短いが身近というお話

俳句、短歌そして読書、映画などなど・・・。なんでもつめこんで、やけくそに面白い!

桐野夏生「夜の谷を行く」

最後の2ページ。
連合赤軍「あさま山荘事件」。
その総括から逃げたひとりの女性。
服役後、静かに、人知れず生きている。
しかし、主犯のひとり永田洋子の死により
「事件」が女性の生活を動かす。
この小説は最後に
淡々と、しかし、大胆に
秘密を暴露する。
最後の数ページのために
この本を読み、読者は新たな理解をする。

夜の谷を行く
















50年ほど前のことである。
「反安保」の運動は燎原の火のように
日本を包んでいった。
その中心を担ったのは
「全学連」と呼ばれた学生たちであった。
「羽田」「佐世保」といった闘争に
全国から何万人の学生、労働者が集まった。
多くの市民たちがそれを支援し、
デモ隊を激励し、街頭カンパに協力した。
そのときの学生デモの規範は
官憲(警察)の力(武器?)を超えてはならない
ということであった。
しかし、それは次第に崩れ
角材を持ち、ヘルメットをかぶるようになり
投石するようになっていった。
学生たちの反政府運動は世界中のもので
例えば、投石はフランスの学生運動の
舗道をはがしての投石を倣ったものであった。
70年代に入ると
学生たちの武器は強化され、
内部でのリンチ事件などが多発。
次第に市民たちからの支持を失い、
さらには顔を背けられるようになった。
そして、その延長線上で起きたのが
「あさま山荘」事件である。
この本に出てくる西田啓子が実在の人物か
どうかは知らないが
主犯の永田洋子らの「総括」を逃れ
服役をし、社会復帰をした人がいるのだと
改めて知った。
しかし、その生活は親、親戚から除外され
たった一人の姉との交流のみが
「身内」の暖かさにつながるものであった。
しかし、姉の子供、姪の結婚話から
再び、あの事件が掘り返される気配。
少しづつ近寄ってくる
昔の仲間たちやその周辺の人々。
啓子はそれを弾き返そうとするが
次第にそれらを受けなくてはならなくなる。

そして、最後の、あっ!と言う結末。
衝撃的であるが
作者はあくまでも冷静に
啓子を描いていく。
暗く、出口のない物語の
それは出口?さらに深い穴?

真山仁「標的」

『売国』につづく冨永検事シリーズ第2弾!
なのだそうだ。
日本初の女性総理大臣の誕生を思わせる
風潮の中に不穏な動き。
高齢化社会の福祉の目玉、サ高住、
いわゆるサービス付き高齢者向け住宅を
めぐり、政権への道が右往左往する。
標的















次の総理の呼び声高い越村みやび厚労大臣。
若さと美貌と「福祉」で国民的人気。
越村みやびのパートナー的存在が楽田恭平。
現在の品質のよくない「サ高住」を
なんとか高品質に転換したいみやびに対して
投資会社のオーナーの楽田は高品質の「サ高住」に
投資することを目論んでいる。
目標が同じということで、
自然に二人が意気投合していく。

ところが、その関係に利害関係
つまり、みやびの総裁選挙のための資金が
楽田から出ているのでは?という噂。
噂は告発者なども出て嫌疑に。

みやびを影で支える夫、越村俊作は
金沢の酒造会社を維持するために四苦八苦。
突然、名を名乗らずに資金を提供しようとする
人物が現れる。
その人物は楽田ではないか?

さらに、現在の総理黛は二期目。
みやびの後ろ盾になろうとしながら
できれば三期目もと虎視眈々と。

こんな入り組んだ関係にアタマを突っ込む
新聞記者。
そして、収賄罪として捜査を進める富永検事。

非常に多層な展開に目を奪われる。
果たして、越村みやびは総理になれるのか?
俊作は酒造会社を守り、
妻みやびを守ることができるのか?

その結末がとても興味深い。
この作家真山仁はもっとストレートな作風、
と思っていたが、かなり目配りが複雑。

この、読書感想ブログ、最近、更新が少ない!と
いろんな人から叱責がありました。
本を読んでいない訳ではないが
なかなか書けなくて・・・。
これから、もう一度、復活です。


長澤あかね訳「スタートアップ・バブル」

52歳で「ニューズウィーク」をクビになり
求めた新天地が新興のIT企業。
そこでの出来事を克明に記し、
スタートアップ企業とは?と
語ろうとする作者。
いわば、ドキュメンタリー問題作?!
といえば、納得するかもしれないが
実はジャーナリスト風がいっこうに
断ち切れない、プライドのみが高い
おじさんの鼻持ちならぬ愚痴の物語である。
スタートアップバブル            
















非常に楽しく、小説を読むように
読み始めたのであるが
ページが進むにつれて
これは何なのだ!と叫びたくなった。
一流のジャーナリストであったかもしれない
52歳の主人公は
ブログライターとして扱われ不満、
会議が自分の経験したものとは違うと言って
ヒステリックになり、
同僚や上司が自分より相当に経験不足で若いと
馬鹿にしたり・・・。
とにかく、この主人公は
自分が置かれている立場をわかってない。
ただただ自分の才能や経験が生かされないと
ほぼ永遠に愚痴を公言するのであります。

たとえば、奇妙な会議、プレゼンテーションと
表現されている「馬鹿騒ぎ」は
実は日本でも、あのバブルの時代以降
多く行われてきた、はずである。
少なくとも筆者はその経験がいくつかある。

自分が何者かもわからない、
そんな中で、何かわからないものを
遂行していく、というようなことが
描かれているが
まさに、それに近いことが日本でもあった、
と確信する。

とにかく、100ページくらいまで読んでいくと
これから何が始まっていくか
想像できる。
そこまで、このおじさんの愚痴を聞くつもりで
読んでいくと、
おや?というラストが見えてくる。
長い前置きはこの結末のためにあったのか。
納得するであろう。

長澤あかね訳「キリング・アンド・ダイング」

この本を手にとって
装丁の素晴らしさ、本としての格調、
とりわけ表紙絵の美しさに唸ってしまった。
「アメリカン・グラフィック・ノヴェル」と
呼ぶらしい。
表紙を開けると
アメリカンコミックのタッチ。
しかし、豪華な装丁を確かにする
紙質、それを彩るカラー・・・によって、
ひと味違うアートの世界のように映る。
キリング・アンド・ダイング


















物語は6つ。
たとえば、植木をアートとして
売ろうとする男の話。
有名ポルノ女優にそっくりの顔の
女の子の話・・・。
「あるかも」だ。
面白いが、帯にある
「純文学」の香りはしない。

そんな中
「日本から戻ってみたけれど・・・」は
愚生には難しくて判らなかった。
心理的過ぎるのか?
アメリカ的過ぎるのか?

1ページに20コマ。
ほぼ整然と分けて描かれている。
そのレイアウトも
感情移入を妨げる。

アメリカンコミックって
こんなものだ!と納得すれば
新しい興味の箱が
増えるかもしれない。

加えて
下品な愚生は
これだけ立派な、
余裕のコミック本は
何部売れば元が取れるのだろうと
思ってしまった。

坪内稔典「文学のある日」

ねんてん先生の文学のある日々
















「夏目漱石から又吉直樹まで」
「文学はつまみ食いすればよい。・・・」
と帯にある。
「つまみ食い」の意味は読んでみるとすぐ判る。
難しい文学紹介するのではなく
著者がちょこっとちょこっと
エッセイの中で、文学のあれこれを語る。
まさに「つまみ食い」のように。
結論づけたらよくないけれど
誰にも小説や詩などに忘れられない部分がある。
文学作品のそんな肝心の部分を
著者が軽く、自分なりの解説をしたり
自作の俳句とともに紹介したり。
自由なタッチとひとつ一つがとてもコンパクトなので
すらっと読めてしまう。
実は昨日、この本が手元に来たのだけれど
今日、読んでしまった。
文学雑学通になったような気分が残った・・・。

原田マハ「本日は、お日柄もよく」

3月も書いてない!と友人に叱られて。
そういえば、
このブログは大事にしていたのにと思いつつ、
早速に?書いてみることにした。 
と、最近読んで、再デビューにふさわしい
軽い本をと思うけれど、
これが思いつかない。

ふと、近く、公式の席で
挨拶をしなければならないおもったら、
この本のことが気になり始めた。
というわけで。
本日はお日柄もよく
















普通のOLがひそかに思いを寄せていた 
幼なじみの結婚式に出る。
とても退屈なスピーチを聞きながら
とんでもない失敗をしてしまう。
それとは逆の感動的なスピーチにも出会う。

そのOLは親友の結婚式での
スピーチを頼まれる。
あわてて、感動的なスピーチをした 女性に
助けを乞う。
これをきっかけに彼女はスピーチライターの道へ。

さらに舞台があがって
国会の野党の党首のスピーチを・・・。

ストーリー展開としては
階段を昇り、ハッピーになっていく話。
軽くて、面白い読み物。
ライター出身の筆者としては
少し興味本位もあって読了できた。

そんなにうまくいくわけない!
そんなことあるけど、もっと深刻だよ!
こんなツッコミができるストーリー。

雑な感想になってしまった(反省)。
そんなにパワーを費やせずかけるという
確信もつかんだ(笑)一冊。
でも、軽いなあ。

 

長澤あかね訳「忘れんぼさんへのマナー」

93歳の母がいる。
先日、3ヶ月ぶりにお見舞いに行った。

ちょうど1年前のお正月に玄関先で転んで骨折。

手術をし、リハビリ中にエコノミー症候群で再入院。

いまはまたリハビリ施設に入っている。

この1年の間に変わったことは体力がなくなっとこと。

それにわずかながら、認知症が進んだこと。

わずかながらというのは、高齢になると

進行がかなり遅くなるらしい。

症状としては、同じことをとにかく繰り返し言うこと。

今回は「いつ来たの?」「いつ帰るの?」。

とにかくこの質問でやたら攻められた。

そして、別れ際に「今日帰るよ」と言ったとき

いままで見たこともない悲しそうな顔になったのには、

心底、困った。

1年前は「また来てね」だったのに。

ずっと面倒を見てくれている弟が

「明日また来るよ、と言えばよかったのに・・」
と言った。

「明日になったら兄貴が来ていたこと忘れているから」
と続けた。


認知症への対応は、ほとんどの場合、
身内同士のことなので

感情のもって行き場をどうするか、戸惑う。

 

この「忘れんぼさんへのマナー」は、
そんな戸惑いに
助け舟を出してくれる本だ。

私のように「悲しい顔」に出会ったとき忘れんぼさんへのマナー

「明日また来るよ」と
ウソをついても

傷つくことはないよ、
と私を救ってくれる
言葉が
どこかのページで
見つかる。

 

いまは縁がなくても、
いつかどこかで

認知症の人を
支えようとしている人の
行動が
理解できるようになる本でもある。

 

この本には象さんのイラストが
ときどき登場する。

重くなりそうな話を

象さんが明るく、元気づけてくれる感じだ。


訳者の「あとがき」にあるが

象は英語圏では記憶力の優れた動物
とされているらしい。

この逸話も気に入った。

*このブログ、2ヶ月も休んだ。
というか、なんとなくおきざりにしていた。
今年はもう少し以前のような情熱で
書きたいと思う。 

原田マハ「暗幕のゲルニカ」

おお、カッコいい!!
原田マハお得意の美術展もの。
何度も何度も表紙の絵を眺め、
ときにはピカソの画集を取り出して読み進んだ。

簡単な構成の読みやすい小説であったが、
そんなこんなに夢中になり、
読了までひと月くらいかかったように思う。
読後も4,5日その浮遊感の中にいた。

暗幕のゲルニカ

 














ピカソの問題作「ベルニカ」の誕生を巡る
ノンフィクッションをも思わせる物語が
大きなひとつのテーマ。

ナチス・ドイツがスペインのゲルニカを無差別攻撃。
ピカソは怒り、ピカソの絵筆には火がついた。
絵に没頭するピカソ。それをじっと見守る愛人ドラ。
ピカソの並々ならぬ熱でようやく完成した「ゲルニカ」。
しかし、思った通りの評判は得られなかった。
ピカソの戦争反対の思いは十分に伝わらなかったのだが。

21世紀。MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターで、
ピカソの研究をする八神瑶子は、あの9,11で夫を失う。
瑶子はスペイン、レイナ・ソフィアに所蔵されている「ベルニカ」を
戦争反対の意義を込めて、MoMAで公開したいと願い手を尽くす。
これがもうひとつのテーマ。

この20世紀と21世紀のドラマが
やがてひとつの流れに。

一瞬、瑶子がテロリストに捕まるという
ちょっと余計かもと思われるサスペンスも入る・・・。

ピカソの「ゲルニカ」はニューヨークで公開されるのか。
ピカソの戦争反対の願いは伝わっていくのか。

美術素人のワタシをすっかりピカソ愛好家に
してしまったこの小説。
心に残る一冊だと評価したい。


 

桐野夏生「猿の見る夢」

これまでの桐野夏生作品とは様相が異なる。
まず犯罪がない。
男が主役。
ややユーモラス、とてもペーソスな
辛い物語。
そんな桐野作品は記憶にない。

定年間近になると
誰もが考える将来への不安。
男の読者なら、その辛さに
きっとどこかで共感するはず。

猿の見る夢 
















大手銀行員である薄井正明は
銀行エリートたちは決して出向しない
アパレル会社に出向、その取締役。
その会社、運良くヒット作を生み出し、上場。
そこで薄井はなんとか生き残りをと
願っている。

銀行の社宅に住み、
20年近くのつきあいの愛人を持ち、
独立した息子と生まれ育った実家の土地に
二世帯住宅を建てて、老後を過ごしたいと
考えている。

そんな一見、セレブな感じの日常に
問題が発生する。

会社の会長はその娘婿である社長が
引き起こしたセクハラ問題を
どう解決するか、薄井に相談する。
薄井には、会長に取り入る絶好のチャンス?
ところが会長室に出入りするうちに
会長秘書に恋心。

一方、認知症で入院していた
母親が亡くなって大騒ぎ。
母親の介護を
実家の土地に家を建てて住む妹夫婦に
任せっきりだったため
薄井夫婦と妹夫婦が冷戦状態に。
母親の遺書には、財産のすべてを
妹にとあって、薄井大慌て。

ここに妻が連れてきた占い師が登場。
信じて従う妻。
なんとしても信じない薄井。

出向と出向先、
定年後の就職あるいは生活、
親の介護、遺産相続、・・・
概ね日本の社会では55歳を超えると
一度にそれら諸問題が迫ってくる。
桐野はそれをあるときはユーモラスに
あるときはオーバーに、そして、あるときは
哀しい現実としてとらえ
提示してくれている。

これは変だという部分もある。
それ以上に、いま抱えている問題を
素直に見つめてみようと思わされた。





 

「硝子の太陽R」「硝子の太陽N」誉田哲也

どっちがどっち?
読む前に、読んだ後に
どちらがどっちなのか
迷ってしまう。
装丁がこれだけ似ているのに
ほとんどつながりのないドラマの展開。
つながっているのは登場人物が数名。
事件の捜査の中で
つながっているよと主張するように
情報交換などを見せてくれる。

出版社は中公論新社と光文社。
装丁以外にページ数もほぼ同じ。

ひとつは刑事「姫川玲子」のシリーズ。
もうひとつは「ジウ」の流れ。

どっちがどっちだった?
企画モノもここまでくると行き過ぎ?
と、思いつつ読みふけってしまった。
                           
硝子の太陽R硝子の太陽N































「硝子の太陽Rルージュ」は誉田哲也の
ヒットシリーズ、姫川玲子警部補の警察ミステリー。
東京の住宅地で起きた一家殺人事件。
新生「姫川班」がその捜査にあたるが
なかなかの難事件。

一方の「硝子の太陽Nノワール」は
同じ誉田哲也の「ジウ」の流れを汲む。
テレビドラマで大ヒットした中村主水の
「必殺」シリーズの様相を帯びる。

どちらもエンターテイメントの極地ではあろうが
姫川シリーズが好み。

「ダ・ヴィンチ」7月号で
この「硝子の太陽」を中心に
誉田哲也が大きく取り上げられている。
(ちなみに「ダ・ヴィンチ」はKADOKAWAである)

ところで、この巨大?企画プロジェクトは
成功したのかどうか?


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