眠れない夜が続いている。
 飼い犬が殺害された事件から、動揺の嵐は遠ざかったものの、悲しみと悔しさは癒えない。


 一体、人生はなんという苦難の連続なんだろうかと思う。
 だから天国や極楽浄土って概念が人間には必要なのだろうと思う。
だけど、死という静謐で穏やかな世界にたどり着くまでは、どんなに四苦八苦してでも、生きてゆかねばならない。

心に衝撃を受けた時には以下のような「悲嘆のプロセス」が生じる。これらは、順序立って起きることもあるし、交差したり、行きつ戻りつすることもあれば、上手くこなしてゆかなければ、途中で人格に歪みが生じることもある。

1.精神的打撃と麻痺状態
2.否認
3.パニック
4.怒りと不当感
5.敵意とうらみ
6.罪責感
7.空想形成ないし幻想
8.孤独感と抑うつ
9.精神的混乱と無関心
10.あきらめー受容
11.新しい希望
12.立ち直りの段階

 あの日、飼い犬をキッチンに閉じ込めておけば・・・私が風邪などひかなければ・・・私が眠り込まなければ・・・
自責の念に苦しんでいる自身がいることに気が付く。

 これって、ガンに罹患した時に感じた自責の念に似ている。
こんなに強く自責の念を感じることが、タイプCの特徴なのだろうか。
ともあれ、この自責の念だけはどうにかして避けなければ、またガンを発症してしまいそうだ。

 ある友達が、「自分を責めるのは間違っている。悪いのはその犯人でしょ!」
と言ってくれたことで、目が覚めた。
 そう、悪いのはサイコパスな犯人なんだけど。


 最初、愛犬に何が起きたのかが、私には分からなかった。
こちらは私の愚痴ブログになって久しいので、書いてもいいかと思いつつ、今も再現することが憚られ続けている。

 その光景を見た瞬間、私は、自殺!?と思った。
その時の私は、まさか、そんな酷い殺害を行う人間がいるなんて夢にも思わなかった。
何度も、自殺未遂の患者さんを助けたことがあったし、首吊り自殺の話は平素から耳にしていたし、そのようにして亡くなった人も知っていたからだろう。

 忘れもしない1月16日、午後5時半頃、テラスから表庭へ通じるサッシ戸を開けると、そこには想像もできない光景があった。
 普段は塀の外に設置してあるゴミネットが、ロープのように捻じれて塀の中に垂らされ、
飼い犬がそのロープで首を吊った状態で宙づりになっている光景を、私は目の当たりにした。
 
 先にもあらましを記載した通り、発見時の私は、唯々、彼を助けようと必死になった。

 既に息絶えた彼の体を抱えて、ロープ状に捩られたネットから彼の頸を外そうとしても、4本の指がどうにか入る程の余地しかなく、キッチンに鋏を取りに走った。

 左腕で彼を抱えて、右手の指が痛かったほどの勢いでロープ状になった網を必死で切った記憶が蘇る。
ロープ状にねじられた網はキッチン鋏では、太刀打ちできない程硬く、切るというよりも、鋏の跡形が残る程指に食い込むのも気にせずに、ギシギシとちぎり取った記憶がある。

 何が起きたかが、私には分からなかった。
自分が見た光景の恐ろしさを言葉に出来ずに、どうしていいか分からなくて、信頼できる友達に電話をして、「人間の首吊り自殺のようだった。」と話したのだけど、詳細を話すことが躊躇われたこともあって、「犬が自殺なんてするわけはないから、事故だったんだろう。」という返事が返ってきた。
 本来であれば、ここで、警察を呼ぶべきだったのだけど、何かの思い違いではないか?と思うのもタイプCの特徴だと思う。
 
 春を予感させる陽射しが降り注ぐ穏やかな真昼に、自分の家の庭で、年老いて無抵抗な愛犬が、そんな風に惨殺されるなんて思いもよらないし、今も信じられない気がする。
 我が家の表庭に出るテラスのサッシ戸は、田舎家によくある重厚な格子が入った重い戸であって、犬が勝手に開けることができるようなものではなかったのだけど、宅急便の配送人さんが閉め忘れたのだろうと、ゴミのネットはゴミの回収人さんが、跳ね上げたのだろうと、よいお天気で飼い犬の元気が回復したか何かで、いつもは決して行かない蔓桔梗とアイビーの繁みの向こうまで歩いて行って、そこで自らゴミネットをクルクルと頸に巻きつけたのだろう・・・偶然が重なった事故に違いないと思い込もうとしたのだけど。

 その光景を見たという事実を、私の心がシャットアウトしたというか、シャットアウトしたかったのだと思う。
 掛け替えのない命を取り戻そうと必死になっても、戻って来なかったことも、私には耐えられない現実だった。


 ペットではなくって、番犬として育てた我が犬は、野性味が強かったから、年老いて不自由になるまで、飼い主の私が抱っこしても、じっとしていることなんてなかった。
 彼をペットのように可愛がることができるようになったのは、彼が老衰して不自由になって家に上げてからのことで、それは蜜月と言っていい程幸せな時間だった。
 
 その時間が突然、絶たれたショックも余りにも大きかった。

 
 彼の死因となった憎らしいロープ状にねじられた網をゴミ箱に投げ捨てて、もう、戻って来ない飼い犬の記憶を蘇らせる全てのものを処分することに精いっぱいになった。

 事の異常さに気が付いたのは、翌朝、2時間程眠って、その光景が脳裏に蘇った時のことだった。
否定したり誤魔化している場合ではなかった。
どんな辛いことでも、直視しなければならない時がある。

 偶然の事故である可能性を確認しなkればならない。

 ゴミの網を誰が投げ入れたのか?
 テラスのサッシを誰が開けたのか?

 それぞれの関係者に電話で確認することにした。
ゴミの回収係の人は、ゴミネットを移動するようなことはしないとのこと・・・
いつも私宅を担当してくれてる顔なじみの宅急便の配送人さんは、犬がいたことを確認してくれていて、なのでサッシと前の門扉をしっかりと閉めたとのこと・・・
 この証言は、職業柄も、疑う余地はなかった。
 
 そして、近隣に尋ねて歩くと、午後1時50分に飼い犬のいつもの遠吠えを数回聞いてくれていた人がいた。
この時に、飼い犬は、異変を感じて私を呼んだのだろう。
 ワンワンと吠えることもできなくなっていた飼い犬が、遠吠えをするのは、排泄か余程お腹がすいた時、或いは、優れた番犬であったので、彼の王国に何か異変が起きたことを私に知らせる時でしかない。
 なんということだろう!私は、衝撃に打ち震えた。私を呼ぶ声にこたえてやれなかった悲しみは言葉に尽くせるものではなかった。
 それにしても、無抵抗な犬を首吊りさせるなどという残虐なことができる人間は、サイコパスとしか言いようがない。

 こんな犯人を野放しにしては、更に被害者が出る可能性が高すぎる。

 捕獲して絞首刑にしてやる!

 と、私は、警察に通報し、現場検証が行われたのだけど、いくら愛犬とは言え、法律上は「器物損壊」と「動物愛護法違反」の事件の扱いにしかならないらしく、また、殺害から時間が経って、現場を私が片付けてしまっていたことから、捜査にも力が入っていないような気配だった。
 
 「わかりませんし、捜査のしようもありません。」との返事が返ってきた。

 この対応に触れ、私はショックで呆けた気分から、現実的な怒りがフツフツと湧き上がり、完全に覚醒した。

 冗談じゃない!こちらは、愛する者を殺害されたんだ!

 「わかりました。そういうことですか。以前の、ネット事件も、家宅侵入の事件も、結局は私が捜査して、証拠を提出したのと同じってことなんですね?」
 溜息を吐き捨てるように、私はその憎たらしい警官たちに言った。

 それだけなら、まだしも、更に、頓馬なその警官の上司が、「探偵の知り合いがいるのですか。」と私に尋た。
来奴は何を抜かすのだ!警官が探偵に頼ってどうするんだ!こういう低レベルな人間は相手にしたくもない。
「ああ、そういうものかもしれませんね。」と言いながら、恥を知れ!と思った。

 いずれにせよ、こんなバカモノかバケモノか分からない意味不明の人達の相手をしている暇はない。

 こちらは喪中の直中で、これから通夜とお葬式を出さなければならない状況にあった。
かなしみを越える怒りの怒涛が津波のように押し寄せてきたのだけど、私が、我が愛犬の為にしてあげることができるのは、出来る限りの心を尽くして葬って上げることだった。
  
 私は、父母を見送った時と同様に、愛犬の亡骸を、彼が好きだった場所、仏間の仏壇の前に安置し、彼が好きだった彼の王国に咲く、山茶花と白い椿とヒイラギ南天の蕾、そして、今咲こうとしている梅おもいのままにの一枝を彼の亡骸の周囲に散りばめ、自身の読経で通夜を行い、かねてから万が一の時にとお願いしていた信頼できる親友に葬儀と埋葬をお願いすることにした。
 
 何人かの信頼できる友人に、愛犬の悲報を伝えた。
最も私が愛する友の1人が、愛犬に捧げる素晴らしい詩歌を送ってくれた。番犬としての務めを果たし終えた彼への最高の賛辞がとても美しく表現された素晴らしい詩歌が、私の心を最も慰めてくれた。
 私は彼が私の飼い犬に贈ってくれたその詩歌を、薄い水色の美しい和紙に、毛筆で書きしたためた。

 https://www.youtube.com/watch?v=EvmkDC4aaOI
Will the Circle Be Unbrokenの友情のハミングが木霊す中、愛犬は、その文を胸に抱いて、若犬の頃駆け巡った大自然の大地に抱かれ、自然に還って逝った。

 彼は、歴代の飼い犬の中でも、最も私の人生の苦難を共にしてくれた大親友だったから、私自身も有難い友情に包まれて彼を見送ることができたことが何よりもの私の心の救いになった。

 とはいうものの、この愛犬殺害事件は、犬の殺害のみにとどまらず、その後更なる展開を見ることになる。

と、ここまで書くにも、物凄い気力を消耗してしまったので、続きは、またの機会にしたいと思う。