「Music In You / Hitomi Nishiyama Trio」
ミュージック・イン・ユー / 西山瞳トリオ
税込定価: 2,640円 初回限定デジパック仕様※終了
品番: MT-002
レーベル: Meantone Records
発売日: 2011年11月9日
販売: ディスクユニオン
西山 瞳 Hitomi Nishiyama - piano
佐藤 "ハチ" 恭彦 Yasuhiko "HACHI" Sato - bass [web]
池長一美 Kazumi Ikenaga drums [web]
橋爪亮督 Ryosuke Hashizume - tenor sax (#12) [web]
[収録曲] 曲紹介はこちら
01. Standing There スタンディング・ゼア (5:51)
02. Kinora キノーラ (4:43)
03. Pictures ピクチャーズ (5:29)
04. Unfolding Universe アンフォールディング・ユニバース (5:02)
05. Just By Thinking Of You ジャスト・バイ・シンキング・オブ・ユー (4:10)
06. Slovak Young Men's Dance「スロヴァキアの若者の踊り」/バルトーク(5:59)
07. T.C.T. ~Twelve Chord Tune~ ティー・シー・ティー (4:24)
08. Pathos ペーソス (3:17)
09. Syneya シーニャ (6:04)
10. Exhibiting the “NOW” イグジビティング・ザ・ナウ (7:12)
11. Music In You ミュージック・イン・ユー(4:55)
12. Pictures ピクチャーズ (6:08)
All Compositions by Hitomi Nishiyama except #6
Produce : Hitomi Nishiyama
録音日: 2011年3月3日、4日 Studio Dede
ピアノ技術: 越智 晃 Akira Ochi
マスタリング: 2011年4月5日、7月1日
ディレクター:真鍋 悟(diskunion) Satoru Manabe
ライナーノーツ: 工藤由美 Yumi Kudo
ジャケット美術: 池内晶子 Akiko Ikeuchi
協力: gallery21yo-j、ピアノフォルティ株式会社、仙川アヴェニューホール、Clioblue
■オンラインショップ
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■ライナーノート
西山瞳が帰ってきた!「帰ってきた」という表現は、不適切かもしれない。それは表層的な音楽ビジネス上のことで、彼女自身は外野の思惑とは無縁のところで、地道にライブ活動を続けながら真摯に自分と向き合い、静かに、そして淡々と着実に、自分の世界を深め、進化させ続けていたのだから。
西山瞳という若い女性ピアニストを知ったのは、2006年の『キュービウム』がリリースされた時だ。メジャー・デビュー作にして、いきなりのスウェーデン録音。透徹な美意識に裏打ちされた、純度の高いピアニズムに驚嘆した。さらさらと流れるピアノの調べは清流のきらめきを湛え、同時に綿帽子のような軽やかさと柔らかさで、聞き手を優しく包み込む。いわゆる超絶技巧を強調した雄弁・多弁なタイプでもなければ、スウィングで押しまくりもしない。しかしそこには、精神を高揚させる、高潔な美しさがあった。静謐な佇まいと凛とした気品、そして折れることのない柳のようなしなやかさと芯の強さ。さらに複雑に入り組んだ曲想には謎解きのようなスリルと面白さが息づいていて、一度で魅了された。
西山瞳。1979年11月17日生まれ。2004年の自主制作アルバム『I'm Missing You』(2011年8月にリイシュー)がヨーロッパ・ジャズ愛好者を中心に話題となり5カ月後に全国リリース。翌年には横濱ジャズプロムナード・ジャズコンペティションで、自己のトリオを率いてグランプリを受賞。2006年にはスウェーデン録音の『キュービウム』をスパイス・オブ・ライフ(アミューズ)よりリリース。翌年にはストックホルム・ジャズフェスティヴァルに日本人として初出演。『メニ・シーズンズ』『イン・ストックホルム』とさらにスウェーデン録音を2作続け、2008年には自身のバンドで『パララックス』を発表、HMVジャパニーズジャズチャート1位を獲得する。順風満帆に思えた音楽キャリアだが、そこでアルバムのリリースが途絶えてしまう。
その後の3年間の沈黙は、彼女自身の事情というより、音楽産業全般を取り巻くきびしい環境の変化に起因していた。諸般の事情から所属レーベルでの音楽制作ができなくなったため、新作リリースが可能になる契約満了を指折り数えていたのは、何よりも彼女自身であった。
『Music in You』は、そんなビジネス上の事情もあって、彼女が震災の直前の3月上旬、セルフプロデュースという形でレコーディングした、純度100%の西山瞳の今を、切り取った作品である。
西山瞳のキャリアを振り返ると、エンリコ・ピエラヌンツィや北欧レコーディングにまつわるヨーロッパ的なイメージが先行しがちであったが、こうして新作を手にしてみると、ヨーロッパ的なものと、ましてや米国発のジャズと一線を画す、アーティストとしての独自性が確立されていることに新鮮な驚きを覚える。関西出身の彼女の言葉を引用するなら誰とも「芸風がかぶらない」ということになるのだが、「屹立した個」とでもいうべき、誰にも真似ることのできない唯一無二のオリジナルな世界が、物語性を伴って、生き生きと展開されているではないか。
2010年、それを実証する出来事があった。アメリカで最大規模の作曲コンペティション、インターナショナル・ソングライティング・コンペティションで、全世界約15,000のエントリーの中から、アルバム収録曲「アンフォールディング・ユニバース」がジャズ部門で3位入賞という快挙となったのだ。これは、新しいものを生む彼女の真のクリエイティヴィティを世界が認めたことに他ならない。
『ミュージック・イン・ユー』というタイトルは、その意味でも象徴的である。音楽は自ら作りだすものではなく、音楽の女神が支配する、自分の内なる宇宙に鳴り響く音楽に耳を傾け、それを掬い取る作業なのだというメッセージが込められているのだろうと筆者は想像する。そこには、エゴイズムを超越した、音楽に対する畏怖の境地がある。全身全霊を捧げ、音楽神への帰依を誓い、全身全霊を捧げた者の耳元だけに囁かれる、神秘の旋律。そしてその「神託」を受け取った彼女は、丁寧に曲想を膨らませ、一枚、一枚、絵を描くように作品を完成させていく…。
その一つひとつに命を吹き込むために、西山瞳は今回、自分がもっとも信頼しリスペクトするベースの佐藤“ハチ”恭彦とドラムスの池長一美という、二人のミュージシャンの力を借りた。4年前に大阪から東京に拠点を移した直後、横浜のライブハウスでブッキングしてもらったことがきっかけで意気投合、以来、一緒に音楽を作りながら、唯一無二の絆を育んできた。
リリカルで、ロマンチックで、メランコリック。西山瞳が丹精込めて作り上げたオリジナルの数々は、この世界基準の実力を備えたトリオに委ねることで新たな命が吹き込まれる。緻密に構築され、隅々まで熟慮がなされた楽曲は、トリオによって自由に解き放たれ、そのトリオの集中力と瞬発力によって生み出された「揺らぎ」が、さらに音楽の密度を上げていく。
多少の解説をここで加えておく。
オープニングの「スタンディング・ゼア」は、今という時代に生まれ育った日本人女性としての彼女のアイデンティティがナチュラルに投影された作品。洗練された現代女性の部分と古風な日本人女性が共存する西山瞳という人間が、目の前に立ちあがってくるような美しい曲だ。ベースとピアノの印象的なユニゾンで始まる「キノーラ」は、このトリオのために書き下ろした作品。ちなみにキノーラとは古い動画機器のことだそうで、確かにモチーフはそれを連想させる。「ピクチャーズ」はコンポーザーとしての彼女の才能が際立つ作品。最後にテナー・サックスの橋詰亮督を迎えて録音した同曲と聞き比べてみると、作者の意図がよく理解できる。
「アンフォールディング・ユニバース」は前述の作曲コンペで世界3位になった曲。
視界がどんどんと広がっていくような、アクロバティックでスリリングな作品。「ジャスト・バイ・シンキング・オブ・ユー」は、切なくも美しいバラード。しっとりと歌うピアノに思わず聞きいってしまう。「スロヴァキアの若者の踊り」はバルトークの初期の、エスニック色の強い作品。大作曲家の作品を、大胆にもすっかり自分色に染めているところが面白い。
「TCT」はビル・エヴァンスにインスパイアされた作品で、12個の和音を一つの重なりもないようにして作った実験的な試み。結果、意外にもかなり音楽的なものになり、幻想的な世界が立ちあがってきた。「ペーソス」もトリオ用に書き下ろされた作品。ぐっと胸に迫るメロディラインは彼女が得意とするところだ。
「シーニャ」はベースが弓弾きで鳴らし続ける一音を一本の糸として、そこにピアノとドラムスをからませて物語を紡いでいくという、これまたユニークな試みで、オーロラのような不思議な美しさを湛えた作品に仕上がった。「イグジビティング・ザ・ナウ」は、複雑なコード展開が胸のすくような高揚感を誘う。
そしてタイトルトラックは、「アーティストが作りだすものではなく、作品を見た人の心にアートが発生する、アートはみなの心の中にある」という現代美術家の宮島達男氏の言葉に共感、アートを音楽に置き換えたタイトルを思いついたところから曲作りを始めたという。
西山瞳という稀有なアーティストの心の中に鳴り響く音楽は、聞き手の心に共振し、自己も他者も存在しない、魂の故郷とも言うべき、幽玄の世界に誘ってくれる。それこそが音楽の奇跡であり、それがあるからこそ、私たちリスナーは、旅人がオアシスでのどを潤すように、彼女の音楽を求め続けるのだ。そう、西山瞳を知った人は、幸いである。私はそう思う。
2011年9月
工藤 由美(Yumi Kudo)
■HMVニュース(2011年11月1日付)
『I'm Missing You』 リプレスに続くは、3年ぶりの新録アルバム!
今夏、2004年録音の自主制作初リーダー・アルバム『I'm Missing You』がボーナストラック3曲を追加してめでたく再プレス。日本の女流ピアニスト・アルバム屈指のプレミア盤であっただけに、その再登場を心待ちにしていた多くのファンを歓喜させた西山瞳。
そんなファンの昂奮冷めやらぬ今秋、たたみかけるかのようにリリースされるのは、『Parallax』以来実に3年ぶりとなる待望のニューアルバム『Music In You』。こちらの登場を待ち侘びていた方々も多かったはず。
3年ぶりとは言うものの、精力的なライブ活動を行なっているということもあり ”ご無沙汰感”は殆どないのが実際のところ。また昨年は、アメリカ最大規模の作曲コンペティション「インターナショナル・ソングライティング・コンペティション」で、本アルバムに収録されている「アンフォールディング・ユニバース」がジャズ部門で3位入賞の快挙を達成というニュースが飛び込んで来たこともあり、名実共に「世界のニシヤマ」として世界中を日夜飛び回っている印象さえも強いだろう。
しかしながら、工藤由美氏が寄せたライナーノーツに「『Parallax』発表後の3年間の沈黙は、彼女自身の事情というより、音楽産業全般を取り巻くきびしい環境の変化に起因していた。諸般の事情から所属レーベルでの音楽制作ができなくなったため、新作リリースが可能になる契約満了を指折り数えていたのは、何よりも彼女自身であった・・・」と綴られているのを見れば、決して順風満帆な3年間でなかったということは凡そ確かのようだ。
耐え忍び待ち続けた”第二のスタート”という言い廻しが相応しいのかどうかは分からないが、様々なしがらみや頚木から解き放たれた時にこそ初めて見える(感じることができる)世界というものがもしあるとするならば、彼女はいま確実に新しい景色や空気を身体いっぱいに感受しながら、これまでよりもさらにオリジナリティ/アイデンティティに溢れた作品を生み出す力を付けているのだ、と信じてやまない。そういった意味では、最もこのニューアルバム『Music In You』の録音〜完成を心待ちにしていたのが西山瞳自身だったと言えるのかもしれない。
「個々の、その心の中に生まれる音」というイメージで捉えれば概ね自然だろうか。表題曲は、「アートはみなの心の中にある」という現代美術家・宮島達男氏の言葉に共感し曲作りをはじめたものだという。上京以来最も信頼を置いているリズム隊、ベースの佐藤 “ハチ” 恭彦とドラムの池長一美とのトリオ・コンビネーションはもはや芸術の域に入ったと言っても大袈裟ではない。彼女の柔らかなタッチから紡ぎ出される美しくもせつないメロディ、すべてをじんわりと包み込む大らかで清らかなヴァイブ。それらが自在に伸縮する律動に乗ることによってさらに有機的なコスモスへと昇華されていく。
先述のコンペ入賞曲「アンフォールディング・ユニバース」然り、バルトーク作品を採り上げた「スロヴァキアの若者の踊り」然り。アルバムのための書き下ろし「キノーラ」も、ビル・エヴァンスにインスパイアされたという「T.C.T.」も、橋詰亮督(ts)が参加したテイクを含め2ヴァージョンが収録されている「ピクチャーズ」も、すべての楽曲が ”清く正しく美しく” とでも形容されるべくトリオの調性や拮抗の中で生々しいフォルムをさらけ出す。
録音は今年の「3月3、4日」、つまり東日本大震災の一週間前に行なわれている。トラックダウン/マスタリングの作業に入ってからは、被災地のことを思えばこそ恐らく胸中穏やかならぬ、あるいはほとんどの人がそうであったように何もできない自身に忸怩たる思いを募らせながら臨んでいたことは想像に難くない。そして、もちろん様々なモチーフを取り入れているため楽曲一つ一つが概して分かりやすいエールとなり得るはずもないのだが。ただ少なくともこのアルバム全体の通奏低音となっている「音楽はみなの心の中にある」というメッセージは、”一方通行の高尚なアート”というよりはむしろ”日常的なリレーショナル・アート”として間違いなく誰彼の抱く想いにも届くものとなっていると断言したい。
デビュー・アルバム『I'm Missing You』と同じくセルフプロデュースという形で作り上げられた『Music In You』。何年かぶりに自由を克ち取り、音楽の愉しさそのものを存分に謳歌する姿には勿論のこと、スウェーデンでもアメリカでもない本当の出自「日本のニシヤマ」としてリスタートを切ることに誰よりも誇らしげでいる、そんな西山瞳の姿にとてつもない喜びを感じてしまう。
【Jazz Life 2011年11月号】
「聴く者に感動や情動をもたらす、芸術としての音楽」
巷には多くの音楽が溢れている。ジャズも居酒屋や牛丼屋、テレビのBGMをはじめ、カラオケ、スタンダードやノリのいい曲だけを集めたベストやオムニバス盤で、大量消費されているが、こういう音楽を「芸術」とは呼ばない。西山瞳は、3年ぶりとなる本作で、「芸術」としての音楽に真正面から対峙した。年齢も30代に差し掛かった彼女は、音楽を取り巻く状況が激しく変わりつつある今の時代を生きるひとりの日本人女性として、自分がどういう音楽を演奏すべきか、熟考を重ねた。その結果、仕上げたのが通算5枚目となるこのアルバムである。芸術とは、それに接した者の心に、言葉を超えた深い感動や、何かをせずにはいられない激しい情動をもたらすもの。自ら美しいと感じた感動や、思わず胸が熱くなった瞬間のときめきを、西山は楽曲として書きとめ、信頼を寄せる仲間との共同作業として、ここに自らの表現手段である音楽を通じて提示している。全曲自作。作品の中核をなす「ピクチャーズ」は、ピアノ・トリオとクァルテットの2ヴァージョンを収録、後者ではテナーの橋爪亮督が加わる。共演者では7や9でベースの佐藤が、6ではドラムの池長が大きく貢献。全体として、しっかり準備されており、共演者の潜在能力を引き出すリーダーとしての采配も光る。構成もよく練られた、渾身のアルバムだ。