2009年11月14日
水亜鉛銅鉱
11月上旬ー秋本番&鉱物写真
11月、秋本番である。(初旬の飛び石連休)
まずはしょっぱなの3連休。
1日の日曜は「Hキョージュ82講」の原稿の最終チェックを終えてから、ちょこっと温泉へ。
2日、今日は上ヶ原の学園祭で授業はなし。
ということで、大江山に紅葉見学に行くことに。ちなみに休日以外に私用で休むことは、年一回のGWツアーと、同じく年一回のワイフ同伴ツアーを除くと、ほとんど皆無。例外中の例外なのである。
問題は天候。午後は危ういとでていたが、予報を外れることを期待して決行。
残念、予報は的中。降ったりやんだりで、かつ強風。大江山山頂への往復の頃がいちばん雨が激しかった。それでも山頂直下の神社まではクルマで行けると思ったが、甘かった。その手前で通行止め。虚しく引き返す。じつは大江山を選んだのはもう一つの目的があった。山麓の河守鉱山である。だが、この雨ではどうしようもない。それでもしぶとく傘を差してズリを10分ほど見る。握り拳大のキューバ鉱2塊をゲット。
帰路、福知山に着いた頃雨は上がった。遅い!
で、最終の3日、文化の日。天気予報は北部は雨、南部は晴れと出た。大江山も新井も朝日もやめたほうが賢明。多分六甲は人でいっぱいだろうというので、猪名川から一庫ダム経由で能勢の妙見山へ。
この方面は柿ノ木、多田、石谷間歩等々鉱物産地は多々あるが、どうも行き尽くしたという感じで、労力と成果を予測すれば、もはや食指は動かないので、ワイフ孝行に徹することとする。もっとも一箇所だけ気になるところがある。一庫ダム近傍の国崎鉱山小路旧坑である。
ここは坑内から大量のクリノクレース結晶を産したことが知られている。ボクも十数度は赴き、坑外で採集し、いちどだけ死ぬほど辛い思いをして坑内に潜り込んだことがあり、ブログに書いた覚えがある。
そのあたりにクリーンセンターが建設されるというので、旧坑へ行く沢の入り口が数年前に封鎖されたのである。そこがいまはどうなったかだけを探りに立ち寄った。
驚いた。立派なクリーンセンターが出来上がっていて、かつての旧坑を含む一帯は完全に埋め立てられていて、どこにあったのか、もはや見当もつかない。水源の近くで廃棄物処理はけしからんと反対運動が起こり陰ながら応援していたのだが・・・
さて、肝心の妙見山であるが・・景色はよかったが、とにかく寒かった。
かくて飛び石というか、11月冒頭の飛び石4連休はあっけなく終わった。
(リサフェ)
11月の6、7の金、土は関学総政のオリジナル、恒例の「リサーチフェア」。
もっとも今年はわがゼミからはだれも発表しなかった。
口頭発表をいくつか聞いたが、どうもゼミ単位で発表しているのが多そうだ。以前は個人やゼミ横断型のチーム編成などが多かったのに、ちょっと残念。T先生の言う劣化と陳腐化がはじまりでなければいいが。
7日は午前中審査。午後はOB、OGが多数来て、現役生のための車座を開講していた。卒業生は関学卒業生というよりもソウセイ〇期生の意識のほうが強いのでなかろうか。
OB、OGにはわがゼミ卒業生も3名参加の予定だったが、5期の朝日新聞事件記者ITは島根の女子大生惨殺事件取材班応援のためドタキャン。
(またも新井へ)
で、8日の日曜はまたまたYと採集行。佐嚢のアメシストを探索するもわからず、定番の新井へ。前回のキンのような快挙はなかったが水亜鉛銅鉱は出色のものが。
そのあとキンギンの朝日へ。随分道が荒れていた。行った時間が遅かったせいもあるが、金銀はまったくかすりもせず、四面銅鉱の結晶を辛うじて見つけたのみ。
我が家で、Yが現場で簡単にキンでないと切り捨てた例のキンを見せる。メールでは「塩酸を垂らさないと分からないが、多分銀だろう」と言ったYだが、ルーペで見るなり、キンに間違いなしと頭を垂れる。片割れをYに恵む。
(ゼミコン、早朝礼拝etc)
12日は初の1年生のコンパ。みなの悩みは学科分属のようだ。研究演習と異なり、あまり教員に話しかけてこないし、こちらもじっとみなの様子をうかがうことに専念。
このあと、カラオケに行った模様だが、ボクはひとり帰宅。翌日の朝が早いのだ。
つまり13日は上ヶ原のチャペルで早朝礼拝が行われ、参加しなければいけなかったのだ。案内が来たときも、無視すればいいと思っていたら、この早朝礼拝は毎月一度行われ、テーマがその都度定められているのだという。じっくり見てみると今月のテーマは「総合政策学部のために」・・・。これはさぼるわけにはいかない。礼拝時間は8時20分から40分までの20分間で、うち5分間でボクが総合政策学部の現状と課題をしゃべり、あとは総合政策学部のために出席者が祈ってくれるとのこと。そんなもの祈ってくれなくてもいいから、学生会館を建てるとか、奨学金を増やすとか、授業料を値下げするとかしてくれ!と思わずいいたくなるし、第一このテーマだったら三田キャンパスのチャペルでやるべきだ。
6時過ぎに起き、朝早くから往復2時間半かけて、たった20分の礼拝のために行ってきましたとも。出席者は15名ほど。最初にボクが話をしたのだが、その最後に「来年もわれわれのためにお祈りしてくださるなら、三田キャンパスのチャペルでやってくださるようにお願いします」と言い放ってきた。
で、10時前には自宅に帰り着き、学校に向かうも途中の踏み切りでついうっかり減速だけで、一旦停止しなかったら、パトが隠れていて捕まった。
口調は馬鹿丁寧だが、9000円の反則金。不愉快!過去に捕まったのは4回。それが全部、一旦停止違反だ。
この日の午後、京大博士課程のT氏が来訪。「環境行政時評」を読み、ぜひ話を聞きたいとのことで連絡があったもの。博士論文のテーマは国立公園論。なんと鹿児島(鹿屋)出身とのことで、3時間強話し込んだ。
その夕方は「ルネサンス懇談会」。今日もあわただしい一日だった・・・
で、今日の土曜日。京都で石のフリーマーケットをやっているし、それに立ち寄ってから京都の紅葉見物と思わぬでもなかったが、天気予報は雨だったので断念。
もっとも三田では終日降らず、いい天気だった。
その問題の新井のキンの写真を載せる。
キンは中央の上方と下方にそれぞれ1ミリ大で白く輝いている部分。それ以外にももっと細かいものが散在しているが、残念だが、マイクロスコープの画像ではこれが限界。
2009年10月26日
雑録ー10月下旬
(久々の新井鉱山)
18日の日曜は久々にYと我が庭、新井鉱山へ。
腰を痛めるのでないかと思うほど散々掘り返したが、(Yはぼくの倍は掘っただろう)収穫はいまひとつ。
リッチな金属鉱物の塊や、水亜鉛銅鉱はあったものの、青鉛鉱の立派なもの、自然銀、モリブデン鉛鉱、赤銅鉱結晶、それにラング石やローヲルフェ石はほとんど姿を表わさず、孔雀石や珪孔雀石が大半。大量に掘った分だけ、Yのほうに良品が集まり、たまにおすそ分けに預かる。
Yの二つに割って不要物としたものの割れ目をじっくり観察。なかからキラッと金色に輝くものを見つけ、キンだ!と叫んだが、Yはルーペでみるなり、日光の加減で酸化した石英の断口がそう見えるだけとにべもなく切り捨てる。
つまり収穫はイマイチかと思えた。
そのあともう一箇所、名称不明の鉱山跡へ。GWに発見したところである。赤鉄鉱(雲母鉄鉱)を見つけたのだが、そのときは仔細な探索をしなかったので、今回はもう少し探索しようというもの。わかったのは花崗岩の岩脈の貫入に伴うものらしいこと、花崗岩の露頭があり、谷が花崗岩と赤鉄鉱を含む岩塊の境界を縫っていることなどがわかったが、収穫自体は赤鉄鉱以外なにもなし。
鉱山名を地の人に尋ねるも不明。とりあえず上八代字杉才という地名なので「杉才旧坑」(仮称)としておこう。
新井は現場でいいものが採れればそれに越したことはないが、泥にまみれて現場ではわからないことが多い。だから、なんとなく有望そうなものを持ち帰って自宅で洗浄や小割後じっくり観察することで、採集=最終成果が明らかになる。
帰宅後再チエックの結果は意外なものだった。ボクがキン!だと叫び、Yが否定したものを実体顕微鏡でじっくり見た。間違いなく立派な自然金が点々と散在しているでないか。関西石人界のドン、Yもいよいよヤキが回ったかとひとりほくそえむ。ま、可哀想だから片割れを進呈するか。
他にも銀こそなかったものの、自然銅それに赤銅鉱の微晶も結構あった。水亜鉛銅鉱はリッチなものがあった。また、鉛亜鉛の高品位鉱に関していえば従来にない好成績だった。つまり大収穫に近いという結果だった。
なお、不明鉱山については、帰宅後Yが文献検索。「但馬鉄山」ということがわかった。戦争中稼鉱していたとのこと。
(学園祭)
先週土日は三田の学園祭だった。
今年は基礎ゼミは模擬店をやらず、研究ゼミが3、4合同で模擬店を出しただけなので、差し入れが少なくてすんだ(笑)で、土曜の夜に早々とその打ち上げ。
まずは土曜。10期生のFNが会いたいと言うので、新三田で拾ってからキャンパスへ。一人かと思えば、フィアンセを連れてきていた。ははあん、じつはフィアンセを見せたかったんだ。でも感じのいい女性で意外とFNもやるなあといったところ。
そのあと関東から11期生のタロが来て、さらに同期のNMもやってきた。
そして東京から懐かしのTMが来るという話だったが、残念ながら上ヶ原へ行かねばならなかった。じつは関学後援会幹事会に出てくれというのである。グスン。
後援会の懇親会を終え、急いで三田に戻る。打ち上げスタートに辛うじて間に合った。30名を超えるメンバーで1月のタテコン以来であろう。11期からも3人参加。FGも来たし、TMとはここで会えた。
そのあと二次会カラオケも17人と大盛況。3回女子が来たのはじめて。久々のカラオケを楽しんできた。
翌日曜、ワイフと一緒にキャンパスに差し入れのオニギリを持っていく。この日は10期生が6人来たらしいが、逢えたのはBAだけで、あとはわれわれがゴスペルを聴いていたために、逢えずじまいだったのは残念。ゴスペルでは創始者の1期生Yが"You Raise Me Up"を唄った。昨夜のカラオケでボクが唄った曲だ。
さすがに現役とのつながりが希薄になったせいか、9期以前のOBは来なかった模様だ。
さ、明日からは82講の原稿書きだ・・・
18日の日曜は久々にYと我が庭、新井鉱山へ。
腰を痛めるのでないかと思うほど散々掘り返したが、(Yはぼくの倍は掘っただろう)収穫はいまひとつ。
リッチな金属鉱物の塊や、水亜鉛銅鉱はあったものの、青鉛鉱の立派なもの、自然銀、モリブデン鉛鉱、赤銅鉱結晶、それにラング石やローヲルフェ石はほとんど姿を表わさず、孔雀石や珪孔雀石が大半。大量に掘った分だけ、Yのほうに良品が集まり、たまにおすそ分けに預かる。
Yの二つに割って不要物としたものの割れ目をじっくり観察。なかからキラッと金色に輝くものを見つけ、キンだ!と叫んだが、Yはルーペでみるなり、日光の加減で酸化した石英の断口がそう見えるだけとにべもなく切り捨てる。
つまり収穫はイマイチかと思えた。
そのあともう一箇所、名称不明の鉱山跡へ。GWに発見したところである。赤鉄鉱(雲母鉄鉱)を見つけたのだが、そのときは仔細な探索をしなかったので、今回はもう少し探索しようというもの。わかったのは花崗岩の岩脈の貫入に伴うものらしいこと、花崗岩の露頭があり、谷が花崗岩と赤鉄鉱を含む岩塊の境界を縫っていることなどがわかったが、収穫自体は赤鉄鉱以外なにもなし。
鉱山名を地の人に尋ねるも不明。とりあえず上八代字杉才という地名なので「杉才旧坑」(仮称)としておこう。
新井は現場でいいものが採れればそれに越したことはないが、泥にまみれて現場ではわからないことが多い。だから、なんとなく有望そうなものを持ち帰って自宅で洗浄や小割後じっくり観察することで、採集=最終成果が明らかになる。
帰宅後再チエックの結果は意外なものだった。ボクがキン!だと叫び、Yが否定したものを実体顕微鏡でじっくり見た。間違いなく立派な自然金が点々と散在しているでないか。関西石人界のドン、Yもいよいよヤキが回ったかとひとりほくそえむ。ま、可哀想だから片割れを進呈するか。
他にも銀こそなかったものの、自然銅それに赤銅鉱の微晶も結構あった。水亜鉛銅鉱はリッチなものがあった。また、鉛亜鉛の高品位鉱に関していえば従来にない好成績だった。つまり大収穫に近いという結果だった。
なお、不明鉱山については、帰宅後Yが文献検索。「但馬鉄山」ということがわかった。戦争中稼鉱していたとのこと。
(学園祭)
先週土日は三田の学園祭だった。
今年は基礎ゼミは模擬店をやらず、研究ゼミが3、4合同で模擬店を出しただけなので、差し入れが少なくてすんだ(笑)で、土曜の夜に早々とその打ち上げ。
まずは土曜。10期生のFNが会いたいと言うので、新三田で拾ってからキャンパスへ。一人かと思えば、フィアンセを連れてきていた。ははあん、じつはフィアンセを見せたかったんだ。でも感じのいい女性で意外とFNもやるなあといったところ。
そのあと関東から11期生のタロが来て、さらに同期のNMもやってきた。
そして東京から懐かしのTMが来るという話だったが、残念ながら上ヶ原へ行かねばならなかった。じつは関学後援会幹事会に出てくれというのである。グスン。
後援会の懇親会を終え、急いで三田に戻る。打ち上げスタートに辛うじて間に合った。30名を超えるメンバーで1月のタテコン以来であろう。11期からも3人参加。FGも来たし、TMとはここで会えた。
そのあと二次会カラオケも17人と大盛況。3回女子が来たのはじめて。久々のカラオケを楽しんできた。
翌日曜、ワイフと一緒にキャンパスに差し入れのオニギリを持っていく。この日は10期生が6人来たらしいが、逢えたのはBAだけで、あとはわれわれがゴスペルを聴いていたために、逢えずじまいだったのは残念。ゴスペルでは創始者の1期生Yが"You Raise Me Up"を唄った。昨夜のカラオケでボクが唄った曲だ。
さすがに現役とのつながりが希薄になったせいか、9期以前のOBは来なかった模様だ。
さ、明日からは82講の原稿書きだ・・・
2009年10月13日
81講アップ
81講、アップされました。↓
http://www.eic.or.jp/library/prof_h/
http://www.eic.or.jp/library/prof_h/
いまはもう秋
最近の書き込みは月一のペース、これではいけないと思いつつ、なかなか書き込む暇がない。今回もまとめて書き込む。
9月下旬、久々に新井に行った。珍しく、ワイフがお目付け役として同行しない単独行である。
スコップと鍬を使ってしばし掘ったが、母岩が多いし、ひとりで黙々とやっていると飽きてくる。やはり仲間と張り合い、駄弁を交わしながらやるほうが面白い。1時間で引き上げる。収穫は黒い白鉛鉱結晶が散在するものと不明白色鉱物群晶の二つのみ。
その数日後、新神戸でゼミ内カップル、8期生同士の結婚式。ゼミ内カップルは過去にもいろいろあったが、結婚までこぎつけ、結婚式によばれたのははじめて。遠距離恋愛にもめげず、学生時代からの愛を貫き通したのは立派。夫婦で出席したのもはじめて。「できちゃった婚」であると宣言し、手作りの味のよくでたいい結婚式、二次会だった。東京、博多、広島と遠方からも同級生がかけつけ、同窓会的意味合いも。
ゼミ生だけの三次会は大役を終えた新郎新婦を交えての10人強、ボクは途中で失敬したが、深夜まで?
今年に入ってゼミ卒業生の結婚式は三度目だが、みな新神戸。いずれも両家主体でなく、カップル主体の結婚式になっていて、好ましい。
UとA子、そしてお腹の中の赤ちゃんに幸多かれと祈る。
そして10月に入って初っ端に恥をかいた。2日午後に国際政策シンポジウムが行われ、基調講演でコロンビア大学の先生が来られたのだが、午前中は表敬に加えて関学との今後の連携について打ち合わせということで、10時から会議。アメリカからもう一人お呼びしたT先生(日本人で総政を定年退官)、こちらからはやはり国際機関で働いておられたN先生がボクの通訳役も兼ねて参加。本部から参加の外国人副学長と5人で12時まで二時間。そのあと、国際政策学科の面々も加わってのランチ。計三時間英語尽くし、日本語オンリーのボクとしては地獄の三時間だった。関学で国際化の最先端を突っ走っている総政であるが、なんでボクをガクブチョーなんかにしたと言いたくなる・・・
そして越月してからHキョージュ81講を執筆。多分二三日中にはアップされよう。
11日の日曜は思いっきり晴れ上がった絶好の採集日和だが、延ばし延ばしにしていた墓参に。化野念仏寺の墓苑である。父母の墓を建てた兄もそこに眠っている。阪急嵐山駅から歩くが人・人・人・・・
確かに昔ながらの自然や環境は残されているが人が多いとそれだけで俗化したと思ってしまう。久々に父母、そして兄の冥福を祈る。ああ、おまへは何をしてきたのかと吹き来る風が私に言ふ・・・
われわれ夫婦はこの京都の墓苑に入ることは出来ない。三田に建てても首都圏の愚息豚児は墓の面倒をみてくれないだろう。さてさて、どうしたものやら。
さて、年齢と共に体力は落ち、身体機能も衰え、身体のあちこちにがたがくるが、その来かたは人さまざまである。ぼくの場合はメタボはじめ各種成人病や四十肩、膝・目・歯・痔・水虫にいたるまで満遍なく劣化してきているが、唯一腰痛だけはほとんど経験していない。
それがとうとう数日前から来た〜。腰をかがめたりすると、言いようのない痛みが走るのだ。ついに整形外科へ。診断は変形性脊椎症。要するに老化ですな。ここ数年はほとんど感じないが、40過ぎた頃から、首から背中にかけての痛みがときどきでてきて、そのとき言われた病名と同じだ。腰痛は2年前にも一度なったことがあるのだが、一週間ほどでなおった、というか急性症状が消えたことを思い出した。(本質的に完治することはありえないそうだ)
しばらく通って温熱・通電といった理学療法をやること、以前使用したコルセットをもういちど使用することを申し渡された。
おまけにクスリも5日分。これで朝食後飲むクスリは11種類。副作用はないだろうな、飲み合わせは大丈夫だろうなと心配が絶えない。
それでも飲み薬のせいか、膏薬のせいか、コルセットのせいかは定かでないが、急性症状はおさまった。飲み薬は明日で切れるが、このままおさまってくれればいいなあ。
ところでこのあいだの三連休である。
土曜は政策系七大学学部長会議とやらで名古屋は南山大学へ。
13時から延々と17時過ぎまで会議。どこも似たような問題を抱えており、たいへんだということがよくわかった。夕18時より懇親会で終えたのは20時過ぎ。重い資料を抱えて、自宅へ帰り着いたのは22時過ぎ。
せっかくの、そして快晴の秋の土曜はかくて終了。
で、翌日曜。京都岡崎勧業会館で恒例の「ふしぎ石発見展」。昨日の初日なら、顔なじみの石友がいっぱいいて、夜は飲み会だったのだが、残念ながら校務で出張。というわけで二日目に行ったのだが、思ったより閑散としていた。石友は売り手ばかりで、客には見当たらず。
本を一冊買ったが、帰宅して確認してみたら、すでに所蔵ずみのものだった。昨年も一昨年も同じ過ちをしている。学習能力ゼロだな。
石のほうは、持っていない国産鉱物種も10種類ぐらいあって、べらぼうな値でもなかった。国産鉱物種全種制覇の夢のあった十年くらいまえなら、全部買ったのであろうが、いまやパス。肉眼的な結晶もしていないし、そもそもどの部分かもよくわからないようなものには興味が持てなくなったのだ。これも枯れた証拠であろうか。昔、行ったが採れなかったり、採ったものよりいいものなどを趣味的に7,8点、2万円ばかりの買い物をして早々と帰宅。
で、今日の体育の日であるが・・・、なんと授業日なのである。文部科学省のバカタレ!
9月下旬、久々に新井に行った。珍しく、ワイフがお目付け役として同行しない単独行である。
スコップと鍬を使ってしばし掘ったが、母岩が多いし、ひとりで黙々とやっていると飽きてくる。やはり仲間と張り合い、駄弁を交わしながらやるほうが面白い。1時間で引き上げる。収穫は黒い白鉛鉱結晶が散在するものと不明白色鉱物群晶の二つのみ。
その数日後、新神戸でゼミ内カップル、8期生同士の結婚式。ゼミ内カップルは過去にもいろいろあったが、結婚までこぎつけ、結婚式によばれたのははじめて。遠距離恋愛にもめげず、学生時代からの愛を貫き通したのは立派。夫婦で出席したのもはじめて。「できちゃった婚」であると宣言し、手作りの味のよくでたいい結婚式、二次会だった。東京、博多、広島と遠方からも同級生がかけつけ、同窓会的意味合いも。
ゼミ生だけの三次会は大役を終えた新郎新婦を交えての10人強、ボクは途中で失敬したが、深夜まで?
今年に入ってゼミ卒業生の結婚式は三度目だが、みな新神戸。いずれも両家主体でなく、カップル主体の結婚式になっていて、好ましい。
UとA子、そしてお腹の中の赤ちゃんに幸多かれと祈る。
そして10月に入って初っ端に恥をかいた。2日午後に国際政策シンポジウムが行われ、基調講演でコロンビア大学の先生が来られたのだが、午前中は表敬に加えて関学との今後の連携について打ち合わせということで、10時から会議。アメリカからもう一人お呼びしたT先生(日本人で総政を定年退官)、こちらからはやはり国際機関で働いておられたN先生がボクの通訳役も兼ねて参加。本部から参加の外国人副学長と5人で12時まで二時間。そのあと、国際政策学科の面々も加わってのランチ。計三時間英語尽くし、日本語オンリーのボクとしては地獄の三時間だった。関学で国際化の最先端を突っ走っている総政であるが、なんでボクをガクブチョーなんかにしたと言いたくなる・・・
そして越月してからHキョージュ81講を執筆。多分二三日中にはアップされよう。
11日の日曜は思いっきり晴れ上がった絶好の採集日和だが、延ばし延ばしにしていた墓参に。化野念仏寺の墓苑である。父母の墓を建てた兄もそこに眠っている。阪急嵐山駅から歩くが人・人・人・・・
確かに昔ながらの自然や環境は残されているが人が多いとそれだけで俗化したと思ってしまう。久々に父母、そして兄の冥福を祈る。ああ、おまへは何をしてきたのかと吹き来る風が私に言ふ・・・
われわれ夫婦はこの京都の墓苑に入ることは出来ない。三田に建てても首都圏の愚息豚児は墓の面倒をみてくれないだろう。さてさて、どうしたものやら。
さて、年齢と共に体力は落ち、身体機能も衰え、身体のあちこちにがたがくるが、その来かたは人さまざまである。ぼくの場合はメタボはじめ各種成人病や四十肩、膝・目・歯・痔・水虫にいたるまで満遍なく劣化してきているが、唯一腰痛だけはほとんど経験していない。
それがとうとう数日前から来た〜。腰をかがめたりすると、言いようのない痛みが走るのだ。ついに整形外科へ。診断は変形性脊椎症。要するに老化ですな。ここ数年はほとんど感じないが、40過ぎた頃から、首から背中にかけての痛みがときどきでてきて、そのとき言われた病名と同じだ。腰痛は2年前にも一度なったことがあるのだが、一週間ほどでなおった、というか急性症状が消えたことを思い出した。(本質的に完治することはありえないそうだ)
しばらく通って温熱・通電といった理学療法をやること、以前使用したコルセットをもういちど使用することを申し渡された。
おまけにクスリも5日分。これで朝食後飲むクスリは11種類。副作用はないだろうな、飲み合わせは大丈夫だろうなと心配が絶えない。
それでも飲み薬のせいか、膏薬のせいか、コルセットのせいかは定かでないが、急性症状はおさまった。飲み薬は明日で切れるが、このままおさまってくれればいいなあ。
ところでこのあいだの三連休である。
土曜は政策系七大学学部長会議とやらで名古屋は南山大学へ。
13時から延々と17時過ぎまで会議。どこも似たような問題を抱えており、たいへんだということがよくわかった。夕18時より懇親会で終えたのは20時過ぎ。重い資料を抱えて、自宅へ帰り着いたのは22時過ぎ。
せっかくの、そして快晴の秋の土曜はかくて終了。
で、翌日曜。京都岡崎勧業会館で恒例の「ふしぎ石発見展」。昨日の初日なら、顔なじみの石友がいっぱいいて、夜は飲み会だったのだが、残念ながら校務で出張。というわけで二日目に行ったのだが、思ったより閑散としていた。石友は売り手ばかりで、客には見当たらず。
本を一冊買ったが、帰宅して確認してみたら、すでに所蔵ずみのものだった。昨年も一昨年も同じ過ちをしている。学習能力ゼロだな。
石のほうは、持っていない国産鉱物種も10種類ぐらいあって、べらぼうな値でもなかった。国産鉱物種全種制覇の夢のあった十年くらいまえなら、全部買ったのであろうが、いまやパス。肉眼的な結晶もしていないし、そもそもどの部分かもよくわからないようなものには興味が持てなくなったのだ。これも枯れた証拠であろうか。昔、行ったが採れなかったり、採ったものよりいいものなどを趣味的に7,8点、2万円ばかりの買い物をして早々と帰宅。
で、今日の体育の日であるが・・・、なんと授業日なのである。文部科学省のバカタレ!

