どんなに年齢を重ねても、誰にだって、初めての経験ってある。

 暑い夏の昼下がり、突然、とある所謂ハイスペックな男友達からプロポーズの言葉を頂いた。

「結婚して幸せになろう!」

 ???一緒にお茶を飲んだり食事をしたことはあっても、未だ一度もデートにも誘って頂いたことのない友達からこんな唐突なお申し出を受けるのは初めての経験だ。
 驚愕した私は、事の次第が全く理解できなくって絶句した。
お茶でも飲んでたら、相手に向かって吹き出すという失態を演じていただろう。

 猛暑が続いている。
この暑さでは誰でも常軌を逸した言動の一つくらいはしたくなるだろう。余程、現実の世界にストレスが溜まっているのだろう。
ぼんやりとそんなことを考たりして、唐突に投げかけられた言葉に直面して、返す言葉は見つからなかった。
 沈黙する私に、友達は次の言葉を投げかけた。

「君は、結婚したくないの?幸せになりたくないの?」

???ますます、私の心中では、彼の正気が思い量られた。
彼は、決して20代ではなくって、私と同世代の、離婚歴まである男性である。

 こうした場合何て応えて差し上げることがベターだろうか?と思索した。
「私って、幸せじゃなさそうに見えますか?」
とジョークできり返そうか?とも思ったのだけど、彼の言葉を受けて、私の心に湧き立った疑問は余りにも哲学的、倫理的に大きすぎた。

「結婚して幸せになるって、どういう状態でしょう?」

「結婚すれば、幸せになれるよ。」

「私、結婚してないけど、今も幸せなんだけど」

「でも、結婚したい、幸せになりたい、と思うでしょ?」

「???」

「結婚して、幸せになろう!」

「???!!!」


 私は、還暦に近づくこの年齢になるまで、これ程意味不明なプロポーズは聞いたことが無かった。
意味不明が過ぎたので、頭をフル回転させてこのお申し出を回避する方法を探した。

 この暑さだから、逆上されては困るし、友達関係を壊すことは私は致したくない。
ここは、思案のしどころだ・・・・・・
相手と私は、男女関係の価値観と結婚観が違うことを端的に示して、友達関係だけを維持したい。

 相手が、何かを取り出そうと胸ポケットに手を入れた瞬間、私は、慌てて、できるだけ明るく無邪気にこう言った。

「そうね。私も、時々、幸せな結婚がしたいと思うわ。でもね。結婚=幸せではないよね。

 私の幸せな結婚のイメージは、フランスかイギリスかローマの正式なチャペルでの2人っきりの結婚式♪
これから2人で、新しい未来を協力して創ってゆく約束を交わすの。
 ウェディングドレスは、白のサテンにプラチナの刺繍の入ったシンプルなのがいいなって思ってる♪
 日本のご両家のご結婚式って、2人の信頼関係じゃなくって、それぞれの親戚の柵から始まるから、私には無理。柵の不幸は要らない。ダイヤモンドの指輪も要らないって思うの。
 派手な型式や貢物よりも、毎朝、私の眠っている間に、朝食を作ってくれて優しく起こしてくれる約束の方がずっと幸せ。年代的に、もうそんなに海外旅行もできないから、結婚当初は、年に一度くらい海外のクルージングの旅と滞在型の旅をして、数年経ったら、近くの温泉旅行が良さそうに思うわ。
 お相手には心から尽くしたいと思う。日々の暮らしをカンフォタブルな寛ぎと安らぎで満たして、ささやかでも自分の分は経済的にも協力するわ。
 結婚して幸せになるために一番大切なのは、唯々、お互いに、いたわり合い、いつくしみ合い、尽くし合えて、いざとなればたとえ親兄弟や友達や子供であっても世界中を敵に回すことになっても、お互いが最後まで味方でいるって約束ができる最強の信頼関係だと思うの。
 私が永遠の愛を誓えて、婚姻関係を結べるのは、そういう関係になれる人なの。」


 お相手は、ここでフリーズした。

 彼は、原家族が大好きな人だから、以前の結婚と同様に、嫁をご両家の結婚という柵に嵌めたいだろうし、嫁の味方をして親兄弟を敵に回すなんて夢にも思わないだろう。 
 私と彼との最大の違いは、私は年若く原家族から自立し孤高の人生を歩んで来たのだけど、彼は離婚後、原家族の中に帰ったほど、ある意味恵まれた原家庭環境にある人だった。
 それに、彼は海外旅行が苦手だ。更には、旧来の結婚観から脱皮できてなくて、社会的にはジェンダーフリーの気質であるのに、プライベートな嫁探しとなると、女性をご自分に都合のいいモノのようにしか考えられなくなって以前の婚姻を破棄したという旧態依然とした粗大ゴミのような難点がある。
 今まで友達であっても、恋愛関係に嵌らなかったのは、お互いの会話を通して、結婚についての価値観の大きな相違をお互いが察知していたからだ。相手が、この暗黙の了解を越えて申し出たことは、常軌を逸してるとしか思えない。
 

 お相手が、フリーズしている間に、私は話題を切り替えようとした。
「そう言えば、来月〇〇さん達がテニスの集いを計画してるみたい・・・」と話し始めた途端に、

 またしても突然、

「もういい。僕から断る。もう友達でも何でもない!一切、連絡はしないでくれ!」
  
 これには、私がフリーズした。
こんな簡単に人間関係をフリーズさせることができるなんて、最低!
今までの私たちの人間関係は一体何だったんだろう・・・

 私はとっても情けなくなって、考え込んでしまった。

 
 そう言えば、彼は最近、涙脆くなった・と漏らしていたことを思い出した。
 彼は、独り暮らしではあるけど、近隣に住む原家族と濃すぎる程の愛情を持って日々行き来しながら暮らしていたので、気に留めることが無かったのだけど。
 どういう環境にあっても、理性と知性と思慮深い人が、独りで年齢を重ねてゆくことの寂しさには、変わりがないのかもしれない。 偶然で生じる親子の縁や、他の楽しみに心を向けて誤魔化したとしても、人生の真のパートナーを持たないものの心底の孤独はとほうもなく深いのだ。

 宗教に陶酔できなくなった現代人が、孤独を感じずに生きる為に最も必要なのは、心から信頼し合い、気を許し合え、共に成長しお互いの人生を見守り続けてゆける確実な相手の存在となったように思う。

 独身で生き続けることって、環境や程度に差はあってたとしても、パートナーを持っていたり子供がいる場合には想像もつかない程の、絶望的な孤独の中での人生の強行軍なのだ。

 彼の心の中には、私には伺い知れない個人的な大きなストレスが積み重なっていたのかもしれない。
 
 ここまで考えて、私は、本当に席を立ち、連絡も絶つことにした。



 今年の夏は暑すぎる。


 私も、また、孤独の中での人生の強行軍の一人だ。
パートナーがいない心細さや寂しさが、心を弱くすることも熟知しているので、時折、自身の内にある宗教心に心の平安を見出しているのだけど、現実問題としては、どうにかしてお互いに合うパートナーを探すことが、これからの私の人生ですべき最も大切で、最難関の大仕事だと思い続けているし、もしかしたら永遠にその思いを抱き続けてゆくのかもしれない。
 
 それにしても、デートもしたことのない只の女友達に、男性が、突然、
「結婚して幸せになろう!」なんて宣うなんて、あり得ないし、私には全く理解できない気持ちの悪さが残ってしまった。

 
 彼が言った「幸せ」って一体何なんだろう?

 いつも幸せを味わいながら過ごすのは楽しいけど、既に私にとっての幸せと不幸せは、プラスマイナス・ゼロだと達観してしまってることが、私がパートナーを見つける為の障害になっているのかもしれない・・・と、内観する羽目になった。

 ガンに罹患したことは本当に不幸なことだったと思う。
だけど、ガンに罹患する前の暮らしが余りにも充実過ぎていて充分な睡眠時間を割愛しなければならずにいたことで、「これでやっと、思う存分眠れる」と、それまで背負って来た巨大な社会的責任感から、ひと時イクスキューズされた幸せをどこかで感じていたりもした。

 治療の後遺症には様々に苦しんで来たし、再発の不安にも常に苛まれて来た。だけど、苦しんだからこぞ、卵巣ガンについて出来る限りの医学的知識を学べる幸せに恵まれた。

 最愛の仕事を失い、田舎町の非常識とジェンダー差別に苦しめられ、母の介護に苦労し、パートナーとの別離もあったし、母との別離と愛犬との別離もあった。だけど、喪失感や悔しさや悲しみを胸に抱きながら、今は、これからの人生に素直に自分の思うままに夢を描ける自由という幸せを見出している。

 自由と孤独、不自由と安心はセットなのだけど、不自由と孤独を経験し、惜別の深いグリーフが少し癒えつつある今となっては、自由という幸せが孤独を上回って実感されてくるように感じる。

 厳しい夏を超えて秋の涼風を感じる時の幸せのように、人は厳しい時期を経ることによって、幸せを実感できるのではないかしら?

 すべての物事は移ろい変わる。
 幸せの中にも不幸せが存在し、不幸せの中にも幸せが存在するように感じるし、幸と不幸は永遠に繰り返す人生の波のようだとも思う。

 肺塞栓で今直ぐにも死が訪れても致し方ないと思った時、私は、私しか守るもののいない母と飼い犬を残してゆかなければならない心配に、これではとても心安らかに死ぬことはできないと思う不幸を痛感した。ましてや、子供でもいたら、この世の気がかりは、より以上に大きく深いことも分かった。
 決して充分ではなかったけど、自分に出来る限りのことをして母と飼い犬が旅だって、過ぎて行く時間の中で、ようやく、今頃になって、大きな肩の荷が下りたことを感じ始めている。

 人生の多くの経験がそうであるように、死は人生のプラスとマイナスをゼロに戻す絶対的事象だと思う。

 持っているものが多ければ多いほど残してゆくものが多ければ多いほと、この世との惜別の悲しみと寂しさと心残りで絶望的になるだろう。そこにおいては、日本人の多くがそうである仏教徒の場合は、お浄土に参ることを本当に「一大事」と心することが出来ない限り、救われることなどないではないか。

 鬱病の壮絶な嵐の中では、こんな恐怖に苛まれながら生き続けるくらいなら、死んだほうがマシだと真剣に思った。『地獄の連想ゲーム』に記録した状況が、あのまま延々と続いたら、私は自害を決断するしかなかっただろう。あれほど強烈な脳の恐怖体験が続くくらいなら、死が与えてくれるであろう脳の異常な作動の停止が、私にとっては、極上の幸せと確信された。

 死という人生の終着点は、プラスマイナス・ゼロの基軸なのだと思う。

 そこに辿り着くまでの人の生涯では、どんな時も、常に幸せと不幸せを含有しているのだと思う。
どちらを強く感じられるかは、不幸の根源となる災難の度合いにもよるだろうし、その人の性格によっても違うだろうし、認知行動療法のようによくトレーニングされた理知的能力にも左右されるかもしれない。


 結婚してもしないでも、人生で感じる幸せは、そんなに変わりは無さそう。

 なのだけど、一つだけ、多くの結婚についてくる幸せホルモンを満喫できる結婚式は、2人が主人公になる最上級のイベントには違いないと思う。
 人々の祝福に包まれる時空、厳かな結婚式は、その中では、幸せ以外の何物も寄せ付けない迫力がある。
10回ほども結婚した女優さんは、もしかしたら、この結婚式でこそ味わうことのできる独特の幸せトランスが好きだったのかもしれないとさえ思えてくる。

 誰しも、人生で一度だけでも、祝福に包まれたヒーローやヒロインになってみたいと思う気持ちが、結婚=幸せ幻想の根源になっているのかもしれない。
更に、恋愛トランスという甘美でエロティックな情動に浸る3か月~3年という幸せも、恋愛結婚にはもれなくついてくる。
 この部分において、「結婚して幸せになろう!」と想い立つのは自然だと思う。

 突撃お申し出をした男友達には、結婚経験があった。
彼は、純粋に、もう一度、結婚に付随する豊かに心満たされる幸せトランスに浸りたくなったのではなかろうか・・・・・・。

 と、思うと、今回は乗れなかったけど、私たちは、もう、いつ何時終わるかもしれない、そう長くもない未来のことなど考えずに、あらゆる不幸を排除できるほどの幸せトランスに酔いしれるのも悪くない年代に至っているような気がしてきた。