endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

2014年09月

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。


花霞

 抗がん治療後、視力が急激に低下した。
今までいかに勉強せずに来たかを物語るかのように、右視力2.0、左視力1.5を誇っていた私は、もともと遠視傾向の視力であったし、年齢的にも老眼が訪れて不思議のない年代に至っていたってこともあると思う。
 
 先ず、手術直後に左目に網膜穿孔が発生して、その治療をしてもらった。こちらは予後順調に経緯して、その後1.0程度の視力を保っている。

 ところが、とっても健康であったはずの右目に間もなく眼底出血が発生した。
不思議なことに、同病を患って同じ治療を受けた私の知人数名の中で、約半数の3人が眼底出血を経験しているのは偶然なのか、なんらかの影響なのかは不明なのだけど。
 その上、多分、ステロイドの影響かと疑われる白内障も発症した。
 ぐっと右目の視力は下がって、乱視も入って来て、殆ど右目では文字を読むことができなくなっていた。

 目は二つあるので、このあたり、とってもズボラな私は、左目が見えるってことで、裸眼で過ごすことが多かった。
一応5年くらい前に老眼鏡を購入したのだけど、その後、会議などで、憎たらしい8ポイントくらいのレジュメが配られる度に、老眼鏡を取り出すと、周囲から、「あれ?老眼ですか?」と聞かれるのが嫌になって、遠近両用眼鏡も作った。

 だけど、年毎に視力の低下が進んで、以前作った眼鏡では度数が合わなくなって、ここ1年余りさながら、本当に花霞が掛かったような世界の中で私は暮らしてきた。

 以前、五木寛之氏が、老眼は中国語では花目と言うというエッセイを書いておられたように記憶している。
この言葉が気に入って、花霞の中での暮らしも悪くないと思っていたのだけど。

 視力の低下が起きると、書物を読まなくなるって傾向が加速する。
いつも読んでる会誌などは、概略が想像できるので、細かな文字を追わなくてもある程度推測を交えて直感で読めるのだけど、ここに来て、以前作った眼鏡をかけても専門外の一般書の類は意味不明になってきた。新聞も見出ししか読めない。

 ので、新しいメガネを作ることに。

 今まで田舎故に、眼科で眼鏡の度数を合わせて頂いた上で、メガネ屋さんにその処方箋のような書類を持ってメガネを作りに行くってパターンだったのだけど、今回は、多くの皆様がおすすめ下さる「メガネ市場」なる店舗でメガネを作ることにした。

 この眼鏡市場なる店舗は、全国チェーンで広がっていると聞く。
友達から聞いた、「眼鏡市場をバカにしてはいけませんよ!」という一言で、ふと、新しい眼鏡を作ろう!と思い立ったのだった。

 第一印象は、この店舗の店員さんの接客マナーの素晴らしさだ。
私が訪ねた店舗の店員さんの対応の心地よさは、4ツ星以上のホテルの心地よさに匹敵すると感じられた。
 更に、実際面で有用なことは、その場で自分で確認しながら、メガネに自分に必要な様々な機能を付加できるってことだ。
 以前作った遠近両用には、乱視と白内障を軽くする機能がなかったので、この際これらも入れて頂くことにした。

 現在の視力では、遠方はよく見えるので、戸外では殆ど眼鏡が必要ではないことと、以前に作った遠近両用でフォローできること、そして、酷使した老眼鏡が間もなく用をなさなくなるであろうことを考慮して、今回は、室内用に中近両用の眼鏡をオーダーした。

 待つこと1週間、驚く程私の視力をアップさせてくれて、視界をくっきりはっきりさせてくれる眼鏡を手に入れることができた。
 豊富なデザインの中から選んだお洒落でコンパクトなフレームもお気に入りだ。

 早速かけてみると、霞が晴れたかのように世界が明瞭に見渡せる。唯一の難は、この眼鏡を掛けると上広がりの台形の視覚になることがちょっと気になったのだけど、まあいいことに。
この視力の補助機能は誠に素晴らしい!と、私は感動した。

 のだけど、同時に、鏡の中に映った自分のお顔の様子に愕然とした。
今まで、見えなかった小じわがはっきりくっきり見えるのだ!
ほうれい線もかなり目立って来ている。
お首のシワなんて、もう見たくないって気分に・・・

 ああ・私は自身のメンテナンスを如何に忘れていたことか!
若い時代は、殆どコスメに興味がなかった私なのだけど、ガンの闘病後、流石に大きな衰えを感じて、慌てて、全身コスメを完備することにして、お手入れもしていたのだけど、ここ3年程、これまた疎かになっていたことを実感するハメに。。。

 このショックから立ち直るのには、数日を要した。

 現実を現実として受け止めるには勇気が必要だと思う。
だけど、どんな現実も、直視して自覚すれば、そこからスタートできる方法はある。

 願わくば、全ての人々が花目・霞目であってくれたら、世界は素晴らしく美しい想像力に溢れるのかもしれないのだけど。

 お腹の周囲に影響を及ぼしたステロイド性?のセルライトがほぼ完全に消失して2年くらいになる。
これも、お手入れの賜物であって、放っておいたら消失してはくれなかった。

 大病後は、お肌と体の手入れが、とっても重要になってくると改めて思う。
手を抜くと、こういうことになる。

 先日、NHKテレビで更年期障害についての番組があったけど、やはり、普通の更年期障害と比べると私が経験した卵巣欠落症状はあまりにも酷すぎると感じた。
 未だに、私の体調は、その番組で語られている程度の軽い症状には回復していなくて、最低限はある程度の自分の体調管理を行っていることで毎日起床して日常生活ができているのだけど、最低限を怠ると、ダウンしかねない脆さは否定できないと思う。

 卵巣欠落後は、体調を思いっきり変化させる強烈な体内ホルモンのバランスの乱れが、所謂更年期障害とは比較にならないくらいに体調に様々な変化をもたらしてくる。
 こういう体調の時の自身のお肌の調子というのは、自分自身の健康管理の怠慢が最も現れやすい部分で、お手入れ次第で見違えるように美しくもなれば、シワシワだったり、アレアレ状態にも容易に変化する。

 母の介護にかまけて、自身の管理に手抜きをし続けた怠慢を深く反省するとともに、ただちに改善しなくっちゃ!と、しかと自覚した、花霞の消えた視界の日々です。

雑感・スピリチュアルワールド

 久しぶりに旧友に逢った。
 気心の知れた真っ直ぐな友達とのアップテンポなリズミカルな会話は、時に、自分の自分自身への理解を促してくれたり、母の介護で狭まってしまった自身の視野を解き放ってくれる。

 オフィスを訪ねると、彼女は自身のオフィスをさながらアトリエのように使っていて、その日も、本人が描いた新しい絵画を見ることができた。彼女は、働きウーマンである一方で、実はかつては一流のクラッシックのピアニストでもあった時代もあったり、各種のアーティストでもあり続けているという稀有な才能の持ち主だ。
 アーティストとしての感覚は、写実的でありながら自由主義的な美しさがあふれている。

 もう30年以上前からの友であって、私にとっては、妹のような存在だ。
私より数歳年下で、日本人離れした美しさを湛える美女だ。
実際、彼女は5カ国語での会話ができるし、様々な国で活躍してきた経歴を持っている。

 この前、彼女のオフィスを訪ねたのは、パコ携帯からスマホに変えるかどうかとたじろいでいた時だった。
ご高齢で現役事業家の彼女の父君が既にスマホからiphoneへと転身しているって話に触発されて、私はスマホに変える決断をしたのだった。

 若かりし頃から、彼女の父君と私の父はどこか似ている部分があるように直感していた。
こういう最先端の文明の利器を先取りしてゆく気性も、私の父を彷彿させてくれる。
ああ、父が生きていたら、早く変えるといい・・・と言うだろうと思ってスマホに変えたって背景があった。

 私の父は、我が家に寄宿していたかのように一時期殆ど常時我が家に寝泊りしていた20歳前後の頃の彼女を末娘のように可愛がっていた。
 真面目で引っ込み思案な所のある私より、彼女の自由奔放で物怖じしない純真な子供のような気性が父の気性と合ったのだろう。父は、よく、「こんな娘がもうひとりいたらいいな・」と宣っていた。

 彼女と私には、一つの共通点がある。
お互いに、その精神性において優れすぎた父親を持ったということだ。
娘にとって、出来すぎた父親という存在は、特に異性との交際において、かなりの障害になるのだと思う。

 彼女は、恋多き人生を生きてきた。歴代の恋人は国際的範囲に渡るし、彼女程の女性なら誰とでも素敵な家庭を持てそうなのだけど、未だシングルである。
 一方で、私は恋愛にも真面目に窮屈な人生を生きてきた。というか、とにかく人生において神様が様々な難儀な仕事を与え過ぎて下さったのと、元々何事にも執着心の少ない私が恋に盲目になって旧来のべたっりくっついた結婚という形式にハマるには、私が2人いない限りは、あれもこれもと、そんなに沢山の人生のお仕事はできなかったって言うのが実際の所だったのだけど。双方共に、結果的に幾度かの恋愛を経ても、未だシングルであることには相違ない。

 でも、両極端な彼女と私であるのに、その恋愛や結婚観において何かしら似ている部分を感じるのだ。 
これは、心のどこかにある種の冷静さがあることが恋愛にハマリ切れない原因とも言えるのだけど、この年齢に至って認めることができるようになった事は、心のどこかにファーザーコンプレックスを持ち続けてきたってことだ。

 私が早くに父を亡くしたことは寂しく辛く悲しいことだったけど、それは社会面や仕事面や経済面において私自身が独力で成功を手にできるという自由を与えてくれた。
 父がこの世にいてくれるのはありがたいことなのだけど、私には常に父を超えることができない自己卑下に萎縮した心理状態があったし、と言って、パートナーを選ぶにしても、私が理解し認識してきた父と同様の、或いは、父を超えるような異性には、とても出会えそうにないって問題も大きくあった。更に、優れた父を持ったことは、父と同様かそれ以上の人でなければ、その恋愛に罪悪感を感じるという奇妙な心理を常時醸し出すことになった。
 父の他界後、社会・仕事・経済・生活面での現実の抑圧が無くなり自由を得た後も、未だに、パートナーの選択という部分において生じるこの傾向は常に存在し続けている。

 父を超えるということの難しさは、様々な面から語り尽くされてきた。
 古来から息子もそうであり続けているように、現代においては、娘もそうであることには違いないと実感される。
今思い出しても、父親の娘に対する愛情というものは、誠に的外れであったり、過干渉であったりするし、抑圧的で煩いものなのだけど、それでも、父が持っていたあの大きな庇護力や力強く信頼できるパワーは他に感じることのできない絶対的な存在感があった。
 娘の場合は、反抗期から20歳前後までに父親と決別しなかった場合は、自分が何らかの分野において父親を超えるか、運良く父親を超えるようなパートナーを見つけるか、若しくは父親とは全く異なるタイプの男性に恋は盲目のまま突っ走るか、できちゃった結婚するとか、疲れ果てて世間体と因習に縋ってお見合い結婚をするとか・・・でもしない限り、無意識のレベルにおいて本人が結婚を希望しない、とてもじゃないけどそんじょそこらの結婚という枠にハマリ切れないという、コンプレックスが続くのだと思う。

 彼女と私の共通点は、この部分だ。

 お互い、父親と違うタイプの男性を選ぶことで、このコンプレックスから逃れようとしてきたようなのだけど、結局は、内心自身が行ってきたパートナーの選択の是非を自分に問い続けてしまい、恋愛することがあってもどこかで冷静に躊躇し続けるという傾向が否めない。

 久しぶりにこの友との3時間程たわいのない雑談をして過ごした中で、私は、優れた父親を持ってしまった娘は、心の底での、このあたりの試行錯誤の苦労がとんでもなく大きいのだということを改めて実感した気持ちがした。
 
 昔々、今はもう有名すぎるとある女性代議士に、「立派すぎるお父さんを持って苦労しますよね。」と言われたことが印象に残っている。反射的に微笑み返して誤魔化したのだけど、これは本当に言い当てて巧な一言だったと思う。

 恋愛と結婚における父と娘の関係は、かなり重要なポイントとなると思う。

 本来ならば、こういう場合の娘達は、父に似た男性を探して結婚するのが一番幸せなのだ。
だけど、そう簡単にそういう人が見つからないのも現代社会の傾向。
「婚活」という言葉を先駆けた社会学者の著書にも、現代の女性の結婚難の一因として、このあたり明言されてもいる。
その上、娘は、意識上は、親への反抗心は勿論、オヤジは煩い!という嫌悪感を持っているのも摂理なのだ。

 ちょっと前に、おとこ友達のひとりが、そのお嬢さんを最上級にエスコートをしていることに気がついた。
「どうしてそこまでするの?」と聞いたら、
「変な男に引っかかってからでは遅いから。娘の彼氏は、私以上の男性でなければ男親として承服できない。」と。
 で、私は、
「それでなくても、あなたは一般的な観点からは秀でた男性なんだから、娘が選ぶ方法は、3つよ。
見果てぬ夢と思いつつお父さんより優れた人を必死に探し求め続けるか、全くタイプの違う人を選んで恋愛はするけど結婚相手じゃないと判断し続けるか、それらに疲れてお見合いか何かの外力で相手を誰かに決めさせるか。」と指摘した。
「私は、第一枝を選んで欲しい。」
「それは、同世代では無理、パートナー探しに疲れさせてお見合いさせようにも、今時、自立した男子はお見合いなんてしないからお父さんは余計にそんな男子は気に入らないし、そうなっては余りにもお嬢さんが可哀想。それに、お嬢さんは、精神的にも社会的にも経済的にも安定している素敵な子だから、年の差婚は有り得ない。
お父さんが気をつけなければならないのは、お父さんが立派過ぎてよく似たタイプがいないってことじゃないかな。全く違うタイプと恋はするけど、結婚となるとお父さん譲りの優れた感受性が働いて自分で無意識的に破談にしちゃうのだけど、本人はお父さんが立派すぎることで起きる無意識の働きに気がつかなくって悩む可能性が高くなることにも気をつけてあげてね。」
「じゃあ、私は、どうしたらいいんだ?」
「エスコートは止めて、お父さんの友達や後輩とのお席に同席させる機会を増やしたら?」
「後輩で娘の相手にふさわしい奴なんて誰もいない。」
「そりゃ当たり前でしょ。その後輩の息子さんやその後輩もいるだろうし、とにかくお父さんがすべきことは、できるだけお嬢さんの世界を広げてあげることよ。何もしなくても、このお父さんは娘とっては立派すぎるんだから。」
「わかったようなわからないような・・・」
「・・・私がそうだから、娘の気持ちはよくわかるの。」
「あっ!ああ!そういうことか!わかった!確かに君を見てたら確かに分かる。」
「・・・・・」
これって、自虐ネタじゃないのだけど、父と娘っていうのは、多分、多かれ少なかれ、そんな感じなのだと思う。

 この日記を書いていて、父が死の前に何を思ったのか、何度か「こんな娘がもうひとりいたらいいな・」と言っていたことを思い出した。当時、私は父が私の貢献を認めて、私のような娘がもうひとり欲しいと賞賛していると解釈してしまっていたし、私自身、当時海外に住んでいた彼女という妹のような友達=父が可愛がっていた末娘のような存在をすっかり忘れてしまっていた。
父がそんなおかしなことを言ったのは肝性脳症の影響かとも思っていたのだけど、違う。
父は、最後にもう一度、彼女に会いたかったのだ!!!
 ああ、なんて気がつかなかった私だろう・・・と、今頃気がついても遅すぎる。
親がそうであるように、子供という存在も親の気持ちを汲み取ることをついつい疎かにする存在なのだろう。
 阿吽の呼吸なんて能力は、親しければ発生すると勘違いする人が多いようなんだけど、親しさとコミニケーション能力は決して比例するものではないし、人間関係は血縁によって成り立つものでは決してない。

 社会福祉の後進国ほど、人々は家族の問題について、こういうセリフを切り札にしたがる。
「親子なんだから」
「家族なんだから」
 この言葉の内実には、僻みや妬みが含有されているとも指弾されけど、根源は儒教的思想にあまりにも長く強く縛られ続けてきた民族の息苦しさってことなのだろうか。
 ともあれ、この言葉を発した瞬間に、「あくまでも私は第三者です」という立場が限定されてしまうし、人が自分で選択することのできない環境を取り立てて「~なんだから」と指摘する種類の発言は、{~のくせに」と言う社会的な偏見用語に近い、かなり危うい言葉でもある。 
「~なんだから」言葉の乱用が如何に恐ろしい事態を招くかは、様々な自分で選択できない環境を「~」に挿入して頂けたらすぐにお分かり頂けるだろう。
 特に介護において、こういう言葉を聞く度に、私は、江戸時代の五人組制度を思い出して辟易とするし、この旧態依然とした社会認識から変えなければ2015年問題はウオーキングデッドの社会になるに違いなく予想されるという重大問題を強く意識させられ、独立自主の気風の希薄なこの国に独特な奇異な悲劇が終わることがないことを憂慮するという公式が発生する。
 だけど、視野を広くしてよく考えてみれば、このような表現は、血縁という遺伝子レベルの枠組み以上に、心通わせ信頼できる人間関係の絆を持つことが如何にこの国では難しかったか?という民族的な歴史の反証でもあるのかもしれなく思う。統計資料でも日本国民の他人への信頼度の低さは世界的に際立ったランクにある。

 この観点から見ると、私が前世?で頂いていたパートナーシップは、滞在型の旅行以外に一緒に暮らすことはなかったとは言うものの、血縁にも寄らず、経済依存にも寄らず、生活依存もなく、子供もいなくて・殆どセックスレスでもあった状態で、お互いにシングルでありながらも、純粋に精神的繋がりだけでパートナーシップを長年維持できたってことは、なんてスゴイレベルのスピリチュアルな絆だった・・・って、改めてプラトニックにかなり高い評価を持って再認識すべきだと思う。

 思考を進めてゆくと更に長い雑感になりそうなので、結論に飛ぶことにして、スピリチュアルな次元で言及すると、私が前世での生命を無事に終焉させる為に生きていた時期に彼との別離が発生したのは、とっても自然な流れであったってことで、これから、新しい今生の未来が始まろうとしているってことも確かなことなんだと思う。

 と・・・ここまで、自分の思考が整理できた時に、
 どこかで呼応したように、久しぶりにフレンチの旧友の一人から電話があった。
私のことを覚えていてくれたことが有難かったのだけど、今やカタコトの私の英語は用を足さない程衰弱している。ただ、英語はあちらにとっても第二母国語なので、ネイティブの英語よりは少しは聞き取ることができるのがちょっとだけ慰めだと思う。
 どうやら、私より5つ年上の彼女は、以前のパートナーと終焉を迎えて、新しいパートナーと出会ったみたい。
幸せ気分だけは十分に伝わってくる・・・と限りなく推測にちかい会話をしていたら、どうやら、来春、おふたりで日本に旅して来るらしい。
 うちの家にステイさせて欲しいと言う。
 わ~~~どう考えても、この7年の空白が生み出した我が家の散乱状態では、それは大変すぎる!
とはいうものの、彼女には、以前彼女の家にスティさせてもらった恩義があるし、今の私の英語力では無理と言う言い訳すら出来ない言語の壁にぶつかって「ホエン?ホエン?」と吠えてしまった私・・・

 
 そして、本日の睡魔が襲ってきた時に、旧友からの電話があった。
「丁度よかったわ。謝らなくてはならないことがあるの。」と私。
「急に、なあに?」
「うちの父がね、最後にあなたに会いたがってたようだったって、今になって気がついたの。・こんな娘がもうひとりいたらいいのに・って、昔、あなたがうちに泊まってた頃父は口癖のように言ってた。その言葉を、他界する数週間前に、お会いたい人を病室に招いている時期に、何度か口にしていたの。私、その意味が分からなくって、昨日帰ってから日記を書いていて気がついたの。本当にごめん。父にも申し訳ないことをしたわ。」
「あの時期は、私も海外にいること多かったから、帰ってきてからおじさんの葬儀があったことを知って駆けつけたような状態だったの。でも、うれしい!おじさま、思い出してくれてたのね。」
「うん。きっと、会いたかったのだと思うわ。」
「お姉ちゃん、突然、お彼岸さんに訪ねて来たから、何かあるって思ってたけど、おじさまがお姉ちゃんにそれを伝えさせてくれる為にうちに寄越してくれたのね。」
「うん。そうだと思う。懐かしいわ。」
「ありがとね。」
「こちらこそ、本当に気がつかなくって申し訳なかったわ。ありがとう。」

そう、今は、あの世とこの世が交錯するお彼岸の時期だった。


 ようこそ、スピリチュアルワールドへ
~ここから始まる未来があります!~


 7年前とはすっかり環境も心身のパワーも全てが変わってしまった日常生活の足元固めもできていない私は、新しい今生の現実への対応にもパニクりがちです。
だけど、ひとつひとつ前世では感じることができなかった、知ることのできなかった、自分自身を確認しながら、日々を歩み始めています。

 遠くてすぐ身近にいる父・の存在を感じるお彼岸です。

自殺未遂からの復活・担当行政官への感謝の気持ちを込めて

 過日自殺未遂した旧友から、しばらくぶりに電話があった。

 その後、どうしているのか気がかりが続いていたので、2度電話をした。
とりとめのない話の中で、彼女が、心の痛手から復活し自立できるよう幾つかのキーワードを配した会話をした。
 あとは、彼女の自力の復活を待つしかないと、私は遠くから見守ることにしていた。

 その電話は、仕事を始めたという内容のものだった。
それまで、10年余り仕事が出来なくなっていた彼女が、ほんの少し前に自殺未遂した程の精神的窮地から、こんなに早く復活して、継続的に仕事に従事していると言う。

 カウンセラー歴ももう20年以上になるのだけどこれほど画期的な復活に出会ったのは初めてだ。

 私自身、今まで自殺未遂で、行政にフォローをお願いしたケースは初めてだったのだけど、思うに、彼女の自殺未遂が、彼女の住む地方自治体の適切な対応によって誠実にフォローアップされたことが、彼女自身が今まで抱いていた社会に対する不信感を除去し、絶対的信頼感を取り戻す為の、最強のトリガーになったことは明らかだと思う。
 
 社会への信頼感を実感すると、自身も何か社会の役に立ちたくなるのが、真面目な人の心の反応だ。
運悪く、あまりにも、長く、強く、社会からの裏切りや、蔑みや、迫害に遭遇し続けると、人間存在にとって、最も必要不可欠な心の絆である社会的一体感が喪失してしまう。
 社会から切り離されたような、或いは、社会には関わりたくないというような、視界の歪みが自身の認識に生じるのだ。
 青少年の非行や、引きこもりや、犯罪に至る様々な心の問題は、大なり小なり、自分を取り巻く社会に対する認識の歪みが大きく影響して発症する。
 自分の子供がそのような状態になると、大概の親は自責の念に捕らわれるし、マスコミやネットはその両親や周囲の環境を槍玉にあげることで、問題を狭い範囲に限局化することによって、自身も担っている社会問題としての責任から逃れようと躍起になる。
 だけど、本当の所は、多くの人々にとって引きこもりやうつ症状や非行や犯罪のプロモーターは社会を担っている私たち一人一人の日々の言動が惹起しているってことに、誰も気がついていないし、気がつきたくないから、当事者になった者をスケープゴートとして火炙りにすることで終焉させるのが常なのだ。

 本題に戻って、
 特に、行政官という立場が担うこの、社会的役割は果てしなく重く深く広い。
社会という概念を象徴した立場にある行政官の誠実な対応は、一般人より以上に大きく人の心を動かすことができるのだ。
地方行政でのこうしたひとつひとつの誠実な取り組みの重要さと、今回、突然の私の切羽詰った電話に対して、誠実に的確に対応して下さった担当官の職務意識に心から感謝の気持ちが溢れた。

 こうい事例に触れると、社会は、そんなに悪くはないと思う。
地方行政もそんなに疲弊している所ばかりではないとも思う。

 元来、行政官には、事案に応じて的確に誠実に対応できるフレクシビリティーと判断能力と滅私奉公の意識性があって然りなのだ。
私は、私の住む町の介護保険関係の行政官にはそれが認められなかったことで、社会に対しての遺憾の念を覚え続けるハメになったのだけど。
 元々、公務に服するってことは、「世のため人のためにつくします!」と言う宣言をして司る崇高な職務であって、多くの行政官の皆さん達は、このように、社会的に素晴らしい活躍をしてくれていることは忘れてはならないと、心から思う。

 私の住む町においても、消防隊員達の活躍は素晴らしいことを確認している。
山岳事故の救助をした時に、彼らの職務ぶりに触れたのだけど、危険を顧みないたくましい勇気と、被災者と救助者双方へのきめ細やかな心理学フォローに至るまで、これほど高レベルの職務意識を有している隊員達が揃っていることに、私は心から感動し感謝し、今も、彼らの存在を生活の安全の要として敬い続けている。
 こういう組織が統括できる所長の手腕も素晴らしいし、各自の努力もスゴイ。

 地方行政における職員のモチベーションや職務意識は、ボトムアップの時代を迎えていない以上は、上層部が、全ての職員に対してより職務意識を高める統括力を持つことと、それに呼応して各人が努力を尽くせる組織作りが大切なのだと、改めて認識した思いがする。


 ともあれ、彼女は、元気に仕事を始めました。
まだ、向精神薬は必要としていますが、徐々に回復に向かってゆくことと思います。
しかしながら、自殺未遂をされた方の多くは、再びその危険に晒されやすいことも現実です。

 私達にできることは、付かず離れず、程よい距離を維持しながら、その人が困った時は、できる限りの助け舟を出すことなのだろうと思います。

 人間とは、弱く、脆いものですが、時には、こんな画期的な展開があることに出逢う度に、この専門分野で仕事をさせて頂いてきたご縁に、心から感謝したい気持ちになります。

 地球は一家、人類は皆兄弟!
このようなきな臭い時代であるからこそ、私たちの心は、いつもそうありたいものです。


 


 
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