2013年12月27日

シンガポール、華僑ゲリラの処刑

027
近代史こんだ位階のメールを転載
高橋延明 様



各位



会員 落合道夫



高橋さんはシンガポールの歴史博物館で日本軍の華僑虐殺展示をご覧になったと思います。

たしか3階にあって彼らは日本人が気がつかないようにしています

以下ご参考まで。



              記



1941年12月、マレー作戦で日本軍は、現地印度人やマレー人の協力を得て英植民地軍を撃破し翌年にはシンガポールに追い詰めました。

この戦闘では日本軍は前途ある日本青年約四千名の尊い戦死者を出しています。



ここで重要なのは英国植民地軍には蒋介石の命令で華僑兵が蒋介石軍として多数参加し日本兵を殺していたということです。

英国が降服し日本軍がシンガポールに進駐すると英軍の白人兵、印度兵は降服し捕虜になりましたが、数千の華僑兵は民間服を着て偽装しゲリラになり、日本軍

兵器庫を爆破するなどゲリラ活動を開始しました。



そこで日本軍は華僑の検問を行い、ゲリラを逮捕しました。このゲリラ調査では現地支那人華僑も協力しています。兵隊は帽子跡、日焼けなどから分かるのです。この結果日本軍は約三千名をゲリラとして逮捕し国際法に従い処刑したといいます。おそらく実際に英軍に参加した支那人ゲリラはもっと多かったと思われます。

これで華僑ゲリラの反日活動は低調になりました。



戦後日本が敗戦するとシンガポールは華僑ゲリラの処刑を華僑民間人の処刑のように偽装して宣伝しました。これは南京事件と同じです。

このため戦後日本人はコロリと騙され誤った贖罪感を持たされています。シンガポール華僑ゲリラの処刑は国際法に従う南京事件同様の正当な自衛処置です。



以上ご参考まで。






hjm2 at 18:23│Comments(0)TrackBack(0)

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