夕刻、裏庭に出た。
お昼間の時間が短くなるシーズン。
ここ1週間程で、大気に冬の香りが漂い始めた。

 裏山の欅林は、既に紅葉を過ぎて木の葉を落とし始めている。
大きく深呼吸をしながら、宵闇の空を眺めていたら、
最も北側の欅の木の枝のシルエットを浮かび上がらせて、月が昇り始めた。
満月に近いまんまるなお月さまの光が映し出す、欅の枝の伸びやかさを、私は、ぼんやりと眺めていた。

 今年の2月以降、コビットの流行で、何かと変更を余儀なくされたことが多くあったし、トラブルも幾つか発生して、やっと一息ついた今日。
卵巣がんに罹患した時の衝撃よりはかなりマシではあるけど、人生には、本当に様々な難儀が降りかかるものだと思う。
気を緩めた途端に、疲れを自覚した。

 月のあかりに、医療者の友達への思いを馳せ、どうか無事今年が暮れ、少しは落ち着ける新しい年が明けることを祈った。


 その時、ふいに、気の迷いに襲われた。

 あれ?月の出の方角が違うのじゃない?
こんなに北側から昇る月を見るのは初めてだ。

太陽も月も東から上がって西に沈むという思いこみが、脳裏に浮かんだ。
今、私が見ている月の出の方角は、北東なんだけど。
夏の日の出はこの方向だけど、冬は南東側から昇る。

 中学時代に、学習した黄道を思い出した。
太陽も月も略同様の動きではなかったのかしら?
だとしたら、このシーズンは、南東から昇るはずじゃないの?
 と、一瞬、とってもおバカなたじろぎを覚えてしまった。
そして、私の脳は、暫く、この壮大なおバカな疑問に迷走した。

 ウィルスの発生と言い、この地球環境の変化の激しさは尋常ではない。宇宙の摂理に何か問題が発生しているのじゃないかしら?

 もしや、地軸が変化したのでは?
否、宇宙の変化は光年レベルなんだから、そんなことはあり得ない。
 もしや、私宅周囲の地殻が変化したのかも?
否、これも地球の地殻変動はよくあっても年間数センチ程度だろうから、たった50年のスパンで、自覚できる現象が発生することなどあり得ない。

 ・・・私のこの疑問は、どこかが間違ってる。

 今、私は、太陽と月が昇る位置は違うって事実を見ている。
太陽は恒星であって、月は地球の惑星。
ということは、太陽の黄道とは、月の動きは、異なるはずだ。

 頭の中に、太陽と地球と月が存在する3次元の宇宙空間が広がった。

 地軸が公転軌道から20度ほどズレてるから、太陽は夏には天頂高く昇り、季節に従って日出と日の入りの時間と位置もずれる。

 ああ、そうか!
地球の自転軸が、太陽の周囲を回る公転軌道から20度程度傾いていて、月は太陽の光を反射して、地球上から見える。つまり、月・地球・太陽の位置は、夏と冬では逆になる。
地軸が傾いている側に月がある冬は、天頂高く昇り、地軸が傾いていない方向にある夏は低くなる。

 
 と、気の迷いを払うまで数分も掛かってしまったことに、すっかり落ち込んでしまった。
今年はまだ暖かいとは言え、裏庭から冬の月を見るのは、初めてのことだったてことにも気がついた。

 天文学に詳しい友人にお願いして治して頂いた、古いけど、ちょっと性能のいいマニアックな天体望遠鏡を、取り出してみた。
大気が澄みきる冬の夜空の美しさに、心が誘われる。
 この冬は、ほっこり着込んで、星空を眺めたい。


 寒い季節に向かいます。
今年は、特に、風邪をひかないように、あたたかくしてゆっくり過ごしたい年の瀬です。