endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。


年齢相応に見せる努力?

 「年上だと偽って上に立とうとするなんて!」

 突然、私よりも10歳も若い若造から言われたこの一言に、私はものすごくムカついた。

 私は、戸籍上の年齢を言っただけだ。
暑いのに、こういう暑苦しい言いがかりには、ますます暑くなる。

 自慢じゃないけど、ここ数年の私はずぼらを決め込んでいるので、アンチエイジングには程遠い暮らしをしている。大病をした後、人並に時間に余裕ができたことで始めたお肌のお手入れも、努力半ばで、体の柔軟性もかなりの衰えが来ていることを自覚する昨今でもある。
 夏の間は、白髪はメッシュに見えるので毛染めも手抜きしているし、日焼け止めを塗る習慣がないので、シミも浮き出してくる。
 流石に、色素沈着は皮膚がんのリスクが高いので、酷くなる前に治療するけど、それでも、若い頃からのアウトドア暮らしや野良仕事でのダメージは酷い。

 
 なのになのに、この言い草はないと思う。

心ならずも年齢を若く見られる・ってことの弊害は大きいと思う。


 過日も、現行のプロジェクトの経緯が田舎町の話題になっているらしく、買い物途中で、年齢の話をしていると、店主から悩ましい話を聞いてしまった。

「うそでしょ!。。。還暦に近いなんて!サバ読んでもバレてますよ!」

「冗談じゃない!普通、年齢は、若くサバ読むものです。」

「え・・・本当ですかあ~。
ああ、そう言えば・・・・、
小耳にはさんだんだけど、今回の事業でも若く見られて何かと舐められてるみたいですよ~。」

「そんなことあり得ないわ!」

「年齢は言わないとダメです。人は見かけで判断しますから。」

「仕事に年齢など関係ないわよ。」

と、けむに巻くことにした。
そういうことか・・・、プロジェクトの工程に嫌気がさしてちょっと席を外している間に、関係者が、飲み屋で、由美かおる演じる町娘をバカにするお代官様のように、「小娘が・・・」だとか何とか、私のことをちょっと小バカにした話をしたのだろう。


 人は見かけで判断されがちなのは、よく分かるし、以前からこの手のハラスメントには慣れてもいる。
見かけがどうであれ、何事においても、キメルとこはキメル!ってやり方しかないのだけど、年齢を若く見られることで、様々に舐められがちなことは私の悩みの種だった。

 見かけが若く見られる上に、仕事であっても、私は好んで、明るい色目のお洋服しか着ない。
 何故なら、リクルート的な紺や黒のダークカラーのスーツが面接での好印象を持たれるというのは、型に嵌る、関係を良しとする企業の面接官の意見に過ぎない。
 この年齢に至っては、余程、強烈な案件で威圧感や強面を見せないとならない場面で、黒のスーツを着用することはあっても、それ以外、特に初対面の相手や和やかさが必要な会議では、ダークスーツでは、返って、仕事上の妨げの要因になることが多いことを、私自身が経験上知っているからだ。

 更に、私は、ニコニコ笑ってはっきりと物を言うタイプであるので、これを黒のスーツで、年相応の強面でやってのけてしまうと、ちょっと危ない姉さんっぽくなって、その場は一目置かれても、場の雰囲気を損なうとんでもない存在だと認識されて敬遠されることも知ってるし、普段乗ってる車が強面のする車種であることと私自身のキャラクターとのバランスも図らないといけない。


 それにしても、何故、こんなに若く見られるのだろうか・・・
普通なら歓ばしいことなのだけど、夏の暑さから来る卵巣欠落症の再燃に困ってる私は、どう考えても周囲から年相応にも労わってももらえない外観に、真面目に落ち込んでしまった。

 特にものぐさが嵩じて来たここ1~2年程は、お顔もスタイルも殆ど放置状態だし、エストロゲンの補充も疎かになった今となっては、私的には、年相応に老衰しているとしか思えないのに。。。。。。
 
 よおし!分かった!
なら、年齢相応の威厳を表わすことにしようじゃないか!・・・と、私は思い立った。


 その次の週にいつもの買い出しに行くときに、試しに、黒の上下でキメてゆくことにした。
普段は、何かを読む時にしか掛けない真面目で気難しそうに見える白内障の進行予防用のダークカラーの入った遠近両用の眼鏡も掛けた。
 車から降りて、挨拶も省略して、ぶっきらぼうに上から目線で私は花屋さんに声を掛けた。
 「今日は何がお勧め?」
いつもよりワントーン落とした声にした。

 「えっ???
 凄い!どうしたんですか?別人みたいじゃないですか。」

 「年相応に装ってみただけよ。これで年相応に見えるでしょ(笑)?」

 「ああ、いつもよりはね。それでも無理ですよ~アラフォー程度。モデルか、弁護士か、見方によっては、どこかのあねさんっぽくって怖いし。」

 「あ、そう。。。。。」
 
 
 で、鏡の中の自分とにらめっこして、一体人はどうしたら年を取った容姿になるのか?を真面目に研究することにした。

1・口角を下げる。
2・目を細め、眉間にしわを寄せる。
3・眉を上げて額にしわを寄せる。
4・姿勢を猫背にして顎を前に突き出す。
5・背中を丸めてお腹を突き出す。
6・膝を曲げて歩く。
7・肩を前下方向に引き寄せる。
8・顎をしぼめる。
9・心の中でよろしくない事を考える。
10・動作をのろくする。
11・顎を突き出す。
12・微笑まない。
13・悲しい表情、嫌な表情と姿勢をする。
14・ほくそ笑む。
15・意地悪そうな表情と姿勢をする。
17・人を侮った表情と姿勢をする。
18・人を馬鹿にした表情と姿勢を取る。
19・気難しそうな表情と姿勢を取る。
20・ふてぶてしい表情と姿勢を取る。

・・・・ここまで、試してみて、年齢は、顔や体の作りではなくって、表情や姿勢にあることが分かった。
 根性悪くふてぶてしい心持ちや内心意地悪なことを考えると、お顔と姿勢に反映されて老けて見える!

 更に、動作をのろくして、笑顔を減らすと、10歳は年老いて、年相応に見える。
全体的に「ドブ鼠」を意識し、スカートもだらしなく重く長くする。下半身を太く見せる。そして、すっぴん顔で眉毛を薄くするか、ベースメイクを白目に濃くして、爪を伸ばして濃い紅色のマニュキュアなんかをすると、年齢以上の年増の風情が出来上がる。

 だけどね・・・
これって、ダサイんです!
こんなバカな努力は、したくないんです!
 

 阿呆らし。
この暑い最中に、年齢相応なんて、やってられないわ!
 
 傍目にどう見られるかよりも、何よりも自分が快適で幸せな心持ちでいた方が楽しいし心地いい!



ご婚約騒動に思う「幸せが続く結婚」とは?

 真子さまの婚約騒動のニュースが続いている。

 よりにもよって、皇女ともあろうお方が、悪い相手に「恋愛トランス」されたご様子に心が痛んだ。

 恋愛適齢期になったご本人に、恋愛という変性意識がどのような仕組みで生じ、どのような種類のものか?どのようにコントロールすればいいのか?くらいの初歩的な知識と理知的思考を教えなかった周囲に大きな責任がある!と思わざるを得ない。
 誠に、皇女と皇室には、お気の毒な騒動となった。

 最初の婚約会見の時点で、小室氏が、恐れ多くも皇女さまを「月」に例えた時点で、ああ、このようなちっぽけな男性が相手では、幸せな結婚など全く期待できない・・・と、小室氏に失望した方は多いと思う。

 天照大神の神話の時代から、直感的に、男性は女性を、太陽と認識するのが自然な心の摂理である。
中には、女性を月に例える詩歌もあるにしても、男性が太陽で女性が月と認識するのは、日本に男尊女卑の思想が蔓延した時代の旧弊に過ぎず、本来のますらおな男心は、自然と女性を太陽として崇める性質を宿している。

 自身を太陽とした上で、女性を月として讃える男性は、男性らしさに欠ける。

 何らかの強いコンプレックスを持っているか、多くの差別や虐め意識の発症と同様に、他から受ける強すぎる支配や抑圧のはけ口を、自分より弱者であると認識した相手に向ける癖があるのか、誰かへの強烈な憎しみや反抗心や憎悪を男女関係に転化し支配服従という未熟な人間関係を作ろうとしている匂いがする。若しくは、相手を従えたり、自分が利用できるモノとしか認識できないような精神的発育が余りにも未熟過ぎるのか・・・・・このお二人は、ちょと間違えば、負傷不随になりかねないカップルじゃないか?と・・・
 何かしら正常ではないものが強く感じられてならなかった。
 
 現実面でも、よりにもよって、定職も退職してフリーターになった男性が、自身より遥かに生活レベルの高い皇女を自分の妻にしようとするなんて、その途方もない高慢さと無責任さは、スケコマシと呼ばれたヤクザと同様の思考回路!全くもって、まっとうではない。
 彼は、限りなく境界性人格障害に近いのではないか?
玉の輿結婚狙いがこれ程あからさまに見え透いた求愛が、我が国の皇女に対して引け目もなく行われた茶番は酷すぎた。

 おまけに、留学先の米国のロースクールにまで日本の皇女のフィアンセとしてコマーシャル材料に使わせるなんてことに至っては、真性のサイコパスじゃないかと思われてくる。

 これでは、平然と、リベンジポルノやリベンジ本などをやってのけかねない不安が国民の心を震撼させる。
彼は、出来る限り皇女とのスキャンダルを利用してあの手この手で自身を有利にする画策を巡らせるだろう。
 だから、皇室関係各位が苦慮した結果として、米国に送ることにしたのだろうか?
 ところが、彼は、そこでも皇女のフィアンセとして自分を誇大アピールするという挙動を展開した。
という筋書きであれば、彼は怖すぎる。


 パーソナリティー障害を持つ人との恋愛は、危険だ。
常人では考えられない程、相手の心身をものの見事に加害し窮地に追い込む天才的才覚がある。
おまけに、持ち前の依存性と執着心で相手にしがみつく。最も難儀なのは、本人には全く精神障害を持っているという自覚もないし、堂々と社会を渡ってゆく能力に長けているってことだと思う。

 境界線人格障害の女性に恋された男友達は、余りにも頻繁にセックスを迫られ過ぎて、1っか月で10キロもやせ細り、どうにか別離はできたものの、この世のものとは思えない不気味さを感じる顛末で、後々まで不気味にストーカーされ続け、男性は致し方なく海外への長期出張を選んだことを思い出した。

 昔から言われる、「可愛さ余って憎さ百倍」という心境になるのもパーソナリティー障害の特徴であるので、決別したら、何をしてくるか分からない狂気が心配だ。

 「恋愛トランス」が引き起こす多くの詐欺や殺人事件他陰惨で極悪非道な事件が後を絶たないように、アルコール等のドラッグなど各種の過激なトランスと同様、「恋愛トランス」には危険が付きまとうということを、恋愛適齢期になる世代の方々に広く認識して頂きたいと思う。


 皇室に降りかかったこの難儀を振り切る方法があるとしたら、彼がターゲットにする新たな対象が現れることだと思う。恋多きニューヨークで、彼を育て直してくれるような素敵な女性に出遭えることを祈りたい。

 一方で、真子さまは、ヨーロッパに再度ご留学されて、日本のオチャラケの海の王子などではなくって、ヨーロッパの王族か貴族の本物の王子との婚姻を考えられるのが最善だと思う。
 ヨーロッパでは、各国の皇族や貴族間の婚姻が多いというのに、日本の皇族は他国の王族との縁組が少ない。日本の皇族の格式を上げる為にも、ヨーロッパの王族貴族との婚姻を素晴らしい外交策の一つとされたらどうなのだろう?
 日本の最高位にある女性が、国中でへりくだってお相手を選ぼうとすること自体に、お幸せなご結婚には至り難い大きな矛盾と無理がある。



 結婚・・・
既に、「生涯未婚」者(これって誠に失敬極まりないネイミングなんだけど)として厚労省に統計されて数年が経過してしまった私にとっても、これ程難解な人生の課題は無い。

 1980年代の常識として、女性は大学を卒業したら結婚するものだという集合的無意識の迷信が強く、私もその社会的集団催眠に掛かっていた一人であったと思う。

 とはいうものの、様々な偶然の重なりで、苦労の多いシングルライフを生き延びて年齢を重ねるにつれて、恋愛と結婚や、生涯のパートナーについて、若い頃には見えにくかったより多くの深遠が見えるようになった。
 シングルとして精神的にも経済的にも自立していたので、結婚という社会システムの利用の必要性を感じない程の素晴らしい恋愛と信頼関係に恵まれることができたことは、本当に幸せな人生を送って来れたと感謝の気持ちでいるのだけど、いつからか、人生で一度は結婚なるものをしてみたい!と、これがこれからの最大の私のライフワークなの^^って思うようになっている。


 特に、恋愛と結婚については、自身がシングルでありながら、20年間、結婚情報企業のアドバイザーの業務で、総計5000組を超えるカップルのご結婚やその後のご相談に関わらせて頂いた自身の経験も大きいかもしれないのだけど、自身と周囲や友達を含めた経験からも、この難題について語るに尽くせない多くの事実を知った。

 30代から運営に携わっていた結婚情報企業は、1990年の1.52ショックという社会問題の解決という使命の下に発足した。
 男性と女性とのお出逢いが最もお幸せな結婚に結び付きやすい状況をご用意することが、会員様にご提供できる弊社の最大のサービスであることが一貫した課題だった。
 
 その企業が運営するブライダルクラブは、当時の男女の恋愛観や結婚観は勿論、お見合い事情や既存の結婚情報サービス企業の徹底的な研究を経て、男女双方に最も望ましいお幸せな結婚を可能にする為に、完璧と言える程の配慮を尽くしたサービスシステムを完備したものだった。


 発足までの約3年は、出来る限りのデータを収集し、「お幸せな結婚」とは?については、何本もの論文が書けるくらいに研究を重ねた。

 言うまでも無く、「結婚=幸せ」では決してない。
大切なことはどんな結婚が、お互いの人生を幸せにし合うのか?ということだ。 

 恋愛は、アルコールやドラッグ以上に「恋は盲目」と言われる程の、激烈なトランス(変性意識)である。

 なので、恋も愛も恋愛も結婚も、ひと纏めの概念としてしか見えてない年代において、恋愛トランスに嵌ることは、人生のギャンブルと言っていい程の大きなリスクを伴う。
 女性が精神的にも経済的にも自立していない時代においての恋愛結婚程、お相手の男性によって女性の人生が左右されるものは無かっただろうと思われる。

 
 結婚適齢期に入った20代半ば以上の男女の多くは、ある程度の精神的自立を果たしている。
ここで重要になるのは、2人の自立度の相性であったり、様々な価値観、人生観、生活観の近さだ。

 幸せな結婚について考察するには、離婚の研究がとても役に立つ。
離婚に多い理由の一番は「性格の不一致」なのだけど、この「性格の不一致」に含められている内容は、多彩だ。
 他に、法的に離婚が認められるには、以下の中で①を除くと幾つかの複数の理由が必要となる。
 ①暴力・侮辱・虐待(明らかに証明できる場合は、この理由であれば即座に離婚が認められるだけではなく、刑事訴追、損害賠償請求が可能となる) ②性生活の不満 ③同性愛・性的不能 ④配偶者の親族との不和 ⑤
過度な宗教活動 ⑥犯罪行為による服役 ⑦金銭問題
 勿論、①DV傾向を持つ相手は恋愛相手として論外、②肉体の相性は大切、③や⑥は限定的な理由なので省くとして、④は、マザコンファザコン、一卵性親子、自立不全や親子依存の問題がベースとなるので恋愛相手にも論外、⑤は明らかな価値観の相違で恋愛対象にも論外、⑦は所謂ヒモや援助交際に過ぎないので、これらは、現代では、恋愛対象とする時点で除外される理由だから論外として、ここでは、圧倒的多数の離婚理由になっている「性格の不一致」を回避することを主眼に記述を進めたい。


 「性格の不一致」という理由を詳しく分類すると、価値観の相違、人生観の相違、生活観の相違など、基本的な生活に関する双方の格差や隔たりが大きい程、結婚後の幸せ指数が低く、離婚率が高くなることが分かる。
 全く違う人生を生きて来た男女が、強烈に結びつくのは恋というトランス状態のなせる業であるので、このトランスが覚めた時点で、余りにも違い過ぎる2人が幸せを与え合って暮らすことはとても難しいことになる。
 
 自己の確立に至っていない最も柔軟性に富んだ年代での恋愛においては、お互いに憧れたり羨む良い所を感作し合いながら、より高い次元での共通した価値観を育みあいながら成長することが可能である。(逆に、お互いの相性によっては、悪い方向へ感作し合うというリスクもあるので、若い時期の恋愛には、ある程度恋愛と結婚に見識のある者からの助言が必要不可欠だと思う。)

 さて、精神的に自立する時期以降のお出会いにおいては、明らかに離婚の最大の原因となっている価値観、人生観、生活観、という基本的3大要因を、意識的に適合させる必要が生じて来る。
 価値観、人生観、生活観の近い男女のお出会いの場があればいい。

 これらが似通っている人達の社会的基準は、それまでの生活環境や経験に共通事項があることが重要だ。
分かりやすい目安でゆくと、知的・理性的水準や宗教や趣味や倫理&道徳水準、生活レベル、コミニケーション能力や相手への気遣いの能力や感受性、受容能力が似通った人を選べば、不幸せな結婚のリスクは大幅に減少させることができる。
 これを可能にした結婚情報企業を運営していたのだけど、この職務において、私は、もう1つの男女の生物的な課題に直面することになった。

 結婚に大切なのは、恋愛トランスを引き起こす生物的な適合性、所謂セックスできる相手かどうかという微妙なフィーリング・という問題だった。
 必然的に、セックス相手のストライクゾーンが狭い人は結婚しにくく、広い人は結婚しやすい。

 あらゆる生物は遺伝子を残そうとする本能を持つので、セックスできる相手のストライクゾーンが広くて遺伝子を残しやすい能力を持った人が、社会的に最も安定した状態で遺伝子を残すことができる結婚という制度を利用しやすいって言う自然の摂理が働くし、若しくは、非常に賢明で大脳で全てを制御できるような人であれば、最も自身が幸せな人生を送れる人とセックスが出来るという分別能力が働く。
 
 この生理的な感性の課題をクリアする方法は、ロマンティックな雰囲気作り、容姿やファッションの洗練は勿論だけど、美味しい食事とホスピテリティー溢れる空間でのデートであったり、野鳥の求愛の舞に見習って、男性側がさまざまな心を尽くしたデートのお誘いの工夫をすることが効果的だった。

 人間の好みは、それまでの人生で親しく優しく好印象を持った人のイメージで作られるものなので、たとえそれまでは好みではない相手であっても、新たな好ましい記憶をどんどんインプットしてゆけば好みのタイプとしてイメージされるようになる。
 自然界の摂理がそうであるように、男性が、お相手の女性に心を尽くして美意識と知性を振り絞って、女性に好ましいアピールを行えば、女性はその男性を好きになる。
(何故だか、近年肉食系と表現される女性側からのそうしたアプローチでは、結婚を考えたご交際というよりラブ・アフェア―に陥りやすい傾向が見られたのは、男女の恋愛は、自然界と同様に、男性のアプローチと努力と献身によって成り立つことが多いってことなのかもしれない。)

 
 幸せな結婚生活を営み続ける為に必要なことは、実生活における合理的基準の一致と、生物的相性の一致あるいは秀でた理知的能力、そして、男性が持つ女性を恋させることができるエスコート能力、お互いに成長し続けて行ける聡明さと頭脳の柔軟性と好奇心と許容力という心のキャパシティーです!

 恋愛は「トランス」なのです!
様々な心理状況下での偶然の揺らめきや、フィーリングやときめきの一致で嵌る「恋愛トランス」だけで、幸せな結婚が出来るという妄想や妄信にはくれぐれもご用心を!
 
 と、皇女さまに、お伝えしたくなった私は、ますます結婚するには難しい年代にいる。


 

 

濃厚な幸せきらめく暮らしの方法

 例年になく暑い日が続いている。

 今年は大好きな初夏の気候が、歯の痛みを抱えている間にあっという間に猛暑に変わって、住まいの夏の設えが遅延してしまった。
なので、余計に暑さが身に染みる。


 爽やかな5月に入ると、毎年、青春時代のひと時を過ごしたカリフォルニアを思い出す。

 もう40年近く経つのだけど、今振り返っても、多感な青春時代のひと時を彼の地で過ごせたことが、今に至るまで自身の心の糧になっている幸いを思う。
 
 
 猛暑の中で、ひょんな偶然に、同時期にCaliforniaに住んでいた人と話す機会に恵まれた。

 彼は、毎週、首都圏から各地へ医学の専門知識を運ぶ仕事をされている。
元々は某大学の教授への道を歩んでおられた先生なのだけど、人生の大きな転機に際して、180度ご自身のライフスタイルに変更されたと聞く。
年間走行距離5万キロ以上、長距離トラックの運転手さん並みの走行距離を悠々とドライブして暮らしておられると言う。

 アメリカのドクターでそういう方がおられたことを思い出した。
隣の町までフリーウェイをひた走って幾つかの病院を掛け持ちされてたり、エアラインで往復されてたり、かの国の広さを思い出した。

 もしかしたら?と思って、
「アメリカでお住まいだったことがおありですか?」
とお尋ねしたら、
「数年、ウェストウッドビレッジに。」
との返事が・・・

 その柔軟性豊な発想やライフスタイルが、即座に理解できた。

 ここんとこ、ちょっと固まりかけていた私の思考回路が、即座に融解してゆくような風が脳内を吹き抜けた。


 熱いシャワーを浴びた後の爽快感に似た感覚。


 ガンの闘病後、長らく私は田舎町に住まいしているのだけど、心ここに在らずに飛翔しようとし続けて来た自身の意識に気がつく。

 この意識があるから、朱に交わっても赤くならないずに生きれるんだ。

 いつだってそうだったように。
多分、永遠に、そういう感覚を持ち続けている限り、周囲に染まることはないのだと思う。

 物事に適応したり集中することは得意だけど、適応力や集中力が強ければ強い程、どこかで意識を開放しておかないと、バランスが悪い。
 過適応や集中できる能力は、どこかで意識を開放しておくことができる能力に比例させるのが最善の方法ではないのかしら。

 タイプcの特性のリスクから逃れるには、性格を変えること以上に、意識のベクトルを多方向に持ち続けることが有効ではないかしら?と思う。

 
 今は、年齢を重ねた上に、大病や介護や看取りという人生の大仕事をこなして来た分、体力の弱りもあるし、若い頃のようなバイタリティーを復活させるのは無理だけど、人は、年齢を重ねた分、居ながらにして、意識のベクトルを自由に変化させ続けるに十二分な素晴らしい経験と思い出の閃光を宿すことができる。


 時の流れは、砂金のように美しくきらめく思い出を、心に積もらせてゆくものですね。

 もう40年程前に、ナッツベリーファームで、砂金掬いをしたことがありました。
川底の砂をざるに掬って、水の浮力を利用して砂を上手に振り落として、沈んだ輝く砂金だけをザルに残すには、少々訓練が必要でした。
 手慣れて来ると、1時間程でガラスの小瓶に一杯の砂金を手に入れることができました。

 人生で過ごしてしまった時の砂金をどれだけ心に掬うことができるかは、人それぞれの修練の賜物かもしれません。


 猛暑の朝食には、フルーツが最高です。
 程よく冷やした夏の贈物の大きな夕張メロンをざっくり4つ切りにして頂いていると、サンフランシスコの安ホテルを抜け出して、お隣のフルーツショップで胆嚢した、より大きな二つ切りの甘くて柔らかいメロンの果汁ほとばしる朝食を思い出しました。

 新しい感覚を磨く機会が次第に少なくなってゆく年代であっても、ほんのちょっとした日常の幸せの鮮明な記憶の閃光が、どれほど心を豊かに幸せにしてくれることでしょうか。
 言葉に尽くせない感動を、人の脳は、何度も蘇らせ味わうことができるのです。
 
 
 残り少ない人生の時間であればあるほど、心身が不自由であればあるほど、人生を数倍楽しみ濃厚な幸せを感じる至宝が、ここにあります。

 
 人生の仕舞い支度にも、無暗な断捨離は厳禁です。
幸せな時の思い出を宿す物は、生命がこの世を離れるまでは、いつまでも身の回りに大切に置きましょう。

 その瞬間は悲しいとか腹立たしい感情だとかが先走って、所謂「ときめく」感覚など感じなくっても、やがてマイナス感情が昇華された時、過ごしてしまった時間を宝物にするのか、忌まわしい時間に過ぎないものにするのかは、それぞれの気持ちの持ち方でしょう。

 できる限り、有り余る人生の時の砂金を煌かせながら、残された人生のより円熟した濃厚な幸せの時間を過ごしたいものです。


 
 
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