2017年03月24日

元日本駐天津領事館(写真付)

 元日本駐天津領事館は天津日本租界の宮島街(現在の鞍山道)にありましたが中華人民共和国成立後に撤去されました。


 歴史
 元日本駐天津領事館は清代光緒元年(1875年)に米国人住宅内に設置されました。

 後に泰安道と解放北路交差点、利順徳飯店の斜め前に移転します。


 1902年、日本駐天津領事館は総領事館に昇格しました。
 最初の総領事は伊集院彦吉です。

 1909年、天津英国租界から日本租界の栄街(現在の和平区新華路)に入ります。

 1915年、宮島街日本庭園の南側(現在の和平区鞍山道八一礼堂南側)に領事館を新設します。

 1935年10月、駐華総領事館会議が招集されます。

 1943年1月、天津日本租界が汪精衛政権に返還され、興亜第一区と改名されます。


 人員配置
 日本駐天津領事館は総領事、領事二人、副領事と駐在武官が数名より構成されてます。
 かっての総領事には有田八郎、吉田茂などがいます。


 領事館機構
 元日本駐天津領事館は三部、三課、一署より成ってました.
 即ち総務部、経済部、司法部、会計課、電信課、文書課、警察署、後に朝鮮課が増設されます。また厚生省防疫員も駐在してます。
 天津総領事館は青島、済南、張家口、太原などの領事館を管轄し、政治、軍事、経済、文化、社会風俗など広範囲の調査、情報を取集する華北の中枢として活動しています。

                       以上(4月24日記)


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 元日本駐天津領事館の写真と説明です。










1.鞍山道

 新華路から鞍山道の南方向です。

 右に八一礼堂があります。

1.鞍山道
2.八一礼堂

 鞍山道(旧宮島街)からの八一礼堂前景です。

 新華路(旧栄街)の交差点付近から撮りました。

 日本領事館は鞍山道の八一礼堂裏側(南)にありました。

2.八一礼堂
3.八一礼堂裏1

 八一礼堂裏はガソリンスタンドになってます。

3.八一礼堂裏1
4.八一礼堂裏2

 八一礼堂裏のガソリンスタンドの奥には建物がありますが新しいものです。

4.八一礼堂裏2
5.解放北園

 最初の領事館は英国租界内の泰安道と解放北路交差点、利順徳酒店の斜め前にあったことになってます。

 泰安道から見た解放北路交差点付近です。

 左が解放北園で右が解放北路と利順徳酒店です。

 解放北園は利順徳酒店の対面なので領事館跡はここではない様です。

5.解放北園
6.英国クラブ

 泰安道から見た英国クラブです。

 英国クラブの左が利順徳酒店ですから斜め前の領事館は英国クラブの対面の右の建物になります。

 右の建物は現在は家皇遊艇会(Royal Yocht Club)です。

6.英国クラブ
7.新華路

 ハミ道(旧松島街)から西方向の新華路です。

 英国租界から次に日本領事館は新華路に移りました。

 正確な場所は記述がありませんが日本租界内の新華路は東は錦州道(旧秋山街)から西は多倫道まで(旧福島街)まで約600mです。

7.新華路
8.和平路

 東南角から南方向の和平路(旧旭街)です。

 新華路から2ブロック北が和平路ですが和平路は東西から北に方向を

 変えて東南角までです。

 東南角は日本租界の北端になります。

8.和平路
9.錦州道

 南京路(旧住吉街)から北の錦州道です。

 左(西)が日本租界で右(東)がフランス租界です。

 ここが日本租界の南東角になります。錦州道は南京路の南では貴陽路になります。

 南京路南のフランス租界の西は四平西道まででした。

9.錦州道


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