2007年01月23日

久生十蘭の仕事部屋から(40)***パリの阿部鑑その2***

4f0297b2.bmp8444c422.bmp2冊のアルバムのうち1冊はほとんどが絵葉書です。エッフェル塔やノートルダム寺院などパリの名所が並んだ後に、この絵葉書が貼ってありました。湖に浮かぶ白鳥や背景の雪をかぶった山は、どう見てもフランスではなさそうです。台紙から剥がしてみると、「マダム・アベ」宛ての手紙でした。

台紙が黒いため、糊がついていた部分が黒くなっていますが、文字は鮮明です。宛先の住所はパリ15区キャスタナリー街30番地。十蘭の母・阿部鑑は確かにここに住んいたのです。

消印は「GENEVE 1932 4・」(ジュネーブ 1932年5月4日)。「谷梅子」という人が寿府(ジュネーブ)から出したものです。鑑はこの年の5月13日にマルセイユ発の榛名丸で帰国することになっているので、受け取ったのは出発直前ということになります。達筆で判読がちょっと難しいのですが読んでみましょう。



Madame Abe
30,Rue Castangnary (15e)
Paris
France

寿府にて 
谷梅子

御手紙阿りがたう御元気にて御活働のよし
御目的も達せられ誠にめで度御喜申上候
いよいよ近日御帰朝のよし随分御道
中の大切な於(?)身おいとひ遊れ度く候扨私
ども一同三月中頃よりスイス寿府に移
轉仕り候主人事此度の会議の為めに終了
(迄?)当地滞在致須可何ら御力添へ
(お?)かまひも申上られずお詫ひ申上候


国際会議に出席するご主人についてジュネーブに滞在していた谷梅子さんは、滞仏中の鑑に何らかの助力を約束していたようですが、何も力添えができなかったと詫びています。「御目的も達せられ、誠にめで度御喜申上候」とは、生花の個展を成功させたことを指しているのではないかと推測されます。

これまで、鑑の渡仏は息子の生活ぶりを確かめるためといわれていましたが、本当は生花のプロとして、自分の才能がパリで通用するかどうかを確かめたかったのではないでしょうか。十蘭はすでに29歳で、母親がそばにいなければならない年齢でもありません。

海外旅行が現代ほど容易ではなかった時代とはいえ、函館や東京で何度も開かれた盛大な送別会の意味も、そんな目的であれば納得できます。前回のブログでご紹介したフランス・コメディア紙の冒頭には、確かに「マダム・アベは花が芸術的な表現の1つの手段となり得るということを示すためにパリに来られた」と書かれていました。

絵葉書には、何故か5年後のパリ万博のものもありました。昭和12年8月7日に、パリ万博の盆栽の出展にかかわった「西田」という人が鑑に宛てて出したもので、「お蔭でボーマン氏に大変便宜を計って貰ひました」というお礼状です。

鑑が渡航で利用した日本郵船は、乗客に寄港地の絵葉書を配っています。アルバムにはマルセイユ、ポンペイ、ナポリ、カイロ、スエズ運河、シンガポールなどの名所の他、生花を写した絵葉書もありました。

そんな中に、十蘭が母親に宛てた絵葉書を見つけました。こんなところに直筆の手紙が貼ってあったとは驚きです。私がいちいち剥がしてみなければ、永遠に日の目を見ることはなかったでしょう。心臓の鼓動が速くなるのを意識しながら、何かにせかされるような気持ちで文字を追いました。(つづく)



hisaojuran at 19:46│Comments(3)TrackBack(0)久生十蘭の仕事部屋から 

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この記事へのコメント

1. Posted by 龍絶蘭   2007年01月27日 00:52
 こんにちは
 先日、皇居に遊びに行ったら
 お堀に二羽、白鳥がたたずんでいたな。
 それで
 久生十蘭マニアは総じて
 内気な人物が多いらしいが
 それも詮ないことなのだろうか…
 よく判らないのだが
 恥知らずの私はコメントを寄せたりする
 ざます。

2. Posted by pumpkin   2007年01月27日 11:47
貴重なはがきですね。わたしはこういうのを読むのは得意ではありませんが、

阿りがたう→ありがたう

誠にめで度→誠に御めで度

御道中の大切な於(?)身おいとひ遊れ度く候→御道中御大切にお身御いとひ遊れ度候

会議の為めに→会儀のために

致須可→致す可(普通は「可致」か)

お詫ひ→御詫ひ

かと思います。
3. Posted by 著作権管理人   2007年01月27日 23:50
著作権管理人です。

龍絶蘭さんコメントありがとうございます。
また、pumpkin さんには、葉書の文章を「解読」していただき
お礼を申し上げます。

言い訳をするようですが、私は文学とは全く縁がない素人で、昔の人の文字を読むこともないので、ようやくあそこまで出来た、というのが正直なところです。次回は十蘭の葉書をご紹介します。間違いなどお気づきの場合は、是非、ご指摘ください。よろしくお願いいたします。

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