2016年07月29日

久生十蘭の仕事部屋から(52)

六年もさぼってしまいました。
もちろん、さまざまな理由で多忙を極めたのですが、最大の理由は静岡県下田市にあった(過去形になるのが残念です)旧「南豆製氷所」という日本では珍しい積石造の製氷工場の保存活動にかなりの時間を取られました。有形文化財指定までは持ち込めたのですが、倒壊の危険があり耐震補強に巨額がかかると言う所有者の意向と、提示された売却価格を集めることが出来ず、一昨年解体の憂目にあいました。

その後両親が相次いで亡くなるなど介護とその後始末で漸く一段落着いたところです。

それで、なんとなくここを読み返したのですが、なんで気づかなかったのかと思うことに思い当りました。
それは、「久生十蘭の仕事部屋から(43)」にある十蘭がサントオバンシュルメールで書いた絵葉書です。
これをもとにわざわざサントオバンシュルメールまで行き、地元の観光案内所を煩わして郷土史研究家に会わせてもらうなどまでしていただいたのにこれと言った成果なく(カジノで大当たりしましたが)戻って来たのです。

今思えば「サントオバンシュルメール」というあまりにも具体的な地名に目を奪われて冒頭の「こゝはオルヌと申す河○○○岸です」を十分に検討するのを怠りました。

たまたまBSフジの「空中散歩・北フランス編4」を見ていて、地図を参照した。オルヌ川を見るとカーンから北上してサントオバンシュルメールの西約10キロのウイストルアムという町に注いでいる。これはもしかして「オルヌ河左(右)岸です」ではないのか?だとすると見当違いの場所を探していたことになる。

サントオバンシュルメールにてとは投函場所のことを言っているのに過ぎなかったのではないか……。

元手五十円で二万円を当てたカジノはサントオバンシュルメールの東の外れだった。あそこで大当たりを取ったのは「もっと東へ行け。そうすればもっと良いことがある」という十蘭の「不親切で分かりにくい」メッセージではなかったのだろうか?早速、ウイストルアムの観光案内所に手紙を書いてみよう。何らかの反応があれば今年中に行ってみたいと思っている。

https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9+%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%A0/@49.2871632,-0.4184614,12z/data=!4m5!3m4!1s0x480a63ffc1d6a057:0x3729762735a2fdb2!8m2!3d49.2766528!4d-0.2586508

                                       亜子十郎

hisaojuran at 09:34│Comments(3)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by ニウトン   2016年07月30日 14:54
最近このブログを見つけ、記事を読んでいます。
これからも更新お願いします。
2. Posted by maki   2017年03月10日 00:49
いろいろおありだったのですね。書き込みに今頃気づいて、でもうれしかったです。函館より
3. Posted by 青い森小径   2017年07月24日 20:41
初めまして
血族の方がいらしたのを知り、心強い気持ちがしました、
(久生十蘭がこのまま忘れ去られてしまうのじゃないかと
おもっておりましたので)。
私も、柴田錬三郎がエッセイですごく褒めていましたから
社会思想社教養文庫で揃えました。
震災のあった6年前、(福島寄りだったため、リュックに
詰めたのが、聖書と一冊の文庫本「久生十蘭傑作選」(河出)
でした。これさえあれば、絶対退屈しないと思いました。
避難は免れましたが、何が大切かどうでもいいか実感しました。
二か月前に、娘と函館文学館に参り、感慨無量でした。あの
坂道を歩いていたのかと、思いが募りました。
考えてみるとNHK少年ドラマが初めての出会いだったのでした。
ひさお?くお?じゅうらん?なんと読むのか悩んだ頃でした。
でも、これはフランスふうに「クォ・デュラン」と私は読みたい。

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