2006年11月09日

久生十蘭の仕事部屋から(35)

479cc650.JPG十蘭の姉・輝子の長女、栄子さんは上品な語り口で写真の人物について説明を始めました。「確か昭和15年か16年の頃です。叔父(十蘭)と祖母(鑑)が住んでいた青山高樹町の家に、家族で遊びにいった時の写真ですね。近所の写真屋さんを呼んで撮ったものです」

十蘭を中心に、向かって左が栄子さん、後ろが鑑です。その左には栄子さんの母・輝子と父・昇平も写っています。後ろにある本棚はまだ鎌倉の家にありますが、相当ガタがきていて半分、崩れています。

栄子さんは青山のこの家によく泊まりにいったそうです。
「借家でお隣は岡本さんです。回覧版をよく届けにいきました」
「えっ、岡本さんって、岡本一平ですか。岡本太郎一家ということですか」
「ええ、叔父はよく“太郎のバカ息子”などといっていましたよ」



昨年5月20日付のブログで、十蘭が従軍記者として出征する際に持っていったと思われる日章旗の署名に、「一平」とあったのを覚えていますか。やはり岡本一平で、同じ函館出身という縁だけでなく、東京では隣同士に住んでいたのですね。

岡本家はすでに十分の資産があり、その借家に十蘭と鑑が住んでいたということなのでしょう。これも以前のブログでご紹介しましたが、昭和15年当時に書かれた十蘭の履歴書は、「現住所 東京都赤坂区青山高樹町三番地」となっています。現在、ここには岡本太郎美術館が建っています。

これまで十蘭の血がつながる阿部家の人々とは交流がありませんでした。この際、十蘭の親子関係についても確認したいと思います。質問を続けます。(つづく)







hisaojuran at 00:14│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 十蘭ファン@岐阜   2006年11月12日 13:40
趣のある写真ですね。
みんなでアルバムを覗き込んでいるのでしょうか?
続き楽しみにしております。
2. Posted by 著作権管理人   2006年11月14日 12:05
十蘭ファンさん、コメントありがとうございます。
コメントをいただくまで、皆で見ているものについては
全く注意を払っていませんでした。

写真をもう一度よく見てみると、アルバムほどの厚みはなく、
2つに開いた厚紙状にモノの上に、パンフレットのようなモノを広げています。何を見ているのでしょうね。



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