お久しぶりです。X依存症のためこちらがご無沙汰になってしまいました。

尽者開業から一年が経とうとしています。物件を契約したのは開業の半年前でした。改装に時間がかかることを想定したのと、その年の10月に控えた小諸ボンバイエを優先したことが理由です(笑)

当時は「つけそば専門店」としての開業を目指していました。やまさだの濃厚つけそばを、棲み分けすることが目的でした。店名は「つけそば おかしま」という店名で決定していたのですが、思いれのあった「尽者」の店名を起用することにしました。その時点でもまだ「つけ蕎麦尽者」・・・

契約した日が7月7日の真夏の時期。当時はつけそばのイメージしかなかったのだけれど、季節も変わり時間と共に疑問や不安も抱くようになる。長野県で真冬のオープン。専門店として自分なりに設定していた席数よりも少し広めの店内。立地柄1,000円基準のつけそばを受け入れてもらえるだろうか。時間の経過と共にもう一度方向性を練り直すことに。この契約から開業までの〝時間〟こそが明暗を分けたと一周年を迎えるにあたり思い返します。

今までの竹幸商店では契約から3カ月以内に開業という目標がありましたが、この物件については時間がかかったからこその、商品開発にも時間を費やすことができました。尽者の豚骨醤油ラーメン、これからも安定した味づくりを行い、お客様に満足していただけるよう邁進していきます。

もちろん「つけそば専門店」も今後竹幸商店でもチャレンジしてみたいジャンルであります。またどこかで「つけそばおかしま」をお披露目できたらと思いますが、ずいぶん先になりそうなお話です。

尽者1周年は今月23日、月末ということもあり2月に周年記念限定麺を提供できたらと思います。

久々に140文字以上の文章を書けたことに満足しw
こちらもぼちぼちと更新していきます。

本年も竹幸商店各店舗をよろしくお願いいたします。

04_small


















尽者外観

















尽者














アランヒルズのリング上での演奏とスクリーン映像の音響を担当したのが音援隊森泉。

プロレス・会場音響は信州プロレスのにんじゃりばんばんさん(公式ではOBとなっています)

リングアナウンサーに同じく信州プロレスのシャンソン篠塚氏(セカンド篠塚選手のリングアナとしてのネーミングであるようですが、当日誰一人として〝シャンソン〟という名称を発する者はいなかったような・・
ということで、以下 S・篠塚氏 とする)

当日のタイムテーブルを滞りなく進行するにはこの三者と私の連携が必要となったわけです。

音援隊様とは事前に打ち合わせは出来ていたものの、プロレスに関する私が作成したタイムテーブルを実際に机に並べて打ち合わせを行ったのが当日の朝。

数々のビック大会を成功させてきた信州プロレスさんは私にとってとても心強いものがありましたが、当日の朝にようやく詳しい打ち合わせが進められるという状況に私は強い不安を抱えていたわけです。

そこにグレート無茶氏も加わり、当日の詳しい進行についての確認が始まる。当日まで未発表で進めてきた対戦カードについては、当日発表の予定でしたが「入場をもっての発表」に変更。

更に、進行についてあれこれと事決めを行って行く。それに対して、一言二言で完結させるS・篠塚氏に対して、うなずきもせずただ静かにタイムテーブル一点を見つめるにんじゃりさん、、、ただでさえ
不安な私をさらに不安にさせる(笑)

打ち合わせを終え、控室を出るとなにか「よろしくお願いします」的な静かな言葉を放ち、静かに背中を向け音響室へと入室していくにんじゃりさん。

S・篠塚氏についてもその後は何一つ主催者側に確認もせず、開場となれば打ち合わせ通りに、時にはアドリブを加えながら円滑に進行を進める。また、お客様の安全の確保も言葉を通じて促してくれていたため事故なく大会を終えることができたのも篠塚氏のお陰です。

そして不安をよそに完璧までに音で会場を操ったにんじゃりさん。入場をもっての発表は入場曲を取り違えるなんてミスは絶対許されないし、何か急に無音になったな??という状況では台本にない挿入曲を流してくれたりと本当に助けられました。

アランヒルズの演奏が終わり退場する際には、演奏を聞いたにんじゃりさんが、台本にはないのですがこの二人(アランヒルズ)が「金の雨を降らせる!」とにんじゃりさんの感情を表した、オカダカズチカ選手の「RAIN MAKER」を流すというアドリブ。

そのアランヒルズの演奏も体育館という難しい環境の中で音援隊森泉がリハーサルから本番まで最善を尽くし、また限られた機材の中で沢山の苦労があったかと思いますが、多くの人にアランヒルズのライブを届けることが出来たのは感謝しかありません。ありがとうございました。


と・・・続けて
プロレスの事も記録していくべきと思いましたが、大会については目の当たりにしたその事実だけを思い出として残してもらえばと思います。

どのようにXが浮上したのか・・なぜカードは当日発表にする必要があったのか?
当日裏側で何が起きていたのか・・・それはまた機会があれば!
ということで、ボンバイエの記録については一旦この辺で終わりにしたいと思います。

多くの方のご協力、そしてお客様のマナーのおかげで無事に小諸ボンバイエ2024を開催することが出来ました。本当にありがとうございました。

思った事をただただ書き記してきましたが、沢山の想いが繋がったこの大会に感謝しかありません。

来年も更にパワーアップして開催することをお約束します🔥

最後に、私の馬鹿げた本気の夢を叶えてくれた信州プロレス様、そして「赤い戦士」小諸ボンバイエ運営スタッフならびにIKTリン魂会様にに心から感謝申し上げます。


小諸ボンバイエ2024実行委員長 竹内浩太
IMG_5608IMG_5597IMG_5786IMG_5625




IMG_5404IMG_5485IMG_5462

会場も決まり、自分のやる気スイッチもすべてONとなりマッチメイク、ポスター制作等大会に向けての準備を早速始めました。

信州プロレス代表、グレート無茶さんに仲介してもらい参加選手のオファーをして頂きました。今まで無茶フェスに参戦した選手をはじめ、多くの選手に熱烈なオファーをさせて頂きました。

レザーフェイスやフレディクルーガーは熱烈ではない・・・ですが・・

もちろんすべてがうまくいった訳ではなく、オファーした選手の中ではスケジュールが合わず参戦できなかった選手も・・こちらは「お楽しみはこれからだぁー」ということで来年以降、必ずボンバイエのリングには上がってもらいましょう!!

参戦選手が決まり、ポスターやチラシ制作も本格的に始めました。外部に依頼するとここの費用って割と大きく占めてしまうので、昨年同様自主制作することに。

参戦選手も多く予想以上に今年のポスター制作は大変でした💦それでも、プロレスのポスターを作る。というのはお店のメニューを作るといったのとはまた違ったワクワクがあり、楽しく作業することが出来ました。

と、同時にスポンサー様集めのためのお願いも始めていくのですが、、今まではどちらかというとイベントに協賛する側のほうが多く、中々自分からお願いに行くというのは勇気が出ませんでした。

それでも勇気を出して、少しづつご挨拶にまわり、社長様が社長様を繋いでくれたり、ご縁が広がっていきました。中でも嬉しかったのが「来年も開催するなら協力するよ!」と継続的な思いがあるなら協力する。という企業様も何社かいらっしゃり驚きました。「もちろんです!」と答えるしかなく(笑)
来年度の開催も決定してしまうのです(汗)

こうして多くのスポンサー様、団体様、個人様にご賛同、ご協力を頂き「入場観戦無料」を実現できました。本当にありがとうございました!!


ポスターもいよいよ完成し、印刷工程に入り、あとは物が届くのを待っているころ、、、

無茶さんから一本の電話。
「藤原組長参戦できるかも・・・・」

自分「おおお~組長!?」

75歳現役の組長の試合を小諸ボンバイエで観戦できるというチャンスは今しかないかもしれない!
迷うことなく、無茶さんからの一報を受けることにしました。

しかしポスターは既に出来上がっているので、、直ぐにポスターの構成を変更し新たなポスターをデザインしました!

組長のいないポスターもある意味貴重!500枚刷ったポスターは幻のポスターとなり一枚も配布されることなく倉庫に保管されることとなりました(笑)
※ほしい方いましたら何枚でも差し上げます

ポスターを各所に配布していると、多くの選手が立ち並ぶポスターの中で、「組長くるんだね~!!」と組長の参戦を楽しみにする声が一番多かったですね。

これが確か8月の上旬の話。
世に小諸ボンバイエ全参戦選手がお披露目となりました。

この時まだXの存在は浮上することもなく・・・・

つづく

2パターンのポスター↓↓↓
IMG_4221IMG_4334








↑このページのトップヘ