2019年01月22日

朝鮮総連に破産申し立て立てを


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西村眞悟の時事通信


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加藤健著 「朝鮮総連に破産申し立てを!」(展転社刊) を読まれたし
平成31年1月22日(火)
加藤 健著「朝鮮総連に破産申し立てを」
副題、「血税一兆円以上が奪われた」
という本が展転社から出版された。

この本の末尾「あとがき」で、
著者は、
皇后陛下のお言葉を記して、
「『かたじけなさに涙こぼるる』
とはこのことだろう。
皇后陛下のお心を安んじ奉ることができず、
救出運動に関わる者として慚愧に堪えない。」
と結んでいる。
その皇后陛下のお言葉とは、
次の平成三十年のお誕生日に際して述べられたものだ。

「陛下の御譲位後は、陛下の御健康をお見守りしつつ、
御一緒に穏やかな日々を過ごしていかれればと願っています。
そうしたなかで、これまでと同じく日本や世界の出来事に目を向け、
お心を寄せ続けていければと思っています。
例えば、陛下や私の若い日と重なって始まる拉致被害者の問題などは、
平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません。
これからも家族の方たちの気持ちに陰ながら寄り添っていきたいと思います。」

この皇后陛下のお言葉に接し、
著者の加藤健氏と同様に、
まことに申し訳ないと慚愧の念に堪えない者として、
まず、諸兄姉に、
この書を読んでいただきたいとお願いする。


現在、我が国の北海道の気温は氷点下であるが、
ニューヨーク在住の友人からは氷点下二十度という便りが届いた。
また、北海道よりなお寒いのが北朝鮮である。
例年、この時期になれば、心が痛い。
何故なら、
大勢の同胞が、北朝鮮に拉致され抑留されたまま、
祖国日本を思い、
日本よりも遙かに寒い氷点下の北朝鮮の寒さに耐えているのだと思うからだ。

ナチスドイツのユダヤ人収容所では、
例年、クリスマスが過ぎれば死亡者が増えるという記述を読んだ。
何故なら、クリスマスになれば家に帰れる、帰りたい、という儚い願いが裏切られ力尽きるからだ。
今、北朝鮮に拉致された同胞は、
今度の正月こそは、日本で迎えたい、日本の家で家族と共に過ごせるのではないかとの願いが裏切られ、
北朝鮮の寒さが身にしみてつらく感じているのではないだろうか。

このような思いの時に、
著者の加藤健氏から著書「朝鮮総連に破産申し立てを!」を送っていただいた。
ページをめくり、
我が国が、朝鮮総連傘下の破綻した朝銀(朝鮮信用組合)に対し、
一兆円以上の公的資金を投入していった平成十三年の事態が
ありありと甦り、戦慄が走る思いがした。
我が国政府(小泉内閣)は、
何ということをしたのか!
我は、
これを止めることができなかったんだ!
と。

この朝銀への公的資金投入の最中に、
北朝鮮の工作船の逃走と我が国巡視船への銃撃そして自沈があり
「九州南西海域工作船事件」平成十三年十二月二十二日。
その二年前の平成十一年には、
「能登半島沖不審船事件」があった。
即ち、拉致と不審船は、北朝鮮はテロ国家であることを示しているのだ。
ところが、我が国政府は、
多くの日本人同胞を拉致抑留するこの北朝鮮傘下の銀行に
一兆円を越える公的資金を投入し、
その膨大な資金は、
テロ国家である北朝鮮の核とミサイル開発費になったのである!
ちなみに、
北朝鮮のGDPは島根県と同じで、
一兆円は北朝鮮の国家予算の百倍以上である。
この時私は、
小泉内閣に対して、
「朝鮮信用組合破綻に対する公的資金投入に関する質問主意書」(平成十三年十一月二十二日、質問第二十二号)を提出し、
次の三通の「時事通信」を発信した。
平成十三年十一月十五日、「朝銀の破綻と公的資金投入」
    同日     「再度、朝銀問題を詳述する」
平成十三年十二月六日、「再度、朝銀に目を向けるべし」
さらに、この時、
私は、我が国内にあって我が国政府を動かす北朝鮮の闇の対日工作活動を感じた。
翌年の平成十四年九月十七日の
小泉首相訪朝と日朝首脳会談のセットは、
十三年から十四年にかけての朝銀に対する公的資金投入と連動している。
北朝鮮の金正日は、
我が国のこの朝銀への公的資金投入を見た上で、
平壌に小泉首相を呼んだのだ。
その目的は、日本からの巨額な国家支援を獲得することだ。
この北朝鮮の魂胆を何より示す文書が、
小泉純一郎首相と金正日国防委員長の「平壌共同宣言」だ。
この宣言の本質は、
北朝鮮が、拉致問題を「餌」にして小泉首相を平壌に呼び寄せ、
植民地支配を謝罪させた上で、
時価八兆円を越える日本の北朝鮮に対する請求権を放棄させるとともに、
日本から巨額の国家援助を獲得する
「謀略文書」である。

平壌共同宣言を読んでみられよ、
拉致の「ら」の字もなく、
大半は、日本から北朝鮮に対する金の支払いが書いてあるだけで、
他は北朝鮮の「ウソ」が書いてある。
北朝鮮の欺しに乗った我が外務省の説明に欺されてはだめだ。
御自分で読んでみられよ。

小泉氏が、
我が国の対北朝鮮請求権を勝手に放棄して、
その上、巨額な金を支払う約束をしたので、
ご機嫌になった金正日から
トラック二台分の松茸をお土産にもらって帰ってきた小泉訪朝団!
テロ国家による、これほどの謀略に嵌まったのに、その自覚なく、
お土産をもらって帰ってくる絵に描いたようなバカ首脳外交が他にあろうか!
この時に、随行して平壌に行ったのが今の総理だ。
無念ではないのか。
北朝鮮から帰国した直後の彼に、
「北朝鮮から拉致被害者八名死亡と言われながら、
何故、松茸のお土産をもらったのか」
と問うたとき、彼の顔は冷凍(フリーズ)された。
これ以上は、
筆が激してくるので止める。

さて、
現在は、北朝鮮が拉致した多くの日本人救出の土壇場にきているのに、
我が国政府は、
昨年からの米朝首脳会談と南北首脳会談の成り行きを呆然と眺めるだけで、
如何にして主体的に拉致被害者を救出するのか、為す術なく佇んでいるが如しだ。
「頭が真っ白になった」という表現があるが、
安倍内閣は「頭が真っ白になった」のか、
松茸をもらった小泉訪朝以来冷凍されたままなのか。
このような、
まことに情けないこと極まりないこの時、
我が国政府の、
朝銀への巨額公的資金投入という国民を裏切る耐えがたい愚挙から説き起こし、
その朝銀の上部組織である朝鮮総連の
拉致への関与とテロ組織という本質、
さらに、北朝鮮の独裁政権に対する最大の資金供給源としての機能を指摘し、
我が国が今できる最大の一手として、
「我が国内にある朝鮮総連」
に破産を申し立てて、
北朝鮮の独裁政権への資金供給を絶つことを提唱しているのが本書、
加藤 健著「朝鮮総連に破産申し立てを!」(展転社)
である。
この一手こそ、
拉致被害者救出への道を拓き、
拉致、テロそして核開発阻止という世界の願いに応じるものであり、
さらに、
独裁政権の下で苦しむ北朝鮮人民の幸せを実現する道だ。

諸兄姉、今こそ、是非とも、お読みいただきたい。

2019年01月20日

大東亜戦争に勝った世界最強の日本陸軍


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西村 真悟
1時間 ・

旅順陥落とシンガポール陥落そしてパレンバン制圧
この世界史を変えた偉業を理解せずして
明治維新百五十年を語る勿れ
明治維新から百五十年を経て百五十一年に入っている。
今、昨年を振り返れば、
明治百五十年と喧伝するわりには、
この「我が国の明治百五十年」が
如何に世界史を変えたのかという観点からの総括がなかった。
そこで、大河を眺めるが如く、
我が国の明治百五十年の歩みを世界史の中に位置づければ、
この百五十年の我が国の苦闘が、
現在の人種平等と諸民族の共存共栄を目指す世界秩序を創ったといえる。
神武天皇が発せられた創業のお志が
「八紘一宇」
にあるならば、
我が国の明治百五十年が「八紘一宇」に向かう世界史の流れを創ったのだ。
よって、一月から二月に向かう今、
二つの象徴的な苦闘を思い起こし、その世界史的な意義を確認したい。
我が国は、この百五十一年の間に、
年末から年始にかけて、二度、
二つの世界最強の要塞を陥落させ、世界史を変えてきた。
その要塞の一つは、
明治三十七年から三十八年(一九〇四〜〇五年)の旅順要塞
次は、
昭和十六年から十七年(一九四一〜四二年)のシンガポール要塞
まず、旅順要塞攻防戦は、
日露戦争における我が国の存亡がかかった戦いであった。
この要塞を陥落させるために、我が国は、
死傷者五万九四〇八名(戦死一万五四〇〇名、負傷四万四〇〇八名)
という膨大な代償を支払わねばならなかった。
その旅順陥落の世界史的意義を、次の通りレーニンに語らせよう。
ヨーロッパは旧世界の既成の諸関係と特権、その優先権、
アジア諸民族を搾取するという長い年月によって神聖化された古来の権利を守った。
日本が旅順を取り戻したことは、
反動的ヨーロッパ全体に加えられた打撃である。
この要塞はヨーロッパの多くの新聞が難攻不落だと褒め称えたものである。
軍事評論家達は、旅順の力は六つのセバストーポリに等しいと言っていた。
ところがイギリスとフランスがセバストーポリを占領するのに丸一年もかかったが、
ちっぽけな、これまで誰からも軽蔑されていた日本が八か月(六カ月の間違い)で占領したのである。この軍事的打撃は取り返しのつかないものである。・・・
旅順の降伏はツァーリズムの降伏の序幕である。
・・・戦争が継続すれば、新しい膨大な戦争、専制に対する人民の戦争、
自由のためのプロレタリアートの戦争の時機は近づいてくる。
仮に、此の旅順要塞攻防戦に失敗すれば、
日露戦争で我が国はロシアに殲滅された。
従って、十五年後のベルサイユ講和条約(一九一九年)において、
我が国が、人類史上画期的な
人種差別撤廃、人種平等の提起をすることはなかったのだ。
次の三十七年後のシンガポール陥落は、
世界戦史上の金字塔であり、
世界史を変えるという観点からすれば、
同時期のドイツの電撃作戦によるフランス攻略を遙かに超える劇的な勝利であり
日本陸軍の統率の卓越と将兵の死を恐れぬ闘魂が全世界を驚愕させ、
日本軍の強さを全世界に知らせた。
昭和十六年十二月八日午前二時、
軍司令官山下奉文大将に率いられた帝国陸軍の第二十五軍三万五〇〇〇は、
マレー半島の根本のシンゴラに上陸を開始した。
そして直ちに進撃を開始し、
イギリス領マレーに張られているジッドラーラインと呼ばれる強力な防御陣地に直面する。
此のジッドラーラインは、一個師団二万が全力で攻めても突破するのに三か月はかかるといわれた強固な陣地だった。
しかし、敵情偵察の為に派遣された佐伯支隊五百名は、
敵情視察どころか、直ちに敵中突破を開始して突撃し、
十五時間でジッドラーラインを突破した。
イギリス軍は、火砲五十門、装甲自動車・トラック三百両を残して退却したのだ。
捕虜になったイギリス軍工兵隊長は尋問に答えて退却の理由を次のように言った。
攻略に一個師団以上必要だと知っている日本軍が攻撃してきたのだから、
既に大軍が上陸して背後に展開していると思ったから退却した。
そして、
第二十五軍三万五〇〇〇は、イギリス軍八万と戦いながら
一千百キロの道なきマレー半島のジャングルを驚異的な速さで南下し、
五十五日後の翌昭和十七年年一月三十一日、
遂に半島南端の海峡を挟んでシンガポールを臨む
ジョホールバルに達した。
その踏破の間、第二十五軍は、
九十五回の戦闘を勝ち抜き、二百五十の爆破された橋を修理したのだ。
この一千百キロを五十五日間で踏破するのは、
驚異的な強さ驚異的なスピードと言える。
イギリス軍は、
日本軍がシンガポールまで来るには一年かかると予想していた。
シンガポールは、
一八一九年、イギリスのトーマス・ラッフル卿が港湾を築いて以来、
イギリスの東洋支配の牙城、世界最強の要塞になっていた。
その時、イギリス軍十二万が要塞を守り軍民合わせた人口は百万人だった。
山下奉文大将が、
戦前にドイツを訪れた時、ドイツの高級参謀達は、
日本軍がシンガポールを攻略しようとすれば、
五個師団を投入して一年半の時間がかかると分析していた。
しかし、第二十五軍は、
守るイギリス軍の二分の一以下の兵力で、
攻撃開始から一週間の昭和十七年二月十五日にシンガポールを陥落させた。
以上、福井雄三著「世界最強だった日本陸軍」PHP研究所より。
その前日の二月十四日午前、
スマトラ島パレンバンの製油所と飛行場を制圧する落下傘降下挺進作戦が発動され、
挺進第二連隊の奥本實中尉等三百三十六名の落下傘兵や
投下物資を乗せた輸送機と援護戦闘機の隼ら合計八十八機の大編隊が
断末魔の煙を上げるシンガポールを右翼に見ながらパレンバンに向かい、
深夜、飛行場と製油所を制圧して
我が国の年間消費量の六割に達する石油を確保したのだ。
このこと、
前に奥本實中尉(後に大尉)の子息奥本康大氏の著書
「大東亜戦争 失われた真実」
を紹介する際に記した。
以上、シンガポール陥落とパレンバンへの空挺降下作成の達成は、
世界戦史上の金字塔であると共に、
イギリスとオランダのアジア支配を打倒して、
現在の人種差別なき植民地なき世界に
世界史を転換した勝利である。
山下奉文閣下が如何に卓越した司令官であるか、
それを一番身にしみて知ったのはイギリスのチャーチルであり、
理解して嫉妬したのはマッカーサーであった。
チャーチルは議会で泣き、
同時期、
数万の部下を残してフィリピンから逃亡したマッカーサーは、
山下奉文閣下の武勲を逃亡先で呆然として眺めたであろう。
後に、マッカーサーは、
フィリピンで投降した山下奉文閣下の軍刀を
母校のウエスト・ポイント陸軍士官学校の資料館のガラスの中に飾った。
その軍刀は今も資料館に飾られている。
マッカーサーとは実に嫌な奴だ。
ウエスト・ポイント陸軍士官学校の全生徒が同時に食事をする食堂の壁には
アレキサンダー始め世界の名将を描いた巨大な緞帳が掛けられている。
それを眺めて、私は隣にいる士官に言った。
あの中に、山下奉文大将も加えるべきだ、と。

2019年01月17日

大東亜戦争は日本が勝ったのである

FB


西村 真悟
5時間前 ・

奥本康大、葛城奈海 著、
「大東亜戦争 失われた真実」
ハート出版
を次の通りご紹介する。
是非、読んでいただきたい。西村眞悟
昭和天皇が崩御されて三十年が閲した。
そして、この三十年で、
昭和天皇がおられる皇居を拝して御楯とならんと
死地に赴いていった大東亜戦争の無量の将兵達も、
ほとんど亡き戦友のもとに逝った。
ところが、これとは正反対に、
戦後のGHQの巧妙なワー・ギルト・インフォーメーション・プログラム(WGIP)・占領政策によって
国民の心に植え付けられた自虐史観は、
我が国内外で執拗に拡大再生産され、
それに呪縛された総理大臣は、
英霊の祀られた靖国神社に参拝しない。
嗚呼、無念ではないか。
我が国は、戦闘で敗れ、
次に七十年後に精神において完敗するのか。
武士にとって勝敗は戦の常であるが、
精神における敗北は魂が腐る永遠の敗北、
即ち亡国だ。
その屈辱、耐えがたい。
しかし、まさにこの時を待っていたかのように、
一人の男が現れた。
奥本康大氏だ。
そして、彼を送り出したのは、
父の奥本實帝国陸軍大尉だ。
奥本大尉は、
昭和十七年二月十四日、敵の飛行場と製油所を制圧する為の
スマトラ島パレンバン落下傘降下挺進作戦に参加した挺進第二連隊第四中隊第三小隊長で、
殊勲甲の武勲をたてた勇者である。
奥本實大尉は、
戦後、体験した戦闘の膨大な記録を残しながら、
自ら何も語らず、
ただ息子である康大氏に
戦死した戦友の慰霊を一心に行う後ろ姿を見せながら
九十歳で戦友のもとに逝かれた。
そして、
父を見送った康大氏は、
父の行っていた慰霊を、
父の名代として行うことに意義を見いだしたのだ。
これ、
血を同じくする父子の生死を超えた魂の呼応である。
平成二十八年十二月、奥本康大氏は、
高山正之氏と共に
「なぜ大東亜戦争は起きたのか?空の神兵と呼ばれた男たち」(ハート出版)を出版した。
この書によって,
奥本實大尉のパレンバン空挺降下による
飛行場と製油所制圧の戦闘を記録した手記が世にでたのだ。
奥本大尉と部下総勢たった五人は、
パレンバンのジャングルに降下し、
遭遇した三十倍の人数のオランダ軍を
敢然と拳銃と手榴弾だけで攻撃し撃退した。
そして、その日、
落下傘降下挺進作戦の目的を達成し、
当時の我が国の
年間石油消費量五百万トンの六割を確保したのだ。
私は、この
「空の神兵と呼ばれた男たち」
を読んで、
これは尊い「書碑」であると思った。
さらにこの度、奥本康大氏は、葛城奈海女史とともに
「大東亜戦争 失われた真実」(ハート出版)を出版された。この中で葛城奈海女史は、
パラオのペリリュー島とアンガウル島
さらにサイパンとテニアンという
玉砕の島の戦跡を訪れた記録の後に、
まるでこれらの島で
祖国を思い玉砕していった英霊の思いが乗り移ったように、
現在の我が国の「戦後体制」に安住する情況に
激烈な叱責をおこなっている。
そして、奥本康大氏は、
戦闘では負けたが戦争では勝利した大東亜戦争の大義を語り、次に、父の空挺部隊の戦友達の、
知られざる特攻である
レイテの高千穂降下部隊と
沖縄読谷の義烈空挺隊の玉砕について書いた。
そして戦後を
父と同じように忸怩たる思いで生き抜いた勇者達のことを語るとともに、
英霊を裏切っている現在の我が国の情況に
腹にこたえ心にしみる警鐘を鳴らしている。
ところで、
奥本氏の文章を読み始めてすぐ、
不思議な思いがわいてきたのだ。
それは、これを書いているのは康大氏だけではなく
父の奥本實大尉だとの思いだ。
この思いは多分的中している。
また葛城女史の玉砕の島の紀行文を読んで、
しみじみと英霊を思った。
貴公ら、よかったなあ、
綺麗な真の祖国の女性が会いに来て、と。
貴公ら英霊は、
ほとんど独身の若い男ではないか、と。

2019年01月09日

売国のヤメ検弁護士

FBより

西村 真悟
10時間前 ・

カルロス・ゴーン被疑者の弁護団が、記者会見した。
その会見で、
「何故、裁判所が拘留を認定するのか。非常に疑問だ」
と発言しているのは、
元東京地裁特捜部長、六十三歳、であった。
そこで、二つだけ言う。
その一、
どの面(つら)下げて言うとるんじゃ。
年齢から考えて、彼は、
田母神俊雄閣下に対する、
執拗で異様な長期拘留の時の現職検事である。
彼は、
被疑者を拘留して取り調べるのを当然とし、
さらに、
取り調べが終わって被疑者を起訴してからも、
公判で証拠調べが終わるまでは、
罪証隠滅のおそれありとして平然と拘留を続けるのを当然としていた
東京地検特捜部長であったが、
退任したら、途端に、自ら当然としていた拘留を、
非常に疑問だという。
かつての部下の前で恥ずかしくはないのか。
これは、特捜部というのは、
この程度の者が部長をするのか、と、検察の権威を損なう所業である。
貴公のような、
けろっと変身する輩がいるから
検事を退職した弁護士を、
「ヤメ検」
といわれるのだ。
その二、
記者会見を「外国特派員協会」でするとは何事か。
何故、淡々と、裁判所内の司法記者クラブでしないのか?!
思うに、
海外メディアが、ゴーン容疑者の拘留は長期過ぎると
我が国の制度に関して無理解を前提に騒いでいるので、
それに迎合して、
さらに海外で騒いでもらおうとしているのだ。
これ、我が国の刑事司法に対する
外国からの内政干渉を呼び込もうとしている所業ではないか。刑事弁護の邪道であることにとどまらず、
売国行為である。
本日の産経抄は
パリ支局長が、ゴーン逮捕に関するフランスの報道に関して、
「フランスの日本に対する理解が、ここまでひどかったのかと思い知らされた」
と嘆いていると記している。
ゴーン被疑者の弁護士は、海外メディアに、我が国に対して、
さらにひどい報道をさせようとしているのだ。
元特捜部長たる者が、だ。
許せん。

2018年12月27日

山口組でもいいではないか

 親鸞は、「善人でも極楽往生できる。ならば悪人が極楽に行けるのは当たり前ではないか」といった。
この世で悪人にならざるを得なかったのは、相当な困難にぶつかって苦しい状況にあったからだ。
それなら極楽往生しても当たり前ではないか。と解釈できる。
 西村真悟は江戸時代でいえば、鬼平・長谷川平蔵だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
FBより
西村 真悟
20時間前 ・

神戸の暴力団である山口組の組員が、
本年のハーロインの時に、
思い思いに変装して、
子供達にお菓子を配っていたという。
そして、お菓子をもらった子供達は千人に達していたという。
それで、本日、
これからは、ハーロインで、暴力団員から、
そのようなお菓子を受け取ってはいけないという趣旨の報道があった。
その理由は、
暴力団は反社会集団であるということだ。
そこで、
弁護士時代の体験と、衆議院議員として
阪神淡路大震災の被災地を観て廻った時の情景を思い起こし、
一言申しておきたい。
私が接したのは、
「人の子」
としての暴力団員の姿であったからだ。
平成七年一月十七日に発災した阪神淡路大震災の三日後、
私は、電車が通じる西宮駅から、
歩いて、神戸に入り、
海沿いの倒壊した阪神高速沿いに三宮の神戸市役所を訪れ、
そこから北上し、
帰路は新神戸駅を見て生田川を渡って山手を歩き
自衛隊の救援ヘリが飛び立つ王子公園を経て、
思い出の東灘から西宮に入って、
電車に乗り大阪そして堺に帰った。
歩いた距離は、おおよそ五十キロだった。
被災地では、被災者の歩く列があった。
その歩く列を分断して停止させ、
タクシーが後部座席に若い記者一人を乗せて走っていた。
後に、国会で、
俺も被災地を見てきたという多くの議員に会ったが、
彼らは皆、車に乗ってこの被災住民の歩く列を止まらせて
人によってはパトカーの先導で
特権階級のように走り回った連中ばかりだった。
その止まらされた住民の列の中に私もいて彼らを見ていた。
歩けば、喉も渇くし腹も減る。
休憩していて歩き始めようと見渡せば、秘書がいない。
見回わせば、
彼は御影公会堂の
カレーライスを配給している列に並んでいた。
コラー、と言って彼を列から引き抜き歩き始めた。
それから、数時間後、
生田川の橋に差しかかったとき、
橋の上で、
明らかに極道としか見えない連中が、
ビニール袋に水を入れて道行く人々に配っていた。
その情景、今でも瞼に残っているが、
不器用な奴らで、
親分に礼をする姿勢しか知らないのか、
水を受け取る人に、
親分にするように、ごめんなすって、と礼をしていた。
飲める水は、非常に貴重だった時だった。
僕は感銘を受けた。
思えば、こいつらの組は、
終戦直後の、
警察では治安が維持できない混乱のなかで、
日本人の物は自由に奪えると思い込んで荒らし回る連中から
神戸の治安を守った歴史がある。
また、三代目の田岡さんが、テレビで、
「こいつらは、
俺たちが行儀作法を教えなかったら、
人間として生きていかれへん奴らなんです」
と言っていたのを思い出した。
なるほど、彼らは暴力団員だ。
しかし、その時、
生田川の上の奴らは、
精一杯の隣人愛を実践していた。
鼠小僧次郎吉は、盗人だ。
しかし、
盗んだ金を困った人々に配った義賊ではないか。
それ故、今も、
浅草伝法通りの角の店の屋根の上には、
鼠小僧次郎吉の像があるじゃねえか。
暴力団だから何をしても駄目だと思考停止するな。
神戸で子供達にお菓子を配った、
山口組の奴らは、
渋谷で騒いで、
誰彼なしに女の子を触りまくり、
車を倒してその上に乗り、
知らんふりをして逃げる阿呆より
格段にましやろが!!

2018年12月22日

南京、毒ガス兵器・嘘は100万回言っても嘘は嘘

西村真悟の時事通信

西村 真悟
12時間前 ・

ウソは一万回言ってもウソだ
今朝、TVに
例のサイボーグのような顔で、憎たらしいことを言う中共の女報道官が映っていた。
彼女は、アメリカがサイバー攻撃を仕掛けて企業機密を盗んだ中国人二人を起訴したことに関して、次のように言っていた。
アメリカは、
ウソを千回言えば本当になると思っているようだが、
ウソを一万回言ってもウソはウソだ。
これを聴いて、一瞬、唖然とし、
アニメの「紅の豚」のように、ガハハハ、と笑った。
こいつ、テメエ(中国人、シナ人)のことを言っているじゃねえか!
やはりそうか、
こいつら、小さいときから親に、
ウソをついても百回繰り返せば本当になるんだから、
ひるまず、堂々と、ウソを言い続けるんだよ、
ウソに欺される方が悪いんだから、
と教えられて育ってきたのだ。
そして、
ウソを言う中国人(シナ人)に対しては、この報道官が教えてくれたように、
「ウソは一万回言ってもウソだ」
この一言で対応し、それ以外、何も言う必要はないのだ。
これから攻勢に転換すべき心理戦、歴史戦において、
彼らの「南京大虐殺」や「日本軍の毒ガス弾がでてきた」等々のウソに、
「ウソは一万回言ってもウソだ」
で処理すべし、だ。

2018年12月21日

シナ中凶は暴虐のモンスター

現代のナチス。いや、ナチスよりも凶悪で恐ろしい。一刻も早く滅ぼそうではないか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

西村眞悟の時事通信


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歴史戦、攻勢に転換する時が来た
平成30年12月19日(水)
「文明の衝突」に勝利する条件が到来しつつある

今、中共は中共国内にいたカナダ人外交官等の身柄を拘束している。
それは、カナダが、
中共が情報空間における世界覇権を握るための国策会社である
華為(ファーウェイ)創業者の娘で同社副社長兼最高財政責任者を
法に基づいて正当な容疑で逮捕したことに対する報復であり、
これからカナダに圧力をかけるための人質を得るためである。
以前、
尖閣諸島周辺の我が国領海内で我が国の巡視船に体当たりした中共の自称「漁船」の船長を我が国が逮捕したとき、
中共は、我が国の中共滞在の会社員数名を逮捕して人質とし、
我が国に船長解放の圧力をかけた。
これら中共のやり口は、極めて卑劣で無法かつ不当である。
さらに、中共は、
自国の十数億の人民の表現の自由と思想の自由を強権で抑圧し、
チベットやウイグルでは軍事力を行使して人民を情け容赦なく殺戮して制圧し、
加えてウイグルでは洗脳のために百万人を拘束している。
現在、このことを強調しているのがアメリカのトランプ政権と議会だ。
これ、我が国の同盟国と認識が一致している訳で、
非常に好都合ではないか。

この共産党独裁体制の中共は、
二十世紀のヒトラーやスターリンを遙かにしのぐ、
二十一世紀の暴虐のモンスターであり、
人類の敵だ。

その追随者が、
多数の日本人を拉致して数十年にわたって拘束し
自国人民が数十万単位で餓死しても
国際社会にウソをついて援助を受けながら核ミサイル開発を続け、
独裁者とその周辺だけが贅沢をしている
北朝鮮である。

そして、南の韓国は、
国家間の条約を無視して我が国に対する不当な要求をぶり返し、
アメリカ国内に、
日本軍の強制連行というウソの虚像である従軍慰安婦像を建て続け、
アメリカに住むコリアン団体が、
調子に乗ってロサンジェルスの
故ロバート・ケネディが設立した学校の壁に、名の通った芸術家が制作した
数条の朝日の光を背景にした女性を描いた壁画に対し、
その数条の朝日の光は、
朝鮮を侵略した日本の「旭日旗」を想起させるので撤去せよ、と言いがかりをつけ、
さすがのアメリカ人も呆れてこれを拒絶した。
以上のように
中共と南北朝鮮の無法ぶりとやり口の共通点は、
共に暴力的強権的であり、
ウソを平気でついて、難癖をつけて、不当なおのれの要求を通そうとすることだ。


そのうえで、次に言いたいことに入る。
それは、
これら中共と朝鮮の性癖が、世界のなかで明らかになったと言うことであり、
従って、二十世紀の前半に、
我が国が遭遇した東アジアとは如何なる地域であったのかを、
世界がその実態を理解する前提が生まれたわけだ。
よって、
中共と南北朝鮮が、
現在に至っても我が日本が「悪」であると位置づけ、
自らは良心的な「被害者」を装っているのだから、
我が国も彼らの反日宣伝に立ち向かい、
そうではない、
二十世紀前半も彼らは今と同じで、
ウソをつき法を無視する自己統治能力の欠落した暴虐な地域だったのだ、
と反論しなければならない。
今の中共のやり口を見れば、我が国が、二十世紀前半に
「暴支膺懲」という言葉を使ったことが
世界で適切だったと納得されるであろう。
また今の南北朝鮮の状況を見れば、
我が国が「日韓併合」という手段で、
そのやっかいな地域の統治と近代化に乗り出したことも、
さらに、
その日本の朝鮮近代化の努力が輝かしい成功を遂げ、
朝鮮は日本に感謝しなければならないのだ、ということも
世界に理解されるだろう。
東部十三州で始まったアメリカが、
ルイジアナを飲み込みテキサス共和国を併合しスペインからカリフォルニアを得て
太平洋に達したことを、
テキサスやカリフォルニアから「侵略」と言われてアメリカ人は黙っておれないならば、
日本人はなおさら、
日韓併合を侵略と言われて黙っておれないではないか。
以上の通り、
我が国は、
繰り返されている中共と南北朝鮮の反日宣伝に対して、
正々堂々と、それを否定して、
世界に対して、
かつて敵味方に分かれて、今は同盟国であるアメリカに対して、
我が国の誇りある近現代の歩みを納得させる絶好の条件が揃いつつある。
このチャンスを逃してはならない。

そのためには、
東アジアのこの「文明の衝突」の中で、
断じて中共や朝鮮に融和してはならない。
融和すればチャンスは逃げ、
未来永劫、彼らは日本を非難することによって、有利な地位を得ようとする。

2018年12月14日

藤田嗣冶、ダントンに共感した男

西村真悟の時事通信


西村 真悟
22時間前 ・

実にうらやましい日本男児、藤田嗣治!
昨日十二日は、久しぶりに京都に行き、
岡崎の京都国立近代美術館で開催されている
「没後50年 藤田嗣治 展」
に入った。
目的は、「アッツ島玉砕」だ。
そして、観た。
このようなことは初めてだが、
「アッツ島玉砕」の前で、
涙があふれてきた。
この絵は、昭和十八年に制作され、青森で展示された。
すると、この絵の前で一人の老婆が手を合わせて立っていた。
その光景を藤田嗣治は見た。
自分の描いた絵に、手を合わせている老婆の姿を、
藤田嗣治は生涯忘れなかった。
昨日、「アッツ島玉砕」の前で、
制作当時のこのエピソードを思い出したのだ。
この「アッツ島玉砕」の絵は、
昭和十八年五月、
刃も凍るといわれたアリューシャン列島のアメリカ領アッツ島の
山崎大佐率いる二千六百五十名の守備隊が
上陸してきた一万一千のアメリカ軍と激闘の末に玉砕した戦いを描いたものだ。
政府は、始めて「玉砕」という言葉で、
アッツ島での壮絶な敗北を報道した。
国民は、大きな衝撃を受けた。
この衝撃のなかで、
藤田は、
横2・5メートル縦2メートルの画面の中に、
北海の薄暗い波と空を背景にした日米両軍の兵士が、
銃剣と刀と拳銃で入り乱れて戦う情景を描いている。
その兵士達は、
凄まじい鬼の形相のなかに悲しみを湛えている。
そして、
鬼となって地面に斃れた兵士の腕や鉄兜の横に、
小さな紫の花や細い葉が描かれている。
近くに寄って、この花を確認し、
離れて薄暗いなかで死闘する兵士の塊を眺めた時、
不覚にも泣けてきた。
絵をみて涙がでるのは始めてだ。
この「アッツ島玉砕」の横には
横3・6メートル縦2メートルの
「サイパン島同胞臣節を全うす」
が掲げられていた。
この絵は、
女子と子供達が抱き合い寄り添う塊の中に、
竹槍を持ってドラクロアが描く戦闘中の女神のように佇立する婦人を配し、
周囲に頭や顔に血の包帯を巻いて戦う姿勢をとる兵士を描いている。
藤田嗣治は、
これら、日本人の魂、大和魂を込めた戦場の絵を描いたが故に、
戦後、手のひらを返した日本画壇やマスコミから非難された。
そして、
何も言わず、決然として日本を発ち、
青春を過ごしたフランスに赴き、
フランス国籍を取得しフランス北東部のランスに葬られた。
帝国陸軍軍医総監の息子、藤田嗣治、あっぱれである。
靖国神社に参れば、
そこに戦没将兵の心にしみる遺書がある。
これらの遺書無くして大東亜戦争を思うことはできないように、
藤田嗣治の、
その遺書を遺した兵士の魂を描く戦場の絵なくして大東亜戦争を偲べない。
この日本時代の藤田の「戦争画」と
エコール・ド・パリの寵児時代の「藤田の裸婦」を
同時に観られるのが「藤田嗣治展」の重厚さであり真骨頂だ。
パリ時代の藤田の絵を観て廻って思う。
「あいつは、パリの女の裸ばかり描いていたのか」
と。
「うらやましいなあ」
と。
そして、
エコール・ド・パリの豊かな肢体をもつ絶品のモデルであった
キキを描いたときに、
キキに話しかけた藤田の言葉を思い出したのだ。
それは、
「毛がないねえ」
こんちくしょう、
実に、うらやましい、
ではないか、兄弟!
藤田嗣治は、
戦場の日本軍兵士の魂を描いた絵を日本に遺したことで
臣節を全うし、
パリ時代の画業に対して
レイオン・ド・ヌール勲章をくれたフランスと
裸になってくれたパリの愛くるしい女達に
敬意を表してフランス国籍を取ったのだと思う。
展覧会場を出て、平安神宮参道を歩いているとき、
日本よりもフランス生活が長かった藤田嗣治が
確実に知っているフランス革命時のジョルジュ・ダントンと
ギロチンの場に引かれ行くダントンをスケッチして
その最後の言葉を聞いた画家のことを思い出した。
そのダントンの最後の言葉は、
「俺は、好きな女を抱いた、革命を楽しんだ、金も使った」
である。
藤田嗣治は、
このダントンに共感した男だと思う。

2018年12月11日

遣中凶使を廃止せよ

西村真悟の時事通信

本日の島田洋一「正論」に注目せよ
本日の産経新聞朝刊の「正論」は、
島田洋一福井県立大学教授の執筆による、
「米の対中締め付けは不変と見よ」
と題された論考で、
アメリカのトランプ政権と議会に配置された「人物」の
価値観と使命感と歴史観から説き、
今、米中間で行われていることの本質を
「人類の未来」を決定する「壮大な文明論的確執」
であると論じている。
即ち、マスコミでは、相変わらず、
トランプ大統領の日々のツイートを追いかけ回しているが、
島田洋一氏は、
トランプ政権の外交政策は、
「人事」にその特質がでている。
「人事は政策」である。
従って、
国家安全保障問題担当のボルトン大統領補佐官に注目せよと説き起こし、
議会において
対中強硬路線を主導している共和党のルビオ上院議員や、
「ファーウェイは通信企業の皮をかぶった
中国共産党のスパイ機関だ。
その監視ネットワークは世界を覆い、
その顧客はイラン、シリア、北朝鮮、キューバのならず者国家だ」
と述べる共和党のクルーズ上院議員、
そして、
先日、実に適切かつ徹底的な
中共非難演説をしたペンス副大統領を紹介している。
まことに立体的であり実に見事である。
本日の島田洋一氏執筆による
産経新聞朝刊の「正論」は、
その内容の重厚さにおいて、一冊の書籍に相当する。
我が国の議会では、
高坂正堯京大教授のゼミにいたと吹聴している議員に
ろくな者はいない。
しかし、学会では、
島田洋一が、一人、気を吐いている
ところで、
島田洋一氏が紹介した
ボルトン、ルビオ、クルーズそしてペンス、
彼らの文明論の観点から生まれる対中問題意識と使命感を、
我が国の政界、経済人界そしてマスコミ界の
誰が有しているのか!
先日の、
安倍総理の訪中の船に「守銭奴遣唐使」の如く
千人以上の品性無き「財界人」が乗り込んで
北京で商談会を開いている状況を振り返れば、
実に情けないではないか。
菅原道真が「遣唐使」を廃止(八九四年)したように、
安倍内閣も「遣中共使」を廃止せよ。
なお、
菅原道真の遣唐使廃止の背景には、
シナから来日する者達の行状への
日本人の嫌悪感があったことを知るべきだ。
当時、我が国からの遣唐使と入れ違いに、
我が国への遣日使も唐から来ていた。
そして、その来日したシナ人は、
日本人の想像を絶する強欲、守銭奴そして残忍な獣であった。
なにしろ、あいつら、
出世する為には男根を切除し、
ヒトの肉を食う奴らだった。
これ、シナは昔と今と、同じではないか。
よって、
我が国もボルトン氏と同じ問題意識をもって、
もう二度と、北京に「財界人の船」を出してはならない。
安倍総理、
国際政治上の必要で北京に行くなら、一人で行ってくれ。
またファーウェイの副社長がカナダで逮捕された時、
我が国巷間で「美人」だとの論調があったので言っておく。
小生は、彼女の面(ツラ)を見て、
昔、京都の高級呉服ばかりを狙って万引きする女集団の女親分の話を思い出した。
この万引専門家は、
新地の高級キャバレーのママのような
綺麗に化粧した高価な出で立ちで
しゃなりと、展示会場を訪れて、高級品を万引きしていた。
しかし、捕まえてみれば
化粧を落とし髪もボサボサなドヤ街の住民にしか見えなかったという。
ファーウェイの副社長もそうだと思うよ。

2018年12月08日

チャーチルとルーズベルトは絞首刑

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西村眞悟の時事通信
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第二次世界大戦の偽善と謀議と我が国の大義
                         平成30年12月8日(土)

本日十二月八日、
第二次世界大戦の、偽善と大義を記しておきたい。
偽善とは、
我が国の中学校の教科書で教えられた
一九四一年(昭和十六年)八月十二日、
アメリカのF・ルーズベルト大統領と
イギリスのウィンストン・チャーチル首相が、
ニューファンドランド沖のイギリス戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦上で署名した
大西洋憲章のことだ。

そこには諸国民の自由と権利に関して次の項目が記されていた。
それ故、
我が国の教科書では、この大西洋憲章が、
第二次世界大戦後の世界における諸国民の自由と人権の保障と
世界の秩序を維持するための国際機関(UN)創設の
基本的理念を宣言したものだと教えられた。

・英米の領土拡大意図の否定
・政府形態を選択する人民の権利
・領土変更における関係国民の意見の尊重
・恐怖と欠乏からの自由の必要性

しかし、これはウソだ。
この大西洋憲章が謳う「人民の権利」は、
ナチスドイツに席巻されているヨーロッパの諸民族の権利に限定されたもので、
チャーチルは、
イギリスが支配するアフリカ、中東、インド、ビルマ、マレー、香港などの人民の権利を認めたものではないと主張し、
ルーズベルトは、露骨に、
有色人種の為のものではないと言っている。
よって、
この大西洋憲章は、欧米人がもつ伝統的な偽善宣言である。
彼らは、フランス人権宣言でもアメリカ独立宣言でも
自由、平等、博愛などと謳い上げるが、
黒人を奴隷とすることとアジア人を人間では無いとする前提でそれを謳っていたのだ。
大西洋憲章も、
この彼ら特有の偽善の伝統のなかで発せられた宣言に過ぎない。

これに対して、
真の第二次世界大戦後のあるべき世界の宣言は、
昭和十八年十一月十六日に
東京で我が国が主催して行われた大東亜会議において発せられた
大東亜共同宣言である。
この宣言は、
日本、中華民国(南京)、満州国、フィリピン、ビルマ、タイ、インド
の代表によって発せられ、
「世界各国が各其の所を得、相倚り、相扶けて
万邦共栄の楽を偕にするは、
世界平和確立の根本要義なり」
とする一文に始まり、
「大東亜各国は、万邦との交誼を篤うし、
人種差別を撤廃し、
普く文化を交流し、
進んで資源を開放し、
以て世界の進運に貢献す」
と結ばれている。

我が国を中心として発せられたこの宣言こそ、
現在のあるべき世界の秩序を指し示したものである。
決して、
大西洋憲章ではないのである。


なお、
一九四一年八月といえば、
イギリスが、ダンケルクで大陸から追い出され、
続いてナチスドイツとの、バトル・オブ・ブリテンが始まっていて、
イギリスはくたくたになり、ロンドンがドイツ空軍の空襲下にあった時期である。
このイギリス瀕死の時期に、
何故、イギリスの首相であるチャーチルが、
戦艦プリンス・オブ・ウェールズに乗って
のこのこと大西洋を渡ってニューファンドランド沖まで来ていたのか。
まさか、「偽善の宣言」を書くためではなかろう。
その目的は、
ルーズベルトとチャーチルの
真の意味の「戦争の謀議」の為である。
もし、戦後に、
東京裁判ではなく、
ロンドン裁判かワシントン裁判があれば、
ルーズベルトとチャーチルは、
明らかに、「戦争の謀議」によって、デス・オブ・ハンギング(絞首刑)だ!

即ち、ルーズベルトとチャーチルは、
アメリカがドイツに宣戦布告してヨーロッパ戦線に突入するために、
ドイツの同盟国日本を太平洋において戦争に引きずり込もうとしたのだ。
これを「裏口からの参戦」
「Backdoor To The War」
という。
ルーズベルトは、
幕僚の作戦課長スターク提督に
「日本に対して石油全面禁輸措置をとればどうなるか?」
と諮問し、
提督から「確実に戦争になります」
との回答を得てから、
確実に戦争になるために、
七月の日本の在米資産全面凍結と
八月の対日石油全面禁止を発動しているのだ。
その結果として、
我が国の帝国海軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、
アメリカ全土に、
「Remember Pear Harbor!」
の大合唱が満ちたのを見たルーズベルトとチャーチルは、
自分たちの「戦争の謀議」が見事達成されたと満足したはずだ。
チャーチルは、日記に、
日本の真珠湾奇襲攻撃を知ったとき、
戦争が始まってから、始めてぐっすりと眠れた、
と書き留めている。


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