endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル?

2013年07月

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。いつ死ぬかもしれない・・・と思いつつ生きてきた10年が過ぎて、完治?宣告を頂きました。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

公的介護の重大問題・追求されるべき行政責任!

 何年ぶりかで、私は上京していた。
2泊3日の予定が、スーパーケアマネの先生からの電話で呼び戻された。
最終日の午後には、少々重要な仕事の案件が入っていたのだけど、気もそぞろに帰郷した。
お願いだからキャンサーサバイバーの社会復帰にも支援がほしい!と叫びそうになった。

 母の状態が危険域に達し入院の必要性が発生したことの知らせだった。

 母は身長が155センチ、6年前の体重は46キロであった。
物忘れが頻繁になって要介護2という認定が降りた2年前から体重が減少傾向にあった。

 当時、私は、母の私への依存傾向がこのまま進めば、間違いなく、シングル介護の悲劇に陥り、私の健康の回復にも、母の在宅介護にも支障が大きくでることを予測していた。
 それで、当初私が考えた方策は、私に集中している母の依存を、何人かで分担するべくスタッフを揃えることだった。

 少なくとも、私は、一応の社会経験があり、自営業のキャリアで生きて来た。幾つかの事業のプロジェクトリーダーも経験した。少なくとも、社会的常識と職業的常識は、人並み以上にもって生きて来た。
 それまでの私の常識の範囲において、介護保険法と地方自治法、厚生労働省の数々の通達に目を通した時点では、老母の介護は、一つのプロジェクトを完遂することだと理解され、その為に様々なツールが用意され、素晴らしい専門職まで存在するはずであり、このプロジェクトのパラダイムとベイシックな理念の確立には、自身が経験しているガンの闘病後の社会復帰という、何の支援もない単独プロジェクトほどの労力も手間もかからないであろうと思われた。
 
 ところが、私の住む田舎町の介護の世界は、私がそれまで生きて来たビジネスの世界とも医療の世界とも全く異なるコンプライアンスもモラルも無い世界だ・・・という事を知ることになったのだ。
 真面目に仕事をして生きて来たことがバカバカしくなる程、私の常識はもしかしたらかなりレベルが高いと思わざるを得ない程の衝撃的な事件に遭遇することになったことは、既に記録してきたとおりである。、

 ここから、私の介護の苦労がスタートした。
最もの問題は、公的介護は、利用者が自分でスタッフを選べないという点にある。
 上から目線で、包括支援センターが、ところてん式にその癒着業者のケアマネを紹介し、ヘルパーや、ディサービスセンターを紹介するという、独占禁止法も、消費者苦情センターも及ばぬ暗黒世界なのだ。

 今思うと、誠に奇妙な発言なのだけど、包括支援センター長の口癖はこうだった。
「受けて頂けるかどうかお尋ねしてみます。」
これは、ケアマネがその利用者を担当できるかどうかを尋ねるという意味なのだけど、この町では、この言葉に象徴されるように、介護職、全てが、一体何様かしら?と思う程の上から目線だった。

 田舎町の介護の現状については、思いつく時々に、記録してきたのだけど、私が病床にあった時点から、包括支援センターなるものも、町の介護保険課も福祉課も、殆どなんの役にも立たない体たらくであった。
 それでも、6年前は、まだ、課長判断で、それまでヘルパーの派遣日数が週に1日であったのを2日に増やすという考慮がされていたことを思い出すと、その後の配置転換でその職についた面々よりははるかにマシであったのかもしれない。

 ことの発端は、この町では、「同居家族がいる場合における生活援助ができない!」と、2010年まで介護保険係長が確信していたという無知から始まった。
 厚労省から出されていた通達が、この町の介護保険係長が読んでいなかったと宣って以来、2年余りに渡ってこの町の異常な介護渋りとの闘いが始まったのだった。

 2年に渡って母と私が被爆してこの町の行政の介護渋りからは、隣町のケアマネの先生が担当となって対象外になったようだった。

 スーパーケアマネ登場で記録したように、このケアマネは、先生と呼ぶにふさわしい素晴らしい職能とご人格の持ち主であった。
 素晴らしいスタッフを従えて、それまで混乱の最中にあった母の介護計画を、ようやく正常化してくれた。
しかし、残念なことに、彼の従える優秀な隣町のスタッフを全て派遣してもらえるような余裕はなかった。
 その結果、当町の社会福祉協議会から派遣されることになったヘルパー達が不協和音を醸し出すことになった。

 土台、プロジェクトチームは、どんな仕事においても、一定のレベルのプロじゃない素人根性が少しでも混在すると決して成功しないという当然の結果が、今、目の前に呈されることになったのだった。
  
 母の体重が、限界体重とされる30キロを切ったのは、本人が少食であるという問題もあったのだけど、とにかく、週に3回夕食を担当したヘルパー達の調理が不味すぎたことが大きく影響したようだった。
 もし、私が彼女たちを嫁にもらったとしたら、3日ともたずに、離婚しただろうと思える不味さだった。

 スーパーの出来合いの料理や缶詰や、主婦業の経験もないキャリア女性の私が作る料理の方が遥かに旨いのだから、その調理能力は、論外と言えるだろう。

 と、母の介護を担当していたヘルパー達のプロ意識の陳腐さを連ねても、母の体重は増える状況にはない。

 老母にしてみたら、そんな陳腐なヘルパーをあてがった私に怒りが炸裂していたのだろうとも思うし、今もまだ、私に怒りと愚痴を向けている。
 更に、私が母の愚痴を受け止めて改善に走らなければ、更にその怒りが増すのが常であったし、腹痛を訴え、入院する!と言い出すのは、彼女なりの最上級の不安とクレームの表現でもあった。

 彼女の発想には、「娘がいるのだから、娘が美味しいご飯を作ってほしい」というニーズが根底に存在していることも否めない。
それを強化したのは、現実を把握しない思い込みアスペルガーの如きこの町の介護保険係長や包括支援センター長や歴代のケアマネが折に触れて発する同様の言葉の暗示の影響だった。

 社会は、人それぞれが得意な職能を活かすことで発展してきた。
プロは、その仕事に値する対価を金銭として得て、他の仕事を社会的に分業することで、この社会は円滑に機能しているのだ。
 私がすべき仕事は、実母の介護ではないのは明らかだ。現代社会に生きる誰しもに言えることだけど、この国の介護保険制度の最大の欠陥は、老親の介護を仕事とすることは、その子供の収入と社会的生命を奪うという点に集約される。
 運悪くガンに罹患した上に、このようなとんでもない介護・福祉行政しかない町で療養生活を送ったおかげで、老母の介護が降りかかり、体調の回復が望めないばかりか、自身の職能も発揮できない状態に苦悩し続けているのが私の実情なのだ。

 更に言及するなら、ガン患者の家族は、想像を絶する辛い思いをし、ウツ病にもなる危険にもさらされるという、医学界の常識すら、知らない余りにも不勉強で、専門分野への努力も研究心も持たない、福祉介護担当の行政官がいるなんていうのは、一般社会では、信じられない程重大な欠格事項なのだけど。それが許されている行政とは、一体どういう組織なのだろう?

 私のこの町の介護保険行政とその運営のあり方への怒りは、ここにおいて、頂点に達した。
しかし、今は、それを叩くことに力を使うことは極力避けなければならない。
第一の使命は、母の体重を回復させることなのだ!

 危険域に達したことを知った私は、専門のドクターの先生に、できる限りの知識のアドバイスを乞うことにした。、医学的見解と、介護の現実の狭間で私は苦悩した。

 医学と介護は繋がっているのだけど、次元が違うのだと思う。
医療よりも介護の方が人の生活に近い。
 介護学の充実なくして、健康の維持は成り立たないのかもしれないという思いが募った。

 闘病中に、私は、この国の介護と福祉のセーフティネットから漏れ落ちて、餓死しかけた記憶が蘇った。

 在宅介護に見切りを付けるべき時かもしれない・・・と私は実感した。
この国の介護の理念は素晴らしいが、痴呆自治体によってその理念すら捻じ曲げられている現状はもはや改善を待つ余裕がないのだ。

 彼らに改善という意欲がどれだけあるのかも疑問甚だしい。
井の中の蛙に大海を教えても、見えないものは知らないし、知りたくもないというだろう。

 そう、このようにして、この町では、利用者やその家族は、入院や施設利用に踏み切らなければならなくなるのが現状なのだ。

 しかし、老母を病院や施設に永住させるのはまだ早すぎると私の専門知識が言う。

 まだ、何かできることがあるはずだ。

 少なくとも、ここは、死ぬまで自宅で・・・というスローガンの下に介護保険制度が施行されている21世紀の日本国なのだから。。。

ヘルパーのレベルの差・仕事が出来るヘルパーの見分け方

 ケアマネがそうであったように、これほどの格差があるものだろうか?と思うくらいに、ヘルパーの格差はスゴイ。

 入れ歯の母にキャベツの芯をゴロゴロ入れた野菜炒めが供されたことはすでに記録した通り。
じゃがいもの煮っ転がしなるものという聞いたことのないメニューを作り出すその創造性の陳腐さは言うまでもない。
砂糖付けの豚肉の生姜焼きなどは、要介護者に対する虐待とさえ言える。
レトルトを混ぜただけのちらし寿司や、中華チマキを電子レンジでチンしただけで調理したと宣える根性は、もう、その自己評価の高さに絶句するものがある。
洗剤のコマーシャル通りに、フライパンを洗ったスポンジで食器を洗う。ヌルヌルの脂ぎった食器をもう一度正常に洗い直すのが、要介護家族に課せられる仕事となる。

 それが、まだ、20歳そこらの若造なら、救いはある。
30代を超えた主婦がやるんだから質が悪すぎるとしか言えないのだ。

 最も悪質なヘルパーの根性は、自己評価が高く、学習意欲がないということだ。
それが、プロとしての仕事なのか?なんて言った所で、聞く耳も持たない連中なのだろう。

 一方で、我が友人のヘルパーは、調理用に、マイ包丁とまな板とミキサーを常に携帯している。
料理人風のエプロンとキャップが一緒に彼女のバッグには、入っている。更に、手の消毒用の洗剤も。
彼女は、決して調理師ではなく、元OLのキャリアウーマンを経て主婦になった女性だ。
キャリア歴があるから、プロとしての仕事を知っている。
彼女の主婦業もプロ級であるし、勿論、ヘルパーとしての仕事もプロである。
 ブリの切り身を3つ買うとすると、一つは刻み食という調理をし、一つはミキサーにかけた調理をし、一つは、家族の為にそのままで調理をすると言う。
 このあたり、レベルの低いヘルパーが言い訳にしている「ご家族の分は作れません!」なんでいうコム損レベルの意識は全く持っていないのもプロフェッショナルだ。
与えられた時間内で、最善のものを最上級のサービス精神で調理するという。
その出来栄えが、彼女の喜びであり、彼女の作る食事を要介護者やその家族が食べることで、元気づけができるということが、彼女の仕事への満足感にも繋がっていると言う。
 
 掃除の仕方すら知らない、或いはとんでも手抜きなヘルパーがいる。
掃除は、上から下へするものだという常識すら知らない。
その言い訳は、ハタキかけは、ヘルパーの業務に無いと言う。大掃除はできないという。
一体このヘルパーはどんなレベルの掃除をして、暮らしているのだろうか?
彼女の家は、大掃除の日にしか、ハタキも掛けないハウスダストに満ちた家なのだろう。
とある事業所では、ルンバってあるから、あれが普段の掃除なんです!と言語道断の話を聞いたことがあった
 スラムと呼ばれるブルックリンに住む人間でも、そこまで酷い暮らしはしていない。

 一方で、上から下へは勿論、畳目に沿って、クリーナーを掛け、畳を固く絞った雑巾で拭いたあと、乾いた雑巾で拭くというパーフェクトな掃除をするヘルパーもいる。
そうしたプロの技術を持ったヘルパーの口からは、決して、ヘルパーの業務範囲ではないのでできませんという言い訳は出ない。時間が足りないので手が回らないという言葉はたまに聞くが、要介護者の生活範囲の掃除を実に事細やかにパーフェクトにこなしておられる。

 このレベルの差を見分ける最もの方法は、最初から言い訳をするヘルパー事業所やヘルパーは、最初から避けるのが賢明だということだ。

 苦労の末に、出会った出来るヘルパーは、決して、ヘルパーの業務範囲ではできませんなどとは言い訳しない。
ワンルームマンションから、田舎の一軒家まで、要介護者には様々な暮らしがある。
その暮らしに応じた生活があり家事があるのだ。その生活環境を衛生的に整えるのが使命であるという業務の基本を熟知している。
 マニュアルにこだわり、マニュアル通りにしかできないヘルパーは、ヘルパーとは言えない。
自分で業務管理も時間管理もできない家事手伝い者と言い換えることができる。

 よきヘルパーを見つける為の消費者の知恵は、できません!と堂々と言うヘルパーは決して雇わないことだ。
出来るヘルパーを希望する要介護者が増えれば、自ずと、ヘルパーのレベルは向上する。

 ヘルパーの質を向上させる為には、どんどん、介護苦情センターや消費者苦情センターに相談することだ。
お世話して頂いているから・・・と、下手に出たい気持ちになるのだけど、これを2年以上つづけた私自身の経験として、今になってわかるのだけど、要介護者の自己卑下意識がある限り、質の悪いヘルパーは永遠に向上することはない。介護の質は低下するばかりなのである。

 どんどん、苦情は公的機関に相談すべきである。
全ての国民が、あなたの苦情こそが、未来の介護のレベルアップを促す礎となってゆくことに使命感をもてば、介護業界の未来は素晴らしい躍進を遂げることが可能になってゆく。

 ケアマネと同様に、ヘルパーも要介護者が選ばなければならない。
その指標は、できないことを言うヘルパーを避ける。
 なぜなら、ヘルパーの業務範囲を杓子定規に読んでみると、歩く空間以外は埃まみれの部屋で、天井には蜘蛛の巣が張り、壁は汚れ、窓ガラスは曇り、テレビの画面も曇っている小さな部屋に寝たきりの要介護者の姿が映し出されるからだ。

 そのような生活は、我が国の憲法が保障する基本的人権を踏みにじった環境である。
ヘルパーの仕事は、日本国民が憲法で保障された基本的人権のレベルを保障することなのだ。
それも分からないおバカなヘルパーは、とっとと、ヘルパーの仕事を辞めて頂きたい。
勿論、ケアマネもそうであるが、特に要介護者と密接に関わるヘルパーは、おうおうにして、基本的人権を踏みにじる傾向が強い。

 一体何様?
 お嬢様。
 そう、お嬢様の家事手伝いレベルのヘルパーは、副流煙よりも、人間としての要介護者を抹殺してしまいがちな存在なのである。

 ケアマネ選びとヘルパー選びは、くれぐれも慎重に・・・
でないと、要介護者家族が、何年間にも渡って、失業の憂き目に遭うという悲劇に見舞われるのだから。

公的介護の質・ヘルパーの質の地域格差と企業格差

 ある日の夕方、私宅に帰ると、食卓で、老母が、無心に、砂糖と醤油で煮たじゃがいもを、それが無造作に入れられた食器の中で箸で突っついて転がしている。
その姿は、どうみても痴呆老人そのものだった。

「何してるの?」と私。
「何かな?」と母。

 私は、呆然と立ちすくんだ。
ここまで母の認知症が進んだのか?
  
 よく見ると、老母は、じゃがいもだけを砂糖と醤油味に煮てあるその料理を見て、それが何か分からなくて「何かな?」と通りかかった私に率直に尋ねたようだった。

 で・そのじゃがいもの煮物が一体何なのか、私にも訳が分からず、ヘルパーさんのその日の伝言帳を読んでみみた。私は、それが、「芋の煮っころがし」と言う料理名であることを知った。

 確かに、じゃがいもは煮てあるし、母がそのじゃがいもを転がしている・・・

 だけど、だけど・・・
 冗談もいい加減にして欲しい!と叫びたくなった。

 ヘルパーは介護のプロフェッショナルであるはずだ。
少なくとも、週に3回、夕食の調理支援に入ってくれている日は、私は母の夕食をプロの手にゆだねて、仕事復帰に専心できるはずだった。

 主菜は、なんと、私が買い置きしてある缶詰で、副菜に「じゃがいもの煮っころがし」というモノが配され、ちりめんじゃことわかめとキュウリの酢の物が付いていたのだけど、その酢の物のわかめは乾燥わかめが充分に水気を吸ってなくて、パサパサの状態でもあった。
 入れ歯の母には、とてもではないけど、その酢の物も食べられない。

 缶詰で夕食を済ませた母は、ヘルパーさんが作ってくれたオカズをどうしようかと思って、そのじゃがいもを転がし続けていたらしい。
 老母が私に言った。
「なんで、こんなの作るのかしら?」


 食材にも材料費が掛かっている。
貧乏性の私は、母の残したそれらを、もったいないから、できるだけ食べようとしたのだけど、{飢えるか食べるかどちらを選ぶか?}と言われるほどマズイ、アメリカのコンビニの弁当?を食べた時以上に惨めな気分になった。

 いくらなんでもマズすぎる!
だけど、この町の介護の世界の非常識に慣らされて、まあこんなものだろう・・・と思ってる私がいた。

 それでなくとも、この田舎町の介護保険係長と社協のケアマネ、包括支援センターの所長は、それが当然のごとく、娘さんがいるんだからして当然!と、私を洗脳するかのように、私に対して、或いは、母に対して、上から目線で同居家族がいる場合は家族がして当然!と呪文を述べ続けてきた。
 
 それは、違う!不当であり、不法だ!と分かりながらも、私自身、度重なるパワハラにどこか、洗脳されてきた部分が多くあった。
 奴らから受けた暴言や誹謗の数々が、私の心に忍び込んでいた所に、この町のヘルパーの仕事の質の悪さに慣らされてきた部分も大きかった。 
 

 週に2回母の夕食の調理を主として担当しているヘルパーの派遣企業は、この田舎町の介護業界を略独占化している社会福祉協議会である。
 ここのヘルパーは、、何度も、信じられないものを母の食卓に供するのだ。

 度々、普通では食べられない・考えられない調理や、ご飯にちらし寿司の素を混ぜるだけ、私が買ってきた中華ちまきをレンジでチンしただけのインスタント食品を作る?という常識では、決して「調理」とは言えないコト?を繰り返し続けていた。
 それらのヘルパーに自分の意思を表明できない母は、無言の抵抗として、ヘルパーが定時に来訪しても出ないことが何度か続いている。ヘルパーが来る時間に家から逃げ出してして帰ってこないという状態になったこともある。

 で・最初、母の行動の意味がわからなかった私は、何故かと思って、翌日になっても、母が手を付けていない「豚肉の生姜焼き」なるものを私が食すると、それは、恐ろしく甘く、砂糖漬けに近い味で、食べられるシロモノではなかったことが判明した。
おまけに、ヘルパーが作る料理なるものが、それを料理と呼んでいいものかどうか分からない程、インスタント食が多すぎた。
 最初に、それらのヘルパーが来るようになった時に、私が味見しておけばよかったのだけど、一応、礼儀上、それは失礼かと思ったので、遠慮していたのがまずかったようだ。
 私は、一応社会人としてのモラルを持っているので、礼儀正しく接してきたことが仇になったようだ。

 何度か、母の食べ残しを試食するうちに、普通の味覚を持つ人間が調理したとは思えないその味に、「味盲」という疾患が思い浮かんだ。
しかし、ヘルパーが味盲であったとしても、大人なんだから、計量スプーンを使うことも出来るし、それが無理でも、老母に味付けを聞くことは出来る。

 現在社会では、学校給食が行き届いている。
その学校給食を食べて育った世代であれば、当然、普通の食事というものを知っているはずだ。

 私は調理という作業を職業にしたことはない。
主婦業もしたことはないのだけど、これらの夕食を作っているヘルパーに比べたら、私は、遥かに素晴らしく美味しいまともな料理が出来ることを自慢できるレベルにあるとさえ思う。
 彼女らに、私が、調理の基本を正すと、彼女らは、私のレベルが高すぎると言う。
彼女らに言わせると、私はプロ級の料理人の如くである。

 カレーやシチューを作る時には、常識的に、肉を炒め、野菜を炒めてから煮込むということすら、彼女らはしない。
で・その方法を指摘すると、そこまで求められるのはレベルが高すぎると言う。
 私は、調理は得意ではないが、それらの煮込み料理を作る際には、まず、ガーリックを炒め、肉を炒めて、野菜を炒める、そして、そこに、水を注いで、ベイリーブを入れて煮込む。煮込んでいる間に、キッチンの片付けや掃除をちゃっちゃと行う。サラダとデザートを作って、ついでに、佃煮や漬物等の常備菜も仕込む。
 肉の種類にもよるけど、普通は、そうしている間に、1時間足らずで美味しいシチューが出来上がり、キッチンもきれいに片付き、常備菜まで整う。
 そんな簡単なことが、彼女らには出来ないのだ。

 こんなとんでもヘルパーが来るくらいなら、私が作る方が短時間で済むし安上がりである上に気楽で楽チンである。
と、短絡的についつい思ってしまうのだけど、家事手伝いのお嬢様のようなヘルパーが到来した後のこうしたフォローを私が行い続けると、ヘルパーのヘルプをしている私こそが介護を仕事とすることなって、自身の仕事復帰はできないばかりか、このままの状態が続くと社会的に私が破綻する。

 6年も失業状態を持ちこたえてきた今は、誰がどう考えても、私は、自分自身の復活に集中すべき時である。
それでなくとも、日々の、母の認知症状への対応と、そのフォローだけで、一日の多くの時間が消費されているの現実がある。
 せめて、これらのとんでもヘルパーのヘルプに当てている私の時間をなんとかして減らさなければ、私の人生の新生は不可能なのだ。

 回復してきた体力と気力の全てを、自身の回復と、次の本格的な仕事に投じなければならない限界の時を、老母の介護と、この怠惰極まりない田舎町の公的介護の不法状態と、とんでも業務のフォローと改善に浪費させられて、既に2年が過ぎたのだ。

 今になって、知ったことだけど、元来、私が抗がん治療中の寝たきり生活時、本来であれば、障害者手帳の申請や介護申請が出来たと聞く。
 そうした社会福祉の利用方法も、行政やこの町のケアマネに相談しても、誰も教えてくれないまま社会のセーフティーネットから放置された状態で持ちこたえてきたことを考慮しても、いくら我慢強い私であって、そろそろ、時限爆弾の爆破のカウントが始まっていた。


 過日、私の脳裏に去来していた、介護関係者による暴言のフラッシュバックの原因は、これだった!

 そう、『地獄の連想ゲーム』の心理的原因は、自責の念であった。
ガンという病魔に倒れた自分への自責の念が異常に強いことを、あのゲームが、私に警告したのだった。
 私は再び、タイプC独特の責任感の強さで、自責を始めていた。
介護関係者から受けた暴言のリフレインは、本来なら、この町の介護関係者や行政に向うべき、義憤が、あまりにも不出来なこの町の介護行政と、ヘルパー達の所業に被爆しているうちに、そのありえない状態への義憤が内向して、自責の念に変化していることの警告であった。 
 
 
 まったくもって、老母が、時給2000円以上の対価を支払って受けている公的介護ヘルパーの質も、8000円もの大金を支払っているディサービスの質も、とんでもなく低すぎるのだ。

 夕食時のヘルパーが作った料理を母が食べない事に気がついた時は、私がテキトーに用意するという二度手間がかかる。
 朝に入ってくれていた民間事業所の正規のヘルパーさんが夕食の分まで美味しい食事を作ってくれていた時期があって、彼女の活躍によって、夕方のヘルパーの怠慢が目につかなかったという状態もあったという部分もあったのだと思う。

 おまけに、私が、ヘルパーが来ない日の食材に、と、買い置いたものを、社協のヘルパー達は勝手に使う。
材料は適当に使ってくれてもいいけど、その材料が、それらのヘルパーの手に掛かると、食べられないシロモノに化けるのだから、たまったものではない。
 ある時は、「ブイヤベースの材料」と表面に書いてある冷凍魚介類を、なんと、コンソメスープの素だけを使って、キャベルの短冊切りを浮かべた魚介類のコンソメ煮にされてしまったこともあった。
勿論、ホールトマトの缶詰も白ワインも、トマトも用意していたのだけど、そもそも、コンソメ味のブイヤベース???という発送自体が私には意味不明としか言いようがなかった。
 それに、その日は、冷蔵庫を開けたらすぐに目に付く所に、ヘルパーの調理用に、貝柱ときのこのソテーができる材料も用意していたというのに、何を思ったか、とんでもない奇行が生じたのだった。
 
 これらの異常さにたまりかねた私が、どんな材料を用意したらいいかを尋ねても、あるもので作ります!と公言するだけで、どんなメニューがお得意ですか?と聞いても、分からないと言う。

 母のボイコットも激しさを増した。
それで、1か月前に、スーパーケアマネの先生もその異常さに気がついてくれて、夕食の調理援助を担当するヘルパーを派遣している社協に要請してくれた。
 事態を改善するとその上層部は固く約束した、それでも、全く改善が見られないのだ。

 
 朝のヘルパーさんは町外の都市部から派遣されてきておられる。
彼女の仕事には、プロとしてその対価を十分に認められる質がある。
私自身、多くのことを彼女から学ばせて頂いている。

 それに引き換え、夕方のヘルパーは、介護専門職という以前に、家事手伝いのお嬢様がお越しになって、勝手にお台所を荒らして帰られるという状態なのだ。
 その下僕が、介護家族である私という状態なのだ。

 どう考えても、違うだろう?

 老母の容体をヘルプし、その生活環境を良好に改善するのがヘルパーの仕事だろ?

 ヘルパーを要介護者の家族の家政婦変わりに使ったコムソン事件の真逆の事態がこの町では、現在進行中なのだ。ヘルパーが要介護者の家族を、ヘルパーの家政婦替わりにお使いになられておられることに気がついているのかかないのかは、彼女らの想像力の問題なのだけど。

 勝手気ままに食材を使われた挙句、母が食せないシロモノを作られ、食材費は無駄になる上に、介護家族がヘルパーの家政婦代わりに使われているというのが、私が経験している現実である。

 その根源には、「老人介護は、家族がするものだ!それをしてやっている。」という、あの暴言を吐いたこの町の行政と社協、包括支援センターに蔓延した、介護のプロ意識を持たない責任転嫁の腐敗した土壌がぷんぷん異臭を放っている。

 
 本日も、母は、なにやら黒コゲた野菜炒めらしきシロモノをつついて、「なんでこんなモノ作るんやろ」と、付けかけた箸を置いて呆然と眺めていた。その後、まもなく腹痛を訴えて床についた。
ヘルパーの日誌によると、来訪時に母は、お腹の調子が悪く葛湯を飲んで、服薬をしたらしい。
 その母の健康状態も顧みずに、本日のヘルパーは、なんと、脂ぎった野菜炒めのような奇妙な調理をし、ゆで卵と不明な野菜の入った味の濃いポテトサラダを作ってあった。

 その野菜炒めらしきシロモノは焦げ臭い上に、その中には、キャベツの芯がざく切りにされて入っていて、大変固くて健康な歯を持つ私でも食べにくいのだ。
 そう言えば、以前も、ブロッコリーの茎を使ったシロモノがあったことを思い出した。
  ブロッコリーの茎は、薄くスライスして、上手に使えば美味しい調理材料となるが、彼女らにはそういう丁寧な調理をするデリカシーなど一切ないから、ブロッコリーの茎がざく切りにされて茹でられていた。
 ポテトサラダにしても、以前から、歯は入れ歯であるので、中には何も入れないように、特に濃い味のしつっこいものは高血圧もあることで、食さないのでできるだけ薄味にといい置いてあった。


 何度も書いてしまうが、私は決して料理は得意ではない。
 私は、場末のメシ屋でも美味しく食事を頂くし、入院中は、入院食を大変美味しいと思って頂いていた食味の持ち主でもある。
 しかし、その私にも、これらのヘルパーと名乗るお嬢様達の調理は余りにも目に余るものがある。

 手先が不器用な人が、トレーニングせずに不器用なまま外科医や歯科医になったら、困るだろう。
算数が苦手な人が、経理担当になっても困るだろう。
対人関係が苦手な人が営業になっても、困るだろう。
  
 どう考えても、この町の介護には適材適所という観念がないのだ。
これは、どうやら、行政の威光を背景にして、経営手腕も介護のコンプライアンスも持たないまま巨大化した企業というシロモノが問題なのだろう。

 この野菜炒めらしきシロモノを食べた老母の、腹痛は悪化し、そのフォローに先ほどまで、私の時間が費やされるハメになった。

 スーパーケアマネの先生には悪いと思ったのだけど、もう、これらのヘルパーはすっかり、根絶しなければ致し方ない所に来ているので、今までの彼女らの所業をぶちまけさせていただいた。

 ついでに、社協の留守電に掛電し、責任者が出社したらすぐに掛電してくるように言いおいた。

 いくら忍耐強い私にも許容の限界がある。
これでは、老母が可哀想過ぎる。
 私がヘルパーのフォローに走れる時はいいが、私自身いつもそんな時間を取られるわけにはいかないし、時給2200円もの仕事をしているヘルパー達の仕事のフォローを私が行うことが、完全にバカバカしくなった。

 私の在住している町では、社協は大企業化しているので、その人員的要因で、介護保険点数は、他の民間事業所よりも割高に請求されている。
この町での老母の介護問題に限って言えば、小規模な民間のヘルパーの時給が廉価であって、この社協のヘルパーの時給の方が高額なのに、老母の介護ヘルプのより多くの労働が廉価な民間事業所のヘルパーによってサポートされ、酷い場合は、割高な賃金のヘルパーの実労が不十分な分を、私だけではなく、この民間事業所のヘルパーがフォローするというありえない体制になっているのだ。

 いい加減、社協は切らなければ、適切な介護チームの形成は不可能であると判断せざるを得ない。
社協の体質が悪すぎるのだ。

 と、思って、その旨、責任者補佐に通知したのだけど、話が通じないのいつものことで、1の要件を伝えるのに、この責任者補佐は、100の文言が必要なのだ。
 延々、3時間という電話での会話をしたが、それでも彼は話の半分も理解していないのであろう。
途中でだんまりを決め込んだり、方向違いの返事をするばかりか、常識的な判断を避け、保身に走って、こちらに攻撃姿勢を向ける。
 常識のレベルが違うことの是正から始めなければならない。その常識を納得させるのに30分間かかった。
消化不良の病人に対して、野菜炒めを食べさせるのは不適切である・・そんな分かりきったことを認めないのだ。
猿の惑星に落ちた人間の気分になってくる。

 その全てが、社会人としては考えられない会話で、彼には、大人としての会話も、ビジネストークも決して理解できない。
 この町の社協に属する人の集まり全体がそういうレベルなのであろう。
 気配りや気踏みが皆無なのだ。
この能力の無さはある意味想像を絶する世界である。
 はた迷惑この上無い。
 
 最近は、流石に、2年間の説得と説教の効果がようやく現れ、娘が親の介護をするのは当然と抜かすことはなくなったが、それでも、なにやら奥歯にものが挟まったかのごとく、歯切れの悪い会話が繰り返される。
 自責の念をかきたてる輩との会話にはこう言い返さなければ、お人好しで責任感の強い意人間はその善良さにつけこまれ、自らが崩壊に追い込まれてゆく。
 「それは、あなたの責任を私に押し付ける発言ですね。」
特に仕事が絡む問題は、はっきりと名言しなければならない。
 「それは、プロとして言ってはならないあなた自身の責任回避発言です!」と。

 この町での介護は、無責任なこの街の介護関係者との闘いの連続である。
こんな町が他にはないことを祈るが、こんな町では、正論と正義を貫く闘いがサバイバルの原則だ。

 もしかしたら、責任回避の卑怯者が世に憚り、責任感の強いまともな人間がその責任感で多くの物事を背負い込んで、病に倒れるというのが、現在社会の病巣ではないだろうか?
 
 ともあれ、この町の現在の社会協議会の存在は、この町の福祉のレベルを最下位に貶めるレベル低下の権化となっている。

 老母の介護は、たまたま、帰ってきた長女という立場の私が監護しているからいいものの、監護家族がいない要介護者の悲惨な、老人虐待とも呼べるような社協のやり方はこの町では当然のことのように語られ続けている。

 そろそろ、町自体が、社協の体質を変えることが出来ないのならば、社協自体の業務縮小を行わなければならない時点に来ていることに気がつく政治家はこの町にはいないし、利権が絡む業界では、必要悪が蔓延るのも世の常なのだろう。

 

 



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