愛犬を殺害された事件があって、いよいよ、私はこの田舎屋敷での一人暮らしという問題に対峙しなければならなくなった。引っ越しをするには経済的に余力がないので、4月くらいから、また定期的に都会のホテル暮らしをしようと思い始めた。
 ネットで購入すると、一流ホテルでも一泊数千円で宿泊できる昨今では、定住する気持ちがなければ、都市部での暮らしはホテル暮らしの方がずっと格安で安全且つ快適に過ごせる。

 飼い犬がいなくなった今、自分を守るのは自分しかいなくなった。
病後衰弱した自身の体力と筋力が悔しい。
 病前は、銃を持たない人間であれば、一対一で対峙することに不安はさほど感じたことはなかった。
人間は不意打ちには弱いので、狙う方が狙われる方より分が悪くなるけれど、私宅などに居る場合は、予め気配が分かれば、正当防衛の範囲での反撃は可能だと信じられる腕力があったのだと思う。

 今や、腕立て伏せも10回くらいでダウンするし、懸垂は2回が精いっぱいという情けない筋力となって、スクワットも30回で筋肉が限界を上げるって状況にも、全く自信がなくなってしまっている。

 ここに住まいし続けるには、もう一度、番犬を育てるしかないのか?と思うのだけど、真面目に番犬を育てるには、かなりの時間と根気強いトレーニングが必要になる。


 多くの犬が愛玩犬となってゆくこの時代の流れの中で、 『番犬の育て方』について、以下に書き留めて置きたくおもう。

 犬には、テリトリーを持つという本能が存在している。
なので、幼犬の時期から、犬に、番犬としてのテリトリーを認識してもらう必要がある。

 私の飼い犬には、近隣約4000坪の範囲を彼のテリトリーとして認識してもらうように、時間が許す限り幼犬の時期に、この範囲に限っては自由に放して、探索させた。犬の飼育で最も大切なのは幼犬の時期だと思う。
この頃出来るだけ多くの人に会わせることで、人間という動物を認識させると、人を見る目を養えるように思う。
人間と接することで人懐こくなる時期でもある。なので、この時期にできるだけ放し飼いにする時間を設けることによって、彼が自分でテリトリーを抜け出してゆかないようにさえ気を付ければ、彼に人を見る目を養い、周囲にいる人達の和みにもなるっていう一石二鳥の効果も得られる。
日々の散歩も、このテリトリーの外周から内側を回ることを常として、他には連れ出さないことでかなり完璧に近いテリトリー意識を育むことができる。

 自分のテリトリーを覚えると、犬は、その中に侵入してくる人間や他の動物を警戒して吠えるようになる。
侵入者に応じて上手に吠えれるようになると、「ありがとう」と言ってご褒美を与えることも、日課にした。

 また、来訪するお客さんの中で、怪しい人と無害な人を見分けることにも少しだけトレーニングが必要だと思う。これにも生後1年間の間が最もよく覚える時期だと思う。
 いろんな来客がある中で、訪問販売であるとか、突然やって来る一見の客に対しては、吠えることを教える。
ちょっと相手には失礼かもしれないのだけど、要注意人物が来訪した時も、吠えることを教える。
 吠えるべき相手が来訪した時には、私が席を外して、内緒でバウという合図を送る。吠えるべきではない相手に吠える場合は、内緒でシャットという合図を送る。これも上手にできたら、ありがとうとお礼を言うと、ご褒美は与えなくても、やがて本犬は褒められたことだけで満足して微笑むようになる。
 大体、数十人の来客に対して、この見分けを教えると、後は、不思議と、犬自身の判断力で、上手に見分けて吠えるべき相手か吠えてはいけない相手かを悟るようになる。
 間違えた時は、指摘する必要があるが、1年を過ぎる時期になると略間違いなく、相手を見分けることができるようになって、気のいい私自身が、あれ?と思う相手であっても、実は、後々私に災難をもたらす人であったという逆転の直感が犬に備わるのようなるのは何故かはわからないのだけど・・・
 但し、犬自身が対抗意識を持つ犬を飼っている人や連れて来た人にだけは、吠え続けるのは致し方ないので、これは大目にみないといけない。

 私が、飼い犬を家に連れて帰ったのは生後3か月程で、暫くはゲージに入れていたのだけど、一月もしないうちに、彼はゲージに入ることを嫌がって、自分でテリトリーを広げ始めた。この自由を求める時期に飼い主が、犬を叱ったり、閉じ込めたりしないことが番犬としての素養を育てる最初の第一歩だと思う。
 ここで、ゲージに閉じ込めてしまったり、室内に閉じ込めてしまう癖をつけると、ゲージの中や家の中だけが自分のテリトリーであって、外界を怖がるようになるので、少々じらしながら、本犬の本能を十分にみなぎらせた上で外界に導き出すタイミングを見計らうには、非常に繊細な心遣いが必要となる。
 このタイミングが家犬として飼うか、番犬として飼うかの分かれ道とも言えると思う。

 多くの犬が、室内で生まれる昨今では、犬が本来持って生まれた本能をどれだけ引き出せるか?で、勝負が決まると言って過言ではない。

 2年目から3年目に入ると、注意しなければいけないのが、本犬のテリトリーに入って来るよそ者の犬に激しく向かって行くという番犬本来の闘争心が最も強くなることだと思う。この時、リードの範囲内であれば他の犬に向かっていったからと言って、本犬を叱ってはいけないのが鉄則だ。但し、相手の飼い主には本犬の無礼を飼い主である私が謝罪する必要があるし、リードを噛みちぎって他の犬に本当に向かって行く時は、止めなければならいことは勿論、飼い主の責任として、誠心誠意相手の飼い主に謝罪する必要がある。

 我が愛犬は、今までの愛犬よりも智慧の働く子であったので、テリトリーに侵入してきた相手に向かってゆく前に自分が繋がれているリードを噛みちぎろうとする知恵が豊かな子だった。
なので、この時期には数回リードを新調する必要があった。

 また、2年目から3年目くらいになると、彼のテリトリー以外の場所まで散歩範囲を広げることも大切だ。
テリトリー外にでたら、愛犬の穏やかで人懐こく、愛想のよいふるまいを褒める。他の犬と対面した時は、お座りして礼儀正しく穏やかに見送るようにリード捌きをすることも自分のテリトリーと、テリトリー外との違いを教えるには絶好のチャンスとなる。

 この頃に、私は追突事故に遭って、脊椎損傷を負い、半年ほどこのトレーニングができなかったことで、我が愛犬には、それまでに認識した自身のテリトリーから出ることを怖がる癖がついてしまったのは、本犬に対して本当に可愛そうなことをしたと思う。

 このように、最初の3年のトレーニングが、犬を番犬として育てる基礎になるのだけど、それが上手く行けば、毎日テリトリーの外周を散歩させるだけでoK!

 本犬が自立した人格を持つに連れて、庭を住処とする犬であっても、家の中を住処とする飼い主の気踏みをしながら、番犬の役割を自主的に学習してくれるのが、忠義の犬と呼ばれる、日本犬独特の素晴らしい特性だ。

 
 次の犬を迎えるとなると、私の年齢では、この3年のトレーニングは出来たとしても、17年もの犬の寿命より自分が長く生きれるとは考えにくいものがある。

 自身の人生を今は70歳と設定している私にとっては、もし犬を残してゆくとしたら、私は死ぬに死にきれない思いがする。

 それに、何よりもの不自由は、私が1人暮らしになったことで、犬を飼うと3,4日以上家を空けられなくなることだ。
 ペットホテルが完備している都心部とは違うし、本来の犬の習性から言うと、3.4日であれば、ペットホテルに預けるのではなく、その犬のいつもの場所で、餌と水が耐えないように与えて置くことが最善の方法だ。

 但し、私の場合は、海外渡航する時は、最低でも10日は滞在したいと思う。
短期間の旅や移動型の旅には、私は全く興味がない。
 体調が弱ってからは、ますます、旅の疲れが出やすくなっているので、短旅はもうできなくなっているし、したいとも思わなくなった。

 となると、やはりもう犬は飼えない・・・と言うか、飼うべきではないと思う。

 保護犬の引き取りを考えてもいるのだけど、ペットとして飼うには保護犬もありだが、私は犬をペット扱いすることに慣れていないので、やはり自立した人格を持った番犬として飼いたいと思うので、それには、最初から手塩にかけて育てなければならないという責任と課題が大きくのしかかって来る。

 育て上げ時点であれば、ペットシッターさんにお願いすることも有りかと思うのだけど、そうそうこちらの気ままな旅の都合に合わせてくれるペットシッターさんはおられないだろうとも思う。


 今週は、保護犬の施設を訪問する予定をしている。
保護犬たちが、人間のサイコパス的残忍さで殺害されないように、私自身にできる限りの支援をさせて頂きたいと申し出ようと思う。

 愛犬はもう戻ってくることはないけれど、この思いを社会問題として考え、自分に出来ることを行い社会に反映してゆく努力してゆくことで、私の心は救われてゆく。

 母を見送った時もそうであったように。。。

 そして、私は、確定申告と、アヒルのアフラック社との係争の書類の締め切りに追われながら、春を待って、新しい人生に向かって歩き出すだろう。


 もう、故郷に私を引き留めるものは、無くなったのだ。
 そう、私は、もう完全に、自由になったのだ。

 悲しい別れを経たけれど、私自身は自由にどこにでも翼を伸ばせる魂の自由を得た事には、違いない。

もうひとつ、一緒にこの人生を自由に明るく楽しく互いを思い遣りながら飛び回れる信頼できるパートナーを、見つけるという大仕事が待っている。


 果てしなく続いて行くように見える人生は、またいつ何時終焉を告げられるかもしれない。

それでも、人生は続いてゆくのだから。