2017年11月20日

135.シラチャで夜遊びをするのコト(10) -爆乳の巻ー

2年ぶりぐらいで、シラチャに行った。
以前の賑わいぶりからほど遠く、あの「白茶家」も閉まっていた。
その近辺のスナック群も、出足が遅い。昔なら、夕飯時からネーチャンたちが客引きしてたものだが、今はその面影もない。
寂しい。

とはいえ、せっかくシラチャまで来たんだから、カラオケに行かない手はねえ。
飯のあと当然、病院前のカラオケ通りを散策しましたよ、ハイ。
通りの両側、十数軒のカラオケ屋前には、予定通りオネーチャンたちが屯している。
でも、いかにもレベルが低い。若い子がいねぇし、可愛い子が全然いねぇじゃねぇ~か。
おじさんは怒るぞぉ~。

通りを一流ししても、食指が動くオネーチャンがいねぇ。
入りたい店がねぇ~。
こういう時は一番最初の店に戻るのが、俺の流儀だ。だがやはり、躊躇せざるを得ない。店に入りたい気にさせる、女がいねぇ~。
2度目に通りを流しても、さっきと同じじゃねぇか。どん詰まりで来ちまったぞぉ~。
仕方がねえ。どん詰まりの店に入るとするか(ただじゃ帰らないのが、俺の流儀)。

と、ところがその店に、とんでもねえ爆乳のオネーチャンがいた。
そうご存知の通り、俺はロリ好みの貧乳専門だ。
でもこの爆乳には、目が釘付けだ。もしここにあのホルスタイン親方がいたら(痛風親方のことです)、真っ先に押し倒したことだろう。

それぐらいの美爆乳だった。
俺の20年来のカラオケ経験から言っても、こんなおっ〇〇は、見たことがねえ。
俺は目は一点集中、そこだけに吸い付けられたのだ。
当然その子を指名しましたよ、ハイ。考えられないことに、お持ち帰りまでしたのでした。
いやぁ良かった。
生まれて初めて〇〇ズリもしたしねぇ~。

と、そんなことはどうでもいい。
(格調を取り戻して)結論として言えることは、シラチャにはもう可愛い子がいないということ。
昔みたいにシラチャのネーチャンに嵌って、わざわざバンコクから泊りに行くこともなさそうだ。
おいおい、俺のシラチャ想いのロマンスを、どうしてくれるんだよぉ~。



<夜遊びシリーズ>

・シラチャで夜遊びをするのコト(1)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51611670.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(2)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51735730.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(3)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51747333.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(4)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51750594.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(5)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51776444.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(6)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51777064.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(7)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51783516.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(8)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51791996.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(9)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51801963.html
・シラチャで夜遊びをするのコト(10)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives51872126.html


・コラートで夜遊びするのコト
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51750625.html


・シェムリアップで夜遊びするのコト(1)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51789873.html
・シェムリアップで夜遊びするのコト(2)
http://blog.livedoor.jp//hisay/archives/51789878.html
・シェムリアップで夜遊びするのコト(3)
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51789884.html


・ハノイで夜遊びをする
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51842577.html
・ハノイで夜遊びをする ーセーラー服編ー
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51868738.html
・ハノイで夜遊びをする ーガールズバー編ー
http://blog.livedoor.jp/hisay/archives/51868744.html


hisay at 17:41|PermalinkComments(0)タイでのお遊び 

96.山岳コース初体験 ーマウンテン・シャドー

シラチャでゴルフをする機会があり、マウンテン シャドーに行った。
休日料金でカートを使っても、一人2,000Bぐらいだったから、やはり無名コースは安い。

それはさておき、マウンテン・シャドーはその名の如く、山の中にあるコースで、バンコクで平坦コースしか経験ない身には、初体験の山岳コースだった。
コースもフェアウェイ自体がアンジュレーションに富んであり、こぶだらけのイメージ。その分ラフも深く、草に埋もれてボールが見つからないケースがままあった。

グリーン自体も傾斜が大きく、しかもボールが上方に留まるように切ってあるので、グリーンが速い。各人が8や10、12と大叩きするケースも多く、オリンピックの得点も、小規模な水揚げにしかならないほどだった。
しかし街中から20分ぐらいと、シラチャ住まいの人にとっては便利だし、飽きないコースレイアウトになっていたから、リピーターになるには良いゴルフ場のようだった。

シラチャ住まいの人なら、定期的に行けば腕が磨けるのではないか。
ある人曰く、「ここで100を切るようなら、本当の実力」とのことである。


hisay at 16:47|PermalinkComments(0)タイでのゴルフ 

2017年11月09日

134.カラオケ嬢と、着衣プレイ?

これは余りにも個人的すぎることなので、親しい友達にも訊いたことがない。
だからタイのカラオケ嬢が、全般的に着衣プレイを好まないのか、それとも私のケースに限ったことなのか、確証はない。
だが常々疑問(不満?)に思っていたことなので、恥を忍んでカミング・アウトしてみたい。

カラオケのオネーチャンと遊びに行くと、普通はまずシャワーを浴びる。
その後オネーチャンは、タオルを巻いた格好で、私の前に現れるという寸法だ。
私はこれを常々不満に思っていた。服を脱がせる楽しみがないからネ。
だがタイでは、全部が全部これに該当する(私の拙い経験上だが)。

こうしたケースじゃなかったのは過去一回だけで、ある「芸妓」のオネーチャンが、余りにも酔っ払って、服を着たまま横たわってしまった。
そういうレアなケースもある。
そう、私は服を脱がせたいのだョ。
四苦八苦しながらボタンを外し、「エーイ、チクショウ」と思いながら、〇〇のホックを解き放ちたいのだョ(俺って変?)。

そういうことをオネーチャンに要求するのも変だ。
だいたい何て言えばいいんだ?
「俺は服を脱がせるのが好きだから、着たままでいてくれ」ってか?
きっと(こいつ変態か?と)、不審の目で見られることだろう。

まあカラオケ嬢の立場で言えば、出勤着でもあるわけだし、皺を作りたくない気持ちもよく分かる。
それにシャワーを浴びるのだって、Mustだろう。
それにどうせ脱ぐのなら、最初から脱いでた方が合理的だし。
それに最も大事なことは、あんたは恋愛対象じゃないから、はやる気持ちなんてないんだョ。 てか?

でもねえ、おじさんになると、そういう過程が楽しいんだョ。
プロセスこそ生きる道。結果は大事じゃないんだよネ。
てな戯言を言っても、誰も同調してくれんかもしれんが、これがおじさんの偽らざる心境だ。

何故こんな恥ずかしい話を書いたかといえば、私はとうとう、このプロセスが楽しめるオネーチャンに出会ってしまったんだョ。
この子はいつも服を着たままで、服を脱がせる手間が楽しいのなんのって~(とうとうホンマモンの爺いになってしまったみたい)。

そんなことはさておき、タイトルに着衣プレイと書いたのは誤りで、何も服を着たままやる訳じゃない。
厳密に言えば、脱衣プレイとでも言うべきかな?
こんな恥ずかしい話を書いたのも初めてだが、皆さんの場合はどう?是非ご意見をお聞きしたい。



hisay at 12:42|PermalinkComments(0)タイでのお遊び 

2017年11月07日

89.いまさらながら、黒沢明 映画

2016年に4K解像度修復技術というものが確立され、それに伴って黒沢映画の復刻版DVDが発売された。
タイでも60B~100Bぐらいで売っていたので、暇つぶし用に買っておいた。
公開順に並べると、「7人の侍」(1954年)「隠し砦の三悪人」(1958年)「用心棒」(1961年)「椿三十郎」(1962年)となる。主演は全て、三船敏郎。

この中で観たことがあるのは「7人の侍」だけで、高校時代の70年代後半、映画館でリバイバルを観た。
だがこの時のフィルムは酷く、スクリーン上に雨が降っている状態で、しかもオリジナル207分ではなかったような気がする。
中身についても、画面の状態が悪かったせいもあり、よく覚えていない。

それが4K解像度によって、元の状態に近い(オリジナルは知らないが)綺麗な画面に仕上がっていた。
さてその出来であるが、50年前、60年前の映画とは思われないほど、よく出来ている。
さすが黒沢明。
伝説の巨匠だけのことはある。

「7人の侍」は、映画としても世界中の映画人に影響を与えただけのことはあるが、現代においても十分通用する内容になっていた。
どういうことかと言えば、企業経営、プロジェクト成功のテキストにも成り得るもので、コトを成すための道筋が、事細かに描かれている。
プロジェクトに取り組むための心得、方法論が明示されているのである。

そういう深読みをしなくても、映画として十分面白かったから、長尺207分が全然苦にならない。
続く「隠し砦の三悪人」は、山賊みたいなのが山奥の砦に籠っている映画かと思っていたらそうじゃなく、コメディタッチのこれもよくできたエンターティメントだった。
「用心棒」「椿三十郎」も十分面白いが、これは黒沢映画のリアリズムと共に、三船敏郎の魅力にほかならない(三船敏郎はとんでもない俳優だったんだと、再認識させられた)。

それにしても黒沢明が細部に拘り、とてつもない金と時間を使って、映画を撮っただろうことがよく判る。
これらの黒沢映画をカラーで観られたら、もっと凄かったかも知れず(白黒の美、迫力ももちろん否定するものではない)、黒沢映画の醍醐味が、今じゃCGで簡単に作れるのだろうな、と少し複雑な気分にさせられるのだった。

何にせよ、やはり伝説になる監督の映画は面白い。
これからもまだ観ぬ黒沢映画(逆に言えば「乱」「まぁだだよ」ぐらいしか観ていない)や、小津安二郎、溝口健二なんかの映画も、機会があれば観てみたい。



hisay at 14:16|PermalinkComments(0)映画・読書 評 

2017年11月01日

134.カラオケ嬢の人生に係わるナ

病気療養のため、半年ほど田舎に帰っていたカラオケ嬢が、バンコクに戻って来た。
この子が17歳の時に出逢ってから、もう4年近いの付き合いだから、色々と深い思い出も多い。だがお金の無心をされるようになってから、距離を置いて来た。

その子と久しぶりにご飯を食べたのは、もう一度というスケベ心がなかったからとは言えない。いや正直言えばあった。その通りである。
そこで止めとけば良かったのに、ご飯のあと、彼女の友達アイちゃんが働いているカラオケに行った。
友達のアイちゃんは、とても可愛い。だから常々、<一度お願いしたい>という下心があった。ここでもスケベ心が優先したことになる。

いまさら後悔しても遅いが、これが俺の脇の甘いところだ。
普段からカラオケ嬢には甘いのに、酒が入るとそれが倍加する。
そう、カラオケ嬢の心情に関与すると、碌なことにはならないのだョ。

バンコクに戻って来たばかりのモーちゃんは、アパートも引き払っているから、宿無しの無一文。
アイちゃんのところに転がり込んで、衣食住全ての面倒を見てもらっている。このアイちゃんもやはり親を抱えていて、実は大変らしい。
そういう窮状を見ているから、モーちゃんはシンガポールに出稼ぎに行く決心をしたそうだ。

そんな闇のシンジケートがあるらしく、飛行機代を立て替え、食住付きでスナックだか何だかで働かせるらしい(売春まがいのことだろうと、簡単に想像がつく)。
アイちゃんは「シンガポールは危ない(警察やビザ関係の危ないという意味)。お願いだから、行かないで」と掻き口説く。
モーちゃんは「本当は行きたくないけど、これ以上アイちゃんに甘えられない」と泣く。
「友達だから甘えてもいいよ」「でも、、、」と、女の愁嘆場はエンドレスで続くのである。

俺は何故こんなところに居るのか?
カラオケ嬢の心情を垣間見たのはいいが、それにしては重過ぎる。
俺はどうすればいいんだ?
モーちゃんにアパート代でも出してやり、旦那づらすれば良いのか? 
でもそんなことは厭だ。俺はカラオケ嬢と、そういう関係を持ちたくない。

彼女らの負のスパイラルは、他人の援助で一時的に救われたとしても、どこかで自分の力で乗り越えない限り、元の木阿弥だろう。
厳しい言い方だが、シンガポールでもどこでも行って、自分で人生を切り開かないと、彼女の人生を根本から変えることは出来ないと思う。

そんな愁嘆場に直面して、つくづく<カラオケ嬢の人生に係わっちゃイカン>と思った。
これまでもその時その時の現金払いで対処して来たが、彼女らの心の中にまで踏み入っちゃイカン。表面上のお付き合いでないとイカン。と強く感じた次第だ。
綺麗ごとに過ぎるかもしれんが、カラオケ嬢との間合いの取り方を、改めて考えさせられた夜だった。

それにしても、俺は甘い。
全ての面で甘い。
気が滅入る顛末の果てに、<おじさんはどうしていいか、ワカラン>と悩まされるのであった。


タイにおける夜遊びの命題。
答えは簡単なのだが、それぞれのオネーチャンとのつながり、ヒトとしての心情も加味されるから、これがなかなか難しいのよネ。
カラオケ遊びを控えるべきか?

<後日談>
結局、シンガポール行きはキャンセルとなり、飛行機代8,500Bを支払う羽目になった。何で俺がこんな目に合うのや?
結論;下心は高くつく。爺いになっても、授業料を払わんとイカンのか?



hisay at 17:40|PermalinkComments(0)タイでのお遊び 

2017年10月30日

56.民意とは何か? 民主主義とは何か?

やはり私の言葉には霊力があった。
言霊(ことだま)が宿っていた(大学時代、万葉集を勉強したお陰だ)。

前回、<希望の党>は<絶望の党>に替わるだろうと書いた。
小池百合子の渡り鳥生活も、これが最後になるだろうと書いた。
その通りの結果になり、喜ばしい限りだ。
だが死者に鞭打つことは止めて、話を前へ進めていこう。

民主主義というものについて、考えてみたい。
言うまでもなく、民主主義の大意は多数決である。
51対49であろうと、1票差であろうと、多数を制したものがハンドルを握る。
それこそが人間が長い年月をかけて、築き上げてきた原則である。
だから少数者は多数派に従わなければならない(もちろん、個々の心情の自由はある)。

今回の選挙では自民党が3分の2と、圧倒的な支持を得た。広汎な民意を得たわけである。
しかし一部マスコミは、自民党が民意を得たわけではない、と戯言をいう。
彼らの意に沿わない思潮は民意ではなく、立憲民主や共産党の票こそが民意だからである。

こんな偏向報道は無視するとしてー。
立憲民主の55議席は、衆院全体から見ると12%。まあ10人に一人の人が支持しているのだから、無理すれば民意ともいえるだろう。
だが共産党の12議席(3%)や、社民党の2議席(0.004%)はどうなのか?

これら少数政党に、院の権利や質問時間を与える必要があるのだろうか?
確かに少数意見も大事で、あらゆる公党が平等に扱われなければならない。
でも比例代表でも2%以下の得票は、政党案件としては無効である。それなのに、これら2%以下の人々に、質問時間を与える価値があるのだろうか?

もちろんその必要はある。
でも私がこんなことを言うのは、国会の慣例で、野党の質問時間が8割、与党が2割という取り決めがあるからだ。
国民の民意というなら、民主主義というのなら、国民の61%の支持を受けた自民党が、6.1割の質問時間を持ち、立憲民主(1.2割)と希望の党(1.1割)が、それぞれ1割強の質問時間となるのが正しい。
それが国民の民意であり、法の前の平等である。

野党や偏向マスコミは、自分の意に沿わないことは、全て否定する。
安倍独裁などと叫んで安倍政治を否定する。でもそれは、6割強の支持を得た民主主義をも否定する行為である。
他者の意見も受け入れる度量がなければ、民主主義のルールに則っているとは言い難い。

確かに少数意見も大事だが、それに甘えて権利ばかり主張しているのでは、いつまでたっても子供の論理である。
日本の野党が一人前の大人に脱皮できないのも、この当たりの甘えに原因があるのではないか?
選挙という公正な場を与えられて、それで審判が下ったのであれば、そのルールに基づいての論戦が行われてもよい。

質問時間の似非ルールを弱者自らが主張するのではなく、公正に放棄することから始めても良いのではないか?
票が取れないから、国会で質問もできない。自らの主張を展開できる場がない。
そうであれば、国会で議席を獲得するために、何をすれば良いのか?
貴重な質問時間が得られた時、何を質問すれば良いのか? 
何を主張すべきか、もっと真剣に考えるのではないか。

いたずらにモリ・カケや、北朝鮮の後押しなどせず、国会議員として何をすれば良いか。議員として本分を尽くすには何をすれば良いか、考えるようになるのではないか?
と期待したいが、書いていて無意味なことは自分自身でもよく解かる。
そんなことが期待できるようなら、彼らも野党の国会議員なんかに成り下がっていないだろうし。

もうそろそろ似非民主主義は止めて、本来の数のルールに基づいた、公正な民主主義の政治を行ってもらいたい。
もちろん数の横暴や、驕り傲慢など、負の面も出てくるに違いない。
でもその負を次の選挙で打ち負かすダイナミズムが出て来ないと、日本の民主主義はいつまでたっても似非のままである。

安倍さんの謙虚な姿勢も大事だが、国民の民意を背景にした大胆さ、ある種強引な政権運営も時には必要なのではないか、と思う次第だ。
良いにしろ悪いにしろ、国民はその力を安部政権に付託したのだから。


hisay at 14:24|PermalinkComments(0)タイから日本にモノ申す 

95.2度目の100切り&ハーフベスト更新

三振さんの帰国日が決まり、いよいよお別れのゴルフとなった。
メンバーは三振さんと、後任の三振2号さん。場所はいつものLakewoodだ。

この日はロックコースから。
1番パー4でスリーパットの6。2番ロングも3パットで8。
先週のDynastyでは、オリンピック焼き鳥。つまり18ホールで1パットなしだった(初めての経験だ。因みにこの日は、42パットもしている)。

この悪い流れを引きずっていたのだが、3番ミドルで辛くもオリンピック2点を獲得して、7。これでパットの呪縛から解き放たれた。
4番(4)もトリプル7とスコアは悪いが、5番(3)でダボ、6番(4)ボギー。
7番(5)1パットで沈めてボギー。8番(3)ボギー、9番(4)も1パットで沈めてボギーと、悪いなりに盛り返して来た。
フィーリングとしては非常に悪いのだが、オリンピックを3回決めているせいか、53とまあまあのスコアだ。

後半はレイクコースへ戻り、1番(4)ボギー。2番(4)で3打目をエッジ際へとショートしたものの、外から7点ショットを決めて、念願のパー。
3番(3)ボギー、4番(4)ダボ、5番(5)1パットボギー、6番(4)ダボと、レイクウッドとの相性の良さが見えて来た。

7番(3)はグリーンを大きく外し、林の中に打ち込んだものの、辛うじて1パットボギー。8番(5)も1パットでボギー。
そして9番(4)で、3打目バンカーからの残り70ヤードをミスしたものの、4打目の20ヤードアプローチが決まって、まさかのチップイン パー。
この日2度目の7点が出て、数えてみれば後半45の好スコアとなった。

私はハートがチキンなので、良い時はスコアを数えないが(プレッシャーに自ら押し潰されるから)、後半は特にそうで、終わってみてビックリした次第だ。
久々に100を切ったが、ハーフスコアも46を更新しての45。
稀にみる快挙だが、それもこれもレイクウッドとの相性の良さだろう。

この日の勝因は、オリンピック8回もさることながら、チップインが2回もあったこと。但しこの日はアプローチが悉く近くに寄っていたから、チップインもある程度必然かも(強気?)。
パット数も30で、前回から12も縮まっているから、パットが良ければスコアが纏まるのは当然か。

それはそうと、100を切ったのは2回ともレイクウッドだが、その時の同伴者はいずれも三振さん。
また前回三振さんがタイベスト88を出した時も、私が相伴しており、メンバーとコースに恵まれたことを改めて感謝したい。

三振さん、色々と楽しいゴルフをありがとうございました。
タイに来られた際は、またレイクウッドでやりましょう。



hisay at 13:04|PermalinkComments(0)タイでのゴルフ