2006年06月07日

久生十蘭の仕事部屋から(29)

058a6463.JPG今回の写真の撮影場所や年月は不明ですが、フランスのようです。若い頃の十蘭は女性に非常にもてたそうなので、ハンサムぶりがわかる1枚を選んでみました。

さて、十蘭のフランス時代のエピソードとして触れたいのが、母・鑑についてです。江口先生の年譜にはこう書かれています。

一九三〇年かその翌年に、彼の母親もパリを訪れ、約一年間滞在した。
「海峡」の同人であった石川正雄(石川啄木の女婿)が、十蘭の四周忌の特集(昭和35年第71号)で、母の渡仏について触れています。

(前略)阿部がパリの私達をおどろかしたのは、その年(昭和4年)の十二月十日だった。
 東京で巴里の話をした時、欧州行貨物船でマルセーユまでデッキパッセンジャーになっていくと、ひどく安く行けるなどといっていたが、私達同様シベリヤ経由だった。(中略)



さて私が立つ前日、阿部は私のため送別会をやるといって私の室にきた。丁度近所に日用品の市場が立つ日で、阿部はそこで見付けたといって二寸たらずの鮑を三ツさげてきた。巴里では珍しいものだった。もっとも死んでいて、肉が少々やわらかくなっていたので、私は塩でゴシゴシやり、少し固くなったので水貝にした。

そして白葡萄酒----といっても日本の番茶並に食卓に出すテーブルヴァンを買って、それで別れの宴を開いた。その席で私は阿部の元気のないのを心配すると
「お前函館へ帰っても、おふくろへそんなことをいうなよ、心配するからなァ」
といった。それは心から母思いの声音だった。そして話のはしはしに、日ごろの食事のつつましさも、単なる臆劫(ママ)からでなく、できるだけ節約して、故国の母堂の経済的負担を軽くしようとの気持ちが汲みとられて、私はまるで今までの阿部と違う反面(ママ)を発見したような気持ちになった。

「まあいいや、とにかく阿部も少しはうまいものを食べて、からだに気をつけろよ」
 どっちがおくられるのかわからないこんな会話がとりかわされた。そうして、私はパリを去ったのである。

函館に着くと私は、阿部との約束を破って、早速母堂を訪ね阿部の状況を話した。それからまもなく私は一家をあげて東京に移った。そして函館とも仲間とも疎遠になった。

阿部の母堂がパリの阿部を心配してパリに出かけたということを聞いたのは、よほど後で、くわしいことはわからないが、阿部をしてパリで心置きなく勉強させたのは、この母堂の力だったと聞く。(後略)


別の資料によると、鑑はパリに滞在中は和服で通し、草月流家元の腕前を生かして「フラワーアレンジメント」の展覧会を開催して、好評を博したそうです。(つづく)


hisaojuran at 22:51│Comments(6)TrackBack(0)久生十蘭の仕事部屋から 

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この記事へのコメント

1. Posted by pumpkin   2006年06月08日 22:42
「海峡」には本当に貴重な証言が満載なのですね。
新しい全集の別巻か、それが無理なら「久生十蘭資料集」というような形で、証言や資料をまとめて出版していただけないでしょうか。
2. Posted by 著作権管理人   2006年06月10日 17:11
著作権管理人です。
pumpkinさん、コメントありがとうございます。

「海峡」の同人は十蘭と交遊のあった友人達でしたから
内容も信憑性があるものだと思います。

「久生十蘭資料集」というアイディアは、なかなかいいですね。
十蘭に会った記憶の無い私もぜひ1冊、欲しいと思います。
早速、pumpkinさんのご提案を全集の編集担当の皆さんにお伝えしておきます。






3. Posted by 亜子十郎   2006年07月07日 15:14
ふと思ったのですが、この写真の十蘭はちょっと芥川龍之介に似ていません?スポーティーな芥川と言う感じに私には思えます。この時代芥川は美男の代表と言うか女性の人気は抜群だったので、さぞや十蘭ももてたのでしょうねぇ…私は亜子十郎だからなぁ…。他の名前にしておけば良かった。

                      亜子十郎拝
4. Posted by 椿ナヲヤ   2006年09月06日 03:18
中高生時代から十蘭のミーハーフアンでした。突然ですが質問があるのです。古い記憶なので年とか曖昧なのですが、たしか私が高校生だったと思うので1979年以前ではないかと思うのですが、NHKで久生十蘭の特集番組を見た記憶があります。当時まだVDは普及されてはいなかったので、かじりつくように見ていました。マニアな人にとっては常識だったのかもしれませんが、私にとっては内容の濃い番組でした。今一度見たいものですが再放送されたかは不明です。中でも不朽の名作「母子像」の執筆エピソードで、長編並のページ数から余分なものを削りに削って言葉を選び、何度も推敲をかさねて、あの簡潔にして美しい短編として完成させたとの事。その徹底した完璧主義にさらにミーハ度がました事を憶えてます。あの番組を憶えている方はいらっしゃるのでしょうか。教えて下さい。長文、失礼しました。
5. Posted by 龍絶蘭   2006年09月19日 01:25
 はじめまして

 中井英夫はご存じでしょう。
 創元版全集第九巻「月蝕領崩壊」p.214「LA BATTEE」に
 次のような記述があります。

(NHK)テレビでは月曜八時から“文学への招待”という番組で、
 夢野久作、小栗虫太郎、久生十蘭の三人を順に取り上げることになり…

 この番組のことでしょうか。

 うらやましい。見たンですね。
 中井英夫が出てた筈ですけど
 うーん、私も見たかった。

6. Posted by 青い森小径   2017年07月18日 09:33
初めてコメントいたします。
私楽しみに、この教育テレビの放送を待ち焦がれて
あの当時、ビデオデッキが無かったためか、カセットテープ
に録音したのを覚えております。
社会教養文庫「小栗虫太郎、谷譲二」をそろえていたので
やっとテレビでも取り上げてくれたか!と喜びました。
それに「少年ドラマ、霧の湖」で初めて久生十蘭を知りましたから
ここからはまっていくようになったわけです。
静かに音を立てずに、ラジカセの録音赤ボタンを押したわけです。
今、あるのか、残っているのか、断捨離しながら探してみます。

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