endometrioid carcinomaから

-10 years after- 卵巣ガン&人生のサバイバル?

シングル・サバイバー

ようこそ!
シングル・キャンサーサバイバー&シングル介護&シングル・サバイバルライフのブログです。いつ死ぬかもしれない・・・と思いつつ生きてきた10年が過ぎて、完治?宣告を頂きました。こんなサバイバーもいるってことで、掲載を続けることに。余命が長くなったように、文章も長~いブログです^^

雑感・スピリチュアルワールド

 久しぶりに旧友に逢った。
 気心の知れた真っ直ぐな友達とのアップテンポなリズミカルな会話は、時に、自分の自分自身への理解を促してくれたり、母の介護で狭まってしまった自身の視野を解き放ってくれる。

 オフィスを訪ねると、彼女は自身のオフィスをさながらアトリエのように使っていて、その日も、本人が描いた新しい絵画を見ることができた。彼女は、働きウーマンである一方で、実はかつては一流のクラッシックのピアニストでもあった時代もあったり、各種のアーティストでもあり続けているという稀有な才能の持ち主だ。
 アーティストとしての感覚は、写実的でありながら自由主義的な美しさがあふれている。

 もう30年以上前からの友であって、私にとっては、妹のような存在だ。
私より数歳年下で、日本人離れした美しさを湛える美女だ。
実際、彼女は5カ国語での会話ができるし、様々な国で活躍してきた経歴を持っている。

 この前、彼女のオフィスを訪ねたのは、パコ携帯からスマホに変えるかどうかとたじろいでいた時だった。
ご高齢で現役事業家の彼女の父君が既にスマホからiphoneへと転身しているって話に触発されて、私はスマホに変える決断をしたのだった。

 若かりし頃から、彼女の父君と私の父はどこか似ている部分があるように直感していた。
こういう最先端の文明の利器を先取りしてゆく気性も、私の父を彷彿させてくれる。
ああ、父が生きていたら、早く変えるといい・・・と言うだろうと思ってスマホに変えたって背景があった。

 私の父は、我が家に寄宿していたかのように一時期殆ど常時我が家に寝泊りしていた20歳前後の頃の彼女を末娘のように可愛がっていた。
 真面目で引っ込み思案な所のある私より、彼女の自由奔放で物怖じしない純真な子供のような気性が父の気性と合ったのだろう。父は、よく、「こんな娘がもうひとりいたらいいな・」と宣っていた。

 彼女と私には、一つの共通点がある。
お互いに、その精神性において優れすぎた父親を持ったということだ。
娘にとって、出来すぎた父親という存在は、特に異性との交際において、かなりの障害になるのだと思う。

 彼女は、恋多き人生を生きてきた。歴代の恋人は国際的範囲に渡るし、彼女程の女性なら誰とでも素敵な家庭を持てそうなのだけど、未だシングルである。
 一方で、私は恋愛にも真面目に窮屈な人生を生きてきた。というか、とにかく人生において神様が様々な難儀な仕事を与え過ぎて下さったのと、元々何事にも執着心の少ない私が恋に盲目になって旧来のべたっりくっついた結婚という形式にハマるには、私が2人いない限りは、あれもこれもと、そんなに沢山の人生のお仕事はできなかったって言うのが実際の所だったのだけど。双方共に、結果的に幾度かの恋愛を経ても、未だシングルであることには相違ない。

 でも、両極端な彼女と私であるのに、その恋愛や結婚観において何かしら似ている部分を感じるのだ。 
これは、心のどこかにある種の冷静さがあることが恋愛にハマリ切れない原因とも言えるのだけど、この年齢に至って認めることができるようになった事は、心のどこかにファーザーコンプレックスを持ち続けてきたってことだ。

 私が早くに父を亡くしたことは寂しく辛く悲しいことだったけど、それは社会面や仕事面や経済面において私自身が独力で成功を手にできるという自由を与えてくれた。
 父がこの世にいてくれるのはありがたいことなのだけど、私には常に父を超えることができない自己卑下に萎縮した心理状態があったし、と言って、パートナーを選ぶにしても、私が理解し認識してきた父と同様の、或いは、父を超えるような異性には、とても出会えそうにないって問題も大きくあった。更に、優れた父を持ったことは、父と同様かそれ以上の人でなければ、その恋愛に罪悪感を感じるという奇妙な心理を常時醸し出すことになった。
 父の他界後、社会・仕事・経済・生活面での現実の抑圧が無くなり自由を得た後も、未だに、パートナーの選択という部分において生じるこの傾向は常に存在し続けている。

 父を超えるということの難しさは、様々な面から語り尽くされてきた。
 古来から息子もそうであり続けているように、現代においては、娘もそうであることには違いないと実感される。
今思い出しても、父親の娘に対する愛情というものは、誠に的外れであったり、過干渉であったりするし、抑圧的で煩いものなのだけど、それでも、父が持っていたあの大きな庇護力や力強く信頼できるパワーは他に感じることのできない絶対的な存在感があった。
 娘の場合は、反抗期から20歳前後までに父親と決別しなかった場合は、自分が何らかの分野において父親を超えるか、運良く父親を超えるようなパートナーを見つけるか、若しくは父親とは全く異なるタイプの男性に恋は盲目のまま突っ走るか、できちゃった結婚するとか、疲れ果てて世間体と因習に縋ってお見合い結婚をするとか・・・でもしない限り、無意識のレベルにおいて本人が結婚を希望しない、とてもじゃないけどそんじょそこらの結婚という枠にハマリ切れないという、コンプレックスが続くのだと思う。

 彼女と私の共通点は、この部分だ。

 お互い、父親と違うタイプの男性を選ぶことで、このコンプレックスから逃れようとしてきたようなのだけど、結局は、内心自身が行ってきたパートナーの選択の是非を自分に問い続けてしまい、恋愛することがあってもどこかで冷静に躊躇し続けるという傾向が否めない。

 久しぶりにこの友との3時間程たわいのない雑談をして過ごした中で、私は、優れた父親を持ってしまった娘は、心の底での、このあたりの試行錯誤の苦労がとんでもなく大きいのだということを改めて実感した気持ちがした。
 
 昔々、今はもう有名すぎるとある女性代議士に、「立派すぎるお父さんを持って苦労しますよね。」と言われたことが印象に残っている。反射的に微笑み返して誤魔化したのだけど、これは本当に言い当てて巧な一言だったと思う。

 恋愛と結婚における父と娘の関係は、かなり重要なポイントとなると思う。

 本来ならば、こういう場合の娘達は、父に似た男性を探して結婚するのが一番幸せなのだ。
だけど、そう簡単にそういう人が見つからないのも現代社会の傾向。
「婚活」という言葉を先駆けた社会学者の著書にも、現代の女性の結婚難の一因として、このあたり明言されてもいる。
その上、娘は、意識上は、親への反抗心は勿論、オヤジは煩い!という嫌悪感を持っているのも摂理なのだ。

 ちょっと前に、おとこ友達のひとりが、そのお嬢さんを最上級にエスコートをしていることに気がついた。
「どうしてそこまでするの?」と聞いたら、
「変な男に引っかかってからでは遅いから。娘の彼氏は、私以上の男性でなければ男親として承服できない。」と。
 で、私は、
「それでなくても、あなたは一般的な観点からは秀でた男性なんだから、娘が選ぶ方法は、3つよ。
見果てぬ夢と思いつつお父さんより優れた人を必死に探し求め続けるか、全くタイプの違う人を選んで恋愛はするけど結婚相手じゃないと判断し続けるか、それらに疲れてお見合いか何かの外力で相手を誰かに決めさせるか。」と指摘した。
「私は、第一枝を選んで欲しい。」
「それは、同世代では無理、パートナー探しに疲れさせてお見合いさせようにも、今時、自立した男子はお見合いなんてしないからお父さんは余計にそんな男子は気に入らないし、そうなっては余りにもお嬢さんが可哀想。それに、お嬢さんは、精神的にも社会的にも経済的にも安定している素敵な子だから、年の差婚は有り得ない。
お父さんが気をつけなければならないのは、お父さんが立派過ぎてよく似たタイプがいないってことじゃないかな。全く違うタイプと恋はするけど、結婚となるとお父さん譲りの優れた感受性が働いて自分で無意識的に破談にしちゃうのだけど、本人はお父さんが立派すぎることで起きる無意識の働きに気がつかなくって悩む可能性が高くなることにも気をつけてあげてね。」
「じゃあ、私は、どうしたらいいんだ?」
「エスコートは止めて、お父さんの友達や後輩とのお席に同席させる機会を増やしたら?」
「後輩で娘の相手にふさわしい奴なんて誰もいない。」
「そりゃ当たり前でしょ。その後輩の息子さんやその後輩もいるだろうし、とにかくお父さんがすべきことは、できるだけお嬢さんの世界を広げてあげることよ。何もしなくても、このお父さんは娘とっては立派すぎるんだから。」
「わかったようなわからないような・・・」
「・・・私がそうだから、娘の気持ちはよくわかるの。」
「あっ!ああ!そういうことか!わかった!確かに君を見てたら確かに分かる。」
「・・・・・」
これって、自虐ネタじゃないのだけど、父と娘っていうのは、多分、多かれ少なかれ、そんな感じなのだと思う。

 この日記を書いていて、父が死の前に何を思ったのか、何度か「こんな娘がもうひとりいたらいいな・」と言っていたことを思い出した。当時、私は父が私の貢献を認めて、私のような娘がもうひとり欲しいと賞賛していると解釈してしまっていたし、私自身、当時海外に住んでいた彼女という妹のような友達=父が可愛がっていた末娘のような存在をすっかり忘れてしまっていた。
父がそんなおかしなことを言ったのは肝性脳症の影響かとも思っていたのだけど、違う。
父は、最後にもう一度、彼女に会いたかったのだ!!!
 ああ、なんて気がつかなかった私だろう・・・と、今頃気がついても遅すぎる。
親がそうであるように、子供という存在も親の気持ちを汲み取ることをついつい疎かにする存在なのだろう。
 阿吽の呼吸なんて能力は、親しければ発生すると勘違いする人が多いようなんだけど、親しさとコミニケーション能力は決して比例するものではないし、人間関係は血縁によって成り立つものでは決してない。

 社会福祉の後進国ほど、人々は家族の問題について、こういうセリフを切り札にしたがる。
「親子なんだから」
「家族なんだから」
 この言葉の内実には、僻みや妬みが含有されているとも指弾されけど、根源は儒教的思想にあまりにも長く強く縛られ続けてきた民族の息苦しさってことなのだろうか。
 ともあれ、この言葉を発した瞬間に、「あくまでも私は第三者です」という立場が限定されてしまうし、人が自分で選択することのできない環境を取り立てて「~なんだから」と指摘する種類の発言は、{~のくせに」と言う社会的な偏見用語に近い、かなり危うい言葉でもある。 
「~なんだから」言葉の乱用が如何に恐ろしい事態を招くかは、様々な自分で選択できない環境を「~」に挿入して頂けたらすぐにお分かり頂けるだろう。
 特に介護において、こういう言葉を聞く度に、私は、江戸時代の五人組制度を思い出して辟易とするし、この旧態依然とした社会認識から変えなければ2015年問題はウオーキングデッドの社会になるに違いなく予想されるという重大問題を強く意識させられ、独立自主の気風の希薄なこの国に独特な奇異な悲劇が終わることがないことを憂慮するという公式が発生する。
 だけど、視野を広くしてよく考えてみれば、このような表現は、血縁という遺伝子レベルの枠組み以上に、心通わせ信頼できる人間関係の絆を持つことが如何にこの国では難しかったか?という民族的な歴史の反証でもあるのかもしれなく思う。統計資料でも日本国民の他人への信頼度の低さは世界的に際立ったランクにある。

 この観点から見ると、私が前世?で頂いていたパートナーシップは、滞在型の旅行以外に一緒に暮らすことはなかったとは言うものの、血縁にも寄らず、経済依存にも寄らず、生活依存もなく、子供もいなくて・殆どセックスレスでもあった状態で、お互いにシングルでありながらも、純粋に精神的繋がりだけでパートナーシップを長年維持できたってことは、なんてスゴイレベルのスピリチュアルな絆だった・・・って、改めてプラトニックにかなり高い評価を持って再認識すべきだと思う。

 思考を進めてゆくと更に長い雑感になりそうなので、結論に飛ぶことにして、スピリチュアルな次元で言及すると、私が前世での生命を無事に終焉させる為に生きていた時期に彼との別離が発生したのは、とっても自然な流れであったってことで、これから、新しい今生の未来が始まろうとしているってことも確かなことなんだと思う。

 と・・・ここまで、自分の思考が整理できた時に、
 どこかで呼応したように、久しぶりにフレンチの旧友の一人から電話があった。
私のことを覚えていてくれたことが有難かったのだけど、今やカタコトの私の英語は用を足さない程衰弱している。ただ、英語はあちらにとっても第二母国語なので、ネイティブの英語よりは少しは聞き取ることができるのがちょっとだけ慰めだと思う。
 どうやら、私より5つ年上の彼女は、以前のパートナーと終焉を迎えて、新しいパートナーと出会ったみたい。
幸せ気分だけは十分に伝わってくる・・・と限りなく推測にちかい会話をしていたら、どうやら、来春、おふたりで日本に旅して来るらしい。
 うちの家にステイさせて欲しいと言う。
 わ~~~どう考えても、この7年の空白が生み出した我が家の散乱状態では、それは大変すぎる!
とはいうものの、彼女には、以前彼女の家にスティさせてもらった恩義があるし、今の私の英語力では無理と言う言い訳すら出来ない言語の壁にぶつかって「ホエン?ホエン?」と吠えてしまった私・・・

 
 そして、本日の睡魔が襲ってきた時に、旧友からの電話があった。
「丁度よかったわ。謝らなくてはならないことがあるの。」と私。
「急に、なあに?」
「うちの父がね、最後にあなたに会いたがってたようだったって、今になって気がついたの。・こんな娘がもうひとりいたらいいのに・って、昔、あなたがうちに泊まってた頃父は口癖のように言ってた。その言葉を、他界する数週間前に、お会いたい人を病室に招いている時期に、何度か口にしていたの。私、その意味が分からなくって、昨日帰ってから日記を書いていて気がついたの。本当にごめん。父にも申し訳ないことをしたわ。」
「あの時期は、私も海外にいること多かったから、帰ってきてからおじさんの葬儀があったことを知って駆けつけたような状態だったの。でも、うれしい!おじさま、思い出してくれてたのね。」
「うん。きっと、会いたかったのだと思うわ。」
「お姉ちゃん、突然、お彼岸さんに訪ねて来たから、何かあるって思ってたけど、おじさまがお姉ちゃんにそれを伝えさせてくれる為にうちに寄越してくれたのね。」
「うん。そうだと思う。懐かしいわ。」
「ありがとね。」
「こちらこそ、本当に気がつかなくって申し訳なかったわ。ありがとう。」

そう、今は、あの世とこの世が交錯するお彼岸の時期だった。


 ようこそ、スピリチュアルワールドへ
~ここから始まる未来があります!~


 7年前とはすっかり環境も心身のパワーも全てが変わってしまった日常生活の足元固めもできていない私は、新しい今生の現実への対応にもパニクりがちです。
だけど、ひとつひとつ前世では感じることができなかった、知ることのできなかった、自分自身を確認しながら、日々を歩み始めています。

 遠くてすぐ身近にいる父・の存在を感じるお彼岸です。

傷病老死が持つ素晴らしい価値・・・医療福祉への公共投資の効果について

 先の記事で、自責の念と病気になった罪悪感?について触れた。
生老病死が自責の念と罪悪感を異常に喚起するのは、自分が果たしてきた責任が果たせないくなったという内面的な苦しみが大きく作用する。これは、個人の精神的な問題だと思う。
 この苦しみについての受容は、少なからず、仏教の精神性を持った本来の日本社会での価値観では、西欧社会よりは、自然に進むように感じられる。私自身このブログを読み返すと、これまでの私自身の価値観を振り返りつつ自然治癒的にこの一番痛い部分から救われてきた記録が読み取れる。 

 しかしながら、一方で、精神性では解決できない、それまでの人生でいくら備えていても個人の力では羅網し難い、現実的な社会問題がある。
 それに気がついたきっかけは、私自身がガン治療中に直面した、何かしら罰を受けているような社会的難儀があったという経験だった。

 外的要因として、特にガン治療を受ける中で最も困難を感じたのは、、副作用が巨大で心身の見た目の回復に2年もの時間を要する抗ガン剤治療だった。
私自身だけではなく、全てのガン患者が、再発を予防し、更には進行を抑制するとされるその治療に寄せる期待は大きい。
しかし、その治療の難儀を救済する社会的サポートシステムが皆無!という現実が、何かしら、自分は罰をうけているかのような気分の誘発を禁じえないのだと思う。
 
 自分が属してきて、信じて貢献もしてきた我が国の社会に、私は裏切られたような感覚と、見捨てられた悲しみと排斥感と孤独感を強く感じた。
 こんな社会の為に働いてきた自分のアイデンティティーが揺らいだ。
これではいけない。本当に無いならば新しいサポートシステムを造らなければ・・・と。

 抗がん剤治療を受けるに際して、私はあらゆる社会的サポートを探した。
21世紀の我が国の医療福祉行政に期待を持って探し続けた。
しかし、自宅から通院して受けなければならない抗がん剤治療においては、何らサポートは見当たらなかった。
悲しいことに、介護保険の提供さえ、回復の見込みが無いとされるガン患者にしか適用されていなかった。

 幸いなことに、通院をサポートしてくれる友達やタクシー会社さんが比較的廉価で心よく通院のサポートを提供してくれ、老母には介護保険が適用されていたことで、私の闘病生活は救われてたが、こうした個人的に頂いた好意や家族がいなければ、餓死か通院不能という結果が生じて、私は、本当に社会から見捨てられた孤独死か自殺という社会的に壮絶な末期を辿っていただろうと思う。(かつての幾つかのガンの闘病記にあるような闘病中の長期入院についても、現代の我が国の医療事情では医療点数の削減等もあり近年は可能でない場合が多くなってきているとも聞く。)
 
 この部分は、長期入院という選択肢が選べない場合において、補間的に、サポートする家族がいない場合や、通院やその闘病生活に多大な負担がかかる場合等個々の患者さんの病状と、生活環境に応じて、早急に厚生労働省並びに我が国の国会レベルで介護保険の適用を検討して頂きたいことを、行政・政府各位に心から嘆願させて頂きたく思います。後日、改めて正式な提言書を提出させて頂きますが、先ずはここに、適切なサポートの早期実施を祈念いたします。

 さて、リーマンショック以来の経済的不安が蔓延する昨今なのだけど、不景気や不況に際する政策の一つに、「公共事業投資」がある。
とは言っても、道路や所謂ハコモノと言われる建設への投資は我が国の財政的にも国民感情を鑑みても、既に限界?に達したという感が強い。
 医療福祉への公共投資という感覚は今までの我が国の政治にはなかったと感じられる。
という以上に、逆に、医療福祉に必要なお金は、さながら財政を圧迫する悪者扱いの報道がされ続けている感が否めない。

 医療・福祉費が増大することを、何故、我が国の国民や民間企業やマスコミや社会や行政や政治は、豊かな公共投資として捉えらないのだろうか?
 医療福祉への公共投資は、建設への公共投資以上に、今後の日本社会の素晴らしい礎となるのではないだろうか?

 私達国民の生命の安否を直接的に担ってくれる、医療福祉現場の人材不足は語られて久しい。
 医療福祉に公共投資としての感覚を持って、雇用拡大政策を大々的に打ち出せば、雇用が促進される。
医師や看護師やその他の国家資格を有するコ・メディカル人材の確保は即座には厳しいとしても、例えば、介護タクシーの利用枠を増やすことだけでも、その資格を取る運転手さんも増え、雇用は伸びる。比較的取得しやすいヘルパー資格の活用で、様々な傷病に苦しむ在宅患者さんの生活にも飛躍的な安全と安心を提供することが出来る。

 社会的に満たされた生老病死への現実的なサポートがあれば、人心は安堵し、生老病死という自然の中で生じる不幸の現実面での難儀や不自由が軽減される。
ここで得られる社会的安全を基本とした安心の下に、万が一に備える習性が強いと言われる日本国民(民間の医療保険・生命保険への加入率が世界一というお国柄なので)の消費抑制心理が緩和され、消費意欲も増大するだろう 国民の生老病死に関わる仕事をする人々を増やし、将来的に安定した雇用が促進されれば、社会が、物質面の成長から、精神面での成長へとその翼を伸ばす未来社会の素晴らしい創造を目指した、人心を豊かにする公共投資になる。

 それ以上に、生老病死には素晴らしい価値がある。
生老病死に関わる人材が増え、生老病死が普段の暮らしの身近になるにつれて、国民の心が愛情豊かに成長するという恩恵が発生する。生命と死対する思いやりの心、傷病者への接し方、看取り方はあらゆる弱者への愛情を人の心に育む。これらをより多くの人が心得たとしたら、現代社会の心の荒みはどれ程癒されるだろうか。近年WHOが健康の規定に加筆したスピリチュアルな次元での国民の心の健康の成長を誘ってくれる。
医療福祉へ国家の潤沢な財政を導入することは、人間性の向上を担うという重要で深い価値まである大きな公共投資になるのではないだろうか?


 余談になるのだけど、生老病死には価値がある・・・と、書いて、思い出したことがあった。

 もう10年位前のことだったか、夜7時を過ぎても待合室には患者さんが10人程待っておられた日があった。疲労著しかった私は、ついつい助手に愚痴を零した。
「世の中から傷病がなくなったら、どんなに人間は幸せでいられることか・・・ねえ、そう思わない?」
「そうですね」と助手は微笑んだ。
「傷病を負ってもトカゲのシッポみたいに、すぐに回復すればいいのに・・・」
「そうなると先生の仕事が無くなりますよ」
「いいのいいの。他の仕事を探すから。皆ハピーで、私もハピーだから」
思慮深く賢明な助手は言った。
「でも、それって、ゾンビみたいで怖くありません?」
「うむ。。前言撤回。そうなのよね。傷病老死があるから、人は思いやりと優しさと平和の大切さを学ぶのよ。
健康な肉体にこそ健全な魂を、という格言があったわね。
マッチョな人間の殺し合いゲームを見て、健康な肉体に健全な魂が宿りにくいことを嘆いた古代ローマの名言だった。一時期日本で、誤訳されて、戦争へのオバカな教育に使われたよね。
健康な人間ばかりで、トカゲのように千切れたシッポが直ぐに回復したら、人間はますます殺し合いを始める。
殴り合いをしても相手が倒れなかったらお互いがゾンビになるまで殴り合いが続くことになるよね。傷病は、社会に優しさといたわりの気持ちを育てる・・・・・傷病が存在する価値はとても大きいわ。
今日は、遅くならせてゴメン、もうちょっと頑張るからよろしくね。」

 傷病人になることには、社会的に、世界平和に貢献するほどの価値がある。

 先にも書いたことと重なるけど、近年の傾向として、帰納法的推論において、生活習慣病という概念が発達してきている。
これには、ちょっと困った誤解があって、生活を健康的?に保てば病気にならないという逆説的「信仰」が生じているように思う。 更に及んで、病気になるのは本人に何らかの責任があるという考えもたまに耳にする。
 これは、傷病に罹患した当人にとっては、私自身も経験している通り当然の心理傾向として致し方ないことなのだけど、この本人の心理傾向も、ほどほどにしてどこかで転換しないと更に精神的に病んでしまうことになる。
ましてや、もしも周囲がこんな考えを持ったら、人間社会は魔界の形相となり、傷病人の排斥という地獄絵のような惨状になるだろう。もしかしたら、かの「生活習慣病」というネイミングは、社会をそういう誤解に導く時代の象徴かもしれない・・・と思うと背筋が寒くなるのだけど。
 親御様のご傷病について、太っていたんだから当然、とか、運動不足だからとか、お酒を飲むから煙草を吸うから、そして、更には、自業自得とまで言及する患者さんのご家族に何度か出くわしたことがあった。職能として、即座に、それは本心ではなく、こちらへの気遣い故と察せられるのだけど、努々患者さんにそんな話は聞かせないで欲しいと思うし、ご家族にそんな言葉を語らせる現代社会の世相には、誠に情けなくなるものがあった。
 
 そのその昔、仔犬の貰い手を募集したことがあった。
見るからに、明るく健全な風情のご夫婦と小学生の子供2人がご家族で名乗りを挙げて来られた。仔犬の貰い手としては一見いい感じのご家族だった。
「以前に犬を飼ったことがありますか?」と尋ねると、「はい、とってもかわいがっていました」と答えられた。
ところが、そのあと、「でも、保険所に連れて行ったんです。大きくなりすぎたし、よく鳴いて、ご近所に迷惑かけて、本当にあれはダメでしたよ。ねっ(ご家族笑話)。この仔犬だったらあんなに大きくならないだろうしいいわ!」と言って、まるでそれが当然のことであるかのごとく、ご家族仲良く、実に明るく堂々と、相槌を打たれた。
 流石に、私の顔からも、普段の温厚な笑顔は消えうせ、即座にお断りして帰って頂いた。
あの気持ちの悪い性根の怖ろしい人達との問答は、人生で「思い出したくない記憶のワースト5」に入っている。

 生命への敬意・・・という概念が、どこかで、何かに摩り替えられて来てしまったような時代の気配が感じられてならない。
 我が国の政府レベルの施策として、これからの社会に生きる人々に、より豊かな生命への敬意と健全な精神を育む未来へのビジョンを期待したい。


 さらなるお願いとして、抗がん剤の副作用の脱毛について、せめて、薬品会社から、抗がん剤の副作用で脱毛が生じた場合を補填するカツラ無料保証が付録でついてくるような体制があれば、製薬会社の画期的なイメージアップにもなるし、患者さんの立場からは、抗がん剤の副作用の大いなる慰めになると思う。
 それに、このあたり、製薬会社とカツラ会社が提携するか、製薬会社に発毛・育毛・カツラ部門を設けて医療用品に相応しいカツラの研究を行いより品質を向上させれば、あっと言う間に多くの顧客層を獲得できる事業部門になると思う。
 従来のカツラには、選りすぐって購入しても、まだ医療用としては決してパーフェクトと言えない不快さや不便さの問題がある。これが、誠に医療用として、地肌への優しさや快適さがより高い水準に開発された場合、間違いなく医薬品会社のカツラに、一般のカツラユーザーのニーズも集中する状況に至ることも予測される。
 本当に、全く、病人になった上に、強制的脱毛に遭ったという事態に際しては、踏んだり蹴ったりの気分でした。出来うる限りの精神力で認知療法的意識の転換?を図っても、囚人以下に人間としての基本的人権が剥奪されたかのような打ちひしがれた惨めな気分が否めませんでした・・・というのが本音でありましたが故に。

シングルの必需品

 ’シングル’というと、何かと、自由でお気楽というイメージがつきまとう。
ところが、実際に女性が独身で生き抜くことは、そうそう容易いことではない。
 10年位前にパラサイトシングルというとんでもなく失礼な呼称があったが、娘を甘やかす両親が健在であるとか、パトロンがいる場合は、ある意味お気楽なのだろうけど、そうそう恵まれた境遇は実際にはなかなかない。
 私自身、両親に甘やかされた環境でもなく、勿論パトロンもいない。
また、自ら志してシングルを通してきた訳でもない。同性愛でもないし、特別な拘りを持っている訳でもない。

 何故、結婚しなかったのですか?・・・などと言う無神経な質問を一度受けたことがあったが、
なんて失礼な!過去形にしないでくれる?・・・と、今も、思う。
偶然の諸事情の重なりで、或いは、結婚という偶然の諸事情に恵まれずに、独身で生きてきただけなのだけど。

 単身者の病気の大変さは、筆舌には尽くせないものがある。
もし、自分が、今後、再度、何らかの傷病に罹患し闘病生活を余儀なくされた場合を考えると、もう、いいか・・・どのように死のうか?・・・と、現実問題として、生存を望むより諦めが先に立つ程様々に辛い思いがある。

 私は、シングル生活の中で、2度の入院を経験した。
単身での入院の大変さにも本当に疲れ果てた。経済的にも、肉体的にも、精神的にも負担が大きすぎる。
一度目は、追突事故に遭って負傷した時、そして、今回の入院だった。
交通事故の時も、本来損保会社から支払われるはずの治療費や損害賠償金が一切支払われないという、とんでもない払い渋りに遭ったので、裁判で取り返すまでは、その治療費は自己負担だった。
 
 経済面に限って言えば、シングルの必需品は、医療保険と貯蓄と年金だと思う。
 それ以上に必要なものは、別記することにして。

 私の場合、不幸中の幸いは、入院の10年程前に、全ての保険を見直し、医療保険を中心とした保険プランに変更していたので充分な入院保険が確保されたことだった。
シングルで生きるという想定はなかったけれど、それまで購入していた死亡保険は要らないという前提で、入院保障を主とした医療保険を購入した。数日くらいの入院については何も考えていなかったが、数日以上の入院を想定した場合、私の場合は個室の利用が必須と考えられた。それに、場合によっては派遣の看護師さんを依頼しなければならない重篤時もあるかもしれないし。。。と、考えて、それらの費用を補充できる一日あたりの給付金の最低金額を試算して加入した。
 この入院一日当たりの給付金がとても役に立った。
 月々の掛け金はそれなりに掛かったし、今も掛かり続けているので、保険を充実するには、月々の出費は必要となるが、医療保険を購入し続けてきたことで、個室への入院が可能となったことが、特に私の闘病環境に関しては、かなり効果的に生存率を高めてくれたように思う。

 入院環境や本人の性格にもよるとは思うが、入院するなら個室。大部屋生活では、決してゆっくりとした本来の「養生」は出来ないと、私は、感じた。
 真剣に病気を治す為には、ストレスをできるだけ軽減し、静謐な精神を保てる個人の時空が必要だ。 
 毎日のヨガや瞑想、リラクゼーションにも、プライバシーが保障されなければ、なかなか集中できるものではない。習慣的な健康法が入院環境の悪さで実行不能になるなんてあってはならないことだった。

 震災の避難所でもプライバシーがない環境が問題視され続けている。
ましてや、病気というストレスを背負って、プライバシーのない環境に投げ込まれる病人の住環境とは如何なものか?病人をプライバシーのない大部屋に収容することは言語道断ではなかろうか?と、常々思料するものがある。
 特に、シングルとしては、複数の人間の寝息が聞こえるという就寝環境に慣れていない分も、このあたりの配慮は、十分に必要だと思う。
 
 さらに、療養生活にも生活費がかかる。医療保険と、貯蓄と年金の取り崩しという、経済的な支えによって、今のところさほど不自由なく生活が維持出来ているが、もし、これらがなかったら、私は、どこかで生き延びる気力をなくしていたと思う。

 闘病では、生きるという気力が必要不可欠だと思う。
 生きる為の出来る限りの自己努力が必要だと思う。
それを支える前提として、単身者には、経済的基盤が必要不可欠だと強く感じている。

 本来は、病人がよりよく回復するこれらの環境を保障するのが政治行政の役割なのだけど、今の日本の医療福祉は未だ発展途上だから、自助努力で補わなければならない部分が大きいのが現実だ。

 ーーーお金で幸せは買えないけど、最悪の不幸は逃れることができるーーー
 現代の日本社会において、頼れる人のいない独身者には、この格言が事実だと思えてくる。
イザと言う時には、日頃の貯蓄が役に立つ。元気な時はその為の少々の倹約は可能だと思う。
これは、我が国の医療行政の未熟さ故の問題だとは思うのだけど。。。

 
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