endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護の本音語りです。

テクマクマヤコン教徒の教え

 通常の電話とたま~にメールの他にlineとメッセンジャーを使っている。

 私のスマホはかけ放題で、メールもlineもメッセンジャーも個人的には大嫌いなんだけど、人それぞれによって、スマホの使い方が違うので、lineとメッセンジャーのインストールも余儀なくされた感じ。
とは言っても、私がスマホのメールをチェックするのは、他に何もできない環境を強いられた何かの待ち時間くらいで、通常はちらっと見ても真面目な要件以外は、いちいち返信する視力も時間もないので放ってある。

 そうしていると、特にlineには、意味不明なメッセージが溜まってゆく。

「おはよう」
「こんにちは」
「おやすみ」
時折、
「今電話できる?」
「今電話できます。」
「今何してるの?」
「最近どう?」

 これって、一度に見ると、とっても面白いのだけど、放っておくと、

「返事がない!」
「既読になってるのにあいさつくらい返してよ。」
「何してるの?」
「電話できないの?」
 最後には、
「生きてる?」

 という感じで、またまた、一度に見ると唖然とするようなお叱りを受けることになる。

 こういうlineには、誠に困り続けている。

 基本、lineやメッセンジャーは着信音止めにして、表示も出ない仕様にしているので実害はないのだけど。
延々3日間~1週間くらい、こういうメッセージが続いているのを見ると、次第にこちらが強迫観念に苛まれてくる。返信しなくちゃ・・・と、思うのだけど、いちいち返信していたら、昔あった『秘密のあっこちゃん』という漫画の主人公のように、スマホばかりを眺めてバーチャルな世界で暮すことになりそうな嫌な予感がする。

 で、
「このごあいさつメールの連続とか電話していいとか消息を尋ねる短メールは、どういう意味があるの?」
って、私は、いたって素直にお尋ねするメールを出す。
 これを出すと、何故だか、それまで執拗にメールしていた人から返信が来なくなる場合が多い。

 後日、気になってこちらから電話をすると、こういうタイプの人は口々に、
「lineしたのに返事ないし、変なこと聞いてくるし・・・」
 と怒っている様子。

 どうやら、彼女や彼らは、なんとなく手隙の時に、テクマクマヤコンって気分で、相手をして欲しくってこういう挨拶メールを送り合うのを習慣にしているようだ。
「そういうことだったら、電話してくれたら、出れる時は出るし、出れない時は、コールバックするから。」
 と私が言うと、
「突然電話をするのは気を使うからlineしてるんじゃない。出なかったら気まずいし。」とのこと。
「私、液晶老眼だから、スマホのメールやlineメールはしんどくて一々反応できないし、電話の方がはるかに時間対情報量にもコミニケーションにも優れてるから。」
 と、私。
「でも、いつでも電話できるってことはないでしょ。」
 と、ここから、私は、何故だか、メール&line&メッセンジャーフリークから、高飛車なお叱りに近い教義を聞かされる羽目になる。
「だから、出れない時はコールバックするし、どちらもそうしてたら、何時かは繋がるし。」
「それが嫌だからlineしてるんじゃない。」
「そんなこと言われても、いちいちlineに反応してられないし。」
「友達つきあいは、その程度にしてるってこと?」
「そうじゃなくって、line書いてる時間があったら、電話の方が早いしいろいろ話せて楽しいってことなんだけど。」
「今は、電話の時代じゃないのよ。突然電話するのって失礼じゃない。」
「昔から電話は突然掛かって来るものだし、出れない時は出ないでいいじゃない。」
「だからあ!あなたって、スマホの使い方を知らないの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 温厚な私は、こんなことで言い争いはしたくないので、
「コミニケーションツールの使い方の違いがあるってことなのね。」
と話を治めようとすると、 
「これからは、もっと、まめにチェックして、返事してね。今は、まめさが大切なのよ。」
と、あくまでも、彼女や彼らのコミニケーションツールの使い方こそ、完全無欠なんだって言わんがばかりの強要を受けることになってしまう。

ここでめげては、lineのスレッドの山になって、面倒くささが何も解消されない。
削除とかいろんな方法はあるみたいだけど、それはそれでまた新たなお叱りを受けることになる予感がする。

「私のスマホは電話機だから。」
「lineは嫌い。いちいち確認なんて出来ない。必要があれば、電話か葉書か手紙。」

いろんな主張をするのだけど、どうも、時代的に私の分が悪いみたいで、押し切られてしまう。

で、致し方なく私が思いついたのは、こういう友達には、lineが来たことに気がついた時に、電話を掛ける法。

「lineありがとう。おはよう!」
「今、電車の中なんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で言う。
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。通勤時間にlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今日も一日がんばろうね!」
と、電話を切る。

「lineありがとう。こんにちは!」
「今、ランチしてるんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で、
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。ひとりランチする時にlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今度はゆっくり話せる時に電話頂戴ね!」
と、電話を切る。

「lineありがとう。こんばんは!」
「今、クリニックの診察待ちなんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で、
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。待ち時間とかにlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今度は普通に話せる時に電話頂戴ね!」
と、電話を切る。

これで、御挨拶や短メール好きな彼女や彼らからのlineはある程度、撃退することができると思ったのは甘かった。

「電話してくれる前には、lineで今電話していいですか?と聞くのが礼儀なのよ。」
テクマクマヤコン教徒の固定観念はかくも強固だ。

無駄な抵抗はやめて、最終通告を出すことにした。
「実は、私液晶老眼がひどくなって。ドクターストップでスマホメールはできないの。」

 これって、本当のことで、私の老眼は、スマホとパソコンを見ないで1週間を過ごすと心地よく改善する。

 テクマクマヤコン教に入信するには、強靭な視力が必要だ。





信じちゃいけない「ながらワーカーCM」

 「がんは、働きながら治療する時代へ!」
偶然耳にした言葉に、私は、驚愕した。

ええっ???
一体いつの間にそこまで画期的で確実で快適な治療法が開発されたのだろう???

 まやかし療法以上に、とっても怪し過ぎる言葉に、このコマーシャル・ソースを探して、ググってみた。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm31529932

あら、またしてもACジャパン!!!
笑っちゃう♪

 ・・・原発事故の時に、どういう方策を駆使したのか、従来の民放のCM時間を、突然半ば独占するかのような勢いで、2種類の集団洗脳&催眠CMを、一週間に4万回ほども執拗に流し続けた公共広告機構という名の、民間?広告機構だ・・・
 この団体がどういう背景を有する団体かは知らないけれど、即座にあれ程の放映時間を独占できたってことは、余程莫大な資金力ととんでもない独善的姿勢を有している団体でないとすれば、何らかのルートで国家的戦略に用いられる団体なのだろうと推認される。

 以前、こちらのブログにも記載したと思うのだけど、東日本大震災で原発の爆発が報じられた後、すぐさま、ACジャパンは、金子みすず氏の「こだまでしょうか?」のCM
https://www.youtube.com/watch?v=u7XqypgB7iY&list=PLvyqoNwZlt_fIXdiGxXVKtks60p6TRzW4
と、子宮頸がんの早期発見推進のCM
https://www.youtube.com/watch?v=B3VLg4wRGFU&feature=youtu.be
を、延々と流し続けたのだった。

 原発の爆発は、日本中、ひいては世界が震撼した誠に遺憾な事件であったし、今も尚、終焉と対策の目途さえ立たないまま続いている放射能汚染物質の処理等々、様々な形での被爆は、日本国民全てというか地球規模で、将来にわたって抱えてゆかねばならない難題であることには変わりない。
 信じられないことにも、あれから数年しかたっていないというのに、私たち多くの日本人は半ば忘れつつあるのだけど。。。

 ・・・原発~放射能被爆~発がん~死・・・
という、連鎖的不安が多くの国民の心の中で最も強く連想されたあの頃、この二つの広告は、人々がパニック状態になることを避ける為に、執拗に流されていた。

 当時は、丁度、子宮頸がんの早期発見からワクチンの接種へと時代が移り変わり始めていた時期でもあったので、余計に私は、この余りにも時代遅れの古い広告が放映されている意味をあからさまに感じ取った。
 ガンは早期発見で簡単に治癒する病気であることを、視聴者の潜在意識に刻み付ける為に選ばれたCMだったことは明らかだ。後日多くの人々が指摘したように、これら2つの広告の放映は、全国民への集団洗脳&集団催眠に他ならなかった。
 
 余談になるが、当時の私は、自身が罹患したガンの原因の模索に熱中していた時期でもあった。
福島の原発事故を境に、放射線の発がん性についての評価までワンランク下げられた代わりに喫煙がワンランク上げられたことや、原発爆発直前まで、発がん問題が論じられ危惧されていた医療被曝についての報道も全く影を潜めた事からも、福島の原発爆発を契機として、その後私たちの心身にもたらすであろう大きな健康被害を曖昧にする、特定できない程極めて大きく多様な人為的操作がなされているってことが、強く感じ取れた。


 「がんは、働きながら治療する時代へ!」
これは、決して働きながら治療できるほど画期的な新薬が開発されたわけではなくって、またしても、ACジャパン・公共広告機構の洗脳CMに過ぎない。 
と、分かって、私はがっかりしたんだけど、この手の国民を相手に施される集団洗脳&催眠広報戦略?には、ほとほと呆れ果てるものがある。

 日本対がん協会におけるこのCMの作成意義を調べてみたら、ガンになっても(正確には、人間はガンにはならなくって、ガンに罹患するものであるが)、不当解雇されることなく働ける社会環境を作りましょうという問題を提起をしたかったようなのだけど。


「私は、ながらワーカーです。がんになっても通院しながら働けることで気持ちも前向きになりました。」
「ガンは治療しながら働く時代へ、ガンに負けない社会を作る。日本対がん協会です。」
「ACジャパンはこの活動を支援しています。」

 こんな、おバカなCMコピーを作ったのは一体どこの広告会社の誰なんだろう?コピーライターとこれを採用した担当者の名前が知りたくなった。
 本来であれば、「主旨を反映せず誤解を与えかねない!」・・・という理由で、即座に却下されるレベルのコピーが、まんまと採用されて放映されてるなんて、コピーライターのレベルダウンが甚だしいのか、この広告機構に参加している公告企業の広報部のレベルダウンが激しく、最低限必要な公共モラルさえ崩壊させつつあるのか?
 広告の作成を依頼したであろう日本対がん協会のレベルも疑われる。

 このコピー文句は、恣意的に、でなければ、あまりにも間抜けなことに、「ガンになっても働ける」ってイメージを、視聴者に植え付けかねないものだし、ガンという疾病の様々な症状や予後が十羽ひとからげにして軽んじられかねない。

 日本対ガン協会の主旨を正しく伝える為には、

「~ガンの闘病中でも働ける場合があります。働ける人、働きたい人が、働き続けることができる、誰もが働きやすい社会環境へ!」

 と言う主旨のコピーでなければならないのだ。


 かつて、黒いアヒルのアフラックが、ガンになっても働いてるって女性を主人公にしたコマーシャルを流していたことに驚いて、こちらのブログで、この種のコマーシャルが社会に生み出しかねない大きな誤解に警鐘の記事を書いたのだけど・・・・・
 悪名高きアフラックさえ、あのコマーシャルを止めて、今は「ガンになって一番困ったことは働けなくなったことだ」って面を把握して、ちゃっかり、休業補償保険を売っているというのに。。。

 ACジャパンは、あのアフラックのCMへの批判も学習することなく、何故、今更にしてこんなおバカな誤解を生みかねない、問題CMを制作し放映したがるのだろう?
 一見、民間組織に見えるこの団体を支配している大きな権力があることが、更に強く証明されたかのようなCMだ。

 と思って、ACジャパンに参画してる広告関連の企業の名前を見ていたら、なんと、以前、私が運営に関わった企業でプリゼンを聞いたことがある広告会社の社名が入っていた。
 忘れもしない、その広告会社の企画のセンスの悪さと制作物のヒドサは筆舌に尽くしがたいものがあった。私は即座に却下したけど、その企業は行政からの仕事を多く承っていた企業であったという記憶がある。

 
 ともあれ、ガンの治療中に働ける人は限られているし、初期ガンでなければ、実際に闘病と療養を経ても働けない場合が多いって事実は、当初からしっかりと覚悟しておかないと、物心共に大変な目に遭う。
 
 今回のACジャパンのCMの無責任さに直面して、標準的な抗がん剤治療をしながら働ける人は、余程強靭な人だけだろうし、卵巣ガンに限っていえば、特に、「卵巣欠落症は、障害認定に充分値する」ってことを、改めて、再度、このブログに明記しておかなければならないと思った。


 11年前に、卵巣ガンに罹患した私は、以来、様々な機会を利用してガン患者とその家族への社会的サポートの必要性を訴えて来たのだけど、3.11以降、政権交代の影響も大きくあったようで、日本の医療福祉政策は大きく様変わりしたことを実感し続けている。
 介護はもとより、出来る限り多くの傷病者のサポートやフォローを自己責任に帰する思想が、社会に繁茂し過ぎてしまった。今、日本の医療がギリギリの所で持ちこたえているのは、医療従事者の個人的献身があってこその状況だと拝察される。
 今後、もしも、本当に自民党草案のような憲法改悪がなされれば、現代の日本という国自体が、致命的なガンに罹患してゆくこともすでに明らかだ。

 現在でも、弱者切り捨ての体たらくなんだから、今の政府の方針を憲法に反映させるならば、個人の権利はことごとく剥奪され、国民に対して責任を負わない国家が国民を只の労働力やモノのように支配し、家族という柵の責任を盾に、行政が困窮した国民を切り捨てて行く状況がますます悪化し、間違った政治もますます横行し、独裁国家に限りなく近づいて行くだろう。

 ・・・・・・首相選挙で、再び現職が再任することになるだろうが、「ながらワーカーCM」のような広告が放映されている現状を鑑みるにおいて、何かが変わらない限り、この国の行方はかなり厳しいものになるという現実を、本当に私たちは、過誤していいのだろうか!? 
 




 


続・私的「婚活」~50代の婚活事情~

  最近の私は、DLIFEで放映されているアメリカドラマのE.R.を見ることが多い。

 救急救命室で活躍されているドクター達が、一人一人の患者さんに渾身の集中力を尽くしならが、且つ迅速かつ正確に多くの患者さんたちの治療を次々にこなしてゆく姿には、勉強させて頂くことがとても多い。
 そこでは、他に担当している患者さんのことも同時に心に留めながら、お相手毎に異なる治療に集中されることが繰り返される。
一つ一つの症例を学習をしつつ、ミスや難しいケースは症例検討を行い、新しい患者さんにより適切に対応しつつ、日々成長してゆく姿勢は、あらゆる職務に共通する模範でもある。

 「婚活」にも、この姿勢が必要だ。
 
 ひとつひとつの案件に落ち込んでなんていようものなら、お申込みのメッセージが山積みになってゆく。
ちょっと数日休んだだけでも、お相手からのメッセージの対応に追い付かなくなって、目を通すのが雑になりかねない。

 私の「婚活」においては、自身が検索して気になるプロフを探したり、気になるお相手にお申込みする余裕がとても少なくなってしまっていて、お相手からのお申込みの対応だけで気力と視力がとんでもなく疲労していることを、どのように解決してゆくかが、今後の重要な課題だと思う。


 さて、私は、メールが届いていた他の4名の方のプロフィールを期待を持って開封した。

 残念なことに、他のメールは、皆さん素敵なのだけど、40代半ばの、これからが働き盛りの男性ばかりだった。
ここでも、期待と失望にがっかりしてしまうのだけど、年齢以外の項目で全く可能性のない男性からのお申込みに対応するよりは、ある意味、身に余る光栄と、自身を慰めることができる。
 だけど、こうしたお申し込みには、私自身の力不足でおつき合いが出来ないというコンプレックスを感じてしまう。

 ある人は一流企業のエリートコースにある方で、ある人は開業されたばかりの税理士&司法書士のダブルライセンス、医師、IT企業の経営者だった。

 40代半ばというと、丁度、私自身がガンに罹患する前の年代であるので、これから人生の最盛期を迎える人生で最も社会的活躍が充実する超多忙な時期でもある。この絶頂期のお相手と公私ともに充分に支え合うには、同等の体力と気力が必須だ。
 それぞれに素晴らしい魅力のある方々だというのに、現実的に彼らとパートナーシップを組むには、今の私では気力と体力の不足が大きすぎるという自身の分を弁えて、
 「友達になりましょう!」
との返信をお送りした。

 同世代の男性には、このフレーズを使うと、お断りと受け取る人もいるのだけど、この年代の素敵な男性は柔軟性と許容力に富んでいるので、大概の方は、この返信を送れば以心伝心、暫くは、気軽な電話友達くらいにならなれるし、中には、本当に、友情を育めることもある。
それに、違った世代の男性のいろんな考え方やその世代のトレンドなどを聞くことも、とっても楽しい。

 以前、自身で結婚情報企業を運営していた時は、今で言うハイスペックな男性が希望するお相手の女性の年齢は上下5歳が圧倒的多数であった。
 だけど、年代の変化とともに、今の40代後半の独身のハイスペック男性の3割くらいの方は、年齢を更に上下10歳程度に広げてパートナーを探しておられるらしく、40代の男性からのお申込みを受けるのは、50代の女性の「婚活」では決して特殊なケースではない。

 年下からのお申込みには二種類あって、女性が年上だと、自分が甘えることが出来て有利に立てると思い込んで、デートは割り勘!あわよくばおごってもらおう!なんて、即座にお断りするしかない、ダメンズからのお申込みも頻出するから、今回のように、年上女性でも本当にOKと考える自信を持ったハイスペック男性からのお申込みは、本当に身に余る光栄だと思う。


 それにしても、10歳もの年齢差が何故気にならないの?って、いつも不思議に思って、私は、彼らからのメールを頂く度に、それこそ、フィールド・ワークのように、彼らの結婚観をお尋ねしてみる。

 結婚対象女性の年齢のキャパシティーが広い彼らは、これまで、華やかでラグジュアリーな充実した男女交際を経験してきた人が主流で、仕事が超多忙で結婚まで考える余裕は無いままに来たタイプの人達である。
そして、自身の恋愛経験と「婚活」経験、年齢的考察からの結論として、年齢に拘らず好みのタイプで価値観が合い社会経験と常識豊かな人を優先的に対象と考える・と言う。

 より詳細を尋ねると、現代の「婚活」という舞台において、彼らにお申込みを殺到させる30代から40代の女性の多くが
「子供を生みたいから、結婚したい!」
と考えている人が圧倒的多数で、
「これから付き合って結婚したとしても、子供を持つかどうかは慎重に判断しなければいけない。」
と彼らが答えると、多くの女性が退いてゆく傾向があるらしい。

 ハイスペックな男性が、アラフィフで結婚して子供をもうけた場合、人生で最も社会的活躍に専心したい時期に子育てという重責が加わることになる。
更に、将来的には、子供を社会に出す為に最も様々な繊細な配慮が必要となる重要な時期には、彼らは70歳前後になる。この時期には、既に一般的には退職年代に入っていて、それまで培ってきた様々な能力も衰退期に入っている。経済的には充分な余裕はあるにしても、子供を持つことで、結婚しても休暇さえ楽しむ余裕も無くなる上に、自身の健康寿命を鑑みれば、老後にリラックスしたくなる時期まで重責を背負うことは、明確に想定できる。
 このあたりの考察は、同世代の男性より以上に、至って冷静沈着で思慮深い様子がうかがえる。

 加えて、子供が欲しいという気持ちが先行している女性とつきあっていると、彼女が純粋に彼とのパートナーシップを育みたいと思っているのか、子供を生み育てる為のれた精子バンク&豊かなATM&子供の父親として相応しいステイタス・シンボルとして結婚がしたいのかが、非常に曖昧で、後者の感覚が強く感じられることが多いことも、脅威であると言う。

 更に、その脅威は、晩婚化が進んだ今では「妊活」という言葉まで出来ている程、不妊治療を受けるカップルが増えていることが、彼らが感じる脅威を、もはや恐怖にまで押し上げていると言う。
 どうしても子供が欲しいとのこだわりや執着を持つ男性であればお構いなしかもしれないが、ノーマルな男性が、妻の押されて不妊治療を受ける際に、男性が感ずる屈辱と羞恥の気持ちは、言葉には尽くせぬ程の苦悩であると言う。
 彼らの中には、不妊治療を受けるかどうかで意見が合わず離婚し、人生をリセットしたという人もいた程だ。

 彼らの判断基準は、真面目に結婚後の人生設計を考えるた上で、子供を持つ結婚は40代前半までにすべきで、40代後半からの結婚には子供は無理との区分があって、自分の力では越えられないリスクを引き受けてまで、敢えて「妊活」願望の強い女性との結婚したくないので、可能性が期待できる範囲に広げて、同様の結婚観で現実を理解し合える人を探している・というのが、本音のようだ。

 故に、10歳程度の年の差であれば、年上であれば、相応の社会的キャリアがあり、若々しいセンスの女性であれば、最もの活躍時期を共にするパートナーとして公的な場所に同伴しても見劣りすることもないし、同世代には期待できない気の利いたふるまいをしてくれる。散財癖のある女性も比較的少ない世代であるので家計を任せるのも安心であるし、彼女の経験から学べることや仕事や人生へのアドバイスも得られることが多いのだから、自身の仕事を充実させながら、相手の人生も尊重し、一緒に人生を楽しみお互いに成長してゆける関係になれる可能性があるとの見解であった。

 念の為、老後の心配についても尋ねてみると、彼らの見解は非常に理知的で、できれば同世代がいいけど、年上の場合でも、彼らは仕事で心身を酷使している分平均より早く消耗するだろうし、男性の方が女性より老けやすい。平均寿命からカウントしても大差は無いに等しい・老後は、子供がいても老人ホームに入る時代なのでそこまで気にするのは無意味とのこと。

 40代のハイスペック・シングル男性と、たま~にプライベートで会話する機会に楽しさは、彼らの豊かな素養にもよるものだろう。
 ハイスペ男性がわざわざ10歳程も年上の女性に申し込む時点において、彼らは既に年齢に拘らずに人間関係を育んで来た豊かな感性と気踏みや気遣いを身につけているってことと、社会の潮流に最も乗っている世代の様々なセンスが輝いていることが実感される。

 とは言え、私には、私の分相応のお相手を探すことが大切なので、無理せず気軽な友達でスルーするのが一番(^_-)-☆。


 こちらのブログは、卵巣ガンサバイバーとしてのブログから始まったものなので、もしも、この記事を婦人科ガンの治療で子供を持つことが出来なくなったサバイバーの女性に読んで頂けていたとしたら、大した参考にはならないかもしませんが、子供を持たないことは「婚活」においてマイナスと考えずに、子供を持たないことがプラスに働くお相手を見つけることを大切に考えて頂きたいと思います。
 
 私的・「婚活」を、いつまで続ける気力が続くかは、私には全く自信がないのですが・・・

 今年の夏は、台風の暴風雨被害の復旧作業など日常の雑多な仕事が増えていますし、職業への復帰の方向性が進めば、ますますこうした活動からは遠ざかってしまいそうなのですが、気長に、気紛れに、時々1か月くらい、その世界を覗いてみる程度のスタンスが丁度いい感じかな?って思っています。

 
 足元から近づく秋の夜長を待ちながら、今年も、美しい紅葉の季節が恋しい今日この頃になりました。



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