2009年11月20日

天津の悪旅行ガイド つづき2(写真付)

 昨日の内容では覆面取材は成功せず、残念ながら実際に旅行に参加して実態を確認することが出来ませんでした。


 ある事情通によると津門一日遊は分業で成り立っているといいます。


 客引きが客を運転手に引き渡し、運転手は扱い易いと判断すれば出発するが扱い難いと思えが別の運転手に引き継ぎするのです。


 含む入場料、領収書の発行も見せかけで、現地に着けば旅行者は入場料を買わなければどうしようもないのを知っていて言っていることで領収書など論外とのこと。

 更に儲けるため現地の飲食店、土産物店と一緒になって強制的に金を使わせているのです。


 どうしてこの様な分業(産業連)が出来たかというと、北京と違って観光資源の乏しい天津は旅行社が少なく、天津の旅行社はバラバラの旅行者を真面目に相手にせず、観光地も独立経営で天津一日観光を組織的に対応していません。


 天津一日観光は一つの空白になっていて黒導遊が眼を着けはびこる原因になっているのです。


 天津市旅遊局も以前からこの問題を知っていて取り締まっているものの防止出来てないのが実情です。


 近いうちに大々的に取り締まりと旅行者に正規の旅行社を使いように呼びかけるそうです。

                       以上(8月21日記)



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今日の写真は以前紹介した外国企業の写真と説明です。

1.スバル
 車のスバル。
 中国語では斯巴魯(sibalu)です。
 長江道の店です。

1.スバル
2.ナイキ
 ナイキは耐克(naike)で発音はナイケに近いです。
 確か山西路の東、営口道に近い所にあった店です。

2.ナイキ
3.モトローラ
 摩托羅拉(motuoluola)は日本語の発音に近いです。
 この店は南京路です。

3.モトローラ
4.ユニクロ
 ユニクロは優衣庫(youyiku)ですからヨウイクになります。
 この店は上海の南京東路店です。

4.ユニクロ
5.ダイエー
 大栄(darong)は大きく栄えるで縁起の良い名前ですが今は撤退してありません。
 南京路に面してましたが現在は中国系のスーパ物美(wumei)になってます。
 この物美がWALMARTの発音が似ていると騒がれたことがあります。

5.ダイエー
6.ノキヤ
 ノキヤは諾基亜(nuojiya)でノジヤと発音します。
 南京路店です。

6.ノキヤ
7.カシオ
 カシオはカ西欧(kaxiou)と書きます。
 気象台路のスーパ華潤万家(昔の家世界)の店です。

7.カシオ
8.シチズン

 シチズンは西鉄城(xitiecheng)、シティエチョンです。

 この店の華潤万家の中にありました。

8.シチズン
9.ミズノ
 中国名がありませんがミズノの中国名は水野ではなく美津濃(meijinnong)です。
 メイジンノンですね。

9.ミズノ

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2009年11月19日

天津の悪旅行ガイド つづき1

 今日は記者が旅行者に装って取材した結果です。


 記者が他の旅行者と一緒に天津駅の出口通路に出ると津門一日遊の看板を持った十数人の男女がいて三十代の男の一人近付いて来て一日観光はどうかと聞き、同意すると説明を始めました。


 一日観光は次の三路線あって三人揃えば出発するとのこと

1.開放橋、濱江道、銀河広場、五大道、狗不理包子店ーーー98元

2.洋貨市場、外灘+海濱浴場(風呂ではなく海水浴場です。)ーーー168元

3.基輔号と公主号(プリンセス号?知りません)ーーー198元


 記者は聞きます。

 「どれがお勧めか?」

 答えは2または3。


 さらに聞きます。

 「これは旅行社手配か個人か?」

 「正式の旅行社の観光である。」

 「ならばガイド証(導遊証)有るか?」

 「ガイド証は車の中に置いていて持ってくるのを忘れた。」


 最後の質問は
 「旅費に入場料を含むのか?」

 「間違いなく含まれる。」

 と答を確認した薦めによって3.を選択しました。


 しばらく待って北京から来た一組の父子と記者三人になって駅の外に出ると導遊は人数が足らないのでちょっと待っていい。

 30分待って三人を連れて建国道へ。

 ここで中年の女性にこの三人は塘沽に行くと引き継いで姿を消し、肯徳基付近にに行って中年女性は40代の男性に引き継ぎ姿を消します。


 40代の男性は三人を車(サンタナ)まで連れてきて、

 「ここでしばらく待って下さい。」

 「誰を待つのか?」

 「最低5人揃わないと出発出来ない。」

 「三人揃ったら出発すると言ったではないか?」

 「・・・・子供は三人の内に入らない。」


 しばらくして男は電話で話をした後、車を降りるようにいい、別の路線なら人数が十分いるので出発出来るがどうかと言い出します。


 記者はあちこち引き回されのでここで中止したそうです。

 つづく
                      以上(8月21日記)

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2009年11月18日

天津の悪旅行ガイド

 昨日まで天津旅行客の状況いついて書きました。


 今日は天津にもいる悪旅行ガイド(黒導遊)の話です。

 黒導遊(heidaoyou);黒は悪い意味で黒社会はマフィヤ、黒人は戸籍のない人を意味し、導遊は「ガイド」です。


 次は北京から来た三人の話です。

 天津は面白いと聞いて小劉、小王、小趙は夏休みを利用して天津に来ました。

 天津駅に着くと通路に「津門一日遊(天津一日観光)」の看板を持った十数人の男女に囲われます。

 天津に来たことのない三人は説明に心を動かされて直ちに基輔号観光に参加することにしました。

 注;
 基輔号(旧ソ連の空母キエフを中国が購入し塘沽で観光展示してます。

 メルマガ233号2005年8月26日配信で書きました。)


 三人が天津駅を出て案内されたのは古い夏利(ダイハツシャレ−ドの中国版)でしたが中には既に二人乗っていました。
 (五人乗りはかなり無理)

 二時間後塘沽に着くと何の説明もなくレストランの前に車を止めて昼食を食べて下さいと言われ、時計を見ると12時近いので運転手について中に入ると運転手はいなくなりました。


 四点の料理に6本のビールを注文して値段を聞くと200元
 (約3000円)、何故こんなに高いのか聞くと
 「この店はこんなもの」
 言われ仕方なく支払います。


2時過ぎに運転手が来て旅行費198元を請求し、支払い、基輔号に着きましたが直ぐに中に入らず近くのみやげ店に案内します。

 この店は安くて良い物があると買い物させられ、三人は折角来たので何かの記念と思い夫々100元ほどの買い物をします。


 次に運転手は指さしてあそこで入場券を買いなさいと云われやっとここで気付きました。

 旅費に入場料を含むと言ったではないかと口論になって運転手は雲隠れです。
 (ちなみにここの入場料は当時110元でした。)


 仕方なく三人は警察に訴えて、その助けで市内に戻って来ました。


 明日は記者の覆面取材(暗訪anfang)の結果です。

 つづく
                      以上(8月21日記)

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2009年11月17日

天津の上半期の外国人は65万人

 今年の上半期、主要都市の老外(laowai外国人)数が国家旅遊局より発表されました。


 全国では入国者は2007万人で昨年より4.13%減でした。

 これは経済危機とインフルエンザの流行の影響です。


 天津については入国者数は704992人で13.89%増で、全国3位の増加です。

 その内、外国人観光客は655375人で、主要28都市の5番目です。
 (この表現は少し分かり難いです、入国者数と観光客数の差約4万人は外国から来た中国人数と思われます。
  天津には北京経由の人が多いのですし、北京に数日滞在後に天津に移動する人もいます。
  どの様に数えたのでしょう。)


 外国人観光客数が天津より多い四つの都市の数を多い順に書くと次の通りです。

      外国人観光客  入国者数   昨年比

1.上海   201万   245万  −6.46%

2.北京   152万   183万  −2.30%

3.広州    87万   288万  −4.72%

4.杭州    72万   106万万  0.14%


 天津の観光客が増えた理由については天津ー北京間の高速鉄道の開通、今年を天津旅遊宣伝推進年として各地の活動(旅遊購物節、塘沽旅遊節、楊柳青民俗文化旅遊節などをが行ったことなどを挙げてます。


 天津に来る外国人に人気がある場所は古文化街、鼓楼、石家大院、戯劇博物館、食品街、五大道、など伝統的観光地、新しい所では天津の目(摩天輪)、イタリ式風情街などです。

                       以上(8月17日記)

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2009年11月16日

天津の観光客

 天津は4直轄市の一つで人口1000万人の大都市ですが観光となるととたんに見劣りする小都市になってしまいます。

 ではどのくらいの観光客が天津に来るのでしょうか。


 最近発表された数値では今年上半期の海外旅行者は70.5万人、去年の13.9%増、外貨収入は5.93億ドル(約563億円)去年の15.4%増、国内旅行者は4000万人で去年の14.25増、観光収入は475億元(約6700億円)、去年の17.2%増です。


 濱海新区開発解放と市の環境総合整備の成果によって天津の魅力が増して観光客が増加してます。


 細かく見ると6月に古文化街に来た観光客は80万人、観光収入3500万元(約4.9億円)、13%増、盤山旅行者5.16万人、68%増、観光収入は223万元(約3100万円)24%増、石家大院旅行者3.68万人70%増、観光収入は41万元(約570万円)70%増、濱海航空母艦参観者6.2万人50%増、収入533万元(約7500万円)35%増。


 その他、海河観光船の市民、旅行者の人気があり半年で8.8万人が乗りました。


 北京ー天津の高速鉄道が開通してから両市の移動が容易になり、北京市旅行局、北京大型旅行グループ、旅行社が相互訪問の契約を行った結果、今年上半期で北京から天津に高速鉄道で来た旅行者は
 294.76万人、天津から北京に行った旅行者は306.85万人になりました。

                       以上(7月28日記)

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2009年11月13日

格格府博物館見学(写真付)

 昨日まで格格府の説明でした。

 今日は内部の参観結果です。

 入口を入った所が前庭で左に切符売場(と言っても机があるだけ。)があって10元払います。


 説明書をくれますが簡単な格格府の来歴と蔵秀雲の比較的詳しい来歴が書いてますが訳すほどの内容ではありません。


 左右と正面の三部屋の展示室があります。

 展示室は撮影禁止のため説明者が付きますがほとんど説明しません。

 電気を付けて(人が少ないと入場者がいる時だけ電気を付けるのです。)監視するだけです。

 いずれの展示室も5m×15mくらいの小さな部屋です。

 左の展示室には金メッキの小仏像が9体、陶器の馬が2匹、壺が5個あり説明は年代が書いてあるだけです。

 古いものはありません。

 ほとんど清明代のものです。


 右の展示室は陶磁器のの展示、全部で30点ほど、正面の展示室は書画が10数点50cmくらいの青銅製四方鼎が一個あります。


 正面の部屋手前右から裏庭に行く通路があります。


 裏庭は前庭と全く同じで15m四方ほど、展示室も同じ大きさの左右正面の三室あります。


 左展示室にある漢代の玉が最も古いものです。

 この部屋には年代さえも書いてないものがありました。

 何故か聞いてみても理由がはっきりしません、年代も現代の物ではなく清代と言ってましたから骨董品に間違いありません。


 右の展示室は家具(蔵秀雲のもの)と小陶磁器が10数点、中に日本製が一つありますが説明書きはありません。


 正面の展示室は格格府の寝室で椅子など家具とベッドがあるだけです。


 とにかく来歴説明が何もないのでさっぱり理解出来ません。

 17点の国宝がありとしてますが表示がありませんしとてもそんなに国宝がある様に思えません。

 やはり私設博物館です、全く見るべきのものはない退屈な博物館でした。


住所;
 天津市南開区鼓楼南街30号、

入場料;
 10元

開館時間;
 午前中9時から12時、午後1時から5時
 ただし土日は9時から17時まで昼休みなし、休館日なし。

                       以上(9月3日記)


 ●お待ちかね?写真のコーナーです!●
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格格府博物館の写真と説明です。

1.博物館入口
 鼓楼南街に入口があります。
1.博物館入口
2.私人博物館
 入口から見ると私人博物館と小さく書いていて切符売り場の矢印があります。
 入って左の机で切符(10元)を買います。

2.私人博物館
3.左展示室
 入ると15m四方ほどの小さな中庭があって奥と左右に三つ展示室があります。
 内部は撮影禁止です。
 この部屋には青銅の鐘、小さい金メッキの仏象が展示してます。

3.左展示室
4.右展示室
 中は陶磁器の展示、説明者が付いてくれますが主に監視目的でから煩わしいばかり。
 展示室ほとんど同じ広さ約5mの15mの狭い部屋です。

4.右展示室
5.馬車
 右に馬車、他の展示品と同様ですが来歴など説明はありません。
 後方は奥の展示室、書画、青銅の四方鼎が一つあります。
 右奥の通路から裏庭に行きます。

5.馬車
6.裏庭への通路
 馬車のある所の後奥からこの通路を通って裏庭に行きます。
6.裏庭への通路
7.奥左展示室
 裏庭の展示室も前庭と同じ奥と左右の三展示室があります。
 左に漢代の玉類が展示してます。他は全て清明代の比較的新しいものばかり。

7.奥左展示室
8.鼓楼
 入口に北は直ぐに鼓楼です。
8.鼓楼
9.鼓楼南街
 格格府博物館の南です。
 この先右に大福来の鍋巴菜の店があります。

9.鼓楼南街

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2009年11月12日

格格府博物館 つづき

 昨日のつづきです。


 和碩格格は本名は裕徳齢といい、満州八旗、正白旗人、1886年武昌の生まれ子供のころを荊州、沙市で過ごし、父は裕庚、母はフランス人、1895年から駐日、フランス使節であった父に従って日本、フランスで生活、1903年17才の時に北京に戻ります。


 妹の容齢が慈禧(西太后)の通訳となり、徳齢は外語、外交に通じていた(8ヶ国語に通じていた)ことから慈禧の信頼を得て和碩格格に封じられます。

 なので和碩格格の屋敷を格格府と云うのです。


 1907年米国上海領事と結婚して夫に従って米国に行き文筆活動を行いました。

 その時のペンネームは徳齢公主でした。


 代表作は「紫禁城両年」「清末政局回憶録」などです。

 抗日戦中は宋慶齢とともに救国運動のため資金、物資の調達に貢献とあります。


 1944年11月22日カナダで交通事故で亡くなりました。

 58才でした。


 格格府は裕徳齢が1905−6年の短い期間、天津で生活した住居です。

                      以上(6月22日記)

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2009年11月11日

格格府博物館

 鼓楼南街に新しい博物館が6月20日開館しました。


 天津生まれの香港商人の蔵秀雲が3.3億元(約45億円)を投資した私設の博物館です。
 (全国でこうした私設博物館は100以上あるそうです。)


 格格府は清光緒年間の貴族和碩格格の屋敷で典型的な清朝晩期の建築です。

 これで鼓楼の清朝晩期の建物は広東会館、老城博物館とともに三つになります。


 格格府は四合院建築で敷地1.9畝(約1270m2)、建築面積は700m2配置、床レンガ、壁、窓などオリジナル通りの原則に従って修復されました。


 前庭と後庭の東西の部屋が展示室で陶磁器、書画、珍宝、青銅器、格格居室、その他の6つの展示に分かれてます。


 展示品は蔵秀雲が20年間で収集した文化財ですが第一期展示として商周戦国時代の青銅器、清代の磁器、14−16世紀のヨーロッパの文化財など258点を展示します。

 この内海外流出の骨董品が30点(20点の記述あり)、17点は国宝です。


 入場料、開館時間などの記述はありません。


 格格府については泥人張を紹介した時に泥人張博物館ではないかと書きましたが関係ない様です。


 明日は和碩格格の紹介です。

 つづく
                      以上(6月22日記)

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2009年11月10日

22年振りの早い初雪と1951年以来の最低気温

 まだ立冬(7日が立冬)でもないのに11月1日は雪が降って冬の季節になりました。

 1日の夜中の気温は市内で−4℃、山間部で−6℃に下がり凍結する記録的寒さとなりました。


 この様な早い初雪は1987年10月31日以来、22年振りの早さです。


 1日は小雨から中雪に変わりほとんど一日中降り続き正午の市内気温は−0.1℃までしか上がりませんでした。

 降水量は市内で2.1mm(積雪10.5mm相当)薊県で9.7mm(積雪48.5mm相当)でした。


 気温が下がっただけではありません。

 渤海にある最大風力10級の強風の影響で市内でも4−5級の西北が吹いて大風警報が出ました。


 明けて11月2日です。

 4−5級の西北風は治まらず1951年以来の最低気温を記録しました。


 1日の積雪による放射冷却と強風の影響で市区の最低気温が−3.1℃に下がり静海では−5.8℃になりました。


 一般に天津市の最低気温は薊県、宝ディ(土氏)などの北部地区ですが今回は珍しく静海で最低気温が記録されました。


 11月1日から5日までの記録としては1951年以来の天津市最低気温になります。


 なお前回の最低気温を記録したのは1995年11月1日の−1.8℃です。

                       以上(11月3日記)

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2009年11月09日

10月の天気(2009年)

 最低気温が3℃から15℃、最高気温が10℃から27℃でした。


 最低気温の最低3℃は31日、最高15℃は1、4日の二日ありました。

 最高気温の最低10℃は31日、最高27℃は2日の夫々一日です。


 今年の10月は30、31日に急激に気温が下がりましたがその他の日はほとんど変化がなく温暖でした。


 昨年の10月の天気との比較ですが去年の最低気温が4℃から14℃、最高気温が15℃から26℃でしたから今年の10月は去年よりも寒そうですが30、31日に急激に気温が下がった影響です。

 平均値を見ると去年より暖かいです。


 天気はとても良いです。

 晴間の出る日が77%で、雨の予報が四日(去年も四日)ありました。

 霧の予報はありません。


 風は去年および9月より少し強いです。

 2−3級が32%、3−4級が48%、4−5級が四日、5−6級と6−7級が一日ずつありました。

 10月16日と18日です。


 風の向きははっきりした傾向はありません。

 北西と東北が26%、南が16%、南西が13%、北が三日、西が二日、東が一日です。


 ガイドブック「地球の歩き方」および天津の天気統計(資料1)の10月の気温を比較すると下記の通りとなります。

       地球の歩き方  資料1 2008年  去年10月 今年(天気予報)

 *最高気温平均 15.5℃  19.2℃ 18.7℃ 20.4℃ 21.4℃

 *最低気温平均 12.7℃   9.3℃  9.2℃  9.3℃ 11.2℃

 *平均気温   13.6℃  13.6℃ 14.0℃ 14.8℃ 16.3℃


 これを見ると今年の10月は例年よりとても暖かいことになります。

                     以上(10月31日記)

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