クラヴィーア・ソナタ 第40番ト長調 
Hob XVI-40 [1784]
(F・J・ハイドン)


 ハイドンは1732年オーストラリアに生まれ、ウィーンの
シュテファン大聖堂の少年合唱団で学び、数人の貴族に
仕えた後、1761年に29歳でエステルハージ家の副楽長
となり、パウル・アントンニコラウスの二人の侯爵の楽団を
取り仕切りました。その5年後には楽長へ昇進し、以降20年
以上の間、この地位にありました。
 その後はロンドンの音楽興行師J・P・ザロモンの強い勧めで
英国に渡り、交響曲やオラトリオを作曲しました。晩年はウィーン
へ戻り、1809年に77歳の生涯を閉じました。

 ハイドンは、特に交響曲と弦楽四重奏曲に重要な作品があり、
初期にはバロック的な技法を用いる事もありましたが、次第に
C・P・E・バッハなど前古典派の影響を受け、1770年代には、
疾風怒濤の精神を反映した感情表現を行いました。また、ハイドン
の最大の功績は、先行する様々な様式を同化させ、古典派器楽
曲の形式を完成させた事であると言われています。例えば、4楽章
からなるソナタの形式を交響曲や弦楽四重奏曲等にも用いて、
器楽の構成上の典型を作り、モーツァルトベートーヴェン
多大な影響を与えています。


<クラヴィーア・ソナタ 第40番>
 ハイドンが、ソナタ形式の楽章を持たない全二楽章の構成を
初めて採用した作品である。

第一楽章
ト長調、アレグレット・インノチェンテ、6/8拍子。
純真でやさしい主題によるロンド変奏形式。
ト長調の主題が変奏を加えて二度演奏される間に、
ト短調の繊細な別の主題が挟まれ、こちらも変奏される。

第二楽章
ト長調、プレスト、4/4拍子。
単純なハーモニーの上に溌溂とした推進力を聴かせる終楽章。
三部形式によっており、中間部は右手と左手との細かい対話を
表したものである。