気が付くと、母が他界して1年が過ぎようとしている。
 
 飼い犬が呆け始めたのは、母が他界してひと月ほど経った頃からだっただろうか。
昨秋、弱りが出始めた彼が冬を越えてくれるかどうか・・・檜造りの犬小屋に、母の毛布を敷いて、屋根にもブランケットを掛けて、出来る限りの保温をした。
 家の中に入って遊ぶことも好きな子だったので、いつでも家に入れるようにサンルームの戸をあけっぱなしにしていたのだけど、私が風邪を引いただけで、彼はいつからかもう家の中に遊びに入ることは無くなっていた。
日々ハラハラと心配続きの厳寒の時期を越えて、春が来た。
 家の前に広がる野原に春の花が咲く頃には、彼の呆けた意識が覚醒し散歩を楽しみながら、彼は気ままに蝶や小鳥を追いかけていた。

 彼の急激な老化に、もうそんなに長くはないことを予期した私は、戸惑った。
この飼い犬は、我が家で生まれた子ではなくって、この犬種の専門店で、一目惚れしたある犬の兄弟が欲しいと依頼して、偶然誕生した子犬の一匹を譲り受けた子だった。

 18年前に、父が他界した後、半年ほどして、父の飼い犬も後を追うように他界した。先代の飼い犬は子犬を残してはいなかった。
  その後半年程、もう犬は飼わないと思っていたのだけど、犬のいない屋敷の庭が、なんとも無味乾燥な空間に思えてならない寂しさに耐えかねた私が、その犬種の保存会のリーダー的役職であった兄から名前を聞いたことのあるブリーダーに子犬を分けて欲しいと頼み込んだのだった。
 そのお宅を訪ねると、成犬の中に数頭の若犬がいた。
ゲージの中で遊んでいたポチと言う名の若犬が私の目に留まった。
子犬の時期を過ぎて数か月くらいの子で、その犬種の純血種に最もふさわしい被毛の色合いと硬さ、骨格の美しさ体幹のバランスといい、筋肉が付く頃には素晴らしい純血種としての威風堂々とした成犬に育つことは間違いなかった。その上、これは、この純血種が保存される前の洋犬の遺伝子が残っているのかもしれないのだけど、笑うと口角が上がる表情筋の癖と全体の精悍さとのアンバランスが得も言えぬ程可愛かった。
私は、直ぐに気に入って、どうしてもその子が欲しいとお願いした。
だけど、ポチは譲り手がなくてここにいるのではなくてコンクール用の子で、どうしても譲れないとのことだった。ならばと思って、私は、ポチの兄弟がもし誕生したら、是非にとお願いをしたのだった。
 子犬が産まれるまでの間、生まれるかどうかも分からないのに、私は母を連れて一緒にその店に月に一度はポチを見に行った。私は狐顔のポチが気に入ったのだけど、私以上長らく犬を飼って来た母は、タヌキ顔のサンタという犬が気に入ってそちらの子供か兄弟がいいと言い出したのだけど、こればかりは、先にお願いした私の好みを優先することにした。
 家にはいつも、犬がいるという環境で生きて来た人間にとって、犬が居ない家に居ると、たまらなく犬が恋しくなる。
只、ペットショップで犬を買うのと、ブリーダーに依頼して、犬の誕生を待つには大きな差異がある。
 犬にも雌雄の相性やタイミング、その時の状態や様々な要因があるので、周囲の人間がいくら努力したとしても仔犬が生まれないことがある。犬は人間よりも直感的な分、より好みが激しいように思う。
 これは、さながら、人間の養子を待つような、自然の気紛れな偶然の重なりでしかやって来ない幸福を待つことになる。
 願いが祈りに変わる時期が過ぎて、やがて父の一周忌が近づいて準備に明け暮れていた日、丁度命日の前日に、「可愛い仔犬が生まれました。赤毛の雄です。」というメールが入った。
 父からの最高のプレゼントのように、彼がこの世に誕生した至福の瞬間だった。
 そんな、経緯があって誕生した仔犬は、我が子のように可愛く思えた。
だけど、犬は犬である。日本では、幼犬の売買が盛んなのだけど、本来、仔犬は8カ月くらい親元で育ててから、1人立ちさせるのがいい。早く離すと、アレルギーや様々な疾患に罹患しやすいという難題が生じる。
 仔犬は小さければ小さい程可愛い。耳が垂れている頃の仔犬の愛おしさは格別で、早く引き取りたいのは山々であったのだけど、母犬の母乳をしっかり頂いて思い切り母犬に甘えながらすくすく育って、耳が立った頃、そう、生後3か月くらいになってから私宅に連れて帰ることにした。
 父の形見の車で、母の膝の上に乗せられて、「このふにゅふにゅとした感触は気持ち悪いわ・・・」と母に不平を言われながら、彼は至って元気に我が家にたどり着いたのだった。

 
 やがて、我が飼い犬は立ち上がることも困難な程に弱ってしまった。
私は、もう長くはないだろう彼の生涯の最後に、彼を私に譲って下さったご夫婦に電話を掛けて、現状を報告し、何かしてあげて欲しいことがないかどうかを尋ねた。
 貰われていった仔犬がどんな人生を生きるかは、その子の運命なのだけど、生み出した人は、手放した子であるが故の飼い主とは違った控えめな、だけど、もしかしたら飼い主以上かもしれない愛情が続くものなのだ。
 「私は育てさせて頂いただけで、そちらから頂いた子ですので、この子をこの世に生み出したお父さんお母さんから最後に何かしてやってほしいことがあれば、遠慮なく仰って下さい。」と。
 「これほどいい飼い方をして頂いたことは、お譲りした私たちにとっても本当に嬉しいことです。ゲージの中や家の中で飼っておられる人には、徘徊が始まるとサークルに入れることを勧めたりもしますが、自然の中で自由に暮させて頂いた子ですから、最後まで、自然の中で自由にしてやって下さい。のびのびと暮して来た子ですから、こちらから申し上げることは無いくらいに安心しています。」
 「私の育て方がよかったのかどうかは、よくわかりません。時代がリジッドになった現代では、犬も昔のように自由に生きれなくなりました。私自身の怪我や病気や母の介護もあって、もっと自然に育てることができなかったことが残念です。でも、今日も、庭で、時折我に返ったように、小鳥やチョウチョを追いかけてます。犬が持つ野性の本能は素晴らしいです。」、
 そんな会話をしていたら、愛犬ロストの時にと、ぬいぐるみの制作を勧められた。
抜け毛を洗ってぬいぐるみの詰め物にするらしい。
思わず、それって怖いんですけど・・・と言いそうになって息を飲んだ。
 そりゃあ飼い犬は可愛い。子供より可愛いと思う人も多いとも聞く。だけど、これはちょっと私の感性が合わない。
もしも、目の前に歴代の犬のぬいぐるみがあったら、一刻も早く自然界に還してやらねばと焦ると思う。しかし、何より亡き犬の形見のぬいぐるみであるが故に、どこかのお寺か神社に相談に行きたくなるくらい怖い!と思ってしまいそうだ。

 
 梅雨に入って彼の老化は一段と進んだ。
毎年梅雨になると、中耳炎か内耳炎を起こすことがあって、耳が痒いと訴える。
 今年もまた、同様の症状が出たのだけど、既に、彼には、自分で耳を掻く仕草が出来なくなって、首が折れるのではないかしらと思う程の姿勢で何度も何度も頭を地面にこすりつけるので、慌てて動物病院に連れて行った。
 彼は、動物病院が好きなような気がする。
いろんな犬や猫に会えるのを楽しがっていたのかもしれないのだけど、獣医さんが気に入っているのかもしれない。
 毎年ワクチンの接種とフィラリアの薬をもらいにゆくのだけど、昨年からワクチンは控えていたし、フィラリアの薬の量も減らしていた。 これは、長年、何頭かの犬を飼って来た私の直感に近い犬にとって最善と思うが故の判断だ。
 1年ぶりに行くと、獣医さんは、かなりびっくりした顔をしたかと思うと、彼の名前を読んで、微笑んで
「おお!頑張ってくれてるんだ!・・・痩せたね。17歳だと、人間だとこの犬種は92歳くらいになるかなあ。」
「9.5Kが9キロになりました。お蔭様で元気に長生きしてくれています。純血種は短命で今までの子は12歳くらいが平均でしたけど、歴代の犬の最高年齢を日々更新してくれてるんです。」
「よかったよかった。今日は、ワクチンですか?」
「いえ、耳が痒くて仕方ないと言います。」
「ああ、前もそう言ってたことがありましたね。」
「ステロイドの軟こうを塗ってますが、2~3日は効いても、再発を繰り返します。」
「う~ん。細菌感染かもしれないので、とりあえず点耳薬を出しておきます。」
 そんな感じで、我が飼い犬はその長寿に驚かれ、何かしら褒めてもらったことにご機嫌そうだった。
その点耳薬が効いたのか、その後、彼自身が試行錯誤?の上ドクダミの繁みに耳をこすりつけるとかゆみがマシになることを発見したからか、2週間程で、首が折れそうな程地面に頭をこすりつける仕草はしなくなった。
 
 やがて、雷と一緒に蒸し暑い今年の夏が来た。
夏の間中、彼は庭の中で一番涼しい縁の下で死んだかのように眠り続けた。
 起きるのはほんの僅か、食事と排泄だけだった。
 食事も摂らずに3日くらい寝続けることもあった。
流石に、死んだのかも?と心配になって、最初は匍匐歩行で縁側の下に救出に入っていたのだけど、触ると煩そうに手を除ける。生きているには違いないことに気が付いて、その後は、棒でつついて消息を確認することにしていた。
 夏の間の彼の行動時間は、深夜と早朝に限られていて、食事も真夜中と早朝にしか食さなくなっていた。
日が沈んで辺りの気温が下がった頃に、散歩に連れ出す時、しぶしぶ顔で起きて来るのだけど、外に出ると、他の野性生物の匂いがするようで、急に元気が出る。でも、庭に帰ると一目散に縁側の下に入って、伸びていた。

 今年の秋の訪れが少し早かったのが、彼の体調に幸いしたようだった。 
それでも、歩くのも精一杯、寝起きはやはり立ち上がるのも精一杯の様子である。
特に雨が降ると、雨の中でクルクルと円を描いて歩き回って、ずぶぬれになる。
なので、雨の日は、玄関に入れることにしているのだけど、限られた空間に閉じ込めると、更に筋力の低下と認知障害が悪化する。
 この環境の影響は、人間のご高齢者と全く同じである。

 思えば、私が飼い主であるのだけど、彼にとっては母は彼の母親のような存在であったらしい。
最後まで忘れなかった母の日々の仕事は、飼い犬に食事を与えることであったのだけど、母はいつからか、彼が鳴く度に食事を与えていたので、腐敗した食事を私がこっそり捨てるという塩梅になっていた。
 母の他界後、私が与える食事量は定量になって食べ残しは殆どなくなったのだけど、彼にしてみれば、母がいなくなってから暫く、食生活が貧相になった!と私に訴えた。
ペットフードや気に入らない食事を鼻先で放り散らすのだ。このあたりの感情表現も人間の認知症と酷似している。
母は、彼の食事は別鍋でキャベツと鳥の胸肉を炊いたものを白米に掛けて与えていたのが、やがて私が食事を摂るのが遅い日などは、私の夕食をそのまま彼に与えてしまっていたので、ここ数年の間に彼はグルメになっていたのかもしれないのだけど。
 何れにしても、母が他界してから、自身の食事を作ることも億劫になっていた私は、飼い犬がいたことで食事作りをかなり助けられていた。
飼い犬にとってのメインディナーは、あくまでもササミとキャベツの鳥ガラ風味煮なので、食事を作る気力も失せた私の食事にこのメニューが度々加わることになって、彼の為に食事を作ることが、自分の食事の用意の原動力になっていた時期が長くあった。

 ところが、真夏に入って彼の食欲ががっくりと落ちたのだ。
認知症と筋力の弱りも進行するにつれて、以前と同じ食事では彼の健康が保てないことに気が付いた。
真夏を乗り切れるかどうかが最大の問題だった。

 ドッグフードの研究は良く進んでいて、認知症対応の栄養素に特化したフードや、筋肉や関節の衰えを防ぐに特化したフードが販売されている。これらを適宜配合して、キャベツと鳥肉の煮物のスープでふやかす。そこに、白米とその日の私の夕食のメニューに合わせて、トッピングを加えた食事を与えることにした。
 犬も毎日同じ食事では飽きることがよく分かった。トッピングを変えると食欲が出る。

 夏場に落ちていた食欲を補うかのように、最近はこの食事をよく食べてくれるので、一安心。
17歳と3か月になった。
本来なら、岩の祠で眠り呆けて、餓死という最も苦痛の少ない死を迎える一頭の犬が、人間との関わりによって、その生命の限りを尽くそうとしていることに、生命と生命が触れ合う最高の感動を覚えることが多くなった。


 最近、下界では、2025年問題に関して、「働けなくなった人は死んでもらう。高齢者で自費で介護や医療を賄えない人は安楽死。でないと若者が医療や福祉に捕られて国力が落ちる!」等という、悪魔のささやき以下の最悪な発言がネット上に散見される。
こういうたわけた言を目にするたびに、2025年問題神経症が発症している~と心の底から嘆息が出る。
 彼らの論旨の多くは、これからの若者が医療と福祉分野に集中すれば、2025年問題が終わった時に、日本の生産力?が低下し、経済競争力が下落し、国力が落ちると短絡的に危惧しているのは、余りにもノウタリンが過ぎるのだけど。
 「真面目に相手するとこちらがおかしくなりそうだと思う時は、相手に向精神薬が必要な時である!」という、英語のドクターズ格言なるものを思い出す程不思議な暴言が横行する時代になったものだと思う。

 そもそも、多くの製造業が労働力が廉価な海外に移転した日本では、既に生産力で国力を維持する時代は過ぎ去った。この半世紀で、国の産業形態は劇的に変化を遂げ、厚労省の年収統計を見ると、50代の大卒男性の平均年収は900万円以上に上る時代になっているのだけど、その中でも最も高給なのは、保険会社や銀行など「マネー」を扱う種類のサラリーマンたちである。
この現実は、私たちに、私たちが「マネー・ゲーム」の真っ最中の経済大国に生きていることを実感させる。
「マネー」が「マネー」を生み出す時代は更に加速するだろう。
 「マネー・ゲーム」の勝者達はますます果敢に世界の「マネー」を掌握する方向性に向かう。この方向性は止むことはない。 
 この現実を前提として、考える時、何故、少子高齢化社会に激論を飛ばしている人達が、今自国内で必要とされている医療と福祉をより充実させることを、ちゃっかり未来の国家の繁栄の基礎とし、国際社会における最強不倒の経済競争力の要にするように考えないのだろうか?とすこぶる不審に思う。
 既に、欧州では、自国の医療福祉政策の貧弱さに愛想を尽かした人たちが、隣国の病院や介護施設に集客されているのは事実であるし、優れた病院や施設は国境を越える集客力があることで、経済的繁栄を生んでいる。
 医療福祉産業は、人間が病病に罹患し老化する限りは、永遠に存在する市場であり、かつ人間の心を優しくする最も人間らしさを育むことができる最上級の業種で高い経済効果を生み出し続ける産業だ。
 更に、日本には、「おもてなしの心」と呼ばれる、気踏み・気遣い・気回し・など「気」を読む能力が未だ僅かに生きている。この日本人のきめ細やかな洗練された性格を練磨した本当のホスピタリティーをより一層力を注いで育てて、先ず、自国に医療福祉のユートピアを造り出すこと、更に、元々日本には優秀な研究者が多くおられるのだから、医学の研究により多くの投資を行い医療福祉立国とすることを何故語らないのだろうか?

 人間には、富や名声や権力を持てば持つほど、自身の生命と健康に執着する心理傾向がある。
もしも、この国が、「あの国に行けば心身を蘇らせることができる」「出来る限り健康で、たとえ寝たきりになっても幸せに心安らかに暮すことができる」と想われせるような医療福祉大国になれたとしたら、更により多くの資本が日本に流入し、日本の国力は衰えるどころか世界最強に育ってゆく。
 軍備や核大国は人類を破壊するというマイナスの意味において威力を持つが、医療福祉大国は人類を救うというプラスの意味において世界人類に欠くことができない絶対的な威力を有することができる。

 日本が揺らげば自身の生命の安寧も揺らぐと、世界に思わせることができる程の医療福祉大国を立国することを語る者がいないのも、今流行りの情報操作なのだろうか?

 
 我が飼い犬は混迷の時代に生まれた犬である。
以前の飼い犬は、現代よりも世の中がシンプルでマイルドであったので、家の周囲約10㎞程をテリトリーとしていて、ご近所の人間たちにも可愛がってもらっていたし、犬同士の付き合いも幅広かった。
 なにかとリジッドに窮屈に自由が失われつつある時代には大いなる反骨精神を持っている私は、彼を以前の犬と同様に自由に育てようとした。
私の気持ちを察したのかどうか、子犬の頃から、彼は、庭の塀の下に穴を掘って、勝手に外出してご近所さんの人気者になってくれていた。
 そして、もう1つ、私は彼を山歩きの相棒として育てたいと思った。
元々が猟犬であるので、彼は山に入ると獣の匂いを追う習性を持っていた。
よく躾けられた猟犬であっても、獣を深追いして、飼い主の元に戻れなくなる犬もいる。
 その為のトレーニングを始めていた時に、私が追突事故に遭って重症を負ったことが私のみならず彼のその後の人生まで変えてしまったのだった。
トレーニングに最も必要な時期を逸してしまった。この躾けが出来ていないと、彼を自由に外出させたり、山歩きに同行させた時に、生命の危険に関わる事故が起こりかねないことを危惧した私は、彼のテリトリーを散歩以外は、屋敷の庭に限定して、番犬として飼うことにした。
 彼の人生は、いかなるものであったのだろうか?と思う時、全権をゆだねられていた私としては、切なさが心に痛い。より、もっと、本来の犬らしく奔放に生きさせてやりたかったと思う。

 ただ、ひとつだけ、私の所に来たことが、彼にとってよかっただろうと思えることは、彼がペットとして溺愛されたり、飼い主に支配され何かを強制される対象ではなく、100坪ほどしかない狭い庭ではあっても自分の王国を持ち自分で考え、自由に自分の意志に従ってのびのびと生き、飼い主と意志の疎通が交わせる自立した犬として生きて来たことだと思う。
 そして、彼が私の所に来たことが、私にとってよかったと思えることは、何よりも、弱った人間をどうにかして助けようとする気性、永遠の眠りについた母を揺り起こそうとする程拙くはあるがいざと言う時の愛に満ちた行動、自身が既に弱り果てて呆けていながらも、人の健康と心情を静かに気遣う仕草を見せる程気踏みが出来る心優しい子に育ってくれたことだ。
 
 飼い犬には、何の生産力もなければ経済効果も生み出すことは無い。
働けなくなったら安楽死を!などと狂気の叫びをあげている者には到底理解できないだろう、最上級の幸せに満たされた心豊かな生命の蜜月を、今、私は感受しているのだけど。


 それにしても、社会に役に立たない自分は自殺したいと言う話を聞く時に感じる直感と、社会に役に立たない者に安楽死を!という暴言を聞く違和感には大いなる違いがある。
 前者は、鬱病と診断されている場合においても自身の存在否定から自己肯定への過渡期に生ずる自然な苦悩であるのだけど、後者には、集団殺人思想犯になりかねない人格障害が疑われる。
 
 社会の軍備拡張路線と戦争予期不安神経症の進行と同時に、消排斥的殺人思想の一種が同時に進行していることが、前時代の戦争史に見られる傾向でもあることがとても興味深い。
 経済恐慌・人心の荒廃・排他主義等々・戦争への序章は枚挙に暇ないが、全てに共通して見受けられることは、一般人の予期不安の高ぶり、集団催眠のような洗脳の繁茂、そして、ある引き金が引かれることだ。
 おバカなまやましに乗らない為に肝心なのは、社会の未来をマイナス思考で考えずにプラス思考で考える能力を堅持すること、情報を客観的に見て自身の直感を磨くこと。マスコミやネット情報はその情報ソースを確認すること。常に海外の情報に触れ続けること。少なくとも3人以上の異国の友達との交信を続けること。

 20世紀の世界戦争以降、我が国において、どれだけ個々人のレベルにおいて理性と知性を成長させることができ、個々人が真に自立できているかを見定めることができる好機が到来しているようだ。