短いが身近というお話

俳句、短歌そして読書、映画などなど・・・。なんでもつめこんで、やけくそに面白い!

長澤あかね訳「キリング・アンド・ダイング」

この本を手にとって
装丁の素晴らしさ、本としての格調、
とりわけ表紙絵の美しさに唸ってしまった。
「アメリカン・グラフィック・ノヴェル」と
呼ぶらしい。
表紙を開けると
アメリカンコミックのタッチ。
しかし、豪華な装丁を確かにする
紙質、それを彩るカラー・・・によって、
ひと味違うアートの世界のように映る。
キリング・アンド・ダイング


















物語は6つ。
たとえば、植木をアートとして
売ろうとする男の話。
有名ポルノ女優にそっくりの顔の
女の子の話・・・。
「あるかも」だ。
面白いが、帯にある
「純文学」の香りはしない。

そんな中
「日本から戻ってみたけれど・・・」は
愚生には難しくて判らなかった。
心理的過ぎるのか?
アメリカ的過ぎるのか?

1ページに20コマ。
ほぼ整然と分けて描かれている。
そのレイアウトも
感情移入を妨げる。

アメリカンコミックって
こんなものだ!と納得すれば
新しい興味の箱が
増えるかもしれない。

加えて
下品な愚生は
これだけ立派な、
余裕のコミック本は
何部売れば元が取れるのだろうと
思ってしまった。

坪内稔典「文学のある日」

ねんてん先生の文学のある日々
















「夏目漱石から又吉直樹まで」
「文学はつまみ食いすればよい。・・・」
と帯にある。
「つまみ食い」の意味は読んでみるとすぐ判る。
難しい文学紹介するのではなく
著者がちょこっとちょこっと
エッセイの中で、文学のあれこれを語る。
まさに「つまみ食い」のように。
結論づけたらよくないけれど
誰にも小説や詩などに忘れられない部分がある。
文学作品のそんな肝心の部分を
著者が軽く、自分なりの解説をしたり
自作の俳句とともに紹介したり。
自由なタッチとひとつ一つがとてもコンパクトなので
すらっと読めてしまう。
実は昨日、この本が手元に来たのだけれど
今日、読んでしまった。
文学雑学通になったような気分が残った・・・。

原田マハ「本日は、お日柄もよく」

3月も書いてない!と友人に叱られて。
そういえば、
このブログは大事にしていたのにと思いつつ、
早速に?書いてみることにした。 
と、最近読んで、再デビューにふさわしい
軽い本をと思うけれど、
これが思いつかない。

ふと、近く、公式の席で
挨拶をしなければならないおもったら、
この本のことが気になり始めた。
というわけで。
本日はお日柄もよく
















普通のOLがひそかに思いを寄せていた 
幼なじみの結婚式に出る。
とても退屈なスピーチを聞きながら
とんでもない失敗をしてしまう。
それとは逆の感動的なスピーチにも出会う。

そのOLは親友の結婚式での
スピーチを頼まれる。
あわてて、感動的なスピーチをした 女性に
助けを乞う。
これをきっかけに彼女はスピーチライターの道へ。

さらに舞台があがって
国会の野党の党首のスピーチを・・・。

ストーリー展開としては
階段を昇り、ハッピーになっていく話。
軽くて、面白い読み物。
ライター出身の筆者としては
少し興味本位もあって読了できた。

そんなにうまくいくわけない!
そんなことあるけど、もっと深刻だよ!
こんなツッコミができるストーリー。

雑な感想になってしまった(反省)。
そんなにパワーを費やせずかけるという
確信もつかんだ(笑)一冊。
でも、軽いなあ。

 

長澤あかね訳「忘れんぼさんへのマナー」

93歳の母がいる。
先日、3ヶ月ぶりにお見舞いに行った。

ちょうど1年前のお正月に玄関先で転んで骨折。

手術をし、リハビリ中にエコノミー症候群で再入院。

いまはまたリハビリ施設に入っている。

この1年の間に変わったことは体力がなくなっとこと。

それにわずかながら、認知症が進んだこと。

わずかながらというのは、高齢になると

進行がかなり遅くなるらしい。

症状としては、同じことをとにかく繰り返し言うこと。

今回は「いつ来たの?」「いつ帰るの?」。

とにかくこの質問でやたら攻められた。

そして、別れ際に「今日帰るよ」と言ったとき

いままで見たこともない悲しそうな顔になったのには、

心底、困った。

1年前は「また来てね」だったのに。

ずっと面倒を見てくれている弟が

「明日また来るよ、と言えばよかったのに・・」
と言った。

「明日になったら兄貴が来ていたこと忘れているから」
と続けた。


認知症への対応は、ほとんどの場合、
身内同士のことなので

感情のもって行き場をどうするか、戸惑う。

 

この「忘れんぼさんへのマナー」は、
そんな戸惑いに
助け舟を出してくれる本だ。

私のように「悲しい顔」に出会ったとき忘れんぼさんへのマナー

「明日また来るよ」と
ウソをついても

傷つくことはないよ、
と私を救ってくれる
言葉が
どこかのページで
見つかる。

 

いまは縁がなくても、
いつかどこかで

認知症の人を
支えようとしている人の
行動が
理解できるようになる本でもある。

 

この本には象さんのイラストが
ときどき登場する。

重くなりそうな話を

象さんが明るく、元気づけてくれる感じだ。


訳者の「あとがき」にあるが

象は英語圏では記憶力の優れた動物
とされているらしい。

この逸話も気に入った。

*このブログ、2ヶ月も休んだ。
というか、なんとなくおきざりにしていた。
今年はもう少し以前のような情熱で
書きたいと思う。 

原田マハ「暗幕のゲルニカ」

おお、カッコいい!!
原田マハお得意の美術展もの。
何度も何度も表紙の絵を眺め、
ときにはピカソの画集を取り出して読み進んだ。

簡単な構成の読みやすい小説であったが、
そんなこんなに夢中になり、
読了までひと月くらいかかったように思う。
読後も4,5日その浮遊感の中にいた。

暗幕のゲルニカ

 














ピカソの問題作「ベルニカ」の誕生を巡る
ノンフィクッションをも思わせる物語が
大きなひとつのテーマ。

ナチス・ドイツがスペインのゲルニカを無差別攻撃。
ピカソは怒り、ピカソの絵筆には火がついた。
絵に没頭するピカソ。それをじっと見守る愛人ドラ。
ピカソの並々ならぬ熱でようやく完成した「ゲルニカ」。
しかし、思った通りの評判は得られなかった。
ピカソの戦争反対の思いは十分に伝わらなかったのだが。

21世紀。MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターで、
ピカソの研究をする八神瑶子は、あの9,11で夫を失う。
瑶子はスペイン、レイナ・ソフィアに所蔵されている「ベルニカ」を
戦争反対の意義を込めて、MoMAで公開したいと願い手を尽くす。
これがもうひとつのテーマ。

この20世紀と21世紀のドラマが
やがてひとつの流れに。

一瞬、瑶子がテロリストに捕まるという
ちょっと余計かもと思われるサスペンスも入る・・・。

ピカソの「ゲルニカ」はニューヨークで公開されるのか。
ピカソの戦争反対の願いは伝わっていくのか。

美術素人のワタシをすっかりピカソ愛好家に
してしまったこの小説。
心に残る一冊だと評価したい。


 

桐野夏生「猿の見る夢」

これまでの桐野夏生作品とは様相が異なる。
まず犯罪がない。
男が主役。
ややユーモラス、とてもペーソスな
辛い物語。
そんな桐野作品は記憶にない。

定年間近になると
誰もが考える将来への不安。
男の読者なら、その辛さに
きっとどこかで共感するはず。

猿の見る夢 
















大手銀行員である薄井正明は
銀行エリートたちは決して出向しない
アパレル会社に出向、その取締役。
その会社、運良くヒット作を生み出し、上場。
そこで薄井はなんとか生き残りをと
願っている。

銀行の社宅に住み、
20年近くのつきあいの愛人を持ち、
独立した息子と生まれ育った実家の土地に
二世帯住宅を建てて、老後を過ごしたいと
考えている。

そんな一見、セレブな感じの日常に
問題が発生する。

会社の会長はその娘婿である社長が
引き起こしたセクハラ問題を
どう解決するか、薄井に相談する。
薄井には、会長に取り入る絶好のチャンス?
ところが会長室に出入りするうちに
会長秘書に恋心。

一方、認知症で入院していた
母親が亡くなって大騒ぎ。
母親の介護を
実家の土地に家を建てて住む妹夫婦に
任せっきりだったため
薄井夫婦と妹夫婦が冷戦状態に。
母親の遺書には、財産のすべてを
妹にとあって、薄井大慌て。

ここに妻が連れてきた占い師が登場。
信じて従う妻。
なんとしても信じない薄井。

出向と出向先、
定年後の就職あるいは生活、
親の介護、遺産相続、・・・
概ね日本の社会では55歳を超えると
一度にそれら諸問題が迫ってくる。
桐野はそれをあるときはユーモラスに
あるときはオーバーに、そして、あるときは
哀しい現実としてとらえ
提示してくれている。

これは変だという部分もある。
それ以上に、いま抱えている問題を
素直に見つめてみようと思わされた。





 

「硝子の太陽R」「硝子の太陽N」誉田哲也

どっちがどっち?
読む前に、読んだ後に
どちらがどっちなのか
迷ってしまう。
装丁がこれだけ似ているのに
ほとんどつながりのないドラマの展開。
つながっているのは登場人物が数名。
事件の捜査の中で
つながっているよと主張するように
情報交換などを見せてくれる。

出版社は中公論新社と光文社。
装丁以外にページ数もほぼ同じ。

ひとつは刑事「姫川玲子」のシリーズ。
もうひとつは「ジウ」の流れ。

どっちがどっちだった?
企画モノもここまでくると行き過ぎ?
と、思いつつ読みふけってしまった。
                           
硝子の太陽R硝子の太陽N































「硝子の太陽Rルージュ」は誉田哲也の
ヒットシリーズ、姫川玲子警部補の警察ミステリー。
東京の住宅地で起きた一家殺人事件。
新生「姫川班」がその捜査にあたるが
なかなかの難事件。

一方の「硝子の太陽Nノワール」は
同じ誉田哲也の「ジウ」の流れを汲む。
テレビドラマで大ヒットした中村主水の
「必殺」シリーズの様相を帯びる。

どちらもエンターテイメントの極地ではあろうが
姫川シリーズが好み。

「ダ・ヴィンチ」7月号で
この「硝子の太陽」を中心に
誉田哲也が大きく取り上げられている。
(ちなみに「ダ・ヴィンチ」はKADOKAWAである)

ところで、この巨大?企画プロジェクトは
成功したのかどうか?


桐野夏生「バラカ」

久しぶりに書く。
前回の投稿から2ヶ月経っている。
多くの本が記憶から遠ざかりつつある。

こういう時は強烈な印象だった一冊から。

バラカ
















とてもとても複雑な展開の一冊。
章ごとに主役が変わっていく。
底流には「バカラ」という少女の「生」が
かかっているのだけれど。

そして、これから起こるかも知れない
社会的な問題、課題が
それぞれの展開の中で提議される。
たとえば、
・働く女性の問題
それは結婚しない女性、子供は欲しいという女性・・
限りなく女性の抱える、ひいては日本の抱える問題に
迫っていく。
・福島の原発問題
大地震以後、放射線の問題で住めなくなった東京以北。
首都は大阪に移り
東京は一種の廃虚化。
放射能で住めないことをアピールする人々が
「狩り」にあい、ひっそり、あるいは転々と
隠れながら生きているという視点。

他にも外人労働者、高齢者・・・
想像できる多くの将来の悲惨を
可能な限り満載し
それをこの人らしい、この人独特のタッチで
解きほぐしながらストーリー展開する。

とにかくの超大作でひとつひとつの
物語を把握し、読み進むのに
大きな時間が必要であった。

「社会派」とひとくくりの言葉で
この本を評価しては作者に失礼である。
予想もしない、予想すら出来ない
そんな未来が現実かも知れないと
思ってしまう貴重な作品。
挑むつもりで読んで欲しい。
 

黒川博行「悪菓」

久しぶりになりふり構わない小説を読みたいと
選んだのが黒川博行 。
前にも書いたかも知れないが
たまに行く小さなバーで氏を
よくお見かけした。

失礼ながら風貌とはまったく縁遠い
靜かな、紳士的なお酒の飲み方であった。

この小説「悪菓」が直木賞候補になったとき
氏はそのバーで受賞の知らせを待っていた。
いまかいまかと待つ報道陣の群れ。
しかし、時が経つに連れ、ひとり減り、二人減り。
最後にひとり残った氏は
「ここの勘定は誰が持つんや」と
おっしゃたとか、おしゃらなかったとか。

奥様の絵の展覧会に行ったり、
ある「朗読会」でご一緒したりと
氏はもうお忘れでしょうが
小さなご縁があった黒川氏。
直木賞を受賞されて以後、
お目にかかったことはない。

悪菓

















この小説、気分はきわめてアメリカンなのだが
中身的には、絶対的にジャパネスクな刑事物語。

暴力団担当の2人の刑事。
賭場開帳の現行犯で
多数を逮捕する。
そういった捜査情報を業界新聞に流し、
2人はそこから、そこそこの情報提供謝礼をとる。
しかし、この賭場事件を調べていくうちに
業界新聞の社主がクルマに轢かれ死亡。
思わぬ展開となっていく。

この一連の事件で2人の刑事は
犯人捜しを行い、大金をせしめる。
しかし、そのことが本部にばれる。
相棒を残し、ひとりは退職。
手に入れた金をもとに好き放題に
毎日を過ごす・・・。
警察に残った刑事は・・・?
この辺りが実はアメリカ映画風。

荒唐無稽のひとときを楽しみたいなら
もってこいの作品。


 

綿矢りさ「ウォーク・イン・クローゼット」

「いなか、の、すとーかー」と
「ウォーク・イン・クローゼット」の
二本立て。(この言い方、
昔の映画みたいで気に入っている)

タイトルから違和感がある。
電子書籍で読むから「いいか」って
感じで、読み始めた。
電子書籍と紙の本の読み方は
あきらかに違う。
電子書籍だといくぶん読み流す。
紙の本の時と比べると
慎重さにやや欠ける、気分。
だからといって、ちゃんと読んでいるつもり(なのだ)。

ウォークインクローゼット 
















二本立てのうち
「いなか・の・すとーかー」が好きだな・・。

突然、売れ始めた若い陶芸家石居。
故郷を背景にした作品づくりがテレビの
ドキュメンタリーに登場したりして
急激に忙しく なる。

この若い陶芸家の追っかけが登場する。
展覧会会場だけならよかったが
故郷の、田舎の工房にまでやってきて
一日中見はられている。
何も悪いことはしないのだけれど
遠くからずっと眺められている。
そのうち工房が荒らされるようになる。

陶芸家と幼馴染みの女子が
その仕業に憤慨し、怒る。
やややきもちもあるような。
陶芸家もこの幼馴染みには
好意をもっている。

もうひとり、幼馴染みの男子。
二人の間を取り持とうとする一方で
おっかけというかストーカーを
陶芸家から引き離そうと努める。

少しどんでん返しの結論になるのだが
ストーカーされる気持ちが
とても伝わってきて面白い。

もう一編の「ウォーク・イン・クローゼット」は
売れっ子モデルになった幼馴染みの話。

二作とも幼馴染みが脚光を浴びて
困る事態が起きてしまうところに
焦点が当てられている。
結局、作品としては
好きか嫌いかなんだけれど。
エンタメとして読めば面白い。
でも、この人、もっと思い詰めた作品を
書いていたのではないかな?

 
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