endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル

フィジカル エピソード

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。


皮膚がんの手術の記録

医大での対応は素早かった。

形成外科の担当医の先生に、速やかな切除手術を私はお願いした。


良性であったとしても、自分の皮膚にどんどん色素沈着が広がってゆくのは絶え難い恐怖がある。
治るものであればいいけど、多くのシミがそうであるように黒子やシミというのは増えることはあっても自然治癒力で治る可能性は低そうだ。
レーサー治療が効かない場合、大きなシミになってからだと手術範囲が大きくなってさらに大変なことになる。

3か月で8ミリから12ミリ、一連の経過から急速に悪性化している場合を懸念した私は、周囲から2mm離しての切除範囲とされていたのを5mm離した方が安全ではないだろうかとお尋ねした。円周を大きくすると傷跡が大きくなるのでぎりぎりの所で3mmに決定。その分、最も早急な手術をお願いしたら、2日後に手術予約がとれた。

以前の卵巣ガンの手術時もそうだったのだけど、細胞分裂は二乗で進むことを思うと、私にとっては、待ち時間が何よりも辛いので、素早い手術の予定が本当に有り難かった。


待合室でのひとりでの手術の待ち時間は妙に緊張して長く感じられた。

付き添いを頼むことも考えたのだけど、私はいつもどうしても人に気を遣う癖があることを思うと一人の方が精神的には気楽だと判断した。


局所麻酔なので、頸を挙げたら手術の様子を自身で見ることができる。

先ず、レモン型に(円く切り取ると端っこの皮膚が犬の耳のようになるドッグイヤー現象が発生するとのことで)切り取る範囲が皮膚に描かれた。ちょっと大きめにメスで切開された問題の皮膚は生検用に採取された。

人の表皮の下には黄色い脂肪組織が存在する。これが、ガバリとレモン型に開いて目の前にあった。

こんな鮮やかな脂肪組織を見たのは久しぶりだったし、自分の皮下組織をこんな風に見ているととても奇妙な感覚に捉われた。
「私の意識は肉体に住んでるんだ!」っていう感じ。私は心霊主義ではなくて、肉体は物質だという感覚。
以前、御他界された亡骸を解剖実習させて頂いた時、鶏肉をさばいた感じがしたことを思い出した。
生きている人間の肉体は血色があるので、牛肉や豚肉に近い感じがする。

看護師さんから、

「地を見るのは怖くないんですか?」と聞かれた。

そりゃあ怖いけど、怖いなんて言ってる場合じゃない。手術を自分の目で確認しておかない方が怖い・と内心思いながら。

「はい。」と答えたら、

「医療関係職になったらよかったのに。」と。

「ああ、既になってます。」

と、その後の話は、夏休みの話になって、執刀中のドクターの先生も交えて、以前よく行ってた南の島の旅の話ですっかり盛り上がって、話が一段落する頃に傷は閉じられた。



自分の肉体の手術を見るのは始めてだった。

これは、確かに本当に怖い経験だった。

通院手術はとても疲れるってことに気が付いたのは、30分余り車を走らせて帰宅してからのことだった。

傷口に痛みを感じた時に、私はその日に処方されたお薬をもらい忘れて帰ってしまっていたのだった。

再度の往復・・・これは本当にギリギリの精神力だった。
病院のエントランスに車を留めて、「外来手術をしたのですが、薬をもらい忘れて。。。」と守衛さんに話すととっても親切に車を誘導してくれて、介助が必要ではないか?自分で帰れるかどうか?と心配してくれたのが有り難かった。
無事自室にたどり着いた私は、そのまま倒れ込んだ。

2時間程眠って、ホットフラッシュで目が覚めて、シャワーを浴びた。



傷跡には卵巣ガンの手術と同様のテーピングが半年必要となる。

また、同じ期間が始まることがどうしようもなく憂鬱になった。

体中にある黒子やシミが異化しないかと不安になって、ひとつひとつ確かめていると、ますます不安がつのって、ノイローゼになりそうになったので、思考を停止することにした。


こんな手術は二度と思い出したくない経験なのだけど、二度と無い希少な経験になることを祈って記録しておきたいと思います。


こういう時は、メールは疲れる。
誰か、話ができる人がそばにいてくれるか、話し相手がいたら、どんなに気が休まることかと思った。

今回の手術も、多くの友達や先生方のご厚情に支えて頂いたことに感謝の気持ちでいっぱいです。 


 


 


 

痛みと鎮痛

 とある日、突然奥歯の歯茎と歯根に激痛を感じました。
特に急激な刺激が加わったのではないのに、まえぶれもなく感じた激痛にたじろぎながら、眠れない夜を明かした私は翌日、歯科通院しました。

 急性炎症による痛みや腫れの場合は、ピークが3~5日と記憶していたので、処方頂いた抗生剤とボルタレンを飲んで安心していましたが、疼痛がやがて激痛に変化してしまいました。5日後には口を動かしても痛いので、話もできない状態に・・・

 一体この激痛は何なんだろう???
 良くないこととは知りつつ、ボルタレンを2錠一気飲み・・・それでも痛みはまだまだ続いてる。
ボルタレンは強力で副作用も強い鎮痛剤ですので、2錠飲んだら6時間は感覚を開けなければいけません。
このあたりにきたら流石に、意識もちょっと朦朧としてくる感じが・・・
これ程の痛みは手術時に早く麻酔が覚め過ぎた時以来の感覚でした。
頬からアイスノンでガンガン冷やしても効かないので、直接、氷を口に含んでその溶解水で冷却、横になると血流の関係で痛みが増すので、できるだけ痛い箇所を心臓より高くする。思いつく限りのことをしても、たまらなく痛い!
で、睡眠導入剤を飲んで寝ることに・・・だけど、2時間で目が覚め得ました。
私を悩ませ続けてきたあのホットフラッシュで目が覚めるレム睡眠での覚醒以上に、一度目が覚めたら眠れない。

 翌日、歯科医院に再診して、ボルタレンの座薬も処方頂きました。
通常ボルタレンは胃を荒らす副作用が強いので続けて飲見続けるのは他にも副作用が強いことを考えると良くないと分かっていたのですが。。。その絶えられない激痛に錠剤を控えて座薬に。座薬も決して常用はすべきではない。

 5日目待てば、ある程度は治まるという期待も外れて、激痛は全く治まる様子がなく、途方に暮れました。
20年程前に歯根膿疱を経験したことがあって、その時も酷い痛みがありましたが、歯根部の腫れが少なく、その痛みとも違うような感じがします。もし歯根膿疱を発症していたとしてもここまでの激痛は酷すぎる。
まるで骨膜が酷く損傷したような激痛・・・

 実は、その前に私は反対側の大臼歯の治療を受けていました。その間、間違いなく激痛が発症した大臼歯を酷使していました。大好きな噛みごたえのあるシチュー肉をたらふく食べたことも思い出しました。

 上顎骨に達する金属支柱が上顎骨を損傷したのかもしれません。レ線上の影はその炎症を映しているのかもしれません。

 それにしても痛みが強すぎる・・・これって三叉神経経路に何らかの異変が生じているのか、神経の過敏症状が出ているのか、或いは脳内で疼痛閾値が低下しているのか?

 気の遠くなるような激痛というのはこれを言うんだなあと・・・麻酔が早く覚め過ぎた手術後の激痛を彷彿しました。

 さすがにこれ程の激痛が数日も続くと、殆ど何も食べれない断食状態も重なって、フラフラになりました。

 そこに、友達から、ペインクリニックを受診されたらどうですか?とのアドバイスが。
ところが、既に自力で病院に通院できる程の気力も体力もなかった。。。ご存じの通り救急車以外に私の住む田舎町にはこいう場合の安心できる移動手段はないのでした。

 でも、それが、さながら天の啓示のような一言だったんです。(多分その友達は自分で治療できる方法があるだろ?ってことを控えめに私に伝えてくれたのだと思いますが。)

 ふと、私院にも疼痛緩和用の治療があることを思いつきました。
まさか自分の激痛時に自分の治療をするとは思いもよらなかったことなのですが。
 SSPと呼ばれるその治療器具は、経絡や痛点に電流を流すことで鎮痛作用を人体にもたらす治療です。
この治療機器の応用範囲は広くて、急性期を含めて多くの激痛・慢性疼痛・神経痛に悩む患者さんに有効であったことが脳裏に蘇りました。

 で、通電を始めると、不思議と激痛が消えました。
こんなに効くの???と、びっくり。
TENSという鎮痛治療が神経に最も鎮痛効果を与えるのですが、私が使っていたのは比較的応用範囲が広いSSPです。治療ポイントを変えてさらに20分が過ぎた頃には無痛状態に。
 これは、実に劇的な変化でした。
但し、効果の持続は1時間程度、何度か治療を繰り返す毎に無痛時間が延長してゆくことを確認しながら、翌日も数回の治療を行いました。

 ちょうど急性炎症と疼痛が減少する時期もあったのかもしれませんが、この治療を始めて以来鎮痛薬は無用な程度の痛みになりました。

 で、もう大丈夫そうな感じになったところで、念の為にと、身体にリラックスを促す治療を加えたら、翌日、肩こりや頸部の痛み、忘れかけていた五十肩の痛みが再燃・・・人体は、一番の痛みが消えたら次に強い痛みを自覚することを実感。。。

 
 この過程を振り返って、考えられることは、元々交感神経の覚醒傾向が強い私自身が、更に置かれている現在の環境的素因に適応する為に交感神経優位が続き、年末年始からの悲しみのショックとストレスと人生の多忙期の過労に適応する為にさらに自律神経覚醒系の脳内ホルモンが分泌して、痛覚の閾値が上がっていた。
これは、武道の試合中に骨折してもその痛みに気が付かないほどのアドレナリンの分泌が脳内で起きるのとよく似た原理です。
 しかし、人間には自らの身体の危機を知らせるシグナルがある。限界に達する前に身体が発するシグナルを感知することができない状態が長く続いた場合、多くが傷病に至ったりそれらを拗らせたりするという状況に陥ります。

 私が今回の痛みを感じ始めたのは、昔は上手に使いこなしていたのですが、ホットフラッシュラッシュを誘発することに気が付いて10年近く離れていた自律訓練法という心身療法を再開した3日後でした。
 幸いなことに、新しい主治医からホルモン補充薬が十分に処方頂けることになったので、ホットフラッシュがごく軽度になり始めましたので、そろそろすべての処方薬を打ち切る時期が来れそうな予感がして、自然治癒力を賦活しようと思い立ったことで、自律訓練法を取り入れることにしたのです。

 過緊張状態では痛みを感じにくくなります。ある意味、精神力が強ければ強いほど肉体にかかる負担は大きくなる場合があると言い換えることができると思います。
 私達の自律神経は、緊張と弛緩を上手に切り替えることができる働きを持っています。
だけど、よくトレーニングされた大脳はこの自律神経にも影響を及ぼすようです。
神道滅却すれば火もまた涼し・のことわざのように。

 これは、あくまでも、私感に過ぎませんが、今回の経緯は、自律訓練法で本来の自律神経の機能が回復し始めたのだけど、その直前に負担がかかり過ぎていた大臼歯に普通ならちょっとした痛みを感じて負荷を減らすことができる時期では、まだ過緊張が続いていたのでそれを自覚しなかった。なので突然激痛として知覚した。
激痛は鎮痛剤と鎮痛治療で改善した。そこで、全身のリラックス治療を行ったことで、本来備わっている身体の警告シグナルを感じる能力が更に回復して、ざまざまな損傷個所の疼痛を感じることができるようになったという感じでしょうか。

 多くの人にも同様のことと思いますが、特にタイプCには、交感神経の過緊張状態が起こりやすいのかもしれません。

 ボランティア ビギン ユア ホームという英語のことわざがあります。
ボランティア好きな人の多い英米では、ボランティアを優先して家庭を顧みない人が多いことを戒めた言葉だと聞いています。

 治療はまず、自分の心身から(苦笑)

 このブログを書き始めた時点から、心を入れ替えようと何度も思っては来たのですが、自分で自分を自律することの難しさを痛感した激痛でした。

 されはて、この奥歯も奇跡の歯として生着してくれるかどうか???
原因は未だ正確には判明していないし、様々な疾患の併発があるのかもしれませんが、何にせよ神様は、教訓を忘れないように私よりこの歯を先にあの世に召されるかもしれないことは嫌なので、もう全てを忘れて休眠休眠することに。

 さらに、本日、胃に痛みを感じ、数日間殆ど食べてないことにも気が付いた私は内科にも受診。
点滴と胃薬を・・・
「歯の激痛で、ボルタレンを飲んでたら、胃が痛くて、食欲もなくなって、昨夜から下痢も。」
「胃薬のんでなかったの?」
「あ。手持ちの○○○は飲んでましたけど」
「それでは効かないわ。そんなに痛み止めのんだらそうなるわなあ・」
と、家庭医にあきれ顔で笑われましたが。
こういう時に、若い頃からの私の体質や性格を知ってくれている家庭医がいてくれることの安心感は格別でした。

 6月の卵巣がんのスクリーニングが迫ってきました。

 生命の限界は誰にも分からないものです。
だけど、限られた人生をできるだけ快適に暮らすにはには、自律神経の健やかな働きこそが欠かせないものであるようです。

 怠惰に、ゆったり、のんびり、いい加減、どうでもいいや、どうにかなるさ~、明日は明日の風が吹く~、マニアーラ!ドマーニ!をしばらく自身の標語にしたいと思います。
 


 


 

婦人科手術の傷跡と、手術後の後遺症状?について

 暫くブログの記載が疎かになっていた間に頂いたコメントへのお返事が滞って申し訳なく思います。

 手術の傷跡とその引き攣れ感、違和感についてのご質問を頂きましたので、私の場合について、ご説明させて頂きたく思います。

 傷跡は、術後半年間、テーピングで確実に保護することによって、ある程度のケロイド化は防げると聞きます。
但し、個人差があるとのことです。ケロイド状の傷跡については、形成外科手術でかなり美しく改善できると聞きますし、専門の形成外科もありますので、傷跡が気になる場合は、悩むより、気軽に形成外科への受診されることをお勧めさせて頂きたく思います。
 私の場合は、縫合跡はごく微細に残った程度だったのですが、横じわが目に付く感じです。

 縫合した皮膚とその下の腹筋との間に柔らかな脂肪組織が戻ってきたのは、2年後くらいだったと思います。
 ただ、きになる横じわは、手術時にホッチキスで留めた部分で、多分、皮膚と筋肉の間に繊維性の癒着か結合が起こったようで、5年経った現在、腹筋が充実してくるにつれて、凸凹が少し目立ってきて、仰臥位では、傷跡は殆ど分かりませんが、座位、立位では、かなり姿勢を正しても、この横じわが目立つ状態です。

 この横しわも消すことは可能で、形成外科手術で、改善できるという診断を頂いています。
ただ、手術をしても繊維結合的な癒着は起こりやすく、何度か慎重にその癒着を取り除きながら半年くらいの期間をかけての綿密な治療が必要になるとのことでしたので、ものぐさな私は自然放置している状態です。
 今トレンドの、ヒアルロン酸の注入については、このような癒着がある場合は、注入しても凸凹感が返って強調される場合が多いようで無理との診断でした。
 知人から、マッサージが有効と聞いて行なってみましたが、私の方法が悪いのか、時期的なものがあるのか、改善は全くみられませんでした。
 形成外科の先生のお話では、繊維性癒着がある場合は、マッサージを行うと返って、その繊維が強固になる場合があるとのことでした。
 
 引き攣れについては、現在は、通常の姿勢では感じませんが、急に体幹を捻った時や、不自然が姿勢をしたとき、両腕を頭上に挙げ伸びをするポーズをすると、前腹部の縫合跡が引きつっていることを感じます。
 毎日、何度か、この姿勢をすると、次第に軽減しますが、暫くしないでいると、同様の引き攣れ感が戻ります。

 手術跡の疼痛に関しては、私の場合は、術後、1年余り、鼠径部に疼痛が残りました。これは、靭帯の切断跡の痛みなのか、手術中に何かが当たっていたかもしれない痛みなのか、原因は不明でした。
 縫合跡の痛みは殆ど無かったのですが、腹筋に力を入れると痛みがあり、2年くらい腹筋に力がが入らない状態はありました。
 この時期に、腰部の若干のヘルニアが発生しましたが、ごく微小であったので治癒できました。
 腹筋が弱ると腰部に負担がかかり、腰痛が発生しがちになりますので、腸腰靭帯のあたりに疼痛が出ることは多くありました。

 手術後の、腹部の違和感としては、私の場合は、何か胸焼けのような不思議な感覚が時折生じています。
その感覚は、主に、レム睡眠時や副交感神経優位時に感じられ、睡眠中やうたた寝中にこの感覚で、目が覚めることもあります。
 交感神経優位の時には殆どこの感覚は感じないように思います。

 手術後から現在に至るまで、上腹部に圧痛は残存しています。肝臓の下辺から胃の辺りにかけての圧痛ですが、今のところ、病変は見つかっていません。
 私の場合は、手術で太網は切除していませんので、もしかしたら、この大網がどこかに引っかかっているのか、一旦体外に引き出された小腸が元に戻る時に何らかの変位が生じたか、何らかの癒着が圧痛を呼んでいるのかも?なんて、勝手な想像をしたりすることもあります(←これは全く事実未確認の空想です)。

 現在の所、ひきつれ感と、腹部の胸焼けのような灼熱感は、ヨーガを毎日続けていると殆ど改善します。
圧痛は、何をしても不変で、腰痛は、腹筋の回復とともに改善しています。

 私の場合の手術後の状態はそんな感じです。

 何度も書いていまように、このブログは私個人の症状を記載したものでしかないですので、参考になることがあれば幸いに思いますが、人各々に各々の症状やその改善方法があるんだな~って感じで読んで頂ければ幸甚です。


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