2006年10月23日

久生十蘭の仕事部屋から(34)

長期にわたる中断、申し訳ありません。エンジンをかけなおして頑張ります。

さて、鎌倉の家にあった山のような資料の中に、気になる「手紙」がありました。差出人は十蘭の姉・輝子の長男と長女です。江口先生に整理していただいたリストには、このような内容であると記されています。

先般母テル永眠の際は、御懇篤なるご弔辞をいただき・・・厚くお礼申し上げます。・・・平成三年二月二十二日

十蘭の死後も、妻・幸子は義姉一家と交流があったようです。ブログ(17)でご紹介した「相続関係図」では省略しましたが、姉「テル」には二男二女があることが書かれています。


この「相続関係図」は、十蘭の妻・幸子が亡くなった3年前に従姉が調べたもので、2人については亡年月日が記述されていないので、健在と考えられます。長女・栄子の生年は昭和4年。今どき年配者といっても、元気な人は少なくありません。

都合のよいことに首都圏在住です。十蘭の血のつながる親戚が健在という事実は、十蘭について知りたい私にとって、力強い援軍を得た気分です。そこで、十蘭と輝子一家の写真、「従軍日記発見」の新聞記事コピーなどを、自己紹介の手紙に添えて送ったところ、一週間ほどして電話がありました。

待ちに待った電話の向こうから聞こえる声はとても澄んでいて、とうてい喜寿を迎える女性とは思えません。話題の糸口は、写真がいつごろ、どこで写されたものなのか。当時、十蘭はどんな生活をしていたのか。尋ねたいことが次々に口を突いて出てくるのですが、とにかく会って直接、話を聞くのが一番です。

「でしたら、ウチにある祖母のアルバムをお持ちしましょうか」
「ぜひぜひお願いします」
「叔父がパリにいた時の写真もありますが」
「そ、それもお願いします。どんなものでも結構です。是非、見せてください!」

はやる気持ちを抑え、日曜日の午後、ホテルのロビーで待ち合わせをしました。(つづく)


hisaojuran at 07:17│Comments(0)TrackBack(0)久生十蘭の仕事部屋から 

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