関東インカレの帰宅路、角光と別れたあとの中央線でこのブログを執筆している。テーマは、「最近影響を受けた部員」。
文章を書くのは嫌いだ。考えれば考えるほど、自分が何を言いたいのかまるでわからなくなってくる。絡まった紐を解こうとしたら、さらに複雑に絡まってしまったようなもどかしさ。
その点数学は好きだった。心地よいまでに明確に論理の通った思考をそのままアウトプットすればいい。いっそ、頭の中身をすべてさらけ出してみよう。
テーマについて少し考えてみよう。影響を受けた部員?まず、「影響」を「受ける」ってどういうことだ?よくわからん。ひとまず、影響という言葉の定義について調べてみよう。
えい‐きょう【影響】
(影の形に従い、響の音に応ずるように)
物事の及ぼす効果や作用が、他のものに働きかけて、反応や変化を起こさせること。また、その及ぼした効果・作用。
どうやら、人間関係同士の「影響」とは、人の思想や行動が、他人に変化をもたらすことらしい。
ただ、それだけでは足りない。「影響」をもたらすには、それだけのエネルギーのようなものを内包する必要がある。また、それが他人に働きかける必要もある。
つまるところ、自分が他人の熱のようなものに感化され、あるいは感銘を受け、何か自己が変化したことについて考えてみればよさそうだ。
最近自分が他人に影響されたことはなんだろう。直近の例は関東インカレか。
あの舞台、最近少し近くなったようで未だ遠く、憧れの場であることは入部時からなんら変わっていない。その舞台に立つために、あるいは勝つために、様々な形で必死に戦ってきた人間を目の当たりにした。
自分もそのうちの一人であったと自負しているが、今年は手が届かなかった。惜しかったと言えるような差ではなく、ただただ己の非力さを痛感させられて。
ただ、出られないことが確定した時点で、不思議とそこまで悔しいという感情が湧かなかった。無意識に、自分にはまだ遠い舞台であることを受け入れてしまっていたのだろうか。
いけない理由はいくらでも思い当たった。フィジカルは弱い。技術も未熟。彼らのように死ぬ気で努力できたわけでもない。行けなくてもなんら不思議ではない。
その分と言えばいいのだろうか、同期が出場権を獲得したときは素直に嬉しかった。こういう言い方はあまりしたくはないが、自分がその舞台に挑戦しようとしていた分、そこに至るのがどれだけ難しく、また、彼らがどんな思いで挑んでいたのかは人並み以上に理解しているし、見ていたつもりだ。
その舞台で最大限戦うために、全員が熱い思いを胸に抱いているのをひしひしと感じ取れた。
ただそれだけではなく、練習も普段より熱が入っているように感じた。清村が専門種目の練習を削ってまで、メディボ投げをしていたのをよく見ていたし、ぴろは脳筋そのものの形相で快成と走りまくっていたし、瀬田が関東インカレへの思いを熱く語っているのをみて、こちらも胸が熱くなった。
全員が熱く燃えていて、輝いていた。
応援時は、まるで自分が出場している様な感覚だった。清村が予選落ちした時は只々悔しかった。ぴろが全カレ標準を切り、決勝に進んだ時は何よりも嬉しかった。瀬田が4継で思うようにいかず、泣いて自分と抱き合っていた時は、自分も思わず泣きそうになった。
今までにない、不思議な感情の連続だった。
まるで自分が彼らになったかのような、不思議な感覚。共感と呼ぶにはあまりにも深く、もはや感情が同期していたかのようだった。
それと同時に、彼らが羨ましく思えてきた。自分とは違い、努力の果てに挑戦権を得、戦うことができた。しかしそれは先のような諦観では無く、彼らのように抗えば、自分もつかみ取れるかもしれないという希望のようなものもあって。
関東インカレが終わって初めて、皆の活躍を見て初めて、スタンドの上から、ピットの外から応援して初めて、あの舞台に立てなかったことに後悔を感じ始めた。
そして、その現実を諦めて受け入れてしまった自分がいたことが何よりも悔しく思えてきた。可能性を自ら否定し、望む未来を自ら手放してしまった。
毎回試合に出るたびにSBは更新できていた。なんなら国公立でPBが2m伸びた。標準はきれなかったけど、それでいいじゃないか。
ポジティブに思考して前を向こうとしていたと捉えることもできる。だが現実は現実。今年の関東インカレには出られない。仕方なかったんだ。
そうやって自分の感情を誤魔化していた。あるいは傷つくのを恐れていたのかもしれない。
だが今は正直に言える。
出たかった。そして誰よりも活躍して、誰よりも応援されたかった。今は己の力不足が只々悔しい。
ぴろが、来年は一緒に出るぞと言ってくれた。嬉しかった。
そういえばかなたが、水谷が、標準切りラストの記録会前に、応援してくれた。
森田さんが、岡本が、日吉に来てくれた。
期待されていない訳がない。何より、自分が諦めていい訳がない。それは期待してくれている人たちにあまりにも失礼だ。
思えば、彼らが持っていた熱というものは、夢というものと同義かもしれない。彼らは常に夢を語っていた。4継で全カレ標準を切りたい。砲丸で入賞したい。総合入賞したい。様々な夢を聞いた。
彼らだけじゃない。あの場で戦えなかった者もそうだ。
予選会を走りたい。100mを10秒台で走りたい。デュプランティスのように空を舞いたい。800mを1分台で走りたい。対校戦で活躍したい。そんな彼らを支えたい。
もちろん全ての夢がそう簡単に叶う物ではないことぐらいよくわかってる。一生叶わない可能性だって十分ありえる。
それでも、夢を語り、それを叶えるために日々努力する人を美しいと思わずにはいられない。
そして、自分もまたそんな彼らのようになりたいと思わされてしまう。
そう思えるようになったのも、ひとえにあの舞台で輝いていた彼らのおかげだろう。
ありがとう。
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