2006年11月19日

久生十蘭の仕事部屋から(36)***十蘭の父親判明!***

今年1月13日のブログに、十蘭の母・鑑や祖父母などの名前を記した「相関図」をご紹介しました。函館は過去に何度も大火に遭っているため、系図を正確に辿るのは難しい状況です。十蘭の出生について、公表されている年譜にはこう書かれています。

江口雄輔著:久生十蘭(白水社)
*1902年(明治35年) 
4月6日、函館市(当時は函館区)元町に生まれる。本名阿部正雄。父(不詳)、母(鑑)の長男。3歳年上の姉輝子があった。
*1904年(明治37年)2歳 
この頃より廻船業を営む祖父(伯父説もあり)、阿部新之助に養育されたといわれる。

中島河太郎篇:久生十蘭集(東京創元社)
*明治35年(1902年)
4月6日、北海道函館市に生まれた。本名、阿部正雄。父に2歳の時に死なれ、海運業を営む伯父、阿部新之助に育てられた。




栄子さんの母は十蘭の姉・輝子、祖母は十蘭の母・鑑です。私は最も知りたいことを聞いてみました。
「ところで十蘭の父親が誰なのか、ご存知ですか」
「祖父のことはよく知っていますよ」
「えっ、ほんとうですか、ご存知なんですか」
「ええ、祖父のところに遊びにいったこともありますよ」

思わずメモをとる手が震えます。
「私が調べたところでは、父親不詳ということになっているんですが・・・」
「たしか遊びにいったのは小学校2〜3年の頃だったと思います」
「もしかするとそのおじい様は、小林善之助さんという方ですか」
「はい、そうです」

驚きました。実は、父親は誰か分からないといわれていたので、ひょっとすると公表できない理由があるのではないかと想像していたのです。説明によると、鑑は函館で廻船問屋を営んでいた阿部真七の一人娘で、番頭頭だった小林善之助と結婚し、その後、離婚したのだそうです。年譜を書き換えなければなりません。

上記の2つの年譜にある「阿部新之助」とは、いったい誰なのでしょうか。残念ながら「名前に聞き覚えがありません」という返事でした。「祖父は母に宛てて、ときどき達筆な字で手紙を書いてきていました。今、あらためて思い出してみると、はっきりした顔立ちや太っ腹なところなど、叔父(十蘭)は祖父とよく似ていました」

そうなんですか、十蘭は父親似だったんですね。十蘭の素顔がより鮮明に浮き上がってきたように思います。母親の鑑は、お茶とお花を教えて生計を立てていました。中島河太郎篇の年譜には、昭和4年(1929年)に十蘭がフランスに渡った後、「母もフランスに渡り、パリで二度生花の個展を開き、一年間滞在して帰国」したとあります。

当時のアルバムを見せてもらうことにしまた。(つづく)


hisaojuran at 21:37│Comments(5)TrackBack(0)久生十蘭の仕事部屋から 

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この記事へのコメント

1. Posted by きょうか   2006年11月20日 03:33
初めまして。15年来の十蘭ファンです。初めて読んだのは『ノンシャラン道中記』で、『予言』で完全に彼のとりこになりました。社会思想社版が簡単に手に入った頃です。
社会思想社版・三一書房版に含まれていない作品は、単行本を古書店で探し集め、ユリイカ特集号も江口雄輔・川崎賢子両氏の著書も持っています。
このようなすばらしいサイトがあったんですね。もう感激して、まずは写真ばかりウットリと眺めました。よく使われている、中年になってからの和装写真も男前ですが、お若い頃はモテて当然のご容姿です。知性が漲っています。
新しい全集には従軍日記が入るとのこと、身辺雑記の類の文章を残しておられない方なので、本当に待ち遠しいです。
十蘭のお父様も「阿部新之助」氏や阿部真七氏も、写真は残っていないのでしょうか。
仕事部屋の整理はさぞかしご苦労が多いでしょうが、陰ながら応援させて頂きます。
2. Posted by 龍絶蘭   2006年11月20日 10:03
 こんにちは
 すごい…祖父は「新之助」ではなく「真七」だった…
 ってことは、考えられることの一に
 手書きの「真七」を「新七」と誤記した後に
「七」を「之」と誤読して、オヒレを足して
「新之助」の一人歩き…説
 と、私は邪推してみました。
3. Posted by pumpkin   2006年11月20日 20:45
お久しぶりです。
十蘭の出生がわかりそうなので、息を殺して見ていました。

父親が小林善之助ということは、仕事部屋から(17)にあった過去帳の「寶城院修善得入居士」がそれであるかもしれませんね。
4. Posted by 著作権管理人   2006年11月24日 18:41
著作権管理人です。
●きょうかさん、コメントありがとうございます。
このブログを始める前、従兄と「十蘭のファンというのはどんな方々なんでしょうね」などと話し合っていたことがあります。
“十蘭歴”やストレートなご感想を書いていただき、「十蘭ファン」のご様子がよく分かります。熱い応援を画面から感じつつ、資料整理に励みます。
●龍絶蘭さん、ご愛読+推理⇒興味深いコメント、ありがとうございます。「真七」については、いずれ函館からの情報があるかも知れません。
●pumpkinさんも、いつもコメントしてくださっていますね。
わざわざ過去帳の記述にまで遡っていただき恐縮です。
ありがとうございます。
5. Posted by 北狸亭   2006年12月09日 21:17
久しぶりです。やっと年来の疑問が一つ解けましたね。
しかし、今度は、小林善之助なる人物の戸籍がみたいものですね。
ともあれ、ひとまず、ご苦労様でした。
私も、十蘭を知って二十五年になります。社会思想社の文庫の惹句でやられた一人です。この後、まともに現代の小説が読めなくなりました。小説のおもしろさは、十蘭につきると思います。この作家、知られたいという思いと、一部の人間だけの密やかな楽しみのままという思いが交錯。わかる人は、わかると思いますが。

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