この部活の門を叩いた。

大翔さんに付いていって練習体験してみた。

陸上の楽しさを思い出して入部を決めた。

横内さんにも出会ってこの人みたいになりたいって思った。

 

大学1年の春のこと。

 

 


 

 

怪我が絶えなかった。腰痛に悩まされた。

やめたくなった。

惰性で続けていることに気づいたとき、自分が嫌いになった。

 

 

大学2年の秋のこと。

 

 


 

 

 

ようやく自己ベストが出た。

死ぬほど嬉しかった。

まだまだいけるって確信した。

 

 

大学3年の春のこと。

 

 


 

 

 

練習がすごく良かった。
花谷さんのコーチングで明らかに動きが改良された。

翌年が楽しみで楽しみでしかたなかった。

 

 

大学3年の冬のこと。

 

 

 

 


 

結局記録は出なかった。
ブレイクスルーは起きなかった。

限界というものを初めて感じた。

 

大学4年の夏のこと。

 

 




覚悟を決めて臨んだ。

かすりもしなかった。
関カレなんて夢のまた夢だった。 


大学5年の春のこと。

 









 

 

気づいたら、涙が出ていた。

 

止まらなかった。


 

5年間の思い出が走馬灯のようにとてつもないスピードで脳内を駆け巡った。

その記憶の多さに呼応するかのように涙があふれた。

 

 

 

大学5年の名大戦。部員としての最後の走高跳が終わった直後のこと。

 












 

 

 

山あり谷ありの大学陸上だった。おそらく谷の方が多かった。


高校までの楽しさだけの陸上競技はもう終わっていた。


弱さを突き付けられる瞬間ばかりだった。



「陸上どう?」親や友人からの何気ない質問が辛かった。自慢できることなどなかった。



 



 

でも、楽しかった。本当に。

 

たくさん試行錯誤してみたり、
練習がうまくいったり、
それを褒めてもらえたり、
対校戦で応援してもらえたり、
心強い先輩がいてくれたり、
何も知らない後輩に教えてみたり、
酒を飲んで本音を語り合ったり。

 

 

 

 

気づいたら走高跳のことばかり考えて、もっと高く跳びたいと想い続けていた。

 

しんどいことばかりでも楽しかったことの証左が、このことなのだろう。

 

 

 

 

 

あの頃に憧れ、そして誓った強い選手には到底及ばなかったけれど、
ものすごく想いの詰まった競技生活を送らせていただきました。

 




本当にありがとうございました。

 




 

 

跳躍5年 走高跳 伊藤翔大