2006年11月30日

久生十蘭を探して(10)***青山高樹町三番地***

60ff60e4.gifなんと一年も書き込みを休んでしまいました。とは言え十蘭の探索は休んでいません。

著作権継承者はさらっと流していますが、十蘭の姪の栄子さんにお目にかかった折に

「借家でお隣は岡本さんです。回覧版をよく届けにいきました」
と言うお言葉に
「えっ、岡本さんって、岡本一平ですか。岡本太郎一家ということですか」
と即座に岡本一平に結び付けて反応が出来たのには理由があります。



栄子さんにお目にかかる少し前に、十蘭と岡本一平が同時期に青山高樹町三
番地に住んでいたことを突き止めていたからです。
突き止めるというのは適当ではありません。十蘭の場合は自ら書いた経歴書
で、岡本家の方はさまざまな文献で住所は判明していた訳です

から、二つの事実を結びつけたと言うべきかもしれません。

「久生十蘭の仕事部屋から」の第一回で紹介した出征記念の日の丸に岡本一
平の揮毫があるのがずっと引っかかっていました。確かに岡本

一平は函館出身なのですが幼い頃に上京し、一部の資料では「東京生まれ」
となっていたりするからです。函館での関係ではないとすると

、十蘭の作品に挿絵でも描いたのかと思っていましたが、それも裏づけを取
れなかったからです。

栄子さんにお目にかかる前に著作権継承者が電話のやりとりで「阿部鑑は岡
本一家と一緒の船で渡仏した」(検証した結果事実ではありま

せんでした)と聞かされていたので、両者の関係を調べ直している時に突然
「青山高樹町三番地」と言うキーワードに気づきました。ちょ

っと興奮しました。著作権継承者と私の間では「大発見」でした。当時は。
その後栄子さんのお話しを伺い、阿部鑑のフランス旅行の記念

アルバムを見て、より重要な「大発見」が続いたため色褪せてしまった訳で
す。


hisaojuran at 22:18│Comments(0)TrackBack(0)

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