ガンという病名には、死や陰鬱なイメージがつきまといます。
ガン文学とも呼ばれる分野の書物を読んでも、決して気分晴れやかになるものには、お目にかかれない現状です。
 なんと言っても、ガンという病名の響きはすこぶる悪く、誤解を生みやすい。
「実は、ガンなんです」と言うと、一般の人々は憐憫の情を瞳に浮かべ死をイメージするようです。

率直に、「死ぬの?」と聞く人も。。。「あのね、ガン細胞はあなたにも誰にでも生えてるの。この前、私の中でちょっと増殖しすぎただけ。それと、糖尿病とかの慢性病に似てて、死ぬこともあるけど、まずは暫く大丈夫」と、私。
「なんで生き延びたの?どんな新しい治療したの?」との質問も。。。「普通の治療で充分生き延びるの。健康保険が効く範囲の治療で私は生き延びてる。」と。「うっそ!何かしてるでしょう?」「してないってば!」と。。。

 そんな、問答に疲れて、私は敢えて、carciinomaという表現を用いることにしました。
「それって、どんな病気?」と聞かれたらしめたもの、「ちょっとイボ・みたいな感じで一部の細胞が増殖しすぎたから、それを取ったの」。。。「ふーん。珍しい病気なのね」って感じで、まあいいさって気分になります。

 今や、医学の進歩で、ガンは治る病気となりました。医学的には、決して治癒はなく、完解という表現がとられますが、その半数近くがサバイバーとしての余生を生きてゆく時代が到来しています。

 私自身の体にガンが発見され、手術を受けてから4年が経過しました。その後の化学療法終了後からは約3年半になります。経過年数のカウントは、治療終了後からですから、サバイバー歴は3年半です。

 現在、このブログを書いている私は生きています。残念ながら快気祝いが出来る程の健康は取り戻せてはいませんが、日常生活は少しずつ取り戻せつつあります。

 ガンの種類も様々であり、患者の体調や予後も千差万別です。
同じ臓器のガンと言えど、何種類ものガンがあり、予後の回復を左右するであろうその病気自体の差と固体差とと、療養の環境差が存在します。
 同病であるからと言って決して同様の経過は辿らない。
病気や環境や個体によって、千差万別に多彩な経過が見られます。
全ての現象がそうであるように、どれ一つとして同じ事象は存在しません。

 もし、私のサバイバーライフが、一つの事例として、いつか、どなたかの参考になればと思い、こちらにブログを始めることにいたしました。