母の他界後、両親の遺品整理というとんでもなく重い仕事に向き合って来た。

 不要な書類などの整理は概ね完了。洋服の整理も半ばまで来たのだけど、和服は手つかずのままにいた。

 私自身、仕事や趣味の関連で一般的な人よりも和服を着用する機会は多かった。
幼い頃から和の文化に馴染んで来たので、和服にもある程度の知識を持っている。
 だけど、どうしても、自分では、母の和服の整理が出来ずにいた。


 世間は「断捨離」ブームだ。
できる限り多くの物を捨てることができる能力が、さながらトレンドのように認識されていることに、ついつい私も洗脳されていたようで、ここに来て、とんでもない戸惑いを感じ始めていた。
 「断捨離」なるものは、果たしてマトモな行為であるのだろうか?

 ・・・ときめくものを身近に置くと良いことがあるという論理は、さにありなんと思う。
とはいうものの、物質の豊かさが繁茂した現代では、その時々に自分の好きな物だけに囲まれて、トレンドの移ろいに応じて変化する自身の感性に従ってときめくものを暮しに配置してゆくとしたら、永遠に消費社会が加速するだけではないのだろうか?
 百均に行くと、廉価な物達が溢れかえって、労働価値に比して物の価値が余りにも軽んじられる現代となった。1時間の時給で、8品程の新品の日用品が手に入る。
廉価を誇る衣料品店にゆけば、1時間の時給で1枚の洋服が手に入る。
 日銀が、インフレへと経済対策をするにも関わらず、まだまだデフレは進行している。

 「断捨離」って言う新語って、デフレ経済の時代の鬼子ではないのかしら?
多くの不要で価値のない物を持ちすぎている人たちには、確かに「断捨離」は必要なのだろう。
しかし、私は、この現代のトレンドとは、生き方のパターンの根本が違うのではないだろうか?

 何かしら、最近自身がブレているという実感がして、母の和服の整理に関しては、思案の末に、どうしても、私がもう一人の母のように敬愛する友人に、仕分けを手伝って頂きたいと思って、お願いをした。

 彼女は、既に60代後半、もうすぐ70歳になられるのだけど、数々の輝かしいイベントプロデューサーでもあったし、老舗店舗の再生のプロデユーサーとしても素晴らしいキャリアを誇った人で、今も、プロフェッショナルな現役主婦だ。
孫2人を育てている彼女の住まいは、築30年程の新興住宅地の住宅であるのだけど、常に、モデルハウスの展示室のように美しく整えられている上に、モデルハウスにはない季節の美しい模様替えや設えが行き届いている。
家具やファブリックも訪ねる度に陽射しの角度や、採光の照度に合わせて模様替えがなされていて、これ程くつろげる空間があるのだろうか?と思う程、リラックスできる素晴らしい暮らしを演出し続けている。
彼女は、日々の暮しの美学においても、私が知る限りの人たちの中で最上級だ。
 彼女の素晴らしい美意識は、幼い頃、越後の呉服問屋の愛娘として生育した環境に培われ、その後都市部で学生時代を送り、山村の名家に嫁いだことで更に磨かれ、離婚を経て、その美意識を生かした数々のプロデユースを手掛けたことで社会的に彼女の能力は開花し、再び主婦として家庭に入った時点で見事に成熟したのだ。 
 だけど、彼女に、再び御指南をお願いするにはかなりの勇気が要った。
以前にもこのブログに書いたけど、彼女は既に私を育て上げたと認識されていたことで、その期待を裏切るようで心苦しかった。しかし、母亡き後、他に、彼女程の審美眼を期待できる人は居ない。
 彼女はプロフェッショナルな審美眼の天才なのだ。
母の和服の真価を見定めることができるにふさわしいのは彼女だと、私は即断した。

 ここ暫く、手に付かないままに、私宅の整理を敢行していた間に、実は、「断捨離」なる概念は、美意識とは別次元にある本人の心理状態や感情が先走った行為であることを察知した私の脳が、「断捨離」という意識にNO!と言い始めたのだと思う。

 「断捨離」ブームは、廉価な物を衝動的に買い込んで沢山消費する文化には合うが、審美眼を持って良い物を大切に使う人の暮らしには全く合わないのだ。
現代の主婦層で、趣味を生かしたサロンなるものを開いたり、その種の講演を行うことが主婦の成功者のようにもてはやされているらしいブームにもどこか共通するものが感じられる。
 サロンというアマチュアな次元を超えて、20代30代で有名社寺での宴のプロデユースなどを手掛けてきた私の感性からは、「美意識」という限りない練磨と追及を要する崇高な次元の意識が、とってもあんちょこに語られ始めているような軽薄感に嫌気が感じられてならなく思えて来ていた。

 母の「美意識」の集成でもある衣服を、「断捨離」なんていう軽い気分で処分する気持ちには、私はどうしてもなれない。
 
 揺らぎ始めた自身の美意識を立て直すには、「美意識」における師匠が必要だと私の知性が直感した。

 空間的には、できれば、私は、3本の両親の和ダンスを、2本にしたいと思っていたのだけど、物質的に処分することへの強い違和感は無視できるものではなかった。

 私が乳飲み子であった頃に、着ていたと思われる銘仙の着物は、母の普段着ではあったのだけど、控えめな色合いの絵柄がとても美しい。
 母の結婚衣装であったと思われる白無垢はクリーム色に変色しているのだけど、大胆な吉祥模様が素晴らしく織り出されていて、これも見惚れる程の美しさだ。

 招いた師匠は、古い和ダンスから、和服を一枚一枚取り出してくれた。
もう10年、開けることのなかった和タンスから、息を飲む程に美しい衣装が顕れ出て来た。

 そして、祝儀用に使われたのであろう、美しい鶴が舞う金襴緞子の大小の袱紗を師匠が恭しく取り出した時の衝撃は、一流の古美術と直面するあの美意識の高ぶりにも似て、私の心に言葉に尽くせぬ感動を呼び起こした。
 昭和の匠が織りなした素晴らしいアートが、その古いタンスの中に眠っていたのだ。

 次々に現われる時代の美学を象徴するかのような芸術作品に圧倒されている間に、7時間という時間が過ぎた。
食事を摂ることも、ティータイムも忘れて整理していた私たちは疲労困憊していたのだけど、感性は驚く程冴えて美意識の高揚を実感していた。

 「これは・・・、言うまでもないことですが、どなたかに差し上げたり、処分するような種類の着物ではありませんね。」
師匠が微笑みながら、冷静沈着に重々しく口火を切った。、
 「驚きました。仰せの通りに私も思います。師匠に来ていただいてよかった。私は勘違いをしたまま処分する方  
 向に心を進めるべきと苦悩していたんです。「断捨離ブーム」に洗脳されて、取り返しのつかない大きな間違いを犯す所でした。
 これらは、母の人生のコレクション、近代史の遺品として大切に保存すに値する貴重な価値があります。」
私も微笑みながら応えた。
 それから、暫し呉服談議をした。
 幼い頃から熟知していたことであったはずなのだけど、呉服というのは、衣服であるだけではなく、身に纏う和の芸術だったことを、私は改めて確認した。

 昭和の時代に、母が贔屓にしていた呉服屋が、季節に一度、素晴らしい呉服を持って我が家を訪ねて来ていたことを思い出していた。
 彼は、誠に、美意識の崇高な、所謂呉服の目利きが鋭い素晴らしい呉服屋だった。
当時の馴染みの様々な商店がそうであったように、幾つかのお得意さんを持っていて、その家の品格や経済状態に応じて、彼は、卓越した美意識で京都の問屋や作家の工房から選りすぐった作品を、見せに来てくれた。
 同郷には、財閥と呼ばれる古来からの名家があって、そちらに持って行く呉服も一緒に見せて頂いたことが多かった。私の生家も、一時期は地方の名士と呼ばれる勢いがあったのだけど、日本の各地と同様に地場産業の低迷と祖父の時代からの政治道楽等で、多くの財は底をついた時代の分家であったことで、経済的には決して恵まれはいなかった。
 だけど、その呉服屋さんは、母の美意識をとても尊敬していて、財閥と呼ばれる名家や他の家に持って行く前に、必ず私の家に立ち寄って、彼が仕入れて来た素晴らしい着物の数々を見せてくれた。
 母が直感的に気に入って経済的に余裕がある時は、財閥用に仕入れた着物を母が買うこともあったのだけど、大概の場合は、我が家と同等の経済状態の何軒かの得意先用の価格帯のものの中から、母が気に入るものを購入することが多かった。
 その呉服屋さんが来る時は、さながら和の美術展のように、応接間に所狭しと素晴らしい呉服が並べられてた醍醐味が蘇ってきた。
「奥さんと、いとちゃんは、一番目が効かはるさかいに、一番先に持って来ますのや。」
と言いながら、彼は、惜しげもなく広げた商品の中から、母と私がどの着尺を選ぶのかを興味深げに見ていて、選んだ反物や着尺のそれぞれについて、如何に素晴らしいものなのかを物語ってくれたことも楽しかった。
それぞれの着物には、それぞれの物語があり、どこのどの工房で繭から糸を紡いで、どこで織られて反物になって、どこで誰が絵柄をどんな意味をこめて描かれたのか、或いは織の反物に仕上がってきたのか、作り手から着手に渡るまでのストーリーを詳細に聞かせて頂けたことが、更に着物を見る目を高くしてくれた。

 その後、そういう呉服屋が廃業する時代の流れが来た後は、一般の呉服屋の展示会で着物を買うようになったのだけど、そこで母と私が選ぶ着物は、価格帯は程々でも、呉服屋を唸らせるには充分な物ばかりだった。
 ある時、巡回で地方に来る廉価な均一価格の付け下げの着尺のバーゲン会場に、ふと気が向いた私が母を連れて行った時のこと。
 数百点の中から、目ざとく最も価値の高い美しい着尺を選び出した私たちの所に、責任者らしき人が来て、
「どうしてもその着尺をご所望ですか?実はその列の着尺はこちらの手違いで置いてしまったもので、この価格ではお譲りできないのです。他のを選びなおして下さい。」と言われたののを、
「嫌です。この会場は広告でも、会場の表示でも均一価格って表示されてますからこの数百の中からこれを選んだのです。私の美意識がこの作品と巡り合ってしまったのですから、他には代替できません。表示価格でお譲り頂きます。」なんて申し述べて、なんだかちょっと気まずい思いをしながら廉価で素敵な逸品を購入したエピソードまで思い出した。

 着物を選ぶという行為は、美術品を選ぶ目利きのように、母のの美意識の最高の極みの行為だった。

 そのコレクションを「断捨離」ブームに乗って処分すべきではないかしら?な~んて思考になって、苦渋の思いに行き詰まっていたなんて、なんともまあ、恐ろしい程の愚かな思考であったことか!

 そう、時代はどんなに移り変わっても、黄金律の如く、美意識は確固として存在するし、美意識の存在を保護し、保全することが、美しい暮らしを生み出してゆく至高の原理だ。

 旧来から存在する美しいモノをどれだけ長く有効に暮らしの中に生かしてゆけるかどうかが、家主の美意識の見せ所。
 京都の祇園祭に鉾が並ぶ通りの町屋でお披露目される、古い絨毯や、屏風や、和服等、雅な文化が思い浮かんだ。

 
 ようやく、家屋敷の整理の方向性が定まった。

テーマは、「日常生活と美の空間のコラボレーション」

 テーマが決まれば、実行あるのみ!

 人生は、幾つになっても学びと研究を私たちに与えてくれる。
時代のトレンドやブームに乗るのを止めて、自身で、見つける新しいテーマの発見の幸せが新しい暮らしのより豊かな幸せへの素晴らしい原動力になってゆくことに気づいた、心ときめく昨今です!