endometrioid carcinomaから

ガン・サバイバー・只今人生のサバイバル中です

シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

これからをどう生きるか

 海辺の別荘地で暮らす従姉から、久しぶりに電話があった。

私より一回り上の従姉兄たちは、既に、自由人の境地を生きている方々が多い。

・・・日出前から砂浜を1時間くらい歩くの。
太陽の光が、さざ波に無数のきらめきになって反射する光景が最高なの。他には誰もいないマイビーチ。ここ暫く、スケッチブックを持って、日出の光景をスケッチしてる。
50号の油彩に仕上げたいわ。

・・・美しい光景が、目に浮かぶようだわ。
印象派の画風が似合いそう。
50号か・・・大作になるね。
油彩の匂いが懐かしいわ。
2月に、若い頃出来なかった研究に戻りたいって思ったけど、この社会状態では、厳しいかもね。
アートの世界が懐かしい。
また、絵を描きたくなったわ。

 従姉は、法律関係の専門職を50代に引退し、その後芸術的才能を開花させて各種受賞歴を持つアーティストでもある。
 年齢を重ねた今は、料理が趣味の息子たちに台所を占領されて、家事からもすっかり解放され悠々自適の日々に新しい楽しみを見つけているらしい。


 都市部と片田舎の郷里に家を持ち、行き来している従兄からの電話も楽しい。

・・・コロナで越境しにくくなったけど、僕の場合は、どちらにも家があってど
ちらにも税金を納めているのでどこに居たらいいのかと、時々思うよ(笑)。
どちらも放っておく訳にはゆかないから、今は、他に人が乗らない時間に電車通勤している感じなんだ。人が動く時間と方向の逆に動いてると、電車が貸し切り状態でいい感じだよ。
あとね。今までの人生で見た素晴らしい景色を最近よく思い出すんだ。
旅の光景を辿ってゆくとこの上ない幸せな時間が続くよ。そろそろ文章にするか描いてみようかと思ったりもする。

・・・素敵ね!この前、〇〇姉さんもまた絵を描くって言ってたよ。
私も描きたくなってくるわ。
 越境する時は、人が動く時間と方向を逆に動くことにすれば都市部にも安全に行けるってことね。でも、私はそちらには家が無いからホテルに一泊が悩ましい(笑)。

 こんな会話を交わす従兄にもアートの才能があって、若い頃に幾つか受賞歴があったことを思い出した。その後、生活の糧とする職業が多忙になって、遠ざかって久しいのは私も同様だったのだけど、もしかしたら、アートや文筆関係の遺伝子は従姉兄たちに共通しているものなのかもしれなく思えてくる。


・・・古着をリメイクしてるの。絹のコートが欲しくって、祖母ちゃんの色無地を作り変えてるのよ。
・・・料理が楽しいよ。嫁さんの料理より僕の料理の方が格段美味しいことに気が付いた。
・・・私宅を少しずつ整理してるところなんだ。いい思い出が宿る品物を身の回りに置こうと思ってね。これからの人生には只の住空間は要らないからね。人生という時間の広がりが素晴らしく心を健康に豊かにしてくれるんだよ。
・・・釣りに凝ってるの。収入が減った分時間に余裕が出来たから自給自足が楽しいよ。
・・・読書三昧。世界は無限大だから。
・・・美味しいティータイムと、ゆっくり一服が楽しみなの。

 皆さんover60歳。まだ現役で活躍中の人も多いけど、いろんな従兄姉の話を聞かせて頂いていると、折り返し地点からの素晴らしい人生の指針が見えてくる。

 世界が今、大きな転機を迎えている。

 2月に出会った、ある空間の理論の書物を読んでいて、そこに時間軸を加えたら、その理論はより深みを増して輝くだろうと直感したことが脳裏に蘇った。

 現代社会の病理は、時間軸を失くしつつあるってことだと思う。
そこに踏み込む理論自体が無いのか、或いは弱いのかもしれない。

 近年流行りの断捨離という思想が、大量生産、大量消費が生んだ鬼子のように感じられるのは、断捨離の空騒ぎの中では今・ここでの感受性が先行し、「時間軸」という視点が抜け落ちているからかもしれない。


 机の上に積みあがった本の山が少し減った。
読書が進むにつれて、今まで歩んできた人生と世界が見通せて行く感覚が気持ちいい。
そして、一つの書物を読むと、その世界をより深く知りたくなって新しい本がまた増える。
 ここ数年、ブルーバックスに凝っていたのだけど、コビット19が現れて以来、更に科学系の書物が増えた。一方で、新しい哲学書や社会分析の書物も増えてゆく。
 コビットの出現は、これからの世界を生きるには、免疫と遺伝子に関するある程度の知識が無ければ、テレビで放映される世界の科学者の話さえ理解できないことを実感させてくれた。
そして、科学的知識と同様に、より深い人間学が欠かすことが出来ない切迫した時代だということも痛感した。

 気が付くと人生の折り返し地点を越えていても、私は、未だに、思うように動けなくなった自身とこの社会に適応できずに戸惑い続けている。

 戸惑いや悩みの多くは、無知の不安から生じる。
人生に迷った時や悩んだ時の活路は、多くの先人たちの智慧の記録から得られることが実に多いのだけど、活路を見つける為には、より多くの優れた人達や、彼女ら彼らが書いた膨大な書物との対話が必要となる。


 ふと思いついて、物書きをしようかと思っているという従姉の子供に、文章読本と数冊の文学作成の基本書を送りたくなった。書庫の整理をする時期が来ているのかしら。

 小説やエッセイの類の多くは、人にさし上げたり、半数以上処分したのだけど、未だ3つの本棚に収まり切らない書物がある。ついつい、調子に乗って処分してから、あの本に書いてあった・とか、あの小説は素晴らしかった・と思い出し、処分したことを後悔して再度買い求める本もあるし、もう手に入らない書物も多い。
 本は食べ物とは違って、消化した後も、できるだけ手元に置いておくことが、人生の最終章を生き切る為に、最も必要な糧であるように思う。
 
 彼がどんな文章を書くのかがとても楽しみになって来る。願わくば、私のような商業ライターに嵌ることなく、しっかりとした文学を執筆する方向に彼の文才が開花してゆくことを見守りたい。





 


防虫服と防護服

 季節の移ろいが年毎に変になっている。

 茶道の世界で四季が無くなったと言われて30年が経過した。
今年は今頃えんどう豆が実り始めて、強い陽射しを受ける花畑の水仙の葉が赤茶けてきた。
水仙はこの時期に来年の花をつける為の栄養分を光合成で蓄えて、入梅の頃から葉が枯れ始めるものなのだけど、これほど早く枯れると、来年の花付きが心配になってくる。
 祖母の代からあった夏菊がドライフラワーになって枯れてしまったのは数年前だった。
この30年、毎年のように異常な変化に遭遇している。

 虫刺されが酷く腫れるようになった。
自身の体質の変化によるアレルギー反応か何かの影響かと思っていたのだけど、実は、最近、毒虫の繁殖が多くなったことと、毒が強くなってきているってことを知った。
 数年前に、アウトドアで、ダニに噛まれて数人の方々が亡くなったと聞く。
天狗熱が都内で発生したニュースもあったし、従来の日本の毒虫に加えて、セアカゴケグモやヒアリなどの外来種も繁殖しているらしい。

 ある早朝に、根三つ葉を摘んだ。陽光が当たらない場所に生えた野生の三つ葉は、得も言われぬ清涼な香りが素晴らしい。
今年は、丁度今青々と茂る水仙の葉の下に三つ葉の群落があったので、そのまま水仙の葉が茂るに任せていたら、葉っぱの陰に素晴らしい三つ葉が育っていた。
 もう、10年以上、お昼間の陽光がオーストラリアのパース並に強すぎるようになった。
皮膚がんが生えたショックもあったので、戸外に出るのは、紫外線が弱まる夜明け前後か、夕方にしている。
 早朝の畑は清々しく、涼やかでもある。

 香り高い三つ葉を収穫し、トウモロコシの苗を3株植えた。日の出が近づき、虫が飛び始めたのをきっかけに、家に戻り、シャワーを浴びて、その日は、何事もなく過ごしていた。

 その夜、息苦しさで眼が覚めた。
呼吸ができない!
一端、うつ伏せになって起き上がると、喉仏の上と、少し下に大きな腫瘤が出来ていることに気が付いた。喉の皮膚が真っ赤に腫れ上がっている。
 蜂に刺されたとしたら、その時から痛みや違和感を感じるはずだ。
今までの経験から、アブかブヨか何か他の虫だろうと思ったが、余りの息苦しさに、アナフラキシーショックか?と思った。
手持ちの抗ヒスタミン剤を飲んで、腫れには副腎皮質ホルモン剤を塗った。
尋常ではない痒さが増して来た。
 かゆみは仕方ないにしても、その腫れは尋常ではなかった。いつもの虫刺されであれば、平たく丘陵状に腫れるはずが、コブのように直径5センチくらいの球状になって腫れていることが、呼吸に差しさわりを感じさせたようだった。水を飲むと食道を通る時に痛みもある。

 とは言っても、まあまあ、虫刺されのヒドイのには違いない・・・
と、その日一日は様子を見ていたのだけど、予想に反して、腫れとかゆみが増して来た。
炎症は3日目頃に最もヒドクなるって性質があることを思い出し、今夜が山になるはずなので、
意を決して、クリニックにゆくことにした。
 虫刺されでクリニックに受診するにも意を決しなければならないなんて、コビット君の流行で本当に大変困った状態が続いていることを実感。

 受付の女性から、
「今日はどうされました?」
と聞かれたので、
「虫刺されです!」
と腫れあがった喉の刺され跡を見せた。
ら、いつも不愛想この上ない彼女であったのに、いつになく、にっこりと微笑んで妙ににこやかに対応された。
 緊張と弛緩の一瞬だったようだ。
薬を取りに来られる患者さんは数人いたけど、受診を待っている患者さんは殆どおられず、クニックは空いていた。

 受付と待合の間には、コビット用と思われるプラスティックボードが掛かっていた。
私院の場合は、以前の改装時に、受付と待合を隔てるガラスを入れていたので、特に目に見えるコロナ対策はしてはいないので、なんだか妙な感じがした。

 自身のガンの闘病以来の体調不良で一般診療は受け付けていないのだけど、連休の最中に、急患で、肘内障の幼児が来院された。
 総合病院の救急が充実して以来、休日の急患は滅多に無くなっていた。
時節柄、病院に行きにくい抵抗感が、もうそろそろ閉院しようとしている私院に足を運ばせたのだろうと思った。
 とはいうものの、その子供の両親である若いご夫婦が、コホコホと乾性の咳をしているのが、やけに気になった。
 小児の肘内障の整復は時に難しい場合もあるが、普通の症例では殆ど即座に入れることができる。可及的速やかに整復して、予後の確認の為に総合病院への紹介状を持たせようとしたのだけど、ご両親から拒否されたので、1週間の安静と何かあった場合に必ず連絡するようにと申し付けて、一件落着。

 とは言え、私宅に戻って一息ついたら、とんでもなく怖くなった。これって思いっきりの濃厚接触であるし、泣く子を抱っこしたお母さんは咳き込んでいるし、どちらの口からも膨大な量の飛沫が飛んで来ていただろう。
 両親の咳がコビット19によるものであれば、かなりの確率で、子供も罹患しているだろうし、彼らの飛沫をモロに浴びる時間はできる限り短縮したとはいうものの、サージカルマスクをして、眼鏡をかけてる程度では、自身が感染から逃れられる状況ではないと思った。
 もし、次回同様のケースに遭遇した場合は、フェイスシールドが必要だと思って、その後、思わず自作してしまった。
 私はコビット19の患者さんを診る立場ではないし、患者さんが感染者であることを前提に他病を診療するのは少々ズレるのではないか?、フェイスシールドは不適切かもしれない。否、ここは大事をとって、重装備も致し方ない?と悩みながら、その後、1週間延々と自分が罹患したのではないかという不安に苛まれて、やはり、今後同様の事態に遭遇した時は重装備を選択することにした。

 クリニックの従弟は、悠々と、マスクだけして、診察をしていた。
流石に、少し疲れている様子だったけど、「大変な時代になりましたね。」と話しかけると、子供をあやすように、「もうすぐ終わるよ。」と応えてくれたことに慰められた。
 ステロイドの注射と免疫抑制剤を頂いて、「この時期に大丈夫?」と尋ねたら、「そこまでは効かないから」と、再び慰められた。
「久しぶりだなあ、どうしてた?」と聞かれたのだけど、今回は、それでなくても、コビット感染の不安と虫刺されの呼吸難に苛まれていた私には、ご無沙汰の話をする余裕も無かった。
「最近は、こういう患者さんが多いんだよ。蜂はもっとすごいことになって来る人が多いし、アブやブヨでもこういう感じね。アリや蚊でもこんな感じになる場合も多くなったなあ。他にもいろんな虫の毒が強くなってるようだよ。」
「そうなのね。私は、自分の体が弱って来てるって思ってたの。」
「逆だよ。虫の毒が強くなってる。野外では、充分気を付けて。」
 と、送り出された。

 帰宅して、思わず、防虫服をAmazonで買うことにした。
養蜂業用の白い防護服で、顔の部分が黒い網になっている。
 翌日到着したのを着て野良仕事をしてみたが、これはとっても暑い上に、見た目も何事かと思うほど物々しい。うちの周囲には人がいないからいいものの、私、これから、いつもこれを着て野良仕事するの???と・・・

 ついでに、医療用の防護服も一点だけとりよせたのだけど、これはビニール製なので、野良仕事には更に暑くて蒸れて全く向きそうになかった。
 万が一、先日のような急患に対応する時の為にとっておくことに。

 ・・・・・・・
 それにしても、大変な時代になった。
普段の買い物にもマスクとアルコール消毒。
医療現場には、ウィルス除けの防護服やシールド。
野良仕事には、虫除けの防護服が必要になる時代が来るなんて。
SFの未来社会じゃあるまいし、つい半年前までは、思いも寄らなかった。

 ウィスルと虫たちとの共存は、人類が破壊してきた地球環境による自然の変化との共存そのものでもあるのかもしれないよなあ・・・・と、夏色が濃くなる空を眺めながら、溜息。。。

 あれから1週間程が過ぎて、虫刺されの喉の腫れは随分引いて来た。痛みとかゆみと跡かたがすっかり消えるまで、もう1週間くらいだろう。

 数か月ぶりに美容室に予約を入れようと思って、近隣の従姉に電話したら、その近隣でもコビットにヒットされた患者さんが出たとのことで、あと1~2か月は我慢するようにと諫められた。
 2月からストップしたままの都内での要件も都市部での要件も、先方から、数か月は感染の様子を見た上で、との提案があったまま、私も怖くてゆけなくなっている。
医学関係者の多くは、一般人より以上に、コビット君の感染予防対策を提唱しておられるように思う。

 予定していた全てがストップして、この間に体調の回復を・と思っていたのに、マッサージ屋さんにも行けないし、気儘にスイミングにも行けない。
 コビット君対策の相談電話が増えただけではなくて、自粛し切れない知人たちの情けない程の我慢弱さをサポートする羽目にもなって、のんびり独り暮らしを味わう余裕も消えて、気ぜわしさに過覚醒状態になってしまっっていた。
 

 折しも、緊急事態宣言は、経済に押されて解除になったとのニュースが流れた。
医療現場の充実は、まだほど遠い様子であるのに、経済に走りだしていいのかどうかはとても疑問に思う。
 一方で、株価の買い支えも顕著であるし、これほど多くの支援金や共済金を支出しては、経済がどのように推移するかという問題も山積状態だろうし、都市化は、人間を外に出かけさせることを意図した住環境であるので、自粛し切れない国民の忍耐力の弱さが大きく影響したのだろう。

 新しい生活への試みが始まりつつある。
テレワークをしている友人から、突然、カメラ電話が掛ってくることもある。
テレワークも、カメラ電話も、もう十年以上前に私は飽きたし、私的にこんなのに付き合うのはしんどいと思う。
 
 以前携わっていた婚活業界は、今や惨憺たる状態になっている様子でもある。
パーティーの代わりに、リモートパーティーを始めていて、女性のお客様は無料で募集しているほどお客様の集まりが良くないようだ。慣れれば、リモート婚活・リモート結婚もありって時代が来るのかもしれないが、ますます、現実のお出会いからは遠ざかってゆくだろう。

 ITの進化によって、元々人間関係がバーチャルになりつつあったものが、コビット君の出現でますますバーチャルで無機質な関係となってゆきそうだ。

 人間が清貧に生きる決断をせずに、経済が動く以上は、地球環境の破壊は止まらない。
コビット君が収束しても、今、大破壊されているアマゾン流域でもまた他のウィルスが発生するだろうし、異常気象と地震の多発が生活を揺るがす時代が続くには違いない。

 何かと住みにくい環境になった。

 防虫服に身を包んで野良仕事をしてると、感染症対策で、緊急事態宣言はもう国民の精神と経済が耐えれないのだとしたら、いっそ、流行中に外出する必要のある場合には全員が防ウィルス服を着たらどうなんだろう・・・夏は暑くてイヤだけど、来冬まで持ちこたえることが出来れば・・・そう、SF映画に出てくるような、宇宙服に近いジャンプスーツを、外出時に皆さんが着て、フェイスシールドも付ければ、自粛しなくてもゆけるのではないかしらと真剣に考えてしまった。

 都市部の巣ごもりのシングルたちの多くが、食べては眠り食べては眠りというとっても自然な子供のような健やかな日々を送っておられる様子が、少々羨ましくもある。 

 コビット君騒動と、虫刺されに疲れた私は、週に1日は寝て暮らそうと思うのだけど、健やかな
自然の眠りからはますます遠くなってしまっている。
 新しい時代の新しいライフスタイルをあれこれ模索しながら、自然な眠りを誘いたい。
  
 

<新型コロナ対策>これまでの記録と今後の方向性

 コビット君が出現して以来、頭のどこかで、この課題を追いかけている。

 この感染症の実態は未だ明確には見えないので、コビット君と社会の動きについて、ついつい考えさせられることが多い。

 発端は、クルーズ船での対策に感じた異様な違和感。

 日本では、PCR検査が足りず、医師がコビットの懸念で検査依頼しても、保健所がネックとなって検査がなされないという、にわかには信じられない異常事態まで発生し、前代未聞にも医師会が政府にクレームし、大学病院も要望書を出し、自ら協力体制を促すという異様な状況にあった。
 今になってもまだPCR検査がスムーズに行き届いていない現状がある。

 先ず、何故、このような意味不明で気持ちの悪い状況が続いているのか?と、経緯を整理しておきたい。

 コビット君が指定感染症に定められたのは、
2020年1月28日。
その前日に、感染研の忽那賢志医師が以下のような記事を書いておられた。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200127-00160618/

。(○新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(令和二年一月二十八日)) 
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=78ab7336&dataType=0&pageNo=1
この政令に至る簡略な説明は以下。
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/corona_taiou3.pdf#search=%27%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A+%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E6%8C%87%E5%AE%9A%27
疑似症サーベイランスの運用ガイダンス 第 三 版(2020年1月10日)
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/PDF/gijisyo-gildeline-200110.pdf

 というような感じで、通知がなされて、4日後の
2月1日から施行されている。
感染症法(新型コロナに関しての付記あり)については以下の通り
http://www12.plala.or.jp/taacohya/Houki/KOSEIRODOU/Kansenshoho/KansenshoYoboho_frame.htm

 普通なら、病院→保健所→都道府県→国という手順で把握されてゆくはずの感染症が、今回は、国→都道府県→保健所→病院という下りになって、様々な問題が発生していた。
 これは、一体どういうことなんだろう?
 
 3月6日に、PCR検査が保険適応された。
これについての先に引用した感染研の医師から新たな意見が出された。
この時点に至っては、PCR 検査では、陽性陰性どちらも、正確ではないので、取り扱い要注意!と言う内容が書かれる。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200306-00166273/


 感染症法の8条が、全く、良ろしくないのだ。
第8条1類感染症の疑似症患者又は2類感染症のうち政令で定めるもの新型コロナウイルス感染症病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和2年1月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。以下単に「新型コロナウイルス感染症」という。)の疑似症患者については、それぞれ1類感染症の患者又は2類感染症新型コロナウイルス感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する。
   
新型インフルエンザ等感染症の疑似症患者であって当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のあるものについては、新型インフルエンザ等感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する。
1類感染症の又は新型インフルエンザ等感染症の無症状病原体保有者については、それぞれ1類感染症の患者又は新型インフルエンザ等感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する。

 指定感染症(2類相当)にコビット君を入れる・と政府が決定した時点においては、先の感染研の忽那賢志医師はそのメリットとデメリットで、「人権」について述べるに留め、PCR検査が保険適用された時点で初めて、このPCR検査の特異度が100%ではない、つまり、検査で陽性と出ても感染しているとは限らない、検査の誤差で出る一定数の非感染者が強制的に入院させられる可能性があるという問題を提起した。

 このあたりから、保健所→病院の部分が、保健所⇔病院に変わったことで、検査数は増加すると思われ、従来の病床の不足と共に、この問題へのリアリティーも増したのかもしれない。

 3月17日に、厚労省は、先の感染症法8条を緩和する通達を出している。
https://www.mhlw.go.jp/content/000609214.pdf

 それでも、日本の検査数は、他国と比較すればあまりにも桁違いな低位で推移していて、変死者として扱われていた人々が実は新型コロナの死亡者であったという事実まで出てくるし、どこに行っても検査を受けることが出来ず、診断されないままで重症化・原因不明の肺炎で他界という痛ましい報道まで目にすることになった。
 検査で陽性と出た人が、充分な観察を受けることができずに、自宅療養中に他界していたというニュースも流れた。ICTが普及し教育現場でも無償提供されている今日にあって、何故、自宅療養患者さんに、スカイプやlineやメッセンジャーを使った双方向性の経過観察がなされていなかったのか、遺憾に思う。

 PCR検査が普及しなかった検査渋りの背景には、安倍首相が、お金が掛かるから購入しないと断言し却下したという報道も目についた(一方で一回の治療が1億6千万の投薬が保険認可)。旧態依然とした国内の権威や利権争い、対応に出遅れ外交力の弱さも相まって海外の検査機器の輸入も後手後手に回り、海外に輸出されている国産の全自動に近い検査機器の購入もされていないという検査をめぐる大きな問題が、未だに山積していることが、各種報道で、示唆されている。

 それについてはまたの機会に譲ることとして、ここまでの経緯を観察すると、PCR検査は正確さという点で、コビット君を正確に診断できるものではなかったという問題もあったと推測される。

 感染しているのに陰性と出る場合には、感染者が陰性と思い込むことで周囲にウィルスをまき散らすし、感染していないのに陽性と出る場合については明らかな人権侵害問題になる。なので、この検査の施行に関しては、神経質になり過ぎるくらいで丁度いいという、理性的な見識があったのだろう。
 たとえ、100~1000人に1名の確率であっても、全く感染していない者が陽性者とされた場合の悲劇は、人類の最悪の罪業ホロコースト、日本においてもハンセン病隔離というほんの数十年前まで続いていた国民全員が背負う罪業を彷彿されるものがある。

 他の所見が見られない時点で、陽性と出た場合でも、実際に感染しているのか否かが分からなければ、入院勧告は躊躇われるし、今回は、自宅自粛とされたものの、付帯状況と検査で判断だけでは、検査が不確実である限り、被検査者には容認されにくい。つまり、うかつに陽性者扱いされては怖いから、無症状の場合は検査を拒否する者が出る傾向も当然だろう。

 そこに輪をかけているのが、理性を失った一部の人間の狂暴化。 

 一部の人々は、感染症への恐怖と覚醒化で理知的な顕在意識が希薄化し、さながら魔女狩りのように帰国者や陽性者やその接触者を指弾したり、嫌がらせを行ったり、叱責までが始まっていた。武漢からのチャーター機帰国者に関しても然り、クルーズ船乗客に対しても然り、海外からの帰国者に対しても然り、国内での発症者に対しても然り。

 ツイッターなどの繁茂する時代にあって、デマも流れる上に、個人情報保護など無きに等しい現代社会において、一部の人間が犯罪者と化し、投石や落書きなど住宅に加害するなどの被害を受け精神的ダメージを回避する為に引っ越しを余儀なくされた方も現実におられる。

 さらには、医療者やその家族にまで差別を行うに至るにおいては、理性と倫理を喪失した人間のゾンビ映画のような人心崩壊も見られる。

 一部の獰猛化した者の狂気で、この疾患と診断されて治療を受けて生命が助かっても、嗜虐性を持った心無い民衆がしでかす犯罪被害に遭うリスクが高くなった。

 緊急事態宣言後にあってもPCR検査が増えないのは、政府の何らかの混乱による手配の遅延という問題の一方で、こうした差別意識や犯罪行為が異常発生していることを鑑みれば、医療者側ではかなり慎重に行うことを余儀なくされることと、被検査者の側からは、差別や犯罪被害を恐れて、症状が出ても、容態が悪化しないと検査を受けることが躊躇われる人々の心理も、大きなネックになっていることは想像に難くない。

 
 さて、震災や台風にも似て、突然発生した未知の疫病への対策は、今後画期的なワクチンか治療薬が奇跡的に開発されるまで、各自が受容してゆかなければならないことだ。

 ここでは、今となっては異論も多いものの、概ねキュプラ―ロスの『死ぬ瞬間』シリーズに提起された、否認・怒り・抑うつ・取引(今回の場合は政府の給付金?)のステージを、各人が行きつ戻りつしながら、受容に至る様子が見られる。

 緊急事態宣言で外出抑制が加わったことで、更に人心の錯乱が進んだ。

 メディアやネット情報に氾濫するデマや煽りへの狂気的熱中を見ていると、「否認」したいが為のデマ、恐怖から逃亡する為に生贄のような対象を設定した「怒り」の暴発も多々見受けられる。
 行動制限に耐え切れない人々や金銭的豊かさの消失の懸念にさらされた人々は、死者数の統計から日本人だけはこの感染症には罹患しにくいとの説も繁茂。
経済難での自殺者が出る!という怒号まで飛び交った。
???日本は、他の先進国と比較して、財政配分は少ないものの社会福祉も有する国家なので、経済難だけを苦に自殺ということは起こりえないセーフティーネットが存在する。その上、今回は、自転車操業者にもバイト難民にも生活保護申請時までの生活支援金や給付金が設定されているのだけど、もし経済難で自殺者が出るとしたら、それは、経済的に困った場合に適切に社会福祉に繋げないという、別の意味での重大問題なのだけど。
 そんなことなどお構いなしに、経済難で自殺する!と叫ぶ以前のクライアントから深夜の電話攻撃まであって、乱心を落ち着かせるのに、4時間も要する事もあった。
 
 一方では、「抑うつ」と思われるメンタルコロナも頻出。折からの花粉症の時期も重なって、体調不良を自覚した生真面目な人々は自分が感染しているのではないかと神経症に近い状況に。

 緊急事態宣言の緩和から、新しい生活様式の提案がなされて、ようやく、受容の段階へと進みそうなのだけど、キュプラ―ロスの受容への段階は容易に真っすぐには進まず、行きつ戻りつすることを思うと、数年は、様々な問題が繰り返されるように思う。


 現時点での問題を下記に記しておきたい。

1・新型コロナという病気に罹患した場合の困難について、
①他の感染症とは違って家庭医に受診できない現状。
②厚労省の方針として、早期発見早期治療の原則が外されて、発熱があっても数日様子を見ろと言われていた時期があった。
③保健所なるものに連絡しても、帰国者や接触者等の要件を満たさない場合は相手にされない。
④罹患したら、おバカな一部の人間によって、悪質なハラスメントを受けるかもしれない社会の不穏感。

2・他の傷病での医療を受けにくい問題
①他の疾患の発熱や風邪症状で病院に行きたくても、ただちに通院できない状況。
②医療崩壊と院内感染の危機があまりにも声高く叫ばれてしまったことで、感染症ではない他の疾患でも医科に掛かることを慎まなければならないようなムードが定着している。
③医療施設に安全に通院する為の感染症のスクリーニングがなされていない為、医療機関を利用すると感染症に罹患するリスクが高まりかねない現状。
④他国に比較して極少数の患者数しか発見されていないにも関わらず、3次救急が停止したり、他の疾患の手術や入院が遅延している現状。

3・感染症の広がりの全容が見えない気持ち悪さ
①実際に広報されている日本のコビットの患者数が少なく緊急事態宣言の実態も実感できない
者が多く、勝手気ままに振る舞う者と、リジッドに制約を守る者との間の解離が大きい。
②検査が行き渡っている海外の様子を見れば、発生源に近く往来も激しい日本だけが特別に少ない理由を探す者もいるが、全く実態が見えない。ここでも、国民間に騒動が発生している。

 等々、挙げればきりがないくらいに、不安要素は山積したままにある。


 今後、こうした問題の解消の為に、<可及的速やかに取られるべき対応>についての考察は、以下の通り。

1・有症状者へのPCR検査が速やかに実施され、他の所見と共に医師の診断が得られるようなシステムが作られること。

2・他の疾患患者が安心して医療を受けることができるように、病院や各種クリニック、介護施設などへの入通院時、術前などに検査が受けられるシステムを完備し、医師が他の所見と合わせて感染症の診断を行う。これにより、検査ミスによる人権侵害の可能性が縮小され、重篤になりやすい人々に早期発見早期治療が行き届く。

3・医療者や介護者など、社会のセーフティーネットを担う濃厚接触を余儀なくされる職種の者の不安を軽減する為に、必要に応じて、速やかにPCR検査を受けることができるシステムを充足させる。これにより、濃厚接触を余儀なくされる職種の人々が、一般人よりも安全な立場になり、安心して医療や介護などを利用できるようになり、医療や介護という国民の生命に関わる職業にある人々を差別からも守ることが出来る。

4・更には、安心して人と会ったり、社会活動ができるように、必要に応じて、PCR検査や抗原・抗体検査を使いこなせるようなシステムを充実させる。←日本の場合はここまで至るには、気の遠くなるほどの長い時間がかかりそうなのと、検査の不正確さの問題で、ワクチンの方が先になるかもしれないが。

5・感染症は個室に限定し陰圧病室の完備することは勿論、医療資源の潤沢な確保、医療者・介護者の確保を最優先に行う。
 ホテルの借り上げも、医療と経済の一石二丁だったが、いつまでも付け焼刃ではいられない。
コビット専門病院の設置(コビットが収束したら、災害非常時救済病院として温存すれば、国民の安心の礎となる。今設置されている避難所のような仮設病院は、傷病者が療養する環境としてはショボい感じがするので、折角創るなら今までよりも環境の良い心身が安らぐ病院とすべき。)と共に、他疾患に併発した場合に応じられるように、総合病院の他人数部屋を個室に改装し陰圧装置を設置することで公共工事が活性化し、医療資源の生産にも充分な支援金を支出すれば、社会が新しい安寧を取り戻す一石三鳥の効果が期待できる。
 即座に医師や看護士は増やせないが、医師や看護士他医療従事者となるものには、返済無用の奨学金制度を完備すれば、従来からの人手不足が解消され、適材適所の配置が可能になる。
 経済低迷で発生する失業者の再教育プログラムに、医療介護分野の職業訓練を充実し、看護エードなど医療や介護を直接的にサポートする人材の教育と育成を早急に行う。
 介護従事者の急激な不足で、無資格者でも介護職に就ける特例が設けられるようではある
が、仮にも人命を預かる職種には、教育の徹底が必須。

 これらが、完備されれば、概ね、国家が責務を負う、「国民に出来る限りの健康の追求を保障する」ことについての責任が果たせることになる。
 逆説的に言えば、政府に、今まで、これが出来なかったことで、国民が恐怖と不安に過覚醒状態になって、様々な社会問題が派生している傾向が否めない。


 一方で、政府は、メディアやネットを用いて、良い意味で国民の心理を癒す為の誘導を行う必要もあるだろう。
 先日来、この必要性に気づいたように、NHKなどでは、ハンセン病についての番組が放映され、怒りのコントロールの番組も放映されているものの、まだまだ弱い。
 未だに「3密」のままのバラエティー番組や、嗜虐的好奇心を煽り立てる報道の内容を改善しなければ、テレビの中の人々を模したり、報道に左右されやすい傾向の強い人心は、従前の生活に戻れない長いジレンマに晒され続けるだろう。

 東日本大震災の時に、良い意味での洗脳コマーシャルを受け持った日本広告機構が、今回は適切な広告を放映できない現状も情けない。
震災は持続的な災難ではなかったが、今回ばかりは、疫病の影響が今後2年程の長期に続くのだから、早急に目にした者の心が和み、人を思い遣るようなコマーシャルを作成し、放映した方がいい。

 ICTの使用拡大が定着した今、レベルの低いネットニュースの記事の淘汰も必須だろう。
心を落ち着かせるように、画面の色彩や見出しの文言等々も熟考されなければならないし、近年赤を多用したテレビのスタジオ設定も可及的速やかに心和らぐ色彩に変更する必要がある。

 報道のみならず、ネットにも、少しは落ち着いた倫理が求められる。
日常の人心を治めるのも、混乱させるのも、こうした情報網であると言って過言ではない。

 様々な面で社会に責任を負うすべての人々が、最善の対策を取り行ってゆくことを願う昨今になった。


  2020年の国際社会は、待ったなしにまで荒れ果ててしまった地球環境問題がテーマになることが予定されていた。
異常気象の進行は、様々な新興ウィルスを発生させる誘因となる上に、地球上の生命の全てを生きにくくさせてゆく。
 不幸中の幸いは、地球を覆っていた二酸化炭素量が少し減ったというニュースだろうか。
今日本で行われている以上に厳しい自粛規制が各国で行われていますが、それでも、地球環境を元に戻す量には至らないとのこと。今回の緊急事態宣言時以上に、日々の暮らしの改善が必要とされる時代が到来している。
 
 日本の人口推移を見ても1900年には、3500万人程度であったのが、2000年には1億2000万人になったことは、生物として異常な増加だったことも振り返るべきだろう。
早晩やって来ると予測される食料危機問題を含めて、先進各国の国民が、これからの地球のあるべき姿をどのように思い描いてゆくのかが問われているようだ。

 産業革命以来、生産性と大量消費と歓楽と情報と金融に浮かれた人間社会が、今回の災いを機会として、落ち着きを取り戻す時代に入ることを祈りたい。



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