おそらく私は、無気力な人間だ。
私には、趣味・特技と胸張って言えるものがない。
サッカーや野球といったメジャースポーツには触れてこなかったし、触れる気もない。幼い頃からメジャーな楽曲に触れてこなかったがゆえに、カラオケでは入室して即聞き専にまわるタイプの人間であることを知る者も少なくないだろう。
私は、現状を変えようとする気力が人よりも小さい。
例えば交友関係に限って言えば、可能な限り関わる人は最小限に抑えようとか考えてしまいがちである。
現状を変えようとするよりかは、現状のなかでストレスを感じないでも生きていられる活路を見出そうとするのが自分のスタイルに近いかもしれない。
周りはこんな自分とは真逆の人間ばかりで圧倒される日々である。
そんな私がなぜ陸上に打ち込んでいるのか、ふと疑問に思うことが増えた。
陸上は間違いなく継続力と忍耐力を要するスポーツだ。たった10秒程度のパフォーマンスのために何か月もコツコツと練習を積んで、結果の確約されていない試合のために数時間前から入念にアップして、終わったらまたいつかの試合に備える。その繰り返し。
私のような無気力人間に限って、このような低コスパな行為に時間を捧げるのはなおさら意味が分からない。
そんな疑問に対して最近一つの気づきを得たので、このブログにて共有しようと思う。
いったん陸上の話から離れてしまうが、私が陸上以外で過去にハマった数少ないうちの一つにクソゲー(?)がある。
男子高校生なら誰しもが一度は通る道、立派な大人になるための登竜門、それがクソゲーであるということは周知の事実だ。
男子校で6年間熟成された私は、クソゲーに勤しむ仲間と環境に恵まれ、クソゲーをダウンロードしまくり、のびのびと脳を溶かす高校生活を送った。
ここでいうクソゲーとは、低コストな作りこみ度合に対して難易度がやたらと高く、大した面白みもないくせして時間と思考だけは永遠に溶けるカスのゲームのことを指している。ゲームへの投資とプレイヤースキルはある程度比例していて、そこに秘める可能性は無限大だが、やりこみ要素に乏しいゆえ何の奥ゆかしさもないゲームのことだ。
クソゲーの原義(?)とはだいぶ異なるかもしれないが、これ以外に言葉が思いつかないので便宜上これをクソゲーと呼ばせてほしい。
・クソゲーをやるやつは基本バカだ。
・クソゲー熱は、突然到来する。
・クソゲーは、すぐ飽きる。
・クソゲーには、起伏がない。
・クソゲーは、バグと広告が多い。
・クソゲーごときにすぐ一喜一憂してしまう
クソゲーの特徴を並べてみるとこんな感じだろうか。
どういうわけかクソゲーは私を惹きつける存在であって、こうしたクソゲーの持つ特性は、無気力人間たる私と非常にマッチしているらしい。
急に話が飛躍してしまうが、陸上競技とクソゲーは、ある意味で共通した特徴を持っており、私が陸上競技に打ち込めている理由もそこにあるのではないかということだ。
たとえば、熱が突然到来して、すぐ冷めるところ。
5月の関カレ終わり、部全体をぶち上げた河上さんのブログがもたらした熱。
入部時に、今シーズン中には10秒台を出すと宣言したその日から、国公立、三商あたりでさっそくぶちかましてやるぞくらいの意気込みで復帰にいそしんだ6月の熱。
やっぱアスリートはかっこいいなって再認識した、世界陸上を現地観戦したときの熱。
それらの熱は、今もなお燃え続けていますか?と問えば、ほとんどの人がNOを唱えるはず。
べつに常に熱を持ってやるべきと言いたいわけじゃない、というかそれはむしろ誤りだと思う。陸上競技に一過性の熱というものは誰しも付き物だ。
熱は、単にやる気がなくなっただけのこともあれば、今まで熱意だと思っていたものが、消えたように見えて実は成長に伴って「当たり前」として受容されている場合もあるように思える。
今シーズンを振り返ってみる。
今年の自身の5~10月の試合結果をならべると、
復帰戦で11.3、SBが三商の11.10、他は全部11.2台。
なんやかんや10秒9台、せめてPBくらいは軽く出るだろくらいに最初は思っていたが、100mというのはそう甘くはないらしい。
7月、三商の1週間後、右ハムを部分損傷した。そして合宿にて損傷を再発し、夏の数か月を台無しにした。怪我からの復帰にもだいぶ時間を要して、9月末の27大戦ではシーズン初戦の走りに後戻りしていた。
パッとしないことばかりで、かなり単調なシーズンを過ごしてきた気がするし、自身の陸上を通して気分が高揚する瞬間はほんの1秒もなかった。
どうだろう。ここに書いたことは、私が列挙したクソゲーの特徴を捉えていないだろうか。流石にこじつけすぎるか。
でもこうやって一過性の熱に駆り立てられて撃沈したり、なんか微妙だなーって思いながら悶々と練習を繰り返したり、簡単には結果を出させてくれなかったり、そのたびに一喜一憂したりするこのプロセスが、クソゲーと同様に、案外自分にとって心地良いなと思う。
私が自分勝手に陸上競技とクソゲーを同等に扱ってしまって申し訳ないが、
それ以外にも私を陸上競技に駆り立てている決定的な点がある。
それは、陸上競技においては、物理的・時間的な投資が報われる場合があるということ。
そして、自己ベスト更新したり、勝負に勝った時には、クソデカ感情がつきまとうものだということ。
またそれらはすべて自己責任であるということ。
それらが、延々と単調な過程に地道に向き合っていくことの価値を増幅させているのを感じる。その価値が高いほど、結果が出た時の感情の振れ幅もでかくなるのだろう。
至って当たり前のことだけれども。
要するに、陸上競技がクソゲーと似た特性を持っていたおかげで自分とマッチしたのと、陸上競技に求められる地道な過程対して、あくまで自分の裁量で価値を見出せた。
それが、無気力サイドの人間である私が陸上に打ち込んでいる理由かもしれない、ということ。
そんなこと元々みんな分かってて、本当に報われるか分からないからみんな困っちゃってるんだけどね。
でも私に言わせてみれば、報われるか分からないけど、報われると信じて練習し続ける、誰にも邪魔されないこの時間が結構楽しかったりするんですわ。
これからもがんばります。
絶賛頭痛と格闘中の短距離1年水谷です。
文章にまとまりがないのは頭痛のせいにさせてください。
最近クライミングボールというゲームにハマっています。飽きません。クソゲーとは言えないかもしれませんが、脳と時間が無限に溶けるうえにあまり面白くないです。PBは99.23mです。3ヶ月ほどやりこんでいるのですが、なかなか100mに到達できません。
我らが清野はPB 300m越えらしいです。
https://apps.apple.com/jp/app/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB-%E6%9A%87%E3%81%A4%E3%81%B6%E3%81%97%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0/id1109943932
明日はお嬢こと遥香ちゃん。
お嬢呼び、気づいたら周りで浸透していたのですが、由来はなんなのでしょうか。
私には、趣味・特技と胸張って言えるものがない。
サッカーや野球といったメジャースポーツには触れてこなかったし、触れる気もない。幼い頃からメジャーな楽曲に触れてこなかったがゆえに、カラオケでは入室して即聞き専にまわるタイプの人間であることを知る者も少なくないだろう。
私は、現状を変えようとする気力が人よりも小さい。
例えば交友関係に限って言えば、可能な限り関わる人は最小限に抑えようとか考えてしまいがちである。
現状を変えようとするよりかは、現状のなかでストレスを感じないでも生きていられる活路を見出そうとするのが自分のスタイルに近いかもしれない。
周りはこんな自分とは真逆の人間ばかりで圧倒される日々である。
そんな私がなぜ陸上に打ち込んでいるのか、ふと疑問に思うことが増えた。
陸上は間違いなく継続力と忍耐力を要するスポーツだ。たった10秒程度のパフォーマンスのために何か月もコツコツと練習を積んで、結果の確約されていない試合のために数時間前から入念にアップして、終わったらまたいつかの試合に備える。その繰り返し。
私のような無気力人間に限って、このような低コスパな行為に時間を捧げるのはなおさら意味が分からない。
そんな疑問に対して最近一つの気づきを得たので、このブログにて共有しようと思う。
いったん陸上の話から離れてしまうが、私が陸上以外で過去にハマった数少ないうちの一つにクソゲー(?)がある。
男子高校生なら誰しもが一度は通る道、立派な大人になるための登竜門、それがクソゲーであるということは周知の事実だ。
男子校で6年間熟成された私は、クソゲーに勤しむ仲間と環境に恵まれ、クソゲーをダウンロードしまくり、のびのびと脳を溶かす高校生活を送った。
ここでいうクソゲーとは、低コストな作りこみ度合に対して難易度がやたらと高く、大した面白みもないくせして時間と思考だけは永遠に溶けるカスのゲームのことを指している。ゲームへの投資とプレイヤースキルはある程度比例していて、そこに秘める可能性は無限大だが、やりこみ要素に乏しいゆえ何の奥ゆかしさもないゲームのことだ。
クソゲーの原義(?)とはだいぶ異なるかもしれないが、これ以外に言葉が思いつかないので便宜上これをクソゲーと呼ばせてほしい。
・クソゲーをやるやつは基本バカだ。
・クソゲー熱は、突然到来する。
・クソゲーは、すぐ飽きる。
・クソゲーには、起伏がない。
・クソゲーは、バグと広告が多い。
・クソゲーごときにすぐ一喜一憂してしまう
クソゲーの特徴を並べてみるとこんな感じだろうか。
どういうわけかクソゲーは私を惹きつける存在であって、こうしたクソゲーの持つ特性は、無気力人間たる私と非常にマッチしているらしい。
急に話が飛躍してしまうが、陸上競技とクソゲーは、ある意味で共通した特徴を持っており、私が陸上競技に打ち込めている理由もそこにあるのではないかということだ。
たとえば、熱が突然到来して、すぐ冷めるところ。
5月の関カレ終わり、部全体をぶち上げた河上さんのブログがもたらした熱。
入部時に、今シーズン中には10秒台を出すと宣言したその日から、国公立、三商あたりでさっそくぶちかましてやるぞくらいの意気込みで復帰にいそしんだ6月の熱。
やっぱアスリートはかっこいいなって再認識した、世界陸上を現地観戦したときの熱。
それらの熱は、今もなお燃え続けていますか?と問えば、ほとんどの人がNOを唱えるはず。
べつに常に熱を持ってやるべきと言いたいわけじゃない、というかそれはむしろ誤りだと思う。陸上競技に一過性の熱というものは誰しも付き物だ。
熱は、単にやる気がなくなっただけのこともあれば、今まで熱意だと思っていたものが、消えたように見えて実は成長に伴って「当たり前」として受容されている場合もあるように思える。
今シーズンを振り返ってみる。
今年の自身の5~10月の試合結果をならべると、
復帰戦で11.3、SBが三商の11.10、他は全部11.2台。
なんやかんや10秒9台、せめてPBくらいは軽く出るだろくらいに最初は思っていたが、100mというのはそう甘くはないらしい。
7月、三商の1週間後、右ハムを部分損傷した。そして合宿にて損傷を再発し、夏の数か月を台無しにした。怪我からの復帰にもだいぶ時間を要して、9月末の27大戦ではシーズン初戦の走りに後戻りしていた。
パッとしないことばかりで、かなり単調なシーズンを過ごしてきた気がするし、自身の陸上を通して気分が高揚する瞬間はほんの1秒もなかった。
どうだろう。ここに書いたことは、私が列挙したクソゲーの特徴を捉えていないだろうか。流石にこじつけすぎるか。
でもこうやって一過性の熱に駆り立てられて撃沈したり、なんか微妙だなーって思いながら悶々と練習を繰り返したり、簡単には結果を出させてくれなかったり、そのたびに一喜一憂したりするこのプロセスが、クソゲーと同様に、案外自分にとって心地良いなと思う。
私が自分勝手に陸上競技とクソゲーを同等に扱ってしまって申し訳ないが、
それ以外にも私を陸上競技に駆り立てている決定的な点がある。
それは、陸上競技においては、物理的・時間的な投資が報われる場合があるということ。
そして、自己ベスト更新したり、勝負に勝った時には、クソデカ感情がつきまとうものだということ。
またそれらはすべて自己責任であるということ。
それらが、延々と単調な過程に地道に向き合っていくことの価値を増幅させているのを感じる。その価値が高いほど、結果が出た時の感情の振れ幅もでかくなるのだろう。
至って当たり前のことだけれども。
要するに、陸上競技がクソゲーと似た特性を持っていたおかげで自分とマッチしたのと、陸上競技に求められる地道な過程対して、あくまで自分の裁量で価値を見出せた。
それが、無気力サイドの人間である私が陸上に打ち込んでいる理由かもしれない、ということ。
そんなこと元々みんな分かってて、本当に報われるか分からないからみんな困っちゃってるんだけどね。
でも私に言わせてみれば、報われるか分からないけど、報われると信じて練習し続ける、誰にも邪魔されないこの時間が結構楽しかったりするんですわ。
これからもがんばります。
絶賛頭痛と格闘中の短距離1年水谷です。
文章にまとまりがないのは頭痛のせいにさせてください。
最近クライミングボールというゲームにハマっています。飽きません。クソゲーとは言えないかもしれませんが、脳と時間が無限に溶けるうえにあまり面白くないです。PBは99.23mです。3ヶ月ほどやりこんでいるのですが、なかなか100mに到達できません。
我らが清野はPB 300m越えらしいです。
https://apps.apple.com/jp/app/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB-%E6%9A%87%E3%81%A4%E3%81%B6%E3%81%97%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0/id1109943932
明日はお嬢こと遥香ちゃん。
お嬢呼び、気づいたら周りで浸透していたのですが、由来はなんなのでしょうか。
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