「卵巣欠落症状」は、両方の卵巣を摘出した後に発症する。
片方の卵巣のかけらでも残しておくと、ホルモンバランスの急激な変化が比較的少ないので、これらの症状は出にくいと言われる。

 一般女性の場合には、閉経に向かって、卵巣から放出されるエストロゲンとプロゲストロンという女性ホルモンがおだやかに減少してゆくのだけど、閉経期を迎えていない女性の体内から人工的に卵巣が摘出された場合には、突然これらのホルモンの放出が停止する。
 生体には恒常性を保つ偉大な能力が備わっているので、これらのホルモンの血中濃度が突然消滅したり、激減した場合、視床下部ではゴナントロピンという卵巣ホルモンの分泌を促すホルモンの分泌が強烈に分泌される。
 視床下部は、自律神経の調節中枢でもある。
故に、視床下部内でホルモンの霍乱状態が生じると、交感神経と副交感神経の働きも霍乱されるから、様々な心身症状が発症する。
 概略すると、卵巣や内分泌系の機能が老化していない状態の生体が、卵巣を失うと以上のような機転で、更年期症状様でそれ以上のコントロールしにくい卵巣欠落症状といわれる各種症状が発症するということになる。

 考えてみたら、自然な状態で卵巣が突然欠落するなんてことは、生物の進化の歴史の中では決して起こり得ない摩訶不思議な状態なんだから、元々心身が健康であって、ホルモン分泌における恒常性機能が高ければ高いほど、この欠落によって生じるホルモンバランスの霍乱状態は激しくなって当然なのだと思う。
 このあたりの機序を考えると、ホルモン系の恒常性の維持機能が衰弱するか、麻痺状態になって、卵巣ホルモンがなくなったことを生体が気にしない状態であれば、卵巣欠落症状の発生は無い訳で、先の記事の中でちょっと触れたように、心身全体の老化が進んでこれらのホルモンの恒常性の維持機能もより老化すれば、卵巣欠落の諸症状も消失するということになる。

 現在の私は、時折僅かにエストロゲンを補いながら、自分のこの生物的な老化?か新たなホルモン環境への適応を待っているという状況にある。


 さて、今回は、卵巣欠落に伴って発症するうつ病についても考察してみたい。
うつ病は、更年期障害の女性の25%に合併すると言われているから、卵巣欠落の場合のうつの合併はより多いと推測される。

 うつ病では、セロトニンやノルエビネフリンが不足していると報告されていて、臨床で用いられる抗うつ薬は、これたの神経伝達物質を調整する作用を持つ。
 エストロゲンは、シナップス後部の反応性やセロトニンレセプターの数を増加させ、中枢のセロトニン活性化を調節して、セロトニンアゴニストとして作用すると言われている。
つまり、エストロゲンはこのセロトニンや、他にはノルエビネフリンを介して、情緒や行動の面にも影響を与えていると考えられる。
 更年期障害の女性のうつ病の場合は、エストロゲン補充療法が功を奏する場合が多く、更に抗うつ薬との併用によってよりその効果は増すと報告されている。

 私自身の精神症状に関して言えば、薬理的には、卵巣ホルモンの欠落に加えてステロイドホルモンの大量投与や抗がん剤の影響の副作用や後遺症も相当に強く影響したように考えられる。
 また、心理的要因として、ガン患者の自殺者が一般人の1.5倍であることを鑑みても、ガンを罹患したという心理的ストレス、更には、それまで殊の外愛していた仕事を失なったこと、予後の各種体調不良と体力と気力の低下、その上に老母の介護の問題、将来的不安などなど、うつになるには充分以上のストレスが山積していたし、現在も更に心理的ストレスは増加傾向を辿っている。

 振り返れば、確かに私もうつ病に罹患していたし、現在もそれはあると思う。
病中にも発症したし、病後半年間は真面目にうつ病だったと思うし、昨年の冬までこの傾向は強かったと思う。また、今年の冬もさながら季節性うつ病のように、この傾向が発症したし、現在も、うつ状態は私の気分のベースにあると思う。

 ところが、以前、これらのうつ・所謂ブルーに関する記事を書いたように、私は、ずっとそのウツ病に嵌りきれずに嘯いている。

 この状態は、ガンの療養中という生活中でかなりのぐうたら生活を送っているから、抗うつ薬を常用しなければならない程の不便は感じていないと言えるのかもしれないし、何種類かの向精神薬を時と場合に応じて服用してコントロールしているのだけど、これらの薬を常用することで、薬にコントロールされるようになることを避けたいという、私自身の我が侭な気分があると思う。
 それに、私の場合は、向精神薬よりも、エストロゲンを1~2週間充分に補充すると、卵巣がんの治療以来の悩ましい多くの後遺症状が軽減することで、私が持つ一症状のうつ的気分は、本質的にうつ病としては捕らえがたいという自身の偏見がある。

 エストロゲンを充分に補充してみると卵巣欠落に関わる多くの症状が軽減することを経験している。
だから、QOLを最優先に考えれば、常にエストロゲンを補充する選択肢もありだと思う。

 しかし、卵巣がんを既往歴に持つヒトへのエストロゲン補充療法の問題は、万が一、どこかに目に見えない状態で卵巣がんの微細な転移があったとしたら、卵巣がん細胞の殆どがエストロゲンの受容体を持つことから、エストロゲンを補充することによってその成長が促される。おまけに、卵巣がんの再発には、何年経ったら大丈夫という期限がないことを鑑みると、どこかで生き残った卵巣がん細胞があるとしたら、それらは、他のがん細胞に比べて、より根強く長い年月を生き続ける能力を持っているようだ。
 もしも、万が一、卵巣がん細胞がどこかに残っていたなら、その成長が早くなる・・・つまり、現在私が維持している完解状態が短くなるし、進行が爆発的に早くなる。エストロゲンが補充されないことで、おとなしく眠り続けるか、干からびて死ぬはず?の僅かな卵巣がん細胞を元気付けてしまうかもしれないという問題が度外視できない。
また、エストロゲンの補充療法は、乳がんの発生率を高めることも知られている。
 反面で、エストロゲンの減少状態は、骨粗しょう症を発生させたり、大腸がんや認知症の発症を増加させる。

 卵巣がんの再発予防という視点からは、使わない方がよいという冷静な判断が先行する。
しかし、日々の体調管理という現実問題からは、使った方が断然楽だ。

 これらの観点から、卵巣がん既往歴のある私にとっては、エストロゲンの補充をどの程度行うかという点が、大変悩ましい。
 主治医に相談しながら、また、様々な論文や文献を参照しながら、葛藤を重ねた結果の私自身の選択としては、外出や重要な仕事や何らかの必要不可欠時には充分なエストロゲンを補充するのだけど、常用するのは不安なので、普段はできるだけ控えるようにしている。

 気がつけば、あと1年程で病後5年という年月に至る。
卵巣がんの再発リスクには5年という区切りはないのだけど、5年を契機として、そろそろ卵巣欠落症状には区切りをつけたいと思う。
この悩みには正解がないので余り深く考えない方がいいのだろうと思う。
 真剣に考えると、もしかしたら、この選択肢を選ぶのは、うつ病独特の稀死願望が働いているのかもしれなくも思えてきたりもする。

 過日、『笑う介護』という文庫本を読んだ。
「人は、その軽さと浅さで生きていける」という言葉を思い出した。
人生には物事を深く真剣に考えることが必要ではあるけど、余り真面目に考えすぎるとうつに嵌るような気がしてきた。