2019年06月25日

「アイヌと縄文」

入院中にちくま新書の「アイヌと縄文」(瀬川拓郎、2016)を
読んだ。

縄文の血を受け継いだのは北のアイヌと南の沖縄。あとの縄文人は
朝鮮経由で渡来した弥生人と融合していったくらいの知識しか
なかったので、改めて知っておこうと思ったのだ。

はじめて知った主なこと。

・古墳時代から弥生の民とずーっと交流があり、4世紀には
アイヌが北海道から仙台あたりまで南下したこと。(6世紀に
北海道に撤退。

・一方4世紀にはサハリン経由でオホーツク人が北海道に侵入、
道北から道東オホーツク沿岸に居住し、アイヌと北海道を二分した。

・10世紀ごろにはオホーツク人は撤退、或いはアイヌと同化。
アイヌは以降、サハリン、千島へ進出。13世紀がアイヌ文化
成立とされる。(それ以前は「擦文文化」と呼ぶ)

・アイヌの生業は狩猟採集よりはむしろ交易品の作成と交易。

・貨幣を用いないし、交易は物物交換ではない。物物交換は
価値の等しいものを交換することだが、アイヌ文化での交易は
お互いにプレゼントの交換。(ぼくの石人との鉱物標本のやり
とりは基本的にこれ)

等々である。アイヌ、沖縄史を見ると、「我が国固有の領土」
なる概念の不毛さがよくわかる。

(久々のネコ写真)
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まずはストーカー・レオ(麗生)。ぼくのそばを金魚の糞のようにくっついて歩く。



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天真爛漫なバカ猫の「ボク」。



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完全に家庭内ノラに逆戻りしたミコ(美琥)



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ボクの異父妹、ノラの「白三毛」。避妊済み。

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2019年06月23日

一週間ぶりの社会復帰

今日、昼前に退院して自宅に戻った。ボクはふだんと変わらず、
飄々としていたが、ストーカー・レオは拗ねたのか、夕方まで
ぼくのそばに寄ろうとしなかった。

入院のたび、いろんな副作用というかトラブルに見舞われている。
執拗なしゃっくり、排尿障害(尿閉)、膀胱炎、便秘等々であるが、今回顕著だったのは食欲不振である。あとは運動不足から
くる?腰痛であろうか。

食事だが、主食はなんとか半分くらいはムリして押し込めた。
だが、オカズはまるで食欲がわかず、食べようとしたら吐き気が
する始末。
昨日あたりは水を飲むと苦く感じられ、味覚異常かと思った。

じつは退院して自宅でもこんな状態がつづくのでないかと心配
だった。だが、今日の昼食、夕食とも普段通りの食欲で狐に
つままれた感じであるが、まあ、ほっと一息である。

ぼくのいた病室は4人部屋である。ただ、カーテンで取り囲まれ
ているので、顔を合わすことはほとんどない。しかし声だけは
聞こえてくるのはどうしようもない。

今回、看護師さん等に対して、「ごめんなさい」、「ありがとう」、
「すみません」、「お願いします」という類の語彙を全く使わず、
ひたすら高圧的な発言しかしない患者が同室にいて、聞くたびに
気分が悪くなった。世の中には変な人がいるものだ。

今夜、10日ぶりにホタルを観に行った。前回の乱舞はどこへやら
もうほんの数匹がみられただけで、ホタルの季の終了を確認した。

明日からはまた特選マイコレ第四部に没頭しよう。
















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2019年06月16日

父の日

今日は父の日ということで、父のことを語ろう。
(昨日は6・15 ロクテンイチゴ でこっちでも語りたい
ことがあるのだが、それはまたの機会に)

父、了二は明治40年、富山の射水市の水飲百姓の次男として
生まれた。小学校卒業後、京都に丁稚奉公で出された。
なぜ京都か、どこへ丁稚奉公したのかは知らない。

三男も東京へ行き、四男はやはり京都へ行った。当時のこと
だから口減らしだったんだろう。

ぼくが物心ついたときには、父は場末の小さい小さい本屋を
やっていた。どういう経緯で本屋を始めるに至ったか、
知らないし、今となっては、調べるよすがもない。

ぼくの家は借地の借家で、本屋は家族だけでやっていて、貸本も
古本も扱っていた。それだけでは食えないので、二階で母は内職を
やっていた。

ぼくも小学校時代は家にいると本の配達をやらされたり、店番を
させられたものだし、中学時代もそれなりに手伝いさせられた。

ぼくが物心ついたころには、三男の叔父は麻布に住み、多くの
職人を雇い、木工所を経営していた。四男の京都の叔父は
四条大宮の床屋で働いていたらしいが、そこの一人娘に婿入り
してからは、円山の料亭経営、金融業、不動産屋と職を変えて
は成金の道を切り開いていった。

富山に残った長男は戦後の農地解放で土地持ちになり、そこが
高速道路にかかるということで、こちらも土地成金になった
らしく、父だけがうだつが上がらないままだったが、べつに
悔しがる風もなかった。

二人の成功した弟と比べても(富山の伯父はそもそもぼくは
ほとんど知らない)父は決してアタマは悪くなかったと思う。
知的好奇心はあって、新聞はよく読んだし、中央公論なども
たまに読んでいて床屋政談は好きだったから、小卒とはいえ、
知的レベルは高かったといっていいだろう。


だが、上昇志向とか向上心がまるでなく、およそ覇気に乏しい
という感は否めなかった。機転を利かすとか、時流に乗るとか
が全くできないのだ。

戦争体験(日支事変)の影響があるかどうか知らないが、
左派社会党を支持していた。だが、生活感覚は超保守的。
贅沢は敵的感覚で、オシャレ、ブランド、旅行等に一切の
関心を持たず、吝嗇そのもの。TV、冷蔵庫、洗濯機、
電話等の文明の利器は隣近所に行き渡ったあとに、しぶしぶ
購入したものである。(TV購入はぼくが高3のときだった)

母は夫婦喧嘩こそしないものの、そんな父の覇気のなさを
いつも嘆いていた。母の願いは父が先に死んで、そのあと5年は
自由に生きたいというものだったが、その願いは果たされ
ることはなかった。

ぼくが金持ちの子弟が多い同志社中高に進んだのは、母の
せいである。

京都の叔父がときおりやってきては同志社中高の三人息子の
自慢話をしていくのだが、言外に兄貴のところは同志社なんか
にやれないだろうといわんばかりだった。

それに負けず嫌いの母がカッカ来て、私が内職をもっと頑張って、学費を稼ぐから、同志社にオマエも行けといったからだ。

正直言って、父は家族への情愛もあまり感じられなかったし、
趣味らしい趣味もなければ、遊びらしい遊びにも興味なく、
いまだによくわからない人だった。

小学校のとき、ぼくが雑誌の懸賞に応募して特選になった
ことがある。賞品は江戸川乱歩の直筆サイン入りの少年探偵団
シリーズ全10巻である。

ぼくが小学生時代は暴君だった父はさっさとそれを店の本棚に
並べて売り物にしてしまった。今にして思えば直筆サイン入り
だからプレミアムがつくはずなのに、そんな発想もなかった。

ぼくが就職し、実家を出てから結婚するまで、ぼくの鉱物
コレクションはほとんどを実家に置いてきた。

キャビネットに収納した石以外にもいろんなところに置いていた
標本だが、父が勝手に処分してしまうのには閉口した。

ぼくが帰省すると、いつも店先には見栄えのいいぼくの石が
置いてある。抗議すると、きれいな石だから店先に飾った
だけだという。

だが、母の話では客が望めば簡単にあげてしまうという。
こうして十指に余る自慢の標本が消えていった・・・
そして見映えのしない石は邪魔だと勝手に処分。
そして、ぼくがあれはどうしたと聞いても、いや知らんと
最後までしらばっくれる。

ということで、当然遺産も相続も無縁だったから、どう
考えても高評価がつけられない父である。
だが・・・

母には二人妹がいて、三姉妹で話すると、母は必ず父のことを
愚痴る。それはいいのだが、叔母たちが、そうよねえと一緒に
なって父の悪口をいうのには耐えられなかった。

叔母たちも亭主運はいいとはいえず、あのご亭主だったら、
まだ父のほうがマシだと思えたからだ。

父は72で死んだ。確かにぼくがそんな父の遺伝子を受け継いで
いると思うことがしばしばあるのも事実だ。

ぼくが物心つく以前の、父の歩んだ道を聞いておけばよかった
と思う。

(お知らせ)
明日から一週間、また入院して点滴棒の囚人になりますので
ブログはお休みします。

(今日の鉱物写真)モリブデン鉛鉱 新井鉱山
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hisatake1 at 18:25|PermalinkComments(3)

2019年06月14日

「夜廻り猫」

「夜廻り猫」1〜5をざっと読んだ。作者は深谷かほる。
猫が主人公の8コマ漫画を何百話もつづけている。
熱狂的なフアンが多くいるらしい。

はっきりいって絵は下手だ。猫だけでなく他の動物も人間と
言葉を交わせるというバカバカしい設定。

主人公の猫(遠藤平蔵)はノラで、いつも空腹を抱えて
いるが、毎夜「泣く子はいねが〜 泣いてる子はいねが〜」
と夜回りする。一緒にいる子猫(重郎)も可愛い。

そして心で泣いている人間を見つけては話を聞いてやる。
夜回り猫は、話を寄り添って聞いて、相槌をうつだけだが、
それで泣いている人の応援になったり、勇気を与えたりもする。

猫も人も登場してくるキャラクターはみな弱いところを抱えて
はいるが、情にもろく、やさしい。

8コマで、よくわからない話もあるが、いつしかほろっと
したりもして、段々引き込まれていく。

ぼくは日本が誇る世界に冠たる文化の一つはマンガだと
思っている。海外にもマンガはあるが、芸術性のあるマンガ、
人生を語れるマンガというのは日本がオリジナルであろう。

ちなみにもう一つはカラオケではないかと思う。伴奏だけを
レコードやCDに入れるというのは、ちょっとした思い付きだが、
スピードを変えずにキーを変えられる技術を開発したのは
すごいと思う。

TVや youtube でも、キー変換ができないのだろうか?

(身辺雑記)
今日、市民病院で血液検査。先週の検査では白血球数が少なく化学療法を先送りしたが、
今日の検査では回復していたので、来週は入院。
ただぼくのストーカーと化しているレオがまた情緒不安定になるのでないかと心配。
それ以上にこのところ毎夕ぼくにゴハンをねだっていた白三毛が不憫。






 
















hisatake1 at 22:51|PermalinkComments(0)

2019年06月13日

身辺雑記

今日は家人を連れ、環境行政時評のアップをいつもして
いただいていた山田先生ご夫妻とキャンパス近くの
「まほろばブレッツア」でお茶してきた。

「まほろばブレッツア」というのは、「道の駅 但馬
まほろば」となにか関係があるのだろうか。
和田山方面に鉱物採集に行くときはいつも立ち寄っていた
ことを思い出した。
十数年前、入れ歯を忘れてきたことも・・

ネコ談義を満喫し(先生ご夫妻もネコ大好き人間なので
ある)、キャンパス情報に接することができて
うれしかった。

そして「夜回り猫」という手塚治虫文化賞受賞作の
ネコマンガをいただいてきた。読むのが楽しみだ。

ところで白三毛と母ちゃんは、このところずーっと夜に
なるとゴハンをねだりに来たが、今日は昼間から、ねだりに
きた。

家の前にいると母と妹の気配を感じるのか、ボクも玄関で
そわそわしている。

(今日の鉱物写真)新井鉱山 青鉛鉱
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hisatake1 at 22:23|PermalinkComments(1)