endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

2013年11月

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。


老母の食卓

 老母の介護についての意識を改めた私は、老母に
「お母さんが作ってくれる食事が一番美味しいから作ってね~」
「お母さんにしかできないことって、さすが!って感激しちゃう!」
「洗濯場に落ち葉が散ってきたよね~。滑ると危ないから、お母さん!履いといてね~。」
 なんて、呼びかけをすることを習慣にすることにした。

 ショートスティから昨日、帰宅した母はすっかり元気になってご機嫌である。
なので、これをきっかけに、できるだけ、お台所や家事には手を出さない。
これは、かなりかなりの忍耐がいるのだけど、目をつむって、丁度口を動かすと痛いので、この機会に口も瞑んで、私の役割は、老母に頼ることなのだと心することにした。

 すると、またまた、不思議なことに、この効果は絶大で、自宅では寝たきり状態が長かった母が、自宅での活動を再開するようになった。
 ヘルパーさんが来てくれる時以外は、お腹が痛いと訴えて、寝たきり老人と化していたいままでの状態からは、目が覚めるような変貌だ。

 「ご飯できたから食べてね」
と、満足そうに呼びかけた母に呼応して、キッチンのダイニングに座ると、目の前には、あらかじめ私がシチュー用に煮込んでおいた肉が、レトルトのカレーに混ぜられて煮込まれた様子で、煮詰まった状態の鍋が置いてある。キッチンに用意しておいた野菜類は、何故か冷蔵庫に収納されていた。
 ここで、文句を言ってはいけないのだ・と学習した私は、その煮詰まって辛さひとしおのカレーを、いかにも、美味しそうに食べることにした。
「やっぱりお母さんの手作りは美味しいわ」
 母は実に満足げに上機嫌だった。

 本日もまた、「ご飯できたよ~」
との呼びかけに呼応して、仕事の手を休めて、私がダイニングに座ると、私が昼間にあらかじめ用意していたおでんの材料はそのまま放置されていて、レトルトのハンバーグと、買い置きのさんまの照り焼きの缶詰がわざわざもう一度煮込まれた状態で、私を待っていた。
 さすがに、私はもうなんといって褒めていいのか分からない気持ちになった。この取り合わせを食するにはかなりの忍耐が必要だった。
「同じレトルトでもヘルパーさんが温めるのとお母さんが温めるのでは、お母さんの方がこんなに美味しいわ」
 今夜も、母は、ご機嫌である。

 私が調理をした方がかなりまともな食事が食べられる。家のことは、自分でした方が早いし快適なことだらけだとも思う。
 だけど、それをしたら、老母の残存能力がますます低下して、寝たきりになってしまうし、何よりも、私自身、いい加減に、もこれ以上仕事を遅延させることはできないのだということを、既に、私は痛い程学習した。

 気がつくともう12月だ。今抱えている今年中にしなければならない所用や仕事だけこなすとしても、かなりのハードスケジュールになる。

 とはいっても、明日はどんな夕食になるのかを思うと、私は、すごすごと外食したくてならなくなる。

 イヤイヤ、彼女の残存能力を信じるのだ!その残存能力を復活させるのだ!
 せめて3日は忍耐しよう・・・

 ふと、気がつくと、今日は、洗濯物を母が取り込んだらしい。
基本的に、私は、靴下やどうでもいい肌着やパジャマくらいしか洗濯カゴには入れない習慣がある。
だけど、彼女は、私の洗濯物も自分の部屋にしまい込むので、この捜索にまた時間がかかりそうだ。
 
 なんて書いていると、とんでもなく耄碌した老母だと思われると思うのだけど、彼女も時には驚く程、しっかりとした事を言う時がある。

 今夜の食事中に、私は、今後の望ましい公的介護保険運営のあり方を話していた。
まさか、母に話が通じているとは思わなかったのだけど、他に話題がなかったので、とりあえず、私が倒れてから、母と私が被爆した共通の苦労について、今後同じような目に合う人を無くす為の行政への提言書の内容を話したのだけど、それをぼーっと聞き流していた・と思っていた、上品で可憐で、おしとやかな麗婦人のイメージの母が、突然、きりりとした顔をして、私に言った。

 「な~に言ってるのよ。あなた、まだ気がつかないの?!しっかりしなさい!
  この町は、昔から、ゴンタとハッタリの町って言われてるのよ。
  そんな難しい法律とか、理論とか話しても、あ・この人は頭のいい人だ・ゴンタもハッタリも言わない扱いやす  
  い人だって侮られるだけだったってことは身に染みたでしょ。
  ハイレベルな話はこの町では、もうやめたらどう?もっと、しっかりゴンタ張って、ハッタリ言わないと、あなたの
  ような真面目なやり方は、この世間にも、この町のこの業界にも何も通用しないわよ!」

 老齢者はスゴイ。。。
お教えを請わねばならないことがまだまだ沢山ありそうだ。
私は、まだほんのひよっこであることをしみじみと感じた夜でもある。



6年経過~LOST 6 YEARS

 一ヶ月程前に血便が見られたことによって、私には、再発の不安が高まっていた。
再発したら、それは、もう天命なのだとも思うのだけど、今の私はガンの闘病ができる立場にはない。
 今回の検査通院は、折からの上顎骨の疼痛もあいまって、心身共に辛苦を抱えた通院だった。
老母の介護の問題も悩ましく、私には、予期不安からの一時的なウツ状態が再燃していた。
 
 主治医はにこやかに言った。
「6年無事過ぎましたね。マーカーはだいじょぶです。」
「これからも慎重に見てゆきましょうね。」と言うこれまで必ず言及されていたいつもの一言が今回は、なかった。
血便については、内科でとのことで、検査を行うか否かは、内科医の判断になるものと思われる。

 とりあえず、略安心圏に入ったことを実感した私は、(但し、卵巣がんは10年経っても再発するのは周知の事実なのだけど)満面の笑顔を浮かべて、生命を救って下さった先生に御礼を言いたかったのだけど、笑うと痛いという難儀の方が大きかったのが何よりも残念な昨日だった。

 6年・・・この長い歳月の経過は、病後の体調不良さえなければ、それなりに楽しめる人生の中休みだったのかもしれないのだけど、病気にさえならなければ・・・と、悲観的心情を呼び起こしかねない問題が余りにも多くあった。
 ブログには書けなかった様々な苦労を思うとき、それまでの日常生活や仕事や様々な人生の喪失感という恐ろしい虚空と体調不良と経済難という三重苦を抱えながら、今までよく生き延びたと、自分自分を今日は褒めてあげたいと思う。

 幸いなことに、病後2年目で、かなり減っていた骨密度が、最近、正常値に戻った。
高コレステロール血症も、高血圧も高脂血症も回復し、ようやく、検査数値の殆どが病気前に戻ることができた。
あのステロイドが去った後のセルライトも略消失しつつある。
 様々な症状に苦しんだ6年は、誠に永い永い年月だった。

 正直なところ、時折、こんなに人生が辛いものであれば、私ももうそろそろ成仏してもいい頃かもしれないと、弱気になることが何度もあったし、今もある。
 だけど、そんな時は、私を救って下さった多くの方々への恩義を思うと、感謝という幸せな気持ちが溢れてくるし、先に逝った同病の患者さんのことを思うと、私がまだ、生延びさせて頂いているということは、天国で安らぐことができるに至るには、私にはまだまだこの苦労の多い娑婆の世でこれからやらなければならないことがあるからなのだとも思う。

 自力で、再起という方向に舵を切る。
社会福祉は、ガンサバイバーには何一つ行き届いてはいない現状がある。
にもかかわらず、必死にその舵を切ろうとしている私の腕をねじ上げようとする一部の無理解な底意地の悪い人々からの弾圧があるのも事実だ。

 こちらのブログで焦点を当てて、問題を公示してきたように、私の住む町の介護の世界で、私は、とんんでもなく手酷い目に遭った。まだまだ、抜本的な改革が必要なのだけど、ようやく、最近になって、状況が改善に動いているムーブメントの一端が垣間見えてきた。

 それにしても、常識的に、傷病人や老齢者への心尽しを基本とする介護の世界でさえ、このような酷い現状があったのだから、一般社会では、言わずもがなという実態がある。

 健全な肉体には、健全な魂が宿りにくい。
自分が経験してないことは、分からないと公言するような人もいる。
とはいえ、人間には、想像力と共感力という能力が備わっている。
それらが、忘れられた世代なのか、それとも、もともとそういう能力は稀なものなのか・・・
どのようにすれば、これからの社会に対人的な真心を育成することができるのだろうか・・・

 様々な思いを乗せて年月は過ぎた。

 これからが、人生!
ガンよ、ありがとう!と言える日がいつか来ることを信じて、頑張っていきてゆきたいと思います。

 このブログに立ち寄って下さる方々に心から感謝の思いを込めて。
そして、ガンを患ったり、老親の介護に苦心されている方々や、さまざまな傷病老死に直面されている方にこそ、沢山の幸せが訪れることを心から祈りながら、そのような社会をこれから私たちが作らなければならないという思いを胸に、本日、AFTER 6 YEARの記録とさせていただきたく思います。

 ありがとうございます!

 

 

 
 

ショートスティ中の発病・・・通院介助は?

 疼痛が右顔面に渦巻いている。

 昨日私は上顎骨の肉芽腫が再発した為、その手術を受けたのだった。

 この腫瘍は勿論良性腫瘍なんだけど、仕事に追われていた時期に初発して、当時バリバリの仕事人間であった私は、一日たりとも仕事の時間削ることが惜しまれ、通院手術が可能で、安心して治療が受けられる凄腕のクリニックでこの手術を受けた。
 ら、後に、私が加入している民間医療保険の担当者から、ふつ~は5日くらい入院できる口腔外科で手術してもらうんですよ~~と呆れられてしまったのだけど。

 前回は、向こう見ずにも翌日から仕事を始めたら、マスクの下で顔半分が腫れ上がって内出血まで表皮から伺える状態になって、痛いのなんのって、それでも鎮痛剤を倍量飲んで仕事をしていたのだけど、あんな無理をする性格がガンの発症に繋がったとも思えるので、今回は、最初に応急処置だけして頂いて、本格的な手術については、わざわざ、老母の介護のお仕事の休暇が頂けるショートスティの期間に手術予定を入れていた。

 ショートスティを利用したら、介護家族は手間がかからなくっていい・
なんて考えは余りにも短絡的だ。
 旅行と同じなんだから、準備の段階でいつもに増して手間がかかる。
おまけに、老母の身の回りの掃除を担当してくれているヘルパーさんなるものは、普通のお宅なら普段しているはずのちょっと手間のかかる掃除まで大掃除だという認識で拒否されるので、本人がいると出来ない普通の片付けや普通の掃除も、この寸暇を縫って私がしなければならない。田舎町の在宅介護では、家族が自分の仕事や自分の日常生活を後回しにして介護しなければならないという実態からの脱皮は至難なのだ。
 今回のショートスティでは、私自身翌日の自分の手術と、ガンが再発していないかどうかの検査に気を取られてミスをして、老母の薬を持たせるのを忘れてしまった。
 この薬は、昨夕、術後に麻酔の効いている間を見計らって、ショートスティの施設に届けに行った。
 
 さて、これで、一段落、やっと眠れる~休まなければ~と思ったのだけど、麻酔が切れるに従って、案の定、疼痛が強くなった。
 抗生物質と鎮痛消炎剤を頂いていたのだけど、ガンの闘病後の私は胃腸の粘膜が弱くなっているようで、これらの薬を飲むと、胃腸炎を発症する。
 抗生物質は必要不可欠だとしても、鎮痛消炎剤は、できるだけ控えたい。消炎効果は、患部の冷却で補うことができる。
 顎神経は三叉神経の一枝なので、あちこちに放散痛まで発症する。
痛みに耐えかねて、致し方なく鎮痛剤を飲んだのだけど、それでも眠りにつける痛みではなかった。
 とはいうものの、胃腸炎を選ぶか、痛みを我慢するかという選択肢に悩んだ挙句、麻酔の前置薬にも使われる強い睡眠薬のロヒプノールの服用を思いついた。
 ロヒプを飲んで鎮痛剤を半分飲んで、明け方やっと眠りにつくことができた私の、本日の義務は、ひたすら眠ることと心身を休めること!のはずだった。

 ロヒプノールはとてもよく効くお薬なので、その効果か、疲れが溜まっていたのか、予定通りに私は、お昼をすぎても昏昏と眠り続けることができた。

 そこに電話が鳴った。
普段なら、ロヒプを飲むと、電話の音にも反応しないくらいに爆睡できるのだけど、何故か、その電話に私は目が覚めた。

 老母のショートスティ先の施設のスタッフからの電話だった。
「便秘をされてるんですが、浣腸を使ってもいいでしょうか?」
???便秘は専門分野外だし、目覚めると痛い!話をすると、付近の筋肉が動くいて傷口が引き攣れるので余計に痛い!
「私には分からないので、施設のドクターにお尋ねして頂けないでしょうか?」

 暫くして再び電話が鳴った。
「浣腸をしても出ないんです。こちらの先生は、かかりつけのお医者さんにと言ってます。」
「では、お手数ですが、そのようにお願いします。」
「こちらでは送迎しかできないんです。」
「家庭医には私から事情を説明しておきます。送迎して頂いて母が受診すればわかるようにしておきますので。」

 痛い・・・頭蓋骨をドリルでえぐられたかのような痛みが右顔面に走った・・目を開けると更に痛みが増した。 
家庭医に電話をしたら、いつもの無愛想この上ない受付の女性が、ぶっきらぼうで不機嫌そうな不明確な返事を返してきた。痛い時にこういう対応をされると誠に情けなくなる気分を飲み込んで、こちらも彼女を真似た不機嫌な声で話をしたら、急に愛想よくなり、てきぱきと話を理解したようだった。
 この種の無愛想な人間は、こちらが愛想よく話すと、上から目線のぶっきらぼうが治らない、つまり、反社会性人格障害を持つ人との会話と同様の彼女と同様のレベルの不機嫌な話し方で威圧する心得が奏功するのかもしれないことに気がついた。

 私は、鎮痛剤を少量飲んで、再び眠りに落ちた。

 再び電話が鳴った。電話の音さえ痛みを誘発する。
お願いだから、そっとしておいて~~と私は泣き出しそうな気分になった。

  昔のような気力は私には無い。あるのかもしれないけど、ガンを患って、私は、私以外には誰にも出来ない、以前に書いた遭難救助のような余程のことがない限りは、馬鹿力は自重するという能力を学習した。
 格闘技のリングドクターによく聞くのだけど、「骨折してても、痛みを感じない奴がいるんだよな~、戦闘ホルモンがバリバリに出てるんだろ、麻薬のようなものだから」・・・と。。。
 多分、病前の私のホルモンバランスは、格闘技の選手のような、戦場での女性兵士のような状態にあったのだろう。そのホルモン・β受容体のある卵巣がんが発症したのは、私のそれまでの自重の無さが災いしたのだと殆ど確信に近く自覚している。この特異な性格を治すのに、私は5年の歳月を費やしたのだ。

 私には内科の専門知識は全くない。
施設には医者もいるし、家庭医もいる。
ショートスティ先から病院に送迎もできるというから、その施設に預けている間に私は自分の手術をしたのだ。
ここは、私の出番ではない。 

 とはいっても、我が老母の容態は気になる。
コールバックして、老母の容態をお尋ねすることにした。

 家庭医の話では、風邪がお腹にきてるんでしょうとのことだったと言う。
???お腹にウィルスが入ったとしたら、普通は嘔吐と下痢から始まって、それが治まってから便秘がくるのではないのだろうか?と、ちょっと不思議な感じがしたのだけど、対処薬は処方されたようであったので、送迎だけでは、詳しい話は聞けなかったのだろうと、内容については、聞き過すことにした。
 ところが、今回は特別ですが、介護保険法では、施設入所している方々を病院に送迎はできても、付き添いはできないので家族でお願いします!というという話をすることが、私に電話で伝えたかった主内容であったらしい。
 とすれば、本日は誰かが付き添って行ってくれたことになる。
???家庭医の説明がよく分からない。私が無知なのか?それとも私が寝ていた6年間に新しいウィルスが発生したのだろうか?付き添って行った者の聞き間違いなのだろうか?
ともあれ、対処薬が出ているとのことなので、身動きとれない今の私は、藪じゃない名前の家庭医の処方を信じるしかない・・・と結論づけたのだけど。
 もう一つの大きな問題が、ここで浮上した。
★ショートスティ中は、緊急時でも通院介助ができない???★
 そんな馬鹿な?!・・・非人道的この上ない!・・・ということが度々起こる介護業界の常識に慣れてしまった私は、さしてたじろぎはしなかった。
「では、そちらの施設では、独居老人、ご家族が遠くにいるご老人、単身のご老人の場合はどうされているのですか?」
素朴な疑問を呈してみた。
ら・「ケアマネさんに相談してください」
と、逃げられた。

 ケアマネさんに相談すると、介護保険法では、他の事業所からの通院介助は介護保険の適用にならないから、実費負担になるとのこと・・・
 
 そんな馬鹿な・・・施設が預かっている入居者の急病の通院の付き添いもしないなんて非常識なことなら、もし、家族が遠方にいたり、家族がいない場合や、家族も病気の場合は一体どうするというのだ???
 それに、何より、入所中の本人の介護をする介護者が病状を把握しておいかなければ、適切な介護はできないではないか? 家族に任せて、家族が充分な説明を伝聞できなかったらどうするのだろう?
 個人的には、私が再発したらどうしたらいいのだろう?
今回の手術の養生は1週間程で回復する予定だけど、再発となるとエンドレスな闘病生活が続く。
やはり、再発時は、治療を断念するしかないのだ!という思いが固くなる。

 明日は、私自身の検査通院だ。
それでなくても、この痛みを我慢して、再発の不安を抱きながら遠方まで通院しなくてはならないのに、その上に万が一のことを考えると、目の前が真っ暗になってくる。
 全てがかねかねかねの資本主義?アメリカ社会に似てくるような気がしてならない。 

 そもそも、医療現場では、以前は、保険診療と実費診療の併用が原則としては、禁止されていたような気がするのは私の誤解であったのかもしれないし、介護保険は併用可能が前提とされているのかもしれない。
 そういえば、ガンの治療で入院中も、私が入院していた病院では、本人の洗濯は自分で・ということになっていて、術後の動けない数日間、私は付き添い人を雇うことを余儀なくされたことを思い出した。
 交通事故で救急搬送された病院では、パジャマやタオルはレンタルになっていて、この不便はなかったのだけど、実費料金が掛かった。
 この国の医療・介護・福祉行政は、どこかで、何かが違ったままに進もうとしているのではないかという懸念が私の心をよぎった。

 こういう介護業界の非常識にさらされると、私のウツ病が再燃する。
これ以上、非常識を論じられるなら、私は、これまで介護関係者の非常識な対応によって被った精神的経済的被害を訴追したくなってくる。
 
 人間の心理は、複雑なシロモノで、非常識に苛まれた心境から離脱するために、様々な手段を用いる。
一つは、逃避であったり、今書いているような文章での言語化であったり、芸術への昇華であったり、あくまでも合理的理知的に司法という手段を用いて闘うことであったり、破壊的で現実的な報復であったりもする。このようなツールを用いないで、非常識や虐待に苛まれ続けることを選択した場合、心に歪みが生じたり、様々な心身症状が発症しやすい。最も最悪であるのだけど、社会によく見受けられるのが、自分より弱い立場にある者に自分が受けた同じような虐げを行うことで鬱憤を晴らすという卑怯極まりないやり方だ。 
 ということで、私は、とりあえずは、このブログに記録を留めているのだけど。
 これから先、余程のときめきのあるロマンスにでも浮かれる幸いに恵まれなければ、いつか、必ず、私が直面している介護の諸問題は公的に問題化して、社会的な解決を求めなければならないと心している。
 そういえば、占領軍は、日本の国民の反感を削ぐ為に3Sという方策を普及させた。セックス・スクリーン・あと一つがよく思い出せないのだけどスポーツ?か何かであったかと思う。これらは、人の心を変性意識へと導く最良のツールだ。我が国に蔓延したこれらは不満や鬱憤を紛らすには実に効果的なのだろう。

 先日、我が国では、社会保障予算を削減する法案が、なんと強行裁決で可決された。
医療と介護と福祉という人間の生命の尊厳に直接関わる国家予算だけは、今以上に削減されることは、本来はあってはならないことではないか?
 家計が苦しいからといって、病気になった子供への医療費や介護費を削減する親がいたら、人々はどのように感じるだろう?
 しかし、そういう強行策が出来る現政権や現政治家達を選んだのは我々国民なのだ。
そして、これから、医療と介護の不備を嘆き、その充実を求めることができるのも、我々国民一人一人の声と日々の言動とそれぞれの一票以外にはないのだと思う。
 
 今度、私が医療現場に復帰する時は、今まで、こちらの持ち出しでも必要不可欠な患者さんには提供していた治療や治療用具さえ、同じように、「これ以上の治療は、ご家族でしてあげて下さい。もし、当院に依頼されるなら、これは保険適用外なので、実費をご負担頂きます!」と、堂々と言ってしまうのが常識なのかもしれないっていう、介護業界で見聞きした悪魔の囁きに毒されそうな気分になってくる。 

 と、この緊急事態に際して、嘆いてばかりはいられないので、法律を詳しく調べてみると、以下の条文があった。
本日の問答は、またしても、この田舎町独特の問題であったのかもしれない予感も・・・
とりあえず、全ては、私の心身状態が改善してから、またまた論議を醸さなければならなくなりそうだ。

第百三十三条  指定短期入所生活介護事業所の医師及び看護職員は、常に利用者の健康の状況に注意するとともに、健康保持のための適切な措置をとらなければならない。
(と、いうことは、施設の医師の専門外、或いは手に負えない傷病等は、専門医に受診させるのが当然という意味で・・・・・・この問題を詳しく調べてゆくと、ワムネットでは、入所中の入所者の健康管理と必要な通院は施設側の職務とされていました。。。何事にも自分で知識をつけないと従前の介護業界の非常悪魔に毒される・・・というのが本日の教訓でした。)
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