endometrioid carcinomaから

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シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

ワクチン接種をより安全・安心に

 ワクチンは、安全・で、あったとしても、この接種状況の異常さと言ったら・・・・・、と、私は、生命の尊厳が軽んぜられている社会に心傷む週末を過ごしていた。

 接種することで健康に障害が出ることがあらかじめ予測される人にワクチンを接種している現状、の改善策は出ていないのだろうか?
と、ネット・ニュースを見ていたら、

『ワクチン接種後の死亡事例、因果関係「評価不能」は何を意味する?専門家が指摘する不信感払拭の鍵とは』
と、言う、長~いお題のニュース記事を見つけた。
 一瞬期待したのだけど、これは、記者のポイント外れな視点からの記事だった。
ほんとに、最近のジャーナリストは、目の付け所が的外れで宵のボンボリ状態のようだ。


 感染症対策はあくまでもヒトヒト感染の抑止が基本だけど、ワクチンの接種も一つのツールであることは間違いない。
 ヒトヒト感染の抑止が出来ない現政治家たちは、ワクチンは最強の対策・最後の切り札・とまで言う、重要項目となっている。
 ならば、全国民が、それこそ、出来る限り「安心・安全」に接種を受けられるような配慮が必要不可欠である。
もし、本気で、ワクチンへの不安を最小限にしたいなら、今の異常な現状を変えないことには、不信感払拭などを語る次元にも至らない。

 既に金のなる枝葉が枯れたオリン強行に使う予算と労力をさっさと断念し、その分の労力と予算を充当して、もう少しだけでも、真面目に取り組むべきなのだ。

 物理的な運び屋相は置いたが、より重要なワクチンの安全接種推進相を置き忘れていることは、20代前半まで受験学力は優秀であった霞が関の頭脳と、現政権の思考の浅さと狭さと柔軟性の欠如なのか。

 マトモなデータも見当たらないこの状態の中で接種するかどうかを判断するって、どう考えても、余程卓越した専門知識のある人以外は、私のように、限りなく不可能に近い情報収集作業が必要となって、生真面目な国民は、睡眠不足に陥ってしまう。そりゃあ、これほどの困惑と葛藤を国民に与えたら、コロナ鬱も増えるし、国民の精神衛生が悪化の一途を辿り、自殺者が増えるのは当然だ。

 アナフラキシー・ショックの経験者の何%に、アナフラキシー若しくは、アナフラキシー・ショックが発症しているのかが分からない。その内訳として、当該薬品にアナフラキシーがあるケースなのか、プラセボ的なアナフラキシーのケースなのかが全く分からない。
 思うに、随分昔から、他の薬剤の治験でも、プラセボ群にアナフラキシーが発生しているケースがあるのだから、どうすれば、そのプラセボ・アナフラキシーが予防できるかの研究がどこかでなされていても良さそうなのだけど。

 思い出したくもない抗ガン治療時に副反応予防に投与されるあのステロイドの大量投与がそうだったように、他の薬剤で誤魔化して、その他の薬剤の副反応もてんこ盛りにする方法はあるが、プラセボ・アナフラキシーに介入できる医療技術はどこにも見つけることが出来ないのだ。残る手立ては、大丈夫大丈夫と自己暗示をかけるだけってことなのか?
 厚労省に聞いても、プラセボ・アナフラキシー防止のための最初の一歩となる事例のデータすら無いという現実。
まったくもって、参考資料が少なすぎて、到底、判断できるものではない。


 ワクチン接種への不信感をあおるようなネットサイトも散見される世情もあるし、世界初の新しいワクチンなのだから、余程脳天気にハイになってる状態か、感染確率の高い場合や他の目的が優先的に重要な場合は別としても、人生のラッキーにふんだんに恵まれた心身頑強で健康な人であっても、このワクチンの接種には、幾ばくかの不安が胸にあるだろう。

 ワクチン接種において重要な予診が、充分に出来ていない状況と、データの不足を解決しないことには、このワクチンの接種率は頭打ちになることは、容易に予想される。

 オリンもそうだけど、政府が本気で、ワクチンの接種を推奨したいのであれば、その基本となる安心安全をどのように国民に保障してゆくかが重要なのだ。
 死亡したら、巨額の補償をするなどと、計画殺人のツールを増やすような結果になりかねない事を考える前に、出来る限りの安心と安全を保障するのが、共同体としての国家の役割に他ならないと言うのに。

 日ごろからの体調管理を行う家庭医や主治医を持つ人が少ない昨今にあっては、接種前に、充分な時間をかけて予診を行い、接種の安全確率を高める対策を行うことが必要不可欠。

 日本の医療の根本的な懸案は、従来から医師や医療従事者の技術料が廉価に設定され過ぎていることだと思う。
 これは、医師数の少数化の一因ともなって、もう随分前から語られて来た「3分間診療」状態が依然として続いている要因ともなっている。
 初診料・再診料の点数の低さは、日本の医療体制の異常さの象徴だと思う。
対話には保険点数が付かない・と言っていいほどこの大安売りに、何故だか誰もこのあたりの矛盾を指摘する人がいないのが不思議でならない。
とは言え、この根本的問題からの改革は、この緊急時にある今はますます今の政府には思いも至らないことなのだろうから、現時点でできる緊急対策を考えたい。


 日本は、先進国と比較して、医師数は少ないが、薬剤師数は多い。
今は平時とは異なる状況下であることを前提に考えると、予診のヘルパーとして、薬物投与に関する責任を薬剤師の方々にも一翼を担って頂き、活躍して頂く舞台を用意すれば、リスク要因が微小な状態での不安の増加が防げる。ケアレスな接種も予防できる可能性が高まる。
より詳細で確実なデータの収集が可能となり、参考資料が参考になる状態に完備できる可能性も高まる。
 今、特例としてこの制度を作れば、他の薬剤についての処方の副反応の予防にも有効活用できる可能性が広がる。平時に戻れば、医師の技術点数をアップして、出来る限り副反応での健康障害を減少させる安心安全な薬剤の処方に繋げてゆくことも可能になるだろう。

 お薬手帳なるものが普及した今日においても、漠然と十数種類もの薬剤を常用している方々もおられる。
必要不可欠な薬剤ならそれでいいが、薬の副反応についての観察が在って無いに等しいのが現状。

 認知症と老人性鬱にり患していた母に処方された数々の薬剤を思うにあたっても、飲めば、副反応で更なる健康障害が出る薬剤が簡単に処方されることもある。
 精神的に弱っている場合は特に副反応の自己確認も申告も出来ないし、逆に、場合によっては副反応よりも効果が高い場合はその効果を優先させるべき時もあるってことも判断できない。
 以前、母の病状に際して、私が観察して、主治医に経過を報告していたが、初期のこの田舎町の社共の主任ケアマネやヘルパーなどは、その副作用をドクターに伝えるようにメモを渡しておいても、伝えることさえせず同様にお薬を母に飲ませようとしたという現実に直面したこともあった。
 で、理由を聞くと、先生が怒りっぽいから僕たちがそういうことを言うと叱られるんです・と、子供のような言い訳が返って来る。
もしも、これが世間の一般レベルであると仮定すると、薬剤の副反応で健康を阻害されている患者さんたちが沢山いるってことなのだ。
 もし、この異常状態が改善されれば、おのずと日本政府が躍起になって進めている医療費の削減にもなるのだけど。
 
 29万円もの月額社会保障費の支給を受けていながら、少なすぎる!とツイットした母子家庭の母親の論理と同様に、日本でコロナ病床が増やせないことへの闇雲なブーインも見受けられた。
 しかし、日本の医療制度の改善を求めるなら、日ごろから充分なコミニケーション時間が取れる余裕をもって医療が運営できるように、日本政府が闇雲な財源配分の縮減を止め、今後、潤沢な予算配分を行うような世論を喚起することから始めなければならない。

 
 ともあれ、自身の接種を決断するには、資料不足。
迷った時や意見が対立する場合は、現状維持が正道だ。


 と、言う結論に達した時に、偶然、65歳になって間もない友人からZOOMで連絡が入った。
ワクチンを接種して落ち込んでいると言う。
 私はスカイプは常用していたのだけど、ZOOMを使うのは初めてだったので、会話中にあれこれとクリックして遊びながらお話を聞いていたら、彼は、ワクチンの副反応で落ち込んでいるのではなくって、同じ会場で接種したご高齢の方々の群れに入ったことに大変落ち込んでいるようだった。
 「あり得ないんだよなあ・・・もう、あんな世代になったのかと・・・もうすぐ自分もああなるのかと・・・このショックは大きすぎるよ。しばらく立ち直れそうにない。」
と宣う彼は、今も現役の第一線で活躍中で、仕事仲間が年下ばかりだからか、見かけも若いし、話していても全くその年代には思えないテンポと柔軟さとセンスの良さを維持している。
 予診について尋ねてみたら、彼が接種した会場では、2度も予診が行われ、念入りに詳細に質問責めに遭ったという。
 流石に、あのようなデータが提出されて来る現状を前にしては、厚労省も予診の徹底を指示したのだろうと、ちょっと安心した。

 「打った場所が痛いんだ。昨夜は眠れなかった。そろそろ仕事も退き時かもしれない。」
と、彼は、本当に苦肉の表情で言った。
 「筋肉注射で、打った場所が痛いのは他の薬剤でも普通の反応。私はインフルのワクチンを打つと、上腕が腫れあがって2,3日動かせなくなるの。そういうのを軽い?副反応と言うの(笑)。他に異常はない?」
 「うん。他は何もない。只、不安で眠れなかったことくらいかな。」
彼は、精神的に強靭で、ワクチンには楽観的な人なのだけど、それでも眠れないほどの不安を感じているのか、ワクチンの副反応に睡眠障害って言う項目もあるのだろうか?
 「ま、年齢は、今の政府の面々を考えたら、充分まだまだ20年は若いわよ。まだまだニーズに応じてご活躍できるわ(笑)」
 「・・・・・僕は、あんなふうには決して成りたくはないよ。」
 「それは、今や、誰もが思ってることだけど・・・・・・。」
 「年は、不可逆的に人間を老化させる。現役でいようとしても能力は低下している。」
 「能力の衰退は、個人差が大きいと思うわ。」
 「それ以上に、老化はあらゆる能力を衰えさせる。菅もバイデンもどう見てもヨボヨボだよ。」
 「・・・・・・・・・・・・。」
真剣に、彼は群れの弊害に嵌っていた。
人間は、強制的に区分された群れに入るとその集合的意識に感化されるものだけど、この落ち込み方は尋常ではない。
もしかしたら、ワクチンには抑うつ状態という副反応もあるのかもしれない?
 「明日、仕事仲間とミーティングすれば、直ぐに気分は晴れるから、大丈夫(笑)。」

 彼が霞が関でも仕事をしていたことを思い出して、懸案の厚労省のデータをネットで共有して、
 「これ、ちょっと見てくれる? ワクチンの副反応どころの話じゃない、とんでもない事が起きてるのよ。
合法的家庭内殺人があちこちで起きてるのか、上から言われたことを鵜呑みにして何の抵抗もなくこういう心身虚弱なご高齢者に集団接種したバカがいるのか?心が痛んでならないの。そもそもこのデータって不足がありすぎて、参考資料にできないし。」
と、話題を変えた。

 「ああ、役所に上がってくるデータもデータ管理も、民間感覚とは全く違う。この程度だよ。
・・・・・ええっ?!、これは、ほんとに大変なことになってるんじゃないか?!?
誰彼無しにこのワクチンを接種してるのか?」

 「そう見えてならないのよ。副作用どころの話ではないわ。話してた担当官も、おかしいって思ってて、共感しなながら、データを精査したんだけど、死亡者については、よりスゴイデータになってるって。
これ、私も知ってしまった以上は、どしたらいいのかと思うわ。メディアが取り上げるべき問題なんだけど、予診の重要さに関しては、スルー状態なの。
私は、個人的に、アナフラキシー・ショックの既往歴のある人に、どのくらいの確率でアナフラキシー・ショックが発生しているかを知りたいってことと、心因的要因でアナフラキシー・ショックを発症した事例についての状況とか詳細が知りたいのに、全くデータが無いし。」

 「確かに、何故、こういう人たちに接種したんだろう・・・あ、プラセボの件は、ファイザー社に問い合わせた?」

 「うん。前に英語で書いたのがあったんだけど、日本支社で問い合わせを受けてるって聞いたから、日本語でメールを送っておいた。返信待ち。このデータだけでは、とても接種する判断なんて出来ないし、このデータからは、接種会場が信じられないほど混乱しているってことだけは分かるから、こんな状況下では、私には接種出来る状態と環境が整ってないって判断しかできないわ。」

 「そう言えば、会場を見まわしてたら、認知症で自分の名前も書けなくて、歩くことも覚束ないかなり衰弱したご高齢者が、孫か子供か介護職に支えられて接種に来られてたなあ。あの状態で接種するのか?と思ったよ。」

 「予診が2回もされるようになっているなら、どちらかであれこれ詰問されて、家族内殺人や介護内殺人は避けれたと思うけど(笑)。介護施設とか集団接種会場での接種とかはどうなってるのかしら?
このデータが、自分の所属する日本社会で起きたことだって思うと、ワクチン自体の副反応のリスク以上に気になってならなくて。」

 「そうだね。予診でこういう状態の人たちにも接種するという判断がなされた事の方が、重大問題だなあ。」

 「だから、そちらの接種時に、予診が2回、それも詳細に渡る確認が徹底されたのかも(笑)。
大バカな政府がワクチンで他界された時に4千万補償するなんて大々的に公言したから、お爺ちゃんお婆ちゃんに、コロナは怖いよ~罹ったら死ぬよ~ワクチン打たないと死ぬんだよ~とか言い聞かせて、補償金目当てにしてる奴が数人くらいはいるだろうし、パーソナリティー障害の人口比だと、数万人はいるはずなのよね(笑)。医師の同意なんていい加減にする施設もあるだろうし、殺意はなくても、上から下へのマニュアル人間に、適当に接種させられたのかもしれない・・・って思うと、本当に心が痛んでならないの。
これって無差別殺人が出来る恰好の機会になってしまってる。」

 「ああ、どこかの施設で、窓から落としたとか、酷いのは障害者の方々を惨殺した事件もあったからなあ。
介護心中とか介護殺人も頻繁に起きてるし。接種は自治体と自衛隊ってことになってるから、徹底した予診がされたらいいけど、どうなってることかの詳細は、厚労省にも把握しきれてないだろう。」

 「昔アメリカであった連続殺人鬼事件のファイルを見た時以上に恐怖だわ。とんでもないものを見てしまったように思うんだけど、どうしたらいいのかしら?」

 「あのアメリカであった連続殺人鬼は、200年以上の刑罰に処されたけど、刑務所が満員で、更生施設に暫く入ってたらしい(笑)。州によっては、死刑が残ってるから、薬による安楽死を選べるんだけど。」

 「(笑)殺人鬼は殺人鬼って他覚も自覚もあるだろうけど、他覚も自覚もない合法的殺人が各地で起きてるのかもって思うと痛ましすぎるわ。発症の項目を見てると、薬での安楽死の方が安らかに死ねそうよ。」

 「といっても、厚労省も、地方や自衛隊が担当している責任範囲は、どうすることもできないって状態だろうなあ。」

 「各地で、詳細な予診が2回、徹底されることを祈るしかないってことよね。
今のとこ、私の場合は、コロナ感染者数が全国で2桁くらいになってから、万が一の時に即アナフラキシーショックの治療に慣れた先生がいらっしゃって、個室入院治療が受けれる病院を確認して、医療崩壊が治って、医療者の方々のお疲れも取れた状況で、自由に接種できるようになるか、海外にどうしても行きたい機会でもあったら、その時には、任意成人後見人を決めて、遺言書を完備して、命がけで接種するかなって思うの。」

 「ああ、それがいいだろうね。在宅千日行はまだまだ万行にならなさそうだし、人込みに入る必要も少ない生活環境なんだから。楽しむのが一番だよ。
 今は、ネットがあれば、誰にでも会えるし、込み入った話もこうしてデータを表示しながら出来る。
塾の講師とか家庭教師も出来るし、営業も簡単に出来るし、使い慣れたら、ネットのファンドなども使ってプロジェクトの起業も何でも出来るよ。
今も既にそうなってるが、ネットが使えたら、これからは更に、自宅に居ながらどんなことでも出来る時代になってゆくからね。企業ではもう既にその変化が進んでいる。
もう1年もすれば、多くの人間が使いこなせるようになって、新しいライフスタイルがどんどん発展してゆく。」

 「いい時代になりそうね。そうなる未来が見れることが楽しみだわ。」
 
 なあんて、延々2時間の会話が終了したのは夜の12時過ぎだった。
私はスカイプやビデオ通話は、時代に先駆けて使っていたけど、ZOOMは初めての経験だった。
子供のような好奇心で適当に触っていたら、リアルタイムに適当に資料も共有できるし、話しながら、資料をポインティングできるほか、自分のデータも一々メール添付して送らなくても、共有しながら話ができる至れる尽くせりのツールだった。何といっても使い方が簡単!初めて使っても、直ぐに使いこなせるのが魅力的。


 ワクチン接種は、充分に予診を重ねてから接種することが、出来る限りの安心安全の基本です。
各自で異なる体調については、出来る限り、自分自身でも研究して、分からないことは地域のワクチン相談か、厚労省に電話で尋ねて、主治医にしっかりと説明し、しっかりと話し合い、参考意見を聞きましょう。

 闇雲に怖れることはないですが、誰しも少々の不安を持ちながら接種するということを、現場の医療者はしっかり把握しメンタルサポートを行って頂くことも必要です。

 自己判断できない方については、出来るだけ、誠実で真心豊かな人間力のあるドクターを探して相談し、各人の健康状態を冷静に判断し、接種すべきかどうかをより慎重に決めるのがいいと思います。

 予診票には、正確に既往歴と現在服用中の薬剤やその日の体調を詳細に記載しましょう。
ワクチン接種前には、厚労省のホームページに目を通してから、ワクチン接種の判断をすることも大切です。

 ワクチンの接種は希望者以外には無理強いされることはありませんし、決してあってはならないことです。
もし、無理強いされた時は、弁護士に相談し、自身の社会的立場を守って下さい。
 もしも、無理強いを見た時は、ただちに接種責任者か警察に通報しましょう。
 日本は、法治国家であり、コロナワクチンは希望する人が接種できるという規則を厳守した上で、出来る限り安心安全なワクチン接種の普及に協力しましょう。
 ワクチンで死ねば4千万円もらえるから、とか、保険金が入るとか、介護から解放されるとか、よからぬ算段で、虚弱なご高齢者に接種を勧めることは、犯罪に問われかねない行為です。また、上から下への命令に従い、自己判断能力を和紙れて、要介護者にワクチン接種を勧めることも、犯罪に問われかねない行為です。
 
 急がなくても、次に流行する株にもより有効なワクチンが開発されてきています。
リスク&ベネフィットは各人によって、全く異なります。
 特に、ご高齢であったり、心身が衰弱した方々には、リスクの方が高いことに配慮して、慎重に慎重を重ねたうえで、接種の判断が出来るような社会でなければならないことを自他ともに確認し合いたいものです。

 コビット19は厄介な感染症ですが、人と会わなければ感染することもないし、感染させることもありません。
人と会う機会や、人込みに出かける機会が多ければ多いほどワクチンを接種する必要性が高くなり、有用性も高くなります。
 一方で、そのような機会がなければ、感染する確率自体が低い分、前者に比較してワクチンの必要性も有用性も低くなります。
 日ごろ共同生活をする家族が多い場合は、リスクは、その人数分の掛け算が必要になりますが、一人暮らしであったり、家族との共有スペースや時間が無い場合は掛け算は必要ではないです。
 ぽつんと一軒家に近い生活や所謂引きこもり生活を続けておられる方や、他の病気で闘病中等々で滅多に外出しない方、外食をや飲酒をされない方、所謂3密といわれる状況のいずれか一つも機会のない場合等々、ワクチンの有用性は様々な要因によって、各人にとって異なります。

 テレビやネットを見ていると、ワクチン接種がすべての人間にとって良いことであるかのような印象操作が強く感じられますが、接種によるベネフィットよりリスクが高い場合は、接種しないという判断力が重要であることも忘れてはならないことだと思います。

 

 

 
 
 




 


 
 
  

 

 


ワクチン・副反応に関するデータの衝撃

 数日前に、あり得ないことに、基礎疾患有りで地域の総合病院に通院中の住民を対象として、コロナワクチンの予約が開始された。私は、その知らせに我が目を疑った。
 こんな気の利いた配慮ができるとは!と・・・感涙してしまう程感動した。
この田舎町の行政の気の利いた配慮に、私がそんなに大感動したのは、このブログに長くお付き合い下さっている皆様になら、その理由はよく分かって頂けるかもしれない。

 自身の接種をどうするかを、まだまだ決めかねている状況に届いたこの知らせを見て、一瞬、そのあり得ないお買い得感に惹かれて思わず乗ろうかしら?と衝動的に思うくらい感激したのだけど、強盗キャンペーンに乗れないのと同様、そうはゆかない。


 そう。今の私の肉体は今のところほぼ健康ではありそうなのだけど、なにせ、心停止3分間というとんでもないレベルのアナフラキシー・ショック既往歴保持者である。厚労省の副反応のデータに目を通す度に、要注意人物であるには違いないことが再確認されてもいた。

 コビット19に関しても、ワクチン接種に関しても、積極的にデータを追っかけてきた。
一時期は、卒論の前の1年間がそうであったほどの探求心に導かれ、賦活化した英語力で、英文の論文の殆どに目を通すほど夢中になっていた。

 自身にとっての最大の問題となるだろうワクチンの接種に関しては、この薬剤でのアレルギーの原因と言われるいくつかの薬剤があるので、その成分を取り寄せてテストしたが、とりあえず、アレルギー反応は見られないことも確認していた。
 しかし、もし、ワクチンに含まれるそうしたモノにはアレルギーはないかもしれないとしても、私の場合は、心因的要因において、生命に関わる重篤な副反応の可能性が高いには違いないってことが最も懸念される。

 私には、別の薬剤の筋注で、アナフラキシー・ショックを発症した経験がある。
3歳の時だったが、今も、当時のことは克明に記憶しているほど、衝撃的な人生の経験の一つだった。

 人間の肉体は肉体だけで存在する単なる物資ではなく、誰もが心身相関関係を有している。
 被験者に、真水をウルシと言って皮膚に塗ってもかぶれるのは、前述した通り、周知の事実。
心の要因で、肉体に、生死に関わるアナフラキシー・ショックまで発症するのは、このワクチンのプラセボ群に、それが発症していることが証明している。
 プラセボで、重篤なアナフラキシーが発症していることは、特に、アナフラキシー・ショックを経験している私には、万が一、当時の記憶のエングラムが賦活化したら、心身反応が生じるリスクがあるかもしれないことは否定できない。


 いずれ、ワクチンの接種をするかどうかの決断はしなければならない。
ファイザー社のH.P.を見ても、プラセボ群の症例についての詳細が見つけられないし、心身医学や心理学の関係の論文にもこのワクチンのプラセボ反応の詳細研究は見つけられずにいた私は、この機会に、国民への情報提供の責務を負う厚労省に電話で資料を確認することにした。

c.f. 新型コロナワクチンの副反応疑い報告について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_hukuhannou-utagai-houkoku.html

 ラッキーなことに、電話に出た担当者は、とても聡明な対応ができる人で、厚労省もそのケースについてのデータは有していないとのことで、心因的なアナフラキシーショックに関する情報が無い状態とのことだったが、最近データが急増した副反応の症例の中から、類似したアナフラキシー報告例を一緒にピックアップしてくれた。
(資料1-3-1) 000790072.pdf

 以前から感じていたことだが、厚労省のデータには、不備が多い。
 既往歴不明で、接種したらしきデータでは、全く参考にならないじゃないですか、と申し上げると、現場の医師が提出する書類をそのまま公表してるんで、書いてないことが多いとのこと。
 ワクチン接種の現場も担当医師も如何に混乱状態かが、よく分かる。 

 担当者がピックアップしてくれる症例を一緒に確認していたら、全く違う観点だけど、とんでもなく気になることを発見した。
 どう見ても、ワクチンを接種していいと主治医が言いそうにない既往歴の方に、アナフラキシーが発症しているってことだ。
 最もスゴイのは87歳で心不全の既往歴のある方が接種して、心肺停止に至っていた。
ちょっと前に、欧州で、ご高齢者で何らかの疾患で衰弱している接種者に死亡者が多発したことは記憶に新しいのだから、これは、主治医が接種していいとは言わないケースではないだろうか?
主治医の同意を得ずに自己判断で接種したのか?、認知症か何らかの問題があって、自己判断能力が低下していたのか?・・・とすれば、当人を監護する家族や監護責任者が問題なんだけど・・・なんとまあ、酷過ぎるワクチン接種の実態なのだろうと嘆息。

 そもそも、データに、身長と体重すら記載されていないのも変である。
抗ガン治療剤では、体重が容量の目安になるので、2回目の接種後に発症しがちだと言われるインフルエンザ様の各種症状には、そのあたりの要因もあろうかと思ってもいたがこのデータではそれも不明だ。
 予診票にある「主治医は接種してもいいと言いましたか?」項目も「自己申告」に過ぎないし、接種してもいいかどうか?って聞かれた先生方も、世界初のワクチンに100%正確な答えなど出せないだろうし、判断するには荷が重すぎる。
ゼロコロナ対策に悉く失敗した(というか最初からその気がなかったような)政府は今やワクチン推奨の神輿を担いで祭りに走っている状況なのだから、禁忌事項に相当しなければ、いいでしょうと言うしかないのではないか。
 おまけに、自己申告の確実性には懐疑があるし、もし、本人が自己判断ができず要介護状態や認知障害を持っている状態であれば、本人の申告かどうかも全く不明でいい加減が過ぎる。万が一、ワクチンの副反応を侮る誰かの安易な推進的判断が入ったり、何等かの善からぬ思惑が働けば、接種者は容易くリスクにさらされる。
 こんな状況だと、紀州のドンファンのような事件も合法的に可能になる絶好の機会とほくそ笑む悪人もいるかもしれないじゃない・・。 

 決して、誰しもワクチンを接種した方がいいってことではない。
リスク&ベネフィットは各人によって大きく異なるのだ。

 最近、コロナにり患して死亡する確率より、ワクチンで死亡する確率の方が低いのだから接種した方がいいと言う、完全に間違ったワクチン推進デマも流れているが、その論理が成り立つには、全員がコロナにり患するという大前提が抜けている。
 以前、保険裁定審査会で、アフラックの弁護士が、「海に住んでいるのは魚類だ。イルカは海に住んいる。故にイルカは魚だ。」という意味不明の主張をしたが、特殊分野に秀でた知識を持つ人であっても、そんな馬鹿な!と思うくらい論理的思考が出来ない人はいるから、うかうかこういう話に騙されてはいけない。

 リスク&ベネフィットは、各人の行動によって異なる、コロナに感染する・人に感染させる確率、自分や自分の周囲の人々がコロナで死亡する確率、コロナり患者の増加で他疾患者が医療を受けることが出来ずに死亡する確率に対して、各人によって異なるワクチン接種で健康を損ねたり死亡する確率等々を、出来る限り、自己努力で精査する必要がある。少なくともネットが使える者であれば、ある程度のデータを精読することは可能だ。
 ワクチン忌避デマもある一方で、闇雲なワクチン推進デマもある。結果的に、こうした間違った計算式?を偽造して吹聴し、安易にワクチン推進を行う人間は、間接的な殺人を犯す罪業を背負うことになることを思うと、未だワクチン忌避デマの方がマシかとさえ思わざるを得ない。
 

 さて、データ表に視点を戻して、既往歴を見ていると、他にもアナフラキシーの可能性が高いと思われる方々が接種でアナフラキシーを発症している事例が見当たった。
見るに見かねて、
 「あらかじめ副反応が予測される場合に接種するのは、健康リスクがある上に、人騒がせにも程がある・・・ これは常軌を逸してるわ・・・。ご自分で判断されたのなら、現場で、その判断ミスをしかと指摘すべきだし、監護者が判断したならその責任を含めて是正した上で、接種が行われるべきなのに・・・・」
って、呟いたら、
 「仰る通りなんですが・・・・・。死亡例を見て頂くと、もっと、同様のことを思われる事例がありますよ・・・・・」
と、呟き返された。
 
 ワクチン接種が、これほど混乱状態にあるなんて・・・
地方に丸投げ、付け焼刃の政府のやり方では、こうなってもそりゃあ当然だろうと、苦々しい思いを噛みしめた。

 日本の医療に、更なる異常事態が発生しているってことだ。

 それでなくとも、リソースが限られているのだから、日本は「ゼロコロナ」を目指すしかなかった。
経済至上主義の大バカ政府が、分不相応に、中途半端な「ウイズコロナ」対策を選択したせいで、ワクチン接種もこのような杜撰なデータしか把握できない。
 万が一、数秒を争うアナフラキシー・ショックが発生した時に、即座に対応できる医師がいる病院での対応が出来るとは限らない状況での接種である。

 「これでは、アナフラキシーでさえ、全く心因的な要素は分かりません。アナフラキシー既往歴も不明。アナフラキシー・ショックに関しての記載もごく僅かに推測できる程度・・・・自身が接種してアドバンテージを得るか、周囲の接種を待って安心を得るか・・・判断できないですね。」
 「接種するかどうかは、自己判断ですから。」
 「その判断の資料とデータを提供するのは厚労省の役割ですが、これではデータ不足で・・・」
 「厚労省のデータではこれが限界ですから、プラセボでのアナフラキシー・ショックの症例に関するデータをファイザー社に直接メールで問い合わせて、求めて下さい。」と提案された。
 「そうですね。下手な英語で却下されるかもしれませんが、そうします。」
と、言うと、
 「日本支社がありますから、日本語で充分ですよ。」
と。
 で、ファイザー社の日本支社に、上手?な日本語で、お問い合わせのメールを送信したのだった。


 その後、厚労省の死亡者データのPDFを開いてみた。
(資料1-4-1)}000790072.pdf

 そこには本当に、更に、ありえない、目を覆いたくなるような悲惨な事例が記載されていた。
102歳の生命。
90歳の生命。
101歳の生命。
  ・・・・・
 名も知らぬ生命に、私は、心から哀悼の念を捧げた。
ご高齢で虚弱な方にリスクを承知で接種を行うことが妥当と言えるのかどうか?甚だ疑問が禁じ得ない。
 自己判断能力があるものがワクチンが原因で他界することは、百万が一の覚悟の上であるのだから、自己責任に過ぎない。
しかし、ご高齢で自己判断能力の弱い(或いは無い)方々への接種を善しとして、実際に接種が実行されていたことに得体のしれない異常を感じた。
こうした体調の方々にワクチンを接種するに至った、私たちが生きる今この時期の社会の、異常性と危険性の高さに、震撼する思いがした。

 
 わたしたちに、人類が有する最も弱い部分、最も悪質な部分が、今現れ始めているのではないか。
「アイヒマン実験」に似た状況で、わたしたちの心から、何かが欠落しつつあるのではないか。

 わたしたち人類は、目を背けたくなる、振り返りたくない、否定したい、数々の残忍な歴史を有している。
それらは、人類の最もの弱点でもあるってことだけは、決して、忘れてはならないのだと改めて思う。

 https://blogos.com/article/227455/

 
 
 

 

 







言葉の力・コロナ収束への道程

 人間が発する言葉が、人間の心を善い方向に導くこともできるし、よろしくない方向に導くことも出来ることを、誰しもが実感する時代になった。

 知性を有する人間が持つ言葉は、時には、野生の腕力を凌駕し支配する力を有する。 
特におおやけの場で発せられる言葉には、大きな影響力がある。
 
 コビット19の発生以来、リスコミという言葉をよく耳にするようになった。
政府や自治体の政治家や専門家は、コロナの感染拡大を抑止する為のリスクコミニケーションに努力しているとは聞いているが、コロナ問題に関しての様々な日本の政治家の声明を度々耳にする昨今、彼ら彼女らの言葉には全くと言っていいくらいに要点が欠落していて、真心が感じられない。
専門家の話さえも、まるで小学校の校長先生の朝会での挨拶を聞いているように退屈で眠く感じられてならない。
 彼ら彼女らのお話は、政治家や専門家でもなく、それを演じる役者でもさえもなく、人間でもなく、まるでマリオットのように見えてくる。

 緊急事態宣言の延長に関する菅氏の発言も、
「延長は大変心苦しい思いだが、一番大事な時期だ。国民の皆さんのご協力をお願いする。」 
と述べるだけDの、無機質な日本語の羅列に終始した。

 これでは、日本国内のコロナ感染は延々とゼロにはならないし低位安定することもないし、収束するほどの影響力はもたらせないだろうと思う。

 彼らは、何故だか、ヒトヒト接触を抑制する為に社会活動を制限することには、謝罪する。
聖火リレーが出来なくなったことに涙まで流して陳謝する政治家までいたし、今回の緊急事態宣言の延長会見でも菅氏は、延長することを申し訳ないとしか宣わない。
この思考は、いくらなんでも、政治家としてあり得ないと言うしかない。
 
 人心には謝罪された件に関して、相手を責めていいと思い込む特性がある。
彼らが社会活動に支障をきたすことに対して表明する謝罪の言動が、国民の心に、彼らが社会活動を抑制していることが罪であると認識させ、ひいては社会活動の抑制対策に不平を言うが正義?であると認識させ、不満や反発が当然であるかのような気分を喚起する結果を招いていることに、気が付いていないのだろうか?
 或いは、言葉を狡猾に操り、国民の健康や人命の優先より、社会行動の自由の優先を促す為に用いられているある種の策略なのだろうか?

 彼らがその発言において主張すべき最重要事項は、私如きが言うまでもなく、健康と生命を大切に守るべきだ・という、ごくごく当たり前の人間存在の本質に従った倫理原則である。
 政治倫理の根幹でもあるこの真理を、彼らは、国民と共に守ってゆこうという気概も持ち合わせていないのだろうか?
健康と生命の尊重という最も重要な真理が治世者の声明から欠落すれば、コロナ対策に関して、国民の良心と倫理のコンセンサスを育むことが出来ないばかりか、生命の危機に苦しむコロナ患者さんやそのご家族をはじめ、生命を救うという尊い職務に邁進する方々への様々な差別を助長することにもなるってことが、何故分からないのだろうか?
 これまでのようなコロナ対策の失敗の一大原因は、彼らの言葉にあったと言っても過言ではないだろう。

 人間は誰しも生存本能を有している。白熱教室ではないけれど、人間社会には、共通の「正義」が必要だ。
 コロナ対策の会見で表明する共通の「正義」は、「健康と生命を守る」という人間本来の生存本能と正義に基づく、ごくごく当たり前で自然な心の働きに他ならない。
 
 感染するかもしれない、感染のスプレッダーになって愛する人たちを感染させ周囲の人を苦しめ死なせることになるかもしれないという「恐怖」を煽ることや、強制的に人が群れ遊ぶ施設を閉鎖することで、強圧的にある程度は、ヒトヒト感染の抑制は出来る。

 しかし、国民の真心に触れる真理を言葉にしなければ、元々倫理意識の高い層以外の国民には、決して自発的に感染症を抑止しなければという個々人の使命感や正義感のコンセンサスが得られない。うるさい小言、ご注意の挨拶程度にしか感じられず、逆に反感を煽る事態にもなっている。

 失われてゆく生命に対する責任感、生命を守るという人間として当然の、特に政治家の資質として必要不可欠な規範を表明し、人心を善い方向に導こうとしない彼らは、一体何を企んでいるのか?と思えてならない。


 米国のコロナ感染者数の推移グラフに、米国大統領の言葉の力が、驚くほど如実に表れていることが興味深い。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/

 米国において、荒れ狂う虎・トランプ氏の言葉の力は強烈だったことも伺える。
コロナは只の風邪と信じる信者であるかのように、マスクもつけずに傍若無人に振る舞うトランプ氏は、日本政府と国民の一部にも大きな影響を及ぼした嫌いがある。

 2020年10月5日、 トランプ氏が、大統領選挙中にコロナにり患し、至れり尽くせりの治療を受け回復・退院した彼は、国民に、
 「怖れるな!」
と呼びかけた。 
 季節的要因はあったかもしれないにせよ、その後、他国と比較しても異常なほど米国の感染者数はうなぎのぼりに増加してゆく。

 同年11月3日、大統領選挙に、バイデン氏が勝利した。
ワクチンの接種も始まったものの、選挙の無効を訴えるトランプ陣営の興奮や各種デモが過熱した時期に、感染者数はますます増加の一途をたどった。
 2021年1月6日、米国議会襲撃事件が勃発した前後には、米国の感染者数はピークに達し、一日の感染者数が30万人以上を更新している。

 そうした中で、バイデン氏が、2021年1月19日、20日の就任式の前日、「コロナ犠牲者追悼式典」をワシントンで開催した。
その時に彼が語った言葉の力は、米国民の心を大きく動かすに充分であったようだ。
 彼は、地元の空港で、他界した息子の思いを馳せ、あふれる涙をぬぐいつつ、素晴らしい話をした。
 「一つだけ後悔がある。彼がここに居ないことだ。彼こそ、大統領として紹介されるべきだった。」
それは、失われた生命への最高の敬愛を込めた言葉だった。
 そして、コロナ犠牲者追悼式の演説では、コロナで他界された国民とその家族や友達の心に思いを馳せ、彼は国民に語りかけた。
 「思い出すことは辛いときもあるが、そうすることで、傷が癒される。国家にとってそうすることが重要なんだ。」
自身の大統領就任前に、何よりも先に、コロナ犠牲者追悼式を執り行い、そこでバイデン氏が語った、本来のアメリカの精神を取り戻す、生命の尊重という人間としての最大の真心を取り戻す言葉を散りばめた演説を境に、まだまだ暴れる虎のようなトランプ氏の派手な煽りに乗って騒動の極みにあった米国民のムードが一変した。
 そして、就任式では、彼は、コロナの収束を最優先課題として力説した。
 感染数は、ワクチンの普及を待たずして、この時期を境に、明らかに減少に転じた。

 米国はワイルドだが、今回は更に更にワイルド過ぎると思うことも多いが、人格に異常がない限り、人は誰しも、失われてゆく生命への悲しみや、健康を守るための充分な医療に掛かれない方々の苦しみに共感し涙する心優しい共感力を有している。
 コロナ犠牲者追悼式のバイデン氏のスピーチが、選挙戦後の動乱の中にある万民の心に、「何が最も重要か?」「生命の尊厳」という人間存在の命題を呈し、今対峙しなければならないコロナ問題の方向性を正す画期的な節目になった。 

 
 トランプ氏に象徴されたグローバル化の反動とも言える、自己中な新興ナショナリズムの支配は終焉を迎えた。
コビット19は、国際社会全体がコントロールしなければ、本格的な収束を迎えることは不可能な人類全員の闘いだ。異常気象が激増してゆく地球環境問題も同様に、自国内の解決だけでは、どうすることもできないまるごと地球時代の津波が押し寄せていることを、誰もが理解せざると得ない時代となった流れも大きい。
 
 
 日本では、第二次安倍政権時代から始まった自己中な独裁政権が扇動したような新興ナショナリズムがもたらした長期政権の利権・票田の雁字搦めが続いているように見えてならない。

 PCR検査機器もワクチンも充分に確保できなかった事態に関しても、国際社会の中での日本という国家がどういう立場にあるか?どうすれば、世界各国にこうした有事に協力を得られるだけの価値ある国家としての立場を確立させることが出来るのか?等々、外交戦略の基本的要素の弱さが、この国の外交力を更に貶めていたことに多くの理由が見いだせるように伺えるが、この部分は、後日の考察に譲りたい。

 平和な時代には、誰もが気に留めることもなかった政治・行政のさまざまな問題を、ウィルスが水面に浮き上がらせた。 
潮目に浮かんだ泡沫は、早晩、新しい潮流にさらわれ、新しい時流の大きなうねりが訪れる。

 米国大統領ほど思慮深い説得力のある演説が出来る政治家は、日本にはいないかもしれない。
以前NHI\\Kで放映されていた、ハーバード白熱教室という番組(今もYouTubeで見ることができる)を観た時、日本の政治家に欠落している認識が余りにも多く拝察され、これは、日本のあらゆる政治家が理解しておくべき・日本の多くの政治家が理解していない最低限の政治倫理だ・と思ったことがあった。

 現状を見る限りにおいては、この惨事に政権を担い、コロナ感染を上手に収束させ、すべての国民が健康と生命の維持の為の医療を受ける権利をはく奪された現状をスムーズにより良き状況に再生させ、多くの人心の真心と、より安定した優れた経済再生の方向性を導くほどの政党を、現在の政界の構図から見出すことは厳しい。

 少なくとも、日本は、「ウイズコロナ」を目指すほどの体力も気力も政治手腕もないのだから、「ゼロコロナ対策」を目指す方が、自国自賛で日本の立ち位置や国内の実態を誇大妄想し、自己中に国民にステイ&ゴーの号令を発するような軽率なことは仕出かさないし、国際社会の中での現代の日本という国家の立ち位置と、日本の医療や国内事情に叶うには違いないのだけど。

 このままの流れが続く限り、この期に及んで、IOCにコロナ対策への積極的協力を取り付ける交渉すら出来ずにオリンに暴走する赤子のような非力さを鑑みても、日本の再生は厳しく長い道程に思われてならない。
 暫くの間は、政権交代を繰り返しながら、次の世代の政治家を国民が育ててゆかなければ致し方ない時期に来ているのだと思う。

 旧弊を排し、ごく自然で当然の人間存在の真理に叶う言葉を発する、政治倫理と国力の限界をわきまえた政治家たちが、国民の善き心を動かす声明を語る時が来て、日本のコロナ問題も、収束への舵を切ることができる日が遠くないことに、本気で期待したい。


 今までなんとなく上手く来たから今回上手くゆくだろう、どうにかなるだろう・・・・・・
引き寄せの法則の希望的楽観的自己暗示は、リスク管理には逆効果を示す。
 日本は金満国家なのだから・・・金があればきっとうまくゆく・・・・・・
紀州のドンファンは、聞くにも見るにも堪えない気持ちの悪い醜聞をまき散らし他界した。

 高度成長期が終わり成熟期に入ったはずの国家であるというのに、その後も過去の栄光にしがみついた楽観主義と金満主義の尾っぽが長すぎたように思えてならない。
 

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