちどきと平和」を語り合いました

2016年2月にセントラル愛知交響楽団で山田耕筰の交響曲「かちどきと平和」をなんとコンサートのメインで取り上げてくださった大事件がありましたが(当時のブログ)、今回のコロナ禍もあり、過去の演奏会の記録をYouTubeで紹介することになり、そのコンサートの前に作品について指揮者の角田鋼亮先生とお話する映像を撮りたいというお話を頂きました。
私、人の前に立ってあれこれ仕切ったりとか、カメラの前で話をしたりするのが大の苦手なのです。仕事もそれゆえ現場主義で、管理職的なことができないので、いい年して未だに現場を駆けまわるヒラでございます(爆)
今回のお話もまずビビって2日も返信できないぐらい悩んでしましたが、「かちどきと平和」の普及につながるならこれにまさる機会はないだろうし、できれば他に埋もれている作品の話できればなおいい。それこそオペラ「あやめ」を一言だけでも紹介できれば演奏の可能性だって1%ぐらい増えるかもしれない。
そんな思いで承諾のお返事をしてからあれよあれよと決まって一週間後、角田先生がわざわざ会社まで訪ねてくださって、弊社の会議室にて動画に収まりました。
最初はドキドキしてましたが、PCだったり、iPadだったり、カメラの形をしていないと、目線を向けなければ気になりませんね。すぐに調子に乗ってべらべらとしゃべりまくり、スコアを前にして山田先生が書かれた音符の魅力についてひたすらとりとめなくしゃべり続けてしまいました。角田先生がスコア上で指摘されているスコアの響きの魅力もいちいち私の壺にはまるものだから、止まらなくなりますわ。
あ〜、これがあの「かちどきと平和」の交響曲を春風のようにさわやかに瑞々しく聴かせてくれた指揮者の感性なのだと改めて感激しました。撮影後も他の山田作品などについてもお話でき、とてもとても素敵な時間を過ごさせていただきました。もちろん「あやめ」もまだスコア完成してないのにしゃべっちゃいましたよ!

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最後に山田先生を囲んで記念撮影。
身長差がエグい(笑)

角田先生、私より8歳ぐらいお若いのですよね。
先生のお話を伺っていると山田耕筰は日本人の作曲家というくくりはあるのでしょうが、なんというか、欧米の作曲家たちとの垣根をあまり感じさせないようなお話のされ方をしていたのが一方で印象的でした。「かちどきと平和」をメインにもっていくようなプログラミングをされるような方ですから、音楽を何人とか関係なく俯瞰して見られているのかもしれません。山田作品、にかかわらず、我々の先達の作品たちが、日本人枠みたいなプログラムの片隅ではなく、ベートーヴェンやブラームスなどと同列に捉えて頂ける日が、もうすぐ近くまで来てるのかなと思いました。
氏の今後の活躍がとても楽しみです。
一方で早くコロナが収束し、みんなでまた音楽を共有できる日が戻ってくることを願ってやみません。

セントラル愛知交響楽団による「かちどきと平和」の映像についてはまたのちほどこちらでも紹介させていただきます。
家に帰ってから改めて聞き直しましたが、チャーミングで本当に美しい演奏です。


山田耕筰先生、お誕生日おめでとうございます!

本日6月9日は山田耕筰先生の134歳のお誕生日です。
おめでとうございます。

先生ご自身がもう新しい曲を書くことはありませんが、未だに知られていない作品がたくさんあるという意味において、134歳にあっても先生の音楽家としてのキャリアはまだ道半ばといえます。あの山田耕筰にあっても未出版作品がたくさんあり、出版されたことがあっても、今は入手できないものもたくさんあります。さらにいえば、美しい響きで人を幸せにするという音楽の本質に翻って考えるなら、先生の道程はまだまだ先が続きます。

ちなみに私が初めて山田耕筰の作品の浄書に関わったのが2004年の日本楽劇協会主催公演「舞踊詩」における「マグダラのマリア」と「野人創造」でした。なんとそれから16年!!!
30代前半だったのに、50歳に標識が見える位置まで来てしまいました。
この間に「序曲」や「交響曲《かちどきと平和》」などのように何度も演奏会で取り上げていただけるような楽譜の整備もできたし、まだまだ数は少ないながらも室内楽の楽譜もおそらく3桁ぐらいの方々の手にお届けできたと思います(でもそんなものなのです、商業ベースにはなっていません・・・)。
小さな、本当に小さな形ではありますが、山田先生の134年の道程のお力になれたことを誇らしく思います。これからも体力が続く限り、先生の偉大な道程のお手伝いができれば嬉しいです。

現在コロナ禍の中で、仕事のやりかたが大きく変わったことで、私も以前より自分の時間を多く取ることができるようになりました。それもあって、なかなか進まなかった「あやめ」の校訂版スコアの完成もあと2割のところまでたどり着きました。特に2019年の冬からコロナが騒がれる直前まで毎日2〜3時間しか寝られないぐらい多忙だったのが突然宙に浮く自体になって非常に戸惑いましたが、不謹慎かもしれませんが、これは神様が一時停止を指示したのだと思うようにしてます。そして生まれたこの2ヶ月がなければ、「あやめ」は年内完成も難しかったかもしれません。ぼちぼち私のボーナスタイムも終わりに差し掛かってますが、もう以前と同じ生き方はやめて、ちゃんと切り替えて家では会社の仕事じゃなくて山田先生と向き合うようにします(家庭じゃないんかい!というツッコミはなしで)。
ボーナスタイムの一方、私も寄る年波には勝てず、次第に細かい文字が読めなくなりつつあります。私自身の賞味期限もぼちぼち終わりにさしかかっています。「かちどきと平和」や「黒船」序景などを作っていた頃は23時まで会社にいて、夜中の1時から3〜4時まで楽譜作っていたものでしたが・・・。

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毎日15時間以上楽譜を見続けていたらそうなりますね・・・。
さらに「あやめ」の自筆スコアは、もともと複製なので滲んでいて大変読みづらいため、最近はフィルムの傷などをチェックするための拡大鏡を使っています。出版系の方はご存知ですね。

残りのボーナスタイム、しっかり使って、「あやめ」、あと完成間近のまま放置中のヴァイオリン作品も完成させます。
ヴァイオリン作品の件は、もう3年も同じこと書いてました(爆)
校訂も浄書もパート譜づくりも、さらには販売の梱包まですべて一人でやっているのでご容赦ください。

「あやめ」校訂日誌3

オペラ・バレエ「あやめ」の第一場では日本古謡の「箱根八里」や「忍路高島」などが歌われます。「あやめ」が書かれたのは1931年ですが、山田耕筰はそれ以前の1927年にこれらの古謡をピアノ伴奏譜に編曲しています。リズムがはっきりしない詠唱的なこれらの唄を見事に譜面化したのも素晴らしいですが、それよりもここに付けた山田の和声がほんとうに素晴らしい。
ちなみに、そのピアノ伴奏譜も、後に「あやめ」に挿入された編曲もほぼ同じ内容になっており、山田の中ではその編曲が完成されたものになっていたのがわかります。

ちなみに1927年に作成された「箱根八里」はこちら(部分)。

箱根八里は

こちらは「あやめ」のヴォーカルスコアから。
あやめ(箱根八里)

4拍目から始まるのか2拍目から始まるのかなどの際はありますが、アーティキュレーションはほとんど同じで、付けられている和声も同じものです。

山田耕筰はこのオペラ・バレエ「あやめ」から5つの部分を抽出して組曲にしていますが、その第1曲はまさにこの「箱根八里」の部分。第2曲目は第一場後半であやめが歌う「忍路高島」の部分。これだけなら日本組曲じゃん!とツッコミを入れたくなるような内容です(笑)

ちなみに組曲の第2曲になるあやめの歌はチェロのソロも歌と重なっているので、組曲版の楽器指定はありませんが、第1曲の「箱根八里」の部分は他の楽器が指定されていないので、組曲用に山田はヴォーカルパートをイングリッシュホルンで演奏するように余白に書き込みを入れています。

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オペラ全曲版の譜面が完成したあとはこの組曲版の方も楽譜を整備する予定です。
なお、「箱根八里(馬子唄)の楽譜ピースはクラフトーン・エディションで校訂版を購入できます。

「あやめ」校訂日誌2

山田耕筰オペラ・バレエ「あやめ」のお話の続き。

台本はアメリカ人のジャーナリストで一時的に日本の大阪毎日新聞社にも籍をおいていたパーシー・ノエル。「あやめ」の委嘱を取り付けたのも彼の尽力だったようです。ノエルは「あやめ」よりも前、1925年にはシカゴの歌劇団からも日本を題材にしたオペラの委嘱を取り付けて山田に仲介し、これはのちの「黒船」になります。ノエルに英語の台本が書かれ、序景のみシカゴにスコアが送られましたが、結局日本語のオペラとして完成されました。
「あやめ」もノエルによって38ページのタイプされた台本があり、山田はこれに基づいてまずヴォーカルスコアを書き、そのあとで総譜を完成させました。
この台本、登場人物のセリフ以外のト書きというか情景描写が何ページも続いていたりするのも特徴で、あんまり戯曲っぽくない。あとはとても奇妙な英語で書かれていて、スター・ウォーズのヨーダが倒置法をさらにひん曲げたようなおかしな言葉が多く、意味を捉えるのはとても難しい。かというと「殿のお金を〜」などのおカネのやりとりの部分ではなぜか「gold」になっていたり。金貨を意識して書いたのでしょうか?それにしても「gold」を連呼されると全然取引の感じもしなくなってしまうのは、私の英語力のせいなのか・・・。

そして山田耕筰はスコアの中に、たくさん書かれている登場人物の情景描写から、必要なセンテンスだけを抜き出して書いているのですが、これがまた困った・・・。

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潰れていてなかなか読み取りづらい・・・。

おじいさんの五線に書かれた「タバコ盆を叩く/Tap the fire bowl」
時次郎の五線に書かれた「お茶屋の後ろから現れる/appears behind the tea house」
「イソイソとおりてくる/Comes down with lighthearted gait」

こちらは台本の最初にある
「The rising curtain discloses OJISAN seated on the loose matting of the platform with smoking set before him, holding a long metal pipe.
Exhaling a puff of smoke, OJISAN taps his pipe on the edge of the first bowl twice and, as if in answer to a call, TOKIJIRO appears, behind the tea house, Left.
OJISAN turns away as TOKIJIRO with lighthearted gait comes down, Center.
からイタリック体の部分を抜いたものですが、このあたりはまだ密集していてわかりやすいのですが、いくつかの動きをまとめたト書きを新たに書き込んでいたりするものもあり、台本との整合性をどうしたものか迷います。

こちらはスコアの2ページ目。

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「再びタバコ盆を叩く/Taps on the bowl again」
(・・・ってさっきはonとかなかったやん!)

時次郎:「はっと我に返る/He's distraction passes」
(この英語から「はっと我に返る」を導き出した山田先生すごい!)
おじいさん:「同じくおじぎをして/with formal bow」
(かしこまっておじぎする??)
画像では外れていますが、このあと時次郎にも「with formal bow」が書かれているのですが、ここの山田訳は「チョットおじぎして」となっていて、同じ言葉なのに、山田耕筰は使い分けているようです。ちなみにノエルの台本では時次郎のト書きは「The Same」。まあ「with formal bow」のことでしょう。

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時次郎:「控えめじゃなく/less restrained」
(抑えきれずに?)
物語の冒頭はおじいさんが、君が付き合ってるっていう「あやめ」って子、あの子いろいろあるみたいだけど大丈夫か?みたいな話しをされているのに、時次郎さんは「あやめ」の名前を聞いただけでいろいろ頭のなかに思いが盛り上がってしまって「ああ〜〜!」と絶叫してしまう、今聞いたらちょっとアホっぽい部分です。
「控えめじゃなく」ってのはちょっとね(^_^;)

あやめ台本(オリジナル)4p

この部分のオリジナル台本がこちらです。

おじいさんの最初のセリフ「Long my eyes rest not on thee, Toki-san.」
何を言ってるのか最初はさっぱり分かりませんでしたが、「ずいぶんと見かけなかったな時さん」って感じですね。こんな英語は初めて見ましたが、戯曲では一般的なのでしょうか・・・。

これだけ読んでもぜんぜんわけがわからないところなのですが、山田耕筰がこの場に付けた音楽の美しさ!!びっくりします。あまり日本調の色彩にはなっておらず、敢えて例えたらドビュッシーに近い印象派風の響きになっています。
ほんと、冒頭の台本を読んでどうしたらこのイメージが浮かんだのか全く分かりませんが、山田耕筰がこの場面を非常に美しく仕上げたからこそ、変な言葉の羅列が美しい歌として私たちに届くのでしょう。
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