endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

2012年05月

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。


きらめきの季節

 軟らかな木の芽が艶やかな新葉に育ち、初夏の陽の光にきらめく季節の到来です。
これから夏に向かって、大自然の生命の息吹が大気に満ち満ちてゆきます。

 あふれる生命の力を深呼吸すると、心身が蘇る気持ちがします。

 生命は一体何度同じ季節を生きることができるのでしょうか?

 生命の時間は、種類や環境や個体によって様々に異なります。
それぞれに異なる時間を生きている生命体が、同じ時空の中で出会うことに思いを馳せるとき、
全ての生命そのものが、時空に輝きを放つことを感じます。

 特に、死に至る生命を実感する度に、
人は、忘れかけていたあらゆる生命の輝きを見ること、知ること、慈しむことを思い出すように思います。
 
 蝶が舞い、上げ雲雀がさえずり、天空を鷲が舞う。

 この大地に住むすべての生命が、生命を楽しむ季節の始まりです。


 予定を超えて、長いブログになってしまいました。
このブログを恐る恐る描き始めた頃、未だ、恐ろしさを感じていた「ガン」という病名の響きに、恐怖感よりも親近感を強く覚えるようになりました。

 過日、5年ぶりに、とある都市を訪ねた時、その街の様子がすっかり変わっていたことに時代の流れの速さを感じました。
 時代の流れは、加速度を増しているようです。

 ガンという病名が持つ響きは、5年前よりも、現在の方が明るい光に照らされてきているように感じます。

 日本での卵巣ガンの罹患者は、1年に7000人以上だったかと思います。
従来から比較的日本には少なく、欧米に多く発症例があり、近年になって、日本での患者数も増加傾向にあることから、その原因は、欧米化した食生活や女性の社会進出等に伴うストレスの増加だとも言われたりもしています。
 私自身の病状経過からの全く個人的な独断的な所感として、近年の検査機器の発達や、不妊治療の普及に伴う婦人科受診の増加により、ガンの発見率が高くなった結果、卵巣ガンに多発する下肢静脈血栓から肺静脈血栓で亡くなる前に、このガンが発見される率が高くなった部分もあるのでは?という気もしたりもします。

 現在、私は「完解」と呼ばれる病期にあります。
これは、完治を意味するのではなく、ガン細胞がどこかで大人しく眠り続けているという時期なのか?、全く無い状態なのか?、神様のみぞ知るという状態です。

 卵巣ガンは非常に少数派であることで、社会的な認知度はまだまだ低いと思います。予後の状態についても、個々に差異が大きいですし、予後に経験する幾つかの症状についても、日本では、概して社会的認知度が低いように見受けられます。
 
 今年は冬が長く、ここ数日で急に気温が上昇したこともあってか、ホットフラッシュについての記事へのアクセスを多く頂いています。

 先日、アメリカドラマの「デスパレートな妻達」を見ていると、更年期に差し掛かった女性が、17歳年下の恋人とデートしている時に、突然、ホットフラッシュの熱波に襲われるシーンがありました。
 病後、私はすっかりアメリカドラマに嵌っていますが、そこには勿論ガン患者も登場するし、日本では見向きもされない女性独特の微妙なシーンが、さり気に挿入されていることに、見ごたえのあるリアリティーを感じます。

 今年で5回このシーズンを経験してきた私にしてみると、ホットフラッシュは、もしかしたら、ある意味爆発的な生命のきらめきの瞬間ではないかと・・・、
 症状的には辛いものですが、生命体に生じる熱波は、新しいきらめきのシーズンの始まりを告げるサインなのかもしれない予感がする季節の始まりです。
 
 生命を楽しみましょう!

在宅ケアプランことはじめ・2・「サバイバルに必要な用意」 

 もう随分前になりますが、友人を自殺で失くしました。
このような記憶はとても辛いのですが、彼女は「セルフ介護」の達人であったことから、彼女の物語を少しご紹介させて頂きたいと思います。

 彼女は、当時30才を迎えようとしていた。
小柄で華奢で美しい、非常に聡明な女の子で、20代半ばからトレーダーとしてその名を馳せ、常に数億単位の株を動かし、彼女自身もその頃既に、数億の資産を形成していた。
 ちょっと難しそうな仕事のイメージとは異なり、いつも、流行の最先端のお洋服を纏い最前線のヒット曲を聴いてトレンドを追いかけていたのを不思議に思って、何故?と聞いた時、「時代の断層を読むことが自分の仕事だから」というクールな答えが返ってきたことを鮮明に思い出す。
 当時の彼女の投資は地味な銘柄が多く、手法も堅実そのものだった。常に直感を研ぎ澄ます努力をしながら、確実な確率を追求してゆくことが、プロとしての才能なのかしら?って思ってみたりする。
 また、彼女の美術や芸術の教養は素晴らしく豊かで、日常的に来客を喜ばせることが好きだった。
彼女は、ウオーターフロントの高層マンションの高層階の広いマンションに住んでいて、来客用に設えた一室を、訪れる来客に合わせて模様替えして、相手の趣味や年齢に応じて心地よく感じる空間でもてなすことを趣味としていた。ヨーロッパ調の室内装飾であったかと思うと、暫くしてゆくとオリエンタルなイメージに変わっていたりした。その日、その時、相手に応じて自由自在に空間を変化させ、美味しい食べ物や飲み物を用意することに幸せを感じると言っていた。
 BGMや香や生花や食器等等、入念に、丹念に、相手が心地よいと感じる心の琴線に触れる「もてなし」を考え「設え」てゆく。
 彼女の部屋を訪れた人は、まさか自分の来訪の為に、彼女がそこまでの労力を使っているとは思わなかっただろうけど、彼女が多くの顧客を有していたのは、そのような必要経費以外の心尽くしの賜物であるように私には思えた。
 人並み外れた努力と、優れた直感に基づく、思い遣り溢れる心遣いが、彼女にその資産運用を依頼していていた人々の心を捕らえて離さなかったのだと思う。
 
 ある日、彼女に脳腫瘍が進行していることを、私は彼女から聞いた。以前から持っていた腫瘍が動き始めた状態であるようだった。
彼女は、シングルで、家族との縁も薄く、パートナーもいなかった。通院の付き添いを申し出たのだけど不要とのことであったので心配が募っていた。彼女の近隣に住む友人達もヘルプをかって出ているが受け付けない状態とのことだった。

 気になるので見舞いにゆくと、彼女は、既に仕事から退き、それまで所有していたマンションも売却し、賃貸の2DKに引っ越していた。
 特殊な病状と、彼女自身にもう入院はしたくないと言う拒否感が強かったことから、彼女は、入院生活を選ぶことなく在宅での闘病生活を選択したとのことだった。
 部屋は、まるで病院の特別室のように療養に最適な設えに改装されていた。
DKの壁面全面に設えられた棚には、様々な種類の飲料水や栄養補給飲料、栄養補給食品やレトルト食品がコンビニエンスストアの店内にいるかのようにずらりと並んでいて、3台用意された冷蔵庫にも冷蔵や冷凍食品が1年分程あるんじゃないかと思えるくらいに各種様々、数多く詰められていた。
 部屋の中に揃えられた飲料と食料の多さに、その時の私は、闘病生活中に生じるであろう食料品の切実な必要性に気が付かずに、まるでシェルターのよう・と、とても驚いたのだけど、今振り返ると、あの部屋は、類稀なる聡明さと冷静沈着さを持ち、心づくしの最上級のおもてなしまで出来る彼女が、自分のサバイバルの為に用意した心づくしの部屋であったと思う。
 とは言え、私は彼女に疎んじられるくらい、何度も何度も、入院を勧め続けた。

 その後、彼女は、殆ど独力で闘病生活を生き抜いているようだった。
誰か、せめて身の回りのお世話をしてくれる人にきてもらったら?と進言したのだけど、彼女はその進言も決して受け入れることはなかった。彼女は友達も多かったし、数億の自己資産も持っていたので、その気になれば至れり尽くせりのケアーとヘルプを用意することはできたし、充分に看護師や医師の往診もお願いはできるはずだった。その拒絶は彼女独特の哲学があってのことのようだった。
 それからも、何度か電話はあって、いつも長い長い話をした。
彼女がそれまで生きてきた詳細にわたる人生の物語を、私は聞き続けた。
 あなたは私の人生の記録なの。人間は自分が生きてきた記録を誰かに残したくなるものだから。と。
やがて話が現在にたどりついた時、もう、これでいい。これで、私の記録は残したから、と、彼女は言った。
 
 何日かして、真夜中に電話があった。
それまでの彼女とは違って、体調がいいとのことで、ちょっと明るい口調だった。
 その時もまた私が入院を彼女に勧めた事をはぐらかすかのように、とりあえず、あしたそちらに遊びに行く。そちらにゆくね。と言って、彼女は電話を切った。

 実は、彼女は、この後、それまで、幾つかの精神科や心療内科をはしごして集めた睡眠薬を大量に服用して、自害してしまったのだった。
 1週間後、その訃報が突然、私のもとに届いた。
彼女は、最終的に、自らに訪れる自らが許容できる範囲を越える病状の悪化が訪れる一歩手前で、その人生を閉じたという知らせだった。息が絶える前に訪れた恋人の腕に抱かれて病院へ運ばれたらしいのだけど、甲斐なく、恋人が見守る中で臨終の時を迎えたという。
 多分、彼女の最後の記憶は、遠ざかる意識のまどろみの中で最愛の人の腕に抱かれたことだろうと思えることが、せめてもの慰めだった。

 彼女の訃報を受けた時、私は、ただただ、号泣した。
人生には泣くことしか出来ないことがある。
彼女は彼女の意志による判断を行ったのだと思いたかったが、余りにも無念すぎて、涙が止まらなかった。
 そのような生命の終わり方は、鮮明過ぎる。どうしようもない悲しみに閉ざされる。
できることならもう周囲がうんざりするほど長い間、十二分な医療と看護と介護を受けてから逝ってくれることが、この世を去り逝く人の、後に残される者への思い遣りではないかしらと思えてくる。
 
 
 さて、今、介護環境という視点から考える時、私は、自分の身に病気を授かったことを知った時点で、狼狽とその恐怖のパニック状態に陥って、冷静な予測と準備が全く出来なくなっていたことを思い出す。
 その結果、退院後の生活が悲惨な状況に陥って、初めて、 サバイバルに必要なモノは、まず、食料だと思い知ることになったのだけど。

 私は、今も眠る前にベッドサイドにペットボトルに入れた水を用意して眠る。
でも、再発や他の傷病に罹患して再度療養を余儀なくされた時、療養に相応しい生活環境と飲料と食料の確保は忘れたくないと思うのだけど、彼女のように冷静で周到な自分の未来に対する危機予測と覚悟とその対策が出来るかどうか、その余裕が持てるかどうかは、甚だ疑問だと思う。

 ということで、介護のことはじめ2として、豊かな種類と量の食料と飲料を身近に確保する・とういう、私には思い至らなかった「必要不可欠なモノ」を書き留めておきたいと思いました。
 
 先に逝く生命に心から合掌させて頂き、今与えられている命を、いつか逝くその日まで、どうにか頑張って生きてゆきたいと思う。
 

シングル介護?・・・介護学がない?!

 最近、介護というテーマに傾きつつあるブログのついでに、ふと、シングル(独り身・単身者)で誰かの介護を行っている人々はどんな感じなのかしら?こういう問題は社会的にどのように考えられているのかしら?・・・って思ってググッてみた。
 既に数年前にNHKで「シングル介護」というテーマでのドキュメントが放映されていたらしく、やはりかなりシリアスな問題が進行しているようだった。ある女優さんが母親の介護疲れで自殺された事件についてのサイトも未だ幾つかあった。

 独身・離婚者・死別者等、単身者が1人で老親の介護を引き受ける場合、自身の人生も経済的生活も崩壊させざるを得ず途方に暮れ、転落の人生に追い込まれる・・・というのが多くの現状のように伺えた。
 確かに、身近にも、親の介護の為に介護休暇をとったり、離職したり、失業したり、離婚したり、最悪なのは、心中や介護暴力や自殺、そこまで至らなくても、親を看取った後にうつ病や引きこもりに嵌ってしまって、自分の人生を殆ど放棄する状況に陥ってしまった人が何人かおられる。同級生でも、親の介護の為に自身の通院が出来ず重大な疾患の発見が遅れ、介護する親より早くこの世を去った人もいる。
 今の公的介護の現状では、老齢化の進むこの国では、本当に社会的介護の闇がもたらす弊害は大きくなる一方ではないかと危惧される。

 と、嘆いてばかりはいられない。
 あれっ?それじゃ、介護保険は何の為に創設されたの?
介護保険制度は、確か、介護が必要な人々を社会で支えようっていう社会制度であったはずよね?
だから、国民は等しくその制度を利用することができるのだけど?
と、私は多大な疑問を感じてしまった。

 様々なサイトを見ていると、「シングル介護」の発生の原因には大きく分けて二つの傾向が見られる。
 一つは、個人的な価値観の問題。
 日本と韓国というアジアの二つの国は、世界の中で際立って家意識が強い精神文化を持っている。「引きこもり」という精神的症状は、欧米では殆どないと言われてきたし、家制度を基本とした戸籍もこの二つの国の特徴だと言われている。両家の結婚?という奇妙な形を取っている結婚制度も未だに存在している。
故に、家族の問題は家族内で、家族の介護は家族で、という閉鎖的思想がこの国の潜在意識に面々と続いてきた歴史があり、私宅に他人を入れるのを嫌う風潮も未だに強い。
 二つ目は、介護保険提供者側の問題。
 何度か取り上げてきた「同居家族がいる場合における生活援助」の可否判断が、シングル介護の問題性にも及んでいなかったという自治体行政側やケアマネ等専門職の社会問題意識の欠落した判断もあるようだ。
 介護の相談サイトで、何件か見かけたティピカルな事例では、「親の介護が心配だけど、一緒に住むと在宅での介護保険サービスが受けられないようなのでどうしたら?」という問いに、専門職から、「近所に住んでも受けれないことがあるので、ちょっと離れたところに住んで様子を見に行く程度がいいです」という内容の答えが返されている。また、「同居している親の介護が必要となったが、このままでは、仕事にも影響が大きすぎるので、別居すべきかどうか?」という問いには、「施設へ入れてあげるのが一番です」という答えが平均的に返されている。(確かに、現状の在宅介護の状況を見ていると、施設への入所は究極の選択肢だと私も思うけど、出来る限りは自宅で、というのが、利用者本人の基本的人権にも叶うし、介護保険財政上もベターなのだと思う。)
「同居家族がいる場合でも事情に応じて生活援助は受けられる」という厚生労働省からの数回の通達が、如何に介護専門職や自治体に周知されていない、或いは、「サービス渋り」や「払い渋り」が慣行となっている状況が見える。 
 ご参考までに、ケアマネ専門職に講義をされた厚労省の介護サービス指導官が、自治体に介護保険の主旨や意向を普及させる為にどれほどご苦労されているか、が、よく分かるサイトがあったので、こちらに、ご紹介いたします。
 http://www.eonet.ne.jp/~ombudsman/masutakeamane1-07.7.15

 政府レベルでその誤りを正そうとしなければならないような想定外の判断が、何故自治体でこのように頻発しているのかしら?
と・・・この辺りは、何かしら、「施設誘導型介護サービス」という、ちょっときな臭い裏舞台が垣間見えるのですけど、この詳細についてはまた別の機会に譲ることにして、一方で、今までの私の経験を顧ると、現在の在宅介護に関わるヘルパーさんの存在を、行政やケアマネも余り信頼していないという意識の顕れでもありそうにも感じるし、施設に預けた方が安心&安全だという責任回避意識も感じられてくる。

 
 介護の世界の闇の深さを感じさせる現場の混沌状態に直面した私は、ググッたついでに、介護現場のコンプライアンスと介護業務の基本になっているであろう「介護学」という学問をウキペで探してみた。 
 ら、なんとまあ俄かには信じられないことなのだけど、介護現場の混沌状態が当然と思えるがごとく、介護についての学問がない!?という由々しき現状を知った。
 看護学があるのだから・・・という理由らしいのだけど、現実的に見て、看護と介護はその守備範囲に違いがあることが分かる。
看護は、傷病状態で治療や処置やケアーを必要とする人向けに施される行為であるけど、介護は、看護よりもずっと幅広い世界をら網しなければならない。その内容を調べてみると、看護はケアーで、介護はヘルプだ。
 私が見てきた範囲の田舎町の介護現場を見ていると、現在の介護保険サービスの提供による介護保険費用はうなぎのぼりに上昇傾向なのは、勿論老齢者の増加という主因があるのだけど、介護保険のグレーゾーンと呼ばれている部分の運営が不適切な自治体が多い上に、学問的未熟さで自立支援が実現できないという問題が大きくあるように見受けられる。
 理論がない砂上のサービスが、介護保険サービス内で横行しているという奇妙な状態が透けて見えてくる。

 現場を支えなければならない基本的な専門知識や理論を構築しないまま、とりあえず「生活援助」や、「身体介護」や、「訪問リハビリ」そして、現在、最も介護保険財政が消費されている施設利用・ディケアサービスや老健や特養などの各種施設サービスが展開されてきた???
 
 出来る限り在宅で・という方向は、今後の介護保険財政の健全運営には、時を待てない必要不可欠課題だ。
なのに、その在宅で、或いは、ディケアサービスで、どのように自立を支援してゆくかという基礎的知識や方法論が見えないない状況なのだとすると、介護保険サービスを受けても、場当たり的なヘルプや隔離的お預かりサービスが常態化して、結局、政府が推進する自立支援には一向に進まないのじゃないかしら・・・

 私が、介護のことはじめ・という記事を書き始めた原点は、自身の闘病生活経験の苦労からの学習なのだけど、その分野の専門の先生方がそうしたテキストを作ってくれるのが、日本の介護現場で本当に自立支援が可能になる近道じゃないかしらって思う。

 介護保険財政がこれ以上逼迫しない為にも、一刻も早く、日本という国の現状に適した「介護学」が建学され、その介護のテキストが完成し、専門職各位にそうした知識と方法が普及されることが、心から祈念されます!



 

 
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