山田耕筰作品集校訂日誌

2015年は山田耕筰の没後50年にあたります!! 総合音楽制作会社クラフトーンの文化事業の一環として2005年から開始された、山田耕筰の作品の校訂、普及事業にまつわるこぼれ話や演奏会情報などを紹介。

北村明子ピアノ・リサイタル

2022年の12月に開催された「air garden「花鳥風月」コンサート〜日本を感じるコンサート〜」にて
山田耕筰の弦楽四重奏曲第2番などが演奏されましたが、その中の「婚姻の響き」のピアノ・パートを演奏されたピアニストの北村明子さんが、10月18日にリサイタルを開催され、そこで「源氏楽帖」とピアノのための「からたちの花」を取り上げてくださることになりました。

北村明子リサイタルチラシ


当日は短時間ながら、私も出演させて頂き、山田作品の解説をさせて頂きます。
人前に出るのは大変苦手でできれば、文章を寄せるだけでご容赦頂きたかったのですが、
北村さんのぜひにというお言葉と、山田先生の大切な作品の紹介ということもありまして、なんとか頑張ってみようと思い、お時間をいただくことになりました。
ただし、私は非常な上がり症な上に、滑舌も悪いので、おそらく当日は何がなんだか分からない事になってしまうかと思います。なにとぞご容赦の上、北村さんのピアノを楽しみにいらしてください。
北村さんはフランツ・リストのエキスパートでもある一方、前回の山田作品についても何度もご連絡を頂き、楽譜内の疑問点を確認されまして、音楽を突き詰めるお気持ちにはなみなみならぬものがありました。そして、聞かせていただいた「婚姻の響き」の明晰な演奏はお見事でした。
「源氏楽帖」は山田耕筰のピアノ作品群の中でも後期に属し、前衛的な響きの連続から叙情的かつどことなくユーモラスな空間芸術への移行期の作品で、パッセージはシンプルながら、間のとり方がとてもむずかしい作品です。
どのような響きを聞かせてくださるのか、とても楽しみです。

山田耕筰「室内楽作品」完成!

2008年に「アレグレット・ブリランテ」や弦楽四重奏曲などを皮切りに、ピースとして刊行してきた山田耕筰の室内楽作品。
残すところ「タンタジールの死」「慰霊曲」「この道を主題とせる変奏曲」の3曲を残すのみになっておりましたが、こちらもついに完成し、本日より「ハッスルコピーオンラインストア」からご購入できることになりました。

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戯曲「タンタジールの死」のための音楽

メーテルリンクによる人形劇のための戯曲で、1919年土方与志率いる友達座での舞台のために山田が作曲した音楽で、弦楽四重奏とハルモニウムというちょっとめずらしい編成で書かれています。
非常に前衛的で尖った内容になっており、初演当時はあまり理解されなかったんじゃないかと思われます。
2003年の日本楽劇協会主宰公演において、数十年ぶりに蘇演されましたが、その際に弦楽奏者からは「まるでアルバン・ベルク」みたいだという感想があったとのことですが、ベルクの「抒情組曲」よりもだいぶ前に書かれていることからも、本作、さらには山田耕筰が時代の先端にいたことがわかります。


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ハルモニウムとはいわゆる、足踏みオルガンで、筆者が小学生の頃は各教室にあったものですが、いまはすっかり電子キーボードに代わられ、全く見かけなくなってしまいました。ただ、クレッシェンドやディミヌエンドが可能なら、電子キーボードや電子オルガンを使っても充分効果的だろうし、弦楽器の響きを考えると、エレピやパッド系などのいろんな音色を試して合わせてみるのもとてもおもしろいと思います。
山田耕筰の弦楽四重奏曲自体が、留学前の習作しかないので、ぜひ充実した山田の手による弦楽合奏の響きを体感していただければと思います。すごい名曲です。



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「タンタジールの死」と同じ編成で書かれた「慰霊曲」。
こちらは母方の叔父になる大塚正心の逝去を偲んで作曲された作品。
大塚正心は医師にして牧師でもあり、かつて目黒にあった「慰廃園」というハンセン病の療養所の監督官をされていた方です。
本作の中間部には、この大塚正心が好きだったという讃美歌320番「主よ御許に近づかん(Nearer, My God, to Thee)」が登場しますが、この讃美歌は、タイタニック号が沈没する際に、乗船していた楽団が沈みゆく船上で演奏し続けていたことでも有名です。アニメ「フランダースの犬」や「赤毛のアン」などにも使用されていたそうです。

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こちらも弦楽四重奏とハルモニウムによる編成で、さすがに「タンタジールの死」と較べるとだいぶおとなしい作風で、葬送行進曲的な暗い部分と、敬虔な祈りを捧げる様を想像させる静謐な部分の対比が見事です。ハルモニウムの扱いにはこだわらず、こちらもキーボードや電子オルガンなどをうまく使って演奏できる作品だと思います。


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「この道」を主題とせる変奏曲。
こちらはフルートとピアノのために書かれた作品で、新交響楽団(N響の前身)のフルート奏者であった岡村雅雄に献呈され、1930年に初演、翌年には山田のピアノとともにレコード録音もされました。
「この道」のテーマと8つの変奏を経て壮大なコーダに至る作品で、フルートはかなり細かいパッセージが連続する難曲ですが、変奏曲としてはもとの主題からぶっ飛んだ展開を見せることはなく、「この道」の痕跡がほぼ残されているので、聴者にはとてもわかり易い変奏曲になっています。


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校訂資料としては、かつての出版譜などの他に、吉田雅夫氏による校訂版の楽譜も参照して作成しました。

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パート譜は横にべろんと広げなくてもちゃんとめくれるように配慮して作成しましたが、
それゆえ6ページとちょっと長めになってしまいました・・・。

これで山田耕筰が書いた作品のうち、ピアノ作品と室内楽作品は全部演奏可能となりました。

ちゃんと整備しなければならない作品はまだまだ多いですが、まずは一段落。

「山田耕筰ピアノ全集補遺」完成!

2016年に山田耕筰のピアノ作品全集を刊行しましたが、こちらには留学前の習作や邦楽の編曲などは敢えて掲載せず、ドイツ留学を終えて帰国し、作曲家として活動を始めてからの作品のみを掲載しておりました。
しかしながら、留学前の習作の譜面も本人は破棄せずにしっかり保存していたということは、若書きにもしっかり愛着は持っていたわけで、そうした山田先生のお気持ちにも応えなければいけないと、刊行直後から補遺の準備は少しずつしておりました。
それが本格的になったのがピアニスト佐野隆哉さんによる山田耕筰ピアノ作品全曲録音プロジェクト
「ピアノ作品に見る山田耕筰ルネサンス」でした。
そのCDが出てからさらに1年近く経ってしまいましたが、ようやくいままでのピアノ全集を補完するための6冊の刊行準備が整いました。


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まずは初期作品集4冊。

留学前に書かれていた、「New Years Eve」や「祝婚儀(Bridal March)」「秋の日のメロディ」など12曲を2冊に分けて収録。シューベルトやメンデルスゾーンなどの影響を感じるものの、とても小気味よい音楽に仕上がっていて、クオリティも高いです。弦楽四重奏曲や、昨年刊行したチェロとピアノのための「ロマンス」などと同じ時期の作品です。
さらに留学中に書かれた「変奏曲」と「シャコンヌ」をそれぞれ1冊にまとめました。
哀詩「荒城の月」を主題とする変奏曲にみるような変奏技法にはまだ及びませんが、そういった傑作を書くためのスタートラインを知るにはとても重要です。そしてシンプルにとてもいい音楽です。

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こちらは邦楽の編曲と、日本組曲、伊藤道郎との舞踊公演のために書かれた「Fox Dance」などが収録されています。
編曲では例えば、箏曲で有名な八橋検校の「六段の調べ」などがありますが、箏では単音の部分もピアノの響きを活かしたリハーモナイズや声部の追加などを行いつつ、それが非常に原曲に溶け込んでおり、邦楽を西洋楽器で演奏するための新たな可能性を示唆してくれています。
日本組曲、「Fox Dance」とともに収録している「京の四季」は端唄の編曲ですが、手稿譜には「Fan Dance(扇の踊り)」と書かれており、こちらも伊藤道郎との舞踊公演のために書かれたもののようです。
近々に東京ハッスルコピーのオンラインショップにてご購入できます。

さらに、ピアノ全集の方も初版が無事に在庫切れとなりまして、あらたに第二版が刊行される運びとなりました。曲目などは同じですが、いままで正誤表を挟んで対応していた誤植を総て修正した上で、校訂報告も加筆しました。
おそらくこのあと増刷されるに頃には私はもういないと思いますが、これで山田耕筰のピアノ作品紹介にひととおり筋道を附けることができたかなと思います。

そして、今年はあともう1つ、残すところ3曲だけになっていた室内楽を刊行し、室内楽も全曲刊行します。

東京・春・音楽祭2024 佐野隆哉リサイタル

4月20日土曜日、旧東京音楽学校奏楽堂にて、東京・春・音楽祭のうち、ピアニストの佐野隆哉さんのリサイタルに伺いました。

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実はこのホールにおじゃまするのは初めてです。
「山田耕筰と舞踊」というテーマでプログラムを組まれていて、
第一部
ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」(L.ボーウィック編)
山田耕筰:「彼と彼女〜7つのポエム」
ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカからの3つの断章」

第二部
山田耕筰:「若いパンとニンフ〜5つのポエム」
ショパン:「4つのマズルカ作品33」
ジャック=ダルクローズ:「ピアノのための3つの小品 作品8より第3番:ワルツ・カプリース」
山田耕筰:「京の四季」
山田耕筰:「狐の踊り」
山田耕筰:「春夢」

さらにアンコールにはドビュッシーの「月の光」と山田耕筰の「ピアノのためのからたちの花」が演奏されました。

「牧神の午後への前奏曲」冒頭の単音からすさまじい集中力から繰り出される入魂の1音、昨年のリサイタルのドビュッシーもそうでしたが、なんと美しく彩り豊かな音を紡がれるのでしょうか。
この1曲だけでどっと疲れるぐらい気持ちが音に集中してしまいました。
そして、山田耕筰が留学先のドイツから帰国して最初の作品「彼と彼女」。山田が作曲家山田耕筰を発見した最初の作品とも言える本作、かなり前衛的な響きと運動性を持った作品ですが、そうした尖った部分をしっかり聞かせつつ、音楽の根底にある叙情性も表出させる技術と、作品理解はさすがです。さらに7曲の曲間をギリギリまで詰めて、ほぼアタッカみたいに演奏することで、楽曲全体の緊張感を持続させ、音楽の大きな流れを見せてくれたのはとりわけ素晴らしかったです。CDなどではどうしても曲間が長くなってしまうので、こうした全体的な流れが見えにくかった。
「彼と彼女」の新たな面を私も知りました。
続く「ペトルーシュカから3つの断章」はアルトゥール・ルービンシュタインが、自分しか弾けないぐらいの難曲という依頼で書かれた、超難曲。よくもまあこれをしっかり暗譜で弾かれたものです。
しかも叩きつけるようなフォルティッシモが連続していても常に音の粒がしっかり保たれていて、美しい。力任せに叩きつけるフォルテではなくて脱力から生み出されるフォルテなのですね。

休憩を挟んで第二部の最初に弾かれたのが山田耕筰が、「彼と彼女」の翌年に作曲した「若いパンとニンフ」。前作と較べるとだいぶ小規模になり、響きの前衛性もおとなしくなっており、単音を連続が続くなど、飽きずに聞かせるのがちょっと難しい作品。それもピンと張った絹糸のような鋭い集中力でシンプルな譜面から創りだされる独特な空気感をしっかり表出させるのはさすがです。正直、CD「ピアノ作品に見る山田耕筰ルネサンス」の頃よりも、さらに音楽の幅が深くなっている気がしました。

終盤の「京の四季」「狐の踊り」「春夢」は一番楽しみにしていた3曲。
「京の四季」は端唄の編曲ですが、山田は当初「Fan Dance(扇の踊り)」と譜面にタイトルを冠し、「狐の踊り」と対で、ニューヨークにおける伊藤道郎との舞踊公演で演奏していました。
「狐の踊り」のメロディは、ホルストが書いた管弦楽曲「日本組曲」の終楽章と同じで、どちらも伊藤道郎が提供したメロディと言われます。
「春夢」は、1937年とだいぶ後の作品で、この頃は主要な山田作品はほぼ出揃った後、突然思い出したように書かれた作品です。1914〜17の「ピアノの時代」にはあまりなかった日本風の旋律や間の取り方などが音楽に浸透しており、以前には濃厚だったスクリャービンなどからの影響から、むしろ「京の四季」や、長唄交響曲「鶴亀」などを通じて日本の伝統音楽への歩み寄りを見せていた山田の視点がはっきり現れています。この名曲を佐野さんの美しいピアノの響きで、しかも生で聞けたのは本当に嬉しい。
感動のひとときを満喫させていただきました。
ちなみに9月19日に東京文化会館でリサイタルをされるそうで、そこではドビュッシーの前奏曲集第2巻と併せて山田耕筰の「子供とおったん」も取り上げられます。
またまた楽しみですね。


「赤とんぼ」と瀧廉太郎?

調べ物をしていて、たまたまウィキペディアの「赤とんぼ」を見たところ、以下の文章がありました。

赤とんぼ(ウィキペディア)


「赤とんぼ」(赤蜻蛉、あかとんぼ)は、三木露風の作詞、山田耕筰の作曲による、日本の代表的な童謡の一つである。夕暮れ時に赤とんぼを見て、昔を懐かしく思い出すという、郷愁にあふれた歌詞である。
2007年(平成19年)に日本の歌百選の1曲に選定された。
瀧廉太郎も携わったと言われる。

1903年に亡くなった瀧廉太郎さんが「赤とんぼ」の何に携わったのかご存知の方いらっしゃいますか?
三木露風さんが詩を書かれたのが1921年、山田先生が曲を付けられたのが1927年。

あ!そうか!
日本の歌百選の選定に瀧廉太郎さんが携わったってことか!
なるほど。

ってそんなわけあるか!
なんだこれ?

交響詩「暗い扉」レンタル譜セット完成!

2017年にスコアを刊行しながら、パート譜作成をずっと怠け続けてしまっていた、
山田耕筰の交響詩「暗い扉」ようやくレンタル用のパート譜セットを完成させました。

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いつでも演奏できる状態になりましたが、
山田耕筰作品のレンタルや販売を扱っているサイト
山田耕筰作品集CRAFTONE EDITION
は、作成したアプリケーションが古すぎて、更新ができない状態になっており、
現在リニューアル作業中です。
もし交響詩「暗い扉」を演奏してみたいという団体様がございましたら、
上記サイトの問い合わせフォームにご連絡ください。
追って返信をお送りします。


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ちなみに、こちらの曲は10分ほどで、同時期に書かれた交響詩「曼荼羅の華」と対になっているような作品であるのですが、2管編成でシンプルな「曼荼羅の華」と違って、3管編成に打楽器は5人、さらにはティンパニも2人の奏者を指定するなど、かなり大掛かりな作品になっています。
パート譜をまとめる際には、D管が指定されていたホルンはF管に移調したものも用意し、さらにA管で書かれていたトランペットもB♭管の移調譜も用意してあります。

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そして、本作のレンタル第一弾の団体様はすでに決まっており、
なななんと!
シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団が3月1日に演奏します!

すでにプログラムも公開されており、

山田耕筰:交響詩「暗い扉」
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「死と浄化」

という内容。
リヒャルト・シュトラウスの「死と浄化」に感化されて書いた作品と元ネタを1つの演奏会に並べてしまうのはちょっとなんともなところはありますが、山田耕筰がこよなく愛したドイツで、若き意欲的な作品が取り上げられるのは嬉しい限りです。
ぜひ聞いてみたい演奏会ですがドイツは遠い・・・。
ライブ配信などしてくれるといいのですが。

佐野隆哉氏リサイタル2023/10/12

10月12日に、ピアニスト佐野隆哉さんによる、CD『ピアノ作品にみる「山田耕筰ルネサンス」』発売記念ピアノ・リサイタルが上野の東京文化会館小ホールにて開催されました。


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プログラムは第一部に山田耕筰の「青い焔」とドビュッシーの前奏曲集第1巻、第二部は山田耕筰の「哀詩『荒城の月』を主題とする変奏曲」とショパンのソナタ第3番。

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せっかくのCD発売記念リサイタルなのだから、もっとたくさん山田耕筰を弾いてくだされば!なんてわがままなことも思ったりしつつも伺わせていただきましたが、結果としてドストライクのプログラムでありました。
まず最初に演奏された「青い焔」はフォルテとピアニッシモの激しいコントラストで開始されますが、フォルテではバシャッと潰れたような音に鳴ったり、汚くにごりがちなところも、実に明快な響きを構築します。そして嬰ニ音の静かなトレモロのなんと美しいこと!最初の数秒でいっきに引きこまれてしまいました。テンポの緩急も舞踊をトレースしたかのように動きで明暗が描き分けられていきます。佐野氏の演奏は体を大きく動かすようなことはほとんどなく、見た目は淡々とピアノに向かっているのですが、そこから信じられないような躍動が生まれるのは恐ろしくすらあります。
その後のドビュッシーの前奏曲集第1巻。音のおもちゃ箱のように様々なキャラクター・ピースがひしめき合った難曲ですが、ここでも楽曲ごとに全くといって良いほど違う音色で音楽が展開していき、一体あのピアノはなんだ?と信じられない思いで前半の1時間を過ごしました。

そして第二部でまず演奏された「哀詩『荒城の月』を主題とする変奏曲」。私はCDも聴いていますので、佐野氏がこの作品をどんな風にアプローチしたのかは知っていましたが、生で聴くと別物の凄みがありました。やはりとにかく音色が美しい、とくにピアニッシモの響き、そして細かいアルペジオのパッセージの音の柔らかさと優しさが信じされないぐらいに美しい。極めつけは終結部。「荒城の月」の旋律はほとんど分解され、そこから山田は音色旋律的なアプローチを重ねる、本作のクライマックス。ここでの佐野氏の音色変化の妙には震えました。最後から2小節前の[riten. molto]の3つの音は、前から伸びている濃霧のような和音に1音1音溶けこんでいくように消えていく佐野氏のタッチの見事さ。なんてものを聴いてしまったんだという戦慄に近い震えを感じました。

「哀詩」荒城の月を主題とする変奏曲_12(12)


その後のショパンも確かなテクニックと特にフィナーレの次第にエネルギーが凝縮していくような凄みなど、どの音をとっても今まで聞いたことがないものでした。
その後アンコールを3曲も弾いてくれましたが、呼び戻されてすぐに座られた瞬間、いやもう弾かないでいい十分すぎるものを頂きました!と思ったりもしましたが、そこで弾かれた「ピアノのための『からたちの花』」で再び耳に奇跡を体験します。冒頭から特徴的な16分の細かいアルペジオの柔らかい美しさ。これも今まで聞いたことのないものでした。
続くショパンの「エチュード『革命』」、最後がドビュッシーの「月の光」。この人が弾くドビュッシーの旋律には天使が宿りますね。
すみません、提灯記事などではまったくありません。
本当に驚愕しました。
そのあとロビーでCD『ピアノ作品にみる「山田耕筰ルネサンス」』の販売とサイン会が開催されましたが当日販売は完売とのこと。佐野隆哉さんにご興味を持たれた方がぜひこちらのCDも聞いてみてください。コロナが猛威を振るう中で、半ば命がけで岡山に出かけて作り上げた4枚組の労作であり、タイトルではよく分かりませんが、初のピアノ作品全集CDです。

駒澤大学校歌の最初の草稿が公開されました!!

駒澤大学禅文化歴史博物館の特集展27におきまして、最近発見された駒澤大学校歌の最初のスケッチが本日10月10日から公開されました。
展示は来年2024年の6月28日まで続きます。
こちらのスケッチは北原白秋が書いた歌詞原稿の余白に山田耕筰が旋律のメモを書き込んだもので、今まで公にされていなかったものです。
近代音楽館にもこちらの草稿の存在は知られていませんでした。
ここに書き込まれているスケッチは、実は現在歌われている駒澤大学校歌とはだいぶ異なっています。
山田耕筰はさらにちゃんとした五線紙に2度に渡って駒澤大学校歌の旋律スケッチを認めていますが、このスケッチは近代音楽館にも所蔵されています。
山田はこの2種のスケッチでもまだ完成できず、次にピアノ伴奏付の譜面を作成した際にようやく旋律線も現在の形と同じになりました。
普段は超速筆で40分のオペラでさえも10日ほどで完成させてしまう山田耕筰が、3度もスケッチを重ねながら完成させた校歌というのは他にないかもしれません。
山田耕筰の創作過程の生々しい軌跡の結晶。
もしご興味がおありの方はぜひ駒澤大学禅文化歴史博物館まで行ってみてください。

なお、私は筆跡鑑定などで事前に拝見させて頂いた他、解説文なども執筆させて頂きました。


駒澤大学校歌展示ポスター

山田耕筰のピアノ音楽

 山田耕筰はほぼ全てのジャンルに作品を残しているが、その創作期はジャンルごとにかなり明確に別れており、山田の代表的ジャンルである歌曲でさえも、主要作品のほとんどが1920年代に集中している。この期間を「歌曲の時代」とすると、室内楽や管弦楽などの器楽作品が創作の中心だった1910年代を「器楽の時代」、そして20年代の「歌曲の時代」を経て、1930年代には彼の音楽の集大成ともいえる「オペラの時代」が訪れる。
 ピアノ曲の創作は「器楽の時代」の中でも特に1914年から17年の間に集中的に行われている。この時期、山田はほぼピアノ曲しか手がけておらず、「ピアノの時代」ともいえる期間となっていたが、彼の作風はこの期間に劇的な変化を遂げるのである。
 ベルリン留学を終えた山田耕筰はロシア経由で帰国したのち、日本初の交響曲となった『かちどきと平和』を披露したり、支援者であった岩崎小弥太男爵の特命を受けて日本初の常設オーケストラを組織するなど、西洋音楽のパイオニアとして八面六臂の活躍を見せる。
 だが、その一方で彼は、自身の創作については行き詰まりを感じていた時期でもあった。帰国途中にモスクワに滞在し、そこで接したスクリャービンの音楽に感銘を受けた山田は、自身の作品に何ら魅力を感じなくなってしまったのであった。「…いくら筆をあらためても、いかように想を練っても、それまで書き上げた私のもののうちには、1つも「私」が見出せなかった。それは全て借り物であった。発見ではなく、反映であった」と後に回想するほどのスランプを抱えていた山田は、ベルリンで魅了されたイサドラ・ダンカンの舞踊芸術に傾倒し、自らも振付の研究をするなど、現代舞踊の世界に活路を見出そうとしたことすらあった。そんなさなかに天啓は突然舞い降りたのであった。
 「…その年(1914年)の3月である。陣痛の痛みに悩みあぐんでいた私に、一道の光明が与えられた。3月の20日ではなかったろうか。私は一気に7つのピアノ小品を書き上げた。舞踊詩『彼と彼女』がそれである。私のその時の喜びは真に筆紙に絶するものであったといっても過言ではない(フィルハーモニー回想/1926より抜粋)」
 山田本人にここまで言わしめるほどの出来栄えとなった『彼と彼女 7つのポエム』は、もはや無調としかいいようのない斬新な和声や激しい強弱の対比、静と動のめまぐるしい交錯に彩られるなど、前年に書かれた2作の交響詩ではまだ萌芽状態であった山田音楽の特色が、鋭い緊張感とともに全面的に表出している。さらに、音色旋律へのアプローチとなる、片手の単旋律からピアノ音域を十全に活用した幅広いレンジに至る増幅と減縮、響きが減衰するピアノの構造を活かした音の空間形成など、さらには邦楽にも通じるような書法もそこに見出すことができる。山田本人が語る、西洋音楽への「(自己)反映」から、独自の音楽への「発見」が、本作において見事に開花したのであった。そしてこのピアノ曲が持つ「強弱の対比」「静と動の交錯」という運動性は、音楽を通して試みられた舞踊へのアプローチでもあり、「音による舞踊」という新しい形式の創造でもあった。山田はこの後「舞踊詩」という言葉を発明し、舞踊家の石井漠、演出家の小山内薫らと「舞踊詩運動」を展開していくのだが、『彼と彼女』はそうした山田の新たな運動へのターニングポイントとなった作品である。
 1915年は前述のオーケストラが本格始動した年でもあり、多忙を極めていたためか、完成した作品は『若いパンとニンフ 5つのポエム』と連作『日記の一頁』の最初の1章のみであった。『若いパンとニンフ』においては、響きの斬新性は控えめになったものの、新たにユーモア的要素が添加され、前作とはまた異なる奥行きを見せる。
 1916年2月には、山田が心血を注いだ日本初のオーケストラ、東京フィルハーモニー会管弦楽部は解散の憂き目に遭うのだが、その一方で山田のピアノ曲への創作熱は爆発し、翌17年末までの間に今日知られるピアノ曲のほとんどが書き上げられている。後にアメリカで初演された舞踊交響曲『マグダラのマリア』のスケッチもこの時期に書かれており、「器楽の時代」のピークであったといって良いだろう。
 ちょうどこの頃、山田とある夫妻との交友が始まる。著名な林学者である寺崎渡とその妻悦子である。悦子は四男五女の母として家庭を守る一方、日本の古典文学に造詣が深く、短歌を詠むことを愉しみにしていたという。その悦子が、近所に住んでいた山田にピアノのレッスンを受けるようになったことがきっかけで、家族ぐるみの交際が始まったらしい。山田は彼女の持つ豊かな国文学の知識や詩的感覚に大いに刺激を受けたようで、書き上げるピアノ曲は次第に文学的な表題を持つようになり、詩的な叙情性を湛えた作品が増えていく。1917年には、日本の古典文学をモチーフにした唯一のピアノ連作『源氏楽帖』が書かれるが、これは寺崎悦子からの示唆を受けて作曲されたものであるという。この時期に書かれた多くのピアノ曲が寺崎悦子に捧げられていることをみても、彼女との親交が創作に与えた影響の大きさを推し量ることができよう。そして山田はさらに彼女の詩をテキストにした歌曲集の筆を執る。1917年9月12日に完成させた連作歌曲集『澄月集』は、寺崎悦子のテキストに見られる古典文学的な表現を十分に反映すべく、日本の伝統音楽の語法や音階を取り入れ、さらには歌と伴奏の間にも、これまでの作品にはなかった、時間軸にとらわれない“間”を持ち込むのである。歌と伴奏の緻密な融合は本作をもって本格的に始まったともいえ、1920年代の「歌曲の時代」の原点はこの『澄月集』にあるといっても過言ではない。山田の音楽にこれほどの影響を与えた女性は後にも先にも寺崎悦子のみである。しかし両者の関係がどこまでのものだったのかは不明であり、彼らの交流は1917年末に山田が渡米したことによって途絶えた。なお、寺崎悦子は後に夫の渡と離婚し、1928年に病死する。
 山田は渡米中の1919年に『澄月集』に英訳歌詞を付け、「A cycle of five Japanese Love - songs」というタイトルで出版したほか、寺崎悦子に捧げた『夜の歌2』『夢噺』『みのりの涙』の3曲のピアノ曲をまとめて『プチ・ポエム集』として出版している。悦子のために書かれた作品群を日本人の目の届かないアメリカで出版しているのは、どこか暗示的である。
 「ピアノの時代」の前期に支配的であった舞踊的躍動と前衛的和声に彩られた斬新な作風は、悦子との交流の中で得た詩的叙情性、そして古典文学を媒介した伝統音楽への接近により、新たな展開を迎える。
 1920年に完成させた山田の代表的管弦楽曲『明治頌歌』や、北原白秋との出会いから大きく開花した、山田の黄金期ともいえる「歌曲の時代」は、この「ピアノの時代」なくしては語れない。山田歌曲の特徴の一つに、ピアノ・パートが非常に充実していることが挙げられるが、それは「ピアノの時代」において多彩な表現のパレットを獲得したからであり、そこで得たピアノの豊潤な響きが、歌曲の充実度をさらに高めているのである。
 1920年代以降、山田はピアノ独奏曲を散発的にしか手がけなくなった。しかしその一方で、創作の中心になった歌には必ず“山田の響き”を持ったピアノ譜がついてくる。ここで奏でられるピアノの響きは単なる伴奏の枠を越え、声と一体化したような満足感をピアニストに届けてくれるのである。山田歌曲がピアニストの間でも人気が高いのは、ピアニストにとっても弾きがいのある“ピアノならでは”のスコアだからであろう。
 「ピアノの時代」の楽曲には、そうした山田耕筰の音楽の原点ともいうべき響きが詰まっている。

交響曲「かちどきと平和」演奏情報!

来週、7月23日、名古屋のプランタン管弦楽団さんの定期演奏会にて山田耕筰の交響曲「かちどきと平和」が演奏されます。

演奏会まで一週間となり、中日新聞に紹介記事が掲載されました。


中日新聞朝刊20230715


団員のみなさまがたの音楽への愛情と演奏会への熱意が伝わってくる、とっても素敵な記事ですね。
当日会場に足を運べないことがとても残念でなりません。
演奏会のフライヤーも貼っておきますが、プログラムがとてもユニーク。
ドヴォジャークの交響曲第6番!!

ご興味ある方はぜひ足をお運びください。

20230723-21th-flyer


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