endometrioid carcinomaから

ガン・サバイバー・只今人生のサバイバル中です

シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

以前の暮らしに戻りたい~進化へのためらい~

 2年前、コロナが発生した当初、これは大変な時代になりそうだ、が、しかし、少なくとも日本社会がより心豊かな未来へと向かう潮目になるだろうと、思っていた。

 1~2年も経てば、政府が、時限立法でも設けて、各都道府県に一か所程度は、プレハブや臨時病院ではなく、日本という国家の威信にかけて、感染症病院機能と研究機能、保健所機能を集約した新しい美しく立派なコロナ専門病院を設立・運営する方向に進むだろうと思っていた。
それらの病院を、コロナ対策の司令塔にすれば、コロナはコントロールできると想えたし、コロナが収束した後は、今後予測されている南海トラフや様々な自然災害の救済病院としての機能に転換し、平常時は、現在の保健所を兼ねた健康管理センターとすれば、日本は素晴らしい医療・保健構造を持った国家になる。海外からのお客様に阿る「観光立国」ではなく、世界に君臨する「医療立国」の礎とすることも可能になる。

 一般社会では、一室で多くの社員が働く、昭和型のオフィス空間が、次第にチェンジし、かつてSOHOオフィスと呼ばれた今で言うリモアで働く人たちが増える。オフィスは個人ブース式に変化してゆく。常時オフィスを必要としない業種は、かつてバーチャルオフィスと呼ばれたレンタル型のオフィスも更にゴージャスな設備とサービスの付加価値を添えながら増加してゆく。

 政府が肩入れしてきた「観光立国」の構想が維持されるとすれば、従来の公共工事のように、レストランや居酒屋など飲食業界やホテルや旅館民宿等々には、新進気鋭の建築家たちがこぞって感染症に強い空間設計を打ち出し、お洒落な個別ブース化が進むだろうと。
新時代化に向かって、良好な環境が提供されるようになる上に、地球環境の維持効果も見込める・と。
 
 新型コロナの感染症対策には、巨額の国家予算を費やすことが出来るのだから、ごく一般的な日本国民であっても、この程度の夢を描くことが出来た。


 しかし、2年経った今になっても、そういう画期的な進化は見えない。
わたしたちが、日々目にする社会の多くの場面では、プラスティックの衝立が設けられたり透明ビニールの直垂が下がったまま・という昭和に戻ったかのような奇妙な状況が続いている。

 一昨年、仕事で中国と行き来していた知人から、かの国での待機期間中に宿泊したホテルのゴージャスさを伝え聞いたことがあった。
 それなりの宿泊料金は支払っていたようだが、一般客とは確実に区分されてはいるものの、通常通りのカンフォタブルな部屋が利用出来、強制換気装置がフル活躍しているにもかかわらず、頭寒足熱の快適な環境だったとのこと。奥様と共に案内されたレストランでは、日本のような衝立ではなく、対面状態で完全に個人ブース化されて、パソコンカメラ&スピーカーのような装置を通して自然な会話が可能で、アクリル板の下にお互いをライトアップする自然色の明かりが、いつになく相手を美しく見せて、あのような美しい家内を見たのは初めてだったと、未来の世界に来たようだと、伝え聞いた。
 そこまでの社会環境の充実を、2年で求めるのは、日本での民間力では厳しいとしても、
医療に焦点を当て、本気でやる気になれば、新しい病院程度は、国家が設立し運営出来るのではないかと、今も思う。

 昨年、自身が階段から落っこちて負傷した時に、折からの病床不足で、入院難民(自ら進んで他のより重篤な患者さんにベッドを譲ったので自業自得)になり、リハビリの機会にも恵まれない結果になったことが、私に、いくつかの後遺症状を発症させ、各種仕事に支障を来すことが多くなった。
 今、都市部に住まいする友達の息子さんも、先月ある病気を発症し、本来なら入院が必要な状態にあっても病床が足りず、自宅療養をしている。40代のこの友達ご夫婦は、現役の働きマン&ウーマンなので、交代で休みをとって看病している状況にある。

 岸田内閣は、余計なことをしないと言う意味においては、以前よりもマシに思えるが、コロナ診療のみならず一般医療にも支障が出続けている現状を、いつまで黙視し続けるのだろうか?

 日本国内の感染者数は、欧米に比較してけた違いに少なく推移して来て、各波の間には充分な準備期間があった。首相が代わって、現在の第六波と呼ばれるオミクロン株の感染拡大までにも、感染者ゼロに近いの時期も数か月があって、幸か不幸か、欧米諸国の惨状を認識する余裕もあったと拝察される。
 
 一体政府は何故、こうも頑なに、医療の充実を蔑ろにするのだろうか?と思えてならない。

 ステイ&ゴーツ-の予算を新病院の開設&運営予算に回していたら、コロナでの医療崩壊はここまで進行うしなかっただろうし、将来的に、日本を「医療立国」とする資本として活用できる未来もあったかもしれない。

 




 
 まるで、この国家は、日本国民を置き去りにして、或いは使い捨ての人材としか見ない巨大な何かに支配されているようにも見える。


 


brain fog~ ケモ・ブレイン再考・3・ケモブレインの対処法

 雨音が止んだと思ったら、雪になった。

 脳のMRIを撮る機会には恵まれていないので、自身の脳が一般的なMRI画像で、どのような状態にあるのかは分からない。
 コロナ前から、耳鳴りがして、耳鼻科に受診したことがあった。
聴力の衰えはなく、認知行動療法を懇切丁寧に説明頂いたが、それは当初から試みていたことを申し上げると、ちょっとご機嫌を損ねてしまった。脳のMRIを撮って欲しいと申し上げたのだけど、渋られた。
撮ったところで、小さな梗塞は見えないだろうし、治るものではないと言う。
素晴らしく?充実した既往歴を持っている私は、全身に接触性蕁麻疹を発症した時も、皮膚がんを発症した時も、他にも様々な症状を発症する都度、抗がん剤の影響を示唆されることが多くある。

 ガンからはサバイブしたものの、治療や薬品の様々な副作用に苦しんで来た。
このブログにも書いたかと思うが、あの、パニック障害かと思うほど激しいホットフラッシュラッシュは勿論、書き出せばキリがない。
 余りにも悲惨な状態だったので、家庭医や主治医に、障害者認定を頂かないとこの状態は、余りにも酷すぎる・日常生活すら出来ないのに・と、申し上げたこともあった。
自身が障害者に認定されるのは、悲しいし、日本独特の偏見に満ちた社会の異常性を考えると抵抗感もあったが、認定で感じるであろうコンプレックスや偏見をマイナスしてでも、社会的に障害者としての認定を得ることで、精神的に救われる!と思い詰めるほど、余りにも悲惨なとんでもない後遺症状の津波に襲われ続けて来た。
 が、当時は、余命宣告を受けていないガンサバイバーには何一つ利用できる社会保障が無かった。

 後遺症や副作用の津波の中から、ケモ・ブレインだけを取り出すのは難しい。

 しかし、当時から、社会保障は何一つ無かったのではなく、有効な社会保障を探しだすというほんのささいな脳活動を喪失していたことを思っても、私の脳には多くの障害が発生していたのだと思う。
 当時の自身の状態を自覚し、ひとつひとつの症状を分けて認識し、それぞれの専門科で治療を受けることが必要だったのだと、今になると気がつく。
 ケモ・ブレインでは、自分の状態に対する客観的把握能力の喪失、思考力の衰弱、思考視野の狭窄が生じるという大前提を認識していないと、私のような羽目になるってことだ。
 
 私が経験したケモブレインの症状に限って言えば、ハイスペックなパソコンを使っていたのを、スペックの低いパソコンに変えた時のような感覚。通信速度が急に低下した場合の戸惑いにも似ている。
 
 ここでは、brain fogと同様の症状に限定して、自身が自己否定の塊状態にもなりながら、四苦八苦して、今までに身に付けた対処方法を記録しておきたい。

 仕事は辞めても、私の社会的責任を代替してくれる人がいない環境にあるから、私は、出来る限り、以前と同じ自分として存在し続けなければならないという状況においての対処法として。

1)出来ないことは、出来ない・と、思い切る。
 初期~中期の認知症とよく似た感じで、それまでの人生で身に付けたり体得したことを行う脳機能には支障は少ない。しかし、短時間でバーンアウトする。
 新しいこと、長らく遠ざかっていたことは、出来ない。
 ケモの影響を受けた脳は、新しいことや慣れてないことが出来ないという事を、自身は認識していなかったので、それらは、対象への「拒否感」として認識された。
 「拒否感」を認識すると、今までに無く、苦手なことが増え、すべきことも選り好みしているかのような自身に自責の念を覚える。しなければならないことが出来ないことが絶望感に繋がってゆく。
自己評価がどんどん低下する。なんとかやろうとしても出来ない自身にも拒否感を覚えるようになる。
 必要に迫られてトライしても、自身の分野以外ではごく簡単なことが出来ないことに落ち込む度に自己評価が下がるのだから、どうしようもない。このような精神的苦痛は、人を容易に自害にも追い詰めると感じた。
 自分には出来ないことをひとつひとつ認識してゆくうちに、出来る範囲でしか出来ない、誰にでも苦手はあると思い切れるまでが、辛かった。
 元々、不届き者であれば苦手なことは避けて通る奴らも社会には数多いるのだから、多くのことを自分でするべきと思わなければ、かなり精神的ダメージが少なくなる。

2)休息が必要な脳を持っていると認識する。
 代替できない責任がある場合には、脳には出来る限り以前と同様にしなければならない仕事が課せられる。
しかし、その責任を果たすだけで、脳はクタクタに疲れ果てる。以前の脳と比較すると、以前と同じ容量がないのに同じように使おうと思った場合は、一般に言われる過覚醒状態に陥りやすい。
 ケモブレインは疲れやすい。脳の調子のよい、出来る時を選んで短時間で集中し、あとの時間には、脳が必要とする休息を充分に摂る時間を習慣づける。
 
3)集中力の途切れが生じないように、集中できる環境と時間に脳を使う。
 集中力が低下すれば、能力も堕ちる。落ちた集中力で動作していると、焦燥感と自己嫌悪感が嵩じて来る。
なので、一日の中で、集中しやすい時間と環境を自分の脳に与える。
 私は元々、夜型のアーティストタイプなので、一番集中できる夜の時間に、必要な仕事をすることにしている。
集中力には、モチベーションが関係するから、モチベーションが強く感じられた時に集中するとやりやすい。
ルーティンワークは、動機付けから自身を上手に誘導しながら作業に入りそのモチベーションを維持する音楽や何等かの刺激を与え続けると、頭脳の能力が維持しやすい。
 
4)記憶力の低下は、忘れて当然だと認識する。
 物忘れと次にすることを見失いがちになることについては、以前と同様に、付箋やメモに書く時期があった。
しかし、これには、忘れないという目的は達成できる可能性はあっても、付箋やメモに頼ることによって、臨機応変に対応する脳の能力が確実に低下することを経験した。
付箋に書いたことはこなせるが、付箋に書いてない必要なことがこなせない・という奇妙な現象も発生することがあった。
時間割に拘束されていた学生時代のように、臨機応変な主体的活動能力が衰退し自発的思考回路が脆弱化する。
 この能力を衰えさせない為には、モチベーションに従って脳を使うことを優先する方が日常生活を維持しやすいし、おそらく予後にも支障を来しにくいように思う。
 付箋やメモは、当事者にとっては、精神的な自虐行為だと、自身の経験から断言できる。
 更に、サバイバーの場合は、体力も各段落ちるのだから、 付箋やメモを利用すると、何度も倒れ続けるか、バーンアウトするか、どんどん増えてゆく付箋やメモの課題を、こなせない自身に嫌悪感がつのって、鬱に嵌る。付箋やメモに予定を書かなければ忘れるのであれば、忘れたまま過ごす方がいい。
 忘れて困った時には、思い出すからその時にすればいい。
 社会的な予定には、相手が存在するのだから相手に委ねる。関係者に前日、或いは数時間前に電話を入れて下さいと委ねておけばいい。

5)回復が望める障害であって、諦めた時点で、脳機能の回復は厳しくなると認識する。
 ケモブレインの原因は、15年前は脳の萎縮とされていたし、脳細胞に炎症か損傷が発生しているとの研究が進んでいるが、いずれにしても、脳という臓器は一般では全体の数パーセント、聡明な人間でも10%程度しか使っていないと言われる。 
 脳梗塞後のリハビリで身体機能を回復させることが出来るように、一部が働かなくなった場合でも、代替機能を果たす神経回路が発達し、機能を取り戻せる可能性が高い。
 
6)脳のオーバーヒートに、ご注意。
 集中できる時間は限られている。今は、モチベーションを強くすると、脳が、かなり長く集中力を維持するようになっているから、その間に思う存分したいことをしようとする。
以前と同様とまではゆかなくても、それなりに出来ることが嬉しい気持ちが更にモチベーションを高めてくれる。だけど、以前と同様の水準を続けると、頭と肉体の過重労働になり、数日~1週間単位でダウンする。
 自身の肉体と脳の能力に応じた、モチベーションの強弱の調整の加減が難しい。以前の私の脳であれば、脳機能の様々なコントロールは自身が意識的にしなくても、勝手に自在に働いてくれていた。
今の私の脳は私が意識的にコントロールしなければ、以前のように自在にコントロールしてくれない機能が多くなったような、意識的にコントロールすることにエネルギーが必要となっているように感じることと、覚醒した脳を休息させる為の睡眠が自在には摂れないことが、課題となっている。
 こうした難儀の一因として、ケモブレインがあると考えると、これからは、モチベーションの強弱の調整に意識を向ければいいのではないかと思う。

 私がやってきたことと重複する部分もあるが、ケモブレインに関する一般的な、対処方法が、米国のサイトに出ていたのでリンクしておきたい。
https://www.cancer.org/treatment/treatments-and-side-effects/physical-side-effects/changes-in-mood-or-thinking/chemo-brain.html


 これって悲しい後遺症を持ち続けてる?ってことなるが、疑問が解けることでの開放感の方が大きく感じられる感動のモチベーションで、コロナによるbrain fogの対処法の参考にもなればと思う。


 最近は、いくら何でもそろそろ治癒して欲しい、そろそろ従前のように使いこなしたいと思う焦りを感じて、自律神経失調症まで、疑ったことも、あった。
 生活リズムが夜型になっている私の体調について、「自律神経が弱っているのでは?」と心理関係の友達はいつも心配してくれるから、ついつい私も自身の体調に自信を無くして、とある学会で展示されていた自律神経の安定度を測定するデモ機で、ためしに測定してみたら、最高のバランスが記録された。
 他に試しておられた先生方は、少なからず不安定な部分が記録されていたのを見て、そこまで自身が抜きんでて良好ということはないはずだと思った。時間を置いて、もう一度測定したが、これまた、完璧な結果だった。
手品でもあるまいし、これはあり得ないと、正確な測定が出来るのなら、わざと自身の心身を暫く過緊張状態や興奮状態にして自律神経が乱れるであろう状態で、測定してみたが、僅かなブレはあっても驚くほど完璧に近い羨ましいほどの安定した結果が出た。
 失礼も弁えず、
「この結果の通りであるはずはありません。検査機の性能がよろしくないのでは?」
と、業者に言ったら、
「学会に専門の●●先生がお見えになっておられますのでぜひご確認下さい^^。」と言われて、やんごとなき大先生に、結果を見てもらうことにした。
ら、目を丸くされて、
「デモ機は故障していないでしょう。これほどバランスのいい人は確かに珍しいですが。申し分ないということです。」と、宣言され、業者さんに平謝りした。
 ケモブレインの研究が進み、広く社会に認知されれば、友達や周囲の人々の心配も軽減されて、より的確な理解を得ることができることが、何よりも助かる。

 コロナのワクチンがきっかけとなって、HPVワクチンの接種の推奨が進み始めたのと同様に、brainfogの登場がきっかけとなって、ケモ・ブレインという症状がより広く認識されケアされるきっかけとなることを、心から期待します。

 




brain fog~ ケモブレイン再考・2

 15年前にガン治療を受けていた時代とは異なり、ケモブレインのことを調べていると、盛りだくさんなサイトにヒットする。
 こちらのブログに引用しきれないと思うほど、ケモブレインは有名?になってきたようだ。
(分かりやすい情報をよく纏めてくれているブログがあったので紹介。)
https://ameblo.jp/miyazakigkkb/entry-12300129717.html

 brain fogの研究や社会的理解とともに、ケモブレインの研究や社会的理解が、より早急に進むことを願わずにはいられない。

 15年前にこの情報を得ていたら、私の精神的な苦悩は半減していただろう。
少なくとも、自身を責めずにいられた。自身の脳機能の低下を卑下したり、歯がゆく感じたり、焦燥感を持つことなくいられただろう。 トピックスとしてではなく、ここまで解明が進んでいる今であれば、自身の自覚と周囲の理解で避けられた不行き届きもあったと思う。
 こちらのブログに落書きを書き始める前の、闘病後の2年の困難は、今も文章になど出来ないいほど、筆舌に尽くしがたかった。
 このブログを書くことも、私の脳機能のトレーニングに役だったように思えて、書くことを勧めて下さった恩師の姿が目に浮かんで、感謝の気持ちが込み上げて来る。


 ここでは、ケモブレインについての2012年の研究報告から、以下を引用したい。
  https://www.cancerit.jp/55492.html
 

 研究における課題の1つは、認知機能障害があると自己申告した多数のがんサバイバーが現在もなお神経心理検査において正常範囲内にいることである。「患者の記憶力を評価すると、問題がない傾向があります。しかし、注意力と関連情報の分類に関連する障害により、情報を適切に記憶することが難しくなっています」とAhles氏は述べた。

 

Ganz氏らが実施した画像診断研究から、こうした診断で正常範囲内であるにもかかわらず、認知機能障害があると自己申告した女性は現在もなお苦しんでいることが示されている。実例として、ある研究で、一組の一卵性双生児(1人は乳がんに対する化学療法歴があり、もう1人はがんを発症していない)を自己申告法、神経心理検査、およびMRIにより評価した。この結果から、神経心理検査における相違は僅差とはいえ、化学療法歴がある方には自己申告による認知機能障害が有意に認められることが示された。化学療法歴がある方に対する画像診断から、作業記憶処理の間に脳領域が著しく動員されることが示された。

 

「こうしたがんサバイバーはさらに作業記憶を処理する必要があり、神経心理検査上的確な回答を得ることが多いとはいえ、治療歴がない人と比較して、回答をみつけるのにより多くの努力を要します」とGanz氏は述べた。
 

 まさしく、この脳機能障害が、私の脳でも生じていた。今もその障害を自覚している。
2年程、まともな文章も書けなくなっていた。それまで簡単に思考できていた物事にも頭が回らず、ひとつの物事を考えるにも、ものすごく疲れてバーンアウトし、多くの休息が必要な難儀が発生していた。

 自身の脳の機能低下を、最も顕著に自覚したのは、治療の2年後に、海外に滞在した時だった。
それまで、海外で日常的な英会話に困ることはなかったのに、事前にブラッシュアップして渡航したにも関わらず、全くと言っていいほど英会話が出来なくなっていることに愕然とした。

 何故か今回のコロナをきっかけに、英語力が賦活化したことに殊の外驚いたのは、以前とは異なる、脳の何らかの回路での活性化だったからではないか?とも感じている。

 当時、必要があって書いた自身の文章を見てみると、自身が、衰弱した脳機能を駆使して、必死でそつなくミスなく纏めようと四苦八苦していたことがよく分かる。
病気以前の文章と比較すると中身が希薄で簡易過ぎて、まるで、学生が書いたような稚拙な発想が見て取れる文章でもある。今も多いが、当時、より多かった入力や変換ミスには面白すぎるものがあって、それが公的に出した文章でも散見されて、提出時に、校正して下さっただろう担当者のご好意に感謝するしかない。
 仕事のひとつにおいても、全体像が俯瞰出来なくなって、不行き届きを発生させてしまったことが、今も心に痛く残っている。
 
 「作業記憶処理の間に脳領域が著しく動員される」とすれば、一定以上の能力は維持できていたとしても、私の脳は、本当にオーバーヒートしていたし、今も時々オーバーヒート状態になるのがよく分かる。
 現在も、以前とは違う脳を使っているような違和感を時折感じるのも、その通り、ケモでfogった脳を使いこなしているからなのだろうと、謎が解ける。

 未だ、問題点はあるにしてもfMRIによって、これまで未知だった脳の機能が証明されてゆくのが興味深い。

 とは言うものの、問題は、「神経心理検査」にもあると思う。
 「神経心理検査」のどの種類が使われているのかは不明だが、長谷川式などは、一般人の殆どが満点が取れるレベルに非常に易しくした、簡易過ぎるテストだ。
元々ある程度の脳機能を持っている人々は悠々と100点満点どころか300点くらいは取れる余力を充分に持っている。優れた頭脳を駆使して来た方々であれば、10倍以上の能力はあるはずだ。
 なので、一般的な社会生活を営んでいる者にとっては、脳機能に障害が発症していても、余程、甚大に脳機能が障害されない限り、この検査で満点を取れない人は、限られる。
 
 それぞれに、よく考えられた検査だとは思うが、これらの検査では脳機能は計り切れないものだという現実を見ないことには、こうしたテストだけは、ザルにしかならない。
 身近な一例を挙げれば、私の母は、自分の居室を忘れる程に認知症が進んでも、精神的に安定した状態で集中できる環境を用意し、上手にテストに誘導すれば、長谷川式のテストでは80点はあった。
 この結果に興味を持って、認知症用として購入したちょうど小学3年生れべるくらいかと思える算数と国語のドリルを試してもらったら全て100点満点で、「こんな子供でも分かる簡単なことさせて、バカにしてるでしょう!」と叱られたことがあった。
お怒りを鎮める為に、次に高校受験用の算数と国語のテストを試してもらったら、これらは60点ほどの正解率で、一緒に試した私にもケアレスミスをして80点余りしか取れなかったから、一体、こうした検査テストの結果や今流行りの脳トレなどと言う教材?は、どの程度有効なのかどうか?と、思っている。

 交通事故での高次脳機能障害においても、同様のテストが使用されているようだ。
が、しかし、これらのテストで脳機能を計るのは、それまで脳機能をフル活用して満点が取れていた人に限っては適切だろうが、人の頭をバカにし過ぎていると思う。
 科学は日進月歩で、半年でコロナワクチンが作成できたのだから、より的確なデータが取れるような検査も発展してゆくのが本来であると思うのだが。
 参考までに、どういうテストかは以下に概略を引用。
https://secure01.red.shared-server.net/www.toshi-office.com/jiko-13-08-1kensaichiran.htm


 人体の中で今まで謎に満ちていた脳という臓器が次第に解析されてゆくかもしれない未来が楽しみに思う。
その時代には、私はもう存在しないだろうけど、脳という未知の世界の探検が、人間の脳そのものにとって、最高の価値をもたらすものとなることを祈りたい。 
 

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