endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル?

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。いつ死ぬかもしれない・・・と思いつつ生きてきた10年が過ぎて、完治?宣告を頂きました。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

婦人科手術後のセックス~恋のささやき・ちょっと真面目なセックスのお話~女体の変化の一例

 セックス・・・それは恋に導かれた愛を深めるラブ・トランス・・・

 セックス・・・この言葉の響きは、とても耽美的だ。
SとKという子音と、EとUという母音が、共鳴して美しく響く。

 日本語で、トレンドになってる「えっち」(正確には和製英語)・・・と表現してしまうと、アニメの世界の影響か、ちょっと幼稚で可愛い感じがするのだけど、えっちな人とかえっち本とか、幼い性行為の淫靡さが感じられてしまうし、行為そのものを示す点では、英語のスラングのファックに近く感じてしまう。
かと言って、「性交」・・・と表現すると、これまた、無機的で行為そのものに限定されるように感じる。
 なので、私は、やはり、その行為を表現する時は、セックスという言葉を使いたい。 

 マイペディア百科事典をコピペすると、以下の通り。
「(1)生物学,解剖学的な意味での性,すなわちオス,メスのこと。人間の場合では,染色体XXをもつ女性と染色体XYをもつ男性のこと。社会においては染色体の違いとはまったく関わりなく,さまざまな男女の区分がつくられているが,これはセックスと区別してジェンダーと呼ばれる。
(2)性的な行為。行為そのものに対し,行為に関する欲求や考え方のことをセクシュアリティsexualityという。たとえば,いつどのように行うか,誰と行うか,生殖を目的とするか否かなど。人間の性行為は本能によるものではなく,セクシュアリティに基づくものである。フェミニズムレズビアン・ゲイ解放運動は,男性中心的なセックスや異性愛の強制から脱し,各個人が自らのセクシュアリティを決定し実行する権利の確立を目標の一つとしている。」

 つまり、「人間のセックスは本能ではなく、セクシュアリティーに基づものである。」
これほど、端的で明確で精緻な「セックス」の説明は、他には見当たらない。


 先の友達からの相談を、そのままスルーすることはとてもじゃないけど出来なかった私は、青春時代に舞い戻ったみたいに、セックスについて考えた。

 私が、初めて恋愛&セックスを経験したのは、青春時代真っ只中で、『青いサンゴ礁』って言う映画が、何度もテレビ放送されていたような、とってもロマンティックな時代だった。

 無人島にたった2人漂着して取り残された男の子と女の子が、そこで暮してゆく中で思春期を迎え、素敵な恋愛関係になってゆくってストーリーだ。そこでは、とっても自然に、男性と女性が、お互いの体の違いを、何の先入観もなく知り合い、やがてセックスを覚えてゆく様子が素敵に描かれていた。

 その映画には、セックスのHOW TO本や当時の大人の週刊誌の記事や、現在のネットのセックス関連のサイトよりも、遥かに男女の自然なセックスがよく分かるように描かれていて、当時の一番素敵な「セックス教本」だったと言っても過言ではないくらいに、ピュアで甘くて気持ちいい素敵な印象が残っている。
 私の大学時代の恋愛のセックスは、そんな感じで、とっても純粋で甘い官能に満たされていた。
 
 大学卒業後、英語を教える職業も持っていた私は、生徒たちから、セックスについての相談を受けたことも幾度となくあった。
 当時の学校教育や家庭での性教育の中では、解剖学的、生理学的教育や避妊についての教育はなされていても、現実的に、人生において、とっても大切な恋愛とセックスを連結する性教育が殆ど無かった時代だっから、思春期という微妙な時期の生徒たちはそれぞれにセックスについての悩みを抱え込んで当然だっただろうと思う。
 何故ならば、当時は、高校の校則にさえ、「不純異性交遊」という項目が堂々と書かれていたからだ。
大学を卒業して一旦教師になった時に、改めて見たこの校則の項目には心から大笑いしてしまった。純粋な恋愛が、「不純異性交遊」という言葉で表現されていたのは、今で言うセックスレス≒プラトニックラブの勧めであったと思うのだけど、現在も、あの項目が堂々と校則にあるならば、今時の従順な生徒たちは、皆さん、セックスが「不純異性交遊」だという催眠暗示を潜在意識の中に植え付けられて育つのだから、そのままセックスレスになるっていう教育効果が、現代の少子化問題の根源になってるんじゃないかしら?
もしかしたら、時代の流れの中で、「不純異性交遊」=「恋愛感情ではなく、金銭を介した打算的な異性との交遊」という意味に置き換わっているのかもしれないけど。
  
 現代では、セックスは小学校の高学年から経験している生徒もいる現状や、既に繁茂し過ぎて話題にも上らなくなった恋愛ではなくってお金を前提にした「援助交際」という問題も重大だし、一方で、セックスは、日本史の事実を引き出すまでもなく、男女間だけの行為には決して限定できないことが公然となった今日において、更に教育現場や家庭での性教育は多岐に渡って重要性を帯びているだろう。

 当時、うら若き女性あった私のセックスについての知識や表現力は余りにも乏しかったかわりに、アダルト雑誌やhow-to本に感化されがちな世代の男子生徒のちょっと偏向した相談内容に驚愕しながら直面した時は、この映画の視聴を勧めることが多かった。

 性感染症に罹患したり、年若い妊娠で中絶を余儀なくされた悲しい思いに沈んだ生徒さんの相談を受けた時は、マニュアル通りの注意事項をすらっと話した後で、辛い経験が生涯の性障害や心のトラウマにならないように、できるだけポップなデザインの箱をいろいろ選んでコンドームを自払いで1ダースプレゼントすることにしていたのだけど。・・・当時はネット通販も無かったから、長い時間をかけてあれがいいかこれがいいかと非常にまじめに真剣なまなざしで12箱ものコンドームを選んで購入しようとしている若い女性客に対する店員さんの好奇な目線の恥ずかしさは、今思い出しても、かなり辛いものがあったことまで思い出した。

 私は独身で生きて来たので、セックスは恋愛に伴ってお互いをとっても親しく理解し合い結び付ける原動力になるとっても素敵で純粋な男女の、特別なある意味神聖な行為と考えるのだけど、常時セックスしている場合は、男女それぞれがどのように捉えるようになるのかは千差万別だろうし、人それぞれのセックス観も、分からない。

 いろいろ悩んだ末に、私は、友達ご夫婦に、友達がとってもご主人を愛していることだけを伝える手紙を付けて、この『青いサンゴ礁』の映画のDVDをお贈りすることにした。
友達の御主人はとても聡明な方であるってことだけを頼りに、言外の意味を汲み取ってくれることを祈りながら。

 セックスは、それぞれのカップルによって異なる最もプライベートな営みなんだから、他人ならまだしも、夫婦ともに友達つき合いのある友達が、その夫婦の寝室に立ち入ってしまうようなことは、私は避けたい。 
 お顔が各人によってそれぞれに違うように、女性器も男性器も各人によってそれぞれに違うのが当然だし、婦人科手術の後の女性器の変化も各自それぞれに違うはずだし、更にセックスに関しては、更に様々な文化的人間学的精神要素が大きく関わるから、解剖学や生理学的変化だけで語れるものではないし、経験論や概論で、それぞれの悩みが解決するような問題では決してないと思う。
 
 その後、暫くして、彼女は手術を受けた。友達夫婦は以前よりも仲睦ましい様子で、熟年旅行が趣味になったらしく、その都度お土産を頂く幸運に恵まれたのは、望外の幸いだった。彼女が私の話を、どのように伝えたのかも、恥ずかしくて聞く気にはなれないんだけど。


 卵巣ガンの外科的手術に際して私が受けた説明は、解剖学的なものだったし、生理学的にも「セックスには変わりはありません。膣萎縮はもっと先、高齢になってからの問題で、元々伸縮性に富んだ臓器であるので全く問題ありません。」という程度の概論的示唆を得ていた程度だったのが、私には、とっても幸いしのかもしれない。

 健康状態がある程度回復してから、改めてこの問題に直面することになったのだけど、私なりに勉学し思考してある程度の安心を得て、素敵な恋愛を経て、やっと、本当に大丈夫、全く問題ない、以前より素敵になった、って確信が持てたし、卵巣ガンに罹患する前よりも、自身の女性機能についてもよく理解できるようになったように思うのだけど。
 セックスはお相手と行うから個人差が2乗になるので、これを文章に纏めるのは、限りなく難しく感じ続けている。
 
 昨今の、婦人科疾患関連のブログの中には、もろ手を挙げて、「セックス出来ました!セックスには変わりありません!」と公言されている方も多いのだけど、自分がそうであったからと言って、他の人もそうであるとは言い切れないし、セックスは1人でするものではないってことで、心地よいセックスにはお相手側の問題も重要だ。

 疾病の予後がそれぞれに大きく異なることと同様に、手術後の性機能の状態も、個人差や疾病の種類や手術状況による差などなど、人それぞれに千差万別なので、ここに記載する婦人科手術後のセックスについても、万人に共通するものではない。
 更に、セックスについては、それまでの性経験の違いや、性的趣向の違いや、各自それぞれの感覚の違い、に加えてお相手(私の場合は男性だけど、人によっては女性かもしれない)の違いまであることなので、決して一概には語れるものではない。

 子宮頸がんの初期でのレーザー治療のみを受けた後に、セックスが苦痛になり出来なくなる困難に遭遇する人もいると聞くし、子宮および附属器(卵巣&卵管)の摘出手術を受けた場合でも、私的経験と同様に、セックスを以前より素敵に楽しめるって人も何割かいるという統計もあるほど、婦人科手術後のセックスに関しては、千差万別だ。

 唯一、多くの人に共通するものがあるとしたら、数年前に掲載した『恋のささやき~ちょっと真面目なセックスのお話~』の内容だと私は思っている。
http://blog.livedoor.jp/hitorisizukamai/archives/5203668.html

 なので、セックスに関する私が経験した具体的な機能的な変化は、1人の女性の参考事例として記録するにとどめたい。

(子宮や卵巣の手術後の解剖学的変化についても、個人が受けた手術によって格差があると思いますので、一般論を妄信するのではなく、婦人科の主治医の先生に先ず相談して頂きますようにお願いします。)


1・膣の潤い

 セクシーな気持ちになった時、女性の膣にはいくつかの分泌液が分泌される。
この分泌液は、いつも少しづつ分泌されている膣液、セクシーな気持ちが増した時に分泌されるバリトン腺液やスキーン腺液と、子宮頸管粘液などがまじりあったものとされている。

 子宮を全摘した場合、子宮頸管粘液の分泌は期待できないかもしれないし、代替機能でそれを補う分泌がなされるかもしれない。
セックス時、膣内の潤滑性が以前とは少しだけ違って、ねばねば感よりサラサラ感が増した感覚があるかもしれない。これは、年齢的要因なのか、セックスレスの時期が長年続くとそうなるのか、粘度の高い子宮頸管粘液が分泌されないことの影響なのか分からないのだけど、セックスに直接的な影響はない。
パートナーの挿入持続時間が長い場合には、少し以前とは違う摩擦感を感じるかもしれないのだけど、痛みや辛さは感じないし、どちらかというとより密接な感じがするかもしれない。(お相手が、所謂遅漏とされるほど延々と持続する場合や、強すぎる刺激を女性に与える野性的なタイプ?等である場合などは、どう感じるのかは分からないのだけど。) しかし、数回セックスすると、不思議と以前と同様の浸出液になったように感じるのは、セックスレスによって忘れていた機能が回復するってことかもしれない。

 婦人科がんの手術後のセックスについて潤滑用のゼリーの必要性の記載も散見されたが、全く必要性がない場合もあるので、もしもの時のお守り程度に考える方がいいかもしれない。
 もしも何らかの他の障害が無ければ、気持ちが本当に、ラブリーにセクシーに盛り上がれば、自然の摂理として、生殖という生物にとって最も重要なセックスの営みの永続性は限りなく保障されていて、充分な潤いと心地よさが保障されるってことには、生命が有する偉大な神聖さを実体験しているような神秘的な感動を覚えずにはいられない。

 両卵巣を摘出した場合で、エストロゲンの補充療法を充分に行えない場合には、一般的には、膣液の分泌が減ると言われている。
 私の場合は、膣液の減少は、手術後、抗がん治療を行っていたり、ステロイドホルモンの後遺症状や卵巣欠落による脳内ホルモンの攪乱が起きたりしてかなり心身が参っていた時期には明らかに感じたのだけど、心身の回復につれて改善し、自然と、「恋のささやき」が心のどこかから聞こえて、セックスしてみたいなって思うようになれた時期以降は、以前と比べると少し減った感じ程度に回復した。
 恋愛している間は、エストロゲンの補充の有無に関わらず以前と変りない分泌が認められる。これは、以前からの、私個人の心身相関性の強い肉体の特徴が、年齢を重ねたことで顕著になった・と考える方が適切かもしれないのだけど。
 日常の血中エストロゲン量と膣内分泌液の量が、正比例するとは考えにくい。
セックス時の潤いや快感は、血中の女性ホルモン量や子宮や卵巣の有無に比例するのではなく、心身の疲れやストレス他、何らかの不安や抑圧などの精神的な問題の影響が大きく、何よりも、お相手への恋のときめきや安心感、親密感や自然にリラックスできる信頼関係かどうか等々、様々な感性の満足とパートナーへのいとおしさと愛情に、正しく比例する。

2・セックス時の感受性

 全身的な感度が以前よりも増したように感じられるかもしれない。
脳内ホルモンの分泌の変化の影響なのか、年齢的に成熟度が増したからなのか、オキシトシンの分泌が増えるのか、パートナーをいとおしく思う情動が増したことが実感されるように思う。

3・オーガズム

 微妙な変化があって、これも年齢的な感受性の熟成なのか、膣周辺からのオーガズムが全身に波のようにくまなく広がってゆくような感覚。この感覚には心身の全てが安心と幸せのリラックスに満ちてゆく素晴らしさがあり、以前にも増して満ち足りた、より心地よい幸福感を得られると言えるかもしれない。私の場合は、どちらかというと以前はオーガズムまで時間がかかるタイプで、1度で覚める感じで、次のオーガズムまでにも時間が掛かったのだけど、時には連続して、時には波が打ち寄せるように何度もオーガズムを感じる不思議に変化した。
 これも婦人科手術の影響というより、年齢的な成熟度によるものかもしれない。

 
 なあんて、つらつら個人的セクス所感を書いてしまったけど、近未来的に、早急にこうした性感についての科学的研究が進めば、更年期障害や婦人科手術後のセックス観も、現在とはかなり違ってくるのではないかと思う。

 そして、何よりもセックスは、個人差が大きいし、お相手がいて成り立つ行為なのだから、お相手の問題も大きいってことが、とっても重要なことだと思う。初めてのセックスの満足度と同様に、婦人科手術でちょっとだけ変化したニュー・バージンの女性のセックスの満足度は、お相手によって大きく左右されると思う。

 セックス・パートナーがいる場合で、セックスコミニケーションが成り立っていないカップルの場合は、事前にパートナーと一緒に、主治医の先生に術後のセックスについての相談をすることが大切になると思う。

 セックス・パートナーがいない場合は、ゆっくり療養しながら、心身の疲れがある程度癒えて、心のどこかから「恋のささやき」が聞こえたら、ラブリーなパートナーを探すのがいい感じ。
 
 パートナーがいる場合でも、新たに素敵な恋愛をする場合でも、「恋のささやき」が聞こえたら、恋愛をしてセックスをする前にちょっとしたセルフ・ケアをして、自身で安心を確認しておくと、最初の緊張感が少なくなると思う。


 心地良いセックスはとっても素敵なことです。
好ましいセックスは心身に心地よいリラックスと幸福感を与え、お相手との親密感を深めます。
恋愛においても、好ましいセックスは、それまで全くの他人であった2人を親密に結び付け、相互理解と愛情を育てるお祈りのような儀式とさえ言われます。勿論、結婚においては、2人の絆を永続的に結び付ける最高の営みと語られ続けています。
医学的にも、さまざまな幸せホルモンの分泌を促進してくれる素敵な効果が期待されます。
古くから東洋医学にも「食と性と睡眠で健康に」という伝承まであるくらいに、健康長寿の為に秀でた効果が期待できます。

 パートナーがいる方は、手術を機会に、初心にかえって、心地よいセックスを楽しみましょう。
 パートナーがいないバージンorニュー・バージンの方は、これからが、最高のお相手とお出会いできるチャンスです!。素敵な恋愛をして心地よいセックスを楽しみましょう。
 
 但し、セックスは、決して命がけでするようなものではないです。
男女双方にとって、生命に関わる重大なリスクも伴う行為であることには、くれぐれもご注意を。
 性感染症に注意することは勿論ですが、水面下で増え続けているエイズや各種肝炎ウィルスのみならず幾つかのガンの原因となるウィルスも蔓延する昨今、セックスの行為(ディープキスも含む)で、お相手にウィルスや性病を感染させた場合には、民事訴訟の賠償責任が生じます。
 パートナーが変わる時には、男女双方が、予め検査しておけば安心です。
勿論、夫婦であっても、どちらか、或いは双方が複数のセックスパートナーを持つ疑いがある場合には注意が必要です。
 「感染症やウィルスのキャリアになってる可能性はない?」って確認は、とっても大切。
お互いが感染症やウィルスのキャリアでないことが確認できない場合や疑いがある場合は、妊娠の可能性がなくても、最低限の予防対策として、いつも必ず、コンドームをお忘れなく!

 以上で、私的・卵巣ガン手術後のセックスについての記載を終え、このブログに関して一旦肩の荷を少し下したいと思います。

 コメントを下さった方々には、ご返信の遅延をお詫び申し上げますと同時に、ご笑読頂きましたことに感謝申し上げます。
充分に答え切れていない宿題につきましては、また、折りに触れこちらに記載したいと思いますが、できれば、あたらに再度コメントを頂ければ、より確実に、お答えできる範囲でのご返信ができると思います。
 尚、私の能力が及ばないご質問や、平常のコメントに際しましては、いつのことになるやら・・・くらいの軽い気持ちでお願いします。
  

 
 セックス観は、人生で、恋愛(結婚という社会制度を利用するしないは別にして)というご縁を頂いたお相手との人間関係によっても異なるのかもしれません。
今までの人生において、とびきりの素晴らしさで愛し合い掛け替えのない信頼を育んだ親愛なる元恋人や、最も長く深く信頼し合い愛を温め、限りない愛で人生の長い時間を最上級の旅に誘ってくれた親愛なる元フィアンセへの、厚い感謝の気持ちをこっそりここに書き記しておきたく思います。

 長い闘病を支えて続けてくれた今は亡き母、親友や友達や恩師の先生方や、医療関係者の皆様、介護の最終過程で巡り逢った本当に家族のように母をサポートして下さった真心深い介護関係の皆様をはじめ、こちらのブログにお訪ね下さる皆様他本当に多くの人々の真心とご厚情への、心にあふれる感謝の気持ちは、何よりもの私の人生の最高の宝物です。

 いのちは、みじかく、はかなく、人生の中で心ときめく素敵なお出会いは、ごく僅かだと思います。
いつまでも、ピュアな気持ちを大切に、ラブリーでセクシーな恋愛を大切に、素晴らしいラブトランスに癒されながら、すてきなパートナーと共に人生を豊かに生きたいものです。
           
                                    
                              

婦人科手術後のセックス~ちょっと真面目なセックスのお話~女性の悩み

 『~恋のささやき~ちょっと真面目なセックスのお話~』lという題名の記事http://blog.livedoor.jp/hitorisizukamai/archives/5203668.htm
を書いてから数年が経った。
 
 生命が続くかどうか?も分からなかったし、自身の根気が続くかどうかも分からなかったこともあって、こんなに長くこのブログを続けることが出来るとは思ってなかった。
 
 当初から、ブログを読んで下さる方がおられるとは思えず、半分以上独り言のように書いて来たので、殆どが校正もしないままの書きっぱなしで、とっても申し訳ない気持ちのまま、ここまで来てしまった。

 コメントには全て目を通させて頂いて、幾つかの内容が重複したコメントについては、本文で返信させて頂くことも多かったのだけど、公開させて頂いていないままスルーしているコメントも多くあるままなのも、気がかりでならない。

 中で最も多くのコメントを頂きながら、確たるお応えが全くできていないのが、婦人科手術後のセックスに関するご質問やコメントであることが、すっと気に掛かっていて、いつか、然るべき記事を書かないといけないと思いつつ年月が過ぎてしまった。
 

 一般女性が、性について公言するには、とっても精神力が要る。
セックスカウンセラーや性科学関連の研究者であれば医科学的見地から堂々と書けるだろうし、或いは、AV女優さんなどなら医科学的見解以上に、鮮やかな各論も書けるだろう。

 だけど、悲しいかな、私はいずれでもない。
どちらかというと、恋愛適齢期から今までの人生の半分以上をセックスを忘れて過ごしてしまった、どちらかというと、セックスレスな女性に分類される。
 20代であれば、おんな友達との「レディーズトーク」から、平均値や一般概論が把握できたのだけど、40代になってからは、おんな友達の中でも、セックスについての話題は余り出ることがなくなった。

 なので、今出版されているセックスについての書籍や医科学的な研究文献から引用できる適切なものがあれば、とググってみたのだけど、女性の性機能についての研究は未だ途上であるようでもあるし個人によって千差万別であるようで、確たる資料も探し出せず、ましてや、「婦人科手術後のセックス」についての、具体的で詳細な資料は探し出せずにいる。

 MDアンダーソンでさえも、セックスカウンセラーへの相談を進めているように、セックスにはさまざまな個別の要因が絡んでくるから、概論は意味を為さないとも思う。
https://www.cancerit.jp/34180.html


 私は、1人の人と長くつきあいするタイプなので、恋愛の回数は少なくて、セックスをしなくてもパートナー関係を続けることができるし、複数のパートナーを持つことが苦手。それに、人生には、次々に恋愛やライフ・パートナー&セックス関係になれる程の人とのお出会いの機会があることはないので、恋人いない歴のインターバルも長い。
 もしも、生涯のセックスの平均回数というものの平均値があるとしたら、一般の女性より、かなり少ないことは間違いない。

 だけど、いつまでもセックスの問題について言及できないことが気がかりのまま過ごすのは、なんだか肩の荷が重くって、「婦人科手術後のセックス」について充分に説明する記事を書くにふさわしい環境と能力には恵まれていないという前提を許容して頂くことにして、この記事を記載したいと思う。


 卵巣ガンに罹患しなかったら、私は、自身の性機能について、真剣に悩むことも考えることも無かっただろう。

 多くの女性と同様に、私も、20歳前後から、恋愛をして恋人とセックスするというごく一般的な人生の中で、恋愛相手とのセックス・コミニケーションによって、自然と、心地よいセックスを身につけてきた。
その中で、自然とオーガニズムも覚えたし、セックスの得も言えぬ心地よさや素晴らしさやリラックス効果が分かるようになったごく普通の女性に過ぎない。

 以前『恋のささやき~ちょっと真面目なセックスのお話~』に記載した通り、私は、卵巣ガンに罹患し手術を受けるに際して、今後もセックスが出来るかどうか?セックスでの快感が変化しないかどうか?という大きな不安を抱いた。

 この時、私は、ガンの治療のことだけで頭が一杯で、セックスについての不安は、年若い主治医に質問をするばかりで、自分で考えたり調べる余裕など全く持っていなかった。
 生命を優先させるか、セックスを優先させるかという選択においては、生命の維持が最大の課題だった。

 その後も、卵巣ガンの治療の後遺症状に長く苦しんで来たので、セックスする気にもなれなかったのだけど、やがて、体調が一段落するにつれて、大人の女性として自身で確認しオーガズムが得られることが確認できたので、大きな安心感を得、その後、偶然の神様の微笑みを頂いて、とっても素敵な恋愛のパートナーにめぐり逢えたことで、より大きな安心感を得ることができた。


 昨年、友達のひとりから、子宮筋腫と内膜症で、子宮の全摘手術を受けるかどうか悩んでいるという話があった。
 子宮筋腫や内膜症などで、手術を受けるかどうか悩んでいる女性は多い。
直ちに生命に関わることはない分、ガンの手術より、手術の決断には、迷いも悩みも大きく深いのだ。

 その時、久しぶりに、セックスについての「レディーズ・トーク」をする機会があったのだけど、手術後のセックスライフの変化についての心配がメインの会話になった。
 
「聞きにくいんだけど、子宮を摘出しても、セックスはできる?」
との、誰もがごく当然懸念する質問に、私は、
「勿論できるわよ。大丈夫、変わりはないわ。」
と、答えたら、流石、彼女も大人の女性なので、
「感じは変わると思うんだけど、どんな変化があった?イクのも変わらない?」
と、話が深まった。

 私は、少し考え込んだ。
そう言えば、少し変化はあった。分泌液の滲出機序も少し変わったと思うし、オーガズムの筋肉の収縮は子宮にも伝わっていたように思うので、子宮を摘出した私のオーガズムが変わりが無いと言えず、以前感じていたオーガズムとはちょっと違う感じがしている。

 「オーガズムはちょっと以前のとは違う感じがするのだけど、以前は大きな波が来て1度で覚める感じだったのが、子宮への伝達感がなくなった代わりなのか、何かエンドレスに全身に連動するように変わった気がするわ。」
と、応えたものの、私の応えは、医学的にも理論的にも写実的にも混乱の中にあった。

「微妙な感じがよく分からないんだけど、大した変わりはないってことね・・・、オーガズムも変わらないなら、(手術を)考えてもいいかもしれない。」

 私の応えが、彼女の手術の判断材料にされかけてることを危惧した私は、彼女に尋ねた。
女性だからと言って、個体差があるし、手術の術式の差もあるだろうし、個体差による神経の走行の違いもあるはずだ。

「ねえ、オーガズムの時って、あなたは、どんな風に感じるの?」

「・・・・・どんなふうにって、あのイク感じよ。あなたも同じじゃない?」

「個人差もあるって思うから、一応。どこがどんな風に収縮というか、ヒクヒクする感じがする?」

「そうね~。あれって全体的よね。どうして?」

「あのね、多分、オーガズムって、外陰部から膣周囲の筋肉の収縮と弛緩も続く痙攣みたいなヒクヒクする感があると思うのよね。で、子宮を摘出した場合は、子宮に感じる伝達感は無くなるように思うの。」

「ああ、それはそうよね。でも、イクことはイクんでしょ?濡れにくくなったとかある?」

「ええ、厳密に言うと外は変わらないけど、中の濡れには少し以前よりも時間がかかるようになったと最初は思ったわ。というか、分泌液がちょっと少なくなったかもしれないのだけど、これは、私の思い込みかもしれないし、今となっては変わりないように思うし、セックスには全く問題にならない。感度も良好なままよ。
生体には、代替機能が働くから、他がより敏感になるったってこともあるかもしれないけど、何かが変わることには違いないの。
 夫婦生活でセックスライフを続けて来た場合は、長年、馴染んだ状況とは少し変わると思う。まあ、そこで、新たにちょっとだけ違う感覚にお互いが馴染むことが、新しい楽しみになると思うけど。
オーガズムについては、最初はちょっと物足りない感じはするかもしれないし、何かがちょっと変わる感じがするかもしれないから、もしかしたら、その変化を、感じなくなった・って思う人もいるかもしれない。」

「ふうん。。。私、元々、クリトリスタイプなの。彼はお口が使えるタイプだから。」
「あら、それは素敵。安心じゃない。」
「そう。それは素敵なんだけど、中がいまいちなの。いくら伝えても学習能力ないのか、自己中なのか、本能的な
のか。。。」
「う~ん・・・そうか、恋愛時代から、彼って確かセックス・コミニケーション・ロストタイプだって言ってたよね。こんなに長く一緒に暮らしてても未だ成長しないの?」
「2年付き合っても成長しなかったまま結婚しちゃったからそのまんまよ。セックスって最初にお互いの体を知り合おうって姿勢をこちらが教育することが大切だったって、今になるとつくづく思うわ。」
「それは、確かに、悩むよね・・・・・・」

 結婚を維持できなくなる理由、つまり離婚の理由には、「性の不一致」っていう項目があるのだけど、誰しも、そこまで厳密に性の一致を前提として恋愛も結婚しないだろうし、セックスだけが恋愛や結婚の要件ではないんだからから、この程度の性の不一致?なんてのはよくある話なんだけど。

「そうなのよ~。これって凄い問題なのよ!だから、余計に手術に悩むのよ。このままだと生理の時がめちゃくちゃ辛くて寝込んじゃうし。セックスレスにはなりたくないし。。。ねえ、今度2人で来るから、彼に説明して上げてくれない?ついでに、セックス・コミニケーションについても、大事なことだからって教えてあげてくれたら助かるの」
「そ・・・、そ・・、それは、いくらなんでも嫌!私には絶対に無理!!私は性科学者じゃないし、セックスカウンセラーでもない。」

「そう言わずに~。昔からの友達だし、2人とも、お互いに知ってる仲じゃない!」
「だから、余計に絶対に嫌なのよ!!!、友達の御主人に私の体の変化を話すなんてめっちゃ抵抗あるわよ!
個人差もあるはずだし、手術にもよるだろうし、何よりも、私は未だ独身で、基本がセックスレスなんだから、どう考えても、大きな顔して言えるわけない!説得力ないじゃない!」
「だって、手術後も彼氏がいたわけだし、セックスもとっても素敵だったみたいじゃない。あのお肌つやつや感は
どうみても、ラブ・トランスって感じだったもの。」
「・・・それとこれとは全く別! 私の性生活を、友達の御主人に話すなんて絶対に嫌!!!自分で伝えてよ。」
「だからあ、元々、セックスのコミニケーションが成り立たない人なのよ。その部分に関しては超自己中。誰かに
指摘してもらわないと、あの自己中セックスは、手術しても変わらないと思うのよね。」
「いくら何でも、それだけは、絶対に無理!それって私にとっては、精神的なスワッピングだわ!」

「・・・・仕方ないわね・・・・」
と、彼女は大きなため息をついた。

「相手の感覚も変わるのかしら?」
「それも、変わる場合もあれば、変わりないって感じる場合もあるのじゃないかしら。   
全体がタイトな女性なら関係いと思うけど、子宮口が膣内に出っぱってるのがよく分かる女性だったら、変化はあると思うし、その子宮口を残せるかどうか、主治医と相談できればいいんだけど・・・・・・、残さないとしたら凹凸は無くなるだろうけど、元々凹凸の少ない人もいるだろうし、凹凸は子宮口だけじゃないだろうし・・・、元々かなり全体にゆとりのある女性なら何も変わりはないかもしれない。複雑な個人差がいろいろあると思う。男性がそこまで敏感に感じ取るかどうかも人それぞれだろうし。私は男性じゃないし。」
「凹凸は自分で分かるの?」
「わかんない。手術時の説明の図を確認すると子宮口は残ってるみたいなんだけど、これって自分の感覚では分からないし見えないし自分では届かないから確認できない。今気が付いたけど、元々子宮や膣って赤ちゃんが通り抜けることができるほど鈍感なんだからあってもなくても実際は何も変わらないのかもしれないし。」
「こういう相談って、どこにゆけば説明してくれるの?」
「セックスカウンセラー。・・・・・・って日本には少ないのか、無いのかよく分からないけど。、特に、婦人科手術の時、このあたりの微妙な問題には詳しい説明が得られなくって、皆、悩んでると思うのだけど・・。主治医の先生には、相談してないの?」
「もし、主治医が童貞だったらどうするのよ?」
「あっりえな~い。」
 (笑)
「あり得るわよ。今時の男性は、草食系だし、セックス・コミニケーション・ロスト君がますます増えてるのよ。SCL君はうちの人だけで充分。相談すること考えたら、ますます悩ましくなってノイローゼになるわ。」
 (爆笑)!!!

「いろんなこと考えると、決断できないの。。。
あなたは、セックスレスでも元フィアンセとつきあって来た人だから分からないでしょうけど、結婚して毎日一緒に暮らしてるとセックスは大切になるの。
セックスレスになったことが原因で、離婚する夫婦もいるし、でなきゃ、どちらも外で愛人を作ってる夫婦も多いし、特に旦那が浮気をするのが当然にる場合が多いのよね。あんなふうには、なりたくないわ。」
「50代後半になると、男性もそろそろ更年期が始まるから、60代以降はその内自然と枯れて行くかもよ。」
「じゃあ、それまで、手術は受けない方が平和ね。」
「だからあ、セックスは出来るし、大した変わりはないって言ってるじゃない。男性だって、同じ相手と同じようにセックスしてるより、新たな女体に変化した方がやる気になるかもよ。」
「なら、それを詳しく、うちの旦那に説明してくれるだけでいいの。」
「嫌よ!絶対にそれは嫌!とてもじゃないけど、この年までセックス・コミニケーション・ ロストの永遠のSCL君を説得するなんて、絶対に無理。」

 彼女は、真剣に、私に最終通告した。
「あなたが素敵な彼氏を見つけてこの相談に乗ってくれる時が来るのが早いか、私が出血多量で救急車に乗るのが早いか、友達として、どちらを選ぶの?」
「それって、そっくりそのまま、草食系に見える主治医の先生に、『医者として、どちらを選ぶ?』って聞いてくれる
?」
 (大爆笑)!!!

 そう、女性は、男性に対して、とっても深い思いやりを持っているので、医学を越えた範疇の悩みもとっても大きくて深い。


 とはいうものの、笑ってばかりいる訳にもゆかないので、私も、再びググって資料を探すことにしたのだけど。

 ここまで、セックスについてのお話を書くだけでも、かなり恥ずかしく思う私のセックス観は、かなり集合的無意識のレベルで抑圧されて続けていることを実感する。

 婦人科手術を受けたことの無い女性でも、様々にセックスの悩みは尽きない。
ましてや、婦人科手術を受けるに際しての女性の悩みは更に大きくて深くて、実に悩ましい。

 卵巣欠落症状についての専門的研究と同様に、女性のセックスについての研究もまだまだ途上にあるようだ。

 近年、ある女性医師が、『女医が教える本当に気持ちいいセックス』シリーズを出版されて、Amazonでベストセラーになったことは画期的なことだと思う。読んでいないのだけど、書評から女性の視点から書かれたセックスのお話だと伺われて、よい本を出版されたと思うし、Amazonのコメント欄を見ると、男性も、セックスにおいて女性をどのようにして心地よく感じてもらうかに、心を尽くしているかが分かる。
 かつて、私が未だ思春期に入ろうとしていた頃に、当時の私の目には衝撃的に見えた『how-to sex』と題する書籍が出版されて、ベストセラーになったことを鑑みても、セックスについて、どれほど多くの人々が真面目に知識を欲しているかがよく分かる。

 それにしても、自身の性経験を暴露してしまうことになりそうなセックスについての記事を書くには、本当に、物凄い精神力が必要となる。

 性科学の研究が遅延しているのは、西欧でも宗教的な抑圧が社会全体の集合的無意識にあって、旧弊から抜け出せない社会の風潮が大きく影響しているのだろう。
 一代センセーションを巻き起こしたアメリカドラマの『セックス&シティー』での「レディーズ・トーク」に、未だに眉を顰める人達もいる社会での、女性の性に関する発信には、本当に勇気が必要なのだ。

 ということで、ホットフラッシュならぬ、冷や汗に近い発汗に疲れてしまったので、続きは、後日・・・
婦人科手術後の詳細な機能的課題についても、少しでも具体的な記載ができればと思う。

テクマクマヤコン教徒の教え

 通常の電話とたま~にメールの他にlineとメッセンジャーを使っている。

 私のスマホはかけ放題で、メールもlineもメッセンジャーも個人的には大嫌いなんだけど、人それぞれによって、スマホの使い方が違うので、lineとメッセンジャーのインストールも余儀なくされた感じ。
とは言っても、私がスマホのメールをチェックするのは、他に何もできない環境を強いられた何かの待ち時間くらいで、通常はちらっと見ても真面目な要件以外は、いちいち返信する視力も時間もないので放ってある。

 そうしていると、特にlineには、意味不明なメッセージが溜まってゆく。

「おはよう」
「こんにちは」
「おやすみ」
時折、
「今電話できる?」
「今電話できます。」
「今何してるの?」
「最近どう?」

 これって、一度に見ると、とっても面白いのだけど、放っておくと、

「返事がない!」
「既読になってるのにあいさつくらい返してよ。」
「何してるの?」
「電話できないの?」
 最後には、
「生きてる?」

 という感じで、またまた、一度に見ると唖然とするようなお叱りを受けることになる。

 こういうlineには、誠に困り続けている。

 基本、lineやメッセンジャーは着信音止めにして、表示も出ない仕様にしているので実害はないのだけど。
延々3日間~1週間くらい、こういうメッセージが続いているのを見ると、次第にこちらが強迫観念に苛まれてくる。返信しなくちゃ・・・と、思うのだけど、いちいち返信していたら、昔あった『秘密のあっこちゃん』という漫画の主人公のように、スマホばかりを眺めてバーチャルな世界で暮すことになりそうな嫌な予感がする。

 で、
「このごあいさつメールの連続とか電話していいとか消息を尋ねる短メールは、どういう意味があるの?」
って、私は、いたって素直にお尋ねするメールを出す。
 これを出すと、何故だか、それまで執拗にメールしていた人から返信が来なくなる場合が多い。

 後日、気になってこちらから電話をすると、こういうタイプの人は口々に、
「lineしたのに返事ないし、変なこと聞いてくるし・・・」
 と怒っている様子。

 どうやら、彼女や彼らは、なんとなく手隙の時に、テクマクマヤコンって気分で、相手をして欲しくってこういう挨拶メールを送り合うのを習慣にしているようだ。
「そういうことだったら、電話してくれたら、出れる時は出るし、出れない時は、コールバックするから。」
 と私が言うと、
「突然電話をするのは気を使うからlineしてるんじゃない。出なかったら気まずいし。」とのこと。
「私、液晶老眼だから、スマホのメールやlineメールはしんどくて一々反応できないし、電話の方がはるかに時間対情報量にもコミニケーションにも優れてるから。」
 と、私。
「でも、いつでも電話できるってことはないでしょ。」
 と、ここから、私は、何故だか、メール&line&メッセンジャーフリークから、高飛車なお叱りに近い教義を聞かされる羽目になる。
「だから、出れない時はコールバックするし、どちらもそうしてたら、何時かは繋がるし。」
「それが嫌だからlineしてるんじゃない。」
「そんなこと言われても、いちいちlineに反応してられないし。」
「友達つきあいは、その程度にしてるってこと?」
「そうじゃなくって、line書いてる時間があったら、電話の方が早いしいろいろ話せて楽しいってことなんだけど。」
「今は、電話の時代じゃないのよ。突然電話するのって失礼じゃない。」
「昔から電話は突然掛かって来るものだし、出れない時は出ないでいいじゃない。」
「だからあ!あなたって、スマホの使い方を知らないの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 温厚な私は、こんなことで言い争いはしたくないので、
「コミニケーションツールの使い方の違いがあるってことなのね。」
と話を治めようとすると、 
「これからは、もっと、まめにチェックして、返事してね。今は、まめさが大切なのよ。」
と、あくまでも、彼女や彼らのコミニケーションツールの使い方こそ、完全無欠なんだって言わんがばかりの強要を受けることになってしまう。

ここでめげては、lineのスレッドの山になって、面倒くささが何も解消されない。
削除とかいろんな方法はあるみたいだけど、それはそれでまた新たなお叱りを受けることになる予感がする。

「私のスマホは電話機だから。」
「lineは嫌い。いちいち確認なんて出来ない。必要があれば、電話か葉書か手紙。」

いろんな主張をするのだけど、どうも、時代的に私の分が悪いみたいで、押し切られてしまう。

で、致し方なく私が思いついたのは、こういう友達には、lineが来たことに気がついた時に、電話を掛ける法。

「lineありがとう。おはよう!」
「今、電車の中なんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で言う。
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。通勤時間にlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今日も一日がんばろうね!」
と、電話を切る。

「lineありがとう。こんにちは!」
「今、ランチしてるんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で、
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。ひとりランチする時にlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今度はゆっくり話せる時に電話頂戴ね!」
と、電話を切る。

「lineありがとう。こんばんは!」
「今、クリニックの診察待ちなんだけど。」
とっても迷惑そうな声が返ってきた。
私も、とっても迷惑そうな声で、
「えっ?lineくれたから、コールバックしたのにひど~い。」
「ごめん。待ち時間とかにlineする事にしてるから。」
「あ、そう。じゃあ、今度は普通に話せる時に電話頂戴ね!」
と、電話を切る。

これで、御挨拶や短メール好きな彼女や彼らからのlineはある程度、撃退することができると思ったのは甘かった。

「電話してくれる前には、lineで今電話していいですか?と聞くのが礼儀なのよ。」
テクマクマヤコン教徒の固定観念はかくも強固だ。

無駄な抵抗はやめて、最終通告を出すことにした。
「実は、私液晶老眼がひどくなって。ドクターストップでスマホメールはできないの。」

 これって、本当のことで、私の老眼は、スマホとパソコンを見ないで1週間を過ごすと心地よく改善する。

 テクマクマヤコン教に入信するには、強靭な視力が必要だ。





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