2006年12月31日

久生十蘭の仕事部屋から(38)***十蘭の母の渡欧で新事実***

90cd7e2d.JPGラクダに乗る十蘭の母、鑑(後列右から2番目)です。75年以上も前に、着物姿でラクダに乗った日本女性というのも、あまりいないのではないでしょうか。「イジプト・ピラミット見学」とあります。裏には次のような名前が並んでいます。人数と人名の数が合わないので、残念ながら人物の特定はできません。

(後列)一星夫人、森口氏、高橋氏
(前列)案内者、水谷氏、森原氏、石川氏、一星氏

鑑のアルバムは、私には順番の意味が理解できず、往復の経路も年月日も不明です。それでも、場所のわかる2枚の絵葉書に日付のメモがあるので、これでヒントになるかも知れません。

◇CENTRAL HABOUR HOGKONG の文字入り絵葉書
  昭和六年十一月十三日 鹿嶋丸寄港 曇天、暑く衿まで汗する

◇MARSEILLEの絵葉書(多数)
  七、五、十三



この他、船の甲板で撮影した写真に「榛名丸甲板記念」とあるので、行きは鹿嶋丸、帰りは榛名丸のようです。そこで日本郵船歴史博物館に往復の航路等について次のような問い合わせをしました。

昭和6年11月13日に香港に寄港した鹿嶋丸の日本からフランスへの航路・寄港地・寄港年月日
昭和7年5月13日にマルセイユに停泊していた榛名丸のフランスから日本への航路・寄港地・寄港年月日

10日ほどして、郵便で返事が届きました。

<鹿島丸> 香港 昭和6年11月13日、14日
      シンガポール 11月19日、20日
      ペナン    11月21日
      コロンボ   11月25日、26日
      アデン    12月3日
      スエズ    12月7日
      ポートサイド 12月8日
      ナポリ    12月11日
      マルセイユ  12月13日

<榛名丸> マルセイユ 昭和7年5月13日
      ナポリ       5月15日
      ポートサイド    5月19日
      スエズ       5月20日
      コロンボ      5月30日
      シンガポール    6月4日、5日
      香港        6月10日
      上海        6月13日、14日
      神戸        6月16日、20日
      横浜        6月21日

行きの鹿嶋丸については、往復とも他の何枚かの写真の日付と合致しました。鑑が知人宛てに書いた書き損じの絵葉書にも、「六月十六日神戸、二十一日壥醒紊緑定」とありましたので、これが往復航路に間違いないでしょう。

これで鑑は、昭和6年12月13日から翌7年の5月13日まで5カ月間、フランスに滞在していたことが分かりました。その間、「2度、生花の個展を開催した」といわれています。アルバムには何枚もの生花の写真に交じって、何と現地の新聞の切り抜きも貼ってありました。(つづく)
高松宮同妃両殿下のグランド・ハネムーン
平野 久美子著
中央公論新社 (2004.2)
通常2-3日以内に発送します。


hisaojuran at 16:04│Comments(1)TrackBack(0) 久生十蘭の仕事部屋から 

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この記事へのコメント

1. Posted by 亜子十郎   2007年04月10日 15:04
関連書籍の紹介をしておこうかと思います。
十蘭の滞仏時期と同じ頃に船で新婚旅行に出かけた高松宮夫妻のお付女官の日記です。
十蘭もこの話題に接していないはずはありません。
どのような感じを持ったのか興味深いです。

                      亜子十郎 拝


                       

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